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森の神による非人道的無制限緑化計画  作者: 赤森蛍石
2-6 →過去→現在→
332/359

プロローグ0

 異次元に存在する狂気の森。そこではあらゆるエネルギーが狂っており、重力も光も複雑に流動し、時間すらも一定に流れない。


 この空間を満たすのは、宇宙のどこかに実在した、あるいは誰かの主観によって観測された様々な景色の断片であり、それらはときに長く出現し、ときに現れてすぐに消え、互いに引き合って高密度になって混じったり、反発して衝撃や光を生んでいる。


 それらの情報は人の感覚で受け取れるものではなく、生身の人間が触れれば、瞬く間に炎上し、分解され、自らも景色の一部に取り込まれ、変質させる性質のものだった。


 この空間をルキウスはさまよっていた。彼は人の形を失い、きわめて巨大な肉のつるの集合体となっていた。


 彼は複雑に枝分かれし体を不均等に変化させて自由に使った。気分によってクラゲのようにイカのように泳ぎ、つるをって背骨を作り魚のように体を滑らかに振り、ミミズの蠕動運動のように 体の一部を伸ばしてロープ代わりにして、あらゆる動きで移動し、活動が止まることはなかった、


 様々な衝撃を浴びて体を構成するつるがもつれ切れたりしたが、それを解いて空間にある何かを食らってかさまししながら移動を続ける。


「ウボアア!」


 彼は思考を失い、衝動に満ちていた。激しく動き回っているものの、先に進んでいるのか、過去にさかのぼっているのかも知れず、感情の起伏は無軌道で、世界を漂う何かを捕まえたり叩いたりして、時に彼と同様の漂流者と争った。


 ちょうど今も、前方から大きな何かが来た。そしてお互いに道を譲りはしなかった。両者は威嚇も準備もなく無造作に衝突した。


 相手はルキウスよりは小さいが、十分に巨大だった。


 体は鉱物製で、不気味な結晶が体中にあり、毛の生えた柔らかな鉱物が血管のように全身に張り巡らされている。結晶は、輝くものと光を吸うものがあり、陰影が激しい。

 この存在は、全身に水車があって回転しており、それで動いていた。


 繰り広げられる重量級の戦いによって、ルキウスの体は潰され、ちぎれ、互いに吸収しあった。しかしすぐに元の状態に復元した。お互いに同じようなものだ。この空間でも存在が維持される強度のある何かだ。

 戦いは、ルキウスの感覚で五分から二十年ほど続いた。


 突如として、外に向かって力を放出する渦巻きが両者のあいだに発生した。これが両者に激しい回転を与えて弾き飛ばした。


「バネオ?」


 ルキウスはすぐ戦おうと相手を探したが近くにはいなかった。そして何をしていたか忘れ、さきほどと別の方向に進んだ。


 ある程度規則性が存在する領域に入った。何者かの神域が廃棄されたのかもしれない。


 それは都市という概念が固まってできた残骸と思われた。あらゆる時代、あらゆる文化の建築物が、空も地上もなくあらゆる方向から生えて密集している。


 彼が草で編まれた階段をはっていくと、イチジクが噴き出す噴水がある広場に出た。


 広場からさらに行くと、近代的高層建築から石造りの城砦が生え、その尖塔の先にはポップな量販店の一部があり、中にはファンシーな処刑台があった。その先もずっと細い建築物の集合体が続いていて、表面には半ば崩れた生き物の影がある。


 建物のない空間では、生者も死者も漂っている。ズタズタになった真っ黒な人らしい何かが、雨のようにルキウスに降ってきた。 

 彼はなんとなく嫌になってその場から離れ、都市の外に目を向けた。


 少し離れた黒い空間を文明的な建築物が漂っていた。大理石でできた荘厳な建物で、壁際には戦士の石像が並んでいた。


 これは何度か目撃していた。


 彼はそれに突撃してのしかかり、閉じた扉をガチャガチャやり、さらに引き剥がそうとしたが動かない。いくら叩いても誰も出てこない。窓から多くのぞくと陳列物らしい物があり、博物館のようだった。


 空間を漂うそれを丸ごと抱えこんでどうにかしようとしているとフッと消えてしまった。手のように使っていた全身が空ぶり少し彼が停止する。


 その反動のように、彼は全身をばねにして飛躍した。複雑な重力の中を飛び、落ちた場所には無限に近い芝生が広がっていて、その上にポツンとガラス窓が浮かんでいた。手の込んだ装飾のある窓だった。


