皿割り
彼が謎の物体に目をくれている間も、付近の空では巨大な魔物とイジャの兵器が飛びかう激戦は継続しており、魔物も兵器も次々に墜落していく。
魔物は落ちていくものを無視し、近くの動くものを襲っている。小皿は対地攻撃と同じように戦域へ突入しつつ攻撃、即離脱の動きだが、混戦のせいで一定数が離脱前に一撃を浴びている。
先ほどまで交戦していたヒトデは、念動力で小皿を捕まえ、すべての触腕でぎっちりと抱きかかえていた。それを助けに入った小皿がプラズマ榴弾をさく裂させるとヒトデは反射的に触腕を開き、大きく逃げた。
ライデンへは、生体になりかけのカエルのように手足を生やした魔魚が水をまとって来ている。
彼がそれを刀で受け流し、先ほど脱出してきた穴に叩きこんだ。
「船体側面にまとわりついて行く」
ミズナダを移動中のピザから離れぬように泳いだ。ピザの迎撃砲のおかげでここには魔物が接近しにくい。もちろんその迎撃砲が彼らにも向かう。ライデンがたて続けにそれを破壊して、雨で水が補給できる場所につけると、少し壁を斬って迎撃砲で狙われないように壁の内へ入って身を隠した。
その下方向からは赤い発光。主砲だ。目標はやはり黒い塊。付近にいる巨大な魔物よりあれを危険視している。さらに主砲が何度も撃たれた。黒い塊は命中のたびにブシャッと水を噴くが、形状は維持されている。
「主砲は連射できぬはず。負担をかけて撃っている。あれは大波と並ぶものか」
撃たれている黒い塊から小さな黒い物が飛び出した。進行方向が丸くなった水滴型の塊だ。小さいといっても、この距離で視認できるなら十メートルはある。
黒い水滴は、猛烈な速度でこちらへ飛んでくる。約三十の小皿が迎撃に飛び出した。水滴は、急上昇してねじ穴に沿うような飛行になった。航空機の機動に近い。
「あの曲線は」ライデンが呟く。
黒い水滴はうねる軌道で加速していたが、どんどん小皿が群がり光線を撃たれ、そのたびに若干の液を爆発的に噴出させ、さらに液体を垂らし小さくなっていった。やがて光線が貫通、半分以上は来ていたが、海へ落ちていく。
その最中にもまだ光線が浴びせられ、完全に形を失った黒い液体の隙間に白い物がのぞいた。
破壊されて空中で散っているが筒状だとわかる。大型ミサイルに似ている。
「まさかな」
ライデンは、信じたくもあり信じたくもなかった。
筒が海に落下する前に、黒い塊より次の水滴が飛び出した。
上方から六発、前方から二発、後方から二発。
そのすべてが花が開くような軌道で八方へ散る。空間を活用して迎撃を振りきる動きだ。お互いの位置を意識しながら非直線的に目標へ向かっている。ひたすら空を目指す物から海に突入した物まであり、小皿は追いきれていない。
「いかん」ライデンは血相を変え、ミズナダの背を蹴った。「エルミスだ! 急降下! 巻き添えになる」
地表では大量の魔物が死体を貪っている。そこを目指してミズナダは下り、彼は途中でよりつく魔物を斬りはらった。
その地点に近い海岸の少し沖から、バサンッと潜っていた水滴が飛び出した。それは低空を維持したままライデンが落ちようとしているほうへ向かい、ほぼ真下に入ると垂直上昇を開始した。
「体を起こせ」
彼がミズナダの水を引っぱると、降下から水平移動ヘ動きを変えた。すぐ近くを黒い水滴が突きぬけた。
振り返れば、七発の水滴が上下左右からピザをめざしていた。内一発は魔物の魔法を受けて爆発。黒い輝きが広がり魔魚を飲みこんだ。さらに迎撃砲が水滴を狙いいくつかが脱落した。高速で飛ぶ黒は目で捉えにくいが、まだいくつか存在している。
彼が乱戦の中を飛ぶ影を探していると、ピザの下部で黒い爆発が起きた。上部からも黒がこぼれている。下部の主砲二門があった場所がかなりえぐれていた。
ミズナダは海上方面へ離脱を続ける。その先にある黒い塊は、彼の見知った形状だった。
「あれは真珠の女王……に似ているが一体?」
