あらたなる遭遇
ある必然の帰結
西暦 七九二八年 四月 二日 八時
星と星の間に広がる虚空にねじれた光が連続して湧き、大小多数の宇宙船がいきなり出現した。
小型の艦が大半で、一部に大型艦がある構成だ。突出して巨大な居住艦ラディアンスは艦隊中央に位置しており、ここに艦隊の過半数の人員が乗っている。
艦隊の中央前方には、ラディアンスの盾となる大型艦があり、その中心に存在する広い統合指揮所にいるのは、制服を着た二十一名だけだった。
部屋の中央には一段高い床があり、その中心のいすに男がかけていた。
「総艦検査」
彼の前の空間に様々な表示が展開され、彼はそれを引きこまれる高貴な緑の揺れ瞳に映した。
その瞳にかからぬようセットされた髪は栗毛で、微妙に先端がとがった耳は、彼が地球人とアールヴの混血であることを示している。
「パルサー照合成功」
柔らかな管制AIの声が部屋を満たした。
「標準時計との同調成功。複合中。ずれ、なし。本日は、四五七七、八、五三日。時刻は八、二二宇宙時。現在地は、A三一五星系外周」
立体映像の星系図が総合指揮所に浮かび、AIが働き続ける。
「レーザーリンク再生,全艦正常。星系図照合中、系図作成開始」
「全艦探査体制に移行」
男が言った。彼の前にモニターが浮かんで表示され、前衛艦が球形の無人探査機を大量に射出した。
惑星の立体映像で表示された。雲が多いが、その合間から緑と青が透けて見える。地球型惑星だ。
「果て無きねじれで離散せずに済んだようだな」
男が一息ついた。彼は、個人選択型生物連合、U一・二七方面軍、第二先遣艦隊司令長官、タケザサ・ヴェナレ・ミドリノ上級中将。
六十一歳だが同世代より特に若く見え、細胞医療発展以前の基準では十代後半といった容姿。千を超える軍艦を指揮し、脅威の排除と未知の星系の探査を任務としている。生活区の管理や植民は民間の役割になる。
「またまた、思ってもないくせに」
子供のような高い声で応答した男は、ミドリノの隣の席にいる艦隊参謀タロリッチ・テロテロ大佐。席が浮遊しておりミドリノと同じ高さに頭がある。
だとしても体格を見まごうことはないほどに小柄で、身長は一メートルほどだ。総合指揮所にいるミドリノ以外の全員がこの体格で、髪色は金色から茶色が多い。
「いや、今回ばかりは別の宇宙にでも放り出される心配をした。評価困難などとレアな予測を出すから」
「ひずみが散乱しています」
AIが言った。星系図と山谷の激しいグラフが重なって表示されている。
「通常航行には関係ない。未試行の物理理論などは、計算結果に反映してくれれば十分だ。どうせつなげばわかる」
「複数のねじれの集まりにうまく吸収されたなら、次元を超えた探検だったかも」
「奇跡的に妨害因子が無ければな。きっとアミノ酸の欠片も残らん。折り目ですりつぶされる」
「実際に計測されたことはありませんがね。意外と離散せずに、まとまってよそ様のお宅にお邪魔しているかもしれません」
「相手はさぞ迷惑だろう。客が多すぎる。いや、人数に対して質量が多すぎるからがっくりくるぞ」
「いつものことだ」
「連中よりはいい」ミドリノはモニターで目的地を確認した。この間にも探査機が加速して星系内に侵入している。「やはり大気の変化ではなく地表だ。だとすると一瞬で緑が増えたことになるな」
「公転周期からすると、季節性のものではなさそうだ。でも、それを可能にする生物と土壌があればそうおかしくもない」
「そんな簡単な話じゃない。やはり十年前のデータより緑の総量が増えている。この短期間でここまでの環境変化は例がない」
「調査すればおいおいわかります。それより惑星命名の話、聞きました?」
「いや、なんの話だ? 昨日はずっと植民リスクの高さが後から引き上げられた惑星の情報を見ていた。靴の裏にへばりついてきたペラッペラな生物の得意な毒針に刺されれて死に方をしたくないからな」
「古典のクツゾコムシねえ。そもそも、艦長の上陸などよほどあとの話なのに」テロテロがあきれた。司令と呼ぶべきだが、彼らは古い付き合いなので誤謬でなければこう呼ぶ。「あの星ですよ」
テロテロも惑星の映像に目をやる。
「ジェンタスがどうしたって?」
