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道案内10

 ソワラが放つ冷たい視線を受けて、ミドリノは笑顔で答えた。


「礼を言い忘れたもので」ソワラの視線に変化なし。「お嬢さんが逃げられるように騒ぎをおこしてくれたから」


「私があなたのために何かをすることなどありません。いかなる魂胆でここに? さっさと話さないと寄生させてしゃべらせますよ」

「寄生はもう間に合ってる。なりゆきでルキウスと友達になった」


「あなたは虫に似てますから間違えて収集したのかもしれません」ソワラはミドリノの腰にあるアリの袋を凝視した。


「面白いから拾われたんだ、たぶん。砂漠で道案内とやらがとりついた。それの回収やらでまきぞえを食っている状態だ」


「そう、またここで友達ですか……そういえば最近いなかったはずですし。三人なら寝ています」


 ソワラがミドリノが部屋の出口を見ているのに気づいて言った。道案内が示している方向だ。目標までの距離は百メートルほど。ここが奥だとするとさらに先に出口がある可能性がある。必死で逃げればなんとかならないこともない。


「帰っていいかな?」

「ルキウス様は何か言っていましたか?」

「これがどんな迷宮かは気づいている。戦闘は俺がかなりやらされてた。その間に何か考えているんだろう。君のほうが知っているんじゃないか?」

「あなたはどう思います?」

「さあ、君との信頼関係を回復する気があるか疑わしい。きっとろくでもないことを企んでいる」


「ここでできることはあまりないと思いますよ」

「彼を殺そうと思ってる?」

「主を殺すわけないでしょう」

「ならどうするつもりだ?」

「あなたになんの関係が?」


「穏当な要件なら協力させていただきたい」

「気にしているのはあの三人でしょう」

「俺は平和の使者だ」

「ルキウス様の真似ですか?」

「絶対に言わないと思う」


 ミドリノは自分の背後と周囲を気にした。あきらかに人の者とは違う太い腕が四本空中に浮いていて、直上に浮く一本はミドリノを押さえている。残りの三本はソワラを守る位置取りだ。

 腕の末端では空間がたわんでおり、何かがさらに奥に潜んでいると感じさせた。


「この腕さんは一つの生物か?」

「あなたが知る必要はありません」


 ルキウスと異なり固い。


「お嬢さんの力になれると思うんだが」

「邪魔ですね。眠りなさい」


 ソワラの杖を握る右腕の肩の微動をミドリノが察知した。


「待て!」


 ソワラはそのまま杖を振り、強烈な眠気が来て全身から力が抜けた。しかし一瞬のこと、どうにか意識を保った。寝たふりをしていると、飛ぶ腕にひっぱられて部屋のすみによせられた。


 彼は薄目で状況を見た。ソワラは部屋の中央に移動していく。彼はそのまま動かずにいた。

 部屋の中央には幾重もの魔法円が刻まれ、それに関わる比較的大きな品々が配置されていた。ソワラはその中央で杖を掲げて叫んだ。


「ルキウス様と二人の時間です。ここにいるのは私たちだけ! 私の中にルキウス様のすべてを感じる」


 ソワラは杖を杖を突きあげた状態で目を閉じて、悶絶して奇妙な動きを繰り返している。


「ル・キ・ウ・ス様! 血の一滴まで私のもの、ああ! 髪の毛も探しに行かせましょう」


 四本の腕が転移で消えた。


「困るルキウス様、走るルキウス様、警戒するルキウス様、飛び散るギャッピー、最高!」




 ルキウスはギャッピーを刻みながら走っていた。


「油断した。偵察と分断は来ると思ったがいきなり来るとは……冷静だな」


 ミドリノにマーカーを持たせておいたので位置はわかっているが、ルートは探すしかない。敵を駆逐しながら駆ける。壁に印などは刻まない。後から工作されるとかえって迷う。


「俺は操れない人が欲しいらしい。でもそれ、普通だろ?」

「焚火を眺めていられるのは、ほどほどの範囲を不規則に動くからで、あれが規則正しかったら火じゃない。月とか眺めていられるか? そこそこの速度で変形してくれないと無理だろ」

