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発見

「なんの用だ? そもそもどうやっている」


 ミドリノは応答は待ったが、暗い森に満ちる葉音を肌で感じただけだ。


「おい、聞こえているか? 年寄りを無視するもんじゃない」

「今夜は泥が慎ましく伸びやかで、古強者が浮き出る」


 小さなブノが空中に出現した。ただし、肌の質感は灰色の石だ。形状も人間とは異なり、やや簡略化されている。つまりは、絵に描いた石像のような物体だが、動いている。


「陰奥の言葉は空まで達した。しかしその先は見えない」


 ブノは相変わらず無反応で、ミドリノはブノの風下で手を左右させた。

 目の前のものに気配はない。周囲にも何も感じない。気絶した戦士の吐息が聞こえ、遠くで得体の知れぬ獣の鳴き声もした。


「目の奥に深い音を刻みました。存外の奥地にまでも行く音です」


 後で目をえぐるか悩む。一か月もあれば、新しい目を培養して手術できる。艦隊の中にいればだが。


「あなたにしか見えない」

「かってに接続するな」


 ミドリノの感覚ではこういう感想になる。近くに接続用のデバイスはないが、未知の技術を考慮すれば、大型装置で遠距離から脳に介入できるように思える。


「その意味はわからないが、告げるべき言葉を告げねばならない」

「誰かに指示されて連絡しているのか?」

「意味がわからない」

「なぜ私に話しかけた?」

「これが僕の役割」

「誰に課された役割だ」

「生まれた時より決まっていた」

「誰が決める?」

「僕が決めた」

「……二重人格、いや、精霊とやらが憑依でもしているのか。この連絡はつまり……複数人によって決定されたのか?」

「意思はひとつしかない。どこであっても同じこと」


 子供が主体的にこれをやるというのがよくわからない。ミドリノがまともに接触したのはソワラしかいない。

 宗教的行為かもしれないが、様々な文化に照らし合わせても理解しにくい。

 言っている内容は、要求でも宣告でもなく、業務報告と感じられる。


「……こちらの体を強化したのはお前か?」

「強化? 僕は歌っているだけです」


 おそらく腰を落ち着けて会話しても感覚的に理解できない部類の話。


「ここにお前の同族が転がっている。回収しておけよ」

「ええ、そうなる」


 それを聞いてすぐ移動を始める。ブノの立体映像もついてくる。


「あなたが進んだ所が道となる。しかし、それはあなたが選んだものとは限らない」

「要件があるなら言え」


「あなたは運命を歌うためにいる」

「わかるように言えないのか」

「大地の底より響く歌が告げているのです。あなたは収束点だ。広がって絡まりあったものが、一度そこに集まる」

「お前は私の味方か?」

「いいえ」

「砂漠に出たいが道がわかるか?」

「どうにもできない」


「私に何かやってほしいから、告げているのだろう。今日中に食あたりで死ぬかもしれんぞ。少しは助けようとは思わないのか?」

「死んだなら、それで正しい」

「嫌な子供だ」

「新たな知見です」

「三人はどうしている?」

「まろうどの方々は休んでいる」

「負傷はしていないな」

「おそらく」


 この回答にはとまどいがあった。よく知らないのだろう。集落の中の事なのに。


