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覚醒

 肩に何かがかすめ、すぐに感触が消えた。上からつかもうとして、つかみそこねた感触。


 クモか、それに近い虫だったようだ。人を襲ってもおかしくないサイズで、太い体には毛が多い。それが、多くある足の一本が接触しようとあがき、ゴワゴワしたもので擦れたのだ。


 ガサっと、背後に落ちる音。彼が走りさってから、虫が肩の位置から大地にまで達した。虫は転がり、身をよじって起き上がろうとしている。

 かなり高い木の上から降ってきていた。樹上から獲物を襲う生物だ。


「なぜわかる? 見ていない、見えるはずがない」


 無意識に出た自問。彼は前しか見ていない。彼にしては珍しいほど視界は狭くなり、進路である木々の狭間へ集中していた。


 肩に触れるまで何も音は聞いていない。かすかな違和感だけ。

 感覚から始まり、予兆を全身で察し、理解が後から来るのはいつものことだ。


 だがこの森を知らない。勘が働くに要する情報がない。この星に入ってから感覚もおかしい。今だって、かすかに頭痛がある。

 彼にとって最大の優位性である超感覚に発生した違和感は、常人であれば手足がかってに動くのに相当するストレスがあった。


 見ずとも動きを想像はできる。知っている生物と地形なら、音だけで動くさまがありありと浮かぶ。これは、日常的に光による知覚に頼れない距離で交戦する訓練している者の感覚。

 それでも、あれはかわせないはずだという確信がある不気味。


「あの高さから落ちてきたのだから……だからっ、なぜ高さを知っている」


 あれは二十メートル以上の高さから自由落下してきた。葉が邪魔してあちらからもまず見えていない。にもかかわらず、狙いすましたタイミングでかなりの高度から合わせてきた。かわしていなかれば、頭部をがっしりつかまれ悲惨な結果になっていた。


 遠くからであれば、虫がいた木の上方も視野角内ではある。葉に覆われていても、視界の片隅に異物を捉えていたのだろうか。


「いや、ひたすら前だけ見て走っていた」


 警戒していたのは下方向だ。藪から肉食獣が飛び出してくれば終わる。

 だから木々が昼の光を遮り草が少ないルートを駆けていた。そこは獣道だろうから、その上方であの虫が待ち伏せしていたのは理解できることだ。


 つまり襲撃は予想できた。が、上方向の情報は絶対に欠落していた。今は定位置だろう木の上に登っている虫の姿が思い浮かぶ。不思議とあれの色はわからない。


 彼は妄想を唾棄する。徹底して現実を見なければ軍人は務まらない。納得いかない結果は気持ちが悪い。


「外部入力による補佐? さもなくば、意識外情報から脳が逆算している。脳が二つの眼球の像を自然に統合するとの同じように」


 ミドリノはようやく後方を確認した。暗い森が広がっているだけで、何もいない。


「あいつが追手に食いついてくれればいいが」


 彼は違和感を思考の片隅によせ、起伏があり障害物だらけの森を順調に走る。

 脳接続しているのかと錯覚するほどに異様な冴えがあった。勘で選んだルートを駆け続け、いかなる生物にも接触しない。逃げて逃げる。


 あの村の生活圏は脱しただろう。夜空の様子は変わらないが、どれぐらい駆けたわからぬのは、暗い森が続くせいではない。


 疲れがこない。

 悪路であっても、自分にとってベストな速度は認識している。村から距離をとることを優先し、全力で走っていた。つまり無理がくる。そうなれば減速し、周囲を確認して追手をまくために適切な進路や潜伏場所を探す予定だった。


