ジェンタス上陸
「電源が消えたらライトも消えてる」
「艦長落ち着くべし」
温和なブラセンター少佐は反応が鈍く、お調子者ティック少佐は軽口だ。
クルーたちはのんびりして、モニターで戦闘の残りかすを見ている。
テロテロだけはゆっくり立った。
「意味もなく警告が出てたまるか」
ミドリノは部屋の制御モニターを確認した。こちらも右端に異常警告表示。
「捜索物は?」
「救命艇の緊急マニュアルだよ。きっと薄い紙のがこの部屋にあるはず。でもどうかな……」
ミドリノが動きをピタッと止めた。眼球が痙攣するように動く。
「管理AIが対処するのでは?」
見るからにボケっとした顔のギャマシー少佐が言った。
「貴様らみたいな危機感のない奴は暴走したAIに殺されとけ。野菜工場のやつに野菜と間違われて、なんかこれはうまく切れないぞ。廃棄だなって」
彼は吐き捨てた。それにクルーの多くが笑った。
AIが指示を通告していない時点でかなりおかしい。
今の部屋は船の内側にある最も頑丈な部屋だ。船は事前に命令されたとおりに動く。操船の必要はないが、機能が集約されているのは操艦室。
ミドリノは部屋を出て、長い廊下を二十五歩で抜けた。
救命艇は円形で直径二百メートルを超え、無名の小惑星に着陸しても定員が一年生活できるだけの設備がある。
操艦室に行く途中で弱めの重力を感じた。かなり急角度で軌道に侵入している。すぐに歩けるようなる。
操艦室のモニターは止まっていた。この状況なら起動していないとおかしい。
テロテロが追ってきた。
「焦らずとも三十分はあるのでは?」
「いや、ルキウスの速度を乗せて第一戦闘速度で射出した。すぐに軌道を抜ける。それに降下予定位置からあまりずれてほしくない」
「初期の予定着陸時間は?」
テロテロは操作盤の裏を確認している。
「予定では……」ミドリノは考えて首を振った。「だめだ。思考はあっちに置いてきた。とにかく早く制御を」
部屋が真っ暗になった。闇しかない。さらに船体が揺れ始めた。
「うわあ」元の部屋で誰かがおびえた。
そしてすぐにあの部屋から光が見えた。携帯していた個人用端末のライトを使ったらしい。
「緊急電源があるはずだ」ミドリノは台に手をついて完全に停止し、眼球運動は微弱で不規則になった。
「故障原因の候補は、電池、配線の焼き切れ、検知器か? 検知器一つの故障ではこうならん。複数が一度に壊れる場合もあるな。透過性兵器なら、少しは破壊を感じそうなもの……」
「長く考える時間はありません」
テロテロの注意で、ミドリノのこわばった表情筋が緩んだ。
「シールドは生きてるのか?」
「そいつは展望室に行かないと。とにかく、信頼性の高い予備システムがあるはずだ」
信頼性の高い=古典的、であることは両者の間で合意されているが、それすら機能しないかもしれない。
「ここを調べてくれ。しかし、普通はあの部屋にいるわけだから、緊急操作系もあそこにあるよな」
ミドリノは元の部屋にもどった。帰りは五十三歩。重力は地表と大差ない。
「そんなに焦らなくても降下してからいいでしょう」
部屋のクルー全員がそんな調子だ。
「地表に叩きつけられかねないから急いでいるだボケ!」
「艦長がどなったのですー」
「やってる場合か!」
彼はどなった勢いでランプの近くが開くようになっているのを発見した。最初はランプに注目しすぎていた。そこを開けると三つのレバーがあった。
彼は説明を読み、端のレバーをガタンと下に動かす。
「システム再起動!」
ミドリノが自信を持って発令したが、何も起きない。
「動かないよう」
クルンパが嘆く。そこにテロテロがもどってきた。
