古い遺跡3
シューという音と共に二つの管先から放出された赤いレーザー光線が天井を焼いた。機械の計算間違いではない。
左右からの攻撃、巨大な杖による月まで打ち上げるようなフルスイングと、管を狙った斬り上げの力が、機械の前部を浮かせて体を上に向かせた。
「機械の癖に呪われたのはわかるか」
「私の前でこれ以上自由にはさせません」
無意味に終わった魔法のダメージで膝を着いたペーネーと、彼女に駆け寄ったトンムスになんとかなるかもという思いが生まれる。
六足の機械はその前足をドンと着いてから微動だにしない。
しかし――攻撃した二人に余裕はない。
重戦車を容易にひっくり返す打撃で少し浮いただけ、鋼鉄を豆腐のように斬る剣で斬られた柔軟な管は無傷。打ちつけた部分と管に当たる前に剣がかすめた部分は少しへこんでいる。
(かなり強いぞ、こいつ。最低でも八百か、なんでこんなのがいる!?)
「速く退けっ!! 邪魔だ!」
「……でも」
トンムスが何か言いたげなペーネーを肩に担ぎあげた。
「すみません! 退きます」
「なんの問題もないので心配なくー」
明るい調子で言ったが、至近距離の機械からは目を離さない。
階段まで距離二十メートル、三射防げば足りる。
「私が盾になります」
「ああ、こっちは自力でなんとかする」
管に動きがあった。二本の変幻自在の管がお互いに背を向ける形で横方向を見る。そして同時に回転する。
ルキウスは即座に屈んで姿勢を低くした。赤い線が仮面をかすめた。
高位魔法〔上位対光線盾/グレーターアンチビームシールド〕を発動したヴァーラが機械と二人の間に入っている。
レーザーが一瞬で横薙ぎに二周した。ヴァーラは魔法を帯びた盾で両方とも少し下がって難なく受ける。全自動販売機が火花を散らして多重の金属音と共に通路へばら撒かれた。
光源はルキウスの光球だけになった。
(こいつだけか。レーザーはチャージ時間あり、連射不可。一度で一秒ぐらいか。ちょっと硬いが二人が避難したら本気で破壊する)
ドニ以外は攻撃対象ではなかったかもしれないが、こうなっては仕方がない、さっさとスクラップにする。
側面に回り、再度全力で上から杖を振りおろす。大質量と高速の爆発的な衝撃に胴体が少し下がり、六本足が踏ん張って戻る。
レーザー発射管に直撃しているがやはり無傷。打たれた瞬間は少し曲がっているが元々曲がる素材だ。ワームのようにクニャクニャと自由に動くのだろう。ただし動きはいかにも機械的で、停止と動作を繰り返すようだ。
「ここだけ特別硬いな、胴体からやるか」
次の攻撃、二つともヴァーラのほうへ向かった。おかげ体勢を崩さずにかわせる。
好機、ひたすら叩いて叩いて叩く、そうルキウスが思った時。右方、階段のほうからカンと金属音が聞こえた。一瞬目をやる。
ヴァーラの兜が落ちている。そう思った。
が違った、中身が入っている、首の断面から血が流れた。
今度はさっきより大きく右を見た、首の無い全身鎧が大きな金属音を鳴らして倒れた。
「はあ?」
なんで? なにが? いやレーザーしかない。二人は……命中していない、ヴァーラが壁になったからだ、ならばなぜだ?
