表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
336/359

ジェンタス上陸3

 あれは樹木に改造された人間のようである。


 地球人よりは細い苔むした木の体のいたる所に小枝が生え、先端に葉がついている。苔を土台としたのか寄生したのか、樹皮には複数種の花が咲き、長い年月を屋外で暮らしたことは疑いがない。


 性別は不明。性差を判別できる要素がない。体表は樹皮以外には見えず、かなり硬そうである。


 周囲をうかがうしぐさはややぎこちなく、壊れた機械を思わせる。それでも歩行動作は柔軟であり、鎧だとかを着ている感じではない。


「知的生命体ですか?」テロテロが声を殺した。

「獣にしては、我々に似すぎている」


 五本の指は先端が細く、枝との印象が強いが、道具を扱える手だ。しかし、何も着ていないし、手に持ってもない。この意味では類人猿レベルだ。


 木人はフラフラと歩き、近場の木を凝視した。まぶたのない白目なので見ているのかどうかは不明だが、とにかく木に目を向けている。そしてまたフラフラ歩く。


 首がギコギコ動き急に百八十度回転させる挙動は、ミドリノを不安にさせるが、あれでリラックスしているのだろう。周囲を気にせずゆっくり歩いては停止し、ぼうっとたたずむ、そして木を見る。


 ミドリノは暗い森の奥を警戒するが何も認識できない。あれは単独行動だ。


 危険であろう森の中であれが自由にしていられるのは、あれが木に擬態しているからと断言できるか? さっきの虫の集団もきっと木をかじりはしない。しかし、遠目でもわかる程度には動いている。


 あんなものがいるなら、木を襲う生物がいてもいい。あるいはあの見た目で、中は哺乳類に類似しているのか。ミドリノの知識で判断できない。


「話が通じるとは思えない。どうします」とテロテロ。

「このまま隠れる。虫は追ってきていないようだし、あれがいること自体、ここが虫の勢力圏でないことを推察させる」


 動物なら標本を入手するという判断もある。分析器が故障していても多少の試薬や顕微鏡はあるのだから、分析はできる。


 それでも念のために銃を構えておこうとは思えない。

 ほかの二人は息をのみ隠れていた。白い活動ユニットは森ではめだつ。


 時間が経ち、より観察は緻密になる。

 木人の白い眼は吊りあがり、やや怒っているようにも見え、かなり異様な印象だ。しかもあれが歩くと近くにある木の枝葉がざわめいている。

 その原理は誰にも理解しがたい。


 ゲームにいそう、というのが彼の率直な感想だったが余計な軽口はポフレッタを調子づかせる。彼らの感情は連鎖しながら加速爆発する。


 木人は同じ場所をうろつき続けていたが、ある時、木人の頭が不安定に大きく揺れ、髪として茂る小枝も揺れた。

 それで最終的にこちらへ向きなおった。これまでと違い、何もないだろうこちらを凝視している。距離のおかげで曖昧だが、目が合っていそうだ。


「見えているはずはない」


 クルーを安心させるための言葉だが、ヒリヒリと嫌な感じはした。巨大砂ミミズと違い、彼がこわばった。


 木人の顔に力が入り、口を食いしばった。強烈な不服を感じる表情だ。表情筋はあるらしい。ならば、それで意思疎通仲間があり、群れがあるのか。


 濃い茂み越しの視界、あちらからは茂みでしかない。それは確実だ。


 木人がこちらへ数歩走り、獣のように叫んだ。


「オオォオ」


 木をひしぐ重い音が森を突き抜ける。


「逃げろ!」


 ミドリノはすぐに逃げ出したが、それより先にクルーは逃げていた。どの方角へ走っているのかもわからないが、とにかく走る。


 木人もそれに呼応して大きなストライドで追ってきたが、すぐに途中で減速した。いっそう大きな声で何事かよくわからない内容を叫び、両手をこちらにかざした。


 その言葉らしいものに怒りが宿っていることは理解できたが、とにかくこのまま走って離脱できる。あれがどんな生物かなどは後で考えればいい。


 その意図でミドリノがより加速した時、何かが足をすくい、彼は無様に倒れた。


「なんだ!?」


 比較的見通しのきくルートで、足元には何もなかったはずだ。転倒の原因を確認する前に「グオ」この悲鳴はボグンズだ。彼も転倒した。しかし完全に大地に横にならず、上体が手をつく直前の態勢で浮いていた。


 姿勢が低くなっていたミドリノは、ボグンズの体の下に直立したものが連なっているのが見えた。

 地面から複数の根が突き出していた。ミドリノの足を引っかけたのもこの根。逃亡ルートに大小の根が突き出している。こんなものはさっきまでなかった。


 ここでボグンズが完全に倒れた。背中に回った根が彼をがっちりつかみ、大地に縫いつけられた。

 さらに彼の活動スーツの右足を尖った根が貫通し、それが血に濡れている。今の彼は完全に地面にはいつくばっている。さらにあれがくれば、全身が刺し貫かれる。


 彼を助け起こそうとしたところで、再び木人の叫びがして、頭の中に重くにじむ残響が響いた。ミドリノはその怒りの音の中に勝利の雄たけびに近い要素が混入したのを感じ、反転してプラズマガンを構えた。