「完全に独立したパラシュートがありました。使用可能と推定」
「パラシュートだけでまともに減速できるならいいが」
パラシュートのこともレバーの近くに書いてあった。
「実行しますか?」
「こっちが先だ。メイン電源切り替え」
ガチャ、次のレバーも何も起きない。
ミドリノはため息を漏らし、次の工程に入る。最後のレバーは少々形状が違う。
「レバーを上下させて緊急発電システムを起動……」
ミドリノは指示通りにした。レバーがギコギコ音をたてる。
天井のライトが再びついた。クルーが喜ぶ。ただし起動したモニターは黒一色だ。
「あっちを確認しろ」
彼の指示でテロテロが操艦室まで走り、すぐに叫んだ。
「こっちもだめです。操艦システムは停止」
「だめだ。何が壊れた? システムは複数あるはずだ」
すぐに電源でないものが壊れた可能性が頭をよぎった。過去に特異な重力波の干渉で精密部品の挙動が狂った事件がある。その場合、コンピュータは根こそぎ破壊されたかもしれない。
ミドリノがまた操艦室に入ると、テロテロが言った。
「緊急用の逆噴射システムもある。まともに姿勢制御できませんが」
「降下中ならパラシュートの使用は可能なかぎり早くとあるな」
引きぬくタイプの棒状スイッチだった。
「どうします?」
「すぐに使う」
彼はすぐにレバーに手をつけた。パラシュートがあの部屋ではなくここにある意味はよくわかっている。
強烈な衝撃を感じ、ミドリノは頭から圧縮されたように床に叩きつけられた。とっさに腕で顔を覆ったが、腕に強烈な痛みが走る。
「艦長!」
テロテロが操縦席から立とうしたが、また強烈な衝撃があり彼はいすに押しつけられた。
ガクン、ガクン、ガクンと衝撃を感じた。緊急用の重力制御システムは独立していたらしい。衝撃の連続が止まった。逆噴射は成功だ。
操作席に座っていたテロテロが彼に駆けよる。
「生きてますか?」
「……大丈夫……このままでいい」
ミドリノは悶絶していたが、我慢できない痛みではない。この程度で済んだなら幸運だ。しかし立てずにいた。
彼がへばっていると、座ったままだったクルーがわらわらとやってきた。
「艦長大丈夫?」「怪我治療する?」「引きずって帰るか?」
「軽傷だ」ミドリノが立ちあがる。「もどる。最悪の場合、着陸時に船が横転する」
「私は展望室に」テロテロが少しでも情報を得るべく行動する。
「おれも惑星見たいけど」とティック。
「行っていいですか?」とギャマシー。
ミドリノはよろめきながら小さな声で「さあな」と言い、元の部屋にもどり席に着き、固定具を装着した。
「座りたくないなら座らなくていい」
彼は固定具を何度も気にした。すると全員がきっちり座った。
モニターは死んだままだ。
腕はまだ痛かった。ミドリノはいすに背を付け背筋を伸ばした。
着陸までかなり時間があるが、ミドリノが疲弊した顔で姿勢をよくして黙っているので、クルーもずっと黙っていた。
最終的に下から弱くはない衝撃を感じ、さらに船体がズズズと動き、最後にきわめてわずかに傾き停止した。
ここでミドリノは軽いため息をついた。腕はまだ少し痛んだが、すぐに固定具を外した。
そこにテロテロがもどった。
「着陸成功です」
クルーが喜びのダンスを始めるなか、ミドリノは無言で倉庫に向かった。
「どこに?」テロテロがついてくる。
「ああ、ああ、ちょっと待ってくれ」
と彼は要領を得ないことを言い、倉庫のドアを開けた。中には多くの箱があり、様々な物資がある。彼はその中から指揮官用の棚を確認しながら「シールドは死んでただろ?」
「はい」
ミドリノは方位磁石を出して、それを揺らした。針はほどほどに揺れて特定の方角をさした。
