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道案内6

「急いでいるな。人質は危険な状況か?」

「人質とは思っていないさ。ただの私をつりだすための目的物をどうこうしない。ただ……三人、バラバラに配置されると確保して逃げるとはいかない」


 ルキウスは迷宮の入口を無警戒にのぞきこみ、見知った家に帰宅する調子で侵入しようとしているように見える。


「待て」

「少し待たせても……怒りはしないだろうな」


 ルキウスは怒らせようとしているような口ぶりだが、ミドリノは意図を断定しない。思考中なのはあきらかで、彼は意図をはぐらかす癖があるかもしれない。

 艦隊を預かるにふさわしいミドリノの特別な直感でも、彼の発言をそのまま受け取ると矛盾のない人格像が構成できない。


 そして軍人であるミドリノに曖昧さはないが、現在潜伏中の自分のふるまいから推定するに、無意味な虚言を混ぜて物事の実像を絞らせない性分は自分の内にもある。そもそも、戦闘シミュレーションでは日常的にやっていることで、つまり、ややふざけて見えるルキウスは、常在戦場の精神性ということになるが――本人は奇妙な肉の門に対して無警戒だ。


「そいつの中身がわかっているのか?」

「いや、大量の触媒をつっこんで基本の魔法を拡張している。しかし迷宮だから本番は絶対に中だ。さっさと入ろう」


「獲物が罠の前で長話して、しかも片方がことさらくだらないことばかり言い続けて相手がイラついたとしても、入る前に解決案が必要だ。そいつが唯一の武器なんだ。それで俺のふるまいも決まる」

「まあ、手間をかけた仕掛けを眺めているのは楽しいものさ。話す時間ぐらいはある」


 ルキウスが迷宮を背にしてミドリノと向き合う。


「彼女は楽しんでない。お前とは違って」


 ルキウスはフラフラとそこらを歩き「この機会に好きなるかも」とほほえむ。


「彼女はお前のように愉快な想像をしてへらへらした気味の悪い顔をしないだろうし、好きになったとしても、今日お前との間柄を改善するものではない」

「私はいつそんな顔をした」

「お前が仮面の下で、四六時中酔っぱらった悪霊みたいな顔をして、鼻の動きだけで人類の愚かさを表現しているのは見えていた」


「してねえよ! そもそもがー、こいつは良いとか悪いとかじゃないんだがねー」


 ルキウスの話をまともに聞いていると混乱する。ミドリノはつとめて思考に集中した。


「過去に良い一致があったなら、いい過去を思い出す品から入って、そこから何を言うべきか考えよう」

「だからそれはまず贈った」


 ルキウスはなぜかこの失敗に自信満々だ。


「お前のコレクション以外で思い出の品は?」

「探せば、初めて一緒に死んだ記念の装備とかあるかもな」


 ミドリノは特に否定しなかった。

 しかしまったく喜びそうにない。彼女の趣味嗜好が多少特殊であったとしても。


「なら過去と現在をつなげる品は?」

「それは……思い当たらんな」

「彼女の情報を出せ」

「そうだな――」


 ここから聞き取りが進んだ。好きな食べ物、不明、妖精人エルフなのでたぶん果物。好きな生物、異星生物エイリアン、特にギャッピー。好きな色、シルバー。趣味、魔術。苦手なもの、醜い存在。友達、いない。

 性格、あまり人間が好きではない、敵は絶対に滅ぼす、異文化に寛容。行動傾向、ルキウスに追随する。ひとりの時の行動、不明。将来の希望、なし。戦闘力、世界を滅ぼせる。組織、属しているとはいいがたい。


「情報が少ない。というか情報が疑わしい」

「戦闘で、状況ごとにどう行動するかなら予測できる」

「内面だよ、内面。どうでもいい日常会話からヒントを拾ってくれよ、何かしたがっているとか、考えていることとかを」

「友達じゃあないんだから、そうなれなれしくはない。お前は同僚の詳細なんて知っているのか? ひとりで便所に行けないタイプなら失望だよ」


「戦友のことは嫌というほど知っているものだ」

「うちは戦闘終了、即解散なんで」


 ルキウスが貧乏人どもと一緒にしてくれるなと言う。


「どうしたものか、相手の情報なしで作戦立案など……」

「いまさらだが、君もついてくるつもりか?」

「行くに決まっている」

「中では戦闘を回避できない。トラップもあるぞ」

「迷宮こそ【道案内】生きる曲面だ。それに使命だからな」

「自己特別視などは未成年のうちに卒業しておくべきものであって」

「お前が言うな」

「私のどこにそんなゴミみたいな要素がある!?」

「有象無象がお前のようにふるまうものかよ。使命とは、その人間にしか果しえない希少な役割だ。どんなくだらんことでも、独占的な任務は使命なんだ。だから、お前とソワラとの間柄を俺が修復するんだよ」


