実り
ゾト・イーテ歴 三〇二〇年 十一月 二十一日 八時 生命の木
ルキウスは巻貝を人差し指の先に立て、顔に寄せていた。そこからはがさつな声がしていた。
「少しは落ち着いた」カチャカチャ音がして、何か飲んだ音がした。さらにアーと吐息。「ん、ひさしぶり森の人」
フレイだ。ルキウスとは活動エリアが違うが、双方とも特定地形に特化した対人戦を好むプレイヤーとして有名で、たまに会う間柄だった。ただ、その認識が今も有効かはわからない。
「やはり大統領とは呼ばないな」
ルキウスは声を注意深く観察したが、変化は見つけられない。
「森の人は森の人だ。それとも森変態がいいか?」
「そっちもだろ。というか、こっちは一時代だけだ」
「自然に生きてんのさ」
どっしり構えているというのが彼女の印象で、そのせいか、環境の変化は無意味だった。その重さで、彼は言った。
「助かった」
「お嬢さんにも言ったが酒くれ。緊急だ」
「やはりこっちには来られないか?」
「魔物だらけでやべえ。海上に出るとイジャが来やがるし、陸上への移動は考えてる。でかい湖作ったんだってな」
「来るなら高度を上げすぎるなよ」
「それもマリナリに聞いているよ。滞りなくすらすら話すお嬢さんだな」
「……超大魔法の話だが」
「〔地上一新/イノーバ・タイド〕だ。残念だが発動後は見てない。寝たから」
「実際に使ったわけだ」
「よく寝た」
「気分は?」
「最高にいい。もう百年ぐれえは寝ない。でも、陸の様子は期待してたものじゃない。これなら自然に還っていたほうがよほどよかったってとこ」
「アトラスなら強制転生、つまり死亡のはずだ」
「あっちで使ってねえけど、そうだろうよ。しかし魔法の説明文は、世界を変える巨大な力の消費で神は二千年の眠りにつく。みたいのだった」
「前提条件は?」
「試練系のレア触媒山盛りと、大量の海水と末期の世界」
「後ろの条件はあいまいだ」
「私が終わってんなこれ、と思った。森の人もきっと同じ感想になる。あれは慣性で坂を登り、ちょうど力尽きた腐肉の塊さ」
「あとはごろごろごろのごろごろ」
「登り始めがいいよな。アトラスもそうだった」
「こっちは森で袋叩きにされてた頃だな。しかし二千年ぴったりと考えると、暦が合わないが」
「諸事情だ。懸念すべき事はない」
「……そうか、酒は届けさせる。南下したら連絡しろ」
「さっさと終わらせよう」
ルキウスは通信を終えると会議室に向かった。
会議室にいる面々は、ふだんのようなどこか他人事の顔ではなく、会議への興味があった。
復活したミュシアは、以前より力が抜け、やや明るい顔をしていた。
「報告させていただきます」ヴァルファーが始めた。
「昨日の戦闘において、イジャ巡洋艦二隻、イジャ戦闘機三百二十六機、自律兵器約八千の破壊を確認しました。戦域となった海岸では現在も自律兵器と魔物が戦闘中で、ここの状況は観測不能。なお、海の魔物の一部が東に流れ、半島の居住地域で被害が出ています」
用意されたモニターに空飛ぶ黒い水球が映った。
「特筆するべき事柄として、作戦中、偶発的に魔道潜水船真珠の女王が参戦しました。艦長はあまり森には来ない方ですが、ルキウス様の友人です」
「昔、私を十秒で殺した方です」ヴァーラが言った。
「神代から昨日まで寝ていたそうでございます」マリナリが言った。
「彼女の参戦もあり、イジャ母艦の上面が粉砕されました」ヴァルファーの声がかすかに低くなった。「映像解析によると、標的の上部に半独立した円盤型構造物が載っていたと推定される。割れたのはそれだけです。シールドは生きています」
