タンポポ3
魔女の打ち上げ、その前にミュシアが単独で発進している。彼女自身が目印となるためだ。
その下方を、青い揺らめきは断続的に突き抜け、空のかなたへ飛ぶ。体をエーテル化させて物理法則から逃れた魔女たちだ。
これは一瞬で百キロほど進む。ミュシアは風をすり抜けてそれを追った。
高度は約八千、これ以上は上げない。上は向かい風が支配している。彼女はしばらく飛び、体を実体化させて減速した魔女たちに追いついた。
人数は百ほど。この決死の作戦に、引退した老婆なども参戦している。
後方へ流れては現われる雲の下には、オライオン丘陵後方にある砦郡が見えている。このまま慣性にまかせておけば帝国が破棄した防衛線に達する。
そして前方に広がる濃紺の空には、うっすらと光の川が流れていた。
ミュシアが長く伸びた魔女の陣形の最後尾から上がっていくと、現代の魔女では頭抜けているルクレが下がってきた。ミュシアはそのまま追いつき横に並ぶ。
「慎重にやりなよ。あんただけが戦力だ」
ミュシアは平素のように話した。
「ああ、あんたと品を目標まで届けるのが目的だからね」
ルクレは通常装備の攻撃用箒の代わりに、大きな鳥の羽を大量に箒の後方につけていた。ミュシアが用意したもので、魔力を通した瞬間に術者が認識した目標へ発射される。
イジャの目前で魔法を使うのは難しい。
平素はなんの効果も発揮しない使い捨て型の兵器がイジャに適しているとの判断。
「南にいたのが見えないけど」
ルクレが疑問を呈した。北側のピザは右方に小さく見えている。位置は半島から本土に入ってやや北だ。外洋を警戒した配置に思える。
「高度を下げてギフ山地の影にいる。もっと後退するかもね」
「半島のつけ根の南側か。やはりあの間を?」
「そうだねえ……」
「そこそこ間は空いてるけど、西の標的と南北から小皿が出撃してきたら三方からズタズタにされちまうよ」
「そこは、えいやと抜ける」
「力頼みはいつもの事さね。ただ敵のほうが速いってのが気に入らない」
「到着までに状況の変化はあると心得な」
二人が先頭になって編隊を引いていく。ふだんより広がった陣形だ。お互いをフォローしない代わりに、一気にはやられない。
左に見えるギフ山地の上では、かすかな赤い光が瞬いていた。小皿の小部隊がいて、綿毛に反応している。すでに綿毛はあらゆる高度に散在していた。こちらへの攻撃を散らす程度の効果は期待できそうだ。
ミュシアが後ろをふり返った。
「余計な魔法を使ってないだろうね。ゆっくり輝きの中を行くよ」
雲と同様に、小さな光源とすれ違う。この輝きが強いほど風の精霊の力が強く、イジャのレーダーの仕様によっては紛れられ、風を利用した探査・飛行能力が高まる。
やがて安全域を超え、下方に帝国の防衛線が出現した。その左寄りには軍勢の気配があり、頻繁に赤の瞬きが起こっている。
「なるほどね」
防衛線のはるか後方でも赤い光がちらほら発生している。これは地表に近い綿毛が狙われている。
頭上を流れる光の中では、赤いものは確認できない。
「全員、赤い光を探せ。低空で輝きがあって赤がないルートを行く」
ここから高度を下げ、さらに飛んでいくと、急に空気が冷え重くなった。
西北西に飛ぶにつれ、左方のギフ山地の陰から、滝のような景色が少しずつ出てきた。空間の一部だけが激烈な雨で暗くなり、そこから湿った風が来ている。水のカーテンの奥では、ぼやっとした赤い光が頻繁に点滅し、電撃も走っていた。
たまにはっきりと見える赤い光線が一段と目を引く。これは海を撃つ主砲。
陸も空もあの近辺のイジャはすべてあそこに集結し、意識は海側だ。進路を妨害可能な位置にいるが、十五キロも距離をとれば安全と推定される。
そのルートへ進入角度を模索しながら進むと、津波で広がった交戦域全体が確認できた。
