道案内12
「あいにく私に子供はいないもので。きっと隠し子もいない」
ルキウスはナヨッと返した。
「わかってるだろ?」
「てっきり今の今まで大柄な小人かと」
ルキウスの言いざまは白々しい。
「端的な自己紹介だと受け取っておきますよ」
「それで君は?」
「個人選択型生物連合、U一・二七方面軍、第二先遣艦隊司令長官、タケザサ・ヴェナレ・ミドリノ上級中将。ミドリノ家の代にして二百四十八代目」
ミドリノは敬礼した。
「偉いのか?」
「全軍では、上から二万位以内といったところ」
「増えたものだ」
ルキウスは至極退屈そうに述べた。
「直系ですよ」
「なるほど」
「子孫との奇跡の邂逅でこれか」
「私に子供はいない」
これ以上は失望を招くとミドリノは思った。
「あなたには、ここの事を山ほどたずねたい」
「なーんにも知らない」
「本気で?」
「気がついたらここにいた。この体でな。そんで愉快にやってる」
「あなたが考えないはずはない。かなりの期間ここにいて、答えを手にしたのでは?」
「絵本のキャラクターが読み手の世界を想像するのは難しい。いかようにでも干渉されてそうだし。外から観察したほうがよほどわかるはずだ。星から出ると魔法やらが使えなくなるから、何かの力場はあると思うが」
「この星系の異常事項は、重力波に混じる微弱なノイズぐらいだ。しかし、これは戦争の影響でたまにある。外れたノイズミサイルが世代が変わった頃に炸裂していたりするものでね。宇宙は思いのほかうるさい。特定の電子機器がやられたのは聞きましたか?」
「ああ、粒子レベルの干渉にしては強い。近くに放射性物質でもあるような強度だが、ここの力の発生は局所的だ。魔力は見えてもその奥は見えない。きっと高次元から来ている」
「ワープ航法をはじめ、高次元の理解は進んだが、いまだそれを自由に扱う術はない。行先は自由ではなく、その都度道を探ってから慎重に通る。技術は、漏れ出る情報を理解する方向に発展している」
ルキウスが手の中にリンゴを生み出し、それをかじった。
「使えるってのが大事だろ? とにかく私は遭難者だ。君はここのシステムに順応したな? 理解度は私と変わらん、ゲームだよ。だが、私の知るアトラスともかなり異なる。まあ、答えはあの世の緑野茂だとかが持っているだろうが、会うのは無理だ。死ねば会えるかもしれないが」
「あれは……」
「意味を求めたがるなあ。死にたくなったので、ちょっとやってみただけだ。ああ、二度とやらんよ。まだ説教が待っていやがる。女は嘘ばっかりだ。みじん切りという選択は、人間に対して発生するものじゃないよな?」
ルキウスがくたびれた顔をした。
「状況は不明だがあなたが悪い」
「君は結論を急ぎたがるな! 落ち着きがないって言われるだろ?」
ポフレッタに囲まれて言われるわけがない。
「結論は……ここの話はひとまず置きましょう。あなたが首謀者を知らないなら、ここの正体を考えるのは物理学者か哲学者の仕事だ。あなたの立ち位置がどうあれ、継承者として知るべきことがある。あなたがあなたであれば十分だ」
「心配するな、この出会いは罠ではない。しかし、こだわるな。これほど代が離れれば他人だろ」
「こっちは近しく感じる。あなたの予言のせいでね。これのためにミドリノ家はあった」
「ここで予言が出る」
ルキウスが興味をもつ。
「あなたが血を引く者にのみ伝え継承させた、あなたの予言だ」
「私が予言などするわけない」
「やったんだ」
「緑野茂が、やったと一度でも言ったかね? 言ってないと思うが。いや確実に言っていないな」
ルキウスが思わせぶりにすっとぼけた。
「まったく知らないくせに知ったようにやる。昨日でわかった。あなたはひとまず人と逆にやり、真実と嘘をばらまく。そうやって透明になる」
「あのなあ、予言をやるなら大勢に対してやるか、予言者を秘匿して、じわじわ地下から広げて発見させる。それのほうがインパクトがある。当時の私にはそれがやれたんだろ?」
