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森の神による非人道的無制限緑化計画  作者: 赤森蛍石
1-4 最後の試験
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黒獅子将軍

「ずいぶんと遅くなったな」

「有名になった弊害ですね。しかし目的に近づいたということでしょうか」

「そうだな。もう少しすればゆっくりとできるだろう」


 日が暮れ人通りが失せたコフテームの小道、ルキウスは機嫌のよいヴァーラを連れ、前回と同様にニレ商会材木置き場へ巨木を浮かせて運んでいる。ここ数日で彼女と少しは馴染んできたようにルキウスは思った。


 トンムスとペーネーは、遺跡の発掘権の半分をルキウスに売却した。二人は元々金品に執着がなく、パーティーを立て直すため遺跡探索どころではなかった。


 その遺跡で見つけた発掘品、つまり彼が貯めこんだ私物をギルドに売って得る金はすべてルキウスのものになる。

 ペーネーに変わった物があったら見せてくださいと言われている。落ち込んでいる彼女のために何か面白い物でも倉庫から発掘しよう、とルキウスは思う。


「発掘品……もっと多くてもよかったがあまり多いとな。あんなにあったとは」

「あっちの倉庫は物でいっぱいですねえ。足の踏み場もありませんでした」

「あと何十回か遺跡を発見しないと処分できないな。格的にどうでもいいものが大量にあるんだが」

「どうでもいいものなどありませんよ」


 彼はプレイヤーの中では金持ちだ。普通は多くのサポートにまでよい装備を確保できない。単純に一人増やせば装備代は二倍だ。


 しかし彼は戦闘にかかるコストが小さく、対人戦の勝率も高く、負けても死ぬ前に逃げる。だから金は余っていて、戦力に数えられるサポートが多く、アイテムは倉庫に貯まり続けた。その結果、目録に目を通しても何かわからないアイテムが大量にあった。


「誰かあの種を植えてくれれば少しは食料事情が良くなると思うが」

「常々天下万民の心配なさるとはなんと慈悲深い……」


 ヴァーラが感極まり言葉に詰まった。

 そこまで深く考えていないルキウスが今回選んだアイテムは、主に低位の銃火器と魔道具に貴金属で、ルキウスが祝福した種子など変わった物も混ぜておいた。


 彼のお勧めは軽汚染地域でも栽培できる種子。

 ギルドの受付で、ぬぬぬ、この種からはすごい力を感じる! 〔自然祭司/ドルイド〕として間違いないぞーという小芝居をしたが、ハンターには響かなかった。


 ギルドに預けた品は王都で競売になる。誰かが植えて、価値に気づいてくれればいいが。


 最後に亜空間袋、これは見つけたという体で使っている。この長い革袋は、中に広がった空間に千五百キロまで物を入れられ、重量を感じず運べる。これでインベントリから物を出しても不自然ではない。


 競売が終わればギルドのランクも上がる。どこまで上がるかはわからないが、遺跡発見で赤星までの間にある壁は超えた。つまり地道に稼いでいけば赤星まで上がる。


 だからまた稼げる木こりだ。しかし木を切るのに奥まで行く必要があった。

 遺跡の発見でコフテームのハンターは沸き、季節の良さも手伝い森に入るハンターが劇的に増えたからだ。これからもっと増えそうだ。


 ルキウスは浮かべている大木に目をやった。暗くなってきた小道をより暗くする大木。


「何か問題が?」


 ヴァーラが言った。ルキウスが感じたよりも長く見ていたかもしれない。


「いや……問題ない」


 今回は木を切った後を入念に調べたが、なんの異常もなかった。

 探査魔法の感覚は人間の五感にはない。味覚を視覚に直せないように、あれをほかで表現することはできない。


 しかし共通点もある。認識できるのは意識を割いている部分だけだ。視界内に百の物品があっても、脳が認識していなければ見てないのと同じ。催眠系の魔法はそんな脳の道理を利用している。


 優れた神経回路を獲得したなら、特別な認識力を発揮できる。生真面目な刑事が休日の人込みから、何気なく指名手配犯を見つけ出すように。


 ルキウスの眼は、五十メートル先の落ち葉の揺れから葉の裏に隠れた虫を判別できる。しかしいまだ探査魔法に自信がない。慣れない。

 一度探査した場所を何度も探査した。出勤する際に鍵をかけたか心配になり百回家まで引き返す、そんな滑稽さだ。

 この行動様式はアトラスが打倒しようとしたトラウマ主義――過去の失敗を過剰に恐怖し行動が合理でなくなること――そのものだ。


 それはわかっている、はっきりと認識している。それでも難しい。


 サプライズ協会の標語、『止まるな次へ次へひたすら次へ、無限の試行錯誤が無限の驚愕を作り出す』、どこかの開発研究現場にありそうな標語だがこれらはそんな温い話ではない、国造りに失敗したら、国民皆殺しにして一からやり直す。それほど覚悟が込められている。