数分前 ギルイネズ内海 深度十七キロメートル
あまりに濃密な汚染により、死の力で存在する不死者ですら過剰に力を供給されて朽ちる。ほとんど魔物はこの深度には近づかない。
そんな奥底には洞窟があり、それと一体化した黒の殻が存在していた。
殻の中には、長い楕円形の物体があった。
全身は、ほのかに紅の混じった銀の遊色をまとっており、色の変化を見つめていると中に引きずりこまれる錯覚に襲われる。
その中の艦橋があった。その中央には、立派で陽気なリクライニングチェアがあって、上では全裸の女がご機嫌な顔で寝ていた。
ウェーブのかかった癖のあるオレンジブラウンはちょっとくたびれていて、日焼けした顔は野性的だった。
艦橋が鈍い衝撃と共に傾き、女がいすから転がり落ちた。
「んん」
彼女は冷たい床の感触を手の甲で確かめると、かすかに口を開いた。
「酒……」
「二千二十一年と七十八日と十三時間四十八分経過しました」
天井から機械的な声がした。艦の運行を補佐する管理AIバシリッサだ。
彼女がぼけっとして、高くにあるモニターを見ていた。そして頭を傾けた。
「……二十年過ぎてるじゃねえか! なんで起こさねえ!」
女は叫ぶとまた寝た。
「無理に起こすと、本艦が破壊される恐れがあり――」
「うるせえ!」女が目を閉じたまま近くに転がっていた酒瓶のふたをむやみに投げると、壁際の棚に固定されていた頭蓋骨に直撃、骨が飛び散った。
「ああ」
女は体を起こし、手の平に水球を作り出すと飲みほした。
「このような損傷が発生します」
「ハー」
女は水を飲みこむとためこんでいた息を吐いた。
「意識は正常ですか?」
「我が名はフレイディス・ハマスフース」女は目を閉じて言った。「歳はすごくいった。真珠の女王の艦長にして、不敗の鯱ことフレイ様さ。部屋で石化してる連中を起こさないといけねえや」
真珠の女王は、全長百三十二メートルと比較的大型の潜水艦であり、特殊セーフハウスである。
空間歪曲型格納庫によるふんだんな弾頭数を誇り、万能魚雷発射管を十門備えている。
フレディがどうにかいすに戻る。
「おそらく正常です」
「なんで起こした?」
フレイは目をしばしばさせた。
「本艦は攻撃受けている可能性が高い」
「対処は?」
フレイの声は水に吸われたように沈んだ。
「休眠権限化で実行中。危険度不明ながら緊急事態には至らず。経緯の説明を推奨」
「腐ったはちみつ酒をやってお目玉とび出した酔っ払いがゲロするまでに言いやがれ」
「本艦は予定どおりの凍結封印を維持できたのは約千六百年。四百年前より大量の呪詛汚染が近辺に流入、これは極めて大規模である除去困難。耐えることは不可能と判断した」
「ろくでもねえ予感」
「【暗濁の教誨】を利用して、呪詛を活用する術式を構築、意図的にギルイネズ内海に流入する呪詛を本艦に集積、高密度の汚染を取りこみ超深度魔道防壁を強化した。さらに汚染の過剰集積を防ぐため、呪詛を消費して物資の生産に入った」
「おいおい! 不死者になってないだろうな」
彼女が魔法で水鏡を出現させ、自分の顔を確認した。特段に老けてはいなかった。むしろすこぶる健康そうだ。
「まあ、睡眠たってペナルティだから仮死状態みたいなもんだ。神だから封印か」
「それから汚染の消費を維持していたが、約九十八時間前より、災害級脅威の活動が活発化、これにより洞窟が破壊されたため海底に沿って移動を開始した」
フレイはモニターから周辺情報を読もうとしたが、きわめて近くの情報しかなかった。バシリッサが続ける。
「移動中、兵器と推定される機械の残骸と、海生生物の死骸が落下してきているのを確認した。これが低深度での大規模な戦闘を示唆。なお人の死骸は確認できず。
さらに兵器そのものを一機確認、兵器による攻撃で超深度魔道防壁が部分損傷したが復元した。兵器は魔物に破壊された。二十二時間前より特に落下物は増加している」
モニターに兵器の分析情報が表示されている。