「だがそうはならなかった」
「ああ……早く私の予言の話をしたまえ。いつまで待たせるんだ?」
「……文の量は、メモ用紙に収められる程度でしかない」
ミドリノはさっさと予言の中身を告げた。
そしてまだ達成していない、最後の項目が来た。
「残りは、原初の悪魔が赤の輪廻をとりもどすだろう。落ちてくるものは拾ってもいいし、拾わなくともよい」
「ふむ」
「予言に従いミドリノは宇宙を来た。予言に従ったとして、必ずしも成功はしなかった。認識としては最初の異星人であるアールヴとどうにか協力関係をとりつけ、イジャと交戦したが共にやぶれた。何億死んだかわからない。そう、途上、同胞となったのはポフレッタだけではない」
ミドリノは自分の耳の先端をつまんだ。
「アールヴ、ポフレッタ、ドヴェルグ、グノーメ、人間、この五種で連合は構成されている。イジャに滅ぼされたとみられる未知の文明の惑星は多く発見されたが、生存者はなし」
「あのポフレッタ共は宇宙人なわけだ。ふー、実に感動が薄い」
「アトラスの種族に近いからでしょう?」
「ああ。アトラスはどの程度知ってる?」
「あなたが管理していた地球初の一般向け統合ネットワークだ」
「あれを私が作ったと思ってるのか?」
「いえ。あれも予言的ですが、創作家がリアルを求めた結果の帰結としていい」
アトラスの種族は遺伝子まで設定されていた。現実的条件下のシミュレーションで設計された仮想生物。実在してもおかしくはない。
もっとも、それをミドリノが信じるかは別だ。
「それでいいのか?」ルキウスが見透かしたように言った。ミドリノが黙していると続けた。「なんらかの情報が高次元を伝って脳に作用した。あるいは全員が源流を等しくするとも」
「立証できる見込みはない」
「そうだな」
「これ以上の興味はありませんか?」
「生物としてはどの程度一致している?」
「まったく同じ容姿ではないし、文化も体質もファンタジーではない。アールヴが自然より受ける特殊な共感覚は、自他から特別視されるが脳のやることで、彼らは嫌がるが、基本構造はイジャの直感と同じ。違いはアールヴは分析で、イジャは脳の感覚器への直接的な外部情報の入力ということだ。ちなみにアールヴとポフレッタはイジャの攻撃で母星を失っている」
「たまたま似ているといえなくもない」
「この予言を完結させるためなら、いくら死んでもやむなしと感じさえする。これに関わる一族のほとんどがそうでしょう」
「そうか、がんばってくれたまえ」
ルキウスが気の入らない言葉を吐いた。
「あなたが悪魔でしょう?」
「人を悪魔よばわりするな! 誰であってもだ!」
ルキウスがわざとらしく憤慨した。
「あなた以外に悪魔の心当たりあるのか?」
「部下に召喚させようか?」
「その悪魔は宇宙に広く散らばる地球人を救ったり、イジャを滅ぼせるのか? だとしてもいまさら。徐々にだが、二千年前から戦争はいいほうに推移している」
「きっと予言はまだ終わってない。該当部分じゃない」
「この惑星は人類史に大きく残る。多くの知見が得られる。それで無関係と!?」
「君はアトラスをどの程度知ってる?」
「アトラスから発展したBWの経緯は正確な記録がある。しかし元の純粋なゲームだった頃の情報はあなたがかく乱した。膨大なダミーまでばらまいてね。元々攻略法が動的で、虚偽情報が多かったというし、自然だっただろう」
これはルキウスの中身の痕跡を消すためだ。ゲーム内の行動データがあれば個人を特定できる。消去は成功し、子孫は協会のバックアップもあり、一般人としてすごした。
「ああ、なるほど。ひとつ断言しよう。私がその予言を誰かから受け取っても、予言とは認識しないし、伝えない」
「たしかに意味不明な文章でしかない。なんらかの暗号を疑うでしょう」
「君は私の仕業にしたがっているが、人間にはできないよ。どんな人間でもな。今の人類の技術でも無理だろう?」
