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道案内7

「どういう戦術でやる?」


 ミドリノは卵の山を壁にして、高みから眼球の動きだけで見下ろすカップキャプなる怪物と対峙する。球状の胴体の上におさまる割に小さな顔はよく見えない。


 怪物は、体を支える腕の関節をほとんど曲げず、ふりこに近い動きで交互に動かし歩く。こちらを遠まきにして移動しながら警戒してこちらをうかがっている。

 動作は一定で興奮していない。


 戦闘態勢で、わずかに間があく。

 手で歩く奇妙な生物だ。手は顔面から出ているので触手に分類すべきかもしれないが、指の開きや爪などは手を思わせる。


「そっちは卵を潰せ」


 ルキウスが怪物の背後へと機動、跳躍して壁を蹴り、さらに天井を蹴っての鋭利な動きで背後から胴体を斬りつけた。

 怪物が片手を軸にしたコンパスのような動きで向きなおった。敵の興味が彼に集中する。


「戦わんと言ったはたからよ」


 ミドリノは指示にしたがい卵の山を斬りつけた。多くの卵が切断され、液体が流れ出る。彼が刀を振って液を払った。


「べとべとは得意じゃない」

「ゴィアアアァ!」


 大きな体の割にはやや高いと感じる悲壮な咆哮があり、怪物がまた片腕を軸にして向きを変え、すべての触手がぴんと伸びた。

 当然、あれの意識はミドリノに集中する。


「かわせよ」


 何をと確認する前に、怪物の胴体だけがぐるんと回った。両腕がきっちりと床をつかみ、顔を軸にして後ろへと上がっていく半回転。高くなった胴体が背を向け、それにつられるように両腕が同時に床から離れる。腕がブンと車輪のごとく回転してダンッと前進、ダンッダンッ、突撃、巨大な腕が振り下ろされる。


「ぬあああ!」


 ミドリノは必死の前転で回避した。怪物が軽く、それでも十分な重さをもって壁に衝突して停止する。体をよたつかせる方向転換は遅い。


「言い忘れたけど、卵潰すと激怒するから」

「ぶっ殺すぞ!」


 ミドリノがルキウスをにらみ、ルキウスが軽快に応じた。


「おう、その息だ。ぶっ殺せ」

「お前をだ!」


 ミドリノは刀を構えて怪物を警戒しつつ叫ぶ。


「その前に次の卵だ」

「なぜ卵を潰す!?」

「やつにとって大切なものだからだ。残して倒すこともできるが、おすすめはしない」

「説明が足りん」

「やればわかる。きっちり全部潰せよ」


 悪意を感じるが、最悪の結果にならないだろうという程度の信頼はある。この意見を退けると、気味の悪い卵まみれの環境で珍妙な怪物を自力で排除しなければならない。


 ミドリノは走りながら卵の山の薙ぎ、すぐさま訪れた次の突撃は、若干の余裕をもって回避した。動きがまったく同じ一直線だ。それでも大きな手が起こす風は感じた。

 卵を潰すタイミングと位置取りを考慮すればなんとかなるか?

 しかし突撃でなくとも、あの腕による迫力のある大きな一歩でのっしのっしと追ってくる。遠距離攻撃は確認できない。


「さて……」壁際に退避したルキウスがマイペースに始める。「あなたは森で遭難しました」

「直接的に殺されそうなんだよ!」


 ミドリノが卵の山を盾にできる位置取りを意識しつつ逃げ、奴の突撃で卵の山をまるごと破壊させようと試みた。そして来る! ひきつけてかわしたが、あれは卵の上をまたいでしまった。車輪と違ってルート上のすべてを踏まない。腕が接地する面は少なく、中央の胴体部分は空白だ。


「選択肢一、空を飛んで道を探す」

「とどまって救助を待つか自力で脱出するかだろ!」


 ミドリノは突撃に向かって走り、限界まで低くスライディングした。触手の起こす風を感じたが、股下を抜けた。そして敵がしばらく行ってから止まる。起きて走る余裕はある。次の卵の山に到達して何度も刀を振るえる。


 そして冷静に返してしまった。

 どうでもいい話だ。緊張から逃げるために場違いな話題が出ることはある。それなら、ソワラ対策を真剣に考えている。

 しかし、そうか? 意味があるのか? 意味があっても理解できなければないのと同じ。

 そもそもなんの意味があって、自分だけに戦わせる? 時間稼ぎか?

