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原住民3

 さて、やるか。そんな心境。

 とはいえ、活動ユニットの下に着ていた服は軽装だ。保護能力は限定的。リビングでくつろぐような服でもないが、密林での行動には適さない。


 蒸した空気を直に感じるようになり、足の裏だけが冷える。バイオセラミックの靴下は頑丈で石が貫通することはないが、突起物一つで負傷はする。


 基本的な目的は集落よりの離脱。足の故障は致命的。しかし、集落内では危険物がゴロゴロ転がっていることはない。危険を認識つつも、今は意識から追い出す。


「まずは物資か」


 離脱後を考えるなら、水筒ぐらいは必要だ。密林の植物には、導管を切断して水を得られそうな種があったが試していない。


 プラズマガンは探さない。エネルギー残量が少ないからだ。

 武装は電磁ナイフのみ。使える装備だが心もとない。狩猟用の弓ならきっと民家にある。あの戦闘では当たらなかった精度だが、遠距離武器が欲しい。


 捜索を考えると、集落の内に入るリスクは避けられない。

 寝ていたおかげで脳は最高に覚醒している。適切な警戒と、無駄のない歩みで、集落に浸透する。


 元より暗所に強い目が、ナノマシンの効力でさらに強化され、月明りから逃れた場所もよく見えた。


 軒下に干し肉が吊るされていた。扱いからすると一般的な食料だが、あの料理には入っていなかった。それを考える余裕がある。


 さらに耳は音の動きを正確にとらえた。

 集落の中で小さな影が走り、彼は身を潜めた。子供が灯りのほうへ走っていく。


 これまであまり見なかった子供がうろちょろしている。子供の大半は灯りの多い場所にいると推定されるが、動きが読めないので厄介だ。彼が移動ルートに使っている家の裏の暗がりにいてもおかしくない。


 出会い頭に殺していいなら対処難度は低い。それは部下の救助に必要ならためらわないが、ほとんどの場合不利に働くと判断して原住民は徹底回避。


 家の中は、中の気配を探ってから窓から様子を確認して通過する。

 戸口が狭い家々の中は特に暗く隠れるに向いているが、脱走が知れ、捜索が始まれば、隠れてやりすごことは不可能。出入口が原則一つであるのもリスクだ。


 実際に歩いてみるに、やはり小さな共同体だ。よって、込み入った路地や、雑多な遮蔽物などはなく道の横断は神経を使う。

 とはいえ、道とそれ以外ははっきり分かれており、道を避ければ人はいない。また、木々とその陰が多いのが救いだ。


 家の数からして、集落の人口は三百以下といったところ。


 この規模は不安材料だ。現在の探索中より、逃亡時にまずい。見える範囲に農地はない。整った植え方をしていないだけで根菜が植わっていてもおかしくないが、食料は狩猟・採集の割合が大きいはず。

 それでまかなえる人口は知れている。


 つまり、この文明水準ではここは十分に大規模なのだ。村規模になる。

 魔法で無限に食べ物が出てこないかぎりは、外部の経済と連結している。


 近辺にもっと小規模な集落が複数あり、ここはちょっとした中心地。事実、道らしい草が茂らない土地が村の外に続いている。

 逃げた先で同部族の集落とかち合いかねない。


「そこは考えても無駄か。いや」


 村の周囲を探り、道らしいものがどの方角に伸びているか探っておく。

 彼は村の外周部を移動しつつ、家々を探った。三人は見つけられない。祭りの広場のほうにいるのだろう。


 道中にあった無人の家で、弓と矢を取得した。弓の張力は心もとない。毒矢でもなければ武器には勘定できなさそうだ。弦の音が抑えられば使い道はあると思ったが、この不慣れな弓では難しい。それでも持っておく。


