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道案内2

 二人は町を出て森を歩く。


「今から我々は友情を学びます。これは人間関係の初歩だと言えるでしょう」


 ミドリノには、うそを言っていないように聞こえる。そこが怖い。


「聞きたいのは、これから何をやるかなんだがな」

「これからすばらしいことが起こります」

「それはそっちだけだ。俺の視界にへばりついてる目標まで行くんだよな?」

「目標の達成までには危険があるので信頼関係が必要なのです。私はタケザサ君を完全に信頼していますが、タケザサ君はどうも人間不信気味のようだ」


 親切か讒言か。気配は真心よりは虚飾。しかしどうにも悪意はない。


「危険地帯に連れ出される程度には信用している」

「なら友達だ」

「いや、違うだろ」

「話をややこしくするな!」ルキウスが声をはった。そして語るように述べる。「友達とは何か?」


「多感な年頃かね」

「……友達とはなんですか?」

「自問自答にもならねえ」

「…………友達、電気が出せる……ほかは、いや……あまり会わないし……」

「時間稼ぎか?」

「そうだ!」ルキウスがひらめく。「友達とは助け助けられる関係です。規定回数は一回以上です」


 感性と論理とどっちが優越しているのか。どっちもないかもしれない。


「どうかな。共益関係ではない状況でこそ発揮される利他の意思こそが関係の特別性だと思えるが」

「無難にしたのに文句を言うな!」

「お前がかってに悩んでいるんだ」


「ならば私が友達だと思えば、あらゆる要件にかかわらず友達です。私が認識するなら、ほかの誰かと誰かも友達です。友達認定家です」

「ならばってなんだ。相手の気持ちは?」

「相手が何考えてるかなんてどうでもいい。主観上の概念に分類されることは確実だ。その判断に他者は介在しえない」

「二者を紐つける属性であるなら、相互に同様の認識であることが前提だ」

「他人の認識など確認できるものか。自分の頭もわからない。いいか? 私は五分前の私の考えをまったく理解できない。五分後の自分が何をやってるかもさっぱりだ」

「そこはせめて一年ぐらいの期間を設けてもらおうか。不安になってくるから」


 気軽に返したが、嫌な所を突く。思考を完全にスキャンできる時代だが、完全に一致することはありえない。

 脳内での思考言語上の相互認識は、一致しうるが、その認識を補強する思考ルートの質と数は、有機的神経回路と数値化しがたい経験によって保障される。

 思考同期を繰り返した双子ですら、言語定義の一致は困難だ。


「とにかく、君は現在の私の友達です」

「両者の相互認証は公的な印象を無視しうると?」

「一定の規模の社会下でしか発生しない概念だと主張するかね。ならば獣に友達はいないが」

「お前の基礎は自然のことわりか」


「自然から遠い君にとって、友達とは何かね?」

「資本に限らず無制限の融資枠を提供してくれる存在」


 主に精神的な部分で。


「俗人は欲深い。近いことは可能だが」

「可能ときた」


 下手につつくと、どんな魔法とやらが飛び出すかわかったものではない。


「さて、目的地だが」


 ルキウスが話を切り替える頃には、森に人々の生活痕は感じなくなった。それは鉈で道を作りながら進む必要があることを意味したが、彼の近くの下草やはりだした枝はおのずから道を作っている。


「昨日、これが示してる方向と距離は教えたが、そこには何があるんだ?」

「あそこにお宝はないぞ」

「だからどこだ? そもそもこの町がどの辺りかわからねえだからな」

「カポ族知ってる?」


 やはりか、とミドリノは得心した。


「俺が民族学者に見えるのかい? それともどこかの民族に入ったとでも?」

「君の目的地は彼らの村の中だ。それ以上は、君がなぜ砂漠を越え、この森に入る危険をおかしたのか知る必要がある」

「不本意ながら流れ流されて。その発端は語りたくないが、不都合な事故やくだらないヘマの巻き添えでこの森まで流れてきた。だから目的なんてものはないのさ」


 うそでもない。ミドリノは生まれた時から大船団で宇宙をさまよっている。選べる進路は限られ、大きな選択ができるのは、植民惑星や資源衛星に関わるときだけ。そんなときのために、主体的判断能力と、できるだけの自由と、情報の海に接続できる権限を維持しようとすれば、軍人か官僚で出世するしかない。