多くの魔女は、増えていく赤の輝きではなく、遠くからでも形がわかるほど巨大な海の魔物に恐怖していた。
この時も西北西の進路で、半分ほどが雨に隠れた南のピザが左寄り前に見え、北のピザは正面に位置していた。
この位置まで進出すると位置関係が視覚的にわかる。最奥の大皿を目指すルートは、かつてのように海を抜ける南、このまままっすぐの中央、帝国北部を通る北があった。どれを行っても同じぐらいの距離にピザがいて、いずれかのピザから二十キロぐらいの地点を通過する。
これは空戦では至近距離で、ミュシアなら三十秒。小皿もそれに近い速度。
それでも、ミュシアの接近を認識してから船より出撃してくる小皿は置き去りにできる。問題は事前に小皿の大軍を進入路に並べられた場合だ。
今のところ、このような特別な防御態勢は一度も発動していない。彼らの対処は、戦闘の激化にしたがい大量の部隊を派遣するだけだ。
ただしそれを回避しても、大皿の直掩をしている小皿が常時いる。これは数百はいると推定されるが、大皿が巨大なため一か所の密度は低い。
「もうちょっと離れるか、いっそ大皿にきっちりくっついてもらいたいものね」
三つのルートがあるが、現在の状況では中央ルートにほぼ確定している。
問題はその範囲内で、突入までのルートと、最後の突入ルートをどうするかだ。
ここから直線的に行けばそのままの勢いで突入でき、もっとも速度が出せるが速度を出せば敵の索敵に早くからかかり、二隻からもろに挟撃される。
南北のピザは大皿までの距離が違うことは考慮するべきだ。南のは下がったが八十キロ以上。北のは三十キロほどだ。
「どっちかに近づくなら、魚とけんかしてる南だろうね」
ミュシアの中でルートが定まった。
まず、イジャの注意を惹かないように自律兵器を避け低空を進むのが基本。
南のピザに限界まで接近しその後ろを抜ける。北のピザと距離をとって参戦させないためだ。
その後はより神経質に進む。下手をうつと後方から小皿の追撃を受けて終わる。
さらに進むと自律兵器をかわすのは困難になる。
大皿の周囲は自律兵器の密度が高いから、高空を行くしかない。あれの上からしかけるなら三十キロ以上前から上昇を開始したい。そして最後に大皿のシールドを潰す。
これはルキウスの当初の意図とは違う。彼は南のピザを海まで引っぱり、そこで戦闘を起こし、多くの小皿ごと釘づけにする算段だった。
この場合、中央ルートはかなり余裕ができ、直線的に大皿まで行けた。しかし、あれは南下せず西進して大皿に少し寄せたのが現状。
ミュシアのルートには欠点がある。速度が遅いのでつねに進まねばならない。自律兵器の配置によっては、進路がなくなり包囲されてしまう。
さらに小皿の攻撃を受けた時、高速なら即時散ることで全滅は回避できるが、低速ではその前に多く被弾する。
そもそも、空戦の基本エネルギーである高度と速度を捨てる危険は大きい。
ただしこのルートを肯定する要素はある。大皿の上を流れる綿毛の光の川は、かなり南に偏り、大皿の南寄りからは光の帯が垂れ下がってこちらへ流れていた。
この流れの中をさかのぼっていくのがいい。それには南に寄せるべき。
「このまま前進してから南西に進路を変え、南のピザに接近、その後方を静かに抜けて、大皿に接近してからしかける」
ミュシアが言った。
「イジャだけでなく、魔魚が食いついてくるだろうね」
ルクレが悲惨な顔をした。
「魔魚は潰せるならやるけど、大物が来たら逃げるしかない」
そのために数を用意している。死ぬ前提の数を。
ミュシアがいっそう南のピザに関心を向けた時、カッと景色が白く光った。光源はあの水のカーテンの奥だ。それまで暗かった雨の中も白く照らされている。
奥では大きな炎が広がっており、魔女たちは目を奪われた。