 不意に、道端の原住民の会話が耳に入った。遠いが、無風の静けさではっきり聞き取れた。


「ベラドはまだ始まらないか?」

「神の遣わした永き客を祝うのだ。しかも急のことともなればな」

「そうだ。北の〔樹番/ブルモック〕は絶えたのだぞ。不吉ではないか?」

「わからんのか。新たに更新されたのだ。サガリバナを用意していたから、新生の儀も執り行われる。ようやく新たな導きが訪れたのだ」

「すでに多くは新しくなっているようだがな」


 会話の意味が分かる。しかし二つの言葉が混じる。認識と理解が混線して、音と意味が頭で交錯する。


 違和感は頭だけではない。体中で何かがはいずりまわっているような錯覚があり、どうにも気持ち悪い。


 この現象を冷静に考察し、言葉より遅れて理解が来ると認識した。意味を汲みあげようとして初めて理解できる。わからないがわかるのだ。


 悲惨な環境のストレスで幻聴を聞いているとすら疑うが、この感覚はソワラにやられたものと近い。あれほど苦しくないので探索は継続できた。


 いまひとつ意味を理解できない会話を盗み聴きしながら行くと、民家と構造が異なるやや大きく床が高い建物を発見した。周囲には人がいない。


 彼がやや急いで中を探ると、場違いな物品ばかりだった。布の服や金属の道具など、集落の文明と合わない物が多い。

 中でも目につくのは、立てかけてあったのは銃器類。多くは口径が大き目のライフルだ。


「弾薬はあるのか?」


 彼はアサルトライフルへと伸ばした手をもどす。銃器に黒い血が付着していた。やかましい武器の所有者は死んだのだ。代わりにナイフを二本取得した。


 おそらくこの倉庫はあまり利用されていない。定住者がいないここで、民家でくすねてきた原住民が利用している何かの植物繊維の紐を体に撒いて、得た道具と活動ユニットに内蔵していた修復道具や薬品を保持できるようにする、

 なお、プラズマガンは無かった。彼らの装備は何もない。


 ここで倉庫の外に気配が現れた。付近にあまり人がいないことを考えれば、人の目的はここか。


 彼は壁に立てかけられた天井まである大型ライフルに足をかけ、大きな梁に手をかけた。左手に体重がかかると胸が痛む。右だけで

 梁の上に回る前に気配が来る。彼は手足で梁の下から抱き着き、 


 やはり誰かが入ってくる。男が


 ひとりだ。声を出させずに締めおとす自信はある。普通の人間であれば。


 男はすぐに出ていった。



 彼はこれ以上の探索は実入りを期待できないと考え、人の多い広場が見える位置まで接近した。


 三人は石段の上に座っていた。周囲を囲まれ、原住民のやりかたで地蔵みたいに拝まれている。だから安全とはいえない。


 しかし、実のところ手詰まり。


 足を負傷したボグンズは連れていけない。残りのふたりを連れていくなら、寝静まってからのほうがいい。単独で離脱しても、三人奪還のための援軍を呼べる確証はない。

 どの選択も期待値が低く、情報不足も手伝い、決断を下せないでいた。


 ただし現在実行可能な選択肢は一つ。単独であれば離脱の準備はできている。それは少しでも早いほうがいい。


 広場に集団が入ってきて、中心的な位置にとどまった。挙動から、儀式に関わる集団と推定された。

 その中に花飾りをまとった子供が老人に囲まれている。十歳に達しているか怪しい年齢的で、中世的な顔立ち。堂に入った立ち姿で、杖を持っていた。頭にはもさもさした飾りをかぶっている。


