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道案内

「俺だけど、今何してる?」

「再興団で、臨時電波施設の警護」


 スカーレットは締まった声で応じた。

 彼女は貴重な現代人、外の世界が絡む状況では現場で判断が下せる人間として探査機が降下しそうな場所に配置されていた。同様に貴重なアマンは宇宙との通信を試みている。


 再興団は彼女と同じアリール族の若者の集団だ。かつて生命の木の庭をただたどしく歩いていた彼らもこの十年で幾分か育った。誰もがマウタリと同じく清らかな心根を有し、いまいちルキウスになつかない。


「今度は何やらかしたの? 小さいのが脱走でもした? それとも超兵器の襲撃?」


 声には、親しみと挑戦の色が混じる。


「彼らの回収は順調だ。予告もせずに世界中に落っこちた連中の大半を確保したから、絶対に順調だ」

「速攻で相手方を憤怒させたとか? 対空戦闘の準備はあるけど無理でしょうね」

「通信は無反応。認識してるはずだが、こうなるとこっちに電波を乱す要素でもあるのか。衛星は機械製だが、通信形式部分は魔法だったのかもな」


 相手はもっと発展した通信形式を用いているのかとも思ったが、上陸艇には個人向けの電波通信機があった。すべて壊れていて、彼らも修理できない様子だった。


 宇宙で交戦していた大艦隊は姿を消した。イジャ同様にこちらを警戒して月の裏にでもいるのかもしれない。あるいはイジャの痕跡の調査か。

 それでも惑星が無視されるとは考えにくく、ステルス能力を有する小型艦と、そこを拠点とする小型探査機が地上を監視しているに決まっている。


「なら、なんの問題?」

「なぜ問題だと決めつける?」

「あなたの狩りには、私は関係ないもの」

「ソワラが怒ってて接触できない。すごく怖い」

「あら、見つけたの?」


 スカーレットは心から意外そうだ。


「見つかった感じだが、とにかく放置しすぎたか」

「自覚があるなら謝れば。送り出してそれっきりじゃない」


「今は仕事が忙しいから」

「あなた、会社員時代から研究者時代まで言わなかった定番言い訳使ってんじゃないっての」


「いいかい? このまま行けば大事な仕事があるんだ。本当だよ。何をやるかは知らないし、いつかも知らない。信用してくれるね。だから協力してくれ」

「ふざけてんの?」


「とにかく誰かのために何かをやらねばならない。ほかはそれを終えてからでいい。宇宙人回収がその第一段階だ」

「ならそうすれば?」

「それがなぜかソワラがあの小人ハーフリングもどきを三名おさえてて」

「……あほなの?」

「俺の責任じゃない。君から説得してくれ」

「私に可能だと思ってる?」

「できると思うよ」


 ルキウスは別にふたりが親しいとは思っていない。それでもただできると感じる。この勘には自信がある。


「……そもそも、彼女がなぜ怒ってるか理解してる?」

「長いひとり旅が、不運な展開の連続によりストレス展開で不機嫌」

「脳天に一発ぶちこんであげましょうか?」

「いや、だってなんもしてないし」


「たしか、あなたが帰ってきた時に自分を探してくれたことを褒めて、あなたは消えてた期間の事を思い出そうとしながら、楽しそうに彼女の道中の話を聞いた。あなたは何も思い出さなかったし、ぐちゃぐちゃした波打つ街並みと卓球対決した気がするとか、果てしなく適当な話をあったことにして納得してたけど。

 それで今度は目的を探す旅がいいとか言って、激変する世界の情報収集を兼ねて実績のある彼女に行ってほしい、未知を教えてくれ、それで後から思い出作りに合流しよう、一緒にあらたな目的を探そうって言った。ご機嫌で出発したものよね。それが三年ぐらい前だっけ?」


