初依頼
朝一番で受付でタグを受け取った。鉄製で楕円形のタグ、表の中央に五芒星型の星が一個、裏にはルキウス・フォレストと打刻されている。楕円の両側の穴に通された紐を首にかけた。
掲示板に張り出された依頼書の前には人だかりができている。依頼書を見るハンターは全力で目を走らせ、少しでもよい食い扶持を探す。
依頼書は何かの樹皮だ。白い裏側を使っている。文字がびっしり詰まった物から簡潔に書かれた物まで六十から七十程度の数が張り出されていて、少しずつ数を減らす。
毎日この数の依頼があるなら、この街の周辺部は栄えているのだろうと予測できる。
ルキウスは少し後ろでそれを見ていた。新人の立場で押しのけて割り込むような精神性は持ち合わせていない。急いだところで、駆け出しの新人では、受けられる依頼もそれ相応に違いない。
(面白イベントを期待する局面じゃない。まずは慎重にやる)
ルキウスの周りは、ヴァーラがいるだけですいている。圧迫感のある棍棒のごとき杖に仮面ローブと、鏡にできそうな全身鎧の組み合わせ。異様すぎて迂闊に近寄れないらしい。
ルキウスの鋭い耳は、ギルドの朝の喧騒からふたりの話題を拾っている。内容は主に、何なんだあれは? と新人らしい、との二つだけだ。あとは中身を巡って賭けを始めた連中がいるぐらいだった。
ギルドの理念は、遺跡を発掘して発掘品を確保し、社会を豊かにすることだ。しかしいつの世もそうであるように、そんな大層なお題目は歴史の片隅にすら名前が残らぬ者には関係なく、ひたすら魔物を倒して日銭を稼ぐのみだ。
狂ったように遺跡を追い回す遺跡専門、つまりは由緒正しきトレジャーハンターは稀有であり、比較的それに近い未知の土地の地図作製専門や魔物の研究専門が一定数存在して、それらが辛うじてギルドの理念である社会貢献をしていると解釈できるぐらいのものである。
セメルは大陸全土で共通通貨だ。文明崩壊前に製造された通貨を使用している。通貨は摩耗するが、それは魔法である程度は直る。また遺跡からも補充されている。
小さな錫貨一枚一セメル、銅貨で十セメル、大銅貨で百セメル、銀貨で千セメル、金貨で一万セメル、大金貨で十万セメルだ。
大半のハンターは、一セメルでも多く稼ぐのに必死だ。
ルキウスもそんな食い詰め者の末席に連なった。今の手持ちは一万セメルほど。安宿の素泊まりで二人部屋に大銅貨一枚百セメル支払った。この街は広く、都市にしては土地は安いのではないかと思われた。
(価値ある遺跡を見つけるのが手っ取り早いが、渡したくない。どんな物が眠っているかわからん。四百年前の物ならまだしも、二千年前のは特に。権力者とお友達になるのがお気楽だが、権力構造がわからん。普通の仕事でギルドに貢献する必要がある)
「では見てくる」
ヴァーラにことわって、多少空いてきた掲示板の前に進む。
「はっ」
返事については、もう騎士らしい態度と納得することにした。ヴァーラに限らず、サポート同士はそれなりに親し気にしているが、ルキウスにだけはそんな態度は見せない。
さっさと稼いで生命の木に帰り、また友の料理に生わさび丸一本を潜ませたいな、などと考えながら依頼書を見ていく。
駆除・一つ星以上・カサナ川流域農村地帯三番集落・ゴブリン十匹以上駆除・一匹三百セメル
討伐・二つ星以上・コム街道沿いミビッセ農場・フリヌウルヴァリン討伐二匹・討伐報酬四千セメル
護衛・三ツ星以上・コフテーム・フィーネス間往復・成功報酬五千セメル
討伐・赤一つ星以上・デルン街道北西・ワイバーン討伐一匹・討伐報酬二十万セメル
要約すればこんな感じだ。あとは物品を求める依頼であるが、この世界の知識がないので選べない。植物であれば、視界に収めた時点で名前と性質はわかるが、文章中の植物名から植物を思い出すのは難しい。
(ノーマルワイバーンなら森の外でも俺一人で瞬殺、これが赤一つ星以上か。西の連中なら対空砲で落とすんだろうが、こっちは魔法か? 弓では殺し切れん)
「見事につまらんもんしか無いな」
面白味がなく、いかにも業務っぽい匂いにまみれた依頼書に自然と声が漏れる。
「お前さん、腕に自信があるのか?」
ルキウスの肩を大きな手がガシッと掴んだ。大きな仮面が振り向く。
そこにいたのは、鑑定・相談のいかついおっさんだ。顔全体に茶色の髭が生え、目元に深いしわのあり、目を見開き興味深そうな表情だ。この接近には気付いていた。森の外でも周囲の気配は読めている。
「ああ、あるとも」
ルキウスが力の入った声で答えた。
「どれぐらいの新人がそう思ってると思う?」
「……六割ぐらいか」
「惜しいな、七割ぐらいだ。魔物相手の実戦経験があるとか、力自慢の奴が大体そうだ」