 その時は、あの村から五キロ以内で訪れるはずだった。もう三十分は走った。五キロは過ぎた。まだまだ走れる。手は振れ、足は上がる。異常。


「いいさ。元気な分には」


 それで納得するしかない。不安は身体能力を落とす。

 ぽつぽつと森に雨が降りだした。やや暗さが増したが、地形は見える。


「雨は好都合」


 体が適度に冷えて気分が上がった。休憩するどころか、さらに距離を稼ぐ。

 まだ疲れてはいない。追手を気にする気もない。


 ここで

 なんの用もないはずの真後ろ。虫の羽音が急に消えた。いや、それ以外の音も消えた。


 何もいない。月光が差しこむ夜の森があるだけ――いや、認識できる異常。


 暗い。

 月光を直接浴びているのに妙に暗い木々の狭間がある。そこに灰色の塊がぼうっと浮いていた。人より大きな楕円形である。

 宇宙がいかに広くとも、あれを生物と認識することはない。


 どうにか人を思わせる顔のあるもつれあった腫瘍だ。悪霊と呼ぶにふさわしい。

 正面には、目、鼻、口など人の部品がむやみに付着している。

 正面以外には、人の腕が無数生えていた。その指が欠損し一部は奇妙に歪曲した


 体と呼ぶか顔面と呼ぶべきは不明だが、全体は不気味に伸縮している。それは一定の繰り返しではなく、全体の構造自体が変化している。目は多い時は小さなものが数百、少ない時は大きなものが七、八個が連なっている。


 そして、目の錯覚でなければ、木から滴る水があれの体を突き抜けて、重なった落ち葉の上に落ちている。


「……悪霊」


 ミドリノは浅くなった呼吸を意識的に深くしたが、全身から汗が噴き出してきた。

 それでいて寒い。どうしようもなく寒い。それを知覚すると、三十六計逃げるに如かず、などと考えるまでもない無様な逃亡に入った。


 寸刻の間があり、圧倒的な怖気が身を貫く。右後方より来る。


「かあ!」


 かろうじて空気を吐いたミドリノが反射的に抜いた電磁ナイフの一閃は、鋭く精密に恐怖の源泉をとらえた。

 大きな口で襲いかかろうとしていた巨大な顔面を、ナイフが一直線に切り裂く。  


 しかし、悪霊の切断面が霧のように揺らめいただけだ。大商複数の口が突き出し、そのままミドリノに食らいつく。


 ガチャン。すべての口が一斉に閉じた。

 彼は転がりその場より逃げていた。そして近距離で対峙する。クチャクチャ動く口々が臭そうだが、なんの匂いもない。


 恐怖より疑問が先にくる。脳が軍人として機能していると安心した。

 相当にあった距離が一瞬で詰められたのはいい。だが、完全だったはずの手ごたえは半端、水を切った感触。

 立体映像ではない。何より寒い。

 歯がカチカチなり、ナイフを保持する手も震える。


 正解はなんだ?

 気持ち悪い大量の目はそれぞれが明後日の方向を見て、ミドリノを無視していた。目が合わぬままに再び悪霊が来る。


「アア!」


 ミドリノは自信を鼓舞する叫びをあげ、連続で斬りつけた。これも美しいナイフさばきだ。二回、三回、理想的な深さに入り、目と鼻をえぐる。この手ごたえも極度に軽い。

 異様に舌を伸ばした悪霊の突撃を全身でかわす。


「ここの生態系はどうなっている? お前は肉食動物に分類して報告していいと思うか? 口があるなら自分で種を名乗ってほしいものだな」


 疑問はなく、実のところ思考は放棄した。

 ひたすら前に出る。しっかり見ていればかわせる。


 切る、突撃、かわすのやりとりがずっと続き、悪霊のすべての目がミドリノの目を見た。これまでの虚ろな目つきと異なる正常な目つき。

 直感的に彼は逃げる。最も大きな目から黒い光線が発射された。


 遠距離攻撃の予感はあった。


 体勢を崩しつつもナイフの腹で受けている。これで光線は完全に防げた。あれは触れられる。それだけに当たった場合を考えると恐ろしい。あのような悪霊の仲間になることになるのか。