馬鹿なありえない、ありえないぞ。
完全装備なら都市を消し飛ばす攻撃でも一度は耐えるのがヴァーラだ。こんな攻撃で死ぬのはおかしい、魔法も使っている、あのレーザーらしいのもビーム系のはずだ、実際さっきは受けとめている。
考える間はない。
「セイントさん……フォレストさん」
肩に担がれたペーネーにはルキウスが見えている。しかし魔法を使うだけの精神集中はできなかった。仲間が二人死んだばかりのところに死人が追加された。冷静さでも恨みでも心を安定させられない。
「く、そがっ」
次が来る。
身をかわしながら強引に杖を振り、どうにか機械を弾き軌道を曲げる。
レーザーが肩を焼いた。
「ぐ……」
痛みを感じるが、肩は動く。回復魔法を使いながら打撃を加える。
そもそもが、得意な間合いではない。
彼が接近戦をやるのは完全な奇襲時と純粋な魔法使いを攻撃する時ぐらいだ、機械系相手にやらない状況。
しかし、トンムスとペーネーを攻撃させるわけにはいかない。一人で止めるしかない。
〔先見/フォアサイト〕、〔緑のオーラ/ヴァーダントオーラ〕、〔緑の衣/クロークオブヴァーダント〕、〔緑の祝福/ブレスオブヴァーダント〕、〔最後に幸運を/ラストグッドラック〕、〔神銀木/ミスリルウッド〕などを急いで使う。
幸か不幸か、次はまたルキウスに向かう。斜めに交差するような軌道で上からくる。
回避は間に合わない、どっちに避けてもこのままでは片方は命中する。かわさず全力で杖を下から振り抜いた。
金属の破壊音が通路に響いた。
機械は後部から強烈な衝撃を受け、前に大きく弾き飛ばされた。レーザーはただ壁を焼き、六足が盛んにガチャガチャと動いてブレーキを掛ける。
攻撃を受けた胴体後ろはへこみ割れている。くっきりと肉球の型がついていた。
階段まで到達したトンムスが大きな金属音に振り向く。
雷を巻きつけた赤いトラの姿があった。ルキウスの相棒、レッドライトニングタイガーのタドバン。
『にゃおおん』
「まだそれやってんのか、こいつを叩く」
細かく言葉にしなくとも大体の意志は通じている。二人は機械が弾かれてできた距離をすぐに詰める。
「ああ、こいつは相棒です。ヴァーラもなんら問題ないので行ってください」
トンムスは険しい表情で何も言わず階段の方へ消えた。
『あの死体はなんだ?』
タドバンが後ろを気にして念を送ってくる。
「同行していた人間だ、無視しろ」
『なるほど、それで壁か?主よ』
「ここで足止めだ、自由にさせるな、回避重視だ、攻撃しなくていい」
『足止め? なんのだ』
「あっちに行かせないように、だ」
階段のほうを杖で示した。
『さっさと殺してしまえばよい。こいつは鈍いぞ、爪も通る』
「いや、十分耐える」
『なぜだ、負けるような相手とは思えぬ』
「こいつの下を見ろ、ちょうど下にヴァーラがいる」
胴体部分の下、重なるようにヴァーラの体がある。機械はこれを気にしていない。
『こっちは狐娘か、なんだ死によったか』
「そうだ、下手に追いこんで自爆でもされては困る。死体が消し飛ぶとどうなるかわからん、だから時間をかけて確実にやる、だから攻撃するなよ」
機械系の敵は攻撃力防御力に優れ、普通の状態異常は受けない。その代わりに魔法は使用せず動きはパターン化されていて、受けたダメージや攻撃の種類に応じた行動をする。
レーザー以外の武器を見せていないが、胴体上部の大半が空きスペース、武器が追加されてもおかしくない。下手につつくのは危険だ。
『我らが負ける相手ではないというのに』
タドバンがブンブンと尻尾を横に振っている。
「後で何かうまいものやるからそれで納得しろよ」
『ほんとか!? ほんとか!?』
レーザーをかわしながらも尻尾がピンと上に立った。
相棒のおかげで考える余裕が生まれた。血が沸きたち体が熱くなるのを感じる。