「くりかえすが、カポ族の村に一般的な宝はない。金銀財宝ならテケテコパンのほうがよほどある。あそこにあるのは筋肉だけで――ああいや、あるにはあるが私には無反応のようだし」

「実はあそこにいたのさ」

「へえ」

「でかい虫の大群と木の化け物に追われ森に深入りし、筋肉野郎どもにぶん殴られて捕まった」

「彼らの領域に突撃するとはチャレンジャーだな」

「この森のことは知らん。砂漠からは遠目に緑を見つければ、入らない理由がない」

「きっとタンポポが嫌いなんだろうね」

「はあ」


 ミドリノは意味を理解しかねた。


「彼らは紹介のない来客は認めない。私のように神々しくないかぎりは」

「そんな空気だったが、あの村で、あきらかに彼らと別の存在を見た。美しい妖精人エルフの女だ」

「いや待ちたまえ、本当にその妖精人エルフに興味が?」

「まだ何も言ってない」

「おい、狂ったことを考えているんじゃないだろうな?」

「どうした急に?」

「いや、こっちの予定では」


 ルキウスが口ごもる。


「そんなにおかしいか?」

「彼女は村に常駐していないはずだ」

「彼女を知っているのか?」

「存在は認識している。ほかに興味をひく存在があったはずだ。宝でも人間でも、あるいは何かが埋まっていそうな場所、墓なんかも怪しいが」

「ほかに気になるものはといえば、妖精のような者がいた。子供ぐらいの身長だが、よく見ると人間で、ちょこまかと動く奇妙な生物だ」

「そいつは三人?」

「ああ、三人はいたな。あれは興味深い」

「ええ……その小人を殺そうとか」

「思ってねえよ」

「それに特別な興味を抱いた?」

「何かは知りたいだろう。見たことないものなんだぜ。君たちはなんですかってきかないとな。まあ、そうしたいとは感じたと思う」

「なら目的は確保か? 一度手渡してもいいが、強制的に買い取る」

「自分が本当にあれに興味があるかはわからん。夢を感じている存在だが」


 そう、先祖が宇宙で初めてポフレッタに遭遇した時は、巨人だと恐れられ、逃げまどわれ、調子にのって追いかけたらボコボコにされたらしい。彼も同じ立場ならそうなったと思った。

