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砂の王2

 多くの者が砂漠を見つめるなかでひときわ大きな砂丘を超えてきたのは、木像帆船である。その船が砂の上を疾走している。

 森から三キロはある位置だ。


 砂の上を水のように行くふうだが、船は砂にかすかに痕跡を残しているだけで、軽やかな機動性は浮いているような感触である。


 これは砂漠での交易に使われる砂上舟だった。船に施された魔法により、接地しているのは船底の一点だけで、ほとんど摩擦がないことを活かして高速で走る。


 最初の一隻が姿を現すと、続いて砂上舟が次々に現れ、こちらへ向かってきていた。数は十を超える。甲板にいる船員は銃や弓で応戦していた。

 それより後ろから来たものは、のっそりと感じて認識が遅れた。


「重力下の生物とは思えん」


 山と見間違えそうな魔吸虫グイ・ノインだ。体を半分ほどしか出していないため砂を巻き上げており砂漠と同化しているが、船の乗員との対比で計測するに、顔の直系は三十メートルを超える。長さはどれほどか知れない。麻酔を打った個体の縮尺から推定すると、一キロ以上あってもおかしくない。


 王は、砂の浅そうな場所を選んで蛇行して逃げる船団を追っている。


 船員は必死に応戦しているが、待っていた側は盛り上がった。

 多様な部族がそれぞれの流儀で雄たけびをあげ、砂漠に突撃する。打楽器や笛の音もこれを盛り立てた。


 クイッチャはのんびりしていて、背中をかいていた。


「砂の王だ。帝国軍もあれは避けるしかなかった。あいつは生まれてから大きくなる一方だ」

「そりゃ小さくはならねえだろうよ」

「一番長生きで大食いだと言いたかった。でかいほど長く絶食に耐えるらしいから、百年ぐらいは食わずに生きられるはずなのだが」


「クイッチャ、動かないのか?」

「先に来るのは小物」


 砂の王の接近に驚いたのか、手前の砂漠から複数の魔吸虫グイ・ノインが一斉に現れ、四方に散った。さらに一メートルほどある足の長い黒い甲虫が次々に砂より現れ走りだす。


「仲間は行ったが」


 共に来た部族たちの多くは砂漠へ走っている。近場は足をとられるほど砂は深くないようだ。


「好きにすればいい。それに偉大な自然祭司ドルイドが森でやると言っていた……対応班も様子を見ている。船を上げねばならぬからだ」

「上げる?」

「あれは砂の上しか行けぬ。すぐに船ごと担ぎ上げて森に逃がすのだ。それに確認したい。砂の王が森まで来るのかを」


 砂漠の前線では、王の到来を待たずに手前の砂漠で戦闘が開始された。

 遠目には小さく見えた魔吸虫グイ・ノインも、人を丸のみできるサイズである。 

 それに石槍の男が襲いかかる。


「〈削牢突き〉!」


 槍はあの太い虫を完全に貫いた。プラズマガン以上の貫通力だ。しかし破壊力は少ないのか、虫は槍が刺さったまま元気にのたうちまわり、刺した男が弾き飛ばされた。すぐに虫に戦士たちが群がりめった打ちにしていく。


「〈甲虫砕粉〉」


 今度は加工された木の棒が黒い甲虫の殻の一部を砕いた。その隙間に多くの槍が突き入れられる。


 一緒に来た部族の男も、魔吸虫グイ・ノインに接触する。虫が人を襲おうとした横っ腹を突く形だ。

 しかし素手である。だから早く敵にたどりついたのだろうが、素手でどうするつもりなのか。荷物は水筒だけ。


「彼は何も持っていないが」

「トロ―は固い」


 トロ―の腕がズガンと虫の皮膚に吸いこまれた。その手刀であの皮膚を貫いたのだ。


「アアアアア!」


 何度も何度も突きをくりだし、ザクザクザクザクと魔吸虫グイ・ノインを引き裂いていく。たまらず魔吸虫グイ・ノインは別の方向へ逃げた。

 虫の体液にまみれたトロ―の手は、彫刻刀状に変化していた。金属質ではないが、皮膚より硬い質感になっている。


「あれは魔法なのか?」


 遺伝子改造した人間を思わせる体だが、変化は一瞬だった。すでに彼の手は元にもどっている。


「自分の心配をしたほうがいいぞ」


 クイッチャの視線は空であり、青空には黒い点があった。

 無数の大きな物が降ってくる。運が悪いことに少なからずがミドリノの周囲へ向かっていた。クイッチャがさっさと逃げる。

 ドチャドチャドチャ!