「命名は投票一発で決まったんです」
「一般公募だった気が……」
「五割以上がジェンタスか、それに近い語句を記入した。事前になんかあったと思うでしょ。でも、これを勧める運動はなかった。こいつも珍しい。世間話でぐらいは話題に出るものが出ず、多くがなんとなくジェンタスとした」
望遠の映像が表示された。
「そいつは興味深いが、誰かの高度な暇つぶしの可能性があるな」
「ドヴェルグはつきあいはしないですよ」
「君たちポフレッタは率先してコソコソやりそうだ」
ミドリノはクルーの後背をうかがったが、うずうずしている気配はない。何も知らないらしい。
「やるなら二番三番に話が来るってもんです」
「たいした顔だ」
「艦長と耳が付く立場なもので」テロテロがうれしそうにした。
「情報最適化終了、活動可能領域拡大」AIが言った。
周辺宙域の情報精度が上がった。目標星系外周には人工物がない。ただし電波を検出している。発信元も性質も不確かだ。この星系は干渉する要素が多い。惑星探査より前にそれを解決しないと危険がある。
警報が鳴った。
「量子通信レベル二に低下。情報処理に支障、ワーム中継に移行」とAI。
「原因は?」
「事前に想定された量子干渉を超過。シールドにも微弱な干渉」
「問題は?」
「特定の波長で量子機器に機能不全のおそれ」
機器のリストが表示された。センサー、演算装置が多い。
「微細な金属の感覚がある気が……」
索敵担当官のマインボン少佐が言った。彼はうつむいて頭にかぶった装置を押さえており、焦点の合わない目がモニターを向いていた。
「探査範囲内か?」
「いえ、もっと広範囲かな。なんとなくイジャの残り香を感じる。古戦場の血の匂いと争いの音が聞こえるような」
「そのまま集中を続けろ」ミドリノはマインボンの脳の状態を確認した。瞑想に近い状態と興奮状態をくりかえしている。いつもより深い。
「ルキウス、映像データに戦闘痕跡はないんだな?」ミドリノが確認する。
「探査に干渉があり、星系内部の情報取得に支障」とAI。
「お楽しみはありそうだ」とテロテロ。
「珍しくはない。ここが安定した星系内でなければだば」
ミドリノは再度探査情報を確認すると命令を下した。
「前進だ。資源は余剰が乏しい。予定どおり小惑星の回収と並行する」
星系に近い星系外という現在地は、敵に捕捉されやすい。恒星の重力圏内に入り、小惑星群れにまみれたほうがいい。
艦隊は探査済空間を亜高速で進み星系内へ進入、探査範囲を広げつつ目的地のジェンタスへ向かった。そして四時間後。
また警報が鳴った。さっきより深刻で激しい音色。
「大きなねじれを検出。距離二一・三七四au。警告レッド」とAI。
「全艦隊戦闘態勢に移行、敵位置出せ」
いすの後ろからヘルメットが出てきて、ミドリノの頭にかぶさった。ヘルメットがうごめき、きっちり頭部を固定した。艦の巨大な量子脳と接続し思考が加速する。
敵の位置は星系内部。彼らの目標となるジェンタスに近い位置だ。
「戦闘域定義、敵艦識別完了。イジャです。種別、中規模外征艦隊。非戦闘艦、離脱開始。惑星アパテオナスの裏に避難します」
「いる可能性は五分五分だったが」
「やれる数ですが、やや嫌な距離です」テロテロが言った、
「ルキウス、勝敗予測を」
「通常戦術で九十七%勝利」AIが答えた。
「数で圧倒する。宙域探査は続行。マインボン、異常は感じるか?」
「……空気は変わらない」
現星系には六つの惑星があり、さらにそれらの衛星がある。あれの裏の状況が不明だ。
彼らが狙ってワープしてきたなら、ここは彼らにとって既知の宙域。さらなる増援の可能性がある。そしてこちらに大規模な増援はない。目の前のイジャを撃破できても増援が続くならいずれ負ける。
量子領域が取得した情報を基にイジャ艦隊の推定図が表示された。敵はこちらを向いていない。
「やつら背を向けている」ミドリノがひきつった笑み。「ルキウス、敵主力を報告せよ」
「母艦、十二、すべて惰弱。データベースにない同規模艦、一」AIが言った。
母艦と同じぐらいの大きさで円形だが、平ではなくバラのつぼみのように折り重なっている。特殊な射撃能力があるかもしれない。