(やってくれたなくそが……どこの誰か知らないし、この世界では自動販売機が自然発生するのかもしれないが、とにかくやってくれた)
「視界が悪い」
ルキウスはレーザー攻撃の合間に仮面をインベントリにしまった。あれには機械に有効な効果はない。自然空間ではないので探知魔法も効かない。
露出した顔では眉間にしわが寄り、苛立ちがむきだしになっていた。
しかし――色々と想定外だが、全体としてはギリギリ想定内。
想定内なのは突発的な強敵との遭遇、これは当然想定している。
タドバンを呼ぶのも許容範囲、〔自然祭司/ドルイド〕は遠隔地から相棒を呼べる、最初から呼ぶ予定はあった。ヴァーラが死んだのも問題はない、多分だが。
想定外は、敵が強力な機械であること。二人の装備は完全に対魔法仕様だ。次にヴァーラが即死したこと、これはおかしい。何かルキウスの知らない要素が働いている。
「攻撃は必ずかわせ。ヴァーラをやった攻撃だ、何かある」
『たしかに嫌な感じするのがたまにくる』
「わかるか?」
『髭でわかる』
「……このまま維持する、奴をあそこから動かすな」
『主がそういうなら仕方あるまい』
残念ながらルキウスには髭がまったく無い。
それでも、相棒と予知のおかげで回避は確実。
彼と相棒は機械を前後で挟みこみ、攻撃を分散させながら回避に徹する。予知でレーザー軌道を見て、軌道から退避するだけ、ボケ防止だとか健康のための運動でありそうな動きを繰り返している。相棒もその高い身体能力で簡単にかわしている。
呼んでおいたソワラの方に確認をとる。
『ソワラ、そっちはどうなっている』
『マーカーの位置に到着しました。穴から二人出てきましたが……』
疑問を含む落ちついた声が頭に響いた。
『それは仲間のパーティーだ。魔物が接近するようなら気づかれないように守れ』
『わかりました、ルキウス様は何を?』
『機械と戦闘中だ、ヴァーラが死んだが特に問題ない』
『……ヴァーラがいないなら前衛がいないではないですか。それもヴァーラを殺せるような相手の前で!!! 森ではないのでしょう!!! 危険です、すぐに――』
途中から金斬り声に変わった声が頭に響き、顔をしかめた。
「がっ」
一瞬硬直するルキウス。レーザーが縦断する。
杖を持っていた右手が肩から綺麗に切断された。一瞬、血が噴き出るがすぐに止まる。断面からは無数の緑のツタが生えている。
部分的に古き緑に切り替えた。あの体は元々伸びたり分裂したりする体、臓器がどこにあるかもわからない、切断されても大丈夫。
(前のと威力が違うぞ!? ヴァーラをやったのはこれか)
『どうした!? 主』
「ちょっとソワラがうるさかっただけだ、気にするな」
『こんな時に何をやってるのだ、主よ』
「そう言うなよ……〔再生/リジェネレイト〕」
光と共に新しい腕が現れ、何もなかったように元に戻る。ローブの袖は回復していない。
『お前がやかましいから攻撃を受けた、静かにしろ。問題ないと言っている』
(今ので死んでたら一生森から出られなくなるところだったな)
頭の中で叫び続けるソワラを強めの言葉で黙らせる。
『申し訳ありません、しかしすぐに私が参りますので』
『必要ない、タドバンを呼んである。他に誰も連れてこなかったのか?』
『エルディンを』
『エルディン? ああ狙撃、可能か?』
『エルディンに代わります』
『エルディンです、ルキウス様。観測手のグラッツ三十二型、メテリオンも一緒です。的は見えています』
頭の中に低く心地よい男の声が響いた。
『周囲に我々以外に誰か隠れているか?』
『いえ、動く者はなし。他は最短で十キロメートル以上先に人の一団がありますが』
『そうか』
機械を誰かが操作している可能性も考えたが違うか。
今のタドバンがルキウスのスキルで強化されているように、機械を扱う者がいれば、特殊な力が使えてもおかしくなかった。
『的は動きもないようですし、直上から確実に射れるかと』
