十分
放たれる赤いレーザーは受け止められぬ長い斬撃。強力ではあるが、ゴンザエモンの斬撃と比べれば児戯に等しい。軌道は完全に直線、連撃はなく、たまに両方狙った通路を一周する攻撃があるが、それも読める。
さらに一定時間おきの規則的な攻撃は予知で対処しやすい。
ルキウスがこのままいけるかと思った時、見えた予知。
「レーザーが曲がるぞ。大きくかわせっ!」
タドバンに向かった横薙ぎのレーザーが、鋭くより低い軌道へ変化する。
タドバンは大きく後ろに飛び退いてそれをかわした。
ルキウスには向かって右上から左下への振り下ろし、途中で直角に曲がり右下への軌道に変わった。予知を参考にして左に跳躍。
「面倒な」
回避で開いた距離をすぐに詰める。速いレーザー相手に距離を空けるメリットはない。軌道が変化しても近距離を維持する。
『なぜ行動が変わった?』
「……経過時間、レーザー発射回数、そのあたりだろう。状況が変わったがどうするか」
『攻撃だ。叩いて止める』
タドバンが体の雷を明滅させた。
このまま凌げるか? 両方に狙われた場合、ギリギリだ。何よりタドバンには予知がない。イメージを伝えるにも限度がある。
できるだけダメージを与えるのは避けたいが……見た目は何の変化も無い六本足の機械。
ルキウスはレーザー発射管を見て考える。感情を感じさせない姿と動きは、まだ多くの能力を隠しているように思える。
その機械から再度曲がるレーザー。これも回避、しかし変化する軌道によっては難しい可能性がある。
即死が起こりうる攻撃、ルキウスはレーザー発射管から無感情な圧力を感じている。
「仕方ない、多少攻撃する。奴の位置を変えるなよ」
『わかっている』
「攻撃を妨害するだけだ。最小限でやれ、変化を見逃すな、また対処があるかもしれん」
『まかせろ』
タドバンの体を取り巻いているかすかな電撃が、一気に輝きを増した。通路がまばゆい光で満たされる。
『ガラクタが、身のほどを思い知るがいい』
タドバンの輝く全身から放たれた電撃は、バチバチとはじける音を鳴らしながら通路を覆い隠さんばかりに広がり、目標の機械で収束する。
電撃を受けた機械はレーザーを発射し始めた瞬間だった。時が止まったように硬直する。それまで一度も攻撃途中で止まらなかった発射管の動きも止まった。
置物のようになった機械へさらに追撃。
「硬直はあったか。大した威力はないが丁度良いだろう《雷球/サンダーボール》」
ルキウスの前に拳よりは大きい電気の球体が出現、機械に向かって飛ぶ。そのまま硬直を続ける機械に命中して弾けた。
機械は再度動き出そうとしたところに追加された電流でまた固まる。
発射管が動き出す瞬間を狙って二人は電撃を繰り返す。小刻みに動きだし、停止を繰り返しガクガクしている。しかし、徐々に硬直時間が短くなっていく。
「駄目だな、何か対策をしている。中身も電気ベースではあるまい」
『本気で攻撃すればこんなものは……』
「仕留めきれんよ、森の中ならとにかく。これは予想された結果だ、少しは足止めできただけ良かったと……」
それでも電撃を続けていると、機械は発射のタイミングになっても動かなくなった。
二人はそれを見て身構えた。沈黙が場を支配する。発射管は両方真上を向いている。
電撃は機械系の弱点である場合が多い。これで麻痺させられる場合もある。
ただし、上位機械は弱点を突くと攻撃の激化で返してくる事が多い。
『壊れたのではないか?』
タドバンがそう言った時、同じ形状の発射管がシュッと一瞬で二つ生えてきた。
「やはり攻撃はまずかったか……」
四つに増えた金属製ワームのようなレーザー発射管が、滑らかに動きだす。
瞬間、タドバンがより強い電撃を撃ち込む、が一切硬直はない。
レーザーがくる。
「こ、れは!!」
ルキウスに向かう二つの赤い軌道、人間では床のどこにいても喰らう。
横に跳び壁を蹴って、天井にクモのように張り付いて、追いかけて来るようなレーザーをなんとかかわした。