「そいつはイジャローズと命名、交戦開始する。重力爆弾投射、まずはイジャローズ。ついで母艦を優先撃破する」
ミドリノの思考によって、艦隊が一斉にレーザー射撃を開始した。
この艦隊のほとんどは無人艦であり。彼の受け持つ艦のすべてが彼と彼を補助するAIによって動く。
戦闘時においては、艦隊のほとんどが彼個人の軍となる。
指揮所にいるほかのクルーも同じように受け持ちがあり、戦闘機部隊や誘導弾の操作を行う。
ここで重力爆弾が爆発、干渉波が宇宙に広がった。これで空間にねじれが複雑に広がり不安定になる。こうなるとワープは困難だ。
「レグノ砲、初弾着弾まで二時間四十七分。イジャ艦隊、こちらへ回頭しつつ回避運動、艦隊展開中」AIの報告。
今撃ったレーザーはまず当たらない。遠距離では、互いにレーザーを撃ち続け網のように広げ、それを回避するために艦隊が分断し、逃げ道がなくなった艦に火力を集中させてシールドを抜く。
「一世代型落ちか。待ち伏せを警戒しつつ動かすぞ。定期逃走防護措置。サプライズ2をグレンジャーフィールドから食いつかせろ、サプライズ3はメッテルリヒフィールドに位置して牽制」
艦隊が射撃しつつ前進していくと、やがてすべてのイジャマザーがこちらを向いた。
イジャマザーの破壊砲は分散気味で撃っても小型艦のシールドを抜く。
ここからが腕の見せ所だ。敵の次の射撃を予想しつつ無駄のない動きでレーザーとレーザーの間をかいくぐり接近し、一艦ずつ集中的に攻撃して落とすのが基本。
まずはこちらに有利な攻撃を誘えるように意図的に艦隊を動かしていく。
彼らの艦隊は、複数の攻撃艦で構成される集団が一つの戦域を担当する。全長十二キロメートル攻撃艦一隻につき、最も小型で一キロメートルの駆逐艦が五十程度護衛についている。
現在はサプライズ1~7の七集団。
「イジャマザー2大破、イジャマザー4大破、イジャマザー11大破」
AIが言った。
「は?」
ミドリノの思考が止まる。ログは読めているが意味がわからない。こちらの攻撃はまだ届いていない。光の速さで一時間以上かかる距離だ。
イジャ艦隊の映像が補正された。ほとんどがまだこちらを向いていない。仮想と実際の動きがずれている。意図的に妨害されていないかぎりそうあることではない。これがイジャによるものなら、長距離索敵の基本である量子索敵がすべて死んだに等しい。
彼は努めて冷静にした。
「原因は?」
「惑星ジェンタス軌道に複数の人工物確認。小惑星に紛れていたようです。百三十年前の観測画像に類似する物体を確認。確認できた数は百二十三、うちの三十八が光学兵器を使用。映像は二時間五分後です。これをジェンタス兵器と仮定、この戦闘は継続中」
ミドリノは思考で分析データに接続した。なんらかの爆発がイジャマザーで連続し、広範囲が破壊されているとわかる。
「仮想映像出せ」
「量子干渉により取得不可。おおまかなサイズのみ観測可能。妨害はイジャではないと推定」
「量子干渉はこの星系の特性か。何が起きてる?」
「有意な解答な存在せず」
「現住生物では?」テロテロが邪魔にならぬようぼそっと言った。
「強度の高い確認措置をしたはずだ。そもそも、宇宙に顔を出せる程度の文明では、イジャシールドは抜けない。ジェンタス兵器との交戦は続いているか?」
「観測できる破壊はイジャマザーに集中。巡洋艦もまきぞえになっています。ファイターが出撃した模様」とAI。
表示される戦力比が変化していく。すでに圧倒的に優勢だ。
「現在の戦闘に関わる総合状況分析を行え」
「伏兵の可能性六十七%、敵増援の可能性二十一%。ただし現状況は統計の穴にあります」
「私の脳領域の使用を許可、感覚演算を申請」
ミドリノはそう言ってから、ふっと頭を空にした。そして頭が一瞬傾き、すぐにそれをなおした。
「申請受理、演算終了、伏兵の可能性二%、増援の可能性七十五%。また、ジェンタス勢力が既知の個人選択型生物である可能性十三%。主な予測は、ジェンタス勢力とイジャとの争いの継続性を認めています。それをふまえた敵増援部隊の到来が予測されます」
「これはアールブ接触以来か」
かつて地球人とアールヴが遭遇し、その直後の連合を組んだ戦いではイジャに敗北した。あの時と同じなら付近にほかのイジャがいる。