 その恐れを内包し彼は攻める。ときおり休みをはさみ、定期的に全力のラッシュ。

 切っても切っても弱らない。何の反応もないのだ。生物に必ずある情報への反射がない。目の前を何かがちょろちょろすれば不快なはずだ。


 自分ではこれに対応できない。悪霊は完全に物理法則から外れている。


 それでもわかったことがある。

 この悪霊は向き合っているとそれほど速くないが、逃げようとするいきなり近距離に出現し、獰猛さを発揮する。


 これがオカルト的に定義される悪霊なら、森の植物に魔よけぐらいはあってもいい。合理的に考えても、原住民がここに住めているなら対処法がある。


 それを探しながら戦えはしない。それでも希望はある。悪霊は太陽の下では活動しないのではないだろうか。彼は熱い砂漠にこれがいるのを想像できない。


 でかい口に噛まれるとどうなるか想像もできないが、攻撃は鈍い。日が出るまで戦い続けることは可能だ。

 しかし、寒い。あれが近くにいるとどうしようもなく寒い。精神的圧力のせいか、体が少しずつ重くなっている。


 その焦燥が急劇に強まった。悪霊を覆うすべての手がきれいに広がり、放射状になった。

 絶対に避けねばならない何かをやる。彼は木を壁にしようと走った。

 あれに背を向けず走ると遅い。嫌な感じが急に強まる。来る。


 ゴン! 硬い音が響いた。悪霊は霧散して、完全に消滅した。


「やあ、助かったよ」


 ミドリノが気軽に声をかけた。

 そこにいたのは、彼の胸部に蹴りをくれた石斧の男。すさまじい跳躍で高みより降ってきた彼が石斧で悪霊を粉砕した。力強く振り下ろされた石斧は、大地を少し割りめりこんでいる。

 戦士が斧を振り下ろした体勢からゆっくり復帰し、仁王立ちした。


「臆病者なら死んでいた」


 完全に言葉が通じる。ノイズは、ノイズが入っていると認識できる程度。

 集落の人々より一回り大きな体躯だ。動きを抑えているが、肩で息をしている。

 一人だと確信した。

 一対一の対峙、一挙一動に着目すべきこの状況で、石斧の気配がどこまでも大きい。何かの力を宿している。


「こちらは離脱したいだけだなんだが」

「戦意しか感じぬ。お前は戦士だ」


 ミドリノは眉で残念を作り、小さなため息でナイフを強く握った。

 これは負ければ死ぬ。戦士はこれを重大な事と捉えている。そしてどこまでもみなぎる戦意と喜悦。

 なぜかそれは、ミドリノの中にも湧く。


 ナイフと片手斧、近い間合いでの戦いになる。


 彼は全身を低くしてつっこむ。

 ふたりの勝敗条件は異なる。ミドリノの目的は逃走。敵の足を奪い、自分の足が無事なら勝ち。ただし増援が来れば終わりだ。戦士は誰も呼ぶ気がないが、脱走は早くに露呈してしまった。


