パーティー
骨船谷の弓の面々はまたも固まった。トニトレン兄妹はどちらもだらしなく口を開き、そのまぬけさには優劣つけがたい。ペーネーだけは、思考の奥底を漂っていて無反応だ。
ヴァーラの顔の造形もまた一種の完全。製作物であり、現実から浮いた違和感を感じさせ、人生経験に起因する癖がない顔は、神秘性を宿している。
ヴァーラの顔は完全には見えていない。奥まった場所にある個室は朝でもほの暗く、魔法効果により着ていた方が快適な鎧兜を外していない。もしも兜を脱いでいれば、遺跡で宝物を発見した以上の衝撃を与えただろう。
「なんと言いますか、御二方ともあまり見ない顔ですね……」
「そうですかね?」
トンムスがどうにか空気を用意して絞り出した言葉に、ルキウスは同意しない。
ルキウスから見れば、この大陸の人間の方がよほど奇妙だ。
伝説では二千年前の文明崩壊以前は大陸全体で共同体を構成していたと伝わっているが、そのせいか全体的に混血化が進んでいて、外から人の集まるコフテームでは共通する民族的特徴がない。
人によって顔から受ける印象はバラバラだ。肌の色も青白い者から黒に近い褐色の者までがいる。
地球には無い髪色、目の色が並ぶ。混みあった場所は絵を描く途中のパレットのようである。
さらに瞳の虹彩の上下で色が違うような通行人まで確認している。地球とは比較にならない特殊な身体的特徴を有している人々。
そこには魔法やスキルの影響もあるはずだ。
アトラスと同じ道理が適用できるなら、特定属性に特化した者は属性の性質そのものに体質が近づく。その他特殊な体質を生まれ持つ者、魔族のような特殊な血筋、魔道具や魔法による体質の変化。
それらの情報を得るのも目的。ベテランらしいトンムス・ラワトと魔法使いのペーネー・デゥーネが目的の一般常識の枠外にある知識を持っていそうだ。
彼らと行動を共にするならこの二人と親しくなるのが狙い目か。それに一緒に行動すれば自動的に、四つ星ハンターと三ツ星ハンターの情報を獲れる。
「それで仕事の話ですが……」
ルキウスが言った。
「そうでしたね、仕事の説明をしましょう」
ルキウスとトンムスはシチューと牛肉に手をつけながら話を進める。
(ここのウシは草を食べている。脂の奥にしぶとく残った草が萌芽する。これがヘキサナールだろうか? 初めて感じたな。肉はかなり硬いはずだが、たやすく噛み切れる)
料理を見ているヴァーラにも声をかけておく。
「セイントも気楽に話せばいい」
「そうします」
ヴァーラは面倒見がよく、普段はペットや主力外のサポートとよく話している。無口な性格ではない。対面の兄妹と普通に話せるはずだ。
「フォレストさん、確認しますが、遠方から来たのですよね?」
「ああ、私は森が活動しやすい。ここは魔物も多いらしいから丁度よいと思って。とにかく遠方から来たので、この街のことはあまり知らないが」
ルキウスは、最初に非常識を正当化しておく。同時に、非常識な人間にどうでる相手かを測る。
「なら、周辺状況を説明しましょう。まず悪魔の森の中に遺跡があるのは誰だって知っています。昔は大陸中央部に様々な都市があったというのは有名な話ですから」
「それは私も知っている」
「しかし、わかっていても遺跡は見つからない。遺跡は土を被り、木々がおい茂る。都市によっては大戦で陥没したとかで、形が変わり、深くに埋まっている。誰もがお宝の上を平然と歩く。ただしこのコフテーム近郊に大都市があったのはわかっています。それも日帰り可能な距離に、です」
「へえ、近所ですね」
「その話だけ聞いて、森に入る新人も多いですね、しかし一度森に入れば理解します。森を歩いても遺跡の痕跡なんて微塵も残っていないとね。何か特別な手段がないと遺跡は見つからない。それに見つけたところで……」
「見つけたところで?」
「意味はありません」
「意味がない?」
ルキウスはトンムスの言う意味がわかりかねた。
