骨船谷の弓
「どうも、私は【骨船谷の弓】を率いております、トンムス・ラワトと申す者」
「ルキウス・フォレストです」
丁寧な口ぶりのラワトには、事務的なあいさつ。骨船谷とそのまま訳されているが、何か特殊な地名かもしれない。
「あっちの三人がうちのメンバーです」
ラワトがあるテーブルを手で示す。そこには若いハンターが三人。ラワトが動きタグが正面を向いた。並ぶ星は四つ。
「用はなにかな?」
ルキウスが言った。
「遺跡探索に興味を覚えたのでは? 我々も遺跡を狙っています。少しばかりの手がかりがある。一緒にどうかと思いまして」
「なぜその話を私に? これでも新人でしてね。ろくに依頼も受けていない」
「話はだいたい聞こえておりました。それに昨日かなり目立たれた。私は町に戻ったばかりですが、木船が空を行くがごとしとか」
「へえ」
派手にやったにしても早い動き、とルキウスは思う。こうやって素早く反応しないとやっていけない世界か。
今のやりとりも、ハンターたちにそれとなく注目されている。
「腕利きと組みたいのは当然。赤星に手をかけるハンターは少なく、暗き森の底を目指す者はまれ。何も考えず深入りして戻らぬ者には事欠きませんが。
真に遺跡を望むならば、つわものとは懇意に。共同の大仕事もありますし。私は、ここで名の通る者とは知り合いです。あなたともお近づきになっておきたい」
ルキウスは一瞬で目線をさまよわせ周囲を探った。ヴァーラはルキウスに従うのみ、相談する意味はない。周囲の空気はこれは日常だと示している。
命のかかった世界で知り合いが多いなら信用できるハンター。ルキウスは、ラワトの野で鍛えられた顔から、誠実、規律、思慮深さを読み取る。
情報収集には悪くないがやや急。ハンター同士の勝手がわからない。それに人目があると本気を出せない。
「いいんじゃねえの、行ってみれば?」
タックが、今夜呑む酒でも考えてそうな調子で言い、ルキウスがため息をつく。
「タックさんは気に入らない人は相手にしませんけど、大勢のハンターに慕われているんですよ」
「そいつは職務放棄だろう」
ルキウスは軽く笑う。
「けっ、どうでもいい奴の相手をしても意味がねえんだよ。つまらん仕事しかやらねえ奴はトレジャーハンターだと認めてねえ」
「ふむ。少し話をうかがわせてもらいましょうか」
ルキウスは、後ろで悪態をつくおっさんを無視した。ラワトに標準外の雰囲気を感じられる。よろしくやれそうな気配がある。
ただし、一つ噛み合わない。世話焼きの顔ではなく、やや自由人の気配。
(おっさんと違って次男だな。ここの相続規則、文化がわからない。感覚が合わない)
「そうですか、朝食がまだなら一緒にどうです? 奢りますよ。個室で落ち着いて話を」
ラワトの表情が少し緩む。
「ではそうしましょう、セイント」
ルキウスは少し離れて待機していたヴァーラを呼び、ラワトも三人を呼んだ。戦士風の男女に〔魔術師/ウィザード〕よりは〔女呪術師/ウィッチ〕風の女、この三人は三ツ星。
「メンバーは店で紹介します。そうかかりません」
大通りを歩くラワトたちについていく。前日までと同じく、通行人の注目の的だ。
そんな中、ルキウスを見ない者がいる。
道のすみを気取った足取りで来る、短毛の白猫だ。ルキウスに見向きもせず、足元を抜けようとしている。ルキウスは巧みにネコの鳴き真似をして、撫でようと手を伸ばした。白猫はそれを軽く屈みながら華麗に横へかわし、小走りで去った。
「んん?」
「なにか?」
隣を行くヴァーラが尋ねる。
「猫に逃げられてな」
「急いでいたのではないですか」