「方位磁石は正常。つまり超磁力じゃない。ほかのパラシュートは確認できたか?」
「降下中、かなり上にそれらしいのが二隻」
「小型艇一級免許所持者を散らしておいてよかった。ほかの方角はわかるか?」
「東ですかね。不確かです」
「装備の状態確認をするぞ」
そしてその後しばらくしてから――
「さて皆さん、救命艇と上陸艇の違いはなんでしょうかー?」
ミドリノが部下たちの前に立っていた。
ティックがハーイと手を挙げたがミドリノは無視して続ける。
「まず救命艇は自活を目的に造られています。上陸艇は補給を受ける前提です。ほかにも違いは多いですが知ってる人ー」
今度は全員が手を挙げた。
「ティック」ミドリノが彼を指名し、そのまま続ける。「違います!」
「答えてない!」ティックがブーブーと言い、ほかはゲラゲラ笑っている。
けっきょく説明するのはミドリノだ。
「航行能力は上陸艇のほうが高いです。救命艇は船というより飛べる家。一方で攻撃に対しては貧弱で船として評価するとゴミ。ただし定員に対しては、こちらが圧倒的に大きく設備が充実している。新しい環境で楽しい共同生活が待っていそうですね」
彼はここで一拍おいて続けた。
「さあ皆さん、現在の問題点はなんですか?」
彼がさらに明るく言った。
「はいはい!」
ギャマシーが最大の力を発揮した。
「なんですかギャマシー君」
「警戒システム全般が動きません」
軍人らしい回答だ。
救難衛星、自律型探索者、超小型マルチコプター、複合レーダー、設置型の検知器、それらを統括するシステム、すべて壊れている。
「動いてないのは量子機器全般です」とテロテロが捕捉した。
「そのとおり。調べた感じでは、全部破損の可能性あり。量子素子の破損か、継続的な妨害。何か微細領域への干渉があるようだ」
生活に必要な多くの機能が破壊されている。それを解決する様々な工作機械も修復不能で、豊富にある物資も活かしにくい。
「宇宙人が攻めてくる」
「イジャの母星かも」
「あいつらは自前の巨大構造物に住んでる。ヴァーベ銀河から報告あったろ」
「そんな遠くのことなんて知らない」
クルーの騒ぎが収まるの待ち、落ち着きはらったミドリノが言う。
「皆さん、安心してください。本艦は最悪の状況を想定して建造されています」
「そういえば、エキスペディション型艦に対して救命艇が安すぎる、軍人の生命をどう考えているのかって苦情言って、ハイスペックの独自規格を注文してましたね」とテロテロ。
「小型艦の設計は船乗りのロマンだ」
「備え付けの装備も標準と違うようだ」
「遭難確率、千七百倍の家系だからな」
「艦長のまきぞえじゃないですか」
ブラセンターが言った。
「艦長、呪われてる」
「艦長から逃げろーい」
「不吉不吉」
「服全部燃えたのショック」
「ゲームデータもルキウスごと消えちゃった」
「命があるだけよかったと思えよ」
クルーがバタバタ飛び跳ね走りまわる。
「君たちよく考えろ。ギリギリで戦死を逃れているから遭難しているんだ。つまり俺がいなかったら死んでると思え」
「無理無理」
「絶対呪われてる」
「オカルト体験生活開始しました」
クルー全員がミドリノの周りをグルグル走り始めた。
「ここでいいニュースがありますよー」
ミドリノが手を叩くと、クルーが足を止め一気に彼に注目する。
「太陽発電は生きてます。これを設置すれば電池は充電可能。いくらか改造すれば、機械もある程度使える」
「でも、医療用分子加工機は直らないから奇病にかかったら終わる」
またがやがやしてきた。そこでミドリノが声をはった。
「心配するな! いいニュースが続きます。本艦には、コンピュータ無しのアナログ装備が豊富です」