「誰かがけんか売ってきたんだろ。毎度のことさな。この深度で位置がばれてるならやることは一つだ。弾の補充は?」
「エルミス型魔道巡行弾二百発復元完了。弾頭は呪詛相殺原理による無属性に変更」
彼女のいすが前にスライドしながら起き、床から操作機器が出てきて彼女を囲んだ。彼女が正面にある青いオーブに触れて魔力を通すと発光した。感覚が船と一体化する。
何も見えない。深海であっても周囲を認識できるはずだが。
「これが汚染か。魔力視は死んでやがる。陸は人類滅んでそうだな。科学系の探査手段は有効か?」
「光学、赤外線、音波、電位、正常。流体分析は現環境に適応済み」
「索敵出力を許可」
モニターに地形の立体図が広がった。さらに船体の各機関の状態が表示される。いずれも緑字、正常。魔力も完全に充填されている。
「索敵子機は?」
「現深度では機能せず」
「今度はまともな人類が栄えていてほしかったがよ。このざまじゃまたお洗濯しないとならねえ」
「文明との接触には衣服の着用を推奨」
「わかってる」フレイは面倒そうだ。「全機能確認。各機関の調整は委任する」
「了解」
フレイが触れているオーブの輝きが強くなった。
「真珠の女王発進だ。深度百まで急浮上」
「了解」
船体が傾き、完全に天を向いた。さらに魔道推進器により、周囲の水流が道を開け、船体が押し出されるようして急浮上する。飛行機に匹敵する速度である。
「進路に大型生物一。クジラ類と推定。体長二百メートル弱」
バシリッサが警告した。
「ソナー撃て、直進して突破、道を塞ぐなら当ててかまわん」
海に高い音が広がった。船は暗闇の中に転がる様々な残骸を避けながら垂直に上昇していく。聞こえる音は水流だけだ。
この速度でも長い時間を要したが、やがてセンサーが微細な光を認識。船は急激に減速した。音響レーダーが正確に周囲を捉えた。
「なんだこいつは、肉片だらけ。どこのばかだ、海を荒らしやがって」
赤い光――警報がなった。その瞬間、彼女は船体を急旋回させて加速させた。赤い光はかなり前で水中に散った。
「既知の攻撃か?」フレイの感覚に敵がかからない。水中。水上にいない。
「情報なし。指向性エネルギー兵器と推定。この場合、発射位置は空と断定される」
そしてまた警告。赤い光が散った。やはり障壁まで到達していない。
「兵器の奴だな」フレイは魔力を流し防壁の出力を上げていた。
「敵は水中戦向きじゃない。機関最大、深度マイナス五千まで浮上、空水戦だ。活動可能時間は?」
「四十七分」
「せいぜい二隻、さっさと沈めて離脱する」
「接触は?」
「ぶっ飛んで生きてたら考えてやる」
超深度魔道防壁をまとった真珠の女王が、海面より飛び出し、空へ上った。そして見るのはあの光線の直線上の空。そこは混沌とした戦域だ。
こうしてイジャ巡洋艦と魔道潜水艦は会敵した。
フレイは混沌の中で最大の飛行物体が何かわからかったが「変な形しやがってピザ野郎が。前方からエルミス一発放って、魔法分析モードで警戒」
「一番発射」エルミスが発射された。「再装填まで四秒、発射可能まで十七秒」
エルミスは順調に加速した。それに小皿が群がってくる。
「航空戦艦か」
「敵機、五百から六百。搭載兵器によっては危機的状況です」
「無視だ。小せえのはカウントしねえ」
「了解、敵航空機をレーダーと映像から削除します」
「そいつはどっちも表示だ!」
ここで警報。あの主砲が防壁に命中した。しかし表面の水が削れただけだ。
「超深度魔道防壁損壊。魔法破壊です」
「ハア!?」
フレイはあせった。真珠の女王はあくまで潜水艦、水中でしか行動できない。今は船の中心に水を吸いつける術式で超圧縮した水をまとっている。潜水艦が進むと中心が動き、それに周囲の水をついてくるので宇宙でも潜水移動が可能になる。
高コストの万能魚雷エルミスの飛行原理も同じで、まとった水の中を推進する。ゆえに水球が空中を飛んでいるように見える。