「……普通の動物なら友好的なはずなんだがな。野良犬はよってきたし、一部は吠えたが」
ルキウスは、白猫が消えた路地のほうを見ながらぼそりと言った。
「どうかしましたか?」
共に歩いていた【骨船谷の弓】の女呪術師風の若い女が、振り返って尋ねる。
「いえ、猫に触ろうとしたら逃げられましてね」
「猫なんてそんなものです。あいつらは人をなめくさっているんです。油断していると食べ物からお金まで全部やられますからね。関わり合いになってはいけません」
女呪術師が、実に嫌そうな顔で負の感情を込めた。ルキウスの頭の中では、かねかねのウリコが走り回った。
「まあ……確かにそんな感じですかね」
(動物に好かれる〔自然祭司/ドルイド〕が猫に逃げられるのは不自然ではないのか。能力を疑われかねない事柄では? 動物しだいか)
すぐに大通りにある店に到着した。看板にはヤツガシラの巣亭とある。一見すると石造りだが、コンクリートの建物だ。大通りにあるなら、そこそこのグレードの店なのだろう。
ラワトが慣れた様子で店主と軽く話すと、奥の個室に案内された。荷物を椅子の後ろに置き、四人と二人が対面する形で席に着くとラワトが口を開く。
「まず、パーティーメンバーを紹介しましょう」
ラワトは隣の男を見た。
「ドニ・トニトレンだ。見てのとおり、戦士をやってる、弓はそれなり」
自己紹介したドニ・トニトレンは栗色の短髪で素朴な顔をしている。髪はこぎれいに切られていた。
肩が保護されているごつめの皮鎧を着ていて、歩いている時はツーハンデッドソードとショートボウを背負っていた。
「レニ・トニトレンです。これは兄です。私は弓のほうが得意です」
ドニ・トニトレンの隣に座っている女性が続けた。
兄に似た所のある顔つき、兄と同じ栗色の髪は女性にしては短い。軽めの皮鎧を着ている。武器はロングソードとロングボウ。
「ペーネー・デゥーネ。セプテミウムの森出身の師に学びました。〔女呪術師/ウィッチ〕で、将来は森で確保できる素材で研究をしたいと思っています」
残った小柄で一番若そうな女性は少し自慢げ。
ペーネー・デゥーネは、緑に少しピンクが入り混じった髪が胸のあたりまである。瞳の色は緑。元気があって好奇心旺盛そうな顔で、やや斜に構えた感もある。
頭に被ったウィッチハットは高さがなく、大きなつばは下を向き顔を隠しがちだ。襟のあるマントを羽織っている。肩から革のショルダーバッグをかけ、ポーチの付いたベルトに小さな袋が複数吊り下げられている。小さな木の短杖はひざの上だ。
この大陸ではたまに複数の髪色が混じった人間を見る。
(索敵には野伏、剣主体で弓も使える戦士、弓主体の戦士、つまり射手、女呪術師は薬物重視のなのか? それとも回復型? 僧侶でも追加すれば、ゲーム的にはバランスが取れるが、無意味に僻地に居座ったカルトを倒しに行くわけではないしな。魔女がいるなら割と自由な国だ)
「そして私が野伏のトンムス・ラワト。我々のことは名前で呼んでください。兄妹がいますし、普段から名前で呼び合っていますので」
トンムス・ラワトが言った。
「私はルキウス・フォレスト。自然祭司、森での活動を得意としている」
ルキウスは紹介を返し、ヴァーラを見た。
「ヴァーラ・セイントです。偉大なる緑神に仕える聖騎士です」
「んー? 女かー?」
ドニの声が漏れた。
「女だと何か?」
ルキウスが低い声ですごんだ。
「いや、驚いただけで……ギャッ!」
レニがドニの足を踏みつけた。二人がにらみ合う。
「我らのことは、具体的にどのように聞きおよびを?」
ルキウスが話を変えてトンムスに確認した。二人はにらみ合ったままだが、トンムスは気にしなかった。