モニターには、大皿の上部から黒い煙がわき出して大皿を包むさまが映っている。
破壊された質量は莫大で、上部の迎撃砲などももろともに粉砕された。戦果ではある。通常の手段であれほどの破壊は不可能だった。
ルキウスはこの原因を自分の内側に求めていた。
(してやられた。はっていた場所にとびこむとは失態)
ルキウスはおもしろくないから正道を避ける。
戦争における正道とは、敵より優れた兵器をより多く用意し、味方が効率的に戦闘でき敵がその逆となる状況で戦うこと。
しかしそれ以外にも基本はある。
大きく迂回しての側面攻撃。少数部隊を潜入させての補給部隊攻撃。戦力集中による戦線突破。交渉による背信。欺瞞情報の流布。
頻繁にあることではないが、戦術として認識され、防御側もそうならないように警戒している。奇襲は成立しうるが奇策とは呼べない。
奇策とは、相手が意識しない攻撃でなければならない。イジャは、自軍以上の大軍に押しつぶされるケースを意識していなかった。だから戦闘効率を無視して自律兵器をまき散らしていた。
警戒していたのはゲリラ的な攻撃や理解しがたい特異な攻撃だった。
(おそらく神代の皿割りも上側からしかけている)
神代の大皿は今より高度が低かった。さらに高高度を飛行すると攻撃してくる衛星が存在せず、高空の飛行に熟練した者もいたはず。
そもそもメアリーは特殊だ。過去では彼女のようにはできなかった。
メイドは戦闘に向かず、プレイヤーは通常選ばない。あの職業が戦えるのは、住居内や催し物の中ぐらいだ。過去の破壊使用人もサポートが多かった。その場合、性格も能力も非戦闘型となる。
プレイヤーなら自前の知識や技術で補えるがサポートは違う。
神代のイジャ襲撃時は、敵が多いがプレイヤーも大勢いた。今ほど絶望的ではなく勝ち目があった。きっと死亡前提の攻撃はためらわれた。
大皿の迎撃が薄いのは側面だが、基礎ステータスの低い彼女らを音速で大皿に叩きつけるのは難度が高い。吸血鬼と違って衝突で即死する。魔法で減速させればそこを集中砲火される。
そして地上波律兵器が守っていて、下方から接近は困難。
それらと比べて上からの攻撃は安心感がある。皿と認識しやすく、運搬者が撃墜されても、大皿に着陸できる可能性がある。
実際に複数人が大皿に降り、少なくとも二人は到達した。
(イジャはドジっ子メイドなど理解しない。上部から一撃が、強烈なエネルギーを発生させ船体を完全破壊せしめると理解し備えた。そこを攻撃してしまった)
ルキウスが頭に力を入れている間も、ヴァルファーは説明していた。
「こちらは投入した対空兵器、無人兵器をほぼ失いました」
「キルレートだけは上々だ」アルトゥーロがぼやく。
ヴァルファーが何か言いたげな表情でエルに話をふる。
「テアイルセンスさん、でいいですね?」
「エルでいいって」エルは臆面のかけらもない笑み。
「アクロイドン収容所が崩壊するまでの経緯報告をお願いします」
ヴァルファーが努めて事務的に対応すると、エルは待っていたと語りだした。
「僕はWO探索、ドルケルが囚人の扇動を目的に行動した。地下の囚人は外の状況がおかしいのを察していて、すぐ小規模な争いが起きた。看守の介入をちまちま妨害して、三日もした頃には白服側も争いに加わり争いが頻発した。
そこから主張も何もない全員参加の大乱闘になって、過半数はのびちゃった。それで起きてからは、諸々の派閥の代表者集合! で明るい未来のための話し合いは各々が望みをかなえるってことで合意。この侃侃諤諤の議論は囚人全体に広がった。半分ぐらい肉体言語だったけど。すばらしい夜だった、昼だったかな?
