砂の王3
「あれをどうにかできるのか?」
ミドリノの予想では、尋常の人ではないルキウスであっても宇宙戦艦級の怪物をどうにかできるとは思えない。
ルキウスからなんらかの力が発され、その照射によって肌に振動を感じた。
「〔尖塔/スパイア〕」
目の前でうごめく砂の王の上部に黒い針が突き出した。サイズからしてそれは人間ほどの太さがある尖った石だ。
それは一本ではない。距離を空けて六本ほどが大地より突き出し、巨体を貫いた。これで砂の王の前進が止まる。
「おい!」
ミドリノがとっさに腹ばいになった。大きな木の断片が飛んできた、
砂の王が激しくのたうち、中心部を縫い留められても自由な前後の体が木をなぎ倒しながら上から降ってくる。
「これで止まらんか」
ルキウスが覆いかぶさる天井としか思えない砂の王を蹴り飛ばした。これで砂の王が頭の上を通り過ぎる。しかし派手に暴れ続けており、いつまたあの巨体が頭の上に落ちるかしれない。
「のんきに言ってる場合か!? 動きを止めないとどれだけやられるか」
前進は阻止できた。拠点を防衛を優先するのは理解できる。あれが町に行けば無条件の敗北。
しかし停滞と引き替えに、まともに狙われていなかった兵に攻撃が向いた。虫は暴れているだけだが、周囲に集まっている兵にあれが直撃する。囲む人数も千を超えている。
いかに超人であっても、あの巨体の全筋力を動員した体当たりを受け、さらに下敷きになれば死ぬ。
これにルキウスは涼しい声で答えた。「壁は作っている」余裕というよりは関心が目の前ではなく、よそにあるらしい言いようだ。
しかし対処はしているらしい。
ところどころに不自然に木が密集し、そうでない所では木の密度が低下していた。木が多い所の内側には人がいる。木が歩き回り、人の周囲を囲んで砂の王から加わる力を受けるための傾きを作っていた。
そこを巨体が襲うが伏せていれば直撃はしない。だとしても、木はどんどん折れており、その破片は飛び回っている。
「やれるのか?」
「私に向かってこないのはわかった」
この発言、ルキウスの魔力が一番多いという意味だと解釈するのは難しくない。だが、道案内とやらによって虫の行動が歪んでいる。
「よくわからんが、砂を走る船を狙っているんだろう?」
「ああ、強めの魔法を帯びているから」
バギャンという破断音が頭の上でした。のたうつ砂の王が上を通ったのだ。これで木の上半分が消失した。
しかし新たな守りの木が出現した。どこから来たのかといえば、後ろから歩いてきたのだ。ここだけではなく、各所で木の補充が起こっていた。しかし木はどんどん折られて転がり、森の木の密度は低下している。
「やはり、一度設定した目標を確保するまで次に移行しない。攻撃力はないが頑強極まっている。ところで、タケザサ君はそれで戦うのか?」
ミドリノが棍棒で飛来した木の破片を弾いたのを見ての発言だ。あざけりを感じる。
「わからんのか? 俺は棍棒しかないんだ」
「気に入らないのかね?」
「これが似合うと? 運命の出会いだと思ったか? 生き別れの兄弟とでも?」
「ならこいつを使うといい」
とルキウスが渡してきたのは、日本刀だと思われる物だった。柄のこしらえに違和感があるが、ほぼ日本刀だ。
でかいプラズマガンか、限定型重力弾頭をくれと言いたいところだが、剣術の訓練も受けている。
「ここはだめだ。接近する」
ミドリノは刀身を確認するなり走り出た。狙いは石の槍が縫い留めている場所。あそこなら砂の王の体が固定され、のたうち攻撃が来ない。
そして砂の鎧の上から斬りつける。砂の内の皮を斬った感触はあった。限界まで深く何度も斬りこむ。確実に一定のダメージを与えた。しかし人をアリが噛むようなものだろう。斬り続けても勝てる気がしない。
「斬れはしたが、こんなものでは」
「【朽葉虫食い】だ。それなりの刀だぞ」
ルキウスは恐ろしく速い動きでミドリノの背後まで来た。
「棍棒よりはいいが、こいつにはすごい魔法が込められていて、奴を特別苦しめてるってことは?」
「そこは地道に死ぬまで斬るしかない。斬り続ければやがて死ぬ」
「あんたもそっちかよ。どこか輪切りにすれば死ぬと思うが、魔法で切断できないのか?」
「半分にしたって生きていると思うぞ」
「だとしても、切断が一番有効だろう。一部に集中攻撃するべきだ」
「相手は魔法生物、プラナリアみたいになったら怖いじゃん。少し再生能力があるようだし」
砂で確認しにくいが、何度も斬った壁面が目に見える速さで塞がっていた。ミドリノの果敢な努力はむだになったのだ。
それよりも――プラナリアを知っている? 似たような生物はどこにいてもおかしくない。
しかし生活圏にいるか?
