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森の文明

「いや、見てはいないが……」


 ミドリノはルキウスに解釈を委ねるためを作った。


「何かあったか?」


 さほど期待していない反応。


 このルキウスという男、奇妙。

 ミドリノの強い警戒感は、相手が魔法使いだからではない。親しくする気を感じさせない恐ろしい石仮面のせいでもない。そのような仮面であるのに、妙に友好的なせいでもない。


 この星でイジャが生活しているわけはない。だが目の前には彼らの残骸。

 この星は以前にイジャを撃退したのだ。奴らは一艦隊で恒星系を埋める規模。いかに魔法があっても、単一惑星での勝利は不可能。

 長きにわたる戦争で、宇宙の塵となった惑星は百を超え、イジャを攻撃するための質量爆弾として惑星を突撃させたことすらある。イジャとの戦争においては、惑星すらも消耗品になる。


 だが、この惑星ジェンタスは今もって平和だ。石斧を持った原住民が、化け物のいる森を元気に走りまわっている。

 この状況は、未知の多銀河国家がこの惑星を治めているとすれば納得できる。


 そうなると、宇宙の艦隊は彼らとの交渉の最中だ。大きな動きがないのも道理。


 彼らの統治がいかなるものかは知りようがないが、戦いへの介入が部分的だったことを考えると、衰退期で勢力圏の制御が曖昧な文明か、ここが本星より遠い未開文明保護区のようなものなのだろう。

 それでも管理者はいる。遠方よりの監視は当然として、惑星に管理者が常駐している。


 それは王などの支配者階級か、この惑星がまとった特別な力を手懐けた者だ。そうでなければ、化け物だらけの惑星で活動できない。この全宇宙でも特異な力そのものがその文明によって管理されていると疑う。


 ミドリノの部下に接触したと推定されるルキウスは、管理者との関りがあるはずだった。


 しかし名乗った時の反応は微妙。期待したものではなく、まったく無価値なものでもなかったらしい。候補になかった何かという印象だ。


 ミドリノはこの惑星の軍人の最高階級、最優先で探されていたはず。

 ルキウスはこれを認識していない。現場の実行要員で、全体を認識していない。


 彼がほかのポフレッタとミドリノをつなげて考えられないのは、ルキウス・アーケインの乗員に、地球人がミドリノしかいないこともある。地球人用装備とポフレッタ用装備はメーカーが違う。今着ている服も違う。


 ルキウスが反体制勢力の人間であるとも考えられる。この場合、部分的な情報を得て、宇宙から来訪者の確保に奔走しているというところか。


 いずれにせよ、彼に接触する役は、すでに部下の誰かが果たしている。ならば最悪を警戒し、ミドリノは伏せているほうがいい。


 そこまで考えて言ったのは「妙な子供の足跡ならあった。ちょっと変な感じの」

「森の中か?」

「南の……とにかく森の奥だ。石斧振り回す人らがいるほうだ」

「なるほど」


 彼はあの集落に三人いるのを知っている。正しい情報で信頼性は上がる。そして彼が探しているだろう救命艇に残った四人の情報は伏せたまま。


「タケザサ君は、なんでこんな所にいるんだい?」

「夢を求めてな」

「おお、いいね」


 ここで、ブーンと警戒感を刺激する音が聞こえ、その音が接近してきた。

 木々の奥より現れたのは、二十センチぐらいのハチだ。攻撃的なフォルムをしている。


 これにミドリノは動じない。

 かつて先祖が虫だけで生態系が構成された惑星に万能機で不時着し、救助が来るまで三か月ほど虫を撃破し続けた。あの程度なら素手で殺せる。兵器級の能力を有していた巨大な虫の集団に比べればとるに足らない。


「ハチが来るぜ」

「わかっている」


 ハチはルキウスの背後から迫っているが、彼は後ろを確認せずに立ったままだ。このままなら、ハチはルキウスに近づく。ミドリノはハチから距離を空けるべく後退した。


「夢って、年とるとなくなると思わないか?」

「そうらしいな」

「理解した範囲が広がるといけない。未知が必要なんだ。しかし未知がいくらあっても、予定が決まっているといけない。きっと自由が少ないせいだ。自由がないと夢は見れない」


 ハチはルキウスの肩に止まったが、彼は気にもとめない。


「おい、刺されているぞ」


 ハチがさかんに尻を動かし針をローブに突き刺そうとするが、まったく刺さらない。

 ルキウスが、ただ開いた手を振ったように見えた。その動きで、スッとハチの首が落ちた。胴体では翅が動き続け停止しない。


「どこにもはぐれ者がいる」


 ルキウスが胴体を捨ててぼやく。彼は一度もハチを見ていない。

 すこぶるうさん臭い。ブノのような神秘性はかけらもなく、おそらく意図的に模範的俗人としてふるまっている。

 それでいて、力だけはある。


「ウェルゥ族のテケテコパンまで連れて行ってやろう。帝国本土は無理だ」

「本土は無理なのか?」

「ここに用事がある」

「ふむ……」

「まさかこの森に住みつもりか? キャンプを楽しむには準備が足りないようだが。それとも所持品縛りで修行かね。言っておくが、ここは私も放浪は避けたい場所だ。湿っているし、意外と混雑して、景色が悪い」