 ここでは追わずともボコボコにされたが。


「ほかは、村に形見でも忘れてきたとかあるか?」

「いや、大事な物は持っていない」

「目標が人の場合、会話が目標になる場合もある。これは相手が応じる必要があるのが厄介だ。ちなみにカポ族に復讐したいとかはある?」

「奴らとは二度と顔を合わせたくない。ちなみに途中で目標が喪失するとどうなる?」

「自動的に一定範囲内に存在する同条件の目標が選択される。確実とはいえないが」


 目的地が単独なら、きっと付き合いの長いテロテロだ。彼らはそう自由でないらしく、視界に表示される距離の変化は微弱だ。

 意外と自分は部下思いなのだと知らされる。軍事的には、通信機の確保が最優先だ。ここの情報を軍に送ることが部下全体を助けるはずだが、そう感じてがいないらしい。


 現在の目標はテロテロの救出だろう。そして目的が達成されたなら、立場が露呈するのを防ぐことはできない。


「クイッチャは来ないのか?」

「クイッチャはあれの肉を神にささげるのに忙しい。どっちにしろ強行突破だ。彼らに陽動は無理だし、戦力にならない」

「戦闘になる前提か?」

「そうだが……ふーん、君はやはり夢想家らしいな。魔道具でも求めているのかと思ったが。歩くには遠い。まずは転移する」


 そう言ったルキウスがミドリノの肩に手をおくと、景色は変わっていた。視界に示される目標までの距離は、十二キロほど。


「歩きながら話そう」

「まだ距離があるようだが」

「近くに飛ぶと気づかれる。ここでも危うい」


 ここでばねの跳ねる音を聴く。木材のきしみ、枝が跳ねる音。自然には発生しない。音源は特定できずも、追加で上より風を切る音。回避行動をとるも、より鋭敏な動きで頭上よりの気配が迫る。追加で、動きあり、生物。

 即座に抜刀、屈みつつ上方を斬った。重いゴムを叩く感触。斬れていない。同時に刀を握る右手に冷たいものが絡みつき、重い。余裕で人を食える大蛇だ。口は不自然に割れ、皮が頭蓋骨をめくって異様に開かれている。ヘビのようだが骨格がおかしい。


「おお、反応するか。感性がとんでる」


 ルキウスはウキウキして距離をとっていた。


「助けろ」


 声を出す間にも大蛇が右腕を締めあげにかかり、ルキウスは助けるつもりがないと悟る。

 すぐさま鞘で大蛇の顔を牽制し、右腕を抜くには邪魔な刀を上に投げ、全身をひねって、何重にも巻きつこうとしていた大蛇から逃れた。

 同時に落下してきた刀の尻を蹴り、大蛇の腹を突いた。しかし刺されない。


「君も正統の動きじゃないな。自由な発想だ」


 あいにく訓練を重ねた武器を足で拾う動きだ。すぐに刀を拾い、大蛇の追撃を前転でかわした。


「どういうつもりだ!」


 ミドリノが大蛇をにらんだまま休憩中の仮面にすごむ。


「心配するな。そいつは巻きついてから丸呑みにする。いきなり急所に牙を突き立てないし、毒もない」


 そんな問題ではない。側面へ回りながら頭より遠い胴体を斬ったが、今回もゴムの塊を叩いた感触だ。皮も筋肉も固い。

 ヘビが鎌首をもたげてためを作り、また鋭い牙がくる。これを打ち払うも斬れない。こいつの皮膚はあの砂の王より硬い。さらに重く、刀は自分が動くように作用し、衝撃で数歩を後退した。いや、押しこまれた。噛まれずとも、あの太い紐で強打されるだけ頭蓋骨を割られる。

 ルキウスはただ突っ立っている。


「クソが、友達はやめだ。こいつは砂の王の何倍も固い」

「それは刀の質の問題だが、まあ、この辺りの精鋭戦士の五、六人で袋叩きにする相手だ。普通は逃げるだろうな」

「あいつらが逃げる時点でかなりの怪物じゃねえか」

「よくわかってる」


 勝てると思っているから見ている? ミドリノがその発想にたどりつくと、刀を大蛇の頭に向けてまっすぐに構えた。

 そして大蛇が全身をしならせて完全な突きを放てる距離。異様な口が開かれた。長い全身がかすむ速度の噛みつきが来る。その喉奥が狙い。


 刀は口に入ると、ガンという手ごたえがあった。刺さりはしたが貫けていない。後方へはねとばされる。その勢いに身を任せ、方向だけを操作、ゴンッと衝撃があり止まる。背後のがっしりした木に柄がぶつかり固定されていた。大地の固定が柄から切っ先におよび、頑強な上あごより脳と脊髄を貫いた。大蛇が倒れる。彼は刀を引き抜いた。


「まったく、お前は戦わないのか? ええ? 善人様よ」

「ちょっと友達の戦いが見たくなった」

「なら、お前の友達名はクソ役立たずだ」

「おお! 五分前は友達に罵られるなんて考えはなかった。私は森で遭難していた君を助けてあげたのに! ショックで心を病んでしまうぞ、大変だな。なお、ヘビが出たのは予定どおりだった」