ここの原住民はプラナリアを切断して増やす生命の真髄に迫る遊びをして育つのか?
そこらが判断できないとミドリノはこの話題を流した。
「こいつは少しの回復なのか」
「図体がでかいから影響が大きいだけだ。人間なら戦況に影響しない回復速度だ。それと言っておくがなあ、あの石はそんなに固くない」
「どういう――」
そこまで口を動かしたところで、バギと小さな音を聞いた。同時に砂の鎧が顔面に迫る。あれに触れれば、やすりがけされたように肉をえぐられる。
反射的に刀を砂の鎧に打ちつけ、その反動で下敷きになるのを回避した。
縫い留めていた石の槍が折れたのだ。それもミドリノの近くの一本だけが。つまりほかの石の槍を支点にしたのたうちが来る。
その考えを自覚した時には、ミドリノは空中にいた。ルキウスに抱えられ空へ逃れた。そしてルキウスの空いた腕には、螺旋状にねじって尖らされた大樹があった。
その異様に一瞬目を奪われたが、すぐに森に横たわる砂の線が前進を再開をしたのを認識する。すべての石の槍が折られたのだ。
「せい!」
ルキウスが大樹の槍を投擲、強烈な勢いで砂の王の後部に吸いこまれた。石の槍以上の太さ、しかも大地深くまで刺さった。
再び砂の王が止まる。前半に遊びがあるためそれなりの範囲を動いて森を潰しているが、前のように暴れてはいない。尻を大地に縫い付けられたままで、特定の方向へ前進しようとしているのだ。
「こうするべきだったな。どれぐらいもつかわからないが」
やはりルキウスの力は頭抜けている。砂漠の戦いで多くの異能を見たのではっきり認識できる。
「致命傷を与える手はないのか?」
「虫用の毒なんかも使っているが、固すぎる」
ルキウスが見た先では、空を飛んでいく部族の戦士がいた。そのまま飛んで行ってどこかに落ちたらしい。
「こっちとしては今のうちに避難してほしいんだが」
ふたりが地上に降りる。
対応班は避難を呼びかけているが、各部族の戦士たちは高速でのたうつ大質量に攻撃をしかけている。投げ槍はいいが、自分から打撃をしかけ、案の定はねとばされ空を舞っている姿が少なからずある。
「熱があれば避けるかね? 火の嵐」
広域を炎が吹き荒れ、特に砂の王の近辺を熱した。その熱風でかなり戦士が後退した。
「そいつはすごい!」
「あまり意味はない。表面の一部を焦がしただけだ。これは……避難してくれそうにないな」
炎が荒れ狂った時間は短く、戦士たちは攻撃を再開している。それに砂の王はのたうつことがなかった。石の槍ほど痛みを感じていない。
「お前はここの有力者ではないのか?」
「そうじゃないし、そうでも話を聞いてくれそうにないと思うよな」
「そんな所によく預けてくれたものだな」
「感謝は後にしてくれ。あいつに心臓があると思うか?」
「ミミズなら心臓は頭に近いが、この巨体となればミニ心臓が複数ありそうだ。もしくは全身の蠕動運動で血液を流しているか、なんでも魔法でやりくりしているのでなければな! とにかく致命的な臓器があるとは思えん」
「不定形の魔獣でも重要臓器はあるんだがな」
「なら頭部は感覚器が集まっているはずだ。まずはそこを」
「頭はすでに焼いたが。ターラレン、上からはどうなっている? ああ……それなら」
ルキウスが音量を下げ、無線に話すように話した。何も持っていないし、ローブで耳周りを確認できないが、そのような言い方だった。
ミドリノはそれが何をやっているのかはさほど気にならなかった。
問題はターラレンという単語。ソワラ、ルキウス、ターラレン。すべて自分の艦隊の艦名。その元が何かは大まかに知っている。