これは無理だ。予知していてもいずれどこかで喰らう。
「かわしきれるか!?」
天井から逆さに見えているタドバンに言った。彼も壁を利用して回避していた。
『難しいかもな、主よ』
「致命傷だけは避けろ。治療はできる」
『努力しよう』
話している間も機械は止まらない、次がくる。
ルキウスに向かう二つに加え、通路全体を回転して薙ぐ一撃。三つのレーザーがくる。これはかわせない。たまらず魔法を発動させる。
《上位水鏡による反射/グレーターリフレクションウォーターミラー》
ルキウスの前に再度水鏡が現れた。水鏡は一つのレーザーを完全に反射して軌道を変えた。残りを大きくのけぞってかわす。水鏡は別のレーザーに破壊された。
「今のはアンチマジックではなかったか。属性を切り替えているな」
一息つく間もなく、次の予知に集中する。
「そっちにみっつ」
『心得た』
タドバンに攻撃がいくといっても、ルキウスの方にもふたつがきっちり来る。
ルキウスは回避しながら、タドバンの後ろ足にレーザーが当たるのを見た。
「タドバン!」
タドバンは命中したが問題なく走っている。
ルキウスの《猫の王/アニマルロード・キャット》職業のスキルで強化されたタドバンは、千レベル以上の能力を備えている。ダメージが無いのは本来妥当な結果だ。
『心配するな、毛皮を超えておらぬ。傷ですらない、ガラクタにやられるものかよ』
「そうか」
『最近の主は心配が過ぎる。前のようにやればよい』
ここはゲームとは違う、一度の失敗で全てが終わりかねない現実だ。以前のようにはできない。
『髭にくるのだけかわせばよいのだ、主よ』
「……なら俺も髭を生やすとしようか」
《伝説獣変化・白虎/レジェンドアニマルシェイプ・ビャッコ》
ルキウスの全身が瞬時にねじ曲がり、その姿は白いトラへと変化した。
二匹のトラが上も下もない様子で通路を駆け回る。床、壁、天井、全てを道にして凄まじい速度で走り跳躍する。〈空歩〉のスキルで空中すら足場になる。停止することのない二匹、常人では見ることも叶わない。
それでも全てはかわせない。が、ときおり命中するレーザーは分厚い毛皮の表面を焦がすに留まる。
赤いステージライトの駆け巡る舞台で二匹は踊った。
(なるほど、髭にピリピリとくる。レーザーの強さもわかる)
同じような姿になれば、同じような感覚が得られるかと考えたこの策は賭けだったが、白虎への変化はルキウスに鋭い感覚を付与した。発射管の一本一本から放たれる性質の変化がなんとなくわかる。根源的に異なるものがたまに来る。
「発射管が増えてもジェネレーターは一つ、威力が高いのは一つだけ。威力と属性が揃っているのだけが危険か」
『ピリピリするのだけで良いのだ』
二匹のトラはその敏感な耳でこれまでと質の違う金属音を捉えた。
「これで十分だ」
『やっとか。待ちわびた』
「多少強引でも攻撃する。あれが余計なことを考えないようにな」
二匹のトラはレーザーを受けながらも一直線に突っ込む。
焦げる毛皮を無視して、ゼロ距離から挟み込む双虎の一撃。同時に前足が機械を捉える。
複雑な金属破壊音が響く、胴体の前後が肉球型にえぐられた。装甲の割れ目から中身の部品が露出した。
破壊はこれで終わらない。既に前足を引いているにもかかわらず破壊は継続する。えぐられた内部で、叩かれたのと同じような破壊が、バギンゴギンと何度も連続、中の部品の破片が外まで飛び散る。内側の破壊音と部品の床に散らばる音が継続している。
〈豹紋計都星〉、この技は初撃に与えたダメージを基準に、そこから徐々に減退していくダメージを継続的に与える。防御力の低い殻の内部に攻撃を通すには有効な手段だ。
ルキウスはトラの鋭い目で、内部で続く破壊を注意深く見ている。
(中枢まで破壊が行けば終わる、これで終われば楽だがどうか)
だがさらに機械は進化する。
機械に中で響く破壊音がやみ、割れていた装甲が瞬時に塞がる。