 老人たちは装飾品や特異な刺青で目を引くが、あの子供の灯りが反射した瞳には、波打つ銀の神秘的な揺らぎがあり吸いこまれそうだ。あれがブノだと確信した。

 そして一瞬、彼と目があった。


 見えたはずはない。ミドリノは近くでも発見しにくいほど暗い場所にいる。それでも反射的に身を隠した。


 別の位置から広場を窺うと、ブノは広場の外に視線を向けていた。


 広場にはまだ大きな動きはなく、じっくり観察していると彼の頭の飾りが何かわかった。

 髪のように配置されているのは人の指だ。距離と暗さで不鮮明だが、左右の人差し指だろう。それが大量についた物を頭にかぶっている。


 彼はそれを野蛮とは思わない。あれから知るべきは好戦性、そしておそらく、本物の呪術。それより推定される周辺環境。

 日常的に戦闘がある。


 ここで集落に動きがあった。

 原住民がにわかに騒がしくなり、集落の西側へ集中した。儀式の開始は広場の外なのだろうか。

 ミドリノは暗い家々の陰を移動して、騒ぎが見える位置に移動する。


 西のほうから呼びかけがあった。


「カポよ。ウェルゥのルンメが来たぞ」


 トーテムが設置された場所に、五人の来客があった。一目で別の部族だとわかる。


 ここの部族Aより文明的だ。来客の部族Bは、鳥の羽根のマントを羽織り、股にはぐるっと布を巻いている。布を織る技術がある。腕に布と装飾品をまとっている者もいて、さらに靴を履いていた。つるで編まれたサンダルだ。どちらも露出が多く、全体の印象は熱帯の部族であるのは同じだが、原始と古代ぐらいの差は感じられる。