 ずっと意図が不明な行動が多い。いくつかの仮説を当てはめても、彼を解きあかす暗号カギとして機能しない。


「二、瞬間移動テレポートで帰宅する」

「遭難してねえ、前提条件!」


「元気だな。早く卵を全滅させろ」

「やっている」


 卵の山を何度も斬りつけ、そして回避。少し慣れてきた。


「三、我こそが森である。したがって遭難はしていない」

「宗教的だな。実質何も選択してない」


 ミドリノに効率を追求する余裕ができ、全力で卵の山を両断した。そこでプシュという音を聞いた。刃がくいこむ卵の山の中心が炸裂、緑の液体が噴出して卵の残骸ごとミドリノにぶち当たった。勢いで卵と共にミドリノが飛ぶ。


「くそ!」


 すぐに起き上がるべき。


「大当たりー」


 ルキウスのふざけた声に反応していられない。

 熱い。目が焼ける。激痛ではないが、また左目が見えない。液に毒があった。どのレベルのダメージかわからない。ダンッ、音が近づく。そして上からの衝撃が彼の体を押し曲げた。あの巨大な腕が彼を床に押さえつける。かなりの重量でうつぶせで圧迫される。あんなものにのしかかられては死ぬ。さらに手の爪が体にくいこむ。


「ヌグオオオ!」


 力で対抗する。それでわずかに横へずれて指の隙間から抜けるしかない。しかし意外にも、床につっぱった腕は体が大腕を押し上げるほどに機能した。できた大きな隙間から逃れる。足が一度ひっかかり、さらに胴体の触手に腕をからめとられるも強引に逃れた。


 ここでルキウスがミドリノの至近を走りぬけ、軽く彼をかすめた。全身に付着した液が一気にぬぐわれ、目の痛みがひく。

 ルキウスは何もなかったように部屋のすみで続ける。


「四、とりあえず演劇を見てから食べる予定だった軽食を食べる。やれやれ、今夜はエレガントなレストランを予約していたのだが、暗い木々の間にあると思うかね?」


 ミドリノは自身の体を気遣いながら体勢をたてなおす。痛みはない。


「誰と話してる。あー、やるさ……潰せばいいんだろう。その状況で遭難はない。それとも日常の隣でも死ねると言いたいのか」

「五、実はあなたはひとりではなかった。大勢の仲間が付いていたのである。自給自足を模索する、ここに悪魔の森の開拓が始まるのである」


 たしかに条件はあいまいだ。


「六、実はあなたはひとりではなかった、遭難死した悪霊たちがまとわりついているのである。楽しく夜をすごす」

「死んどけ」


「七、つい大天使ザドキエルとの契約を決断した。無垢な羊を生贄に天地を新生する。あらたな世の始まりである」

「何が起こった?」


 ボシュ、また卵が炸裂、これは完全に回避した。さらに雨のように降る卵の残骸から逃れる。予測できれば爆発から逃れられるほどの身体能力になっている。怪物の動きも鈍重に感じてきた。刀がもつなら普通に刻めそうだ。


「ふむ……二つ当たりは珍しい……な」

「外れじゃないか」

「一発で卵の山が全壊するからだ。さてさて八、フハハハ、おれは悪魔だ。貴様には眠っている力がある。それを目覚めさせてやろう。もちろん無償だぞ。なんの対価もいりません。本当だよ。ぜひやってあげようじゃないか。やるよな、当然やるよな? 断った前例ないけど」

