サポートキャラクター2
「ぐおぉ、なんだこれは……」
ふらついた足をどうにか踏んばり耐える。
アトラスでは非現実的な感覚を疑似的に再現しているが、これは知らない。頭の中を森の情報が駆け回り、強制的に理解させられる。脳が膨張するような感覚に仰天したが苦痛はない。
〔緑神の交信/ヴァーダントディバインコミューン〕は森林・密林地形限定で広範囲を調査して、敵、地形、採集物などがわかる信仰術。
自然の力を借りるこの魔法は、一定時間、調査済地域内の情報を得られる。ゲーム的には敵や罠が視界に強調して表示され、視界にレーダーマップを表示可能になる。
地形探査系では最上級、行使に〈神格〉が必要で、範囲は十キロメートル。探査済の地域では奇襲や罠を受けずに済み、視界の悪い森で有利を得る。
ルキウスが頻繁に使う魔法で、超感覚で情報を得ることもできる。
これは触覚から温度感覚、圧力感覚に特殊な視覚への干渉などを利用して再現している。この感覚に適応すれば、後方からの攻撃を視認せずに対処できる。超感覚だけの決闘大会もあった。
ルキウスはまばたきせずに硬直していた。
森の一部が頭にある。虫の一匹とて見逃さない。脳はどうなった?
絶対にアトラスでは起こりえない。システムが感覚に干渉、補佐しても脳の性能以上のことはできない。
今の自分は人ではない。
「まあいい……この状況だ。力はいるってな。捕捉した最高レベルの魔物は八毒絞蜘蛛、標準体レベルは八百台前半のはず、レイドクラスがいなくてまずは一安心か」
力は増し、同時に未知の何かに変質した。
単純な攻撃魔法なら効果は読める。特殊なものはどう機能するだろうか?
ルキウスはダグザボアの死体を見て、魔法をかける。
「〔朽ちる運命/クラプトフェイト〕」
魔力を帯びた死体は、急速に色が落ち、膨張してからしぼんで乾き、茶色の土になった。ヘビの形の土は、アニメ作品のモグラ塚のようだ。
「なるほど、リアルに土に還ったな。肥料アイテムが出ない、この土が肥料? リアル指向、いやリアルそのもの。袋に入った肥料が出なかったのは確かだ」
ルキウスは黒茶色に白が混じった肥料を手ですくって、顔を寄せた。細かな粒子が手の中で転がる。アトラスとは違う本物の土だと思った。
アトラスの物体は重要な物でない場合、近くで見ると荒く、違和感で作り物だとわかる。
(これは面白くなってきた。アトラスの初期を思い出す)
「さて次はと〔緑の瞬間移動/ヴァーダントテレポート〕」
ルキウスの目に映る景色が瞬時に変わる。探査した地域のある場所への瞬間移動。
「前よりきれいにできた感じだ」
ルキウスの前には平べったい巨大な岩。大地に横たわる大岩に手の平で触れる。
「こんにちは、石さん。これまでに君に触れた一番強い魔物を教えて欲しい」
石の記憶が見えた。うごめくつるの塊。ディラチェイーダー、大型植物の魔物。
全身がつるで、手足のような複数のつるの束と胴体部分のつるの塊で構成されている。
つるの束は非常に長く伸び、胴体が見えない距離から、手足にいきなり攻撃される。急所が存在せず再生能力が高く、強力な毒、麻痺攻撃で持久戦を仕掛けてくる。
野外で遭遇する魔物としては厄介でおいしくない。
「引っ掛け野郎か。八百から、名前付きで千レベル。まあ植物だからなんとかなる。ならなかったら、どうにもならん。接触は数十年以上前、どう受け取るべきか……防衛体制は……それよりも」
ほかのプレイヤーはどうなった? 同じ状況なら変化したはず。他者のスキルの変化を想定するべき。
森の神から放たれる棘の気配に森がざわめいたが、ルキウスは気付かずに、瞬間移動で生命の木に戻った。
彼は生命の木を見上げて考える。