白い全身が赤く染まり、即座に二対の腕が生えた。刃物の装備された前腕、銃器らしい物を装備した中腕。六本の足も大きくなり棘が生えた。全体的に大きくなっている。
「そうくるだろうと思ってたよ」
『生意気なガラクタよ』
「もう一撃だ」
『応』
仰々しく変化した機械へも攻撃の手を緩めない二匹は、再び全身の筋肉を躍動させて前へ全力で踏み出す。しかし、二匹の肉球は機械にまで届かなかった。手応えの無いものが二匹を遮る。
攻撃を阻んだのは緑色に光る壁、エネルギーシールド。半透明で半球形の緑に輝く壁が、機械の全てを覆っていた。弾力も質感も重量も感じられない壁による完璧な遮断。二匹のトラによる全力の攻撃にも揺るがない。
緑の繭の中で機械の進化は続く。胴体前部には人の顔のような物が現れ、上部には棒の先に付いた球体や、何かを噴霧するような装置が発生している。最初は空いていた胴体上部が埋めつくされつつある。
(ゲームなら無敵時間か? だがしくじったな。これはゲームじゃない)
機械の胴体上部中央に剣が突き出した。シールドの中で音は聞こえない。
これは機械の進化ではない。
緑の繭が消失、突き出た剣がギリギリと胴体を切り裂き、一気に縦に割く。
機械の足のいくつかから力が抜け、機械は傾く。さらに剣は動き胴体を切断する。機械は八つ裂きにされて、甲高い金属音を鳴らし周囲に転がった。
「荒い手になったが、狙った通りになるのは気分が良い」
『我が壊したかった』
ルキウスの足元に機械の顔が転がってきた。目の部分が赤く光っている。
「驚いたか? 驚きは少なからず死と共にやってくるものだ。機械に言ってもわからんか……残念だ」
ルキウスは前足で表情の無い顔を叩き潰した。そして変化を解き妖精人に戻る。
「やれやれ、万が一に備えておいて良かったというところか」
彼が見た先、機械が存在していた場所には全身がメタリックでロボットのような存在が立っていた。頭は狐型であり、他は人と同じ形状だが全て金属でできている。
手に持った長剣は複雑な遊色で様々な色を宿している。これは油剣アパラード、〈機械特効〉の性質を持つ最高位の長剣。
鎧を取り込み同化変身したヴァーラだ。
彼女は偽名で使ったとおり、《聖人/セイント》の職業に就いている。
《僧侶/クレリック》と《聖騎士/パラディン》の上位職業である聖人は、〈復活〉スキルで一月に一度ペナルティなしで死から自動復活できる。十分の時を要するが、初期レベルの〈復活〉が八時間かかることを考えれば、戦闘で使える範囲である。
ルキウスはヴァーラが死んだ時点で、すぐにそれを上手く使う方法を考えた。普通に倒せる相手なら普通にやったが、底の見えない相手だったので一気に始末することに拘った。
ヴァーラは変化を解いて、普通に鎧を着ている状態に戻る。
「申し訳ありません。遅れをとりました」
「相手が強かった。あれはどうにもならん」
「タドバン様までお越しに、余計なお手数を」
『たまには運動も良いものだ』
ルキウスはすみに置いていた杖を回収する。杖には彼の腕がついている。
「手が余ったがどうするか、腕を三本にするわけにもいかないし」
彼は杖を握っている手を引きはがした。
『美味い物、美味い物くれ』
タドバンがルキウスの持った腕を見て言ってくる。
「俺の腕いる?」
『いる』
「……じゃあ、これご褒美な」
『うまうま』
ルキウスが投げた腕をタドバンはかみ砕き始めた。ゴリゴリバリバリと音がする。
「じゃあ、送還するからな」
『また余りが出たら欲しい』
「……送還」
タドバンは腕を咥えたまま光になって目の前から消えた。
ルキウスは自分の腕を食料と見なしている相棒に少しばかり恐怖しながら、緊張から解放され一息ついた。機械の残骸を見て、死が身近にあったと実感する。
地下通路はレーザーの作った焦げた線で埋めつくされていた。
よくこんな狭い場所で戦闘したものだ。普段なら絶対やらないことだと思った。