大量に用意されたのは、多種多様なカード、ボードゲームだった。
「遊具ばっかりじゃないですか」
テロテロは呆れたが、ほかのクルーは手に取っている。そのあいだにミドリノは使えそうな装備を運んできた。
湯沸し器など、機能が最低限の家電がいくつかあった。構造が単純なもので、困窮環境での使用を前提としたものだ。彼はせっせと装備を運び続けた。
「ついでに武器もある」
さらに古いタイプの火薬を用いる銃器や槍まであった。見慣れない物もある。
銀色の銃器らしいものは、非常に小口径だった。穴が空いている以上、弾薬を装填するものだ。彼が付随する別のケースを開けると、非常に尖った針のついた弾がパックされていた。
「ガスライフルだ。弾は即効性の麻酔。君たちでも針が刺さればすぐ死ぬ」
針をとりかこんでしたクルーが飛散した。
「ナノマシン錠剤飲んでても死ぬー?」
ブラセンターがおそるおそる言った。
「死ぬ。たいていの炭素生物に有効。毒を使った獲物を食べても問題はない」
アナログな気圧計や温度計もある。さらに大気、水溶液の毒性を検出するキットは真空保存されている。
なお、古いタイプの安定したナノマシン錠剤もある。
「さあ次は皆さん待望の外の景色ですよー」
一同は展望室の窓に移動した。外は白い砂漠が広がっている。
クルーから感嘆の声が漏れた。しかしじきに飽きた。
「なんか何もないなあ」
「暇なので外に出るのです」
クルンパは目ざとく船外活動用装備を発見して持ってきた。
「暇じゃねえよ」ミドリノが彼女を取り押さえた。
「どちらかと言えば暇」
「まあ暇ですね」
「こんな所でボケっとしてたたらすぐに寿命が来ちまう」
艦で最年長のボグンズ大佐が言った。
「じい様は百五十歳までは健康だよ」
「無人機が使えない以上、周辺探査は人力になります」テロテロまで同意した。
「ここは狭くて目がグルグルしそうです」マインボンが言った。
「ホモ・サピサイズなんだから狭いわけないだろ! お前らなら二倍乗れる。いいか当分は装備確認と設備改修だ。なお外部の確認は私とテロテロで行う」
これにまた非難の声が飛んだ。
「遊びじゃないんだぞ。そんなざまだからポフレッタは子供っぽいと言われるんだ」
「思考操作適性を優先した結果でしょう」
「中将だって行きたいから行くくせに」
ティックがぼやいた。ミドリノも今日ばかりは疲れる。
前提として、ここで確認する必要があるのが外に出る前に着こむ船外活動ユニットだ。彼はすぐにそれにふれる。
「言っておくが強化活動ユニットは壊れている。重力下活動ユニットもだ。気密性はあるが、気温も気圧も管理できん。砂漠で蒸されながら窒息したいか?」
これにクルーたちは少しばかり考えこんだ。
強化活動ユニットは古い宇宙服に近い見た目の重装甲で、未知の環境の定番だ。
小惑星や低重力圏での活動に向き、様々な悪環境にたえ、高重力下でも活動できないことはない。大きなバックパックには、転倒を防ぐ下部アームと、物をつかみ登攀などを行う上部アームがある。これらはもちろん動かない。
重力下活動ユニットは非常に薄く、ヘルメット以外は普通の服に近い。気圧調整機器などは全身に分散されバックパックはなく必要な物を背負える。外気を利用するガスマスクなども利用可能。
また、無人機に限らず、二人乗りの船外活動車も起動しない。前進だけに機能を限定して改修するにも、集中して数日はかかる。
「艦長はむやみに陸戦隊のサバイバル訓練受けてるし、射撃技術もそれ相応です」
テロテロの発言に尊敬の念は含まれていない。しかし、いちおうは援護射撃となり二人は真っ白な重力下活動ユニットで外に出た。
