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森の神による非人道的無制限緑化計画  作者: 赤森蛍石
1-4 最後の試験
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ヴァルファー

繰り返す必然

 いつものようにしっかりセットし、かきあげられた金髪は風を切っても乱れない。

 青いロングシャツジャケットをふわりとなびかせ、吹き抜けから階段、手すりを超えて通路に降り立つ。


 ここは生命の木、中ごろの十八階、ヴァルファーが自室のある階に戻ってきた。アルトゥーロ、ターラレン、ソワラ、カサンドラと長い検討を終えて休憩だ。


 立派な角が生えた牛の顔ではなく、幼さの残る青年の顔。背伸びしたスマートな印象を受ける、これが彼の通常形態。どこか役者めいた足取りで軽快に革靴の底と床が音を鳴らせば、すぐに自室の前。


 元々酒類倉庫だった部屋を与えられ、改装してヴァルファーの私室兼仕事部屋としていた。部屋内には扉付き木棚が壁に沿って並び、中身は様々な酒類だ。部屋はいくつかに区切られている。

 彼はドアノブを握って少し思案、ドアをゆっくりと開いて、ため息をついた。


 入って正面に仕事用の黒く重厚な質感の机と急激に増えた書類のための棚が見える。そこから右側を見て、棘のある声で言った。


「鍵をかけておいたはずですが」


 見た先には来客用のソファーと机がある。

 そこでは酒宴が行われていた。酔っ払いたちが騒ぎ、机の上には乱雑に酒瓶が並び、棚は大雑把に開け放たれ、まさに泥棒が物色して回ったような有様になっている。


「そんなものは私にかかれば」


 機嫌のよい声でドアノブを回すしぐさをする魔女のアブラヘル。


「自慢する話ではありませんよ。勝手に物資を消費するんじゃない」

「心配するな、お前が新しくこさえたのしか空けてねえって」


 顔を少し赤くしたゴンザエモンが酒瓶から口を放して、立派な仕事をしているような口ぶりで答えた。


「それはつまり、僕の私物だろう」

「いやいや、皆の成果はうまく分配しないとだな」

「それはこっちでやるから君にやってもらう必要はない。それにそっちは仕事していないだろう」


 ヴァルファーが視線をやった先には、小人ハーフリングと同じぐらい小さな女、ただし違いとして妖精人エルフのような耳を持っている。これが土精ノームの特徴。


「仕方ないやん。工房が焼けてもたんやから、はよう直してえや」

「それは君が工房を爆破したからだろう、エヴィエーネ」

「薬品の研究に爆発はつきものやねん。爆発せんもんなんぞ薬やないで。それに酒も薬やからこれも歴とした研究やで」


 この独特の喋りをする土精ノームは、薬物をあつかうエヴィエーネ。

 肌は薄い褐色、白い長髪はボサボサ、紫の瞳は少し輝き、気味が悪いまでに陽気な笑顔を浮かべている。服装は全身をダボダボの白衣に身を包んでいて手は袖から出ていない

 彼女は白衣の袖で持ったグラスを飲み干した。


「人の私物で勝手に研究するな」

「楽しいんやからええやないの、細かいこと気にしてたら負けやで」

「僕は楽しくないんだがね」


 現在唯一のポーション作成者がこの状態である。定期的に薬品工房が消失させ、生命の木の物資に最大の損害を与えたのが彼女だ。それでも彼女を使うしかない。彼女は薬品以外にも多くの生産技能を有している。