 彼はそれにへばりついて中を眺めた。この窓は歪んでおらず透明で、部屋のすべてがよく見えた。


 個人経営の喫茶店のような味わいのある空間だが、座席はテーブルはすみにある一つだけで、きれいに掃除された空間が際立つ。調理スペースに控えているのは精巧な外観のアンドロイドで、この中にいる人間は、テーブルの座席の片方を閉める白人男性だけだった。


 くつろぎ姿に思慮が潜む男は、若くないとはわかる顔だった。


 家事用アンドロイドに案内されて客が入室した。壮年に見えるアジア人男性だった。ルキウスは違和感と拒否感を感じ抗議するようにビタビタと窓を叩いたが、衝突の衝撃は知覚できず、中にもなんの影響もなかった。


「緑野君、忙しいところよく来た」


 白人の男が言った。


「これはこれは、オーナーはどこまでも元気そうだ」


 緑野が面白そうに言った。彼はさっさとイスを引いてどかんと座り、もぞもぞと姿勢を整えた。どこでも通用する適度なふんぞり返り具合だ。

 オーナーは特にそれを気にせず語りだした。


「精密検査によれば、私の寿命は三十年をきった。つまり明日にも死ぬかもしれない。だから君を呼んだ」

「このご時世に寿命を迎えず死ぬのはなかなか難しい。特に我々のような者は」


 緑野は本気にしていなかった。


「そうでもないさ」

「火星で地底探検でもやる気で? それにしてもあなたなら特注の医療用オートマタを連れていける。突発死にあこがれる者は秘境に入り浸りながら存外優雅な仕事をやっていたりする時代だってのに! それにしても三十年だって? 最大で百十歳などありえない」


「働きすぎでね。うちのはどこのAIの予測よりも正確だ」

「秘蔵のアルゴリズムなら実績はないはずだ」


「シミュレーション強度は最高水準だ。知っているだろう。とにかく不必要な処置はしないことにした。そういうことだ」

「その見た目でそれ言います? 肉体年齢で四十ぐらいだ。界隈で話題のグロブ星系生物の神経だとかを移植したとか? 皮をはりかえてはいないし」


「人は死ぬものだ」

「よく知ってますよ」


 緑野の挑戦的な笑みに影が差している。

 ここでオーナーがきりかえる。


「まずは要件とする。君はかなり忙しい」

「ええ、あなたのおかげでね」


 オーナーは懐から封筒を出してテーブルに置いた。


「君にはこれを預かってほしい」


 緑野は封筒を指で挟んで感触を調べた。


「紙……戦略AIを爆笑させて破壊するコメディの脚本かな?」

「遺言だ」

「おかたいのはシステムに任せるべきでは?」

「かたくはない。扱いは君に任せる」

「なるほど」


 緑野は封筒を手に取るや、頑丈そうな封を全力で破り捨て中の書類を出した。 


「フフ」


 オーナーはそれに驚かずほほえんだ。

 緑野は鋭い目つきで書面にしばらく集中し目線を上げた。


「森が灰になる前に衰微なる新芽が訪れる。光に食われた洋梨より弾丸が撃ち出されたなら、金の鎖を破壊するだろう。ずっとこの調子……暗号ですか?」

「使い方は任せた」


「……いいでしょう。興味深い」


 緑野は書面をズボンのポケットにつっこんだ。


「面倒をかけるから、私の大事な物をあげよう」

「欲しい物に出会わなくなって久しいが」


「私は十五以前の記憶がないわけだがね。それ以前に獲得し、所持していた資産だ」


 オーナーは手のひらに収まる円盤状のものを緑野の前に置いた。彼はそれを受け取り、顔の近くへよせた。円盤の絵柄は、同心円状に広がる黒のグラデーションで、傾けると光を反射して複雑に光った。 