 素直に狙いは足だ。短い武器では下方を攻撃できない。


 戦士は石斧を振りかぶった。それはミドリノが誘った動き。ただし石斧は常軌を逸した速度。片手でなぜあれほどの重量を扱えるのか。

 あまりもの異常に予想どおりにもかかわらず後退して避けた。


 ただ力を入れて振り回すだけの石斧が圧倒的に速い。振るのも戻すのも速い。ナイフで逸らそうと試みるも、重さだけで腕ごと持っていかれそうになった。

 人間の筋力ではない。


 受ければ終わる。だがナイフの動きは斧とは違う。小刻みな突きと精密な動きで戦士の動きを邪魔し、時に押しこむ。

 この少しずつ削るスタイルで、戦士の腕に傷をつけた。


「ハハッ」


 すぐに戦士は傷など気にしなくった。むしろ痛みを望むように怒涛の攻めが押し寄せる。石斧の一振り一振りが小さなナイフと同じ頻度で来る。

 どうにもならない。さらに戦士は武器などなくともパンチ一発でミドリノを殺せる。彼は後退するしかない。


 そこへ戦士が強く踏みこみ、渾身の振り下ろし。

 ここでミドリノは前に出た。前に出ることで石斧の間合いより内に入り、振り下ろされる直前の石斧の柄を、両手で持ったナイフで受けた。

 これで石斧が止まり、二人が肉薄する。体勢的にナイフはより両者の内側、とって返せば石斧が再び振り下ろされる前に、戦士の喉を裂く。


 ただし戦士の左手がミドリノの喉をつかもうとしていた。まちがいなく握力計がエラーを起こす膂力。

 その左手首をつかんだのはミドリノの右手だ。彼はナイフを受けに使ってすぐに捨てていた。


 前に出ようとする戦士の左腕の力をそのまま使い、戦士の体勢を崩す。

 しかし、手首をつかんで引くも、戦士は力だけで払ってしまった。


 しかし戦士はもろに後ろへ倒れる。

 ミドリノが上体の攻防をしかけつつ戦士の足を払っていた。ふたりの足は交錯していたのだ。とっさに戦士が石斧を振るも、ミドリノは限界まで接近し、ほぼ乗っかる形になっている。


 人体の構造上、押さえられると動かせなくなる場所はある。そこを押さえられると圧倒的な筋力も機能しない。


 結果、戦士の右手がミドリノの左ひじにブロックされるだけに終わる。ミドリノは空いた右腕で戦士の頭を地面に叩きつけた。

 後頭部がゴガンと鳴り、戦士が仰向けで硬直した。ミドリノは倒した勢いで前転して少し離れた。


 頭蓋骨を砕いた感触はあった。


 近接戦闘術。宇宙においては、無意味にして無価値な枯れた技術。ただし趣味ではない。意識的に脳を加速させる鍛錬として行っているもので、彼が若年の頃より修練を続けてきたミドリノ流近接戦闘術だ。


 不意に危険地域に入った状況を想定しており、未知の生物への対処と利用を重視している。

 基本的な武器の扱いに習熟し、現地の地形、道具を活用して単独であらゆる目的を達成するための技術である。


 あの部族の文明水準からして、洗練された格闘技術がないことは予想できた。

 極限まで無駄を省いた動きは力と速度の差をカバーし、打点をずらした防御は直撃を回避する。


 そして彼らの頭にない技で終わらせる。予定どおり。


「ぬぐう」


 倒れた戦士が石斧を振った。狙いはミドリノの足。


「のお! 脳まで頑丈なのか!」


 ミドリノが飛び退いた。戦士がよろよろと起きる。

 そこをとっさに蹴りで追撃するが、苦し紛れの石斧でも十分に強い。素手では接近できない。頭蓋骨を砕いたのは錯覚だった。そもそも仮想空間でもそんな経験してない。彼の頭部が下にあった石でも砕いたのだろうか。