「だろうな! この道を選んだのは貴様だ」


 ミドリノは死体を一瞥すると納刀した。


「刀は気に入ったようでうれしいよ」

「悪くはないが、槍がよかった」

「木でとりまわせないさ」


 ルキウスがおもむろに大蛇の死体に歩み寄り、ネコパンチで首を落とした。理解しがたいが、間違いなくネコパンチだった。血が断面から流出する。


「さて」


 ルキウスが大蛇の尾を持った。そして自分を軸にして全力で振り回す。大蛇が猛烈な勢いで回転する。


「おい!」


 ミドリノはとっさに伏せている。


「血抜きだ」


 大蛇がミドリノの頭上をビュンビュン通る。ルキウスはそれを納得するまでやって辺りを血だらけにすると皮を剥がした。


「飯にしよう」

「朝飯なしだからそいつはいいが、急がなくていいのか」

「【道案内】で、目標に動きがあればわかる。方角の動きは意識しておけ」

「方角、距離、ほぼ動きなし。生肉はやめてくれよ」


 ルキウスがローブの中から鍋をとりだした。さらに地面より石がもりあがり、かまどが形成された。

 彼はそこにきざんだヘビ肉を放り込んだ。


「共に食事をする。友達っぽいよな」

「……そうだな」

「つまり友達システムは一定の行動で与えられる友情ポイントに従って自動的に友達を認定するということかね?」

「知らねえよ」

 ルキウスは白みのある柔らかそうな肉をローブの中から出して鍋にぼちゃぼちゃ放りこんだ。


「どこから出しやがった?」

「亜空間袋持ってる」


 ルキウスが背中から袋を前に回して見せる。


「ヘビの肉は硬い。この魚は油っぽい。見ろ、お高い魚だぞ」

「そいつはすごい! と言うべきか?」

「深海魚だから高級品だ。でも油っぽいからこれだけではバランスが悪い」 

「そして肉のうまみを吸うのがこれ。トウモロコシの塊。ここは豆粉よりこっちだよな」


 ルキウスがパスタの一種を鍋に追加した。

 トウモロコシが何か知りたいが、穀粉となれば常識的なものだろう。


 さらにルキウスは黄土色の粉末をつかんでパッパと鍋に入れた。癖のある芳香が漂ってきた。


「それ、危険薬物じぇねえよな」

「健康的なものしか入ってない」


 ルキウスはさらに草を入れている。野菜にしては固そうだが、野生種の中では食用に適したものだろう。そもそも、遺伝子改良を重ねた種がここにはあるのだろうか。


 いい匂いがしてきた。三人の食環境が心配だ。ナノマシンが効いてる間は病気はないが、栄養は必要だ。


 ここでルキウスが立ち上がった。


「最後に土どばー」

「正気かよ!」


 急の異常行動にミドリノが立ち上がる。鍋は大量の土で埋まってしまった。


「冗談だ」


 ルキウスが動かずに言う。


「何が――」


 どう考えても食えたものじゃない。

 しかし次の瞬間、山盛りになった土砂の隣に、かまどの上で加熱される鍋が出現した。


「幻影というものか」

「鍋の位置をずらしただけ。君は人を信用しやすいようだな。匂いはずれていたはずだが」

「……そうかい」


 言い返す気がわかないミドリノが座りなおす。


「ところで、君はある日宇宙人に会ったらどうする?」


 ルキウスが火を見ながら問いかけた。


 宇宙人、より包括的には宇宙生物。人類の歴史で印象が変わってきた言葉。

 ミドリノは、イジャ、それに類する脅威を思う。今の船乗りは皆そうだ。

 それより数千年前には、アールヴなど異人種の同盟者。癖のある隣人。

 宇宙開発時代は、扱いに注意が必要な生物資源であり、希望だった。

 宇宙進出時代には、あらゆる種類の超越者であり、夢だった。

 最古には、神話や異世界の存在。


 帝国とやらの文化水準は宇宙進出時代。だがルキウスはイジャを知り、ポフレッタを知った。

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