それらがここで出る意味を合理的に解釈できない。
何が共鳴しているのか。狂った秩序が押し寄せている。
ミドリノは、自らが、なんらかの秩序の内側の内側にいることを確信した。どれほどの非局所性が絡まっているのか、すでに大きな流れに取りこまれており、きっと選択可能な範囲は狭い。
ねっとりとした炎が降ってきて、砂の王の全身を覆った。空にも戦力がいる。
膜となってへばりつく熱には驚いたのか、砂の王が再びのたうつ。前ほど激しさはないが、十分な破壊力があった。
ただし戦士たちはひかなかった。砂の王の苦しみを戦意に変え、いっそう前に出て、火の中で燃えながらでも近接攻撃をしかけたのだ。
彼らには身を焼く高熱でも撤退を強いることができない。
ルキウスはこれにうんざりした様子だった。
「やはり人をのけられないのか」
「もっとやばい化け物の幻でも出してやれば、あいつらはそっちに襲いかかるだろうよ」
「かもしれんが、不確かだな」
できるらしい。幻というのは簡単な技術なのか。しかしミドリノはこれまでに直接見ていない。先ほどの砂漠で山ほど魔法を見たが直接的な攻撃だった。それとも見て気づいていないのか。
「もしかして、強烈な破壊手段があるのか? 強力な爆弾とか」
「似たようなものはある」
「あの魔法はずっと維持できるのか?」
「あの巨体を拘束しつつ、周りを守っていれば、さすがに魔力が尽きる」
ルキウスの返答は悠長で危機感はなかった。
「命令違反なら巻きこまれても仕方あるまい。さっさと撃てばいい」
「人間、悪行の前には、前もって善行を積んでおくといいと思わないか?」
「そりゃ最高だなって言うべきかい? それとも常識的な指摘が必要か?」
「悪行を行うのは確定している。無理を言うのはやめてくれ」
ルキウスが自信をもって言った。
「いかれた宗教観だ」
「とにかく勇敢な戦士諸君に逃げてもらわないと。むだに人間を殺したくない気分だ」
「ならどうする?」
「まあ無難な手でいくさ。〔灰の嵐/アッシュストーム〕」
紫の灰が吹き荒れ、ミドリノは激しく咳きこんだ。しかしこの灰の嵐はルキウスが操ると移動し、器用に砂の王の周囲だけを包んだ。
「さあ行こうか」
ミドリノはルキウスにつかまれ、浮遊感を感じた。
そして急激な重力。森の中を引っぱられている。自分は浮いていて、ルキウスは恐ろしい速度で駆けている。景色が激しく動き、見えない。
「今度はなんだ!」
「舌噛むから黙ってろ」
急に暗くなった。と思ったら明るくなる。光の玉が浮いていて、ふたりは有機的でジメジメした気味の悪い空間にいた。
「ここはまさか……」
「無論、砂の王の体内だ。このパターンで正しかったらしい」
外にいたのと同じ砂の怪物、それが大挙して奥への道を塞いでいた。これルキウスの自信の元だ。防衛者がいるなら防衛対象があるという理屈。そしてそれらが一気に襲ってくる。
「よし、がんがん斬れ」
「ふざけんな。なぜ連れてきた!?」
「友達だろう?」
「いつからだ!?」
まったく納得いかないが、次々に砂の怪物が襲ってくるのでミドリノは必死で斬った。過去にゲームで使用した戦技〈流波断ち〉が当たり前のように発動している。一撃一撃で気力がすり減るのを感じるが、短期決戦ならばもつ。
ルキウスは素手で造作もなく砂の塊を撃破している。
あの虫の体内だが、不思議と異臭はない。それどころか匂いそのものがない。この異常は魔法だと認識できる。
「急ぐぞ。灰の嵐が効いている間にいく」