どちらも強烈な魔法破壊に弱い。
「復元完了」
「なんだそれは?」
魔法は通常かけなおしになる。膨大な触媒を再消費するはずだ。
「命中部位近辺のみ破壊されました。前述の兵器と同質の効果」
モニターに破壊された部位と修復までの力の加わりがわかりやすく表示された。危険度低、効果分析中。あまり攻撃力がないようだが、兵器の光線による魔法破壊は過去になかった。
「なんか危ねえな。やっとくか」
フレイが左のスロットルを握った。スロットルが青く輝く。それを大きく引くと、船体を囲う水の周囲から急激に重苦しい霧が広がり始めた。
これは爆発的に広がり、海面上の広範囲の視界を奪う。こうして霧の中を潜行するのが彼女の必殺の戦術。
「目を閉じて恐怖を聴きながら死んでいきや――」
寝起きから完全に戦闘モードへ変わろうとすると、霧が消えさった。
「ああ!?」
フレイがモニターと計器を確認した。
「魔法破壊です」
「大魔法だぞ! なぜあれで消える?」
「光線が魔法の作用域末端に達した瞬間にすべての魔法が崩壊」
「だから、発動しちまえば完全破壊される強度じゃねえだろ! 艦隊戦強度だぞ」
フレイがごねていると撃ったエルミスが破壊された。同時に主砲を浴びたがすぐに修復される。彼女はモニター情報を確認してニヤリとした。
「エルミスの破壊まで被弾三百二十九、貧弱だなあ。ぶっ壊すぜ。トリツィア級があのサイズになった仮定で戦力計算」
「ぶっ壊し方を模索中、まずはメイン攻撃手段の破壊、次に航空機の発進手段の破壊、最後に動力部の破壊。全体破壊は困難」
「やっぱりそうなるかよ。魚雷機動パターン選択完了、全発射管開け」
「発射準備完了」
「全弾撃て!」
エルミス十発が一斉発射された。この十発の内、五発が命中することになる。意図どおりに主砲を破壊できたが、船体へのダメージは装甲を削っただけだ。薄く見えるが実際にはかなり分厚い。
「へえ」
あれがこの潜水艦なら大穴が二つ空いている。乗員が水を嫌わないので浸水しても関係ないが、その事実が気分を支える状況でもない。
弾は限られている。次の攻撃には思案が必要だった。
(妙だね。状況はともかく損傷が修復されない。いや古い傷も放置されている。あれほどの規模で〈修理〉スキル持ちがいないはずはないけど)
ここで艦橋の棚の中に大量に並んでいる巻貝の一つがカタカタ振動した。
「五番、権限者はライデンです」バシリッサの通告。
「ライデンひさしぶりだな……って二千年前だよな。別の誰かか。つなげ」
「ご主君!」
巻貝が割れるほど振動した。
「あ、ライデンじゃん」
同日 十五時三十分 ビビゾ平野 南のイジャ巡洋艦の北側
地上すれすれを飛行する魔女たちに、横殴りの魔魚が降っていた。
「ああ!」
魔女の一人に小さな魔魚が刺さり、さらに連続して肉をかじり取られ、血まみれになって転がった。そこへ魔魚が殺到する。
「〔熱衝撃波/ヒートショックウェイブ〕」
ミュシアは瞬時に高度を上げ、魔魚たちを爆風で遠ざけた。
「魔魚は大きくかわせ、イジャがかってにしとめてくれる」
その言葉のどおりに赤い雨が来た。魔魚も魔女もまとめて掃射している。
数名の魔女が直撃を受けて墜落、激しく転がった。回収する余裕はない。
魔女たちは上方に注意をはらい、箒を横に振りながら飛行してかわす。
あの雨を降らせた小皿編隊が一度離脱した。そして往復攻撃に来る。
魔女たちが再び回避動作に入ろうとすると、中央にいた小皿が両断された。さらにその場に大量の羽根が爆発的に散った。渦巻く羽根の中を残る小皿が抜けた時には、バラバラに切断されていた。
ルクレが発射した羽根の効果だ。強力な斬撃効果を発生させ、さらにいくらか威力が落ちる同様の効果を周囲にばらまく。
次々に小皿編隊が来るが、彼女は鋭敏な機動で小皿に接近し、次々に羽根を射出した。そして同じように小皿はバラバラに切断されて全滅した。
せいせいした様子のルクレが一気に降下してミュシアの隣に来た。