 ヴァルファーは視線を動かした。


「で、君までか、テスドテガッチ」

「防衛対象いない、ひま」


 巨体と鎧でソファーにめり込んでいるテスドテガッチは、ちびちびと盃で飲んでいる。


「おいらは飲んでないからね」


 何か言われる前にと急いでそう言ったメルメッチは、ナツメヤシの酒漬けをどんどん口に詰め込んでいる。


「己は飲んでるぜ」


 ゴンザエモンが酒瓶を掲げて自慢げに言った。


「見ればわかる。君にはゴッツから苦情が来ているよ、木の伐採の際にまた防衛用石碑を壊したな」

「木を斬ってたらなんか硬いのが当たったからな。なんだっけか、あの模様のあるの?」

「今回壊したのはルーンだ。前壊したのがシジル、なんでわざわざ壊すんだ」

「一回斬りつけたらよう、斬れなかったから、斬れるまで斬ったら斬れた」

「せめて最初で止めるべきじゃないのか」

「いや、斬れない物を見つけたら斬るだろうよ。それが己だ」

「知ったことか! とにかく木だけ斬れ」

「しかし、ここらの木は普通に斬れるのしかないだろ、もそっと硬くねえと駄目だな、味わいが無い」

「普通に斬れるなら普通に斬れ、毎回毎回、僕まで苦情がくるんだぞ」


 ヴァルファーが早口になり語気を荒げた。


「私は一応仕事はしてるわよ」

「人の部屋の鍵を開けるのは仕事ではない」


 ヴァルファーが空いている席に座り睥睨する。


「こっちは忙しいんだ。余計な手間を増やさないでくれたまえ、君達」

「仕事って何さ?」


 アブラヘルが少し前に乗り出した。


「この前の遺跡の処理だ。人を増やす準備もしないといけない」

「あのつまらん警備ロボしかいなかった遺跡なあ、大将の腕を飛ばした奴を置いといてくれれば少しは面白かっただろうによお」

「腕といえば、私も欲しいわぁ、ルキウス様が長くいないのだから、せめてお鍋に腕ぐらいは入れたいわ」

「あれを元にした細胞培養が上手くいかんで、上手くいけばルキウス様無限増殖計画ができたのになあ、ほんまに残念やで」


 エヴィエーネが何かを思い出しながら心底惜しかった、という表情をする。


「これ以上余計な仕事を増やさずに、割り振られた仕事だけやってくれたまえ」


 ヴァルファーが強めの声で釘を刺した、無駄だろうとは思いながら。


「遺跡にはあった物は技術書の類だったから全部回収した。一々内容を確認していられないからな、代わりにここにある物を置いてくる必要がある」

「そりゃあ、ゴミ捨てみたいなものだねえ」


 アブラヘルが服についていた塵を払った。


「我々にとって不要で、それでいて高く売れそうで、敵に渡っても困らず、政治的な混乱を与えない物を選ばないといけない。思念除去も徹底しなければならないから今日中に選別する必要がある」

「うちが開発した新薬を全部持っていってええで」

「そういう外に妙な影響を与えない物を選別しているんだ」

「倉庫にゃあ、いらねえ物が山積みになってんだから片っ端から持っていけばいいじゃねえか、大将が貯めこんでるガラクタを活用する時が来たんだ、めでてえじゃねえか」

「そこらで狩った魔物の素材も入れとけばいいじゃん」


 メルメッチが口に食べ物を詰め込むのを一旦停止して喋りまた詰め込みを開始する。


「素材は……影響が読めなすぎるな、外の加工技術がわからない」

「己がバンバン選んでやるってそうすりゃあすぐに終わるって」


 ゴンザエモンが酒瓶を振り回しながら大きな声で言った。


「おらも選ぶ」


 テスドテガッチがやる気を見せているが、多分酔っているだけだ。


「必要ない、こっちの仕事だ。つまり僕はまだ仕事があるんだ、君らは帰りたまえ」

「勝手に飲んでるから放っておいてくれりゃあいいぞ」

「そうですか、そんなに飲みたいなら好きなだけ飲め、〔楽園球体/パラダイズスフィア〕」


 酒瓶が散乱する机の上に現れた巨大な水球、猛烈な流れが渦巻く酒の球体。

 エヴィエーネは懐から取り出した試験管の薬を飲み干した瞬間に目の前から消えた。アブラヘルはワインの入った瓶を掴むと転移。メルメッチは菓子類を素早くつかみ、ドアから外に逃亡。

 残った二人が球体に接触、流れに絡めとられ頭から跳び上がって突っこむように酒球の中に取り込まれた。


「ぶぎゃっ!! あぶぶぶ」「ごぼぼぼぼぼぼぼ」


 洗濯機の中のように泡立ち渦巻く酒球の中で二人は回転しながら高速で流れる。

 ヴァルファーは二人を含んだ渦巻く酒球をドアから外にポイ捨てした。

 ヴァルファーがドアに手をかざして遠くから魔法でドアを閉める。そこから仕事用の机まで歩き、イスに体を投げ出し深いため息をついた。


「はあ、疲れる。もう適当に選べばいいでしょう。ルキウス様が売れと言っているわけだし、考えようにもそもそも情報不足です」


 リストから敵に使われても問題なさそうな品を片っ端から選ぶ。それらは遺跡からの発掘品として売りに出され今後の活動資金になる。売った品が与える影響は予測の仕様が無い、予測のために必要な情報が無く、情報収集には資金が必要な状態だ。


「もうどうなっても僕知ーらない、他に仕事も多いしそっちもやらないと……」


 彼は十三歳、主力の中では最年少。

 ルキウスが〔賢者/メイガス〕系の彼をまとめ役に選んだのは間違いではなかった。他に選択肢は無かったのだから。


 しかし彼は癖のある仲間をまとめるのに苦労していた。一部の例外を除けばルキウスの前では真面目にしているが、ルキウスがいなくなれば大抵の者は本能に忠実である。


 ペットの行動は普通に獣であり、縄張り争いを繰り広げる。彼らは主の言うことしか聞かない。

 今日もティラノサウルスの花子とトリケラトプスのスピードスター三郎が衝突して弾き飛ばされた花子が黄金林檎の木をへし折った。これも主が帰還するまでに修復してなかったことにしなければならない。


 今夜も彼のやけ酒造りが進むに違いない。そして造った酒は誰かに飲まれるだろう。

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