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ルキウス

「退屈ね」


 ソワラは悪視界の森に降りても警戒していない。ルキウスがいない以上、森でも安全とはいえないが、この騒ぎに突撃してくる強大な魔物はいない。

 一般的にここの魔物は、悪魔の森や邪悪の森より格段に弱い。最高でレベル六百ぐらいだ。部族の戦士が束になれば押しきれる。

 その脅威度は、一般人にとってのオオカミの群れと同程度。死人は出るが、駆逐はできる。


 そう断定するほどにはここを知らない。空間を歪めて森に居を作り三年ほどいるが、ブノを指導しているだけだ。


 ルキウスなら、どこにいても虫や動物を追い回し、たまに足を止めて植物を観察し、魔物を狩って食べたりしているはずだ。わざわざまずそうな内臓を口にして微妙とか言う。

 サポートといる時、まずい料理を食べて楽しいとは言わない。表情もそれにならう。それでも習慣的に繰り返す行動だ。習慣の内、最高の集中が発揮される罠いじりはあまりしなくなった。

 罠を仕掛ける時は周辺警戒を命じられたものだったが、古き緑に至ってからは護衛も不要になった。


 最近は――といっても復活した数年前だが、よくわからない骨董品やガラクタを買うようになった。襲う相手がいなくなって何かわからないドロップ品がなくなった代替かもしれない。


 会った人間には干渉しまくる。彼は追われれば下がるが、引いて構えた相手には徐々に接近していく。

 プレイヤーがいる時は、明るく多弁だ。一人の時であれば、見向きもしない事柄でもそうなる。

 あれはうそではないか? それともその時はそういう気分になるのか。たずねたことはない。サポートだけが知っている彼の事で、ソワラが誰よりも知っている。


 そんな思索をするほど安全でもなく、なじんでもいない森、彼女ひとりで対応できないほど魔物が襲ってきたほうがいろいろと望ましいかもしれない。変化は確実に起きる。


 彼女が美しいたたずまいでいると、ブノが帰ってきた。

 無様に転がる蛮族の首を作業的に槍で突いても平静な様子だ。

 

「お師匠様、すべて殺してきました」

「よくやりましたね」


 嫌なことをやらせるためにほめて育てる、というわけでもない。この少年はむだがない。同年代の子供と走り回っていてもよさそうな年ごろだが、彼らがいても見もしない。

 興味は内なる声に向かっている。


「はい」


 ブノがうれしそうに言ったが、言葉は抑制が効いていて子供らしくない。これで自然体だ。

 ムガベ族の侵攻をくじき、楽に経験値を稼がせた。役目はここで終わりだが――


「薄い悪の気配が来ます」

「そうね。勝ち負けに興味のない敵です」

「奴らが来たぞ!」


 森の奥で怒声が上がり、カポ族の戦士が一方向へ殺到した。

 ムガベ族の新手の出現。先手で潰した前回とは違い戦闘態勢に入っており、歪な手足を激しく動かし四つん這いで走ってくる。

 彼らと森で遭遇して人間と思う者はいない。


 全身が黒く変色しており、骨格も皮膚もまがまがしい形状に変化した黒の怪物だ。それが「ギャーギャー」叫びながら木を駆けのぼると木から木へ飛び移り、上から襲ってくる。


「僕も戦うべきですか?」


 ブノが澄んだ声で言う。期待も恐れも興奮も感じられない。


「必要ありません。戦いを楽に感じてもいけない。ああも一様に変化するなら、邪神でも信仰しているのでしょうね。厳密には人ではないかも」


 あのような生物の生体などに多少の興味があるのが彼女だったが、意識を向けるのも面倒だった。

 黒の怪物はどんどん増え、五十を超えた。異様に発達した下あごが槍や斧の戦士に食らいつき、数で優位のある戦士たちは連携して攻撃している。

 何人かこちらの戦士が死んでもおかしくないが、ブノの教育には関係ない。


「ブノはそのまままっすぐ育ちなさい」

「僕には方向があるのですか? それは選択できるのですか?」

「あなたが自然に選ぶのが正しい方向です。流れる血は変化しませんが、外の文化に触れれば使い道は千差万別と知るでしょう。外からやってくるものは時間をかけて理解しなさい」


 ソワラが淡々と告げた。


「僕はほかの生活を知りません」

「衝動的に走りだして木にぶつかったり、気分で未知の魔物にしかけて途中で逃走したり、聞いた話を興味のないものからことごとく忘れていたり、やるべきことを放置してオブジェの制作に熱中したりしないということです」

