黒獅子将軍2
より一層悪相になった男たちが奇声を発し、完全に人間離れした速度で津波のように押し寄せる。道の分岐場所に過ぎないこの小広場は二十メートル四方ない。それを道から流れ込んだ男達が埋め尽くしていく。
ヴァーラはルキウスの肩に手を置き〔対悪属性障壁/アンチイーヴルバリア〕を掛けると、自分に即座に魔法を掛ける。
〔聖なる武器/ホーリーウェポン〕〔対悪属性障壁/アンチイーヴルバリア〕〔恩寵/ディバインフェイバー〕〔聖なる覆い/ホーリーマント〕〔緑の祝福/ブレスオブヴァーダント〕
彼女の長剣は眩い白に輝き、背には同じ輝きのマントが現れた。さらに二人は青白く光りの薄い膜で防御されている。
日は暮れた。太陽は見えず地平線では雲を下から照らす赤が微かに残るのみ。
暗くてもルキウスが見るに支障はないが、吸血鬼がその力を万全に振るう闇の時間。今や太陽以上に赤い深紅の瞳が迫る。
「行って参ります」
「存分にやれ」
彼女が前へ一歩目を踏み出した瞬間、迫る波が割れた。
吸血鬼の速度を遙かに凌駕する神銀の弾丸が集団に打ち込まれた。
肩をぶつけ強引に隙間をこじ開け、隙間が無くなれば先を阻む者を盾で弾き飛ばす。
そこからは剣、普段のように正確な剣筋ではなく、大きく振り回しより多くを斬る。
切り口からはツタが一瞬で生え、本人や周囲に絡みつき行動を阻害する。
怒声の響く中、輝く剣が空を切るように首を落とし心臓を貫く、跳びかかってくる者を盾で肘で足で排除、ツタは一層伸びて多くの吸血鬼に絡まっている。
それでも数が多い、速度と力で圧倒しても、群がる吸血鬼をすべては弾けず、致命傷を与えられない。ヴァーラの前後左右上下、すべてが深紅の瞳。吸血鬼たちが狂ったように群がり鎧にしがみつく。
「ひひひ、捕まえたぞこの野郎」
「兜を引っぺがしてやる」
「ちゅーちゅーしてやるぞ」
「〔正義の理/リーズンオブジャスティス〕」
つぶやかれた魔法。
組み付いていた者達が一斉に弾き飛ばされた、その身を焼かれ肌を焦がしながらに。
爆発により衝撃波が生じるように、彼女を爆心地として正の気が幾層かの波になり広がる。
正の気は物理的破壊力を持たないが、負に属する者には違う。壁となり行く手を阻み、刃となり斬りつけ、火となり焼き、呪いとなり蝕む。
彼女に直接触れていた者は完全に焼き尽くされ動かない、そうでない者もどこかを焼かれ弾き飛ばされ転がった。
上から見れば彼女を中心とした花が開いたように見える。
「さあ、向かってきなさい、そのほうが効率が良いですからね」
ヴァーラが正義の爆弾と化している一方で、過半数の吸血鬼はそれを無視してルキウスに向かっていた。
「俺を狙うか、正しい判断だ」
「ひょっぼう」「げっひー」
ルキウスは屋根の上から下品に飛来した二人を杖でまとめて打ち払う。払われた二人は集団の中まで飛ばされ落ちた。
さらに次々と上から吸血鬼が降る、大半の者は素手だ、人の姿をした吸血鬼なら最低でも鉄に匹敵する強度を持っている、粗末な武器は必要ない。
「また随分と元気になったな」
ルキウスを飲み込もうとする波は、派手に飛んでいった仲間を見ても怯まない。
ルキウスは上方から攻撃への回避がてらに前に数歩走り、巨大な杖の下部を両手で持ち正面の男に振り下ろす。男は防御しようと反応を見せたが、強固な木塊はその頭を打ちつけ、勢いそのままに頭を道に叩きつける。男はうつ伏せに倒れ痙攣し始めた。
ルキウスは仮面の下の顔をしかめる。
彼が思ったより硬い、トマトかと思ったらリンゴだったぐらいの感触。
少し手加減した一撃、目の前の人体が飛び散るのを嫌った力加減だったが、殺しきれていない。これなら手加減は不要、そう感じた彼を四方から波が飲みこむ。
杖を握る手に力を入れ足を踏み込み、巨大な杖が全身の筋肉により振り抜かれた。
凄まじい速度で振るわれた巨大な杖が至近の敵をことごとく打ち倒す。
ゴッゴンギンゴンゴンゴゴッボゴ、鈍い打撃音が連続した。
そこで止まらない、足を踏みかえ回転を始める。手に伝わる衝撃を感じながら加速する。
一回転二回転三回転、まだ止まらない。
大質量を振り回す竜巻が、上から降ってくる吸血鬼も下から滑りこんでくる吸血鬼も、回転角度を変えながら打ち返す。
敵は次々に宙を飛び石畳の上を転がる。敵と敵がぶつかりまとめて倒れ、転がった敵にけつまずき倒れる。
しかし止まらない。凄まじい形相を浮かべ叫びながら全力で走り寄る。
「ぐへひゃへーっ!」
最初に加減して頭を打ちつけた男が、這いながらに片腕を伸ばしルキウスの足首を掴んだ。
「死んでろ!」
回転から振り下ろしに変わった杖が今度こそ頭蓋を粉砕する。生々しい破砕音が響く。
安心する暇はない、全周囲からくる、杖を振りかぶる間がない。