そして奥へ進む。また敵の群れを潰す。走りながらこの単純作業を必死で繰り返し、どこかの臓器の中間で戦闘が落ち着き、ルキウスが奥をにらんだ。
「この先に力を感じる。核か、それに当たる戦力がいるようだ」
「よし、急ごう」
「おお、やる気が出てきたな」
「ふざけている場合か、外がどうなっていることか」
ミドリノは不自然に元気だ。体力は向上しているが、動きも激しくなっている。消耗速度も上がりそうなものだが万全だった。
その理屈は気にしないとしても、今も周囲は振動し頻繁に傾く。拘束を外し移動している。
「心配するな。こいつは順調に前進したおかげで周りの戦士たちを置き去りにした。彼らにはほかの手も打ったし、もうすぐ町だが前にでかい壁を作った」
仮面は当然のように外を知っているが、ルキウス級の仲間がいるのは想像がついている。
「だったら急がないと」
「必要ない」
「手があるんだな」
この男は突飛に行動するが、ずっと思考している。状況を観測しながら実行可能な手段を見繕っている。もっとも、それの成功率はミドリノには予測できない。
「すこし苦手な魔法を使う。敵が来たらそちらでやれ」ルキウスはそこから集中に入ったが、敵の前線が彼らの位置まで進出する前に魔法が完成する。
「〔ガンマ線バースト/ガンマレイバースト〕」
ルキウスの手から強烈な光が発射される。あまりの眩しさに目を開けていられない。
「それって魔法!?」
「自然祭司は自然の力を使う。その最上位にある力の一つだ」
光が収まった時には奥のすべてが焼けていた。強烈な暑さで肌が焼けそうだ。
「これで終わりだ。出るぞ」
「ええ?」
ルキウスは砂の王の肉を切り開き、さっさと外に出た。当然ミドリノも出る。
外は普通に森だった。異世界からの帰還だ。
「さて、どれに憑いたか」
ルキウスはそんなことを言いつつ、ほぼ動きを止めた砂の王の皮膚を探っていた。どうもそこに金属質な輝きが複数あり、それがお目当てのようだったが、ミドリノは疲労ですぐに座った。
とにかく、あの巨大な怪物はあっさり討たれた。森中から歓声が聞こえる。
「今度はなんだ?」
ミドリノは息を整えたがそれどころではなかった。視界にARで表示されたような矢印があるのだ。その下には数字も表示されている。
それに触れようとしたが、触れられない。何度も繰り返したが触れられない。
「おい」
何度かルキウスを呼んだが、彼は小さな虫に興味を奪われており、反応はなかった。それでも何度か呼び続けると、やっと来た。
「この森には視界に矢印を表示してくる精霊とかがいるか?」
「おーう、そうなったか。まあ不可抗力だな。そうこれは不可抗力だ」
ルキウスは少しのけぞってお手上げだねって感じだった。
砂の王が暴れた森より遠くでも、森の一角は大きく破壊され、破壊された木々が散らばっていた。そこには、多くの武器を持った生々しい死を連想させる戦化粧を全身に施した蛮族たちが散らばって倒れており、すべてが半死半生だった。彼らは様々な動物の頭蓋骨の装飾品をまとっており、そこには人も含まれている。彼らがムガベ族だ。
「ブノ、さあ掃除しましょう」
ソワラが言った。
弟子のレベル上げを考慮した倒し方だった。攻め込んできたムガベ族は、彼女ひとりで簡単に潰した。
戦士たちはブノを守っていた、ブノが倒れた相手のとどめを刺してまわるだけの作業だ。それに戦士は不満を感じないでもないが、ソワラを怒らせると今の敵のようになるのがわかっているので着々と仕事をしていた。
ソワラは自分も優しくなったものだと思っていた。年をとった気分だった。