「サンティーはサンティーは、何考えてるかわからんなバカだから。だいたい何も考えてない。子供と同じだ」

「……奥さんは、奥さんもわからん。何考えてるか考えたことがない。そもそもひとの考えなんて興味ないし。でも、釣りだしにくい感じはある。あ、奥さん……奥さんが誰かわかった。でも解答機会が一度しかないし、当てる必要もねえや。どうでもいいときに言おうか、いや、部屋の壁のはしっこのほうにでも彫っておこう」


 ルキウスは進行方向に異様を察知した。見えるかぎりの床、壁、天井が細い切れこみで埋め尽くされている。


 そのいくつかより青黒い煙が噴き出て、瞬時に形をなした。

 口から特に歪なとげを生やし、とげとげしい体は醜悪な飾りでみちており、輪郭が不規則にぼやけている。

 それが三体、前かがみな姿勢で立っていた。


「なんで猟犬ためこんでんだ。召喚入手のときはほかのプレイヤーもいたぞ」


 ティンダロスの猟犬、レベル八百。

 森で追撃された時は素手で造作もなく始末したが、ここではそうはいかない。

 アトラスにおけるティンダロスの猟犬は、あらゆる鋭角部位より高速で飛び出し、鋭角に潜行する。これを繰り返す間、無限に加速する。

 このような鋭角密集地では段違いに強い。


 また、猟犬と名付けられているが知的生物で、単純な攻撃は察知される。遠距離から魔法を撃てばすぐに鋭角に逃げこむだろう。


 現在の戦力比にして、ルキウス千に対して猟犬千五百以上。

 ルキウスは手持ちの装備を床に置いた。どこに鋭角があるかわからない。


「普通に殺されそうなんだけど、流れからするとこのルートだ」


 首に一撃もらうだけで死ぬ。

 曲線を埋める手はあるが、魔力と時間をくう。対応する仕掛けを作るのも簡単だ。

 ルキウスは杖をインベにしまい、二刀流になって突撃した。


 猟犬を狙わず、道の中央を速度で抜ける動きである。


 正面の猟犬は低く構えて待ち受ける。これに斬りつけるも空振り。一瞬で切れ目に潜られた。床から攻撃を嫌ったルキウスが低く跳躍した。


 三方より同時に煙が噴き出した。左下、右上方、下後方。

 すべてが嫌な位置。

 ルキウスが空中を蹴って体の前後上下を反転させ、上体をひねって強引な斬撃を放った。左が下後方の首にくいこみ、右が左下の顔面を潰した。どちらも霧になっていく。


 剣がおよばない右上方の猟犬は、両足で強引にからめとった。無防備な足に鋭利な爪が刺さり、さらに牙がつきたつ。それでも離さない。

 ルキウスはそのまま頭から地面に落ち、転がりそうになった体を肩と左手で支え、体勢が安定したところで足を曲げて体を引き寄せ剣で貫いた。


「追加なし。攻撃がきれいすぎる。一体は完全に伏せておくべきだったな」


 深手を負った足から血が流れるが、回復魔法で治った。


「ずっと変わらずにはいられない」


 ゴンザエモンとの斬り合いにつきあわされての近接戦能力向上だった。

 そして、見られているのは気づいている。ソワラがこれまで占術を控えていたのは、相棒が不明でカウンターを警戒していたからだ。


「これ以上難度上がるときついな」


 ルキウスはまた走る。確実に難度は上がるだろう。




 ソワラは偏執的な言葉をつぶやき続けていた。ちなみに四本腕は帰還している。髪の毛は見つからなかった。探し物が苦手そうな太い腕だ。


「どこかに心臓落としていってくださらないでしょうかね。心臓くださいとは言えないから、フフフフフフウフフフフウフ」


 音程の外れた笑い声がずっと続く。


 沈黙を続けるミドリノの内心は――

 やられた! やりやがったなクソ野郎め。なにやら哲学的なことを言ってやがったがうそだ。

 思い返せば完全にうそのリズムだった。油断した。


 ルキウスはソワラから逃げている。

 彼がソワラに特別な資質を求め、なんらかの成長を促しているのは事実だ。まったく善意ではなさそうだがどうでもいい。


 とにかく今は違う。単に情緒不安定な女を近くに置きたくないだけ。絶対にそうだ。あれにはそういう奔放さがある。

 あの男は言うだろう。「大事なことだからって、ずっと気にする必要ない」


 そして、この展開を狙っていたのではないか?