遅れてキノコ雲が膨張しながら出現する。そこはミュシアが今ルートに設定しようとした南のピザのすぐ背後だ。
「あれは軍基地がある辺りだよ!」ルクレが叫んだ。
「敵がいない所へ降りる。衝撃波が来るよ! 耐衝撃姿勢!」
ミュシアが命令を飛ばし、しばらくして衝撃波が編隊を貫いた。ほとんどの魔女は、衝撃に耐えるために箒をつかんでいるだけの状態となり、複雑な回転をしながら流されたが箒を立て直した。
ルクレとミュシアは、箒から落ちかけどうにかしがみついているだけとなった魔女数名が姿勢を直すのを手伝うと、効果地点を示そうと先んじて降下した。
「全員いる?」ミュシアがルクレに言った。
「落ちた奴はいなかった」
「周囲に赤い光を見たかい?」
ミュシアの問いに幾人かの魔女が答えると、ルクレがまとめた。
「どれも遠くだ。ほとんどは進行方向だね」
「なら、状況がわかるまで潜むよ。小休憩だ」
魔女たちが座って瞑想に入り魔力を回復する。
南のピザからは、ハチの巣をつついたように小皿が湧き出していた。これの多くはピザの周りを飛んで直掩機となっている。
「やはりまだ積んでいたかい」ミュシアが言った。「あの騒ぎでも全力ではなかったようだけど、これで余力はほぼないと思いたい」
変化はこれだけではない。北のピザが南へ動いている。
巨大でわかりにくいが、かなり高速だ。百キロ以上先にある物体が、右から左へ動いているとわかるのだから。
「緊張が許容範囲を超えたか。あっちも南に来てくれれば北回りで行けるけど」
ミュシアは北のピザに関心を向けていたが、すぐに間違いを悟った。
位置はさほど動いていない。北東向きから南東向きへ旋回しただけだ。真っ黒で薄っぺらいので、旋回を前進だと誤認した。
そして北のピザは旋回を終えると、主砲を撃った。狙いは雨が降り出している高度だった。強力な主砲で雨の上部がとぎれたが、すぐに再開した。ただし、主砲も再び発射された。
「また状況が変わった」とルクレ。
「どうあれ休憩維持よ。あの衝撃で綿毛が飛んでしまった。西から新しいのが流れてくるまで三十分はいる」
この変化はよくない。何かの拍子に主砲を浴びせられかねない。
同日 十四時三十分 ルキウスが帝国で造った森林
「自爆はあると思っていたが、間が悪い」
ルキウスが呟いた。爆発の元はあの救出に行った基地だ。なんせ司令部なのだから、緊急時に情報を抹消する手段はあるのは当然だ。
だから、ミュシアにもできれば接近するなと言ってあった。
「ピザが近くに来たからやったんだろうな。最高のタイミングだっ! てことで。落としてくれれば歓迎したが」
「南のピザは下部に若干のダメージがあります」アルトゥーロからの通信。「さらに近辺の自律兵器は壊滅したと推定」
「雨はまだ降っているか?」
「そっちはあまり変化してるようには見えないが、塵で全体的に暗くなってる」
「雨が続いているならいい」
森林は東部から少しずつ延焼していた。自律兵器が侵入している。
帝国軍は遅滞戦術に徹していたタンポポの森から後方の森林へ撤退、ここで防戦に移行したのだ。
帝国兵は森に入ってもそう有利にならず、戦技を使いつくした兵が増えている。
ただしタンポポの森にとどまる自律兵器は多い。タンポポは根っこだけでも生きているので、その反応に執着している。
そのおかげか、なんとか防戦できている。
ジンは自分の部隊の直接指揮に行った。ルキウスを気にする余裕は消えたらしい。あるいはコモンテレイ戦から、森での戦闘能力を高く見積もっているのか。
ルキウスは森に入ってきた小型の集団を認めた。
「やれ」
ルキウスが遠くにある木を操って、小型を枝で叩かせた。バーン! 乾いた音が響く。しかし破壊できない。さすがに木では強度が足りない。
