事後処理
「主命を守ることができませんでした」
ヴァーラはドニとレニだった物を見ている。
ドニとレニの死体はさらにレーザーを浴びて、よりバラバラになってしまった。もはや生ごみのような有様で、本当に見るに堪えない。
「あれが相手では仕方ない。それに私は結果的にほぼ無傷だ、それで目的は達している」
「しかしそれでも……」
彼女はうつむいた。表情は兜で隠されて見えない。
ルキウス自身、このレベルの問題が発生すると考えていなかった。どうにもならない。
装備が完全なら、動きだすと同時に二人で全力攻撃すれば、強引に押し切れたかもしれない。しかし装備は文明水準に合わせてあり、振る舞いもその水準に設定していた。それがすべてだ。
「やむをえまい。より大きな利益を望み失敗したのだ。レーザーガン二丁分と遺跡の発見報告で満足しておけば、それなりの金を手にして評価も上がったはず。自分の判断の結果だ」
「万事に因果あり」というのは師の言葉だが、今回、自分が死ななかったのは完全に偶然だろうとルキウスは思う。
不運は確かにあった、通勤途中に隕石の直撃を受けるレベルの不運さ。だが、その隕石をキャッチしてリビングに飾れるぐらいの能力がルキウスたちにはあった。
それでも必然を探すなら、兄妹は弱かったので死んだ。ルキウスは強かったので失敗しても生きてる。なんの自慢にもなりはしなかった。
「……そうですね」
ヴァーラの声は泥の底のように暗かった。
彼女には高位の復活魔法がある、ルキウスがやれと言えば、喜んで生き返らせるに違いにない。
しかし特別に復活させる理由はなく、そのコストも軽くはない。さらに〔聖騎士/パラディン〕が復活魔法を使えるのはおかしい。
ヴァーラは前後に長い兜を動かして、周囲を見回した。
「残りの二人は?」
「外にいる、二人は無事だ、お前のおかげでな。よくやった」
「それはなによりです」
声はさっきよりましだ。あるいは意識的に作ったか。
『ソワラ、外の様子はどうだ?』
『あ、ルキウス様、たいして変化ありませんが、二人は穴の方を警戒しています』
『音が途絶えたからだろう。こっちの問題は片付いた、ヴァーラも問題ない、タドバンは帰した』
『取り乱して申し訳ありませんでした』
『たいした問題ではない』
タドバンにやった腕は……トカゲのしっぽみたいに自切したと言っておこう。
『しかしその、私をお連れいただければお役に立てるのではないかと』
『攻撃力のある相手だった。こんな閉所では純粋な魔法使いには相性が悪い奴だ』
『それは残念です、新たな戦闘手段を検討しておきます。次には呼んでいただけるように』
怨嗟を抑えたソワラの声。
森の外でやっていけるところを見せようとした結果、魔術使い無しでヴァーラと二人、これが今回はプラスに作用した。あのレーザーと魔術使いは相性が悪かった。
「何が上手く作用するかわからんな」
ルキウスは小さくつぶやいた。
『エルディンは退屈させたな。ご苦労だった』
『ありがとうございます。しかし俺にはどうということもなく、待ちは狙撃の基本です』
エルディンはいつものように、大きなロングボウを持ち射撃の時を待っていたに違いない。
生命の木の最上部を定位置にして、天地に睨みを利かせているエルディン。ルキウスはその姿を容易に思い浮かべることができた。
『ソワラ、我々が去ったらこの地下構造物を捜索して中身を確認せよ。生命の木に残った主力を総動員して万全の体制で、かつ痕跡を残さず。もし危険な品があれば我々側で確保する。ただし、ここから発見される物は私のハンター活動の成果であり金に変わるものだ。問題なければ残しておけ』
彼が見るのは通路先の凡庸な扉。こんなことの後ではあれからも嫌なものを感じる。
それが全力戦闘で過敏になった感覚によるものか、既に己の五感に等しくなった魔法による索敵が不可能な地形にいる不安にすぎないのかはわからない。
どちらにしても、今は扉を開けない。意地を張らず部下に割り振るべき仕事だ。アトラスのフルパーティー、主力が六人もいれば敗北はあり得ない。