「迎撃だ。各自射撃!」


 ミドリノの放った光弾が木人の股に命中し、さらにテロテロの光弾が胴体を捉えた。股が大きくはじけとんだのに対し、胴体はやや焦ぶにとどまった。


 木人はこの致死的な攻撃で苦しみの叫びをあげた。しかし生きている。顔面をミドリノは撃ちまくった。テロテロも同じだ。暴発の可能性など気にもとめずに連射した。


「ハアアァー」


 急に澄んだ高音が耳に入った。あれが欠けた顔で歌うように口を開いている。

 それが何かなどは気にしない。異様に頑丈なあの生物もすぐに死ぬ。炎上し、物理的に欠損していっているのだ。だからとろい的を照準し、引き金を引き続けるだけでいいはずだったが、彼は的から目をそらした。


 景色が急に明るくなったのだ。森の木々に遮られていた太陽光が、なぜか収束して彼に集中している。


 猛烈にまぶしく顔に焼けるほどの熱を感じる。それでもなんとか的は見えている。そして活動ユニットは熱に強い。引き金が引かれた。


 最後に木の破裂音が森にこだまし、木人は黒く焦げ、砕け、地面に伏した。


 ミドリノがさらに撃ってから様子を確認する。民族趣味の人型木像が燃えているようにしか見えない。恐る恐る触ると、活動ユニット越しでも木の強度を感じた。腕をまげようとしてみたが、完全に硬直しており、しなりすらしなかった。関節など最初からなかったような動きで、木像そのものに感じられる。


 また、傷が大きいのに出血はほぼない。多少水分が流れているが、粘性からしてほぼ水であり、これが血液の代わりと思えなかった。


「今、俺は恐怖を感じているぞ」


 彼は誰に言うでもなく言葉を吐き、クルーのいる所にもどる。


「艦長、これは処置しないと」


 テロテロが倒れたままのボグンズについていた。


「痛みは?」

「足が特に痛い」ボグンズがうなる。

「上体は動かんだけか?」

「圧迫で苦しい」


 それは、出が悪い声でも表現されていた。

 ミドリノが彼の背を押さえる根にナイフの刃を当てると、思いのほか簡単に切れた。拍子抜けだ。猛獣の牙を通さない活動ユニットを貫通する繊維ならば相当な強度と思っていた。

 しかしまだ最大の問題がある。


「やるしかあるまい」


 貫通した根を強引に抜くと、活動スーツの足部分に穴があき、そこより血が流出していた。それ以外の部分もいくつか裂けており、木の根が中まで貫通している。


「気密がやられた。このままで止血もできん。脱いで、抵抗ナノマシン錠剤飲め」


 頑丈な木の根を引き抜き、三人がかりですみやかに彼の活動ユニットを脱がせた。下は密林に適さないラフな格好だ。

 大きな出血はふくらはぎにある三つ。どれも傷はさほど大きくない。洗浄して医療スプレーを噴いた。これで殺菌され、細胞再生がうながされる。


「痛えがすっきりするわ。知ったような香りだ。悪くない」


 ボグンズは木にもたれて深呼吸をしていた。


「歩けるか?」

「痛いが、走ろうと思えば走れる」


 ボグンズが立って慎重に足踏みした。


「よし。深手ではないな」一つの問題が解決した口ぶり。


「常識はどこにいったんだ!」


 テロテロが準備していた悲壮な叫びをあげた。


「これは、木の……木を使った罠のようなものだ」


 ミドリノとテロテロが目を見合わせる。納得を求める目と、ご冗談をの目だ。


「そんなことより呼吸のダンスしましょう」


 マインボンが重大事項であるように言った。


「ダンスダンス会戦じゃないんだぞ」と先祖を思うミドリノ。

「まあ、呼吸は重要です」テロテロまでこれに賛成する。

「大気は予測で安全だとわかってた」


 艦長は冷静だったが、三人は輪になって踊りだした。ボグンズは片足でやっている。


「やっとくか」とミドリノも加わり、儀式的におのおのが呼吸のすばらしさを述べた。


 踊りは続いたが「いてて」とボグンズが踊りからはずれる。


「こんなことをやってる場合じゃない」


 ミドリノも打ち切り、テロテロも話をもどした。


「だからこれはなんなんですか?」


 彼が地面から伸びた根をつかみ激しく揺らす。


「そいつは、そういう生物だとしか言えない。離れたほうがいい、危険性が――」

「どう見たってただの根っこだ。それが伸びてきた!」


「ああ、ああ。重力下では、通り雨程度にはあることだ。それよりも」


 ミドリノは文句を言いたげな部下を放置し、焼けこげた木人の死体を引っぱってきた。


「こいつを見ろ」ついでに別件。「マインボンは活動ユニットの補修だ」

 マインボンがチューブの補修液を使い始めた。


「ええ、それもおかしいですね。こいつの動作と根が連動していた」テロテロが死体の足の裏を調べる。若干の根が張っていた。「しかし、こいつとあれが連結してたわけじゃない」


