古い遺跡2
トンムスが緊張した顔に中の空気を感じながら、ゆっくりと慎重に覗き込み中の様子を探った。
「ゴブリンの……他の気配も無い、初めて開いたようだ」
「生命の気配自体ないですね、あまり遠くまではわかりませんが」
「まず入りましょうか」
「光をもっと前に進めます」
二人が扉を抜けて少し広い空間に出る。正面、右は壁、入ってすぐに左に適度な傾斜の下り階段が見える。二人がいる場所は階段の踊り場のような感じだ。
壁は全て白っぽくツルツルしていて凹凸は無い。高さ三メートル、幅五メートルぐらいの階段だ、それが二十メートルほどあり、降りた先でまた曲がっているのがギリギリ見えている。
「中は問題無いの?」
剣を手にしたレニが扉から顔を出して小さな声で言った。
「少なくともゴブリンはいない」
トンムスが階段の先を監視しながら言った。
後ろから四人が順々に姿勢を低くして扉をくぐり、中に入って立ちあがる。彼らが入ったことで床に土がまばらにあるが、階段に特別汚れは無い、ここに入り込んだのは自分達が最初だろうと皆わかった。
「中の構造が無事な遺跡なのは間違いないなっと」
ドニが階段を覗く。
「壁は綺麗ですね、劣化がありません、最初から地下空間として設計されたのでしょうか」
ペーネーが脱いでいた大きな帽子を被りなおした。
「石っぽくないな、これ」
ドニが壁を指でこすりっている。
「これは当たりってことなのかね」
「進みましょう、脅威は無いようです」
トンムスを先頭にして全員で、一応は静かに一段一段階段を下って行く。一行が動くと同じように光球が動き、暗所を照らし一行の影を作る。
階段を下り、曲がり角からトンムスが顔を出して先をうかがう、彼は先を見たとたん顔を素早く引いた。
「何です?」
ルキウスがトンムスのすぐ近くで尋ねる。
「光が」
「機械が生きているようですね、引き返しますか?」
ルキウスも少し覗いて言った。
「危険だと思いますか?」
「私も判断しかねます、守護者の類が居る可能性がありますが何とも」
「光ってどんなのよ」
と後ろからレニ。
「大きな箱が並んでいて光を放っている、それだけだ、通路は先に続いている」
「でも引き返しても後々俺達も探索する事になるんだろう、遺跡にまともな防衛機能があったって話は聞かないぜ、強力な魔物が住みついて近づけないってのは聞くが、先があるのならもう少し進んでみたらどうだ」
「他に増援を頼むにしても敵の情報が無いと対策の仕様が無い、せめて中の様子ぐらいは調べないと。これじゃあ通路だけだよ」
「確かに発掘の優先権を得ても実際に情報を自力で得るしかないですからね、それにここは開いてしまってますから、ゴブリンなんかも入るかも」
骨船谷の弓の面々はいきなり機能の生きた遺跡に遭遇するとは考えたことも無かった。この辺りは何度も来たことのある場所であり、よく知っているがこれはあるはずのないものだ。だからこうなった場合の取り決めは無い。
「もう少し進んでみて、ということでどうです」
「問題ありません」
ルキウスが答えた、ヴァーラは最後尾で後ろを警戒している。
一行が完全に階段を下りきって、これまでと同じような壁が続く通路の先を見れば、五十メートルほど先に両開きの扉が見えている。
ルキウスは使える罠探知魔法をいくつかこっそりと発動しているが反応は無い。ここには警報だとかは無いらしい。
「何だ、あれは照明か?」
ドニが怪訝な顔をして立ち止まる。
扉までの中ほど通路両側、人より大きな縦長の四角い箱が並んでいる。その箱の上部にはガラスのような透明の板があり、その内側からの発光が通路を照らしている。箱の中には何か入っているようにも見える。箱の数は左右に五個。