「ここならやってもいいだろう」
「まあ、増えても魔魚と食い合うからね」
ミュシアが景色を確認した。雨は後方になりつつあり、特別に彼女らを狙ってくるイジャはいない。そこで確認。
「そろそろ帝国本土に入った。運び手は無事だね?」
「もちろん。だが二十はやられちまったよ。ちょっと前の爆発音はなんだ?」
「情報はないけど、主砲が止まった」
「壊れたか? あれで背を撃たれる可能性が消えたなら朗報だけどさ」
「また状況が動くかもしれない。ペースを上げるよ」
ミュシアはしつこく追ってくる魔魚を潰しに後方に回った。ミュシアが後方の追手を潰し、ルクレが集団を牽引するうちに進行方向に大きなクレーターが出現した。爆心地だ。非常に開けていて中に自律兵器がないとわかる。
遮蔽物はないが飛ばしやすく、付近の空に小皿はない。気のせいか、イジャの配置が海に偏ってきている。
彼女たちは少しクレーターに入って西進した。いくらか行った所で、短期間に何度も大きな爆発音が連続した。音は頭の上から降りそそいでひどく響き方角がわからない。
「ちょっとあれ」後ろを確認する魔女の声にはおびえがあった。
それにつられて多くが後方の空を見る。ピザが一部で左右にずれていた。
いや、中央で折れ曲がる最中に見えた。音は聞こえないが、大質量の金属が変形してすごい音がしているはずだ。
さらに変形を続け深く折れると、急激に前部がねじれて傾き、前後が完全に分断された。そしてそのどちらもが地上へ落ちた
「撃墜だって?」ミュシアは動揺した。「中に魔物が入ったのかねえ」
「見なよ。イジャどもが海へ殺到している」
ルクレが言った。雨と距離で各機体は目視できないが、赤い輝きが目まぐるしく変化しながら沖へ向かっており、それによって魔物との戦闘も激化していた。
「魔魚はこっちに来るかもね。少し加速する。このまま最終突入になるよ。力を温存を心がけて飛びな」
指示をした彼女はルキウスに最後の通信を送る。
「こっちは突入手前、そっちの準備とやらは?」
「ああ、そう……なんだって?」
ルキウスが迷った調子で聞き返した。
「おい、大丈夫なんだろうね?」
「ちょっと混線しているだけで、むしろ悪くない。こちらも最終支援に入る。いくらかマシになるはずだ。そのまま行け」
「支援がどうでも、こちらのやることは変わらない。やるよ」
同日 十五時五十分 大皿より西部二百キロ
「西だけ見ていていただこうかな」
荒野の遺跡にいるターラレンが空を見上げていた。
ソワラがまた召喚した異星生物艦隊が西から大皿へ向かっている。そして戦闘に入る。配置の工夫で以前より健闘したものの、やはり夢、幻と同様にあっさり消された。
ターラレンはそれを観戦しながら大きな箱を抱えていた、その中は格子状に区切られていて、強化ガラスでふたがされていた。彼はガラスが空を向くように持った。
区切られた箱の中にあるすべての部屋では、触手の先にある大きな目玉がさまよって見るべきものを求めていた。
たまに汚染された荒野にいる疲目蟲だ。こいつの目は重力の魔眼、見つめている対象を少し重くする。
ターラレンが彼らに見させるのは、空中に残っている小皿の編隊である。
「これで小皿に力がかかるはずだが」
案の定、小皿の動きがおかしくなった。友軍を照準して、模擬戦でもやるように飛んでいる。お互いに撃ち合いはしないようだ。
「大皿には効いておらんのかな。景色として認識しておるのか」
彼は持っていた箱を地面に置き、魔法で小皿に向けて固定した。持っていた物以外も多くの箱が置いてある。これらの向きを調整してより多くの小皿を捕捉していく。
これと同じ事は、ルキウスの森へ向かう途中の自律兵器群、北に出現した森であばれる自律兵器群、北側のピザの周囲を固める自律兵器群でも起きていた。
担当は、エヴィエーネ、マリナリ、ソワラだ。