「僕は将来そのようにしたいと言うのですか?」

「大人になる前にはいろいろと影響が来るものですから」

「気をつけます」

「ああ、かわいい私のブノ」


 ソワラが親し気にブノを抱きしめ撫でまわした。本物の親に邪魔されることはない。


 彼は最初から特別な存在としてカポ族に受容され、同じ人間と思われていない。その血脈ははっきりしないが、自然と同調してその声を聞いており、自然界の意思を持つエネルギーである精霊との関連を思わせる。


 精霊を特別視するこの地の部族には、祝福された子供だ。


 ほかの子供たちのようにはなりえない自己の立ち位置に関する苦しみや、制御できない力の放出といった悩みを抱えていない。かといって部族の導く義務感のようなものもない。


 神に選ばれた強力な力ゆえに預言者オラクルとなり目を病んだカサンドラや、竜の血筋だったために何か影響されたハイクのような欠点もない。

 そういえばハイクはよく育った。彼の力は身体強化向きらしく、今は口から強烈な酸のブレスを吐けるほど元気だ。


 あれは参考にするべき育成例ではあるが、ブノはああも前向きで必死ではない。自分とも違う。


 女妖術師ソーサレスであるソワラは力に制御に苦しんだりはしなかったが、ほかの妖精人エルフとは違う存在ではあった。


 彼女の血脈は、他者を警戒させる異質さがある。

 宇宙の奥底に潜む何かに影響されたのか、エイリアンの細胞が臓器にでもまぎれこんだのか、祖先が宇宙人に創造されたのか、とにかく一般的な動物とは隔絶した性質を獲得している。


 それが異星の血脈だ。習得魔法には癖があり、空間魔法の低位、中位を省いて高位だけ習得したりするが、種類は多彩で対応できる状況は多い。全体としては、単純な火力と、空間魔法、思念を利用した意思疎通能力に優れる。会話接続メッセージラインが消えてルキウスは困っただろうが、高度な魔法ではないから誰かが代用しただろう。

 妖術師ソーサラーは打たれ弱いが、変身しての短時間の接近戦能力があり単独行動も可能。

 

 だからここで生活できている。


 しかし、この力が真価を発揮したことはほとんどない。この世界に来てからそれなり役に立ったが限定的だ。


 八度目の転生、最大レベル九百で現在の異星の血脈におちついた。最終職業ラストクラスは〔異星血統者/エイリアンブラッド〕。

 この頃にはルキウスの戦力は揃ってきていたし、彼が好む対人戦に特に向いているわけでもない。


 昔はそうではなかった。主とふたりだった頃は、今の転生とは違う体だった頃は、お互いに支えあって戦っていた。

 雑魚でのレベルを上げ、クエストの進行、特に目的のない野外散策、クエスト探しのための町の散策、あらゆる対人戦。二人でも危険な魔物が多く、慎重に世界を歩いた。


 そんな始まりから当然のように繰り返す転生。別の体質、生まれ育った環境などバックボーンは変わる。まさに生まれ変わるということだ。 

 どこか夢のような雰囲気があるものの、最初の生から記憶は明確。しかし他人の事であるように実感がない。

 それは職業クラスの変化による取得スキルの差によって、人格そのものが異なっているからだ。今の自分とは違う自分の経験。


 ブノを育てていると、自分が魔法使いとして格が低かった頃が思い出される。


 ソワラの性質アライメントは中立にして混沌。サポートキャラクターは一度決定すると変更できない。人種も同様だ。

 職業クラスはずっと女妖術師ソーサレス系。


 しかし妖術師ソーサラー系の力の原資である身に宿る血脈は、職業クラスに依存しており変更してきた。火の性質であった時もある。その時は感覚的に炎を操り、今のターラレン以上に単純火力特化だった。


 知識で魔術を用いる魔術師ウィザードは使える魔法が多い。ターラレンも水の魔術は使える。強化されていなので弱いが。

 最初のサポートが妖術師ソーサラーだったのは、ポイントを消費せずとも魔法を習得できて便利だったのだ。


 転生一回目は、対人用の幻術を求めて夢想の血脈になり、二回目はダンジョン探索のために地底の血脈だった。それ以外も用途に応じて癖はなかった。


 今思えば、ふたりでいた期間は長かった。といっても二年はない。それでも三人、四人、五人以降のどの期間より長かった。三人目が店番用のウリコで主力ではなかったから、三人の期間も半ばルキウスとソワラの時間である。