「言葉で信用を得るのは難しい。信用度は、最初の名乗りに帰結するのかもしれない。覚えておこう」

「なら信用は体で表現しよう」


 ルキウスがナンセンスでギザギザしたダンスを開始した。


「その踊りで魔法とか出る?」

「まったくの無意味だが、身体強化魔法はかけた」


 ミドリノはもうなんの圧力も感じずに突撃を回避した。

 きっとあの腕に殴られても軽い打撲ですむ。大きさから換算すれば、中型車に時速百キロで衝突されるぐらいの威力はあるのに。


「九、あなたが森をさまよっていると、言葉を話す鹿が現れました。鹿は尻の穴につららが刺さって困っていると言います。わかった。僕がなんとかしてあげるよ。ありがとう」

「何も言わねえ」


 ミドリノは戦闘に集中する。

 ここから三分ほど森での冒険談をが続き、森で様々な動物と友達になり、森での生活力を身につけたが、やがて同族がいない孤独を味わい、かといっていかなる動物にもなれず、苦しみながら森を後にしたのだった。そして町に到着した。


「事件だ、事件だ。元気なやかんがポッポと叫んでいます。聞くところによれば、アルテミシア邸で事件があったようですが、やかんは口が細いせいか言っていることが要領を得ません。あなたは青い道を通って事件現場に行きます。

 するとネチャネチャしたアリの使用人が出迎えました。これは殺人だ。しかし、何が何かもわからない。この平和な町には警察も探偵もいなのだ。私はタカの視力とクマの嗅覚があります。お役に立てるかもしれません。あなたは家の奥の奥にある事件現場に入った。

 事件が起きたのよ。アルテミシアはワニ顔のビッグな女です。

 部屋には卵の殻が大量に散乱していて悲惨でした。さらにそれを無数の足跡が踏み荒らしていて、部屋中に多くの破壊痕があります。そして多くの細かな散乱物は足跡の材料になっていました。それはある扉から入り、別の扉から出ていました。それより目立っているのは、部屋の中央で倒れている男です。

 ここは私の大事な卵を貯めておく部屋なの。しかも謎の男の死体があるの。これはいったいどういうことなの!?

 うーん、おいしそうな匂いがしますが、これはまるでなんの痕跡もない」


「無能探偵が!」


「ひどいわ、まったくこれはなんなの! アルテミシアは三角の口を大きく開いて叫びました。でもよかった。次の産卵のために栄養が必要なの。そしてグブラッとあなたを食べてしまいました。めでたしめでたし、終わり。

 さてどれを選ぶ?」

「選ぶむくそもねえ。しかも終わったしよ!」


 ミドリノは転がっている最後の卵を斬った。


「最後だ!」

「ノォォーン」


 怪物の大きな胴体と頭を支えた腕が力を失い、途中で曲がって胴体が床についた。触手も活力を失い、動きが鈍くなった。


「言ったけど、卵を全部潰すと意気消沈して弱体化する。あれにとっては大切なものだから」

「言ってねえ。あの接合部……」


 怪物の体が低くなり射程に入ったのは、頭にある腕のつけね。非常に細い。駆けよって、腕の一撃と伸びた触手をかいくぐり、上段の構えからの一撃。片腕がずれ、全身が倒れ始める。