後方からくる男を拳で殴り飛ばし道を作り後退、さらに杖で押しのけ走る。特に上から降ってくる奴が厄介だ、常に動いていないと身動きが取れなくなる。
「多すぎる」
視界には深紅の瞳とむき出しの犬歯だけ。彼が打ちつけた者も多くはすぐに猛烈な勢いで起き上がる。
(打撃武器は駄目だな、高速治癒には相性が悪い、一撃で仕留めないといけない、ゲームとの差が出ている。心臓の破壊は効いてるのか判別できない)
吸血鬼は通常の武器によるダメージを減退させる。この防御を無効化するには銀の武器や魔法の武器など特殊な属性を用いる必要がある。
ルキウスは神、神気を武器に宿せば簡単に始末できる。しかしそれは私は神ですと宣言するに等しく、神のオーラは普段から徹底的に封じている。神銀は有効だが、彼がよく使う〔神銀木/ミスリルウッド〕は〔妖精人・起源/エルフ・オリジン〕しか使えない。
こっそり使う手もあるが、と彼は考えて思いとどまった。魔法は判別手段がある。
どれだけ情報を伏せておけるかが、勝敗を分ける。キャラ設定どおりに中位までの〔自然祭司/ドルイド〕魔法で済ませる。インベントリから新たな武器も出さない。
彼は組み付かれないことを優先で、伸びてきた尖った爪の手を払い、加速、集団を突き破り、そのまま誰かの家の石壁を走って広場の反対側に着地した。
少し距離ができたが、ほぼ一斉に振り返った深紅の瞳が彼を捉えすぐに走り出す。
向かってくる波の崩しどころを探し、同時に魔法も警戒する、吸血鬼は力、魔力、すべての基礎能力が人間より高い。
(元が魔法使いではないからか魔法は使ってこないな、霧化している奴もいない)
ルキウスの攻撃で起き上がれなくなった者も隙間から見える。それらもルキウスを凝視し、這ってでも来る。胸部や頭が陥没しても動いている。手足が百八十度曲がっても気にしていない。心臓以外はそうかからず全快するはず。
頭部への完全な直撃、それ以外では確実に仕留められない。
ルキウスは壁から少し見えたヴァーラに念話を送る。
『ヴァーラ、こいつらちょっと強くなり過ぎじゃないか? 素体が貧弱だったのに硬くなりすぎている』
『すみません、私には斬りやすい相手なのでわかりにくいです』
彼女にとっては紙きれを切るのと大差無い感触だった。
『……そうか俺に遠慮せずどんどん斬れ、殲滅優先だ、逃がすと厄介な事になりそうだからな』
『御心配には及びません、街の平和はこのヴァーラが守って御覧に入れます』
ルキウスは敵の多さに壁役が欲しいが、それを言えば魔法を使わないのを不審に思われる。〔聖騎士/パラディン〕のふりをしたままでも余裕のヴァーラと違って、彼は魔力の少ない魔法使い状態だ。
ルキウスからヴァーラは見えないが、向こうは数を減らしているはず。逃げていれば勝ち。十分掛からないだろう、前回に比べればどうということもない。
「ほどほどに相手をして粘るか」
密度の低い部分へと走り、杖を思いっきり振り回し敵をなぎ倒しながら集団の中を走る。
瞬間、頭へ振り下ろされる大剣、刀身の輝きがルキウスの緑色の目に入った。
「ぐ」
敵中、横合いから出てきた剣、それをどうにか両手で支えた杖で受けた。
衝撃にバランスを崩し、即座に後ろへと大きく飛び退く。そこへ後ろから二人が飛びつき左右の腕に絡みついた。
これでは満足に腕を動かせない。
「やったぜー」「げひゃひゃー」
「余計な魔力を使わせるな、〔上位植物急成長/グレータープラントグロウス〕〔串刺し枝/スケワードバイバウ〕」
ルキウスのローブの中、ズボンの後ろポケットで発芽したブドウが、彼の尻に根を張って急成長する。ローブの襟から出てきたツルが枝分かれして瞬時に眼球、そして脳髄を貫いた。
ルキウスは絶命した二人を振るい落とす。
(種は仕込んでおくもんだな)
自分の体を畑にする日が来るとは思いもよらぬ事だが、体に植物を生やすこの戦法は乱戦では有効だ、自身の生命力が減る欠点があることに目をつむれば。
なお人に種を植えるのは古き緑のスキルだが、ここ数日間で大抵の事柄は森で鍛えた、で通用すると確認済みだ。
ブドウで手数を増やし、彼は一安心していたがその安心を無視して後ろから追加が一。枝による刺突を腕で受け、腕を貫かれながらも強引に組み付こうとしてくる、ルキウスはそれを裏拳で殴り飛ばした。
「痛みも死の恐怖もなくなったか!」
合理的過ぎる、そうルキウスは感じた。
元が人間種であっても吸血鬼は魔物、思考形式が異なる。同じ人間でも脳内物質の分泌により性格が大きく変わることを考えれば、相当な変化があったはず。
しかしそれでも知性はある、仲間を殺した強力な攻撃は警戒するはずだが無視して突っ込んでくる。元々この性格だったとは考えにくい。