 彼はナイフを拾いなおした。

 傾いて立つ戦士が言葉を発する余裕がないのは、意識に問題が生じているから。苦し気な表情にも出ている。


 それでも荒い動きの石斧一本に防戦一方だ。でたらめに速い。苦し紛れの強引な振りで、動きが読みにくなった。強引に飛びこむのはためらわれる。


 だが攻撃は一貫して単調だ。狙われているのは圧倒的に頭部、ほかは肩、腕ぐらい。さらに攻撃は正面に偏り、防御はおざなりだ。中でも特に無防備なのは――


 ミドリノは正面から側面へ動いた。狙いは足。

 すぐに逃げに回るための最小の動きでローキック。と見せかけ途中でミドルキックに移行する。

 熟練の発勁が可能にする動き。足が理想的な角度でレバーに打撃を加えた。


 足に伝わるのは石を蹴った感触。ミドリノは痛いという感情を飲みこみ、足を引く。近くなった距離を即座に空ける。幸い足は痛めていない。


 戦士はこの蹴りに無反応。痛みなどあろうはずがない。

 反撃の石斧を髪をかすめ、さらに連撃。それは完全にかわす。無駄な動きをさけて最小の動きで。最初から一貫して戦士のほうが速い。しかし、石斧の動きには慣れてきた。


 攻撃の間をぬって、ナイフで目を突く自信はある。さすがに目が石の強度とは思いたくない。しかしほぼ同時になる反撃の石斧で頭を割られるだろう。


 敵の動きを止めねばならない。

 関節技で指一本を狙って折るぐらいは可能。しかし戦士が薬物による陶酔や、極度の興奮状態であれば痛みで止められない。フェイントも無視だ。


 超筋力による石斧の振り回しのまえに、ミドリノはどんどん後退し草むらに達した。


 石斧は、ただ頭蓋を粉砕するために振るわれている。

 そのせいか、ミドリノの攻撃が右手に偏っていることも無視されたのは幸運だ。胸の痛みと連動する左手での打撃は避けたい。

 そちら側から攻められれば反撃の目はなかった。互いが有効な攻撃を放てないため、どちらかの体力が尽きるまで状況が続くように思えるが、やれることはある。


 ミドリノ流近接戦闘術では、森の地形も利用する。

 しかし、彼はこの森に無知なのだ。敵のほうがよほど知っている。罠をしかける時間もなかった。


 それでも、戦闘になると予感した時点で、周囲の木々や石の位置は即座に頭に入れている。


 ミドリノは樹木を壁に使い、また内に入ろうと試みた。

 しかし、石斧は壁に使った樹木をなんなく粉砕、そのまま顔面に迫った。これは問題なくかわす。ただし、小さな破片が飛び散り、ミドリノのほおに刺さった。彼がそれを指ではじく。


「腕に超伸ポンプでも入れているのか」


 戦士は意識が少しはまともになったのか、ここが勝負と前に出る。


 バサッ、その視界は大きな葉で塞がれた。ミドリノがつかんで振り回した大きなシダ科の植物だ。戦士は知ったことではないとそれを両断する。この葉の裏にはミドリノが期待したものがあった。葉の裏をびっしり埋める肺胞である。膨大な胞子が飛び散った。


 攻撃は続いたが、数秒後、戦士がむせた。同時にミドリノが足で抑えていた枝が跳ね上がる。棘の生えた低い枝が反発でもどって戦士の顔面を打ち、わずかに動きが止まる。


 当然ミドリノが前に出るも、迎撃の石斧が空振りした。彼は直前で止まっていた。

 ミドリノはナイフを持った右手に紐も握っていて、紐の先には彼が食べた料理に入っていた刺激物の粉末の入れ物がくくられていた。吸えばむせるのは確認している。


 彼が紐を振って戦士の顔面にぶつけると、荒い粉末が両者の間にぶちまけられた。

 これが戦士の目を一瞬潰すが、戦士は引くどころが決死の前進で攻撃を放った。大岩を割る力がこもった一撃だ。


 石斧の先にミドリノはいない。彼は粉末がぶちまけられるなり、特にダメージの大きい戦士左目側へ全力で跳躍していた。そこに着地し、音に振り向いたところをつかんで投げるつもりだった。

 しかし、彼が思った以上の跳躍で、戦士の上を飛び越える勢いだった。だが戦士が前に出たために上を通り過ぎずに、頭の横辺りにギリギリ滞空していた。ぶつかりそうだ。彼は必死に姿勢を制御する。


「おらっ!」


 かなり強引だが、側頭部から後頭部への膝蹴りがまともに入る。

 戦士がトラックにはねとばされたように飛び、木に当たって倒れた。


「ああ?」


 ミドリノは怪訝な声をもらし手足をついて着地した。

 戦士は異常な飛び方をした。距離にして五メートルは飛んだ。ひっかかる枝がなければもっと飛んだのではないか。


 今度こそ戦士は起きなかった。白目をむいている。死んではいないが、助かるかどうかはわからない。


「殺したらどこまでも追ってくるだろうな。しかしな」


 ミドリノは試しに全力で真上にジャンプした。確実に五メートル以上飛んだ。おかげで着地時に胸が痛んでうめいた。


「まったく。遺伝能力限界なぞあったものではない」


 ここでミドリノの耳元で声がする。


「おやおや、これはこれで、流れというものでしょうか」


 ソワラではない。

 幼い声は、反響がまったくなくカチンと安定している。

 周囲には倒れた戦士しかいない。これも魔法、そこまで考えいたるとすぐに結論。


「……ブノか?」

「やっと印が機能したらしい」


 子供の声は、何かに納得してミドリノを無視していた。

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