「そもそも建物の残骸を発見すれば、それは遺跡の発見。しかし建物が崩壊していれば掘り返す必要がある。他の場所ならとにかく、悪魔の森では魔物が集まってきますし、そうでなくとも重労働。大地を動かす魔法使いもいますが、強引にやるとせっかくの発掘品を壊してしまう。つまり現実的にハンターが一攫千金を狙えるのは建物が崩れていない遺跡。パーティ単位だと遺跡の発見とは、崩壊していない建物の入口の発見した場合だけ、現実的には困難です」
「現実的にはそうでしょうね」
ルキウスは同意しながら、地形を精密にいじれるレベルの術者が少ないのだと理解した。
大きく地形に干渉するには、最低でも中位の魔法が必要。地形操作に特化していない限り、大まかな土移動ぐらいしかできないのだろう。
ルキウスなら建物の上を覆う土を木々ごと精密に動かせる。
「リーダーには夢がない」
横からドニの一言。トンムスは片方の眉毛を動かして笑って見せ、話を続ける。
「発掘は少数精鋭か、大人数かの二択。悪魔の森の場合、最大の障壁は魔物。長く一か所に留まり騒いでいれば強大な魔物との遭遇をまねく。特別強力な魔物の生息地はいくつかありますが、悪魔の森は質も数も最悪で、何が出現するかわからないビックリ箱です。大軍には相性が悪い、下準備ができないですから。だから発掘作業は少人数でやることになります」
「この国やここの領主の軍は動かないのか、遺跡の価値は大きいだろう? 街の近くに遺跡があるのに」
ビックリ箱に当たる物品が存在するんだな、魔法でも使っているのだろうかと気にしながら、ルキウスが言った。
「コフテームはザメシハの西端ですから、国の認識ではここでギリギリ。これ以上森に踏み込むと色々出てくるので望ましくないと思っている。クリルエンの緑禍と同じようになるとね」
「確かにクリルエンの緑禍ともなると、一大事だ。まったくとんでもない」
ルキウスが深く同意した。
「ええ、話に聞くような数の魔物が襲ってくるとすれば、コフテームは一瞬で滅ぶでしょうね」
適当に話を合わせたが、クリルエンの緑禍が何かわからない。
魔物が大量に発生するらしい、意味的に悪魔の森を刺激すると魔物が大量に襲って来る感じか。
「つまり……軍でも対処できないので、国は遺跡を探さないと?」
「おとぎ話の怪物が出れば、万単位の軍でも壊滅しますからね、それに精神干渉してくる魔物には、数が逆効果。人知を超えた強大な魔物には対抗するには、それこそおとぎ話や神話の英雄が力を合わせるしかない。宇宙主義楽団や迷い旅魔術師のようなね。それでも正確な位置情報があれば、国も精鋭部隊を派遣すると思います。そんな情報はないでしょうけど」
過去の戦闘記録があるなら、軍規模の戦力は予測できるか、と考えながらルキウスはこの話を聞いていた。
「だから腕のあるハンターで協力したほうがいいのです」
「少人数でやるのでは?」
「一パーティでは少なすぎます。発掘する役と警戒、警護を考えれば三十人ぐらいは必要です。大人数は……千人単位の話でしょうか、森の広さを考えれば百人ぐらいでは騒ぎにならない気がしますね。森のゴブリンの集落でも百ぐらいはいるでしょう?」
「つまり、それなりの力量のあるパーティーをある程度集めて遺跡を掘りたい?」
ルキウスは話の趣旨がわかってきた。出来のいいハンターばかりで固まりたいということだ。確かにそれが一番おいしい。
合理的で納得できる理由、警戒レベルを下げる。組みたい相手に不利益を与えるとは考えにくい。
「そのとおり。遺跡探しをしなくても、大物狙いの深入りなら数は必要。ですから協力関係は結んでおくべき。いつ何が起こるかわからないハンター稼業ですし、それでどうですか?」
「ふむ、ここの状況はわかった。それで具体的に仕事はどうなる?」
「まず今日はお互いの力の確認がてら、森で一緒に狩り採集でもして、そこから一泊して街へ帰還の流れです。浅い場所で泊まれるぐらいの力量は必須ですからね。別に手の内を晒す必要ありませんよ、ハンター間の余計な詮索はご法度ですから」
「いいでしょう、まず一度ご一緒しましょう。食事も頂いたことだし」
ルキウスの言葉に、説明を続けていたトンムスが破顔した。
「おお、良かった。もしよろしければ、いずれ他のパーティーも紹介しますよ、最低限の信用はあるパーティーです」