「ならば頼んでおく。三人に害を与えるな。そして問題なく生活できるようにとりはからってくれ」

「努力するが必要はないと思う」

「あいつらは飯にうるさいから気に入った物しか食べない。自由に遊べないとどんどん機嫌が悪くなるから、退屈させるなよ。ストレスで死ぬ生態をもっているからな」


 完全にうそだ。


「わかった」

「ほかの部族との争いはどうなった。終わったのか?」

「さあ」

「知らないわけないだろ」

「特に気にしていないので」

「大事に見えたがな」

「精霊を騒がすほどの者が同じ場所にあれば、ああいう事はあるもの」

「集落が消しとんだりはしていないのだな」

「さあどうでしょう。暗くて確認できない」

「お前は私に何をやらせようとしている?」

「あなたの意思に干渉することはない」

「なら消えてくれ。話すのに足止めされているぞ」

「忘れるな。歌の続く所に我々はいる」


 最後に強い言葉を残し、ブノが消えた。


「我々は人間じぇねえよな。何かの概念かね」


 圧倒的な嫌悪は、最初の声を聞いた時からあった。非人間的な子供の声に、うっすらとした感情。

 古い通信での、顔の見知らぬ相手が出すノイズ混じりの声に感じる警戒感があるのに、情報は脳接続している以上の感度で脳に直接入ってくる強烈な理解。


 言葉の意味はわからぬのに、自己の位置についてのイメージが沸いた。数えきれぬほど膨大に広がった糸が複雑にねじれ、一点で収束している。


 理解できるがやはり不快。それは人格もだ。


 普通に育って子供がああなるものか? ほかの子供の挙動は地球人と説明されればそのまま受け入れられるものだった。特別な教育を与えても、あれほど徹底的に会話がこなせるとは思わない。とすれば、魔法的な何かが人格に影響しているのか。

 しかし、その師であるらしいソワラとは会話が成立している。


 ミドリノは重く湿った息を吐いた。

 興奮で忘却されていた胸の痛みがもどり、油汗が出てきた。この場を早く離れなければならない。


「文化の違いということにしておこうか。あれを信じるなら、三人は放置しておいたほうが安全か」


 どっちにしろ選択肢はない。ミドリノは強化された肉体で走りだした。

 軍に報告すれば脳の破損を疑われるレベルのパワーアップだが、あの部族の戦士が全部あれなら勝ち目はない。逃げるのみ。 

 獣道を避けて足跡を隠蔽するような処置はせず、速度優先で駆けた。


 しかし、そろそろ朝という時刻になっても森は切れなかった。

 方角は間違っていないはずだ。しかし、太陽が出ればより正確になる。彼は脅威の警戒を優先し、朝日までは慎重に動くことにした。


「捕まった場所は、森に五キロも入ってない。飛行? いや、あの集落まで空を飛んではいない。飛びそうな奴はいなかった。どんなのが飛びそうかは知らんが、とにかく森の地形的に砂漠に出てないとおかしい。魔法で方向感覚をやられたとか? いや可能でも受けてはいない」


 彼は、魔法だからなんでもできるとは考えない。何度か確認した自分の足取りはまっすぐだった。


 物理法則に関わる量子群に干渉できれば、多くの力場を遠距離から操れるし、意識へ介入できる。多次元にまたがる量子の干渉からもたらされる常人には無意味な情報を、自らの脳が処理できることも。