おっさんは大いに筋肉を活用して笑みを浮かべている。
「惜しかったところでどうなるんだ?」
「俺はこう見えてもギルドの相談係なんだぜ、まあ来いよ。仕事を探しているんだろう? そんなのも含めての相談係だ」
おっさんは受付カウンターの空席を顎でしゃくり席に戻っていく。ルキウスは、ヴァーラを元留めておいて、カウンターの前に立った。
「で、お前さんはどうしたいんだ、何か仕事の希望はあるのか?」
「手っ取り早く稼ぎたいので、さっさとランクを上げたい」
「シンプルだな、でかい遺跡でも発見すればすぐだぜ」
おっさんが挑戦的に言った。
「そいつは余計な面倒事が多そうでな」
「はっ、いつでも見つけられるような口ぶりだな」
「森の中なら得意なんでな、本気でやればなんとかなるだろうよ。今は普通の依頼を受けるつもりだがな。なんせ制限が多い」
見習い一年とかはやっていられない。
「そりゃあ、新人だからな。危険度の高い仕事はないぜ、依頼の目安になるようにランクがある」
「稼げる限界が低いと言っている。さっきゴブリン駆除の仕事があったが、現地に千匹のゴブリンはいないだろう、低ランク向けでも数が自由に稼げるのが望ましい」
「千匹いる集団は練度も普通じゃあないぜ、軍が出る騒ぎだ。そこいらをうろついているゴブリンってのは、木の棒を振り回して石を投げる馬鹿たれどもだ。ああ、たまに糞を投げつけられて散々な感じで帰って来る新人がいるなあ、くくくく」
おっさんが何かを思い出しながら笑い堪え続ける。
「こっちは千匹いても問題はない。で、何かあるのか、相談の人?」
「大きく出やがった仮面野郎め。ねえこともねえぞ、ランクにかかわらねえ出来高仕事。そのすみの依頼書を持ってこい」
ルキウスは、おっさんが指差した依頼書をカウンターに持ってくる。依頼書には木材の確保と書いてある。
「見てのとおりの木材確保だ」
おっさんが依頼書を突き出して見せてくる。
「それはハンターの仕事なのか?」
「森は危険で戦闘要員が要る。俺が若いころはなあ、駆け出しは木こりで稼いで、装備を整えて上を目指すってのが定番だった。そのまま本職の木こりになっちまう奴も多かったぜ。俺だって百本以上は伐採したさ。苦労して担いだもんだぜ。昔はな」
「今は違うと。木がありすぎて皆さんがうんざりしたのか?」
「森との距離が開いてきたし、金になる大木が奥に入らないとねえ。ハンターが摘まむには、ぱっとしない。木の需要はいくらでもあるから材木ギルドは困ってないと思うが、昔のように一攫千金とはな」
「どの程度の稼ぎになる?」
「細かい話は依頼の商会だ。大木を持ち込めるなら間違いなく儲かるぜ。で、どうするんだ?」
「なるほど、ならばそれを受けよう」
「おうよ、名前は? 後ろの鎧もか」
「ルキウス・フォレストとヴァーラ・セイントだ」
「ほいほい」
おっさんが何かの書類を書いている。
「あんたが受付するのか」
「いいんだよ、誰がやってもよ、ほれ。これを指定の場所に持って行け、依頼の受理票だ。無くすんじゃねえぞ、面倒が増えるからな」
「世話になったな」
「それと、街の北側の木は駄目だからな」
「なぜだ?」
「あそこは俺の若い頃から植林してる。それに特別高い木材は無い」
「理解した」
ルキウスはくるっと回ってローブをなびかせ、受付を去った。
「くくく、楽しみにしてるぜ、フォレストさんよ」
二人は立ち止まらず、ギルドの扉を開けて出て行った
「タックさん、勝手に受付を離れないでくださいよ、混んでいる時間なんですから」
おっさんの隣にいた素材買取担当の女性が、苦情の声を発した。
「こんな時間に鑑定はねえって。それにあんなの放っておけるか? すんげー面白そうじゃねえか。それになんか、声かけねえとならねえって気がしたんだよ」
ギルドには危険な人格傾向の人間も来る。その鑑定もしなければならない。
「面白そうで仕事しないでくださいよ。新人は中型までの動物・虫系魔物の駆除でもしてればいいんです、角兎や大鼠を。いきなり森は危険でしょう」
「いやいや、あのなり。普通の新人じゃあねえ。登録どおりの〔自然祭司/ドルイド〕なら余裕さ。普通に木は切るらしいし、変に気難しくない。ほら、三年ぐらい前にいたよな? ウサギを殺したら暴れだして街から退去になった奴。ウサギの耳から世界の秘密が出てくるだっけ」
「登録時は異常無しです。タックさんは何か起きるのを期待しているだけでしょ」
「街も変わっちまってよー。つまんねえ、最近はどいつもこいつも東の街道仕事に行きやがる。開拓民らしく森に入れってんだ」
「まったく」
女性は諦めて受付の仕事に集中することにした。