「なるほど、悪くない話だ」
情報収集には理想的だ。複数のパーティーと知り合いになれる。
「ああ、地図の話をしていませんでした。これです」
トンムスが思い出すと同時に、カバンに手を突っ込んで巻かれた紙を何枚か取り出し、手を伸ばしてそれを差し出した。
「見ても構わないのか?」
「ええ」
「秘密の地図では?」
「貴重な品ではありますが、利益に直結しません。見ればわかりますよ」
地図を受け取ったルキウスが、最初に膝の上で広げた地図は建物の見取り図のようだ。ヴァーラも横から見た。
グレイン精密魔道計測器工房と隅に書いてある。同じ感じの見取り図が数枚、細かな街の地図が一枚、こちらはビビウェ市とある。
「これは都市、建物の地図ですね」
「ええ、正確な物です」
「……正確な地図はあっても、この建物がどこにあるかわからないという話で?」
「正解です。だから今はあまり価値がありません。地図の使い道がないですから、都市が埋まって壊れていては占術もそれほど有効ではないようで」
「魔術での探知は、地図と相似する地形じゃないと効果が薄いです。探し物が正確にわかっていればまだいいですけど、一度も見たことがないと無理。このレベルは予知者とか、そっちの系統の仕事です。それにあの森は変な力場があって占術がよく阻害されますから難しいのです」
ずっとしかめっ面で考え事をしながらパンを食べていたペーネーが言った。
「それは何やら大変ですね」
「フォレストさんは森で違和感とか感じませんか?」
「森は私の味方ですから森の方が調子いいですね、〔自然祭司/ドルイド〕なので」
「うぬぬぬ……」
ペーネーはまたぶつぶつ言いながら考えこんでしまった。
「遺構を見つけても、都市のどの建物か特定しないと都市の地図も役には立ちません。一般住宅跡から出土する品は、たいてい大破していて治らない。当時ならスキルで完全に直せる人もいたかもしれませんが。今では破損品は大した儲けにはならない」
「地道に当たり待ちということかな?」
ルキウスは、そうそううまい話はないらしいと思った。
「そのとおりです。大きな建物を発見できれば、それが地図上のどれかわかるかもしれません。そうなれば地図が活きる。ビビウェ市も含め旧アントラ地域は、大戦前には大型魔道具の有名な生産地であったと記録にあります。大規模な工場、倉庫、商店には魔法で強化された保存施設があるはず、最終的にそれを見つけたい」
「気の長い話だ」
「ええ、時間を確保して少しずつ掘っていくしかありません。依頼を受けず森に入っていては収入が不安定になりますし。しかし遺跡は逃げませんから、いずれは見つかります」
「もっとドーンと見つけてバーンと出てくれば面白いのによー」
ドニが言う。
「そんないい加減なことばっかり言ってる義姉さんに愛想つかされるよ」
それを聞いてレニが言った。
「俺だって面白いほうがいいけどな、なかなか難しい」
とトンムスは横を見て言った。
「このような話は新しいハンターが来るたびにしているので?」
「普通はしません、新人は生活するのに手一杯ぐらいの感じですし」
「ならどうして?」
「いえ、フォレストさんはちょっとない目立ち方をしてましたからね。未知の部分が多かったですけど、タックさんが声をかけているなら悪い人ではないと思いましてね」
「あのおっさんの信頼度が高いのが納得できないが……」
「タックさんは勤勉ですし、現役の時の仕事は堅実で評価も高かったと聞いています」
「勤勉……」
ルキウスはそれらしい素振りを見なかった。
「受付にいる時もよく本を読んでいますよ、鑑定は魔法でやるにしても魔道具を使うにしても、使用者の知識がないと読める情報は少ないですから」
ゲーム時における知識系のスキルは、普通に勉強する必要があるのだろう、とルキウスは思った。
「ちなみにペーネーは一人でコフテームに来たところを勧誘して一緒のパーティーになりました、魔法使いが一人いると助かります」
「役にたってますよ」
当然である、という言いようをルキウスを見ながらするペーネー。
