ゴブリン
「レーザーガン!? 遺跡から出てくるあの!?」
「そうですね、森が変わればゴブリンもレーザーガンを持つらしい」
「あれは普通じゃない、フォレストさん!! あんなものがこんな浅い場所に普通にいたら森に立ちいれませんよ!」
トンムスが早口になった。
木々の隙間から覗く夜空に描かれた光の軌跡、白、よく見れば少し赤の入り混じる残像を見て慌てている。
悪魔の森東方の人間は知らないだろう。ルドトク帝国との前線になるクロトア半島の人間なら知っている可能性もあるが、はるか彼方だ。
「まあまあ、そう騒ぐ必要もありません、まだ三百……デコッツ以上ある、奴らは夜目がきくといっても、途中に草がある、ほとんど見えてはいないはず、魔力反応もなし」
いまだに単位の話をするときとまどう。
コッツ=センチメートル、デコッツ=メートル、ラッツ=キロメートル、マロル=グラム、メロル=キログラム、ルル=トンになる。
コッツとデコッツに関しては完全に一致していることが、軍基地の備品からわかっている。
これが地球人の存在を確信した理由だ。
「しかし弾数が多いですよ。これは回避できない」
「頭に直撃でもしなければ死にはしません、多分銃は四丁、何十匹も武装しているわけではない、ほかは……木の棒とか、石槍ぐらいだ」
「なんでそんなに冷静なんです!?」
ルキウスは屈んで膝を着いた姿勢で微動だにせず、発射源をずっと凝視している。
光線銃は実体弾と比較にならないほど速い。ルキウスでも発射を見てから回避できない。そしてゴブリンが引き金を引いても、森の中のルキウスにダメージを与えられる威力はある。
しかし欠点も多い。空気も含め何かに当たると減退しやすいこと、スキルを使っても途中からは曲げられないこと、特殊な効果を付加できないこと、道具、魔法による対処手段が多いこと。
この世界のオリジナル戦技だと何かできるかもしれないが、知能の低い魔物は戦技を使わないと聞いている。
そしてルキウスは中位魔法〔未来軌道/フューチャーオービット〕で軌道を予測している。ここまで三メートル以内を通過する弾なし。どの射線も定まらず高めを左右に激しく動いている。
意図を持たない純粋な下手くその発砲だ。牽制射撃にもならない。
「騒ぐような相手ではないからです、それに、〔石壁/ストーンウォール〕」
中位魔法〔石壁/ストーンウォール〕により、分厚い石壁が地面からせり上がってきた。
「これでまぐれ当たりもない。おもちゃは使えるようになるまでが一番面白い。それで適当にいじくっている」
「とにかく私は皆を起こしてきます……うっ」
石壁の重厚な安心感に落ち着いたトンムスが、俊敏に起き上がった先にはヴァーラの兜があった。
「あれはなんですか? ひどく下手な射撃ですが」
ヴァーラも呆れている、確かにあれほど無茶苦茶な射撃は見ない、弾幕とも呼べないただ酷い射撃だ。
「ゴブリンだ、どこかであれを拾ったらしい」
「ゴブリンですか……」
「さっさと終わらせよう、小細工は必要ない。派手な騒ぎを起こすと強力な魔物が出るという話もあるし」
ルキウスは頭の中で鼻歌を歌っていた。
銃火器を装備した敵相手の防衛戦、それは彼が最も慣れた戦いであり、十年以上の期間を過ごした日常。近所への買い物と同じぐらいに慣れた行為であり、難易度も同程度。
ルキウスは歓喜で強烈な笑みを浮かべている。仮面のおかげで見えていないが、この暗い場所でトンムスがこの顔を見たなら恐怖におののいたことだろう。
森で銃を目にすると楽しくて仕方ない。彼にとって銃を持った侵入者はおいしい獲物。基本的に魔物より手強く楽しめて、それでいて儲かる。
それはトンムスにとっても多分そうだが、彼は仰天していてそれどころではないらしい。
「なんじゃこりゃあ!!」
「なんなの!」
「なんですか、これ!」
テントから出てきた三人が口々に叫ぶ。見慣れぬ光弾と周囲でたまに飛び散る火花を見ればそうもなる。それほど緊迫感はない、あれの威力を知らないせいだろう。
「ゴブリンだそうです」
「どこがどうゴブリンなんだ、新手の魔法使い系ゴブリンか!?」
「魔力反応はないです、その石壁以外は」
「ドニ頭上げるな、当たったら死ぬ」
「それで結局なんなんだい!?」
トンムスが説明する、彼もなぜこの状況になっているのかよくわかっていないが。
「それでなんでゴブリンがそんなもん持ってるのよ」とレニ。
「決まってる、近くに遺跡があるんだ」とドニ。