 彼女をどうにかできる手段があるのか? ないから自分を送りこんだのでは?


 それでとにかく変化をお望みだろうが、あの男をやれば問題が解決する気がしてきた。


 あいつ殺したら自分が死ぬなんてことはないと願いたい。こんなタイムパラドックスの実験機会は必要ない。

 別人。だが、確実にご先祖様だ。老練した奇人というイメージとかなり違う。比較的若い印象。


 それでもルキウスが緑野茂であると確信を持っている。

 ルキウス・アーケインがアトラスのキャラクターであることは、艦隊の全兵が知っている。ホログラムで出るから顔も知っている。それほど特徴がない顔だ。


 この状況がはるか昔のゲームであるアトラスに関わる可能性があるのは、ルキウスに遭遇した時点でわかったが、中身が不明で最大限に警戒していた。


 絶対にイジャのやり口ではないが、彼らの新たな同盟者あたりが仕組んだ罠ではないかと疑った。


 ルキウスのまともな写真は一枚もない。彼がBW大統領権限を利用して消去したからだ。

 結果、おちゃらけた表情のものだけが残っている。一番有名なものは、下あごを歪めてより目になっているものだ。ほかの多くは馬鹿笑いしているのが多い。


 しかし、緑野家には茂本人の写真がある。そのいくつかと同じ表情だと感じ、会話でも理解できた。ゲームキャラクターとの距離感に困惑しているのだと。


 そして決定打、ルキウスの腕をへし折った戦技、【血接遠切】。彼が発明した。

 発動者の血族にのみ有効で、代が離れるほど威力が高まると定めた。これは緑野茂を初代と数えている。当然、ミドリノは末尾のほうで、二百代ほど離れる。


 同時に誰かに脳の情報を抜かれていると理解した。量子レベルで接続され、スキャンされている。これ以上身分を欺く必要があるのか判断しかねる状況だが、ルキウスに情報共有はされていなかった。


 彼から情報を引き出すために踏みこんだ話をした。

 これを思い返すと少しゾクッとくる。ルキウスをあの変人だと思い、その前提で接したがために、その実像を告げたわけでもなく、むしろ自らの姿を悟られぬようにしたのに、彼が話につられた姿に変異してきていた。


 あの混沌の教授として知られるあの緑野茂だ。いずれも証拠はないが、抱えた情報網とAI群を利用して、国家、企業の情報のリーク、分析を繰り返し社会を混乱させた。

 

 最初に彼と会った時の印象とは明らかに別人だ。事象は観察行為によって変異してし正確な観測結果は得られない。彼も同じくコロコロ変わる。

 この変異の繰り返しが、彼の人生で対立してきたAIに負担をしいたのだろう。


 一般に緑野茂は死亡したのは、七十代から百五十代とされる。百五十代は当時の生命医療での限界年齢である。現在では最大限に金をかければ二百まで延びる。


 いまだに生存説もある。自身を電子情報にして保存し、どこかの宇宙船に紛れこんだとする説だ。

 彼が有機ネットワークを含む膨大なインフラを手中に収めていたことを考えれば、現実的にありうる。


 とかく彼の情報は定まらない。

 地球圏崩壊のために当時の情報に欠けがあるのは通常ではあるが、彼の場合、彼自身が自己情報の削除を徹底したせいだ。


 それでも一般に彼が死亡したと信じられているのは、彼のBWのアカウントが消失した百二歳のある日であり、一つの都市が消滅した日だ。これに巻きこまれたとされている。

 この後、発表された引退のメッセージが、昔に用意されたものか、直前に用意されたのか不明なため、その後も生存説は残り続けた。つまり、この爆発自体が彼の仕業とする説だ。