「そのテケテコパンってのはなんだ? 檻に入る羽目にはならないだろうな?」

「ああ、宣伝広告をばらまいてはいないからな。もともと外部との交易があった都市だ。今は帝国の新難民も多い。要らぬことをせねば面倒をみてくれる。若くて、健康そうだし」

「あんたはそこの人間か?」

「いや、ちょっと用事があってここに来たが、友人にそこのことを頼まれていたのを思い出して、力を借したり借りたり」


 ミドリノの中でルキウスの人格像が少し定まる。

 やはり代理人のような存在か。代理人という生物は雇い主より遠い領域で活動するもので、おうおうにして権限を利用して専横を極める。

 このような人種は、大きな変化が出現したときに利益を得るべく跳梁するのだ。


「そこは近いのか?」

「かなりあるが心配するな。行くのは一瞬だ」ミドリノが黙っていると、彼は続けた。「ほかに選択肢はあるまい。君には仲間がおらず装備もない。そいつは別荘にはならんぞ」


 イジャ戦闘機《ファイタ―》の中は炎上したらしく、彼らの食料なども無かった。


「その悪相じゃあな」ミドリノは邪悪さしかない仮面を指摘した。

「こんな物はただの飾りだよ」

「飾りにしても選ぶ」

「雰囲気は大事だ。しかし……まあ、選んだといえば選んだか。そう、悪人といえば悪人だとも、間違ってはいない」

「悪人が悪人ですと言えば、そいつは疑わしくなるな」


 ミドリノが面白そうに言った。


「表層に囚われているな」ルキウスが両手で仮面を押さえる。

「あんたが雰囲気だと言ったんだ」

「これを選んだのは……いや、これから大悪人になるかもしれんので、これはこれでいい。そういうことだ」

「物騒なことを言う」

「そうならないかもしれん。だとしたら、期待外れだな」ルキウスは何かを思い浮かべて、消した。「さて大悪人様だ。大悪人のお勧めに従うか?」


 ミドリノは、急激にルキウスに対する興味がわいた。ポフレッタを求めているのは手段であり、本命があると推察した。


「ルキウスは文明人なのか?」

「そのセリフが出る場面を想定するのが困難なレベルで失礼な質問だな」


 ルキウスが被害者ぶって笑う。

 偉ぶったところがない人間は、そういった人間を嫌う。表に出なかったとしても、無自覚であったとしても。

 きっと反発性の人間だ。それは今のミドリノの身分カバーとは相性がいい。


「……わかった。世話になろう。だが確認したい。住民に生皮を剥がれて吊るされたりする羽目にならんだろうな?」

「剥がれたらもどしてやるから心配するな」

「まったく安心できねえが。いいさ! どこへでも連れていきやがれ」


 ルキウスを道中で観察できるのは悪くない。そう考えての判断だったが、ミドリノの前に広がる景色は一瞬で別の森となり、体勢と足元も変わった。彼は驚いたが、すぐに踏んばって体勢を維持した。

 しかし、力が入ったせいで胸に痛みが走り、驚きの声をあげることはなかった。

 ルキウスがその様子を見とがめる。


「どうした?」

「肋骨を折っていてな」


 ナノマシンが正常に機能していれば、数日で寛解する。


「なんだ。言えばいいのに」

「言ったところで――」


 ルキウスがミドリノの肩に触れてすぐに痛みが消えた。


「こいつは! 何をやった?」

「骨折ぐらいはどうとでもなる。だが……動きに出なかったな」


 ルキウスは何事もなかったように進む。すると森の中に都市が出現した。大きな石造りの建物と、大木がより集まって編まれた特異な建築物が遠くから確認できる。一般の建物は、あの集落よりは手がこんでいて、華美な彫刻や複雑なつる植物で彩られている。

 ルキウスは普通に町に入っていくので、ミドリノもそれにならう。


 ここで思考の余裕ができる。

 暇ではないと言ったが、移動はワープで一瞬だ。それでも本土には送らなかった、送りたくない理由があるか。

 彼の反応からして、ワープは散歩と変わらない動作らしい。おそろしいことだ。


 個人でワープなど宇宙のどこにもない技術だ。それが目の前で行使された。

 あまりのことに思考が止まった。だがそれを考える前に、新たな情報がやってくる。


 集落の人々は、温度のせいで露出が多いがまともな服とみなせる衣をまとった者が多い。銃を所持している者もいる。

 人種は様々で、地球で見られる人種はほとんどいた。


 一方で地球では見ないだろう民族色豊かな人々が多い。頭に植木鉢をかぶった部族や、腕にぼこぼことした何かを生やした部族、皮膚が岩になっている者や額に角が生えた者までいる。