 それを見ずに即座にとって返し、今度は背後より首を一文字斬り。ぽんっと軽く首が舞った。そして怪物の巨体から力が抜け、どんと倒れる。

 そこにルキウスが近づいてくる。


「さて、今の戦い方でよくなかったところがあります」

「お前の悪意だよ」


 ミドリノは鞘で叩きにいったが簡単に逃げられた。


「違います。卵を攻撃すると激怒して一直線に突撃してくるので、そこを狙ってかすめるカウンターを当てるか、壁に衝突して止まったところを叩くのが基本です」

「言えよ!」

「ギャッピーで突撃は学習しただろ」

「ううう」

「なお、卵の破壊者を優先的に狙うときは視界外からの攻撃に反応しないので、ほかの仲間が背後から攻撃するのが望ましい」

「それはお前がやれ!」


 パンチが空ぶる。当然のように要求したが難しい。回転しているから後ろも見ている。


「絶対に遊んでいるだろ」

「君を鍛えるにはいい機会だった」

「あらかじめ通告しろ」

「なお遊んではいる」


 フェイントを混ぜたキックが空ぶった。ミドリノが舌打ちした。


「マジで死ぬところだった」

「あんなもの相手に死ぬわけないだろ」

「こんなことをやってるから、ソワラは愛想をつかすんだ」

「彼女にこんなことやるわけがない」


 ルキウスがどこか冷たく吐き捨てた。


「卵をやった理由は?」

「あれは傷を負うと、卵を食べて回復した挙句に強化される。最大まで強化されるとそこそこやばいし……まあ、強化しての利用法もあるが今は不要」


「さて進もう」


 ルキウスが通路の一つに入る。


「待て、こっちだ」


 ミドリノが別の通路へ歩く。しかしルキウスは追随しなかった。


「今はこっちでいい」

「なんでだ?」


 ミドリノがしぶしぶ付いていく。


「今はそういう気分だ。先を確認する」

「魔物が出たらお前がやれよ」


 何を言っても聞きはしないし、力づくで誘導もできない。


「こっちに向かってくるならそうする」

「そうか」


 ミドリノは敵を誘わないようにルキウスの背後についた。そしてそう歩かないうちに「来たぞ」


 二足歩行する太ったワニと表現するのが近い怪物が通路の奥より現れた。通路の過半に達するサイズで、さっきの怪物と同じほど高い。


 顔が三等分されていて、それぞれに目や鼻や口があり、二本の腕は半ばでさらに分かれ、長く尖った指がある手は四本ある。胴体も足もでっぷりと太っている。


「グラドリゴ・クイーンだよ」

「こいつを知っていたな」

「説明はした」

「してない」

「したさ」


 怪物が、三つの口のすべてを最大限に外側に開いた。


「モォー!」


 甲高い奇妙な音が体を震わせる。怪物が走りだした。ミドリノが刀を構える。


「そもそもお前が戦うはずだ」

「狙われるのは君だ。卵を壊したからな。まだわからないのか?」


 怪物は重量級で短足なせいで速度はさほどない。


「……あのふざけた話か。ではあれが……あれは?」

「アルテミシア、ではない。さすがに名前つきは用意できない」

「なんたらキャプはなんだ? あいつが巣の主ではないのか?」

「あいつは卵泥棒だ。話でわかるだろ?」

「わかるか!」

「言っておくが君のほうが卵の匂いは濃いので」

「だろうよ!」


 巣を荒らされてぶちきれた母親の巨体が来る。ルキウスはまた壁と天井を利用した鋭い軌道で怪物に軽い一撃を入れ、あれの側面へはねて逃れた。怪物はそれに見向きもしない。


 敵が通路の大半を占める体であるため正面からやるしかない。怪物の腕が骨格を無視して伸びた。それを切り払うが切れない。それでも攻撃は防いだ。

 その怪物の上にルキウスは立っていた。


「タケザサ君は実にいい線だった。ソワラと仲良くなれるかもしれない」

「言ってる場合か、こいつの攻撃手段を教えろ」

「カップキャプほど楽じゃない」


 さすがにルキウスも伸びる腕に攻撃され、軽快に背後へ逃れる。

 この時間でルキウスへの不満を気合に変えたところで、ミドリノの全身がいきなり震えてよろめく。そこへ今度は首が伸びて尖った三つの口が襲ってくる。

 それを刀で強引に受けてしのいだ。


 衝撃波だ。三つの目が見つめた一点から衝撃波はいきなり発生する。その衝撃が全身を貫きよろめいたのだ。三つの尖った口がこちらを向く。また来る。


