ゴブリン2
ビュオーと音を立て不自然な空気の流れで暴れる灰は、それほどかからずにやんだ。乾いた灰の檻が開く。全身が灰まみれのゴブリンたちが、ギャホギャホと咳きこんでいる。
彼らの立っている場所は円形の灰溜りになっていて夜でも目立つ。
(いかにも凶悪って感じの顔だな、表情豊かになって凶悪度が増した)
ルキウスはヘビの姿のまま、ゴブリンの背後の草むらに潜んで集団を少し観察する。この世界で初めて見る人型の魔物になる。
身長はルキウスの半分ほどだが、顔を突き出した前屈みな姿勢でより小さく見える。くぼんだ位置にある丸い目に、巨大で先端が一層突き出た鷲鼻と尖った長耳。人より大きく開いた口には鋭利な牙。
体には荒々しく裁断された動物の毛皮をまとっている。被った灰と毛皮の間から覗く薄い緑の体色。体毛は確認できない。
手には、レーザーガン、太い木の棒、鋭い石を付けた木の槍。棒と槍の割合は半々ぐらい。
レーザーガンは金属質のまな板のようで、グリップ部分だけが飛び出ている。
その体に対して大きいレーザーガンを抱えた個体が、「ナンダ! ナンダ!」と唾を飛ばし、大変に興奮してレーザーガンを発砲した。
他の個体もそれぞれに騒ぎ武器を振り回し罵り合いを始める。
(俺も仕事をするか……)
眺めていたら面白そうな連中だが、ゆっくりしているわけにもいかない。
レーザーガンを発砲したゴブリンの直上から、ヴァーラがスッと落下、剣術の見本のように剣を振り抜いた。
着地すると同時にゆっくりと首が落ち、残った胴体も倒れ始めた。そこから間髪入れず、レーザーガンを持つもう一匹の首をはねる。
切断面から噴出した血が、白い灰を赤く染めていく。
赤の模様が描かれた白い灰の絨毯に立った銀の鎧は、月光を受けて普段より青みが強調されて見える。
瞬間の静謐、ゴブリンはただ唖然として、集団の真ん中に出現したヴァーラをぼけっと見ている。
さらに攻撃は続く。
三つめのレーザーガンを持ったゴブリンが、ギャッと声を漏らして倒れ、そのまま起き上がらない。片腕だけが痙攣してピクピクと動く。
その後頭部は陥没して血が出ている。姿を元に戻したルキウスが後ろから投石したのだ。
「これで事実上の終わりだ」
ルキウスが本当に造作もない相手だと思いながらつぶやく。
三匹目が倒れる段になって、ゴブリン達ようやく反応を見せた。
ゴブリンたちはルキウスを無視して「オレノダ!」と叫び、我先に落ちたレーザーガンに飛びつく。
ルキウスは少々唖然とした。
あれが重要であるとは認識できる知能はあるらしい。ゴブリンの文明レベルを想定すれば神器ぐらいの扱いか。
持ってたら族長になれるとかありそうだが、そんな事情は無視してひたすらルキウスは石を投げる。一匹も向かってこないから、石を投げるだけの作業になっている。
ゴブリンはどんどん投石を受け、ゴッという鈍い音、ギャッとい短い悲鳴、ズッという倒れる音、が連続する。
目標に到達できた者はいない。
ヴァーラの近くのゴブリンは彼女を無視するわけにはいかない。落ちているレーザーガンの近くに立っているからだ。
ヴァーラは綺麗な太刀筋で近くのゴブリンから順に首をはねていく。盾を構えているが戦闘の雰囲気はない。剣術の演武でもしているかのように自然に動く。
ゴブリンの武器を持つ手に力が入った時には、胴から首が離れている。側面、後方から攻撃を試みるゴブリンも、同じように処理されている。
踏み込んで斬る、踏み込んで斬る、をただ繰り返していて回避動作を必要としない。
数が減り、遠くで戦闘に加わり損ねていたゴブリンは、仲間を放置して逃亡を始めた。一匹が逃げ始めるとそれを見た個体も釣られて逃げる。
「ほいっ、ほいっ、ほいっと」
しかし、背を向けたゴブリンもことごとくがルキウスの投石を受けて死亡した。
地面に転がる大量のゴブリン。ゲーム的ではなくなったものだと思う。一か所にこんなにいられてはゲームバランスが悪い。