「うおおお!」


 ミドリノは必死に回避した。落ちてきたのは大きな砂の塊だ。どのようにしてか、砂の王の周囲の砂が塊になってまき散らされている。砂の王自身が長い体を使って弾いたがことさらに遠くへ飛び、ここまで到達したのだ。

 しかもこの砂は墜落の衝撃を受けても塊のままだ。砂となって散るべきものが、もぞもぞと動いた。


「ぼうっとするな」


 クイッチャが棍棒を振った。砂の塊は弾力をもって棍棒を押し返したが、彼は連撃で強引に砂を散らすと、ある段階で砂は弾力を失いただの砂山になった。

 理解しがたい現象である。


「なんだこれは?」

「知らん」

「知っとけよ!」

「王は動く砂を作るのだ。まとわりついて締めあげてくるぞ」

「船が蛇行しているのはこいつのせいか」


 船の周囲でも砂の雨が降っている。船員はそれを船から捨てるのに必死だ。


 こうしているあいだにも砂はどんどん降り、周囲の人間と戦闘になっている。

 すでに落ちていたいくつか砂の塊がもぞもぞと動き合流した。それあ、四メートルほどの楕円形になると直立した。頭に細長い触手があり、ミドリムシっぽい。


「おお、これが合体か。始めて見たなあ」


 クイッチャが目を輝かせている。


「情報共有の徹底を要求したい」


 ブン! 鞭毛の部分が鋭く振り回される。それは弾力によって奇妙に伸び、ミドリノに襲いかかるも彼は軌道を見切り接近、本体を棍棒で殴りつける。固い。石を叩いた感触だ。ミドリノが何度叩いても固いと感じるだけだ。壊せる物体とは思えない。

 そこにクイッチャが渾身の一撃をみまった。


「しゃっ!」


 この一撃は、完全に砂ミドリムシを両断した。そして熱い。

 彼の棍棒自体が火が包まれており、燃えさかる大量の砂が弾幕となってミドリノを襲った。  


「あっつ!」


 ミドリノがあぜんとして目で抗議した。それにクイッチャはどう思ったのか「お前もできる。お前の棍棒は叩いたものを腐らせる。強いが人気はいまいち」


 砂ミドリムシはあの一撃で砂に返っている。


「何持たせてくれてんの!」


 ミドリノの棍棒ができた砂山を何度も叩く。ここまで走る時の揺れで棍棒は体を打っていた。皮膚がどうにかなっていないかと確認する。


「装備できないと効果は発揮しないから大丈夫」

「……今使っているが」

「棍棒を練習しないと装備できない。五年はかかる」

「ゲームだな」


 こうしている間にも空から次の砂の塊が来る。近くで多重にぶれる声がした。


「テケック・ゴロマ・ブエケ――」


 彼も同じ集団にいた男だ。石の装飾品を多く身に着けており、半ズボンをはいている。彼は体を力ませてぶつぶつと呟き続けた。

 すると、彼の腕にある大きなこぶがひび割れ、紫のガがわんさかわき出した。まったく陰影がなく不気味なまでに平面的だ。このガは、鋭利で縦長にデフォルメされている。


 炸裂した皮膚からは出血しておらず、こぶの亀裂はすぐに塞がった。

 紫のガは大空へと舞い、飛んでくる砂の塊に吸いこまれた。ガの密度の濃い所の塊から、空中分解して散っていく。


 さらに砂の王が接近し、船を守ろうと割ってはいる戦力によって戦闘が起きていた。ただしそこに人間はまだいない。ひとりでに動く剣や、生物の形をとる砂、悪霊としか思えない人型の影、不自然に集まった鳥の群れ、あれらはこちらの戦力だろう。

 しかし、どれも砂の王の巨体に弾かれている。


「ここはビックリ人間が多すぎる」

「ミドリノは何も知らんな」

「余裕だな。これは絶対普通じゃない。そうだろ!?」

「昔、帝国で迫害された者たちを受け入れた。それまでは魔術の系統は少なかったが、今ではどんどん新種が増えている」

「俺も修行すればあれができると思うか?」


 ミドリノが言うのはこぶの男。


「無理だ。キャティのあれは悪魔だ」


 その悪魔はどんどん砂を叩き落としている。おかげで砂の雨が降る。


「あれって、人間が受けたらどうなる?」

「死ぬ」

「簡潔の極み!」

「抵抗すれば死なない、完全に中に入れさえしなければ――デーニッツが来たか」


 クイッチャが確認した後方の森より、バギーが数台出現した。大量の人員が乗っており、完全に定員オーバーだ。さらに後方から武器を積んだトラックが来た。

 