「確かに脳を分子レベルで調整しても、いくらかイジャより有利になる程度だ。明確な予言などできない」
誰かが超技術で脳に情報を送りでもしないかぎりは無理だ。宇宙に出て五千年以上、そんな存在がいればもっと介入されていてもよさそうなもの。
「君は、アトラスにイジャがいたことを知らないな?」
「え?」
ミドリノは混乱した。
「いたらしいぞ。時期的に私は知らないが」
「それは……」
「これ以上説明の必要があるか?」
「予言の答えにはならない。あなたが何をするつもりか知りたい」
「私はルキウス・アーケインになる予定だ。なってから考える。ところで私の名前を使っているそうだな。なら艦隊をあげて歓迎してくれるだろうね?」
「いいですとも。しかし今は艦隊と連絡がとれない」
「君の部下に、うちのレーザーでモールスやらせて応答が来た」
「上の状況は?」
「無人機を何度か投入して、すべて通信途絶だと。それで難儀してるそうだ」
「しばらくかかりそうですね」
「そうだ、時間はある」
ルキウスがどっしりと座った。
「宇宙を教えてくれよ」
ミドリノ以上に濃い緑の瞳は、木陰で輝いていた。
強化ガラス製の大きな球体は、居住艦から外部へ大きく競り出しており、あらゆる星空を移していた。その中を影が動いていた。
「ハハハハハ」
この球体の中をルキウスがグルグル回っていた。走るというより球体の局面を蹴っては跳躍し、体をひねって高速の公転して常に足を球体へ向け、着地してすぐ飛ぶ。ここは重力制御がなされていない。
居住艦の展望台である。平日の朝なんてのは、ほとんど人がいなかった。それ以上にここでは宇宙は珍しくない。
「ソワラも来いよ」
球体の入口にはソワラがいた。この居住艦で一般的な服装をしている。
「まだあの子が来てませんよ」
ソワラが後ろを気にした。
「大丈夫。ほら、全力だ」
ルキウスが両手を上に伸ばしてフワフワと滞空した。
「行きますよ」
「おう」
ソワラが手を目指して床からふっと飛び上がり、二人はがっちりと両方の手を握った。お互いに腕を伸ばして一直線になり、空中でクルクルと回転を続けた。
「これは至上最高の回転だ」
「もう、何かいいことでもあったんですか?」
「歩く生活も、無重力もじきに終わる」
「そうですね」
ソワラの表情が曇った。ルキウスが体を折りたたんでソワラに近づく。
「嫌なのか? 最初なんて気分を悪くしてたじゃないか」
「昔のことです」
「魔法がもどってくるぞ。せまくるしくない世界だ。どこにでも行ける。連れていってくれるだろ?」
「それがどうなるかわかりませんから」
「楽勝だ。心配するな」
「だといいですけれど」
「パパ!」
球体の入口から幼い声がした。
五歳ほどの妖精人の男の子だった。美しい緑の瞳と、銀色の長髪をもている。
「キューマ、どんと来い!」
ルキウスが両手を広げた。
「いっくぞ!」
と子供が飛び出したが、かなり違う方向に飛んだ。
ルキウスは空中でソワラを押した。彼は反動で逆に飛び、ソワラはきっちり子供と合流して抱きとめた。
「キューマ、もう少し狙って飛ばないとね」
「もっと大きくなったら噴出器を買ってやるからな」
ルキウスはまた球面を蹴って簡単に合流する。
ここまで十五年ほど経過している。
ルキウスはすぐさま宇宙に行きたがったが、ミドリノらの回収まで半年かかった。惑星ジェンタスで活動可能な機械群が開発されるまでひと月は要らなかったが、彼らは実のところ実験台と化していた。ジェンタスが人におよぼす状況が不明だったからだ。結果、変異はあったが健康だった。
第二先遣艦隊は、艦隊の再構成とジェンタスの研究のため、三年ほどとどまった。それから、後詰となる第五遊撃軍、第三三通商艦隊、第五一三防衛艦隊の到着を待って本星系を離脱した。
第二先遣艦隊の民間人は、付近の星系に植民を行った。ジェンタス近辺を避けたのは、この惑星の放つ高次元量子波の影響を警戒してのことだった。