実際に新人とうまくやっている実績があるということ。
ルキウスは目の前の男と親しくするのは悪くない選択だろうと判断する。
そして、ヴァーラもドニと剣の振り方や重装の扱いの話をしている。
兄さん、鼻の下を伸ばしていると義姉さんに言うよ。何を言ってるんだ、俺は真面目な話をしているんだ、といった感じのやりとりを挟みながら、それなりに会話ははずんでいた。
「どうですフォレストさん、ここはいい街でしょう? 農作物が豊富で肉も普通に食べられます。肉の品質はまちまちですから信用できる肉屋、料理屋を探さないといけませんがね」
トンムスがそう言って、肉の煮込みを口に運んだ。
「酷い肉はほんとひでえからな、明らかに腐ってやがるのを新鮮だと言い張る肉屋がいるぜ」
ドニが言う。
「ええ、よい街ですね。そうはないでしょう」
他の街は知らないが話を合わせるのは難しくない。大陸北東部の国々、帝国でいうところの魔道諸国にも、汚染地が多くあるのは常識としてルキウスも理解している。
毒をまき散らし人体を蝕む土地がそこいら中にある国、どう考えても問題だろう。この世界は魔法があるので、限られた農地でも強引に収穫量を増やしたり、成長速度を加速させて短期間で連作可能だがそれも限度がある。
汚染を避けるためか、ザメシハ嚆矢王国の嚆矢は悪魔の森を積極的に開拓している。そのため汚染されていない領地の割合が高い。だから豊かなのだろう。
汚染された領土は資産ではなく負債。もちろん浄化できれば資産に変わる土地ではあるが、汚染は魔法的手段と科学的手段の両面で構成されている。
基本的に汚染の除去は不可能であり、天地返しでもして物理的に土を入れ替えるぐらいしか対処手段がない。
さらにこの大陸は地面を掘ると塩の地層がある。塩は自然物で資源でもある。汚染ではない。しかし農業用の土を確保したい状況では非常に邪魔な地層である。
この塩の地層は、現在では伝説の一部と化している二千年前の戦争で、大陸が一度海に沈んだ証拠として人々に認識されている。
「トンムスさん、悪魔の森をどう思います?」
「森ですか、そうですね……一言で言うなら謎、ですかね。最初は汚染された荒野が気がついた時には時には広大な森になって。あれも神話級の産物と見れるのかもしれません。今は普段の仕事場ですがね」
トンムスはそう言って笑った。
帝国の人間のような拒否感はないようだ。
「確かに謎の塊ですよね、私は植物が多いとやりやすいですが」
「〔自然祭司/ドルイド〕の方ならそうでしょう。私は悪魔の森に慣れたつもりですが、いまだに恐怖はある。昔、グレンデルらしき怪物を近くでやり過ごした経験がありますが、生きた心地がしませんでした。今も森を歩いていると、木の陰から、あの茶色い毛皮をまとった巨体がふっと現れる気がするのです」
トンムスはどこか遠くを見る目でグレンデルを語った。
グレンデルは神話級の魔物だ、ルキウスも本気で戦う相手になる。単純なので、アトラスと同じなら完封できるはずではあるが。
「若い頃に無理して奥まで一人で入った際の話です。振り返れば随分と無謀なことをしたものだ、と今では思いますよ」
「若者らしく中々に無茶をやったようで。私はこの辺りの魔物を知らないのでよく出る魔物の情報が知りたい」
「なるほど。御存じでしょうが、まず避けるべきは水辺です。不勉強なハンターはよく無警戒に水辺に近づいて死にます」
「でしょうね。私は魔法で水を用意できるので水場に立ち寄る必要はありません」
ルキウスが最大のペナルティを受ける地形は都市地形だが、実際に一番不利なのは水中。水中では多くの魔法が普段通りに使用できず、出現する敵は水の扱いに特化した敵。よって相対的に一番不利になる。
かつて集団対戦型イベント中に発生した、〈密林地形〉に陣取ったルキウスと大河の中、〈水中地形〉に潜んだ〔深淵の古き神/グレートオールドワン・アビス〕プレイヤーとの戦いはイベントの時間切れまで決着がつかなかった。お互いに決め手がなかった結果だ。
ルキウスはそれを思い出し、地形が破壊可能なここで戦えばどうなるか考えた。おそらくお互いに有利な地形を増やそうとするだろうから、大陸単位で地形が変わるだろう。