「よっと」


 右手だけで大きな倒木が持ち上がった。すぐに捨てる。重い物は重い。


 この力は永続的なものか? フェライトのように一時的な力かもしれない。


 そもそもこの宙域に異常があるのは知っていた。

 ここは古い宇宙だ。多くの恒星が生まれ、去っていった領域。だから居住可能な恒星系はほとんど無いはずだった。

 実際には今も多くの恒星、惑星が存在している。

 それらの原因を解き明かすのは、無重力化に研究設備でもこさせてやることにで、自分には関わりのない退屈なものだと思っていたが、もろに体験している。


 なぜこの宇宙が特殊なのか。ここまで恣意的なエネルギーが存在するのは楽しくしてしかたがない。死ぬ前にここを特異たらしめるものを知りたいものだ。

 いや、逆の考え方もできる。ほかの宇宙ではあるべき力場が相殺されており、ここではその力が機能する状態にあると。

 だとすれば、むしろこれが正常なのか。


 アールヴの惑星に残る太古の魔法にまつわる伝承も、かつて起こった事実かもしれない。


「いかんな」


 ミドリノは思考を切り替えた。そちらの謎へ興味が行くと、目下の問題が頭の中から消えてしまう。救命艇にもどる。それが難しくとも、連絡する必要がある。

 異様な身体能力となった今では、すぐに集落を脱出せずリスクをおってでも通信機を探すべきだったか。

 砂漠の際の木にのぼり、ナイフで光を反射してトンツーができるか。さすがに難しいかもしれない。位置は伝えられるが、残した四人で砂虫をやりすごせるか。


「おいおい」


 結局、考え事のせいで近くになってから異常を察知した。木々が複数倒れている。それは危険な兆候だが、原因は明確だった。


「こいつはまさかのまさかだな」


 彼の目の前にどかんと転がっていた巨大な物体。それはイジャ戦闘機ファイターだった。士官学校で復元品を見て以来の再会であり、破損しているとはいえ現物は貴重だ。

 彼は少し身構えたが、すぐに今回の戦闘によるものではないと気づく。


 戦闘機ファイターの周囲の倒れた木々には、新たな枝が出ているものが多く、機体の多くが植物で覆われていた。数年は前に落ちている。


 登ってみると、荒らされた様子がない。イジャの武装は使えないが、破片はナイフの予備ぐらいにはなる。


「この惑星の異常な力場のせいで、自壊プログラムが機能しなかったのか?」


 自信はない。イジャ戦闘機ファイターはイジャ独自の推進形式のせいで、活動場所を選ばないが、この特殊な惑星用のカスタムの可能性がある。

 墜落原因はすぐにわかった。コックピット近辺に穴が空いている。焼けた跡からしてレーザーなどで撃ち抜かれている。穴はミドリノからすると小さくないが、イジャの兵器の破壊痕としては極めて小さく、精密な攻撃で落とされたと推定できる。


「シールドが破壊されるほどのダメージなら、コアパック以外は微細な影響を受けるか」


 イジャ戦闘機ファイターは純粋な戦闘機で、単独でのワープや、乗員の生活のための機能はない。つまり乗員用の装備は搭載していないはずだ。


イジャの兵器とて、微細領域に干渉があればコンピュータ類はまったく機能しないはずだ。シールドが問題を防御していたと考えれば道理は合う。

 つまりこれからサバイバルを楽にする装備を獲得できない。それでも意味は大きい。

 晴天の空に開けた地形、そしてイジャ戦闘機ファイター


「こいつは索敵に引っかかるはずだ」


 イジャ戦闘機ファイターのシールドを突破できるほどの火力で攻撃すれば、通常は粉みじんになる。

 ここまで形が残っていれば、戦闘可能と判断され、脅威として認識される。 


 ミドリノは空を仰いだり、残骸の上を何度も往復して自己の存在を空へ示した。


 これにも無反応なら、やはり幻影とやらの影響か、認識しても増援を送れない状況にある。

 たとえ装備が限定されても有人陸戦隊を派遣してくれればやりようはあるのだが、こういった特異な状況に一番強いとされ、一歩踏みこんだ判断をするべき立ち位置にいるただひとりの士官は、今ここで困っている。


「腹減ったな」


 食料は無い。道中に五種類ほど果実があったが毒性によってはナノマシンの防御を超えるし、食道がただれるのは防げない。獣道に罠をはれば肉を得られるが、火を起こす道具が無い。それは自作できるが、そもそも食料を得るべきか、何も考えず救命艇をめざすべきか。