 この爆発事件は地球の政治中枢を直撃し、これを発端に影響力を増してきていた外宇宙経済圏と地球経済圏は対立へと傾き戦争に至った。

 なお、この戦争は双方のAIが強烈に否定したため、局地的な戦闘だけで終結した。


 その後、地球経済圏は五百年かけて縮小していく。これは地球圏の放棄と、より繁栄に適切な巨大領域を求める外征へとつながった。

 そしてこれはイジャとの遭遇と現在まで続く戦争をまねいた。


 彼は生涯を通じて深宇宙に興味をもったが、地球圏から出なかった。

 それはBWを利用するためだったとされるが、自由人だった彼が宇宙をあきらめた理由ははっきりしない。


 これに関わる功績として、BWを国家、企業に渡さずに自由な空間であることを維持したことがある。それが素直に評価されないのは、晩年の行動のせいだ。


 彼はもともと行動派の人間実験学者と物議をかもす存在であったが、彼が特にいかれた実験を始めたのは七十代だ。

 この時代の急な変化が死亡説の原因の一つでもある。


 この頃、彼が小細工を労して、現実と仮想空間で人を誘拐して実験するのは日常のことになっていた。都合のいい刑務所にも長く入った。彼は中からでも膨大な権限に接続できたので問題はなかった。


 彼が実験で殺人を行ったことはないが、被験者間の関係による死人がでることはままあり、大変に非難される一方で熱烈な支持者もいた。彼は支持者に冷淡で、あまり人とも関わらなくなった。


 この七十代の変化は、妻が事故で死んでからだ。

 妻は茂に干渉できる人間だった。それは確かだ。そしてソワラは違う。いや、今の状況だけはおおいにひっかきまわしている。彼女がルキウスの特別な人間になる最後の機会かもしれない。


 そして緑野家に生まれた者は、全員が彼からある文章を継承している。暗記するには多少時間がかかる程度の文章。彼はこれを覚えると金運がアップすると言っていたらしいが、今は絶対にうそだと思う。


 緑野茂はそれの意味は伝えなかったが、暗唱できない者には極めて冷淡になった。だから子供と孫は全員覚えたし、以後はその子孫に受け継がれたり、忘れられたりした。


 これは予言であった。予言の最初まで六百年あったことを考えれば、忘れられなかったのは奇跡に近い。


 もっとも最初の言葉が『我々を忘れるな』であるから、筆記者に忘れられるかもしれないという考えはあったようだ。

 そして次に『氷の警鐘に耳を澄ませ』と続く。


 氷の警鐘を聞いた緑野家の者は、タケザサの先祖ではないが、彼女はおそらく予言との関連を認識し現場に急行した。それが人類とイジャの初遭遇だった。その戦闘の推移状況は不明だがおそらく惨敗であり、当時試作段階だった縮退炉を暴走させて味方ごと消し飛ばした。


 これにより人類の情報がイジャに渡るのが遅れ、おかげで人類は存続できた。


 なお縮退炉の使用は軍人としての権限ではなく、人類が地球圏を離れてから表社会に出て人類進歩協会となったサプライズ協会の権限である。


 予言はその後もところどころで人類に道を示した。もっとも、ほとんどに選択の余地はなく、後から予言だったとわかるのが基本である。


 イジャとの遭遇より五千年、予言は残りわずかとなった。


『原初の悪魔が赤の輪廻をとりもどすだろう』

『落ちてくるものは拾ってもいいし、拾わなくともよい』


 悪魔はいた。最後の文がどちらでもいいとするなら、これが最後の予言。


 ルキウスが来るまで寝たふりをしているべきか。そうはいかない。彼女に最後の機会だと教えてあげられるのは宇宙で自分しかいない。そして予言の完結を見とどけたい。それが緑野家の悲願だ。

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