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森走り

「なんだそりゃあ!」


 ドニが大きな声をあげた。


「どうした? 何かおかしいところがあるか、セイント」


 ルキウスが何度か周囲を大きく見回してから、わざとらしく言った。


「いたって普通です、なんの異常もありません」

「「「いやいやいやいや」」」


 今度は三人が同時に向きを変えてヴァーラに言った。


「それだよ、それ、それっ!」


 ドニが全力で何度もルキウスの足元を指さす。さらには草木がひれ伏している範囲をグルグルと腕を動かして示す。


「足元は見にくいものでね、これが何か?」


 ルキウスが面倒くさそうに言う。


「フォレストさん、それは〈森走り〉ですよね?」


 なんとも言い難い顔をしたトンムスが静かに確認する。


「ええ、ごく一般的な〈森走り〉ですよ」


 ルキウスは、スキルの名称は同じらしいなと思いつつ答える。


「「「いやいやいやいやいや」」」

「私も森を行く〔野伏/レンジャー〕の端くれ、〈森走り〉は修得していますが……」


 トンムスは五、六十センチぐらいの草が固まった藪に向かって歩き、そのまま藪の中に入った。藪に踏み込んだトンムスの片足の周りの草が極わずかに開いた。


 近くで見なければわからない程度の隙間が、足とそれぞれの草との間にある。しかし、腰の長剣と背中の弓は草を押している。動いているのは足回りの草だけだ


「こんなものですね」


 トンムスが少し離れた場所から振り返る。


「でもよく道が開いた方が歩きやすいでしょう?」

「それはそうですけどね……開けと念じてよく開くものでもないですから」

「私は野伏レンジャーではなく自然祭司ドルイドですからね、これくらいは普通です」


 言いきるルキウスに、トンムスがまたなんとも言えない表情になる。


「俺が他に見た自然祭司ドルイドのもそんな感じだったぞ」


 ドニが言った。


「私が知っている人もそうですね。そもそも木が魔法なしで動くのを初めて見ました」


 ペーネーも加わった。


「そのかたはニワカなのでは? もしくはカタリとか」

「俺が見たことあるのは、ツタで編んだ服を着てるとか、葉っぱを縫い合わせたマントとか、イバラの巻き付いた鎧、派手な毛皮に牙とか持ってるよなー、いかにも自然祭司ドルイドって感じだから、そっちの方が本物っぽい」

「やたら全身に骨の装飾品とか着けてたりするね、頭から足先までカタカタいってんのよ」


 レニが兄に同意して、ペーネーも加わる。


「全身に鳥の飾り羽をまとってバタバタやってる人もいましたね」

「ああ! ニワカって形から入る人いるんですよねー」


 ルキウスは、こりゃけしからんなという調子で言う。

 それらが一般的な自然祭司ドルイドなのだろう。


 ルキウスのイメージでもそうだ。何かしらの環境に身を置き、それに関係するものを信仰する術者であるから、その環境を象徴するような装いになる。


 ルキウスの〈森走り〉は最大レベルの上に多くの補正を受け、アトラスでも最大級の効果を発揮している。それはもちろん本人も認識している。


 そしてこのスキルはオンとオフの二極しかなく、力加減ができない。

 オフにできるのは別人に偽装したり、隠密状態の時のための機能だと思うが、アトラス開発者は中途半端にする必要を感じなかったのか、余計な処理を食うせいか調節機能はない。その設定を引き継いだのかは不明だが、この世界でも同じく調節不可となっている。