「メダル……いや、ボタンかブローチ?」

「飾りボタンだ」


「変わったものだ。家宝にするとしようじゃないですか。しかしこの図柄は何かな?」

「もっとも困難な道を開いた偉大な者に与えられる勲章だ。それを意味している」

「……思っていたんですがね。記憶あるでしょ?」

「そういう意味に今した。それだけのことだ」


「しかし、本当に大切なものでは?」


 緑野はボタンをつまんだ手を上下させた。

 オーナーが後方に腕を伸ばし、インテリアの棚の上にあったガラスの筒をテーブルの上に移動させた。


「私にはこれがあるからいい」


 筒には白い石のかけらが収まっている。


「それは、社長室の机にあるのを見たことがある」

「ただの石だ。似たようないくらでも転がってる。取りかえに挑戦してみるか? いつでも挑戦は受けつけてる」


「どこにでもある石ではやり甲斐がない。この屋敷のセキュリティーは世界最高だというのに」

「セキュリティは君のほうが上じゃないか?」


「屋外なら」緑野はいくらか自慢げだった。「困難に対処する趣味はない。悔しがってくれないと」

「どこにでもある石だが、換えられれば確実に気付く。なんなら少し動かした時点で、私にはわかる。こいつには歴史がある」


 オーナーは面白そうに緑野の反応をうかがう。


「由来は?」

「はるか昔、東の果ての男が実に気軽に国を出た。彼はのらりくらり楽して苦労して西へ西へ流れ、ギリシャまでやってきた。その時に彼が拾った神殿のかけらだよ。本当かどうかは不明だが、彼の人生でも役になったことはないだろう」


「それのどこに価値を見ます?」

「道しるべさ。彼はその旅で人生が変わった。無限の旅をする生活へとね。その起点にあるのがこの石だ。こいつを眺めると運命を感じる」


「無限の旅?」

「彼は海賊になり、無限の海を長く荒らし自由に暮らした。最後は軍に追われ黒い渦の底へ消えた」


「海賊の末路などそんなものだ。その価値ってのがわからないな。それに石からそれがわかったので?」

「航海日誌を入手した。石のことも書いてある」


「あるなら読んでみたいが」

「あいにく喪失したが、ほぼ信用ならん内容だ。彼の航海日誌は創作日記だ。彼は変化のない航海生活でも退屈せずに、創造的な日々を過ごしている。いい加減な儀式で妖精を召喚したとか、岩礁に人の顔を彫刻しまくったら合唱が始まり最後には国を建てたとか、無限の力を発生させる道具を発明したが間違って捨てたとか。

 比較的信用できるのは、誰もが価値を認めない実験を繰り返しての愚痴だ。ほかは獲物を襲撃するどころか別の船の略奪品をプレゼントしたりとか。こいつは荷主間で深刻なトラブルを起こしたらしく、それが長々と書いてある。よほど調査したらしい。

 それにつきあわされる副長はストレスを感じず二十四時間働けるまれな存在だったから、船はなりたっていた。でも今は半分ぐらいは信じていい気分だ。そのほうが楽しい」


「実に読んでみたいな」


 緑野の言葉に勘定が籠った。


「自分の偽の訃報を流すたびに世界が悲しんだというのはうそだろうね。そもそも海賊だし、三回もやれば絶対うそだ」

「そうですね。恒例行事にでもしたほうがウケる」


 ここで緑野の眼球運動が一瞬停止した。そして言った。


「知ってのとおり用事がある」彼はいすの上で回転してイスから飛び出た。「また来ますよ」


 彼はそのまま出口へ歩く、その背中にオーナーは言った。


「緑野君、悪いね。今後も頼むよ」


 緑野は振り返らず入口で手を振って建物を出た。

 オーナーは窓の枠の中を動く緑野の後ろ姿を見るともなく言った。


「本当に悪いとは思ってる。でも全宇宙で大人気ってのはどうかな。いいとこ、あなたのファンは生粋の自由主義者とこの時代では希少な独立派ぐらいだ。現時点で流通網の遮断は開拓者たちも望まない。いささか惑星開拓企業の利益が過大であるとしても。でも残念に思うことはない。そこは同じ結末になる」



ゾト・イーテ歴 三〇三一年 四月 二日 八時 生命の木


 イジャ侵攻から十年ほど経過した。


 この短い期間で、ルキウスタンポポはむやみに増殖した。密林地帯をのぞいたほとんどの場所で定着し、人々を罵っている。これよって大陸中で交通網が遮断され生活に影響が出ている。


 魔道諸国はスンディとの戦争の混乱から回復し、あらたな秩序を形成しつつある。一部は大陸中央部の神の地と交易の利益を得ているが、ほとんどの住人には遠い地の発展は影響をおよぼしていない。