 率いているのは頭に軍帽をかぶった軽装の帝国人男性だ。中年で、軍帽と銃が無ければ、家でゆっくりしている熱帯のおじさんにしか見えない。

 それはこちらへ突っこんでくる化け物を見ていても平静にしているということでもあった。ミドリノも戦闘開始直前はあんな顔だ。戦況を見ている。


「あれが対応班の本隊だ」

「そもそも何に対応するって?」

「おかしなこと全般?」


 クイッチャが首をかしげた。


「どれが正常でどれがおかしいんだよ!? ここに来た奴からすれば全部奇妙だ。そうだろ?」


 演技ではなく本心からの叫びだ。


「不思議な現象に対応するんだ。慣れてるんだと」

「それは魔法とか?」

「原因が魔法とわかっている問題なら魔術師呼べばいい。あいつらがよくわからん状況に対処する」


 この言いようにミドリノは困惑した。


「実例を挙げてくれよ」

「無限に腹が減っていくらでも食えるようになるとか。何か使い道があったらしいが」

「病気じゃないのか?」

「さあな。不死身の化け物も多いと聞く。殺すと、即座に別の場所に出現するとか。特殊な手順で封印せねば無限に復活するとか。同様に不壊の道具や地形もある。神殿の中にもあるのだぞ、【識別の祭壇】が」


 台の上にデーニッツが上がり、その前に人々が画一性のない動きで集まった。

 デーニッツが拡声器でしゃべる。


「これからブルースケイルで砂の王を誘因して隊商の離脱を支援する。それが成功すれば問題はない。ブルースケイルが無視される場合は、砂の王は特別異常になっており特別な手順で葬る必要がある」


「ええ……」彼は手帳をめくった。「推定される特別異常について、説明するぞ。名称【道案内】。実態はなく、とりつかれた知性体のみが認識できる。その名の通り、憑依対象に目的地までのルートを示す能力を有し、目標達成時の報酬を増加する。

 これは自動的に無条件で常時発動し、憑依しだい憑依対象が望む目標を定める。目標は達成されるまで固定される。目標を目指さない場合、憑依対象はストレスを感じる。目標が達成されると、【道案内】は憑依対象以外の近くの知性体にとりつく。

 動物に憑いた場合は、たいてい餌か住居へ案内する。あれの住居は砂中だから、外を移動しているなら餌を目標に定めていることになる。

 わかっていると思うが、通常の物理・魔法攻撃では破壊できない。……こいつは初歩的で人間にとって安全な自律機械に憑かせての隔離によって解決するのが望ましい」


 デーニッツが手帳をめくる。


「現在の推定憑依対象、砂の王が出現した場合、単純撃破で捕獲できないので緑化機関を呼べ。呼びたくねえな」

「すでに連絡しています。班長」


 デーニッツの部下が言った。


「わかっている」

「班と呼ぶには多いな」


 ミドリノが呟く。デーニッツの対応班は五十人以上いる。


「あいつが班長と呼ばれたいから対応班になった」


 クイッチャが言った。

 元軍人なのだろう。ミドリノも艦長が好きなので気持ちはわかる。


「そもそも、指揮も何もねえだよな。これは」


 デーニッツが部下に愚痴っている。これにはミドリノも同意する。部族の戦士たちは今も個人戦をやっている。それでも、彼は誘導灯による船の誘導や、そのルート上にいる人間の退避、小型の火砲の配置などをやっていた。固定設備のあるトラックは、船を載せる物か。

 そして最後に人が抱えるには大きすぎる青い結晶を森の手前に設置した。


「あれは?」

「大量の疑似魔力を発する道具だ」

「あいつに対する囮か」

「普通はひっかかる。過去にも使った。だが前回は失敗したと聞く」


 船がそろそろ森に到達する。それを追う砂の王もだ。砂の王はミドリノのほうへは向かっていないので安心だ。そしてそれは近くにあるブルースケイルを無視していることを意味した。