 〈森走り〉ができないと自然祭司ドルイドとして不自然なので、目立つがオンにしてある。


 そして〈森走り〉は極まってもただ森を歩きやすいだけ。

 だから普通です、と押しきるしかないのである。ほかの自然祭司ドルイドの評判は知らない。


「いや、あんたのかめボギャッフ」


 ドニがレニに兜の上からロングボウで思いっきり殴られた。ドニは無警戒の背後から一撃を受けて、あごが変な音を出した。


「何するんだよっ!」

「仮面があるからいいんじゃないの、余計なこと言わないでよ」


 レニが近寄って小さな声で言った。


「はあ? 何言ってんのお前」

「私達だけ仮面の下の素顔を知っているからいいんじゃないの! 私達だけのよ」

「少なくともお前のじゃねえよ、確実にな」

「あの仮面の下にあの顔があるから意味があるのよ、わからないの?」


「あのなあ、仮面を取ればあの顔だけで依頼が殺到しそうなもんだぜ。あれをひっぺがしてやるのが善意ってもんだろ? 同じハンターとしてのよお」

「いいえ、仮面を着けている間に神の力を貯めているのよ。その力を使って人知れず神の敵を討っているに違いないわ、一生仮面を着け続ける定めなのよ」


「お前、それは虚電聖物語の話じゃねえか」

「力を得るには何かを捨てなければならないのよ、ペーネーもそう思うでしょう?」

「ええと、どうでしょうかね」


 ペーネーは言葉を濁した。


「……続けて先頭をお願いします、私が先頭を務めるよりも速い。夏ほど茂っていませんが、それでも普段は分厚い茂みを避けて進みます。樹木まで曲がってくれるなら、目的地まで一直線で行ける。予定よりは早くなる」


 もう気にしても仕方ないと判断したトンムスは、有効活用していく方向で判断した。


「いいですとも、さあ、さっさと進みましょう」

「まあ、楽に進めるならそれでいいや。ハシバミの藪には毒蛇や毒蛙に〔牙蔓/レーデ〕、〔爆発巻葉/ガッギノン〕やらがいて地味に痛い目を見るからな」


「植物系の魔物は自分の周りの草を生育させて隠れていますからね。ずっと動かないので厄介です。いちいち魔法で確かめるには場所が多すぎますし」

「私が近づいても動かない植物があるなら、何かの異常があると考えてもらってかまいませんよ、基本的にそんな茂みは避けていきますが」


 一行はルキウスを先頭にしてほぼ一列になって森を進む。それからしばらくしたとき――


「ぎゃっ」


 列の最後尾を歩いていたペーネーがしゃがみ込み悲鳴を上げて頭を押さえている。ルキウスから距離が離れて、本来の位置に戻ってきた木の枝に頭を叩かれたのだ。

 ペーネーが揺れる枝をにらむ。


「兜でも被っとけばよかったのにね」とレニ。


「ええと、普通はやらないですがフォレストさんを真ん中にして三列縦隊で行きましょうか、それなら全員収まる」

「警戒もいちおう私がしておきますよ、〔自然交信/ネイチャーコミューン〕」


 ルキウスがついでに魔法をさっと発動させる。


「速い」


 ペーネーが目を見開き言った。


 多くの魔法の発動には精神の集中を要する。精神を集中して魔力を練った後に効果範囲、飛ばす軌道などを明確なイメージで発動させる。さらに魔法によっては発動した後も継続的に操作する必要がある。


 感覚的には自転車に乗って道を走るようなものだ。慣れれば自然にできる。

 複雑な魔法ほど走る道が長く険しい。


 複雑な道や急坂を、揺すられ、殴られ、焼かれる状況で走行できるなら特殊技術だ。


 アトラスでは事前に登録した数値を呼び出すプレイヤーが多かった。思考で正確に操作するのは困難だった。この世界の人間は当然、思考と精神集中で魔法を制御している。


 ルキウスをはじめアトラスの魔法使いなら、魔法名を口にする必要のない〈無詠唱〉、魔法準備中に攻撃を受けても魔法動作が中断しにくくなる〈精神集中〉、その他〈魔法集積〉〈事前準備〉〈精密魔法〉〈高速詠唱〉などの基本的な魔法スキルは一通りおさえている。