『わかりました。総力を挙げてあたります』
『まあ詳細なことは中身を確認してから決めれば良い』
『では準備にかかりますので失礼します』
『ああ、任せたぞ』
ヴァーラはルキウスが話している間も直立不動で立っていた。
ルキウスはバラバラになって通路に散らばる自動販売機の残骸に向かって歩く。その中から金属の円柱を拾い上げた、側面にフフルカと書いてある。
傾ければ円柱の中で何かが動いている。これは何かの缶だ。危険物ではない。缶の上部に指の記号がある。それを指で押す。すると記号部分が穴になった。缶を慎重に傾けて、出てきた液体を指に付けて舐めてみた。液体は甘かった。
「ヴァーラ」
ルキウスはそれと同じ物を拾ってヴァーラに投げ、彼女はそれを受け取った。
「これは?」
「缶ジュースらしきものだ、これぐらいの報酬はあっても良いだろう、印を押せば開く」
彼女は兜の前部を上げて顔を出すと缶に口をゆっくりとつけた。
「甘いです」
ルキウスは彼女のほほえみが見えた気がした。
「そうだな、機械が生きていたのだ。中身が駄目では割に合わない」
ルキウスは一気に飲み干して一息ついた。
「装備は元に戻しておけ、装備修復が終わったら外に出る」
破壊されていない缶を拾い集めて外に向かう。
うまくいくか不安に思っていた〈復活〉スキル、これの正常動作が確認できたのが最大で唯一の成果だ。そう思いながら階段を上がり、狭い穴を通り外に出る。
穴の底から見える木の上、弓を手に持つトンムスの姿がある。
「フォレストさん無事で。セイントさん!?」
トンムスが大きく目を見開いた。
ルキウスは彼が驚いたのを始めて見た気がした。大きく表情の動かない男だと思っていた。
二人は底から穴の外まで軽く跳んで出る。
「お待たせしました、何も問題ありません、我々は、ですが」
トンムスが木から飛び降りて来る、木の向こう側にはペーネーが見えている。
「あれはどうなりました?」
「破壊しました、ほかに敵は確認できません」
「……セイントさんの首が落ちたように見えたのですが」
トンムスはヴァーラを探るように見た。
「あれは一種の幻術のようなものです。本人は無事ですので気にしないでください」
「私は元気です。ご心配なく」
「お二人に戦闘を押し付けて本当に申し訳ない。私では対処できなかったと思います。ドニとレニは駄目でしたが助かりました」
トンムスは少し引っかかったような表情したが、すぐに全力で謝意を示した。
「これからどうしますか?」
「この場を離脱しましょう。ペーネーも休ませる必要があります。ポーションを使ったので傷はないですが消耗が大きい」
「私はなんの役にも立てませんでした」
顔色の悪いペーネーがフラフラと立ち上がり歩いてくる。
「あれが相手では仕方ない、呪術の効きが悪い相手だ」
「見てのとおりです。動くには支障があります」
「私かセイントが運びますよ。あとこれでも飲んでいればいい」
ルキウスは缶ジュースを差し出した。
「なんですか、これ」
「あれが壊したのに入っていた普通の飲み物です。飲めますよ」
「飲み物もそれなりの値がつく可能性があります。発掘品は全て貴重品ですし、保存の魔法が効いていた物は特に貴重ですよ」
「構いはしない、これぐらいは。数もあることだし」
「せめて二人を埋葬したい」
ペーネーが俯きながら微かな声で言った。
「しかしペーネー」
トンムスがたしなめるように言う。
「いいですよ、すぐに終わります」
「フォレストさん……」
「だから、これでも飲んでゆっくりしているといい」
「ありがとう、私にもっと力があれば」
ペーネーは缶を受け取ったが、それを握る手に力はなかった。
「なら私がやります、私のパーティーですから」
ヴァーラがペーネーに付き、トンムスとルキウスは二人の死体を回収した。
ドニとレニを魔法で開けた穴に埋葬して帰路に就いた。
二人が不死者になることはないだろう、ヴァーラが浄化した土地だ。