顔も良く見れば個体差があるようだ、出っ歯、曲がった鼻、横に出た頬。ゴブリンにも美醜の基準があるのだろうか。
そんなことを考えながら積もった灰の中を歩き、レーザーガンを持ち上げて軽く灰を払う。
「そこそこのグレードかな、多機能型だ。照準調整機能が使われていればやばかったか?」
これを発見したのが人間でも満足に使えなかっただろう。ルキウスもいきなりは使えない、マニュアルが必要だ。鑑定すれば細かい使用法まで理解できるのだろうかと気になった。
「すべて確実に片付きました」
ヴァーラがレーザーガン二丁を持って歩いてくる。
「そうか、ご苦労だったな。後はあっちのお手並み拝見だ」
ルキウスはキャンプの方向を見据えた。
「ではこちらも予定どおりに」
二人の去ったキャンプでトンムスが言うと、四人はすぐに動いた。灰の目隠しが効いている間にキャンプから移動する。
ゴブリンは夜目が効くが、それ以外の感覚は特別に鋭敏ではない。キャンプから移動したことには気づかないだろう。
骨船谷の弓の四人は、ゴブリンたちがキャンプへ直進すれば側面を突ける位置に陣取る。
魔法を受けてゴブリンがどう反応するかはわからないが、基本的にここらのゴブリンは弓も作れず、敵に突撃するか、待ち伏せするか、のどちらかを選ぶ。
怖いのは一丁のレーザーガンだけだ、具体的にそれがどんなものなのかは全員よくわかっていないが、過去にそんな銃があったというのは割と聞く話だ。
光を撃って攻撃する銃。それを聞いた者の印象はとにかくすごい魔法の武器であり、それが具体的に何かなど考えないし、ましてやそれを使う敵と戦うことなど考えない。
ペーネーは師匠に太陽光のすごいやつだと説明を受けたことがあるが、よくわからなかった。強い光は熱いだろうから火のようなものかと思ったが、根本的に違うらしい。
しかし、どんな銃であれ撃たせなければ問題ない。
ペーネーの使い魔、羽トカゲのジョセットがチョロチョロと素早く高い木に登って、上からゴブリンを監視する。
ペーネーは夜目が利くジョセットと視覚を同期させてその目でゴブリンを見る。
ゴブリンが予定の場所までやって来るにはまだ時間がある。
ペーネーは使い魔の視界で見ながらルキウスのことを考えていた。
先ほど〔灰の嵐/アッシュストーム〕は、発動が極めて速く、距離もあり直接視認しにくい相手に連続で命中させた。範囲魔法の遠距離連続同時発動、あれができそうなのは、師匠ぐらいしか知らない。
師匠のところから独り立ちして四年。
師匠よりも秀でた魔法使いどころか、並ぶ魔法使いすら見当たらない。赤星クラスでも明らかに格下だ。
色々と楽しみにしてきた外は意外につまらないものだと思った。世の中はこんなものだろうかと。外に出れば未知が転がっていて、研究の種がそこいらに埋まっているのだと思っていたが、現実は違った。
骨船谷の弓に入ってからそれなりに楽しくはやっている。四人で綺麗に連携して上手く狩りを終えて、馬鹿な話をして酒を飲む。お金にも困っていない。
しかしそれは当初の楽しみとは別のものだ。魔法使いは真理を目指さねばならない。日々の冒険の楽しみは、ときおり急にむなしく無価値なものに見える時がある。
しかし、他の魔法使いとの交流を試みても反応はかんばしくない。
特にスンディ魔術王国の魔法使いは真理の追究を目的としておらず、研究成果を出世の道具としか思っていないように感じられ、スンディという国そのものに失望した。彼らが魔術王国を自称するのも、今は甚だ不快である。
スンディ以外の魔法使いも何かしらの理由をつけて他派と交わらない。他派の魔法使いと深く交流していると情報流出を疑われて抹殺されかねない。
その研究は隠すほど価値があるのだろうか、そう思わずにはいられなかった。魔法使いが己の技術を秘するのは当然だ。魔法は仕組みがばれれば対策を練られるし、飯の種でもある。