「特に何も起こりませんね、あの箱も魔力反応が無いですけど、あの銃と同じような技術でしょうか」
「心配ならここから矢でも打ち込んでみる?」
「どうせならレーザーガンでも撃てば」
「お宝が壊れるじゃないの」
「……ゆっくり前進する」
またトンムスが少し離れて先頭を進む、箱の光に挟まれる位置まで彼が進んだが変化は無い。彼が箱に触れてみたが何も起きない。ただ光を放ち続けるのみだ。
「何も起きないな、壁床にも不自然なところは無い」
彼が全ての箱を調べて回るが異常は無かった。光に照らされながら振り返って言った。
「とりあえずここを調べましょう、それから先へ」
少し緊張の緩んだ骨船谷の弓は散らばって光る箱を調べる。
「中に何か入ってるけど開かないぞ」
顔に光を受けたドニが箱の透明部分を見て箱の突起物を色々と触るが変化は無い。透明部分から四角い箱が中にあるのが見えている。
用途のわからない箱を触って調べるが材質が金属っぽいことぐらいしかわからない。四人の知識に無い物体だ。
「これこじ開けるの?」
「これ自体が財宝ですよ、貴重です、稼働してるんですよ」とペーネー。
「持って帰るには重そうなんだけど」
「他にも協力を要請してやった方がいいですよ、これは」
トンムスは通路の真ん中で先の扉の方を警戒している。
ルキウスはあれが何かわかっている。
中身が何かは知らないし、なぜここにあって稼働できているのかも知らない、しかしあれは明らかに――自動販売機だ。
ルキウスは通路両側に敷き詰められた自動販売機に挟まれる直前の位置で停止している。ヴァーラはその少し前に出た。
「調べないので?」ヴァーラが言った。
「一応警戒しておけ」
調べるも何も自動販売機だし、金を入れるか壊すかしかないし、と思いながら答える。何かのスキルで中身だけ出せるかもしれないがルキウスには無理だ。
「わかりました」
それからも周囲を探るが進展は無い、こうなると次に進みたくなる。
「それでどうするんだ、これ丸ごと持って帰るのか、それとも分解する?」
触っても何も起こらないので飽きてきたドニが言った。
「調べても何もわからないようですね」とトンムス。
「十個あるんだから一個ぐらい壊してもいいんじゃないの?これが何なのか知らないけど」
「まあ、一個ぐらいは壊しても仕方ないでしょう、中身の調査をしないと……」
「壊すには結構硬そうだぜ」
ドニが自動販売機の下部をガンガン蹴とばす。
そのとき、ドニの後ろの自動販売機が立った、正確には底から二本の筒が伸びて背が高くなった。
「下がった方がいい」
間髪入れずルキウスの鋭い声が飛ぶ。
「何を……」
ドニが言いかけて後ろに気づき、すぐに剣を構えた。
「全員後退!」
トンムスが弓を取り出し構えながら走って下がる。近距離では戦えないペーネーもひたすら走った。
近距離で相対したドニが動いた自動販売機から目をそらさず剣を構えてゆっくりと後退する。レニもそれに並び後退する。
足の生えた機械は前にバタンと倒れ込んだ、しかし床に倒れてはいない、底から生えたのと同じような足が四本。
そこからの変化は劇的だった。
全体が複雑に折りたたまれた紙がたたまれた以上に開くように膨らんだかと思えば再びたたまれる。そんな動きを繰り返している。
足も体もだ、それが複雑な多角形構造によるものか、魔術的な何かなのかは判別困難だった。
全体の形が変わっていく。
機械はキューと何かを擦るような音とギッギと金属の軋むような音で体の伸縮を短時間で何度も繰り返し、そうかからずに変形が終わる。
その姿にほとんど原型は無い。
全体は金属質な白、横には虫を思わせる三対の太い足が存在し、胴体は船を思わせる形状、船なら甲板に当たる部分に金属の管が二本生えている。管以外には何も無い平面だ。