ミドリノは空を見上げた。
太陽は高めに位置していて、十四時ぐらいだ。
「光を感じる」
顔が熱い。活動ユニットをずっと着ていれば、いずれは蒸される。
顔の前は閉じられるが、カメラが死んでいる。傘という原始的な装備はない。
農業用の斜光版を頭につければなんとかなりそうな気がした。
「見事に何もありませんね」
テロテロがヘルメットを近づけて言った。
「ああ、やはり砂砂漠だな」
ミドリノは手からサラサラの砂がこぼれる。
砂に異常は感じなかった。二酸化ケイ素を主要成分とする砂漠だ。毒を含んだ地質とは感じない。
日航から隠した温度計は26℃示した。生活できる温度だ。
船体表面は91℃。パラシュートは測定不能な高温だった。
彼はまずパラシュートを船体から外したが、回収作業は断念した。なんせ長さは一キロぐらいある。
破損はなかった。薄くて軽い素材でできていて、温度で自動的に形状が変化し多少破れても機能する最新型だ。
彼は船に外傷はなかった。そして周囲の三百六十度がうねる砂漠である。
ミドリノが望遠鏡で確認した。ヘルメット越しで使いにくい。
「東に山が見えるが、近くは砂しかないな」
脅威がないのはいいことだ。とはいえ、砂のふくらみで意外と視野が悪い。
「船体の上から索敵しましょう」
「ああ」
船体の最後部に上がると、テロテロが自然と彼の肩をよじ登り、肩の上に立ち望遠鏡を構えた。
ポフレッタは大きな生物に登りたがる。
彼らが類人猿の時代から大型生物と共生し身を守っていた名残だといわれている。
「砂漠は、南に十キロぐらいまでで。南の山の手前に緑色。たぶん森だ。東は山までのあいだに何も確認できない。ほかも同じ」
「この地形は覚えている。北には人工物の可能性がある物が見えたので避けた。東に流された船は予定に近い場所に落ちただろう。我々はかなり西に落ちた」
「とはいえ悪くない」
「ああ、砂地で衝撃が吸収された。砂に埋もれないといいが」
「農業用テントも設置可能です」
鳥に類似する生物を遠い空に確認できたが、二人は誰にも言わないことにした。
太陽光発電パネル設置し、電線を艦に接続し船外活動を終えた。砂の標本は取得していない。精密分析できないし持ちこみはリスクだ。
一日目の残りは、ひたすら装備確認になった。食料、水はあるし、改造で無理矢理装置を動かすことはでき、生活は可能とわかった。
西暦 七九二八年 四月 三日 七時
「はーい皆さん、これとこれの違いがわかりますかー」
ミドリノは、それぞれの手に立方体を持っていた。
「高いレプト電池と安いセイヴェリ電池」
ティックが即答した。
「正解でーす」
「レプトはすごく重い」ミドリノがレプト電池を上下させた。「人が携帯するには向かず、特殊設備がないと充電できません。ただし高性能で、非常に安定しており爆発の恐れがなく、精密な構造をもち蓄電効率は最高で、軍需品にはよく使われる。こちらはすべて故障した。やはり微細領域の干渉がある。マインボンは元気か?」
「なんか薄い水の中にいるような感じがする」
「苦しくはないか?」
「頭がフワフワするだけです」
「ならいい。多少異常があるかもしれないが、セイヴェリのほうは使える。今日も装備の確認と改造を続けるぞ」
結果、様々な装備が引っぱり出され、一室を埋めつくしていた。一部は分解されている。
ミドリノは、テスターを電線につないで反応を確認していた。ほかのクルーも同じような作業だが、各々物資から興味を引く装備を探す楽しみのほうが勝っているようで、倉庫に長くいるクルーが多い。