ジェンタスの解析により、時空間分野は大きく発展。艦隊の移動速度は劇的に向上していた。それでもいまだ宇宙は広かった。
「軍のほうのブリーフィングには行かれないので?」
下から男の声がかかりルキウスが返す。
「よく知ってるな」
入口でで手すりを握っているのは、ルキウスと同じ年頃のアールヴだった。
この男はアールヴの名家が彼につけている。
ミドリノ家の始祖にあたる緑野茂。それがアールヴになっているので、彼らには受けがよかった。それで世話役がついている。ミドリノ家の者は彼が拒否した。理由は猛烈な警戒感を感じるから。
「あなたの予定をあらかじめ知っておかないと先回りできません」
「行っても気分が悪いだけだ」
ルキウスたちが球体を蹴って入口にもどる。
「これは珍しい」
「だが、いいこともある」
「なんですか?」
「もうちょっとで、やっとこルキウス・アーケインだ」
これは聞いたソワラがギョッとした。
「俺は死にはしない。帰ろう。とても忙しいからな」
「ええ」
ルキウスが展望台の出口をすぎてからキュッと進行方向を変えた。
「やっぱり司令部の資料室に行く」
「またですか?」
「こんな僻地でも、他船団との通信はたまにはある。新しい情報があるかもしれない」
ルキウスがむやみに走りだした。
「僕も行く」
と言ってキューマが飛び出したがソワラが予知していたかのように捕獲した。
「こら、家に帰りますよ」
「魔法の訓練でもやっておくといい。すぐに使えるようになる」
ルキウスが言い残して去った。
ブリーフィングルームのモニターの前にはミドリノが立っていた。ガイドロボをさしおいて司令官が解説するのはまれだ。
「さて、地球《ソル3》の話をしよう。これまで我らの任務は、実験艦隊の護衛と哨戒だった。
これを続けながら開発済星系に留まらず、ワープのデータ収集も兼ねて長くを来た。諸君の中にはこれに何かを思っていた者もあろう。変更の可能性もあり秘匿していたが、目的地は地球人の母星である。いまや打ち捨てられた地球で作戦を行う。
君たちは後方だ。主要作戦は地球人だけで行う。当艦は地球周回軌道に留まり、作戦の予備管制と後方警戒だ。私は責任者として第五段階で降下する。これの随行員もなし」
現在の地球圏ではイジャの出没はまずない。そもそも最初の一度しか到来しなかった。
「さて、今や地球の状況は地球人にとっても耳遠い。君たちにはアーケイン氏が好きだから知っている者もいるだろうが、地球圏全体は衰退したままだ。よって地球には宇宙港レベルの施設はない」
モニターに地球の映像が表示される。
「地球では、宇宙進出当初、地球圏派閥の叡智連合と外宇宙派閥の精神同盟との対立が起こり、さらに宇宙災害が続き地球の気候制御システムは崩壊、地球圏全体が衰退した。この地域は初期のイジャとの戦場では境界となる微妙な位置であり、防衛の都合から復興もされなかった」
モニターに当時の古い艦隊が表示される。
「現在の地球について、多くの者は残った人々が限られた資源と古い技術で暮らしている田舎ぐらいに思っている。実情の説明の前に明示しよう。現在の地球の居住者はこれだ」
モニターに映ったのは、全身が赤茶色で、ゴツゴツして固そうな人型生物だった。表面は鈍い光沢を帯びている。顔は複雑な面で構成され、その面が重なって保護された目の部分は非常に切れ長なスリットで、奥にある眼球は確認できない。
口は横開きで、強力な尖った顎がある。
手足は共にかなり太く、肘やひざは鎧を思わせる造形である。
手の指は四本で、三本と太い一本が対になっている。
「この生物を、ホモ・インセクトゥムと称する。知能は地球人の十歳程度だ。多くの毒に対する耐性を有し、筋力も強い。だが、走る速度は地球人の八割。資源状況もあり、生物の死骸を簡単に加工して利用する原始的な文明だ」