 あの頃は、それなりに話しかけられた。事務的な戦術に関する相談が多かったが、クエストの進行時は、魔術の知識、体質が活かせる曲面、血が近いものとの意思疎通の役割を期待されていた。


 あの頃のルキウスは強くはなかった。よく単独で敵に接近して観察し、撤退する判断を下していた。それに意見したこともなく、相談されたこともないが、愚痴ぐらいは聞いた。


 ルキウスは初期から森での対人戦に参加しており、そこでの気の合う少数の仲間と横断的につきあった。だからクエストは彼らといくことが多かった。戦力としてプレイヤーのほうが勝るのもある。


 彼女が同行することもそれなりにあった。そんな時は、主よりもほかのプレイヤーと話した。

 主は他人のサポートに話しかけることはなかった。


 無論サポートにも利点はある。いつでもいること。

 転生後の再レベル上げを補佐するには、ソワラだけで十分だったし、多くのサポートのレベルを上げ、装備を整えるのは負担だった。


 それでも徐々にサポートは増える。

 四人目はアブラヘル、五人目はメルメッチ、六人目はヴァーラ、七人目エルディン。森での対人戦が多かったせいで、模範的な前衛や火力がいない。


 のちにサポートが一気に多くなるが、彼が社会人になってからのことだ。当然、収入の増加が影響している。

 ルキウスが神に至ってからは、よりサポートが増えたが、誰もそう頼られはしなかった。各々に役割はあったが、必須ではなかった。


 けっきょく彼がサポートを必要としたのは神に至るまでで、最も必要だったのは最初。


 ルキウスがソワラをかばって死んだこともある。そのかいもなくソワラも死んだ。「しくじったな」と笑っていた。

 それはそうだろう。ソワラをかばわず、ルキウス単独で離脱を計れば離脱できた。


 今の自分から最もかけ離れていた頃の自分の記憶に頼っている。


 しかし今は今とて、森にいるのだから、探しに来てくれてもよさそうなものなのに。それで来たら用はないとは。

 今までのどの段階より力があるのに。何をやるのであっても役に立つのに。


「あの小人ハーフリングを遠くに隠したらどうされるでしょうか」


 ソワラが呟く。三人いるから三か所に隠せる。魂でもひっこぬけば六ヶ所だ。


「なんですか?」


 ブノがキラキラした目で見上げた。


「いいえ、帰りましょう。このような雑事より、自らの力と向き合うべき時です。そろそろ出力を上げる技術を覚えてもいい」

「はい」




「実入りの少ないランダムイベントだった」


 ルキウスの予定は砂の王のおかげで狂った。ソワラの動きは察知していたから、彼女の留守中に村に忍び込み小人ハーフリングもどきを確保するはずだったが、完全に予定がかちあってしまった。

 おそらくばれただろうが、一瞬で三人をひっつかんで転移すれば離脱できたはずだ。


 しかも砂の王が想定の十倍でかかった。あんなものはレイドボスクラスだ。森の中で一対一なら時間をかければ勝てたが、自分に反応しないのではそうもいかない。

 中途半端に追いこむとパワーアップする可能性も高かった。ボスでなくとも高レベルな魔獣なら、魔法的能力で何かやる。


 あの大きさと知っていたらゴンザエモンを投入した。


「まあ勘が当たった」


 万全を期すなら砂の王の体の奥まで行って敵の核を確認するべきだったが、あれ以上進むと胃でグロい光景を見る羽目になりそうだったので手前で停止した。

 あの時点では胃に生命反応がいないのが確認できれば問題はなかった。


 あれは獲物を丸呑みする。咀嚼しないのは確認できているとして、食道のどこかにスクラップを潰すローラー的存在もなかった。それがあれが【道案内】をまとい続ける理由だった。


 【道案内】が割のいい獲物まで誘導、獲物丸呑み、目標を到達した【道案内】が近くの生命体に移行、次の対象が体内で生存している獲物、それが死亡、再び砂の王に【道案内】が憑くのコンボだ。


 ルキウスは自分を納得させる。


「まあいい。チュートリアル君を確保できれば、ほかの小人ハーフリングの位置もわかるし、なんなら未知の上陸艇も探せる。彼らがシステムに組み込まれているかは不明だが、星は惑星内を認識しているはずだ」


 【道案内】はアトラスプレイヤーが最初期に遭遇するWOで、WOを紹介するためという要素が強い。厳密には町中の非破壊アイテムとかにあるが、それはWOよりゲーム機能と解釈する人が多い。