 しびれた空気が肌を打つ衝撃に耐えつつ、攻撃で伸びた腕を最低限の動きでかわして斬りかえす。皮膚が固い。まともに切れない。


「こんなもの、かわせるか」

「狙うのは弱点だ。牽制だけやってやる」


 ルキウスが魔法で手の中に石を生み出し猛烈な勢いで投げた。怪物の顔面に直撃したが、動きはかわらない。それほどダメージはないらしい。

 ルキウスは怪物の周りをちょろちょろしながら石を投げ、ミドリノは斬りこむ。それ以外にできることはない。分厚い肉の塊だ。打撃、関節技など効く相手ではない。


「余裕で勝てる。さあやれ」


 ルキウスは平素の調子だ。


「こっちは裸足なんだぞ」

「すっぱだかでも勝てるさ。君はこいつと初めてやりあった時の私より強い」

「なんだって!?」


 衝撃波でまともに聞けなかった。


「ソワラと二人でやって死にかけた。卵の爆発二回もまともにくらった後でな。ここは思い出の迷宮だ。ふたりの冒険がやや強引に再現されている」


 ルキウスの投げた石が怪物の腕に当たってミドリノに当たった。まただ。その次の耳をかすめたものもミドリノに当たる。石は怪物に当たった時点で消滅を開始しており、その残骸の感触は軽いが……また当たった。


「当たってる」


 かすかにいらだちがまぎれる。


「当たってないって」

「俺が当たったと言ってる」

「違う。当ててるんだよ」


 ルキウスが直接ミドリノへ石を放り、彼が頭を振って石をかわした。


「どこが当ててるって?」


 言ったところで遊んでいる余裕はない。伸びた腕の振り下ろしを内に入ってしのぐと同時に、足の甲を貫こうとして刺さらない。ぶよってして表皮が沈むだけだ。しかし、敵にまとわりつくことで、衝撃波はこなくなった。


「じゃあ当たってないじゃん」


 今度の石は、怪物の肩で反射し、さらに壁で跳ねてミドリノの腹に当たった。


「後でぶっ殺す」


 何度も怪物の体を駆けのぼり、額を斬る、目を斬る、口を斬る、耳らしい穴を突く。刃がほぼ通らない。表皮は固いというより滑らされている。口内は手ごたえがあったが怪物の動きに変化なし。ダメージは限定的。

 

 斬って離脱するところをブン! 怪物の腕が横なぎ。上腕と膝で同時で受けるもゴンッと飛ばされた。そこを狙う衝撃波は鮮やかな着地からの回転でかわす。走りつつまたかわして距離を詰める。

 ここはしのいだ。とはいえ、高い頭部をそう狙えない。

 ここで投石だ。それを刀でルキウスへ打ち返す。


「遊んでいる余裕があるなら、やれよ」

「こっちのセリフだ!」

「知ってるよ!」


 ルキウスがわかりきったことを言うなと怒鳴って全力で石を投げた。これは怪物の顔面を何度もとらえたが何のひるみも与えない。


「ならやめろ!」

「原因がわかっているなら対処しろよ。子供じゃあるまいし」

「ストレス源が言うんじゃねえよ」


 ミドリノは何度かフェイントを混ぜて怪物の背にまわり連撃を放った。斬れない。あまりにも斬れない。自然とうめき声が出る。近くを石が飛んでいく。


 この状況でルキウスが戦わないのはおかしくない。ひとりでなんとかやれている。周辺の警戒役はいる。しかしおそらく、警戒しながら戦えるのだ、あの男は。

 しかし、ひとりでやれるのはわかる。攻撃をしのげているからだ。こんな怪物の攻撃をなんなくしのげてしまっている。


「こいつは弱点しか切れないのか?」

「最初からそう言ってる」

「言ってねえ」

「ちなみに魔法なら、普通にダメージ通る。魔法で強化した武器も同じ」


 ミドリノは何かの戦技ならダメージがあると確信したが、この状況は戦技を見せろという意味ではない。弱点はあると最初に提示した。


「弱点はある、こいつはうそじゃない」


 ミドリノが呟き、そのまま戦闘が続き――やがて終わった。どうにか衝撃波の起点から距離をとり、あらゆる場所を斬り続ける時間だった。怪物の影すら斬った。

 弱点は、腹部の太ってたるんだ皮膚によって隠された複数の大きな赤い腫瘍。そこは簡単に貫け、何度か深く刺すと派手に出血して簡単に倒れた。

 ルキウスは相当な数の石を投げたが、そこにだけは石を投げなかった。


「遠回しなことを」

「まあがんばったほうだ」


 珍しくルキウスがほめた。ミドリノの思考が少し弾けた。そのまま受け取るな。うそだ。投げた石はヒントの数。弱点は正面で、狙いやすい場所だった。隠れた所を狙うという簡単な発想があればもっと早かった。