ここは機械改造が趣味のボグンズが主力だ。彼は装備のコンピュータとレプト電池を取り外し、単純化してどうにか動くように改造した。
この地道な作業で一日が終わった。
西暦 七九二八年 四月 四日 七時
ミドリノは朝からヒマ、ヒマ、ヒマの大合唱を聞かねばならなかった。状況に変化がない。
ちなみに彼は昨晩、空の監視を行ったが、砂漠で見上げる夜空も悪くないななど感傷に浸っただけだった。
変わった事といえば、はるか遠くに飛行する人影を見た。彼は人恋しくなっていると自覚した。思ったよりも自分は疲れている。
つまり空は正常。まったく発光がないなら大規模な戦闘は終わっている。
軍の状況を推測するに、惑星に投入した探査機がことごとく音信不通になって困っているのだろう。
宇宙からでも地表の救命艇は見えている。彼は、物資の投下ぐらいしてくれれば言い訳が立つものをと思い、想像で知らない責任者の顔を限界まで悲惨なものとして思い浮かべていた。
しかし、不安があるのも事実だった。あらゆる状況を想定した機能は破壊されており、しかも、長期戦になるかもしれない。装備が完全なら刺激的なレジャーの範疇に入る漂流だったが、予想が外れて残念だ。
そしてポフレッタは不慣れな環境を嫌う。一方で娯楽があると過酷な任務にも対応できる気質だ。彼は決断した。
「わかった。全員で周辺探査を行う。活動時間は二時間以内だ。どうせ何もないけどな」
ミドリノの装備は、威力調節不能のプラズマガンとガスライフル。背中に未踏破惑星用バックパック。さらに小型の酸素ボンベを追加装備にした。
ポフレッタのプラズマガンは小型で、
あとはこまごまとした装備で八人は外に出た。
「微細領域に強烈な干渉があるようだ。思考がざらつく。マインボンはどうだ?」
「やっぱり重さのない水の中みたいだなあ」
「怪我するなよ。ナノマシンまで異常がきてたら病気になるぞ」
「障害の分類違うでしょ。あれはしょせんおおざっぱなものですよ」
ブラセンターが自信たっぷりだ。
「余計な知識を持っていやがる」
「光に押されていくと楽です」
ギャマシーは歩いてるだけ気分がよさそうだ。かなり歩きにくい地形だが。
「遠くから森を確認するだけだぞー」
彼らは南下していた。そして指揮官もさほど緊張感はない。なんせ何もない。
それでもミドリノは頻繁に周囲を警戒した。そして後ろを向いて、ある部分を凝視した。
低い位置の砂漠の砂が、わずかに盛り上がっている。きわだつほどではない。しかし、風が作る地形とは合わないと感じ、彼の目が止まった。
わずかに動いている。砂に潜るヘビのようなものがいるのだと直感した。
しかしそう考えるには不自然だ。ゆっくりと、かなり広い領域が盛り上がっていく。それはあきらかにこちらへ接近していた。
下にいるものはかなり大きい。特にポフレッタには脅威になる。
「何か来るぞ! 逃げろ!」
ミドリノは何かを指さし、全員が認識したのを確認すると船へと走った。
同時に大量の砂が上に吹き上げられ、巨大なミミズのような生物が砂から飛び出した。体は砂地になじむ白で、表皮は固そうな印象だ。
顔らしい先端には、顔のすべてを占有した丸い口があり、大量の触手がその周囲についている。わずかにのぞいた口内には、返しを思わせるひだがある。
あれなら人を丸のみにできる。
クルーが口々に化け物を罵り、おびえ、必死に駆けた。
砂ミミズは、ヘビがやるようなS字に体をくねらせる動きを高速で繰り返し、大量の砂を撒き散らしながら追ってくる。とてつもない加速だ。
足をとってくる砂の上で、距離はどんどん縮む。
「あれのほうが速い。かわせ」ミドリノが叫ぶ。
バシュン。砂ミミズが隊列のど真ん中に突撃した。