しかし、この近隣ではイジャが観測されておらず、思考で現星系のデータをさらってもイジャの星系の特徴がない。彼が経験したことがないほどノイズが多い。
「アールブが戦闘参加許可を請うています」とAI。
「彼らはラディアンスの警戒、防衛に回ってもらえ」
「ジェンタス兵器沈黙、すべては撃破されていません。沈黙の原因は不明。敵艦隊回頭、同時にジェンタスの第一衛星の裏へ回ろうとしています。艦載機は一部展開中。サプライズ2の接近軌道では一時的に死角ができます」
戦術としては月を叩きわり、その断片を利用して攻めるほうが優位だが、ジェンタス調査は困難になる。
「裏を探査できる位置にサプライズ4のカサンドラを先行させる。護衛艦の編成は委任」
「了解。サプライズ2、第三戦闘に入ります」
前衛集団が接近し戦闘が始まった。まだレーザーがそのまま直撃する距離ではないが、複数の兵装を駆使した射撃戦になると現実的に回避はできない。
「戦闘機第一群が出ました。数、九十万。うちの四十二万がサプライズ2を無視してサプライズ1へ向かいます。第二群と命名、第二群の到来まで七十分」
「対艦機を優先して機雷三セット一斉射、それから迎撃網で受ける。本艦とリコリスを五十前に出して正面を支え、後方はカムドラ支隊。直掩機は艦影に待機、敵機が艦隊に突入したら尻を追わせろ。タイミングは委任」
「サプライズ2接敵します……攻撃艦ソワラ戦闘を開始、ヴァルファー、ラフライト、アンナトラが続きます。サプライズ2全艦第二戦闘状況……サプライズ1再配置完了しました」
イジャ戦闘機 大量の誘導弾が次々にさく裂。宇宙に光のカーテンができた、そこを敵が抜けてくる。
次にこちらの無人機とイジャ戦闘機とのドッグファイトが展開される。そのあいだにも両者の主砲は撃たれ続け、両方の戦闘機が消し飛び、小型の駆逐艦が被弾、戦線から脱落していく。
この段階を超えると艦同士で主砲の撃ち合いになり、そこを様々な誘導弾と戦闘機が飛び交う乱戦だ。今も両軍の損害が膨らみ続けている。ミドリノはそのデータの大半に目を通し、必要な部分だけを意識下にまで持ち上げ指揮を続ける。
表示されたシミュレーションと実際の戦果を見比べる。イジャ戦闘機の数が激しく減少している。
「勝ちすぎている。イジャは自慢の勘が働いていない、が……こちらも思考が重い。ルキウス、量子脳は正常か?」
「ノイズは許容範囲。機能に有意な低下は確認できず」
「しかし違和感を認識している。たしかに機能低下はないようだが」
前線が噛みあい、両軍の距離はかなり接近している。主力同士が至近距離になるまで間もない。イジャ艦隊はすでに崩壊しつつある。あとは残存するマザーに致命的な攻撃を続けるのみ。
「ヴァルファー、メルメッチ大破、最終突撃申請」
「全許可」
二つの閃光が目視で確認できた。
「ヴァルファー、メルメッチ轟沈、敵艦隊損耗率五十二%」
「そのままサプライズ4を突入。挟撃しろ」
「工廠艦でジョイント級攻撃艦、製造完了しました。戦闘可能です」
「そいつはそのままラディアンスの護衛艦に加えろ。艦名は引き継ぎ」
「命名規則に基づき、ヴァルファーと命名、第五防衛支隊に編入」
そして主力のサプライズ1が近距離からの砲撃を開始した。まともな反撃はない。すぐに片づく。こちらの損害は一割に満たない。
ここで警報と同時にAIが告げる。
「至近距離に破滅的なねじれが発生」
「重力振動下にワープとは正気か!」
指揮所に緊張が走る。発生する異常によっては星系一つが消し飛ぶ。
「ねじれが閉じました」とAI。
衝撃波はなかった。しかし立体映像の地図を見ているクルーの顔も険しいものとなる。
立体映像には、きわめて巨大なものが出現している。
AIの声はいつでも平静だ。
「イジャ第一増援軍出現。イジャグレートマザー、一 イジャマザー七十三。トルバダル宙域戦の残存戦力と推定」
イジャグレートマザーはイジャマザーに近い形状だが大きさは、全長二千二百キロメートル。ちょっとした衛星なみになる。
「追討軍は何をやっている!」ミドリノがどなった。「ルキウス、勝率を再計算」
「通常戦術で〇%。第一増援軍攻撃を開始しました。イジャ戦闘機発進を開始。サプライズ5の損害大」