自律兵器も力を帯びた互いを敵とは認識しなかったが、体のギリギリを撃ち、やめてはまた撃つという動作不良を繰り返した。さらに力を受けた個体へ増援が接近し、それも重力を受けて、さらに増援が集中するループに入った。
この情報は魔女たちにも伝わっている。
同日 十六時 大皿より南東三十五キロ
ミュシアの正面の空を巨大な大皿がふさいでいた。森から発進した時とは別物の圧迫感だ。大皿の下の景色はひどく暗く、空との違いをひき立てた。
今は、すべての魔女があの大皿の上をめざして飛行していた。
「ここからゆっくり加速しつつ高度を上げる。小皿が食いついたら各自で対処」
箒の角度は三十度と急だ。どんどん雲が近づいてくる。同時に空で輝く綿毛の川も近づいていた。
全力なら足の遅い魔女に合わせても三分の距離だが、まだ見つかるには早い。数千の迎撃が来る可能性はゼロではない。
少しでも迎撃までの時間を稼ぐ。そのために綿毛の輝きを追って、ゆるやかに編隊を蛇行させた。
迎撃の小皿が正面から来た。大皿の下を抜けてきたか、下から発艦したらしい。
早くないが、イジャがもっと早期にこちらを認識していただろうことを考えれば、やむを得ないというタイミング。
「敵の発砲直前で一気に散るよ」
ルクレが先頭を飛び、タイミングを計る。魔女たちは少しずつ編隊を開いて速度を上げていく。
その後方を数十の強力な魔力反応が抜けた。あまりの魔力の強さに魔女たちは揃って右方を目で追った。
大きな黒い玉だ。数十の黒い玉が高高度で北へ飛んでいく。極めて速い。
空を長く飛んでも遭遇することはない異様。そんなものより目の前の危険だ。
魔女たちの切り替えは遅くはなかった。
しかし小皿たちは消えていた。小皿は魔女に接近せず、そろってあの黒を追った。完全に空が空いた。
「あれはなんだい!?」ルクレが声を上げた。
「なんでもいい! 見るのは前だけにしな」ミュシアはより加速した。
残り十五キロ。もはや一瞬で行ける距離。まだ高度は足りていない。魔女たちは皿の上をめざして高度を上げていく。キラキラ輝く綿毛が彼女たちを覆った。
これまでで最も強い輝きを見ている間に、死角だった大皿の上に出た。大皿の端まで十キロ。
視界に大量の小皿が飛びこんできた。綿毛を撃っているせいか、赤い発光もめだつ。大皿の上部だけで千はいる。
待ち構えていたということはない。これが最低限の防衛。
「そりゃ一定数残すだろうね」ミュシアが言った。
「こっちはしかける」
ルクレは近い敵へ突撃していく。編隊の両翼にいた少数も同じように自ら敵へ向かった。
残りはさらに高度を上げていく。
「セリア! いるね?」ミュシアは後方へ声をかけた。
「はい」
運び手に選ばれたのはセリアという若い魔女だった。彼女はまだ魔力は少ないが、飛行時の判断能力が高く生存確率が高く適任と判断されていた。
「私の後方百を維持。ただし敵と直線に並ぶな。もうそれだけだよ」
「わかってます」
すでに魔女の全員が完全な戦闘態勢に入り、幻影を展開、身体能力を強化している。綿毛に囮の役割は期待できない。
魔女たちは光の川のさらに上へと昇る。
そこへ小皿が殺到してくる。全体的に下からで、視界に収めやすい。多くの魔女がそちらへ幻影を飛ばし、敵の正面から逃れようと機動した。ここで編隊は崩れた。そこを赤い光線の嵐が突き抜ける。
これまでと違い、えんえんと下からの射撃が続く。小皿が横を抜け、光線が来て、また次の小皿が横を抜けていくのだ。
それでもおおかた第一波と呼べるものが終わった。
上へ抜けた小皿と入れ違いに、過半数の魔女が落下していく。
ミュシアとセリアは運よく逃れている。それでもまだ下に小皿にいる。
「最高速度で降下する。お前はまっすぐでいい」
大皿はシールドを維持しており迎撃に移行していない。シールドを抜くのはミュシアの仕事。セリアも付いてきている。
ミュシアは限界まで加速、回避動作をしながら魔法の発動に入った。
「ガフ」