 ここで森近くに布陣していた勇敢にして無謀な男たちが一気に前に出た。

 何人かは確実に砂の王の下敷きになったが、あれに耐える力があるのか普通に死んだのかはミドリノに判別できることではない。


 まずは砂上船が砂浜に突入するように次々に森の手前に上がった。これがすみやかにトラックに載せられる。

 そこに砂の王が突入した。近距離では砂の壁にしか見えない圧力だ。


「砂が無いと活動できないって、砂を自力でまとってるじゃねえか!」


 砂の王は全身をうごめく砂を覆っていた。あれをずっと維持できるなら、密林でも移動できる。


「おお、初めて知った」

「どうすんだ。けっこうな速度でつっこんでくるぞ!」

「さあ戦いの時間だ! 先に行くぞミドリノ」


 クイッチャは喜びいさんで砂の王に向かった。そしてどんどん小さくなっていく。わざわざ正面に立ったりはしない。さすがの彼も口しかない正面は避けるようだ。


 彼が炎をまとった棍棒を両手に握り、側面より砂の鎧へ飛びかかる。

 炎と同時に大量の砂が飛んだ。そこに砂ではない皮の一部も混じっている。相当に深く切りこんだのだ。

 しかし彼はそのまま砂の王にぶつかる。高速で前進する砂のうねりに弾かれ、派手に宙を舞った。長い滞空時間の果てに無様な着地で、無造作に落ちた。


 まともな着地ではない。そう思いきや、平然と起き上がった。また側面攻撃をやろうとしている。なんせ砂の王は長いのだ。攻撃機会は多い。そしてまた攻撃するとはねとばされた。


 同じように大量の戦士たちが側面に殺到していた。顔に対しては砲撃も行われている。


「ありえねえ。……いや、この世で起こる事はすべてが正しい。そう、正しいはずなんだよ」


 幾人かの戦士の攻撃は通ったのだろう。それでも砂の王が無視して船を載せたトラックを追って森へ入っていく。


 ミドリノも戦うべくずるずると森へ進入する砂の王を追う。今の彼の体力なら問題なく追える。そして数分後。


「どうすんだこんなもん!」


 ミドリノは軍人らしく生真面目に戦っていた。


 砂の王はいまや完全に森に入り森の王になりつつあるが、大量の木々が巨体の動きを遮り速度は落ちた。おかげで彼は砂の王に並走しながら矢を放っている。


 それはまったく効いていない。弾かれているので刺さっていない。さりとて、あれに接近して棍棒というのはためらわれる。


 おそらく、クイッチャなどの砂漠で応戦していた者たちも、砂の王の尻にくいついている。

 しかし砂の王にダメージはない。砂の鎧があるし、なかったところで頑丈な皮は厚さ一メートルでは済まない。古典的な火砲の直撃でも大した損害を与えられない。あの口の中にでかい爆弾でも放り込んでやるしかない。


 それがわかっているのか、砂の王の進行方向には、けたたましく叫ぶ重機関銃や、ミドリノには戦力評価できない魔法使いなどが配置され魔法を放っているが、それらの陣地はゆっくり潰され、左右に逃げまどう兵が確認できる。

 それでも幸いなことに砂の王は船だけを追っている。被害はさほど出ていない。


 ミドリノは背中の矢筒を手探りして、矢が切れたことを悟った。


「今から棍棒の練習してなんとかなるのか?」


 棍棒の握りを確認したところで急に背後から声がかかる。


「タケザサ君、文明人らしからぬ働きだな」


 振り向けば恐ろし気な石仮面。


「あ! ルキウス!?」

「クイッチャは?」

「ぶっとばされたが、たぶん生きてる」

「だろうな。神官長だし」

「あれ、神官なの!?」

「知識人だぞ。知識を授けてもらったか?」

「言ってる場合か!」

「まったく、野性チュートリアル君がこんなことになるとは。そこそこ便利な奴だったのに」


 ミドリノが必死であるのに、ルキウスは子供のいたずらを評価する調子だ。


「おい! あれをなんとかできるのか?」

「もう動きは止めた。長くはもたない感じだが」


 木々だ。周囲のあらゆる木が一気に連携して砂の王を取り押さえようとしていた。それでも砂のうねりは停止しておらず、ゴリゴリと木々を削っている。

 ルキウスが骨の杖を構えた。


「さて、強敵ではないがちょっと骨が折れる。でもちょうどあれが欲しかった。こいつも日ごろの行いがいいせいだな」

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