 ここにはいないが、部族Bの女は胸を隠していそうだ。


 彼らには気になる特徴がある。同型のバックパックを背負っている。あきらかに大量性生産の既製品だ。


 そして五人のうちのひとり、中央にいる者はだけ服装が異なる。

 フードをかぶって恐ろしげな石の仮面をつけ、大きな木の杖を持ち、ローブを着ている。露出した手と足は白い。

 特別な人物に違いない。


 集落から出た一人が、この五人の前に立った。


「カポのトジテがウェルゥを迎える」


 どちらも宣言するようにしゃべるので声がよく通る。


「ハイオロの導きによってこの日に来た」

「ヴァエオカンの深き底によって迎えよう」


 部族AとBは交流があるようだが、集落側に一定の警戒感を感じた。会話はよく聞こえた。カポとウェルゥが部族名なのか、地名なのかは不明だが、これが所属を示している。

 両者の儀礼的な会話と、足踏みや手ぶりの動きがしばらくあり、話は本題に入る。


「北の守護が減ったと聞いたが真か?」


 来客がたずねる。


「そうだ。言い伝え通りに妖精が現れた。新生の儀を行う」

「代替わりは起きていない。妖精はこの地に置いてはならない」

「なぜだ? 妖精たちはこの地を祝福しに来た。妖精は新生の地に留まらねばならない。さもなくばすべては沼に沈む」


「否、彼らは妖精ではない。遠い地からの旅人である。外よりの旅人はトブサの地に入るのがならわし」

「そのようなはずはない。彼らは新芽にして沼の上を覆う根である。カエノトクエの卵より産まれたことは皆が知っている」


 ここでウェルゥの石仮面が、話していた仲間の耳元に顔を寄せた。


「偉大な自然祭司ドルイドは呪いを心配している。この地が呪われれば、彼にも解くことはできない」

「何を言うか! 我々の祝福を奪うつもりか!」


 男が極めて強い語調で言った。


 ここで仮面が杖を大地に打ちつけ、多くの者が仮面に着目した。仮面がよたつくように回転し、踊りながら叫ぶ。


「トウキョウトッキョキャカキョクトウキョウトッキョキャカキョクトウキョウトッキョキャケキョー!」


 ドゴーン! 世界が揺れた。その場にいた全員がよろめいて倒れる。地震だ。最初に大きな縦揺れがあり、周期の長い横揺れが長く続く。多くの人々が恐慌におちいる。


 その中でウェルゥの五人と、ブノだけが立っている。あそこだけ、揺れていない。

 これにウェルゥの男が勢いづいた。


「者ども、精霊の声を聞いたか! 我が自然祭司ドルイドは精霊の怒りを知らねばならないと言っている」


 またドン、大地が揺れた。これでまた多くが騒ぎ、泣き叫ぶ者も出た。

 しかし揺れの原因をミドリノははっきり見ていた。


 空から白い物がまっすぐ降ってきたのだ。それは石仮面の至近距離に落ちた。

 ソワラが石仮面の正面に立っていた。足が少し地面にめりこんでいる。


「私を探しに来たのではないようで」


 仮面の男が彼女に距離を詰められて一歩下がった。


 両者が向きあい、無言の時間が続く。ミドリノはあの念話テレパシーをやっているのだと確信した。

 何か起こる。


「……今はちょっと待て」


 大きくもない石仮面の声は、なぜかミドリノの目の前で話しているように聞こえた。若い男に違いない。


「この期におよんで何を待つのですか!? そもそもこのような」

「だから」


 ソワラの顔がこわばり、ボン! ミドリノは空気が破裂する音を聞いた。

 真っ白な輝きを宿した衝撃波が彼女を震源として広がり、広場の人々をなぎ倒し、ほこりと葉が舞い、木々を揺らし、広場に近い家を破壊していく。


 三人は軍人だけに反応が速い。光を見た瞬間にトーテムの裏に伏せていた。 

 ミドリノも伏せていたが、衝撃波は彼まで達する前に停止した。


「落ち着け」


 石仮面がソワラに左手の手掌を向けていた。彼女の放った衝撃波が時を戻すように逆流し、半壊していた家のいくつかが再生した。


「十分に冷静ですとも、わかっておいでだと思いますけれども」


 ソワラが、事務的かつ、諦めかつ、見下げ果てた顔になっている。

 ミドリノはこの緊迫した状況でなぜか想起した日常より、女があの顔になったら終わりだと苦笑いした。


「いや違う。話せばわかる。しかしそれは明日からで」

「私より優先する事があるんですね」


 石仮面がその場よりいきなり消えた。ミドリノはその目に焼きついた残像から、後方へ吹き飛んだのだと理解した。

 その意味を理解する前に、集落の木々が一斉に爆発的な成長を始めた。さらに大地のいたる所より草花が発生し、集落を覆おうとした。

 集落の区画が急成長する植物によって遮断され、人々が孤立していく。

 耳障りな甲高い音がして、草花が弾け飛び、大量の切れ端が宙を舞った。

 集落中で光と爆発が起こり、木々が走り回り、怒号と悲鳴がしばらく続いた。

 



 ミドリノは集落を出ていた。すべての監視が広場に向いた混乱の極地こそが離脱の好機であり、同時に誰かを救出するには不可能と断じるしかなかった。

 三人が自発的に離脱してくれれば合流できたが、ミドリノを残して逃げはしない。連絡手段を回復できなかったのが致命的問題となった。それはこの先もそうなる。


 戦力や技術面の情報不足はさらに強く実感される。

 あのとんでもない魔法使いに対抗するのは無理だ。彼は夜の密林を駆ける。


「何か知っていそうな部族がいたのは大きいが……」


 ウェルゥという部族が使えるかどうかよくわからない。逆に危険かもしれない。この星は奇妙な一致がある。


 情報が足りないが、逃亡を選択した時点で今の目的は一つ。救命艇へ逃げること。その次は救援を待つしかない。


「絶対に空から見ているはずだが……ひょっとしたら幻影とやらをくらっているのか? 光で緊急信号を出せば、物資投下ぐらいはやるはずだが」


 理想は陸戦隊の派遣だが、そこまで望めない。

 物資すらだめなら、本当にできることはない。あえて言うなら不要な行動の回避。三人の身柄の奪還が困難である以上、扱い悪くなる行動は避ける。


「やはり問題は、現地の国家を味方にできるかか? 装備を交渉に使えば可能かもしれんが」


 どうあれ。今は駆けるのみ。無力な自分から目を背けるように走っても走っても疲れない。胸をかばって全速力ではないせいだろうか。


 夜でも南北はわかっている。北にいけば砂漠だ。

 やや西寄りでもかまわないと思うのは、別の部族が西から来たからだ。支配領域が違うなら追いにくいはず。


 その計算で藪をかきわけ、木々の並びを見て頻繁に進路を選択して走る。


 彼は調子がいいと確信する。不可解な変化だ。前途多難で部下を見捨てた失念に満ちているのに、進路が広く見える。感覚が広くなっているのだ。


 どんどん加速して、景色が速く過ぎ去る。そこで感じる風の抵抗は、これまでに人生で経験したことがないものだ。


 ミドリノは一瞬の無音を感じ、急加速して姿勢を低くして走り抜けた。ガサッと、肩に何かが触れた。

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