「そんなものはどうでもいい」

「さすがによくはありません」

「いや、命中痕だ」


 言われたテロテロが木人の死体を確認してから「……何がです?」


「お前の射撃は表面が燃えただけで、俺の射撃は破裂してる。傷を比べればわかりやすい」ミドリノがなぞった損傷は明確に深さが違う。「威力が違う」

「そんなの、壊れた以上しかたない」


 テロテロはプラズマガンのせいにした。


「いや、最大で固定したぞ。上か下しか無理だ」と抗議的にボグンズ。

「地球人用とポフレッタ用で電池バッテリー容量は違うが、出力は同じはずだ」

「いろいろ壊れてるんですから」テロテロは投げやり。


「どうにも気に入らん」ミドリノは何かにひっかかっているが、どうにも頭がもわっとしていた。そのまま状態で言う。「……プラズマガンを交換しよう」

「重すぎますよ」


 テロテロは文句を言ったが交換に応じた。


 ミドリノの手にやってきた銃は、地球人にはやや小さい。共用できるようにデザインで配慮されているが、根本的な差はある。


 そんな条件差を考慮せずミドリノは近くの太い木を撃った。するとあの木人と比較にならないほど派手に炸裂し、木片が散った。ただしあまり燃えてはいない。水分量の差か。


 とにかく、完全に貫通していないが大穴が空いている。

 プラズマガンの最大出力なら、これぐらいの威力はあってもいいのか。

 これは判断しにくい。木を撃つ用途の物ではないから。


「かなり撃ったから、電池バッテリー残量だってどうなったか」

「そうか!」


 思い立ったミドリノは、交換していたプラズマガンを強引にとりもどし同じ木の下部を撃った。ほぼ同じように木が炸裂して大穴ができた。


 威力は同じだ。これで正しい。これで正しいのだ。だとすると――


「おかしなことが……」


 ミドリノはそこまでで意識的に黙った。


「認知の枠を割らなければ。枠に押しこめては歪むだけだ」


「だとして……どうになります?」テロテロが言った。


「まず……あの生物は魔法を使うようだ」


 これがミドリノの判断。まだろくに考えてもいない。自然と口から出ただけだ。


「超科学ですか?」とテロテロ。

「無茶じゃねえか?」とボグンズ。

「怖いなあ」とマインボン。


「とにかく、シェイエの常識は通用しない。どんな物質を利用しているのかわからんが」

「地球の常識もでしょ?」

「どうかな……」ミドリノが悩み、話を変えた。「ボグンズは、痛みは引いてきたか?」


「いや、まだ縫い合わさっていない」

「まったく、踊るからだ。ちなみに死にしそうな病気でもない?」

「そんな即効性の感染症などそうはないでしょう」


 ボグンズはなんの心配もせず、木の葉を触っている。


「まあいい。今の状況でも問題はないはずだ。この惑星の微生物がよほど奇妙でないかぎりは」

「その疑いがかかるレアケースでは?」

「結果的にいい実地テストとなった。まず救命艇に帰る算段を――」


 ミドリノが遠くへ目をやった。かすかに話し声が聞こえた。


 縦に長い生物がこちらへ接近している。あきらかに複数だ。


 互いの間にある遮蔽物の状況を勘案するに、あちらは森の遺物である白い活動ユニットを見つけているはずだ。茂みに隠れていなければ、何かわからない白だけでも目をひく。


 テロテロがすみやかに銃を構え、木の裏に隠れる。


「ボグンズ、活動ユニットを着ろ」


 彼も木の裏に回って、急いで活動ユニットを着る。


 そして三体の生物が出現した。こちらを指さしてあれこれ言って興奮している。


 それがはっきりわかった。どう見てもヒト科生物だからだ。

 きわめて地球人に近く、肌は浅黒い。これは日焼けに見える。服装はほぼ全裸で、股間には植物繊維の布を巻いているだけだ。肩に文様の刺青がある。

 常識に従うなら男性だ。


「ナムクマメナケカタ、ツアマエメ!」


 早口でまくしたてている。音を聞きとることは困難だ。

 手には槍と弓。穂先と矢じりは金属だが、鋳造して研磨したものには見えない。金属板を割って切り取ったような形状だ。


 さらに興奮している。言語があり、道具を持っている。知的生物だ。

 今回は完全に向こうに捕捉されている。考え事に夢中になりすぎていた。


「地球人に近い」


 近い、というよりはっきりした相違点を発見できない。人種差もあるし、地球人は宇宙でも多様なほうだ。


 ここの森の景色は地球に近い、近い生物がいるのは自然なことだ。むしろ、木人が異常であり、あれは常識的な生き物といえる。


 そこまではいい。次に遭遇したのが岩人間や土人間だったという展開よりはいい。

 問題はあれがより興奮して激しく武器を振っており、ある者は獲物を襲う手前の目つきになっていて、友好的だとは思えないことだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