 多くの人が行き交うために、道も整備されている。

 初めて見た土はわずかに赤を含む黄土色だった。豊かな土ではない。


「クイッチャ。いるかー?」


 ルキウスが人のたかった建物に呼びかけた。ミドリノは町の様子に夢中だった。


「自律型ロボいるじゃん」


 人間より一回り大きいロボがいた。珍しくはないらしく、通行人はさほど見ない。多くの露店が出ており、取引が盛んだった。


「呼んだな。ルキウス」


 男が近づいてきた。

 肌が黒く、森の部族と同じ人種だ。


「おうおう、いたなクイッチャ」


 クイッチャと呼ばれた男は、短パンだけを身に着けていた。手足に刺青が多い。

 ミドリノが帝国人と思っていれば、ガイドは帝国人になりそうなものだが、やはり顔つきも森の部族だ。


「こいつ森で拾った。悪人ではない。ここにおいてやれ」

「わかった」

「じゃあ私は森に帰る」


 ルキウスはこのやりとりでその場から去っていった。


「あいつは森に住んでるのか?」

「ここではないどこにいる」

「また来るのか?」

「すぐにまた来る。来て帰るを繰り返している。さて、お前は死にそうではないのか?」

「元気だぜ」

「それはすごく珍しい。腹は減ってないか?」

「さっき少し食べた」

「腹が痛くなったら言え」

「親切だな」

「運が悪いと腹から化け物出てくる」

「そいつは勘弁願いたいが、言ったらなんとかなるのか?」

自然祭司ドルイドならなんとかする。なんとかならないと死ぬ」

「それはルキウスのことか?」

「あれは偉大な自然祭司ドルイドであるぞ」

「あいつが連れてきたから俺に親切なのか?」

「お前は俺から見ても悪ではない」

「へえ」


 悪ではない。これを三度も聞いた。AI診断並に信用されている技術がある。


「それに妖精人エルフの血筋じゃないか」クイッチャが自分の耳を押さえ、打算的な笑みを浮かべた。「受けはいいぞ」

「先祖に感謝しておくが、魔法使いではない」


「今のお前は何ができる?」

「戦闘はできる。武器の扱いは一式、剣、槍、弓、銃。森に慣れれば罠で獣を獲るぐらいはできそうだが。工作とかも得意なほうだ」

「帝国人には珍しいな。あまった武器を見にいく。お前の武器が必要」


 そう言って、武器屋のあまりものの武器が並んだっぽい空間に連れてこられた。装飾のある棍棒が多い。


「銃はないのか?」

「弾が限られているし弱い。元気ならまず力を見せろ。いい武器が回ってくるぞ」

「何をやればいいんだ」

「試合をするとわかりやすい」

「いきなりだな」


 ということでいきなり試合となった。

 屋外に訓練場らしき場所があり、男たちが棒切れを持ってたむろしていた。


 そこで木の武器を使っての模擬戦だ。

 ミドリノは槍を選択した。相手は目が完全に隠れるほど深く草の帽子をかぶった部族で、同じくや槍だ。


 試合が始まりすぐに理解する。技がある。

 あの石斧の力にまかせての動きではなく、武術の型を習得したものの動きだ。


 それでも、槍術と呼べる領域に達していない。

 ミドリノが数合打ち合い、どんどん押しこんだ。相手の身体能力はやはりおかしい。しかしミドリノも十分におかしくなっていた。ここはさっさと勝って信用得るのがいい。決めにかかったところで、相手は強引に槍を振り下ろした。


「〈太鼓打ち〉」

「ごえ!」


 ミドリノは槍でなんなく防御したが、グワンと全身を振動が撃ち抜き、目の奥で火花が散った。


 相手はさらに「〈反応〉〈雷起〉」急に動きが加速した。

 相手がその状態になる前に、動作と無関係で不自然な全身の筋肉の力みがあった。

 

 これは知っている。ゲームで思考を用いて特殊な動作するプレイヤーにあるものだ。ここで閃く。

 ゲーム的だ。バランスをとれている。武器でも特異な現象を起こせるのだ。

 彼自身も若い頃には遊んだものだ。ゲームにおける集中法を使い、過去に学んだ技を数とおり思考すると、体の感触が変わった。槍の前進に大きな力が乗る。


「〈二段突き〉」


 一発目の突きが相手のガードを飛ばし、二発目がもろに相手の腹に入った。これで勝ちだ。


「やるじゃないか。すごいぞ」


 クイッチャが喜んでいる。


「どうにも気色悪い」


 宇宙の奥底に眠る神秘的なエネルギーと思っていたもの理解が、急激に人工的なシステムに変わった。それを受け入れられずにいる。これを受け入れるための仮説がまったく出てこない。


「何がだ?」

「ああ、久しぶりに槍を使ったもんでな」

「たいしたものだぞ。自然祭司ドルイドの拾い物。メトラブーは変わった槍技が多い」

「俺はミドリノだ」

「そうかミドリノ。仲間に紹介する」


 と言って、連れてこられたのは暇そうな男がたまった寄合所。この町ではあくせく働く人間は少数派らしい。


 そこで情報収集に最適な雑談を始める。放置すると新入りはいろいろ聞かれそうなので、興味津々な感じでできるだけ質問する。


 それが五分もしないうちに、息を切らした男が飛びこんできた。この男は文明人だ。

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