「グンキオ川を上ると、森の中にヴォージ湖があります。この湖はヴォジャノーイの巣で、非常に危険です。この湖からコフテームまで下ってきたヴォジャノーイの討伐依頼がたまにあります、あとはヴーニスがよく水辺にいますね」
「水辺はいいことがなさそうだ。狩る獲物もいないので?」
「いやあ、割に合わないですね、水魔術師でもない限りは。昨日の森での遭遇は?」
「ええ、近くまで来たのはいますよ。しかし木を運ぶのが目的ですから魔物は全て避けました。戦闘はなしです」
「巨木を持って戦闘なしですか!? すごい索敵能力だ。これは私の出番がないかもしれません」
「森だけは得意でして。他には何がよく出ますか?」
「浅い場所では中型までの、獣種、妖精種、植物種、虫種、亜人種ぐらいしかいませんが、奥に行けば超大型から、異形種、不死者種、精神体種、混合種。森に住んでいるのか不明ですが悪魔種の報告もありますね」
ルキウスは色々と情報を聞きながら食事を終えた。精霊の仮面を装備して席を立つ。するとペーネーがルキウスにおずおずと話しかけた。
「も、もし、よかったらなんですけど杖を触らせていただけませんか?」
「構いませんよ」
「え!? よいのですか」
ペーネーが思ってもいないといった表情をする。ハンターにとって武器は重要であるし、魔法使いの扱う道具は秘術の類であることが多い。
「別によいですよ、見てのとおり繊細な物でもない。ただ単純に重い」
ルキウスは真っすぐに立てた巨大な杖を片手で持ち、ペーネーの前に差し出す。ペーネーが恐る恐る杖に両手で触れるとルキウスは杖から手を放した。
最初ペーネーは杖を至近距離で眺めて、ぬぬぬ、とうなっていたが、杖は徐々に傾き彼女にのしかかった。ペーネーは杖を支えようとしたが、支えられずに顔に杖が当たり、そのまま後ろに倒れこんだ。
「ぬぬぬ……ギャー、潰れるー!」
レニが横から杖を支えようと手を伸ばしたが、その前にルキウスが杖を握って支えた。
「もう何やってんのよ」とレニ。
「すごい重いんですよ、この杖」とペーネー。
「そりゃあ見るからにでかいしな」とドニ。
「魔力を通せば軽くなる」
ルキウスがそう言って、杖を人差し指一本で引っ掛けて持ち上げる。
「ほら」
ルキウスが起きたペーネーの前に杖を持ってくる。少しためらいながら、杖を手にした。そして、ぬおーと言いながら一瞬浮かせてすぐに杖の先をゴンッと床に落とした。その杖をまたルキウスが支える。
「無理、無理ですよ、こんなに魔力を使ったらすぐに魔力が空になってしまいますよ」
「そうですかね?」
ルキウスは不思議そうに言った。
「……さっきずっと後ろに立ててましたよね?」
「ええ、床が抜けると困りますからね、少し魔力を流しておきました」
「少しって……」
ペーネーが絶句して、完全に化け物を見る目でルキウスを見てくる。
(〔自然祭司/ドルイド)専用ではないから、魔力消費はさほど大きくない。杖として使う分には魔術系でも装備できる。レベル不足で魔力消費が大きくなっているな。このお嬢さんの魔法使い系合計レベルは三百より下、筋力も低い)
「俺も持ちたい」
「いいですよ」
ドニは顔を真っ赤にして杖を両手で握り、どうにか少し浮かせた。流石は戦士、明らかに地球人とは別次元の筋力。
ルキウスはアトラスの感覚でこの星のレベルを考える。
人間レベル五十、戦士レベル一。計五十一。
見習い戦士である。未成年で武器の扱いを学んでいる。
アトラスならクエストで、かかしを殴り、剣を装備し、洗濯し、腐った物を食べ、お使いをして、野良犬を倒す。野良犬に負けるプレイヤーは結構いる。負けると犬をなめるなと怒鳴られる。クエスト達成のたびにレベルが上がり、半日で通過可能。
人間百、戦士百。計二百。
一人前の戦士である。安心して戦闘を任せられる。二十代戦士の標準。
人間百、戦士二百。計三百。
熟練した戦士である。多くの武器を扱え、戦術に通じ、窮地でも混乱しない。多くの戦士がここで引退する。田舎の村で一目置かれる存在だ。