 【道案内】はプレイヤーの思考を読んで、目標を設定しそこまでの道のりを示してくれ、目標を達成すると多めの報酬をくれる。そしてプレイヤー、魔物問わず次の対象にとりつく。


「宇宙の小人ハーフリングどもはどうしてる? 未知の伝染病で空飛んだりしてないか」


 ルキウスの通信に応じるのはヴァルファー。


「メルメッチが壁走りをやったせいで、大勢が壁を走ろうとしています。また壁抜けのまねして壁に顔面から突撃して負傷した者一名」

「そっちは楽でいい」

「話が通じず、とにかく騒がしく、通じたところで聞きはしなさそうの二重苦となっております」

「楽し気でうらやましい」

「あと次郎に登ろうとします。いや、大勢で登ります。花子からは逃げますが。独房でなくてよろしいので?」

「文明人のはずだ。それも巨大な文明の」

「彼らの船の中身はハイテクですが、大半が壊れていますからなんとも」

「とにかく貴賓として扱え。今後の交渉のためだ」

「こちらの力を誇示しておきます」


「で総数はわかったのか?」

「やはり彼ら自身が知りません。それでも百人程度と思われます」

「なんで乗組員数がわかる人間がいないんだ。乗り降りが多いのか? 数からして乗客はいないはずだ」


 ルキウスが不満をこぼす。


「管理はルキウスだと」

「なぜ私の名前が出る?」


 ルキウスは怪訝さを隠さない。


「管理者名か、もしくは部署かシステム。形を書けないか、船を書くので」

「ああ」


 AIの個体名か、型名と推測する。古典的なローマ式が流行っているのか。偉人や神話からとるという典型的手法から脱皮したなら大したものだと思える。それなら、人類が虚勢を張るのをやめて あの艦隊には各国の一般的な人名がつけられているだろう。


 ルキウス、日本語なら光男。一般的な名前で、どこにいてもおかしくない。ローマ帝国史を探せば大勢いてどのルキウスかはわからない。五賢帝にさらっとルキウスが混入されているがまったく賢くない。


 だから選んだ。偉人だの神話だのあやかろうという思考は彼にはない。

 逆にサポートたちは宇宙関係や古典からとっている


 地球がらみなのは確実だ。つまり小人ハーフリングが来たのは想定外だが、ルキウスが予定していた方向には向かっているはずだ。


「あの中に幹部らしい人はいないらしいです。役職の説明は困難ですが、どうも砲手に類する方が多いようだ」

「確認するが彼らの中にルキウスに近い名前はいない? 命名規則的に」

「いません」

「ふーん」


 偶然の一致で、ルキウスは緑野のことを思い出した。そうある苗字ではない。帝国内ということでスカーレットにたずねたが知らなかった。

 彼の親戚か、その知人が名乗った名前と推定する。妖精人エルフの血筋というのは帝国では珍しい。名前からしても、ホツマの出身だろう。

 この予想は正しく、素人が振り回しても効果を発揮しない刀を、あの分厚い肉相手に扱ってみせた。彼が無類の戦士にでもなってくれれば、緑野の名前が後世に残る。


 砂の王でレベルアップしただろうし、さらに経験値を稼ぐ決定もある。


「海も探してもらってますが痕跡は未発見」

「突入軌道からしてギルイネズ内海までは行かん」

「しかし百か。中途半端な数だな」


 完全にAI制御ならもっと少なくていい。生活空間があるならもっと多くなる。


「百だと、上陸艇はあと二、三隻あるはずです」

「やはり山岳地帯だろう。峡谷にでも落ちていれば発見しにくい」


 ルキウスが直接悪魔の森と邪悪の森北部を探した。神の地近辺の荒野、砂漠は空と陸で探し続けている。船の機能が死んでいるから、早く見つけないと魔物にやられて終わる。遅れても残骸はあるだろう。それを発見するまで捜索は続く。


「空からの探索が必要です」

「だからソワラが機嫌悪くて。通信もできんし、どうにかできないか?」

「それを私にお尋ねになる?」

「誰が適切だ?」

「本人に聞かれては?」

「余計怒るだけだろう」

「そういう判断はされる?」

「どういう意味だ。お前の奥さんは?」

「彼女にたずねることではないでしょう」

「元奥さんにでも聞かれては?」

「気が進まんな」


 そう言いつつもルキウスはスカーレットに通信した。どの道、あとのことを彼女に話さないといけない。

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