「私はああいうの見たこと無いです」とペーネー。
「それでどうする? さすがに普段と状況が違うぞ」
屈んだ四人が引っ付いて話す。話している間も、たまに樹木に当たった光弾が鳴らす破裂音にビクッとしている。
「それでどうする?」
「そりゃ退治するしかないだろう」
「多分あれに鎧は意味ないぞ、それにあれが無くても数が多い」
トンムスが飛んできた木の破片を見ながら言った。
「距離が近ければ最大二匹まで私が幻術で止めますけど、それ以上無理です。遠距離からの攻撃魔法だと多分銃も壊れます。壊していいなら見えるところまで近寄ってきたら〔漂う雷雲/フロートサンダークラウド〕を出せるだけ出します」
ペーネーが言った。
「一丁無事ならそれで十分じゃないの? 壊れてても値は付くし」
「まだ距離があるから退けないこともないが」
「ゴブリンがお宝抱えてきたんだ、絶好の好機だぜ。遺跡を掘るまでもなく中身がすぐそこにあるんだ、ハンターとして逃す手はない」
ドニが石壁の横から覗いて言う。
「しかしあれを黙らせないと危険すぎるだろう、お二人はどうですか?」
経験豊かなトンムスにも完全に想定外の事態だった。
「心配しなくていいですよ、あれくらい私一人でも余裕ですから、私は夜でも見えてますし」
「なんとなくフォレストさんなら普通にできそうな気がするぜ」とドニ。
「私が横合いから接近して全部斬ってきますよ」とヴァーラ。
「流石にそれは危険じゃあ」とレニ。
「私の盾と鎧ならそれなりに耐えるはずです」
話の途中でトンムスが上を見上げた。
「やみました、今頃壁を出したのに気付いたのでしょうか? それとも弾切れですかね、全部撃ち尽くしてくれれば正面から相手にして問題ないはずですが」
「いや単に揉めている、どいつかが前を行くゴブリンを撃った感じだな」
魔法で索敵しているルキウスが石壁にもたれながら言った。
「馬鹿だな」「馬鹿だ」「馬鹿ですね」
「なんであれ、特別に訓練されたゴブリンではありませんよ。今の距離が二百ぐらい」
ルキウスが言う。しかしゴブリンは集団を分けた。
「あ、二手に分かれたな、三十二と十四、レーザーガンは三と一に分かれた、少数が右から回り込むようです、どっちも寄ってきている」
ルキウスにはゴブリンの会話が魔法により聞こえている。森の魔物の言葉も理解できる。上位のゴブリンは賢いらしいがあまり知性の感じられない会話だ。誰が銃を持つかで揉め、どの虫と木の実がうまいかで争い殴り合い、発砲が始まると意味のとれない言葉でやたらわめく。
ゴブリンコマンダーのような個体は存在しておらず、個々も単純に弱い。
「状況が変わりましたね」とトンムス。
「多いほうは我々がなんとかしますよ、少ないほうだけならどうです?」
「本当に大丈夫ですか?」
トンムスはやや心配そうだ。情報不足でリスクの計算ができないのだろう。ここ最近のルキウスと同じ精神状態だが、地力が違うのでその分不安も大きい。
「かすり傷一つ負いませんよ、あれが訓練された人間であっても」
こんな場面では、この奇天烈な仮面はなんの安心感も与えない。不気味である。
「セイントさんもですか?」
「造作もありません」
「ならそうさせていただきます、あとはやり方を詰めましょう」
少し考えたトンムスが、もう一度ルキウスを見て言った。
「向こうから寄ってくるなら、いつもとたいして変わらないだろう」
「あの武器を持ってるのを優先して射ればいいだけでしょ、五十デコッツぐらいまでくれば見えるし、一度落としたら拾わせなければいい」
「あれさえなければ十匹ぐらいは一瞬でしょう、幻術で終わりです」
そう時間はない、ゴブリンは接近中だ、急いで打ち合わせを終えた。
ルキウスはたき火の灰をつまんだ。視線は百メートル以上先。
「〔灰の嵐/アッシュストーム〕、〔灰の嵐/アッシュストーム〕」
発動した低位魔法により、二つのゴブリンの集団が灰の吹雪に襲われる。猛烈な灰が集団の周囲を洗濯機の中のようにして乱れ暴れる。
ゴブリンたちは混乱し、なにやら大きな声で叫んでいる。
ルキウスは本格的に戦闘する場合、視聴覚などに悪影響をおよぼす魔法を使う。普段はもっと上位の魔法だが相手があれならこれで十分だ。奴らは灰の目隠しを取れない。
「それでは」
ヴァーラが無音で近くの木を駆け上がり、木から木へ跳んでいく。
ルキウスは瞬時にヘビに変化して、ウマよりも遙かに早く地面を這った。