「大川船級の木を浮かせて運んだと」
「そんな大木をどうやって浮かせたのですか?」ペーネーが目を輝かせて話に加わった。「〔浮遊/フロート〕系の魔法は魔力消費が大きいから重い物体を長時間浮かせるのは無理ですよね」
「普通に〔浮遊/フロート〕で浮かせて、引っ張っているだけですよ」
「あっ、すみません。つい聞いてしまいました。魔法使いなら色々ありますよね」
ペーネーがしまったという顔をして、恥ずかしそうに口を押えた。
彼女の視線はルキウスの頭の上。ルキウスの背後で、巨大な杖が誰にも支えられずに直立している。杖の効果とでも思っているのだろう。
「隠している手を見せびらかしたりしません。普通に浮かせているだけ、魔力は使いますね」
「そんな……普通に浮かせるなんてどれほどの魔力が。師匠だってきっと無理だわ」
ペーネーはぶつぶつ言いながら考えこんでしまった。魔力の計算をしているらしい。
「トンムスさん、コフテームでは長いのですか?」
大きな仮面がトンムスを見た。
「私はこの国の森に沿って活動してきました。グレーンやツフィッタリなどにもいたことがあります。フォレストさんは?」
「私ははるか遠方から来たばかりです」
「遠方からですか……」
「ええ、遠方の遠方です。遠方すぎて来た道筋もわからない」
「旅で見分を広めるためですか?」
「森で何事かを成すためですよ」
「それは信仰的な?」
「おおいなる自然だけが答えを知っていることでしょう」
話をしていると個室のドアが空き、料理が運ばれてきた。野菜、芋、豆、ソーセージの入ったシチュー、大きな肉の煮込み、小鳥の丸焼き、固くないパン。
料理の量は多い。ハンターは外に仕事に行く場合、朝に食べれるだけ食べて街を出る。
「食べながら仕事の話といきましょう」
「そうですね」
トンムスの提案にルキウスも同意した。
そしてルキウスはおもむろに仮面を外した。
「か、仮面外すんですね」
トンムスが言った。骨船谷の弓の面々はルキウスの顔を見て、動きを停止している。
「仮面を着けていたら食べられない。口元が空いてない。ずらすと前が見えないし」
「それは……そうですね。まったくそうですね、考えてみればそうでした」
トンムスは仮面が外れるとは思っていなかったらしい。
「美しい」
ドニの口から、普段の彼にない言葉が漏れた。汚れ、傷、炎症、歪みのない顔は珍しい。
ルキウスの顔の造形は手間をかけている。敵が顔を見た時に誰か認識でき、それでいて深く引き込まれるように。この製作物を鏡で見て驚かない程度には受け入れた。
「てっきり何か深い理由があって着けているかと。宗教的な理由だとか、実は有名人だとか」
トンムスが言った。ある意味で有名人なのは間違いではない。妖精人の骨格は人間と少し違うが、わからないようだ。
「別に隠してはいません。口元を読まれないほうがよい程度です。あとはファッションですかね、友人も皆、個性的だと褒めてくれますよ」
この友人にはサンティー・グリン以外にもゲーム内の友人が含まれている。
「ファッション……」
トンムスが言葉に詰まる。
「それ絶対褒めてねグゥエッ」
何かを言いかけたドニはまたレニに足を踏みつけられた。ドニが悶える。
「私は素晴らしい仮面だと思いますよ」
レニがそう言い、ドニは、何言ってるんだこいつは、と言わんばかりの顔をした。
「完璧な造形は魔力に影響があるのでしょうか。身体調整の妙技が……」
ルキウスの顔を見たペーネーが一層考えこむ。
ヴァーラも兜の前方に伸びた口部分を上にずらした。兜はバイザー単独と、バイザーを含んだ口全体が可動部になっている。