 この世界の魔法使いからすれば、無造作に魔法を発動させるのは相当な手練れである。普通は表情、動作やオーラの流れで魔法準備がなんとなくわかるものだ。


「これで近場は大体わかりました。森の入口には大した魔物はいませんね」

「今のは探査系の魔法ですね?」

「今の中位の魔法ですよね?」


 トンムスとペーネーが同時に尋ねた。


「ええ、そうですよ」

「探査系の魔法があるなら木を運ぶ時に魔物と遭遇しなかったのも納得です。あまり私の仕事はなさそうですね、まいったな」


「そうですね、大きいものに、動きは見逃さないと思います、近くだけ見といてもらえればいいです」

「中位の魔法があんなに速く使えるんですか?」

「森で鍛えていれば、あの程度は造作もないですよ」


 小さなペーネーがルキウスを見上げる目には輝きがあった。

 やはり中位の魔法を普通に使える魔法使いは少ないらしい。事前の情報通りだ。これより上の魔法は使用しないほうが無難、とルキウスは考える。


 普段ハンターが採用しない隊列で一行は森を進む。密集した隊列ははたから見れば奇妙だったが、これが一番合理だった。


 本日はゾト・イーテ歴 三千十八年 十月二十八日。晩秋の十一月を間近にし、森の中を吹き抜ける風は冷ややかで乾燥してどこかわびしさを帯びている。


 コフテーム近郊ではまだ多くの木々の葉は落ちていない。それでも森に降り注ぐ光の量は増えていて、魔物さえいなければ散歩するのにいい景色だ。


 そんな森はハンターにもよい季節。森は春、夏より見通しがよく、多くの果実が実をつけ食料を得やすい。気温も鎧を着こむハンターにはちょうどいい。


 もっとも、初歩的な低位魔法〔適温/スータブルテンパラチャー〕を使えば、問答無用で適温に保ってくれる。気温がマイナス五十度から五十度までなら、これで対処可能だ。


 一行は森に入ってから西北西に進む。森のふちから日帰りできる距離はハンターが多く危険は少ない。ただし獲物も少なく、実入りを求めるなら奥に入る必要がある。


 ルキウスは目的地まで極力魔物も人も避けて進む。それでもたまに木の少ない場所では、遠目に他のハンターが見える。


 そんなときトンムスは左手の親指を手の平につけ、残りの指を真っすぐに伸ばして左腕を上げる。これは異常なしのサインだ。特に困っていない、用もない、だから近づくなということでもある。人目のない場所では他のハンターも当然警戒の対象になる。


 この時期は春に街に来た新人や森に対処できなかったハンターが、食い詰めて犯罪に及ぶことが多いらしい。


 ルキウスはわざわざ武装している人間を襲うなよと思うが、付近の街道は人が非常に多く、犯罪に及ぶようなハンターは武器がいくらか良くなれば何とかなると考えているものらしい。これは撃退したことのあるトンムス談。


『ヴァーラ』

『はい』

『森の中では私よりも連中を守れ。初の共同で死人が出るのは良くない、悪評につながる。森で私を脅かす存在はいない』

『わかりました』


 二時間ほど歩いた頃、ルキウスが立ち止まった。


「〔団扇栗鼠/キリッツ〕がちょろちょろしていますね、来るかもしれません二匹です」

「この時期の団扇栗鼠キリッツは縄張り意識が強く攻撃的ですからね、我々で対処します。まだなんの仕事もしていない」


 トンムスが言う。


 団扇栗鼠キリッツはリスのような魔物で、普段閉じている前足を開くと、体と同じぐらいの大きさの皮膜を張っていてうちわのようになっている。


 風魔法が得意で、皮膜に風を当てて飛行する。木の幹の上を走りまわり、樹上を高速で飛行して絶えず動き続け、獲物をかく乱しながら風の魔法による斬撃を飛ばす。


 魔法の威力は低いが、素早い動きは戦い慣れない者には捉えにくく、上方から飛んでくる風の刃は、目や首に当たりやすく油断できない相手だ。


「いつもどおりに」


 トンムスがそれだけ言うと、背中のショートボウを手にした。

 レニもロングボウに矢をつがえる。ペーネーは二人の間に入り、ドニは少し下がる、ルキウスとヴァーラも少し下がった。


 五十メートルほど先の樹上をちょろちょろしていた二匹の団扇栗鼠キリッツが、樹上で隠れ、走り、飛ぶ、を落ち着きなく繰り返し、じょじょに近づいてくる。


 距離が二十メートルを切った。二匹は同時に前足を開いて滑空するような姿勢で、一行の左右横を高さ約五メートルで通過する軌道で木から飛ぶ。攻撃態勢、風の刃が放たれる。


「来た」

「吹き抜けよ、〔通り風/ブローウインド〕」


 ペーネーが発声して杖を軽く振ると、杖先から風が起こり、落ち葉を巻き上げながら二匹へと向かう。繊細な風の刃がかき消され、さらに二匹が空中でのけぞった。


 瞬間、二匹の胴体を矢が射抜いた。〈集中〉の戦技コンバットアートを発動した二人が放った矢だ。〈集中〉はアトラスにもあった。


 戦技は物理系職業が使う、魔法使いの魔法にあたる技術。これも調査対象だが発動がわかりにくい。ルキウスは、オーラの動きがあったので何かやったらしい、と認識する。


(魔法は、視認可能な魔力集中により投入する力を決定、音声で発動準備完了、動作で発動。瞬間的に膨れて弾けたオーラからして召喚術。精神集中ほぼなし、即応性の魔法らしく動作重視か)


「お見事」


 シンプルで手早い狩りにルキウスは称賛を送った。

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