「死ぬのを嫌がっていたが、この先の難易度は未知数だと理解しているか?」

「ひとりで戦って死ぬ分にはいい」


 司令官としての死は必然的に艦隊の壊滅を意味する。


「友達を無視するな」


 ルキウスの興味がミドリノに向いている。ソワラの準備の前で。実に節操のない男だ。考えるべきことなど、彼女をいかに攻略するかしかないというのに。


 ここでは、ミドリノに逃げの選択肢はない。

 部下はソワラの管理下。彼女が激高して叫ぶだけでも死にかねない。

 ほかに運命という言葉も頭をめぐっている。


 自分がルキウスに関らなければどうなった? 彼が単独で部下に接触し、この迷宮に誘導された。

 その場合、まずい結末になるのではないか。このまったく他人に興味がない確信的主観主義者がソワラと和解できるとは思えない。


 どうすればこの面倒な男が本気になるのか。こいつから空想的発想を遠ざけ、現実的な選択肢をやらせないと部下がやばい。


 いくらか空回りして、ミドリノの思考方向が反転する。

 違う。違うな。知るべきはソワラじゃない。以前として彼女への理解は乏しい。それは短期間で改善しない。

 思ったよりルキウスは自分を隠していない。しかしどうにも――ミドリノは部下や敵の人格を理解する訓練をしているが、それでも理解しにくい。ふわふわ浮いた雲のようで、集中するほどに実体像へ伸ばした手が空ぶる。

 推測に使える情報はそれ相当にあるはずなのに。


「使命やら運命やらが好きな奴はろくなことにならんよ」


 ルキウスが言った。


「お前が言うな!」ミドリノがどなった。


「え! なんで?」ルキウスが困る。


「ああ、ああ、こいつはクソ運命だと思ってるから心配するな。ところで予知というものを信じるか?」

「どのレベルの?」

「千年先がだいたいわかるぐらいだ」

「そんなもん確認できん」

「できるという前提で話せ」

「予知能力とは、普通の人間が認識できないどこにつながっているのかわからない紐を感じる能力と解する。より多くの紐をつかみ、その引きの意味を解釈し、言い訳がうまい人間が予言者となる」

「お前みたいな奴だな」


「私が予言なんてするわけがない。とにかく一般的でない情報を解釈するのが予知だ。できる人間はいる、単純にその時代は未発展だった分野を研究していただけで、後世ではただ技術に分類されるかもしれない」


「ならば予言はどうだ。予言は当たるものか?」

「予言でもされて森に来たのか?」


「そういうわけじゃないが、そう口の軽い魔法使いはいない。千年の予言が成就するか知りたい」

「だからそれはわからない」


「なら予言が秘匿される理由を知りたい。予言成就のためには努力でもして、組織などを作るべきだと思うが」

「だって予言だしね」

「ひとりで納得するな。昔からお前のそういう所が嫌いなんだ」


 これにルキウスがおちつけよというジェスチャーをした。


「はっきり予知できても――確実なほどまずい。それを外に出した時点で影響が出て因果が変わってしまう。それでも予言どおりにしたいなら、徹底して予言の現場にいるか判別できる情報を消さないといけない。誰かがこれは予言の状況だと勘違いすれば、致命的に因果が狂う」


 確定した予言なら誰にも言うべきでないことはわかっている。不吉でない予言が外に出ること自体矛盾している。


「つまり気長な予言を完結させたい人間は、一子相伝で予言を語り継ぐわけだ」

「別にそんなことしなくても、限られた人間が入る所に碑文を刻むとかでもいい。予言の伝承がある地域を知っているのか? なら知りたいが」


 ルキウスが興味を示した。


「教える? 俺がお前に? 逆だろう」

「話をふっておいて」

「それなりに経った。入るとしよう」


 ミドリノが迷宮に向かいルキウスが止めた。


「入るときは同時だ」


 二人は同時に迷宮に飛びこんだ。


 迷宮の基幹はざらざらとした石で、床も天井も壁も同じ材質だ。それらは不安定な図形で構成された紋様で満たされ、たまに人ではない石像があり、あらゆる不合理を詰め合わせた生物が描かれたレリーフが定期的に天井に配されていた。