ミュシアの前を赤い光線が走った。左肩と胴体にまともに受けた。魔法が使える状態ではない。使えたところで発動させようとすれば狙い撃ちだ。全方向から数百の小皿が来ている。残ったわずかな魔女は、囮となるべく四方に散っていく。
ミュシアはインベを開き、中身を空にぶちまけた。軽い物を引っぱるだけなら手などいらない。魔力だけでできる。
その中には敵を攻撃する精霊など捕縛したものが多い。彼らは解き放たれるなり、空を走った。これが最後の囮だ。
そして、すでに位置は十分に大皿の上に入っていた。大皿の上部へ多くの道具が落ちていく。あれがシールドに接触すれば、一時的にシールドを中和する。
彼女はより多くの道ができるように、いくらか道具を散らした。
あとは運び手がそこを抜けられるかだ。彼女は落ちながらセリアを確認した。
セリアの頭部は無かった。首から血が噴出している。ただし、積み荷はすでにきりはなしていた。
「なるようにしかならないね」
ミュシアより先に落ち、黒い炎がシールドにへばりつき、虫食いになったように各所で穴を空けた。これも発動を続ける類の魔法だ。
そこをいくらか遅れて通過したのは、なんの魔道具でもない不細工なネコが彫られた箱だった。これがメイドのメアリーである。
ルキウスのイジャの行動に関する一つの結論。
イジャに警戒されないのは、スキルや魔法の対象外で、非生物で、非兵器で、動かない物体。
大皿に触れなければならない性質上、動かないのは不可能。接近方法は自由落下を採用した。つまり宇宙を構成する基本原理の利用。そこにはなんの異端の力も作用しない。
これを実行するためにただの箱にした。
ただし、ルキウス陣営の誰もが、他者を完全に物体にする魔法を習得していない。
強制的かつ永久に普通の物体にするのは、完全な無力化を意味する。誰にでもかけられるとなると、即死魔法に匹敵する難度の魔法になる。
自分で化けられる者は多い。仲間を化けさせる者も。ルキウスもそうだ。しかしそれでは物型人間のようなもので五感がある。これではイジャにひっかかる。
これは、ペーネーの人生のすべてにおけるネコに対する恨みがのった魔法である。発動させるには人生におけるネコへの恨み百選を正確に選び、二十四時間それだけを繰り返し思い浮かべる必要がある。
そこまでやってなお彼女は弱いが、対象が合意していれば魔法はかかる。なお魔法の条件を満たすために、メアリーには事前にネコの着ぐるみを着させた。
そのメアリーが落下している。
もうここまでくれば落ちた先は大皿しかない。ただしこの距離をただの箱が落ちれば壊れる。そして自力で戻れない。
だから生命の木では、アルトゥーロの偵察機が送る映像をアマンが解析して落下時間を割り出しカウント、ペーネーが必死にタイミングを計っていた。
メアリーが大皿に衝突するきっかり三秒前、箱が瞬時に膨張し、人型になる。
ただし変化が戻る瞬間は狙われる。体が完全にメアリーになる前に迎撃砲の光線を四方より浴びた。右半身、ほか各部が消し飛んだ。
だからどうした。吸血鬼に痛みはない。指一本残ればいい。
彼女は崩れきった体勢で、落下の速度のまま適当に左手でそれを殴った。細かな亀裂が数十キロメートルもある装甲に広がっていき、すべてが一斉に割れた。
粉々になった金属片が舞い散っていく。
それが最後の記憶で、今のメアリーの清々しい気分だった。自分が存在していることからして復活は成功したのである。
ここはこの数日掃除して見慣れた生命の木だ。
そして彼女の目の前にはていねいに皿が用意してあった。
「皿はどうかな」
彼女の主であるアルエンの声がした。例によって主は部屋の影にいたらしい。
メアリーは皿を片手で持って、かなり強く振った。何も起きない。
「割れません!」
メアリーは涙した。さらに全力で床に叩きつけようとしたがアルエンに止められた。
「それは普通に壊れるよ。よかったねメアリー。ちなみに作戦は失敗したって」
「へ?」