人間百、戦士二百、上位戦士百。計四百。
誰もが到達できない卓越した戦士である。優れた身体能力と技により、ヒグマぐらいは一人で倒せる。パーティーなら、化け物と呼ばれる巨大生物を相手にできる。『冒険』を生きぬけるのはこれぐらいから。
人間百、上位人間五十、戦士百五十、上位戦士百、継承者百。計五百。
特に恵まれた才能ある戦士である。指導者に導かれ、何度か修羅場を越えた。共同体の中心的存在だ。異名を持っているだろう。なんらかの歴史的役割を果たす。
前述の熟練した戦士は、危機において彼のために命を捨てがち。
人間百、上位人間百、、戦士百、上位戦士百、霧剣二百、剣王百。計七百。
同時代同地域の誰もが知る国家的英雄である。切り札になるスキルがある。多くの戦いを経て、仲間を失い辿り着く所だ。単独で戦士百人を倒せる。
誰もが恐怖する伝説の魔物、悪王、悪魔、邪悪な教団と戦う運命にある。
人間百、上位人間百、人間起源百、剣戦士百、上位剣戦士百、剣豪百、剣王者二百、七道獅子二百。計千。
神話の英雄である。国家や神々と渡り合う。城壁を粉砕し、戦車砲程度には怯まない。
ジェット機だって? そんなの投石で十分だぜ。戦術核? 気合で耐えろ。な方々。
ただし戦士の性質上、仲間の補佐がないと状態異常をもらう。
美女の姦計、呪い、豪胆な人格によって窮地に陥る神話の戦士は多い。
(ドニは三百レベルぐらい? 優秀な若手戦士ってところか。一般人からは外れるな)
「ふー、重いな……これどれぐらいなんだい? フォレストさん」
ドニが息を粗くして、杖をおろした。
「三百……メロル以上はありますかね」
「三百メロルって、そんな重さの武器は見たことねえ。この木は鉄ぐらいの重さじゃないのか?」
ルキウス達は個室を出る。ルキウスの仮面が店に入っていた客を驚かせつつ、トンムスが「ツケで」と一言残し、大通りに出た。
大通りを歩いて西門へ向かうルキウスの心は軽やかだ。
知識は力。武力と対を成す力だ。この街をよく知っている骨船谷の弓と一緒にいると実に気が楽だ。情報不足からくる心的負担は小さくなかった。
ルキウスはトンムスと並び、話しながら歩く。
「この街に来た時から思っていたのですが、あれは何ですか?」
ルキウスが指差した先にあるのは小さな草地。
コフテームの街では大通りでも裏路地でも、石畳の路面の隅の方に一メートル四方に満たない舗装されていない四角い土地が所々に存在し、草が茂っている。場所によっては近くの家の住人が管理しているのか花が植えてあった。
「ああ、あれは意図的に残された自然ですね。森を全て破壊していませんとの、悪魔の森への言い訳のようなものです。それだけあれは恐れられている。あと、少しは排水能力があるぐらいかな」
「へー、街中に緑があると私は助かりますね」
「〔自然祭司/ドルイド〕なら使い道もありそうですね」
一つの疑問が解消された。あのわずかな緑のおかげか、都市内部でも完全に都市地形のペナルティーを受けないのはありがたい。
西門から出てそのまま悪魔の森へ入る。トンムス、ドニ、レニは簡単な金属兜を装備している。まだ森の入口で高木が少なく明るいが、骨船谷の弓の面々は、自然体で体の力を抜きながらも鋭い目つきに変わった。一方、ルキウスはリラックスして歩く。
「……あのうフォレストさん、ちょっと先頭を歩いてもらえますか」
先頭を警戒しながら行くトンムスがやや怪訝な顔をして立ち止まり、そして言った。
「構いませんよ」
「じゃあ、ちょっとお願いします」
ルキウスが先頭で森を歩き始めた。
その足元の草花は、彼を中心にして放射状に倒れミステリーサークルのようになっている。行く手を遮っていた木々はルキウスの反対側へと身を傾けている。
彼を中心に約一メートルの範囲でこの現象が起きている。これはスキル〈森走り〉の効果である。
骨船谷の弓の面々は呆然として足を止めた。ヴァーラは普通に歩を進める。
「どうかしましたか? 皆さん」
ルキウスが振り返って言った。
「「「「いやいやいや」」」」
兄妹と魔女の口が揃った。トンムスは形容しがたい表情で苦笑いだ。