 ミドリノは疲れていた。それを隠さず、周囲を警戒しながらルキウスへよった。


「ところで、こいつは彼女に聞かれているのか?」

「その手の魔法の反応はない。配置した魔物の消失は認識されている。そもそも迷宮の運営はひとりでは難しい」

「思い出の迷宮って意味をたずねたいが」

「ああ、あの爆弾卵の時点でうすうす――」


 いつも調子でよってきたルキウスに、ミドリノの全力の戦技がのったハイキックが炸裂した。

 ルキウスはふきとばなかった。その代わりにとっさに防御した腕がこれ以上ないほどにぽきりと折れて、直角以上に曲がった。


「いってえだろ!」

「もう寄り道はなしだ。いいな」


 ミドリノが心持ち威嚇した。


「わかったわかった。これ以上はやめてくれたまえ、死んでしまう」


 ルキウスが折れた腕をぷらぷらさせる。まったく本気には見えない。


「また魔法じゃないのか?」

「回復に魔法を使ったんだ」


 ルキウスの腕がぐにゃっと元にもどり、彼が腕の動きを確認した。


「タケザサ君、神の使命をおっているとか、神の声を聞いたとかあった? 謎の遺跡からパワーを得たとか、僻地の無名の墓に誓いを立てたとかでもいいけど」

「どうした急に」


 ミドリノがまた妙な事をやりだしたと警戒する。


「君は短期間で強くなりすぎている。神から使命を実行するために力を授けられるなんてのは割とあって、そう、意外とありふれてる。予言がどうのと言ったしな」

「関係ない。開眼したのさ。いろんな戦技を見て肌で理解した。費やす力を限界まで増やし、発動時間を限定し、相手の属性も限定することで威力が上がる」


「やろうと思ってもできはしない。例えばゴブリン特攻の技は、ゴブリンとの多くの戦闘経験、それか特別な思いと血筋だ。仇であるとか、ずっとゴブリン狩りの家系であるとか、あとは特定の装備、短期間でどうにもできない」

「お前に対する恨みなら常人の一生分はある」


「私個人という条件は幅が狭すぎて無理だし、そんなに恨まれてねえ。関係性も仇とかにはおよばないし、命の恩人限定で殺すとかも狭すぎるし、ああ、人生最大の大親友ぐらいならいけるものかね?」

「条件のつけようでやりようはあるさ。巨人殺しとかは体格差があるほど効くという。同じ要領で砂の王の表皮を貫通させた戦士もいたようだし」


「フフ、まあいい」ルキウスはどこか満足そうだ。「本格的に要塞から出てきた」

「別に隠れちゃいない」

「最初のオーラからするとやはり育ちすぎだが――とにかくなかなかいない複雑な顔だと思って声をかけたんだが。前に出る無鉄砲な思考と、後ろからじっとりと覗く陰湿さが合わさっている。そこがいい。中身が見えそうで見えない」


 ルキウスはなんとなしに宙返りした。


「そっちは仮面で何もわからなかった。見えてきてがっかりか?」

「言っただろ。強すぎると」


 ふたりはそこから少し黙った。やがてルキウスが口を開く。


「元のルートに帰ろう」

「ああ、障害が消えたおかげでここは進める」


 二人が移動を再開する。

 ミドリノの中でルキウスの実像ができそうでできない。必要な何かをつかんだ感覚はあったが、それがなんの感触も返さない。


 こいつの本質は嘘つき? しかしソワラには馬鹿正直に自分の趣味の品を贈った。だが現場は見ていない。普通はろくに知らない相手に身内のことは言わない。

 だとすると、うそのためにあのコレクションを持っていたことに。それはおかしい。それにソワラの反応からするとしっくりくる。

 

 穏健な性格なのは確定だ。蹴っても怒らない。ふざける余裕はない程度には響いたようだったが。これで実は短気なら、会話がなりたたないレベルの狂人。

 まだ足りない。ソワラともっと話しておくべきだった。せめて何をやる気かぐらいは確認しないといけない。

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