モニターに大量の赤い線が表示され、友軍のマークが消えていく。
すでに敵集団と味方の一部が混ざっている。
「この位置、僥倖」ルキウスは瞬時に様々な情報を参照したものの、ほぼ思考してはいなかった。「本艦はプレゼントボックスアタックを行う」
クルー全員がミドリノを見た。彼はどうどうと言った。
「五千年にわたる戦争において、ルキウス・アーケインの名を冠する艦は敵に沈められたことは一度もない」
「戦艦の中では圧倒的な友軍被弾率ですけどね」とテロテロ。
「それはミスによるものではない。ルキウス、メイン縮退炉の開放を許可する」
「了解しました」
「総員退艦せよ」言葉を聞いたクルーが一斉に席を立つ。「なお、攻撃機動上、友軍による救命艇回収が不可能なため、惑星ジェンタスに投下する」
「え、兵器が配備されてるんでしょ」テロテロが反射的に言った。
「迎撃網が破壊されたらしいコースを算出しておいた。急げ、五分ないぞ!」
ミドリノはいま一度集中して、すべての艦に新たな命令を下した。すべての艦はルキウス・アーケインの道を作るための戦闘に移行した。
ミドリノはヘルメットを外して汗をぬぐった。
「世話になったなルキウス・アーケイン」
「幸運を、ミドリノ中将」
ミドリノは長い通路を走り救命艇に駆けこんだ。中にはクルーのうち七名がいる。残った席に彼が座り体を固定する。
「出します」テロテロがレバーを倒すと救命艇が射出された。すぐに加速して衝撃があった。下に見える惑星に引かれている
こちらの戦闘機を護衛につけてあるが、イジャ戦闘機は狙ってこない。唯一の心配が消えた。
彼は体をよじってモニターに顔を付けた。
艦隊旗艦ルキウス・アーケインがイジャビッグマザーに突入していく。その主砲がルキウス・アーケインを包み、赤い光だけの景色となりクルーは息をのんだ。長く宇宙を貫いた赤の光が消え、赤熱する物体が出現した。艦の下部表面の融解だけで防いでいる。
艦の推進力は失われていない。加速している。
破壊砲の威力は強力だが、接近されると小回りが利かない。そしてあれの主砲は一門しかない。つまり接近されると二射目を当てられない。
ルキウス・アーケインは敵艦隊の中心に到達するまで間もない。
しかし惑星の死角に入って何も見えなくなった。
「どうなりますかね」テロテロが言った。
「心配するな。すべて計算どおりだ」ミドリノが言った。
救命艇がジェンタスの重力に引かれて落ちていく。
惑星の地平で新たな太陽が生まれ、その炎を宿した星々が広大な宇宙に向かって散った。
「これで人生の多くの時間を消費して身に着けたサバイバル知識が無駄にならずにすむ」ミドリノが何かに納得した。
「まさか、わざと自爆してないでしょうね」テロテロが言った。
「未踏破惑星一番乗りだ。やるだろ? テロテロ」
「やっぱり」
「まさか。あれが絶対に最善だった。もっと接近して縮退開放をやれば、敵艦隊を突き抜けてより損害を拡大できたが、下手したら死んでる」
「高評価恒星系三つ分の損失ですね」
「イジャ戦闘艦隊の大半を葬ったなら黒字だ」
彼らは窓の外を見ていた。気にしているのはこれから向かう惑星ではなく宇宙空間だ。戦闘はまだ続いている。敵味方の追加がなかったとしても、三日は星系内で掃討戦が続くだろう。
「今日のごはんはまずそうですねえ」
比較的若い女性のクルンパ中佐が言った。
「緊急任務だから好きなの食べられんじゃないの?」
くしゃくしゃした毛髪でラップドット大佐が独自解釈を述べた。
「なら、とりあえず食べましょう」
世間を気にしない素朴な女性であるホニョヘン大佐はこれからの降下など気にせず別の部屋の倉庫を漁りに行った。
マインボンは疲労のせいか寝ている。
「なんか赤いランプついてます」テロテロが言った。
部屋のすみの高い位置にランプがあった。ポフレッタには高い位置だ。
ミドリノは席から抜けてその下の注意書きを読んだ。
ランプの色と点滅パターンでいくつかの種類の異常を知らせている。
現在のランプの状態に該当するパターンを読む。
通常電源全喪失の可能性があります。対応は~
「マニュアル探せ!」ミドリノが叫び、テロテロの体を固定していたバーをひきはがした。