しかし、多くが証明もされていない仮説を、流派の秘奥としている。勝手に概念を創作してそれを何か価値があるように見せているだけではないのか。それら宗教の一種にしか思えず、真理の追究とは対極にあるように思えた。
そんな生活の中で異様に緑に見える人間を見つける。最初は緑のオーラにしか目がいかなかったが、その後、全身を見てちょっとびっくりした。やたらと大きな仮面と杖を持っていたからだ。
ペーネーには生まれつきのスキル、天与能力である緑のオーラだけを見る能力があった。この能力によりジョセットの卵を見つけたところから彼女の魔法使いとしての人生が始まった。
人は誰でも一つ二つは天与能力を持っているといわれる。
何かを見る能力はポピュラーなものだ。というのは普通に生きていれば気がつくからだ。
日常で効果を発揮せず、明確に発動させようとしないと効果がない能力は死ぬまでわからない。だから、誰でも持っているらしい能力を明確に認識している人間は十人に一人もいない。
緑のオーラをまとうのは、〔自然祭司/ドルイド〕に代表される自然関係の職業だ。トンムスもそれなりに緑だった、これが骨船谷の弓に入ることにした理由だ。
緑のオーラは格を判断する材料の一つ。オーラがないから弱いわけではないが、オーラが大きく濃いければ確実に強い。だから、あの人を誘ったらどうかとトンムスに言ってみた。
あれを言ったのは正しかったと思う。
ペーネーは今夜、独り立ちにしてから初めて魔法使いらしい会話をした気がした。
例えば樹木は意思疎通するという話。
〔自然祭司/ドルイド〕らしい植物の意思の話かと思ったが違った。虫に食われた木は化学物質を分泌して虫に対抗する、その化学物質の分泌を付近の木も感じ取り、同様の化学物質を分泌して虫に備える。この反応が連鎖すると森全体の木が同じ反応を示す事もあるだろうと。
化学物質による意思疎通、虫が大量にいるという噂話を木がして、反応しているのだろう、魔法を使わなくてもわかる、とフォレストさんは言う。
力の強い魔法使いは知識も多いものだ。魔力に頼っていない。中途半端な腕前で研究に集中してるとか言っている魔法使いをぶん殴ってやりたい、特にスンディの連中を。
ルキウス・フォレストは、現在の彼女が知る唯一の師匠級の魔法使いだ。
もっと色々とフォレストさんと話がしたい。
色々と考えていると、見ているゴブリンの動きが変わった。
「あれは……囮の肉に食いついたようですね」
ゴブリンがキャンプから離れた場所に置いておいた〔三本角鹿/キフリキ〕の残りを見つけて足を止めた。一匹が肉を指差すと、全員が肉に突撃して奪い合いが始まった。
肉には動かせばわかる魔法が掛けてあり、キャンプに接近する敵を見つける手段の一つにしていた。他にも魔法の警戒網を敷いてあったが、その外から発砲された状況が今だ。
ペーネーは〔伝言/メッセージ〕の魔法でトンムスに連絡を取る。彼女の有効距離は五十メートル以下だ。この距離が連携できる限界の距離になる。
「ああ、今頃か、どんな感じになってる?」
「とにかく肉に群がっています、肉に夢中です」
「全部群がってるか?」
「ちょっと全部かは確認できない、でも銃を持っているのは真ん中のほうにいる」
「わかった、予定変更だ。こっちから接近して予定の位置取りにするぞ。ドニとレニにも」
「了解」
二人に〔伝言/メッセージ〕を使う。
「あいつら本当に馬鹿だな、挟撃作戦だろうに無視して飯かよ」
とドニが言った。
「ゴブリンですから」
「フォレストさんのほうは大丈夫か、ちょっと発砲の光があってから何も見えんが」
「大丈夫でしょう、オーラが見えてますから」
ペーネーはあれほどの手練れをゴブリンがどうこうできるわけないと思いながら言った。
「当てるのは楽だけど、固まられると違うやつに当たるからなあ」
とレニが言う。
「その分魔法の影響を受ける個体は多いですから、なんとかしてください」