 その上を、ときおり青い光が走る血管が無数に走っていた。これがいくらか迷宮を照らし、迷宮内は暗めだが視認でき、ところどころに大小の臓器的な物体がはばりついていた。


「なんなんだ?」


 ミドリノは異様な環境に警戒した。


「遺跡系か」

「想定内だな?」

「普通に魔法で出せる範囲だ」

「この不気味な肉はなんなんだ」

「ここは魔法で異星人の遺跡を構成している。そいつは環境を構成する一般的な生物、無害。かじりたいなら止めない」

「非人類な要素は感じるが」


 ミドリノは棒立ちできょろきょろする。


「美しいか? 恐ろしいか?」ルキウスは得意になっている。「既知の知識大系になければ、ゴブリンの糞とて神秘的だ。あいつらみたいに無知になりたい」


 ルキウスはさっさと前進する。少し進むと入口が閉じてしまった。それを気にせずルキウスはずんずん行くので、ミドリノもそれにならう。


「対応できると認識するぞ」

「怖くないのは確かだ」


 迷宮は今のところ一本道だ。そのまま三分ほど進むと、はるか先の通路の暗がりで動くものを認めた。ぼこぼこした床がこちらへ接近してくる。


 でかい虫だ。虫の絨毯がこっちへ来る、逃げ場はない。

 ミドリノには高速で地をはう大きな奇妙な虫としか理解できなかった。


「あれがギャッピーだ」

「あれかよ!」


 ソワラが好きな生物。説明が足りない。


「ひたすら斬りまくれ」


 ルキウスが冷静に前に出た。

 ギャッピーの群れは加速し、鋭利な角をたのみにどんどん彼に向かって飛びあがる。多くは彼に行ったが、三匹がミドリノへ来た。


 彼も刀をふるう。ふとももあたりへ跳躍してきた個体を切り払う。深い切れ目を与え、弾き飛ばしたが両断に至らない。見た目より軽く力が加わらなかった。それに全力ではなかった。続いてきた残りの二匹を渾身の一撃ではじく。片方が霧になったが、もう片方は背に大きな割れ目を背おいつつも健在。


「ほれがんばれよ」


 ルキウスは軽快な足取りで後ろ歩きをしつつ、剣の腹でギャッピーをことごとく弾いている。彼に合わせてミドリノも後退しつつギャッピーを順次弾く。


「なぜ斬らん。そもそも魔法で一網打尽ではないのか」


 ミドリノは切断にこだわるのをやめ、力任せにギャッピーを打ちはらった、衝撃でギャッピーの体が陥没し、黒い汁が飛び散った。ギャッピーが転がり、黒い霧になって消える。


「魔力を節約している」

「潰さんと終わらんぞ」


 敵は三十以上いる。増援の可能性もある。


「こいつらの突撃は間隔があく。かわしてそこを狙うのがいいんだが、数が多いからな。かわすと後ろにまわられるし」


 ルキウスが打ったギャッピーは見事なまでに角が圧縮され頭まで潰れて死んでいく。角を垂直に打ったらしい。


 そして最初の突撃で残った個体が、大量に突撃してきた。

 それが到達する前にミドリノも冷静さと分析眼をとりもどす。ギャッピーは旋回能力が低い。横歩きは可能だが遅い。加速には助走が必要。


 最初の突撃さえ防げば余裕はある。包囲されるのはまずいが、近くにいても加速していない個体は有効な攻撃手段がない。


 足を使って突撃をかわしつつ、減速している個体を叩き潰していく。すぐにギャッピーは全滅した。

 

「さて、今のは悪い対処例です。どうすればよかったと思いますか?」

「いったん後退して、追手を分散させる」

「正解は最初に魔法をぶちこむ、です。ギャッピーに限らず、固まった群れには範囲魔法です。ソワラなら火球ファイアボールを撃った」

「お前が魔力を節約したんだよ」


 この後もギャッピーの襲撃が続いた。一度も同じパターンはなく、天井や壁を駆けてくるときがあれば、道が分かれた場所での挟撃や、突撃せずにゆっくり包囲してきたり、細いひび割れの奥に潜み通りすぎたところを後方より奇襲など多彩な襲撃を受けた。