 ルドトク帝国は中枢を失った衝撃をそのまま残している。大陸最大の繁栄を誇った帝都は、いまだ残骸が広がる廃墟となっているがどうにか国体を維持している。


 統制力の減退により地方勢力が強まり、この影響であらゆる市場が形成され、封印されていた様々な技術が解放された。

 これは復興の原動力となる一方で多くの事故や犯罪を生んだ。情勢は混沌としている。

 帝国が往時の威光を取りもどすには一世紀はかかるだろう。


 その僻地では制御を失ったイジャの自律兵器が跋扈していた。

 彼らは現状維持命令を遂行しているらしく物資を収集し、迎撃拠点を建築して防御兵器を生産し、近隣の脅威となった。

 勇気ある者はこれを襲撃し、多くが失敗し、少なくが成功した。 


 そしてルドトク帝国と魔道諸国は事実上停戦した。密輸品を介した文化交流が進みつつある。


 生命の木は問題なく維持されている。


 ウリコはあくどい金儲けに精を出しており、東西を往復している。


 タドバンやペットは生命の木でゴロゴロして過ごしている。


 ソワラはルキウスを探す放浪の旅に出た。


 アブラヘルはルキウスのいない今、生命の木防衛の要となって森を監視している。


 ゴンザエモンはその情報に基づき、生命の木に接近する魔物を斬っているが、頻繁に逃亡し邪悪の森に討ち入り、死にかけては帰還している。


 ヴァルファーはこれまでと変わらず生命の木全体をとりまとめ、

 それを助けるミカエリに言いよられているがいろいろと理由をつけて逃げている。


 カサンドラは変わらず緑の村を運営している。村は貿易拠点として拡張され、移住者が増えた。その周囲の森に入る自然信仰者も多い。


 テスドテガッチはルキウスの喪失によりとりみだし、三年ほど言葉を失ったが、マウタリの盾としての役割に納得し多くの反乱を鎮圧した。


 ターラレンは魔術の発展と管理に尽力し、国際的な魔術機関を立ち上げた。


 メルメッチはレベル上げと情報収集のために各地に出没し、陽気な妖精がいると噂になった。


 ヴァーラはコフテームを中心に緑神の信仰を広め、悪を討っている。町から悪党はいなくなり、主要な信仰となった。あまりに影響力が巨大なため、各地の貴族からも恐れられている。


エルディンは力をもどすための訓練にいとまがない。彼はその訓練で長い時間を共にしたレニと結婚した。


 エヴィエーネは自由な研究拠点を求めゴファシュに転居したが、地方視察中のマウタリに発見され、山登りなどをしなければならなかった。


 マリナリはルキウスの顕現を目的にさだめ、神の地での信仰を強化した。コモンテレイは緑神の聖地となり、帝国本土からの巡礼者が絶えない。


 アルトゥーロなど残りのサポートは、各々の能力に応じた職務に集中しており、特に生活に変化はなかった。ここにはドニも含まれ、特別な力を発揮する料理人となり、戦闘無しで戦闘力は赤星ハンター並になった。


 スカーレットはひとりで活動可能な年齢になり、悪魔の森での鍛錬を続けていた。その引き金には並々ならぬ殺意があり、それは自分が知るもっとも危険な人物を確実に始末するための訓練だった。