あそこは様々な信仰形式が創始されてたけど、オープンなくせに内向きだった。それが自らの持つ宝を世界に広めばならないという使命に駆られた。目覚めだよ。一日で文明が一世紀は進んだね」
エルがくり返しうなづき、ひとりで悦に浸っている。
「まだ本題ではないようで」ヴァルファーが言った。
「もちろん。地の底にこそ夢がある」エルは身ぶり手ぶりで次々と誰かの動きを再現していく。「世界同時革命だ! 理想郷を作ってやる。真の神を帝国に! 石の聖典こそが万物の礎である。鼻毛が最強だと証明する。我こそ大腿四頭筋の使徒である。キノコを世界に広めるぞ。いやいや俺こそがキノコだ。ここで学んだ健康違法を広める。世界を走って一周するぞ。殺した友人とやりなおしたい。
まあ、誰かへの恨みとか、犯罪計画とか、あそこの物を持ち出して儲けようとかもあったけどー」
「そこからどうなれば埋蔵物が地上にわきだすんです?」
ヴァルファーは感情を抑えた。
「意外にも管理側は早々に避難した。囚人が地下にいるあいだにね。それで時間が余って、全員で物資を探して地下を掘ったわけ。ほらさ、土使いの彼が地底をかき回していたからね。彼はちょっとばかりやる気過剰だったから、飛び出す前に下にはすばらしい作品の材料が眠ってるって言ったら、いろいろと掘り出しちゃって、どうにかなだめて一日遅れた作戦に合わせたのを褒めてもらいたいね」
「そして作戦日ですか」
「そこからはドカンと天井を抜いて大脱走さ。あのきもい酒神も、頭にたらいを載せてどこかに走っていった。自力で動けるのはそんな感じで脱走しちゃった。性質不明で怖いから追ってない。ドルケルも役に立った。人は成長するものだねえ」エルはしみじみといった様子だ。「あとは知ってのとおりさ」エルが何も知ーらないのポーズをした。
短い間ヴァルファーの目が据わり、モニターに次の映像が出た。アクロイドン収容所の遠景で、大きな穴の中を自律兵器が出入りしている。餌に群がるアリのようだ。空には小皿も確認できた。
「現在は、アクロイドン収容所に自律兵器が殺到しています。これまでになかった動きとなっている。この意味がわかりますか?」
「さあ?」エルが言った。
「奴らがアンテナの材料を発見した可能性が高い」
ヴァルファーは言い終わると、力を入れて口元を結んだ。
「彼らの科学力なら一日でアンテナの修復してもおかしくない」
「すでにという可能性もありますね」ソワラが言った。
「アンテナの事は遅かれ早かれだった」ルキウスが言った。
「次の行動を決めるべきだ」ヴァルファーが強く求めた。
この言葉は、ここにいる全員にとって重いものと思われたが、ルキウスは即答した。
「わたしがなんとかするのでお前たちはゆっくりしていていい」
「いえ、それは無理なので」
ヴァルファーが受け流した。
「まじめに言ってるのに」
ルキウスがわかりやすく不満を表現した。
「ならどうするつもりで?」
「私が一人で行ってがんばって潰してくる」
ルキウスは正直に言ったが、ヴァルファーは無反応で彼の案を述べた。
「……最高レベルの魔道潜水艦の助力で状況がおおいに変わった。あれの防壁なら母艦への突入が可能です。往復輸送が可能なら、帝国軍の精鋭を大量に内部に送れる。艦内に転移陣を用意すればより速い」
「防壁は超圧縮された水だ。暑さ三百メートルだから、実際には一キロ近くあることになる。それだけに注目の的だがもつかな?」
「一度目は成功すると考えるほかありません。あとは突入部隊次第」
(あれは航空戦力を落とす能力が低い。とんでもない量の小皿が群がってくる。海からも距離がある)
ヴァルファーがルキウスの反応を待っているので彼は言った。
「それでやるといい」
「すぐに準備を。内部での戦闘を想定して連携を確認したい。さらに撃沈した巡洋艦を調査して構造を調べる」
ヴァルファーはほかの者と手順の確認に入った。
会議が終わるとヴァルファーの周りの者以外は散っていく。ルキウスが庭に出ると隣にエルが来た。彼女は彼を見上げ言った。
「あそこにアンテナがあると確信してたね?」
「古代のゴミ捨て場は限られてる。天体規模ともなれば余計に。邪悪の森も過去は高原だったから怪しいが、今はイジャが来ない」
ルキウスが歩くとエルもついてきて、友人の口調で間合いに入ってくた。