 その戦闘中ですら呑気な会話が続く。


「ある所で魚が釣れたとき、次もそこで釣れると考える者と、そこではもう釣れないと考える者がいるが、君は?」


 ルキウスは余裕があるが、ミドリノは神経をとがらせている。

 挑戦性の計測? 統計とオカルト、経験と理論といった対立の香りがほおを撫でるが、この条件では趣味の問題。


「お前は?」

「場所を変える。変わるのはいいことだ」

「俺は、その場の魚が去ったとしても、同じ所で工夫するさ。生息可能な条件は担保されている可能性が高い」

「より深くか。だから迷宮にも入る」

「関係ないな。ここには運命を感じている」

「すなおに評価されない年頃だな」

「こいつはなんの話だ?」

「特に意味はない」


「占いじゃあないだろうな」

「疑り深いな。ごく一般的な友達との時間だ」

「化け物だらけだがな」

「ごく一般的な状況だ。ところで占い嫌いなの? 会う人全員につきあいにくいって言われてるだろ?」

「お前が俺の選択を根拠にくじびきでもしてソワラへの対処を決定して、俺に責任をおしつけることを危惧しているんだ」

「それはいいな!」


 ルキウスが喜ぶが、ミドリノはまだ戦闘に余裕がない。


「いい加減に本気で問題に取り組め」

「問題を解決するのは彼女であって私じゃない」


 馬耳東風とはこのことだ。

 ミドリノは話が終わるころには、今の自分の身体能力では多数でもさばける敵だと理解した。地を走る矢であるギャッピーだが、自分には突撃がはっきり見える。

 さらに新手の進路へ叩き飛ばしてやれば、次の突撃を弱める。


 ただし、ギャッピー自体の種類は少しずつ変わった。彼らの能力が上がっている。


 ミドリノは何度か突撃に接触した。武器である角は避けたが足を引っかけられると切れそうだと思った。それでもダメージはない。


 しかし、さらに酸を吐く固体や、粘着液を吐く個体が混じり始めた。ルキウスが警告しないものでミドリノは泡を食ったが、何よりも回避を優先してかわした。


 そして最後には――

「クソ!」


 ミドリノはギャッピー三体の突撃をまともに下半身に受けた。それを即座に切って捨てる。そのまま戦闘を続けて全滅させた。


「君の場合は、素手でさばいたほうがよかったかもな。傷は治せる。復活もだよ」


 ルキウスがすぐに治療した。といっても傷の深さは五ミリほどだった。一キロ以上ある矢が刺さったと考えると奇跡的な軽傷だ。


「その復活が信用できん」  

「実績はあるぞ」

「まったく同じ人間の複製を出せば、死んだ奴は死にっぱなしじゃあないか。そういう交換とか、お前ならやりそうだ」

「一度死んでくれれば証明してみせるが」

「恐ろしいセリフだな」


 ミドリノのルキウスに対する信頼が微妙にぐらつく。

 殺すために魔法を控えているのではないかと思える。

 【道案内】を頼りに進み、倒したギャッピーを数えられなくなった頃、複数の通路に接続された広場に出た。珍しくルキウスは入口付近にとどまる。


 高くつもった互いにくっつきあう卵の山が十か所ほどにある。すりガラスのように中が見える卵は両生類の卵に強化した強固さと粘着性がある。


 ルキウスが一歩部屋に入った。


 瞬時に床と天井をつなぐ黒い柱が現れ、すぐに消えた。柱があった場所には不健康な青色と毒々しい緑が混じる魔物が出現している。高さは四メートルほど。


 四角い野性的な顔からは、下に先に向かうほど顕著に太くなる腕が生え、顔の下についた球状の胴体の下部には無数の濡れた触手が密生している。体は腕に支えられて浮いているが、長めの触手は床に届きそうだ。


「侵入するカップキャプか、まずは卵を全部潰すといい。さあやれ」

「はあ!? やるぞだろ? そもそも卵になんの意味が」

「いや、私は牽制にとどめさせてもらおう」

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