 帰還してから、ソワラがべったりついてきていた。なんとなくアトラス時代を思い出したものだった。

 そして今は思い出作りする予定だったのを思い出した。


「帰還した時、彼女は長く世界を放浪して、それなりに知り合いもできたようだった。あの機会に外の居場所の一つぐらいはできてもいいと考えた」

「それって緩慢な放逐よね」


 スカーレットがあきれる。


「いずれ合流する予定だった。同族のいないメルメッチにエヴィエーネ、マリナリすら外の社会でうまくやってる。あんな感じになったら行こうってな」

「あなたがそれができないように作った」

「そんなことはない」


「そもそも妖精人エルフの時間感覚じゃなかったら、一か月ぐらいでキレてる。妥当な怒りよ。むしろ支援砲撃してやる」


 ルキウスは非難されながら記憶をたぐった。


「一年ぐらいは定期連絡が来てたが。いつからか来なくなった」

「一度もあんたから連絡してないでしょ。私もされたことないもの。どうでもいい報告は大量に来たけど」

「楽しい旅行を邪魔しても悪いし」

「本気だから嫌になる」

「必要なら彼女から連絡するはずだし」

「……呼ぶ大義名分がなかったのかもね。重大発見でもあれば絶対に呼んだと思うけど。あの子に限っては、友達できたから紹介しますはない」

「俺意外とは連絡とってるんだから。安全とはわかる」


「あんたらしくない距離感」

「女性はあんなものだ」

「ここに来てからしばらくして、サポートと微妙に距離あると思った。今ならわかる。サンティーはサポートから逃れるために連れてきた。サポートとべたべたするタイプじゃなかったけど、ここで人見知り出してくるなんて」

「AIと話しこむのは気がとがめる。罪深いんだよ。もちろん指示とかじゃない。世間話とか、精神的に依存するような会話だ。理解できないか?」

「今はAIじゃないでしょ」

「わかっている。君はサポートとはどうだった?」

「こっちで?」

「どっちもだ」


「戦争用の構成ビルドだったから、タドバンみたいなものよ。つまり高度な自律兵器」

「事務的なつきあいだな。軍隊的な枠組みの親しさがあったとは思えんが、戦争が長かったからあるか」

「仲間とは認識してる」

「家電と話しこむ趣味ある?」

「愚痴を言うには最適な相手ね。とてもありがたい存在」


「こっち来てからでも信用した?」

「それなりのつきあいだもの、知らない人よりはいい。あんたと違って拠点とかないし、治安のかけらもなかった。でもうちのは独立心旺盛で、自分のやりたい方向に行ったけど」


 スカーレットのサポートは彼女と並べて使える歩兵五名で、揃うと特殊部隊といった感じだったらしい。なお、ルキウスがその状態を知らない。


 純粋な火力要員で性質の近い職業クラス同士で相乗効果が少なく 誰かが欠けてもバランスが崩れない。だからしがらみがなかったのだろう。ルキウスのサポートほど強化されておらず、二名は戦死している。三名は帝国を出た。