 あの砂虫が潜む砂漠を単独で突破できるだろうか。四人ならば警戒の目が足りるし、装備があれば食われても助かるのはわかっている。


 乗員八名の中で今後を決定できるのは自分。

 一心不乱にここまで来て、迷う。

 心の中でブノを呼ぶがなんの接続感もない。


「食うかね?」


 後ろからおだやかな声がかかった。そこには、あの集落に現れた石仮面だ。

 絶対にさっきまでいなかった。つけられていればわかる。運命というは厄介な出会いを連発してくれるなんて、悲壮感と憂鬱さはない。


 なんらかの法則に従う技術によって捕捉され、なんらかの意図による接触を受けている。

 動かず耳に神経を集中して周囲を探る。彼ひとりだ。森の戦士は単独行動が好きらしい。だが殴り倒すのはきっと無理だ。


「これに住んでたりしないよな」

「いらないのか?」


 石仮面はスナック菓子の包みを持っていた。彼は中身をテレキネシス的なパワーでとりだし、仮面の下から滑りこませて食べている。

 そして包みを持つ腕は、ミドリノへ突き出されている。


「もらおう」


 ソフトシェル系甲虫の一匹丸ごとのスナックだ。良質なタンパク質、脂肪、カルシウムなどが豊富にとれる。

 ミドリノがボリボリ食べる。ほどよく反発する食感で、コショウがきいていて香ばしく、かすかに甘い匂いがする。汗をかいたから、健康的すぎない塩気もことさらうまい。


「うまいわ」

「だろう。これこそ無双」


 石仮面は確実に機嫌がよくなった。ミドリノは遠慮なくどんどん食べ、水筒の水を飲んだ。

 仰々しい口元の仮面は確実に剣呑だが、強いとも弱いとも感じさせない男だ。そこが怖い。


「そいつは金にならないと思うぞ」


 石仮面がスナックを食べながら言ったのは、イジャ戦闘機ファイターのことだ。これは何かの問いだ。立場などを探られている。彼を恐れていない時点で、奇異な人間とは思われている。


「そうなのか。いいものそうだが、なぜそう思う?」

「装置は死んでるし、鋼材としては持ち出せん」


 石仮面は比較的危険ではない。そう判断したのは単純に肌が白いから。この地の生活者ではありえない。ただ、この男には最初から期待がある。言葉は朴訥としているが、この探りには恐れや警戒がない。自分にとってプラスの何かを拾うことを重視した構え。常時何かのよい出来事がないかと期待して生活しているのだ。

 特に活動的な冒険家や、新奇的な研究者にある性格。 


 交渉相手としては悪くないが、石仮面が利益にならない相手と判断した場合、冷徹な対処が待っている。まずはお涙頂戴の設定は回避する。


 表情が見たい。見えるだけで押し引きはやりやすい。

 なんせ魔法使いという人種が未知数だ。すでに何かされている可能性もある。


「あんたはなんだ? 悪霊か? ならもう朝日が出てる」


 ミドリノは口調を変えた。自分は帝国人であるのが自然で、こんな秘境に来るのは道から外れた者だ。役割が決定されている以上、許容される範囲で相手が気に入る役割を引き当てたい場面。


「こいつは確かにそのようなものだが」石仮面は自分の仮面をこつこつと叩いた。「わたしはルキウスだ。自然祭司ドルイドと呼ばれる」

「はっ」


 咳払いとも笑いともつかぬ空気を出た。


「何か?」

「名前で死んだ友人を思い出した。つい最近のことだ」

「その割には元気そうじゃないか」

「元気で悪いかよ」

「この森をさまよう者は、たいてい死にそうな顔をしているらしい」

「死にそうな目にはあった。それで帰宅しようとしていたところだ」ミドリノが不敵に笑う。「しかしまだ腹が減っていてな」


「食い物ならまだある」どこから出たのか、バナナが手渡しされた。「そっちの名前は?」

「タケザサ・ミドリノ」

「え?」

「なんだ? 何か問題が?」

「いや、ちょっと聞きそこなった。珍しい名前だな」

「ああ、似たような名前には会わねえ。まあ、南部の人間じゃないんでここらではどうか知らんが」

「そうか」


 ルキウスは納得した。

 これが正しい回答。立場を偽ろうにも、ほかの候補がない。

 救命艇の南は、砂漠、森、山岳と続いていた。あの高山の先に大国はない。砂漠の北か、平野部らしい西に文明国がある。どちらにせよ、その地域の南部は砂漠に近い。ここで活動する帝国人は南部の何かだ。

 そして南部人にあるかもしれない部族との敵対関係から脱した。


「タケザサ君、小さな人を見ていないか?」

「小さな人?」

「ここらに、あと三、四人いるはずなんだ。森に入る前とかいなかったか?」


 この男が、救命艇の情報とつながっているとすぐにわかった。確率的に、彼らとは別の救命艇の可能性が高い。問題は味方か敵かだ。

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