「掘り出すタイミングがずれたかな」
「狙えるものではなかった」
「君さ、昔の僕に似ている感じ?」
「血を吸いまくりたい気分じゃないな。それとも哀れな被害者を部屋中で逆さづりにして、血がだらだら垂れる中で新鮮な血肉を貪る晩餐でもやってほしいのか?」
「下位吸血鬼じゃあるまいし、血なんて吸わないって」
彼女がなれなれしい手を伸ばし、ルキウスは小さな動作でかわした。
「なんでついてくる?」
彼の歩行速度は速い。
「君はすこぶる部下に恵まれてるのに、自覚が足りないなー」
「いや、よく働いてもらってる。今だってな」
「見ててわかるんだよ。興味がないのが」
「状況が特殊だ。自覚できないだろうが」
「本当の失敗があるとすればこれからだ」
エルがルキウスの前に出て。後ろ歩きになった。
「何が言いたい?」
「僕は君の気分がわかる」
「こっちにはわからん。NPCの気分などは」
「それはタラッタがイライラしてる時に言ったね」
「そいつはお子様だったからだ」
「それはそうだけど君も同じだ」
「そのプレイヤーは一般人だ」
「最初はそうだったけど、最終的には側頭骨の構造にこだわってコレクションする程度には普通じゃなくなったよ」
「その程度は普通の人だ」
これを聞いたエルはニヤッとして言った。
「ひとりでやろうとしてる。よくないな」
「特にそういうことはない」
「このまま行くと組織が瓦解するね」
「ご忠告ありがとう。しかし今は人類が不細工な滅び方をしそうだ」
「それをなんとかしてくれるのが仲間だ」
「無理だな」
「変なところで自信があるね」
「解答を持っている」
「おー、あの地下の宗教家と同じ自信だ」
「たしかに。神のお告げがあるからな」
「君たちは人格神を受け入れない。これは異常だけど、理由は知ってる」
「いやいや、神とは知り合いだ。さっき出てきた潜水艦にも神が乗ってる。会ったら仲良くやれ。深海に連れていってくれる」
「そう。ならいいや」
エルは引いた。同時に明るさが失せた。
ルキウスが足を止めた。庭のすみに造った納屋の前まで来たからだ。
「ここに来たかったのか。仕事はしたけどこれでなんとかなるのかな」
エルが大きな動きで納屋を観察した。簡素木造の納屋に見えるが、強力な魔法で防護されている。ルキウスはその扉を問題なく開けた。
中にあるのは、WOである綿津見の庭、披針双曲螺旋、泥土の並木道、揺らめくガベージシュート。
それぞれ、箱に入ったミニチュア、動く絵画、木製の棒、金属の枠組みの形をとっている。
「この四つは四元素で変異や創造の効果がある」
ルキウスは四つを持って庭に出て、まず木製の棒を大地に立てた。すると立てた棒の横に新しい棒が増えた。それを立てるとまた棒が増える。その棒を二列になるよう立てていくと棒に挟まれた泥の小道が出現した。
「この道では、すべての魔法が土属性に変換される。本当は土属性の敵とセット」
小道の上に渦巻き続ける絵を置き、その上に絵より大きな金属の枠をかぶせ、箱を逆さにして中にあるミニチュアのすべてを絵に落とした。それらは絵に吸いこまれ、渦巻きが多くの色をまとい回転が加速した。
「ガベージシュートを抜けると火属性が付与されるが価値のないアイテムになってしまう。ミニチュアはただのイベントアイテムで壊れない水属性、絵はこの見た目で風属性の錬金窯だ。普通は風属性以外が剥がれてしまう欠陥アイテムだが――」
渦巻きが急速に逆回転し、ペッと何かを吐いた。
溶鉱炉の中で冷えかたまったような形状の光沢のある塊がゴロンと泥に転がった。「やっぱりな」ルキウスがそれを拾い上げる。金属は色合いを変えながらゆっくり明滅していた。
「こいつは万能触媒のオムニタイトだ。使い勝手がいい」
「これと同じ?」
エル取り出したのはアトラス金貨一枚だ。
「そうだ。手間がいるが無限に出るから触媒問題がいくらかマシになる」
ミニチュアの中身は復活していた。
「精霊石の鉱山に匹敵するお宝だけど、今必要?」
「復興には必要になる。イベントでガベージシュートをいじってるときに、吐き出すアイテムの規則性を見つけて、できると思っていたが、アトラスでは同一空間に存在することがなかった」
「今は?」
「魔法を使う時に使えるさ。ほれやるよ」
ルキウスはオムニタイトをエルに手渡した。
「じゃあちょっと出かけるから」