 協会に所属した際、協会員以外も含め過去の偉人の活躍を格好いいと思ったものだが、いざ自分がそれをやる番になったと考えると気が重い。


 人の命を弾にして的に当たるまで撃ち続ける。そこには自分の命も含まれている。

 そう何回もやり直せない。


 ドニとレニの死体をトンムスと回収した時、蘇生魔法の話をそれとなく聞いた。

 蘇生魔法が使える術者はいるらしいが、蘇生経費は莫大だ。レーザーガンの売却ではまず足りず、さらに二人は蘇生に耐える生命力がないだろうと。そして失敗すれば死体は塵のように消え去る。どっちしろもう時間が経ってしまったから無理だ。


(生き返せないのは蘇生魔法を行使する術者の資質もあるだろう。ヴァーラなら問題ない。にしてもアトラスより格段にペナルティが重い。やはり転生回数か)


 ルキウスが足を止めた。思考から現実へと感覚を引き戻す。


「……この先、多くの気配がある」

「邪気があります」

「邪気ねえ……止まる理由にならんな」


 多少の脅威で二人が引き返すわけもない。警戒しながら小道を進んだ。


「ここは前の場所だな」


 以前に騒ぎ起こした開けた場所に出ると、男たちが複数の道を塞いでいる。百人いるか。この場が随分と狭く感じる。


「お前らか、俺がいない間に好き勝手やってくれたのは。珍妙な恰好をしやがって」


 年をとった特別に人相の悪い白髪の男が、集団の中心からわめいた。その顔のしわが悪行の数と深さを示すような顔だ。派手な模様の付いた服を着て長剣を持っている。


「別に普通の格好だが」

「そうですね、何を言ってるのでしょう」


 さらに白髪男の隣、顔に傷のある男も吠えた。


「やっと帰ってきやがったなあ、待ちくたびれたがいい時間だ。ぶっ殺してやるぜ。今度こそ生きてることを後悔させてやる」


 ルキウスはそれを聞いて仮面をかしげる。


「ええっと……あれだ。前の奴らだな、名前は覚えていないが」

「私も覚えていません。しかし……邪気があります」

「そりゃあ、あるだろう。あの顔だし」

「そうでは――」


 彼女の言葉は途中。


「ひひゃー」


 集団の中から何かに撃ち出されたように突如跳躍する一人の男、武器は持っていない。

 男はルキウス目がけて十メートル以上跳んできた。


「邪悪っ!!」


 瞬時にルキウスの前に出たヴァーラが、鋭い声と共に背から取り出した盾の端を掴み卓球のラケットを振るように男を打ち返す。

 重い金属音が響き、男が十メートル以上転がる。

 集団の前まで転がり仰向けになった男、その体がピクリと動いた。


「ひゃーは。何ともないぜっ!!」


 男が引っ張られたように勢いよく立ち上がった。

 言葉と裏腹に腕は折れて曲がっている。顔も歪んで左右は非対称、目は血のように赤く闇の中で輝き、歪んだ口元から巨大な犬歯が覗いた。


「冷えてるな、吸血鬼ヴァンパイアか?」

「おそらくは」


 ヴァーラが盾を左手にきっちり装備して剣を抜いた。


「全員か? 何があった。親分とやらが吸血鬼だったのか?」


 周りを見回せば瞳が赤く輝く男たち。二人の後ろにも何人かまわった。よく見れば全員濁った黒と赤のオーラをまとっている。


「これでおめえらもお終いだとわかったか? これで俺らの天下よ。人間如きじゃあわからねえ世界ってものがあるんだぜ、ひっひっひ」


 白髪の男が満足げに笑う。


「セイント、全部斬っていい。一人も逃がすな」

「お任せください、悪を討つこと我が本懐。すべてを滅して御覧に入れます」


(やべえな。俺そろそろ魔力が切れるんだけど、別の日にしてくれれば良かったのに)


 有名人になったふたりは、コフテームに入ってすぐ群衆に捕まり、パレードさながらにゆっくりと進んだ。森の外で大質量を浮かし続けて、魔力を消耗している。

 魔力は材木置き場まででギリギリ。ここで魔力を消費したくない。


「ほうらよっと」


 ルキウスは浮いた丸太を杖で押し出した。

 押された丸太は弾丸と化し、何人かをなぎ倒し家の土台に衝突、地面を揺らし浮力を失った。

 大木が転がる。

 それを合図に全員が動く。

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