「わかってるけど、これまでにないパターンだからねえ」
四人はゆっくりと移動してそれぞれゴブリンに接近する。
「状況変化なし」
「開始だ」
「〔魔女の火/ウィッチファイア〕」
ペーネーが木の陰に隠れたまま魔法を使うと、杖の先に一握りほどの火が現れる。使い魔の視界を見ながら、火を操作してレーザーガンを持っているゴブリンを目指す。
火は軽く石を投げたぐらいの速度でフラフラ飛んでいく。夜の森を照らす火は目立っているが、ゴブリンは相変わらず肉に夢中である。
騒いで動き回っているゴブリンに、火を操作するペーネーは顔をしかめるが、どうにかレーザーガンを持ったゴブリンの肩に命中させた。
火が命中したゴブリンは顔をゆがめてグギャーオーと転げまわりながら、キャンプの反対側にレーザーガンを乱射した。さらに火を取ろうと肩を払うが、手に火が燃え移り余計に苦しんで転げ回っている。
〔魔女の火/ウィッチファイア〕に直接焼き殺す威力はない。その代わりに命中点で燃え続け、痛みは強い。火を燃やし続けると痛みが全身に拡大していく、嫌がらせ用の魔法だ。
レニは木に登り、高所から狙って射かけた。距離は約二十メートル、的を外す距離ではない。矢は転がり回るゴブリンを見ている個体の後頭部に命中した。
彼女がいる場所には外に出る音を減らす魔法が掛けてある。ゴブリンは前触れなく飛来した矢に驚き、ギャッと騒ぐ。
矢とは別方向からトンムスとドニが草むらを突っ切ってゴブリンたちの前へと躍り出る。
トンムスが〈旋風〉を使用して連続でゴブリンの首を斬りつけ、斬りつけられたゴブリンは血を吐きながら膝をつく。
「ぶっ飛べい!」
ドニは〈打倒〉を使用してツーハンデッドソードを全力で横に振り回した。大きな剣は最初の二匹の胴体を大きく斬り、さらに二匹軽めに当たって転倒させた。
二人に近いゴブリン五匹が木の棒と石槍を構えて戦闘態勢に入った。「ギギュアー!」と威嚇する。
レーザーガンのゴブリンはもがき苦しみながらながらも二人に銃口を向けようとしたが、ゴブリンを転倒させて空いた場所を通ってきた矢が胴体に命中、力なくその腕を地に着けた。
「よしよし」
ドニが笑顔を浮かべて斬りつける。木の棒で受けたゴブリンが弾き飛ばされながら斬られる。
トンムスは俊敏な動きで石槍をかいくぐり、ゴブリンの腕を斬りつけては下がり、少しずつ戦闘能力を削っていく。
戦いに参加していないゴブリンたちが、レーザーガンを拾おうと死んだらしいゴブリンに近づく。
ペーネーは〔魔女の火/ウィッチファイア〕を解除して即座に次の魔法を使う。
「〔夢の落とし穴/ドリームピット〕」
レーザーガンを持ったまま動かなくなったゴブリンの周囲の地面、二メートル四方が夜でも目立つほどに黒くなる。
レーザーガン目当てのゴブリンたちが黒い四角に踏み込み、ギャーーと森に響き渡る大きな声をあげ、まるで地面で泳ぐように手足を激しくバタつかせる。
無限に落ち続ける幻覚だ。これは低位の幻術であり、ほどよい馬鹿にしか効かない。
レニは〈曲射〉の戦技は使って木の枝を避ける曲がった軌道で矢を射る。曲げられるのはわずかだが、遮蔽物の多い場所では有効な戦技だ。二人と戦闘中のゴブリンが次々に矢を受ける。
「ドニ、あれを」トンムスが言う。
「ああ」ドニが答えた。
ドニは射撃支援を受け、戦っているゴブリンを強引に弾き飛ばし突破すると、黒い四角に踏み込まないように注意しつつ、地面でジタバタしながら目をむいて叫ぶゴブリンを突き刺して回った。
それから間もなく黒い四角は消え去った。
すぐにドニがレーザーガンを確保した。
残されたトンムスと相対していたゴブリンも、〈旋風〉〈即斬〉を使用して一気に攻勢に出た彼に次々と斬られ、すべてのゴブリンは地に伏した。
トンムスは周囲に転がるゴブリンの首を完全に切り離していく。完全に止めを刺すのだ。