胴の長さは三メートル、そして胴部分は大きな足に支えられ一メートルの高さに位置している。
だらしなく曲がっていた管が動き、煙突のようにピンと立った。管が再び曲がった、それは人が振りかぶるような動作に見えた。
「かわせっ!!」
ルキウスが叫んだ。これまでに無かった大きな声で。
シューと空気が軽く噴き出すような音。間もなく二つの赤い光による同時の一閃。
ルキウスは通路左に姿勢を低くして滑り込んでいる。ヴァーラは盾を前に構えつつ右上に跳んで壁に張り付いている。ドニとレニは近距離で剣を構えている。ペーネーは距離を空けるため全力で走っていた。トンムスは弓に矢をつがえようとしている。
一瞬の後、まずドニの首と剣の半分が落ちた。金属音が通路に響き、湿った音がした。さらにその体が斜めに分かれ倒れる。
それからレニの上半身と片腕と握った剣が胴体から離れて床に落ち、下半身もそれを追いかける。
床と壁に焼け焦げた二本の線ができている。ドニを目がけてほぼ横に薙ぐ線と縦の線、後方のトンムスとペーネーには偶然当たらなかった。
少し転がったドニの首がレニの前で止まった。
「兄さん……」
片手を首に向けて伸ばしたレニはそれから動かなかった。
一瞬の出来事に音が無くなる。血と臓物の匂いが通路に広がっていく。
アトラスの自動販売機は一種のボーナスだ、ダンジョンでたまに出現し、割と貴重なアイテムを安く売っている。
そして自動販売機は戦闘能力を有している場合がある。攻撃すれば反撃してきたり、最初から攻撃してくる場合もある。
いずれも分類上は《擬態/ミミック》系になる。
ルキウスは自動販売機が《擬態/ミミック》系の魔物の可能性があることを認識していた。その上で対処可能だと考えていた。
それはここが四百年前の遺跡であり、その技術水準では森の外であっても一対一で彼を倒せるような機械は製造できないはずだからだ。
自動販売機に二本の足が生えた時、ルキウスは一歩進んだ、倒れて四本脚になった時、さらに一歩進んだ、攻撃態勢に入るならそろそろ走らねばならない、加速しようとした時、急激に伸縮を高速で繰り返し変形、足を止めて目を見開いた。
そして変形完了を認識してすぐに後方に下がり、攻撃と同時に杖を抱え込むように姿勢を低くして大きく回避行動をとった。
《擬態/ミミック》は擬態のレベルで大体の強さがわかる。機械系の場合、低位では隠れていた武器が出てきて攻撃するだけ、中位になると足や車輪が付いて移動可能になる。高位になると滑らかに戦闘形態に変形する。最高位になると原型を完全に無視して様々な形態に変化する。
目の前の奴が高位以上だと判断し攻撃を止めた、本気で戦うなら強化魔法などを使う必要がある。
完全に虚を衝かれた事を苦々しく思いながらも、本気で対処すれば負けはないと考える。
「急いで撤退してください、こいつはこっちでやる」
ルキウスが二人の方を振り返ることなく言う。ヴァーラは二人の死体に少し視線をやって無言で盾を前に出して剣を握りなおした。
後ろでペーネーが動いた。こんな時のための、本来ならば使うべき時が来ない方が望ましかった中位魔法。自己の生命力を犠牲にして、自分と仲間のダメージを返す。
「止めろ!!」
ルキウスがさっき以上の声で怒鳴った。
「《流血の報復/ブラッドシャードリタリエイション》」
ペーネーの全身から血がにじみ、頭から顔に一筋の血が垂れる。
機械は平然としていて何か起きた様子は無い。ペーネーが生命力を減らしただけだ。
彼女の切り札が最大の威力を発揮する完全なタイミングで発動した、しかし、何も変化は無い、魔法に抵抗されたのだ、何のダメージもない。
「嘘でしょ、少しは破壊が……」
自動販売機が六本の足をカチャカチャ動かしてペーネーの方を向いた。