巨大なセーフハウスを手に入れた時は嬉しかった。イベントでの激戦をギリギリ制しての一位で得た報酬、当時のアトラスでは数少ない特殊なセーフハウス。
「動かせなくなると大きすぎる。邪魔になるなら、捨てるのが賢いが」
生命の木の役割は家、倉庫、店、工房、後は……他にもある。
ルキウスが生命の木にもたれかかる。
「一応確認するか、〔大樹の道/パスオブビッグツリー〕」
彼の体が、水に沈むように生命の木の幹へと沈んでいく。やがて全身が完全に沈んだ。
しばらくして、納得した様子のルキウスが浮かび上がる。
「案の定、駄目か」
彼には予想通りの結果だった。
〔大樹の道/パスオブビッグツリー〕は転移魔法。
これで大樹から別の大樹へ転移できる。生命の木はこの大樹の役割、転移点になる。木の無い所も一度訪れ、生命の木を設置しておけば、以降は移動できた。
「探査した範囲には転移できる確信があり、できた。だがほかは無理。俺が知っているのはここだけ、そのような気がする。俺の知っている場所か、場所情報が消えてる」
ルキウスは世界中の大樹を転移点として登録していた。その情報が認識できない。
「この森はアトラスと違うどこか? 転移を妨害されてはいないのは不思議と理解できる」
彼の知らないどこかに飛ばされる何かが起きた。どこかはアトラスと断絶している。
(アトラスの情報を引き継いで別の超リアル志向ゲームに移行――ないな、技術的に)
「結論まで行けそうにない。仕事に戻るか、でも防空手段がないんだよなあ、ちょっと疲れた。休憩だ、休憩」
ルキウスは売店のほうに移動して、休憩用スペースにあるテーブルの椅子に座った。
生命の木の売店は、手作り感のある簡素な板張りの小さな建物だ。普段はここのカウンターにウリコが配置されている。
売店の隣には常に咲き続ける藤棚があり、その下に古そうな木の机と椅子が四セット置いてある。
美しい藤棚の下に自分だけだ。
「味覚実装とくれば、何か食べるべきだろうこれは。暗い話ばっかりじゃやってられないよ。今一番食べたい物、最高に踊れる食い物」
明るさが欲しいルキウスは、目の前の空間を開いた。一度やれば慣れるもので、以前同様にインベントリを確認する。
インベントリの食品アイテムは、瞬時に腹がふくれる兵糧丸しかない。遊びのない戦闘イベント用の構成だ。
中身は、環境に合わせて変更するための替え装備、特殊効果のある矢、強化用の霊薬、回復薬に魔法を発動させる短杖のような消耗品、罠アイテム。
食べ物はどこだっけ? 倉庫キャラのインベか? 手持ちの食料は……。ルキウスは笑みを浮かべてインベントリを閉めた。
ルキウスの手が光を発すると、その内に黄金色に輝くリンゴが出現した。神々しい白のオーラを放っている。
「フハハハ、黄金林檎。これこそアトラスの名を冠するアトラス最強の果実。食料が無いなら作り出すまでだあ」
〔黄金林檎/アトラスアップル〕、ドルイド系最高位魔法で〈神格〉がないと使えない。
黄金林檎は最上級の果実で回復・強化効果があるが、普通に魔法使った方が強いので、戦術上は価値がない。
わかりやすく神っぽさアピールできる魔法なので、ルキウスは無意味に修得していた。
「これがまずいわけはない。アトラスを象徴する果実、最初の食事にふさわしい」
回して眺めた後、手の中の輝くリンゴにそのままかぶりつく。
その味は正に神の果実。口の中で尽きない蜜と芳醇な酸味による天地創造が行われている。生命があふれかえり、大地が揺らぐ、照りつける太陽の風味。最後に大空の爽やかさを残してのどの奥へと消えた。
「うもうあぁぁいいぃ!!!」
ルキウスがたまらず叫ぶと、生命の木の入口がバーンと勢いよく開かれた。