『狙撃の必要が生じれば命令する。二人はそのまま待機、呼んだのはあくまで用心のため。出番が無いならそれに越した事はない。いいな?』
『了解』『……わかりました』
外に逃がした二人の安全は確保できた。
ルキウスはちぎれた腕が握ったままの杖を回収せず蹴とばし、レーザーが当たりにくい通路のすみに寄せた。
(レーザーの威力からするとギリギリの局面だが、勝機は見えている。そこまで現状維持すればいいだけだ、油断していなければかわせる。しかし厄介な状況だな)
状況のすべてがルキウスの不利に働いている。普段の戦法は使えない。
本来なら動きの鈍い敵を相手にする場合、自由に距離を選べる。近、中、遠距離戦、さらに退却が選択可能だ。それも今は選べない。
彼の高位、最高位の攻撃魔法は気象や地形に干渉する術がほとんど、ここは狭すぎる。ここで使える、一点に集中的に火力を叩きこむのが得意なソワラ。彼女は百メートルもない場所にいる。しかし彼女は打たれ弱い、壁役なしでは使えない。
(それに呼べば今後も連れていけとなる。そうなるとソワラとアブラヘルのバランスが崩れる。絶対に呼ぶわけにはいかない。手を借りるならエルディンだ)
彼は目の前の脅威より二人の対立を恐れていた。二人が本気で争えば大陸規模の戦乱が起きるからだ。
さらに本来であれば、全力であれば、様々な都合がなければ、圧勝できるはずの相手だという感情が相手を格下だと思わせる。
これが冷静さを招き寄せていた。心を静めて回避に集中する。
しかし、一方の相棒はもう焦れてきた。
『うぬぬ、後どれぐらいだ、三秒ぐらいか?』
「あと半分ぐらいだろう」
『長い! 長いぞ』
「あれの対策が有効なら少しはやりようがあるが」
『やりようがあるならやろうぞ、主よ』
「やめたほうがいいと思うがな」
そう言いつつもインベントリから金属ピンの付いた黒い筒を取り出す。アンチビームグレネード、ビーム系を強烈に減退させる粒子を空気中に散布する手榴弾。
ルキウスはグレネードのピンを抜いて、胴体の上に載せて少し距離を空ける。そして爆発。
直後に放たれたレーザーはルキウスに到達する前に霧散した。
『効果ありか』
「まだだ、動きに備えろ」
『うむ』
機械の胴体上部にシュッと小さく丸い穴が開く。穴からポンッと上へ筒状の物体が飛び出し、すぐに穴が閉まる。
飛び出した物体が炸裂する。火は出ずに凄まじい風を巻き起こした。通路に強烈な風が吹き荒れ、階段から外部に噴出した。
両名は踏ん張ってなんとか風圧に耐えた。
「ほら、こうなるんだ。わかったか?」
予想どおり、プレイヤーの操る機械もよくやる。風でビームを阻害する粒子を散らす。
『うぬぬぬ』
「納得いかんなら、もう一手。〔上位水鏡による反射/グレーターリフレクションウォーターミラー〕」
ルキウスの前に直径一メートル、円形で薄い水鏡が現れ宙に浮かぶ。水鏡は光球の光を受けて白く輝いている。
相棒のため、といった体で魔法を使うが、これが通じるならかなり楽、という思いはルキウスにもあった。
しかし、レーザーは抵抗なく水鏡を貫通、爆発させた。
予知の結果を見ていた彼は、難なくレーザーをかわす。散らばった水は床に落ちることなく消滅した。
「アンチマジックレーザーか、小細工は効かんな。レーザー攻撃に特化しているのか」
『小癪な奴よ』
相棒がグルルルと低くうなった。
対魔法属性、もし他の攻撃属性もあれば、ヴァーラがやられたのもわかる。魔法を無効化させた上で、ヴァーラに効く性質で攻撃すればああなる。通常、機械が持っていない性質のはずだし、属性が付くと基本威力が落ちるのが定番だが。
とするとルキウスの腕を切断したのは火属性か、それとも植物特効、それ以外となると――わからない。どれとも異なる感じがある。隠密性が高いのかオーラがまったくない。
根源的な敵意、虚無。防御を無視して腕を落とした異質な一撃。