 彼女たちは自由だった。ルキウスとサポートとは違う。

 それはスカーレットが最初からサポートを重視しなかったことが反映された人格ではないかと推察されるが、検証できない。


「昔のことはどうにもならない。まずは謝ることでしょう。それでどこまで説明するかは自分で責任もって」

「どうやって?」

「子供なの? いえ、これで大人だった。順調に悪化してるわ。そもそもあんたにとってあれはなんなの?」

「元AI」


 即答というほどの速さではなかったが、迷いはなかった。


「本人が理解できないでしょう。それを言うのは気が進まないという感性はあるみたいだけど」

「なら、思い出の自転車の売却益と、愉快の大学生活を削って捻出した予算と、バイト代から生まれた妖精」

「殺されれば。私も狙撃で参戦するけど」

「事実ベースでの表現を模索するとだな」

「あの人より細かいし、陽気な勢いだってない。縛られたものよね。美化するなら美化を徹底なさい。そもそも自分も作り物だって言ってたじゃないの」


 スカーレットは成長につれ年長者の態度をとるようになった。これが元々の夫婦関係と同じかはわからない。


「違うな。複製かどうかなんてどうでもいい。誰しも一秒前の自分とは別物だ」

「また何かが気に入らないけど理由はない?」


 スカーレットが皮肉的モードになる。


「問題は連続性の欠落だ。俺とサポートとの整合性の欠落もだ」

「もっともらしいことをごちゃごちゃ言い出すのは単に嫌なだけ。なぜ嫌かが問題なんだけど」

「だって、こっちが構築した人間関係でもないし」

「ならあなたにとって今のあの子はなんなの?」


 今を語るに過去は切り離せない。

 ソワラは作成当時おおいに役に立った。最初は火力として頼りなく打たれ弱かったが、レベルに応じて順当に強化された。

 共に成長した。どのプレイヤーよりも長く顔を合わせている。


 それでも友達ではない。人とは違うとはっきり認識できた。ほかのプレイヤーと違って毎日毎日雑談したりはしない。

 あくまで電子機器の一種だ。そう認識させる明確な差異がある。


 サポートはリアルの話に応じない。いっさい理解せず、おおまかに相槌を打ってくれる程度の反応。脳波の感情ラインだけ読んで曖昧に応答している。

 強烈な違和感を避ける言い回しをするが、人格が変わったと認識できないほど盲目な者はまれだ。


 ただしそれ以外、アトラスの世界感に沿った会話ならほとんどの人間は違和感を生じず、人間と認識できる。アトラスの世界の人間としては、リアルを無視するほうがむしろ自然。


 だがルキウスは、意思疎通をこの範囲内にかぎってもどこまでもかみあわない不自然さを感じた。彼にとっては明確に人を模した何かだった。


 それでも彼らの自主性独自性を嫌ったわけではない。

 サポートにはプレイヤーにないメリットがある。自分を知っていることだ。プレイヤーは自分の腕力の数値がどれほどの敵に通用するかを理解していないが、サポートはアトラスの住人だから、感覚的に自分を知っている。

 この要素は頼ったし、相談もした。訓練相手としても最適だった。


 強力な魔物と遭遇した時、知識や経験から退却を進言したりもする。

 ルキウスはそのような進言をあらかじめ拒否していた。自分の冒険だと思っていたからだ。だから戦闘中の会話は最小限。


 それでも彼女こそがクエストNPCとは異なるアトラスの世界の導き手であった。ゲームのキャラとしては最も重要で、アトラスの記憶をたぐるたびに感慨を呼び起こす存在、アトラスと切り離せない、よい思い出だ。

 ただしひとりの人間ではない。


 ソワラを初めて召喚した時「よろしくお願いいたします、アーケイン様」と言った。

 それになんと返したか。記憶にはない。会話を用意していなかったので大したことは言ってない。好きな色でもたずねたか。

 早い段階で下の名で呼べとは言ったはずだ。


 いくらか考えるも、生身の彼女の位置づけははっきりしない。第一のサポートというのが正解の範囲内にはあるものの、これまで避けてきたことが響いているのだ。


 ただ、彼女にとってルキウスが何かということを理解できないとは気づいた。

 パートナーで彼女との関係は始まった。今はもう二人ではない。大勢いる。


 そこにスカーレットが言った。


「永久にひとりで生きるつもり? あなたは本当は誰もいらない」

「仲間も友人も増えている。長い人生を有効に使える程度のペースで」


 スカーレットはこの言葉をまったく無視した。


「子供っぽいのにかわいげがないってものよ。ことあるごとに友達探してるけど本当はいらないでしょ。友達に数えられる数値を何かのために確保してるだけ」

「いや、日々真剣に友人を求めている」

「もともと友人なんていない。あなたが気に入る人は、友人じゃなくてちょっかいかけて遊べる相手。向こうでも何人かいたし、泣きつかれたものだった」

「毎度思うが旦那像が酷すぎないか」

「あなたが積極的に行動するのは自分の世界を増築したい時で、外方向にやる気を発揮するのは嫌がらせをする時だけよ。それだって本当は自分の興味の探求かもしれないっての。内向きに思考して、外向きに暴れるの」