 ドニの娘やアリール族の子供たちはあきらかに常人以上の才能を発揮しており、将来はなんらかの分野で名を残すだろう。


 アマンはAI開発とは距離をとり、各地の破壊された機械や発掘品を修復している。


 エルとミュシアたちは、冒険を求めて都市国家が乱立する黒塩聖跡地域に移動した。あの場所では彼女たちも騒ぎの一つに過ぎない。


 真珠の女王の一行は、ルキウスが約束していた物資を受け取るとはやばやと大陸を後にした。彼女らにとって大陸は過去の敵地であり、仲間の子孫は別の大陸や諸島部にいる。


 アイアは魔道諸国から来た野性味のあるハンターと結婚し、レイアは祖母になった。アゲノは歳で落ち着いたのか、変化に慣れたのか、これは良いことだと思っている。


 ジン大佐は死亡したが復活した。事前にルキウスが手配していた機装を受領、すぐに連戦を重ね以前の強さになった。今は帝国の西の国境を侵す敵をバラバラにしている。


 そしてサンティーは、せっせと生命の木の庭や畑の世話をしていた。もはや完全に慣れたもので、魔道具と機械と機械を効率的に操作している。

 仕事は順調だが、彼女はうんざりをかみしめた表情になった。


その背後で「ああ」と重々しいため息があり「次まで絶対に働かない」とルキウスが言った。

 彼はわざわざサンティーを追いかけ、近くで愚痴を続けていた。


「誰も何も言ってない」


 サンティーが面倒くさそうにそれをあしらい、畑にめぐらせた水やり装置を能力で起動させた。


「嫌な仕事があるかもしれないんだから」

「それをずっと言ってるな」

「それは嫌な仕事がありそうだから」

「そればっかりだ」

「土は作ってるだろ。本当はあれだけで大金がもらえるはずだ。不公平だ。誰が私の仕事を評価してくれるんだ? ソワラはこんなものは当たり前だって言うし、スカーレットはもっと働けってにらむ」

「金が欲しいなら、ウリコが貯めこんでいるぞ」

「金はいらない。自由が欲しい」

「自由だろうが!」


 サンティーがいらだった。


「ああ、自由が欲しいなー」


 彼は六年で帰ってきた。マリナリは積極的に緑神の信仰を広めたが、それは大きな要因ではない。彼女がスキルと魔法を駆使し人の意思に干渉したとしても、多くの者は新たな文化に狂ったように傾倒したりしない。


 神の顕現には圧倒的な量の信仰が必要。それは多くの人々の日常を祈りで埋めるようなものでなければならない。


 それを生み出した最大の信仰の源はタンポポだった。多くの人々に直接目撃され、のちに大陸中に影響を与えた帝都の崩壊は、様々な神秘的な解釈をされ、崇められ畏れられ感謝された。


 感謝されたというのは、彼らの生活を支えたのがルキウスタンポポだったせいだ。


 帝国の人々は、やかましいタンポポと、食料工場から逃げ出しいくらかの野性を取りもどしてタンポポを貪るコオロギと、それを狙う鳥獣を食べてすごした。

 なお、この現象は魔物の増加もまねき、恐怖もされた

 そして空で輝く綿毛は多くの人々を安らぎを与えた。


 影響は魔道諸国にもおよび、汚染地域のほとんどでタンポポが増加中だ。

 なお、まるまるしかったコオロギは棘の多いまがまがしい姿に変容してきているが、今のところ人々を罵ったりはしていない。


「ルキウス様!」


 ヴァルファーが空から降りてきた。


「私は働かない!」


 ルキウスが決意を示した。


「星系レーダーが巨大な反応を捕捉しました。すぐに来てください!」

「イジャかな?」


 ルキウスはプレゼントの箱を開ける子供の顔だった。


「わかりません、軌道予測によれば、すぐに星系に侵入します。急いで!」


 ルキウスはだらんとしたままだったので、ヴァルファーは彼を抱えて飛行した。荷物が言った。


「何が来たって迎撃する戦力などない」

「戦力はそれ相当にありますよ」


 ヴァルファーが着地した。様々な種類の望遠鏡が並ぶ生命の木の一角だ。そこにある観測所に入る。


「写真は?」


 ルキウスがだるそうに言った。


「映像出します」


 ヴァルファーがオペレーターに指示すると、艦影が表示された。艦はおおむねこちらを向いているらしく全体像はわからない。しかしルキウスはこれをなんとなく知っている。


(協会の千年計画にあったエクスカベーター級主力艦に少し似ている)


「もっと引いて」


 ヴァルファーが指示した。複数の棒状の物体が映像に出た。すべてが同じ方向に移動している。艦は単艦ではない。


「艦隊か」

「すみません。言っていませんでしたがかなりの数です」

「観測宙域で電磁場が歪曲して捕捉できない」別の装置を操作しているアルトゥーロが言った。「中心にいる戦闘艦らしいのは全長約十七キロ、後方にもっと大きいのがいるが貨物艦かも」


「お茶会だ」


 ルキウスが言った。


「え?」


 ヴァルファーが聞き返した。


「敵じゃなければいずれ降下してくる。その時に非文明人だと思われたらどうする?」

「敵だったら?」

「だからどうにもならんだろ。ほらお茶会をやるぞ。武器と罠の用意をしろ。できるだけ面白いやつだ」


 ルキウスはそう言って出ていったが、彼は庭でゴロゴロしているだけだった。世界が滅びるまでこうしているつもりだった。

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