 緑野茂には、ほぼ学生時代からの友人しかいなかったらしい。例外は戦争でできた戦友ぐらいだ。彼女が知ってる唯一の戦友は小学生だったらしいが。

 彼らがいなくてさびしいと感じないのは事実だ。


「あんたの友達枠に入らないアマンが一番友達っぽい。そこそこ頼ってるし」

「アマンは同郷っていうか、身の上仲間だから」

「あなたの基本戦法は待ちと逃げ。純粋に嫌な事は死んでもやらない。そういう人間なの。わかってないでしょう」

「年齢のせいで感性が出会った頃に返ってないか?」


 記憶が違っても、脳から来る衝動が同じなら嗜好も似るということがある。


「若い頃から一貫して嫌いだから心配しないで」

「旦那が嫌いなら、俺のことは好き?」

「おめでたさはあれと同じね」

「なんだかんだでずっと生命の木に住んでるしさあ」

「未成年者に出ていけって言うつもり?」

「いいや。いつまでもいてくれ」

「……口説いてるの?」

「どこが?」

「ならなんのつもり?」

「また俺がいなくなったら後を頼もうかと」

「あんた! また旦那を出すつもりなの? もういらないから!」

「いや、彼らの宇宙船にお邪魔するぐらいはやるだろ。その関係だ」

「また先の話ね」


「これは連絡のついでだ。もし地球に帰れたら帰る?」

「まさか。きっとアトラス以上の異世界よ。原始人扱いされちゃう居場所なんて」

「じゃあ観光は? 異世界なら刺激的だ」

「近場の惑星のほうがよくない? 一度ぐらい長い宇宙旅行したい気持ちはあったけど」

「なら可能なら一回ぐらいは行こうか」

「それを彼女に言えば?」

「これは地球人同士の会話だ。そもそもソワラは会話してくれない」

「ならソワラのほうを考えなさい」

「あっちはあっちで考える」




 日が出るなり、ミドリノはルキウスから町の郊外に連れ出された。


「聞きたいんだが」


 ミドリノが前置きする。


「その言い回しのでの確認は時間の無駄だな」


 ルキウスは杖をくるくる回してよそ見をしている。


「意思疎通を円滑にし、心の準備をする効果がある」

「必要ない。友達じゃないか」


 ルキウスがあけすけな明るさを発揮した。しかしあの恐ろしい仮面のままだ。


「お前がどういう人間かも知らん。ほぼ自己紹介すらしてねえし、推察もできねえ」

「緑化機関の自然祭司ドルイド、まあまあ強い。人類屈指の超善人」


「立場はともかく中身が不明」

「人間なんて見た目でだいたいわかる。あとは感覚で行け」

「そんならすげえ危険人物」


 ほぼ人を食いそうな石仮面だけの評価。

 ただし一つ確信、非難されるのに慣れている。それを受け入れる寛容性があるが、同時に頻繁に非難される危険な性格でもある。


「そこそこ助けてるだろ! 何が不満なんだ!? 親友じゃないか!」

「だからいつからだ! 現状の説――」

「今は善人期間だ。すべて私に任せたまえ」

「聞いたよ」


「さてタケザサ君、君の望みをかなえて進ぜよう」

「結構です」

「いやいやいや」

「いえいえいえ」

「君が最も望んでいることが叶いますよ! なんと今なら無料です」

「結構です」

「誰か殺したいとかでも、急ぎ叶えようではないか」


 ローブが急に吹いた風で舞い上がる。神々しいが、演出でしかない。


「善人はどこいったよ?」

「いいか! 私は君を必要としている」


 ルキウスは完全に自分のペースだ。ミドリノも自分のペースを守る。


「正確には【道案内】をな」

「違ーう! ほかの人間に憑かなくてよかったと心から思っているぞ」


 仮面がミドリノの顔面に押しつけられる。


「それで今からの予定は?」

「これから友情を深めながら目的地に向かいます」

「友情要素いる?」

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