小型集団がすぐに反撃、木の一部に火がついた
ルキウスはすぐに小型の背後の木に干渉、小型のいくつかを抑えこませた。
こちらも当然レーザーで焦げていくが、たいした変化はない。
そもそも、ただの木でしかないのだから。本来は動くものではない。魔法が切れてもとにもどるだけ。それでも、AI搭載の自律兵器は、ひたすら木を撃つ。
そのすきにルキウスはどんどん矢を放ち、小型集団を壊滅させた。
「さてと、地形でもいじらんと軍が退却できないかもしれないが」
銃声も砲声もとぎれていない。帝国軍は後退しているが、戦闘できている。
ここまで前線では少なかった心覚兵は健闘していた。接触型の魔法を飛ばすタイプではなく、直接遠距離に効果を起こせるタイプ。
彼らは太い木に隠れ、鏡で敵をとらえて攻撃している。そのエネルギーにとらわれた敵を歩兵が携行砲で狙っている。
またアルトゥーロからの通信。
「大皿から自律兵器の大軍出ました。おそらくそちらと海のほうへ向かってる」
「さすがにそれがここに来ると無理だな」
ルキウスはここから動く気はないが、種はすでにまいてある。
同刻 イジャ母艦より北東八十キロの汚染された荒野
枯草もまばらな荒野で、一本の芽がそっと顔を出すと急激に成長、一本の木となった。それはすべてが燃えていた。強烈な赤の炎だ。
ルキウスの庭にも植えてある怒りの結集系の木だ。
また芽が出た。さらにポツポツポツと芽がどんどん出た。互いに距離を置いて荒野中に出た。これも同じく成長し、炎の林ができた。百はある。
発芽はまだまばらに続いており、木は少しずつ増えている。
ルキウスは攻めは苦手だがやり方は知っている。攻められ慣れているがゆえに。
神になる以前は、タイマーなどを使った簡易的な発射装置を利用しての、擲弾による攻撃をよく受けた。
これは発射装置を事前に戦場に向けて固定して設置しまくるのだ。一つ二つ破壊しても意味がないし、そもそも筒があればいいから安くダミーが作れる。
これは計画的に使えば強力だった。いっときに大量の擲弾が戦域全体に放りこまれるので、回避のしようがない。
事前にしかけた機構が仕事をするという意味で、これは罠に似ている。もちろんルキウスも時限式の攻撃装置はよく使った。
今回もである。
ルキウスが事前に種をまき、植物急成長をかけておいた。効果は即時発動ではなく時間差発動。
慣れない使い方に神気消費もあり、限られた時間で数はさほど増やせなかった。しかし、遠目に見ても十分にわかる異様である。
意外にもルキウスの基本戦術は数だ。数からくる、戦闘時間中の総火力と瞬間最大火力。それが優越しているほうが勝つと考える。
ルキウスは敵より寡兵で特異な事をやると思われている。しかし多くの状況で敵より手数は多い。罠という不動の味方が大勢いる。彼らは特定の場所で条件を満たした時だけ現れる兵だ。
逆に言うなら、一般的な兵とて、非交戦時や、有効武器が無ければ、枯れた落ち葉と変わらないのだ。
イジャに対して兵力の水増しは容易。
ルキウスにとって燃える木の群れはちょっとした植木でしかない。しかし、イジャにとっては司令部の爆発と変わらない脅威だ。だから対処はする。
北のピザは再び北へ旋回した。そして下方へ主砲を撃った。
同日 十五時 ミランシャス高原
「おかげで進めてはいるけどね」
ルクレは雪の積もった景色の中で風を利用する魔法を使って索敵していた。魔女たちはいくらか前進してかなり雨のカーテンに接近している。
「主砲が来ないだけいい。あれをもらうと荷物が終わる」
ミュシアの言い方には含みがあった。
ルキウスの対処は予定どおりにはいかなかったのだ。北のピザの警戒は北方に向かったが、自らの周囲に小皿と自律兵器軍を広く展開した。
これで北寄りの進路はとれなくなった。現在地からでは、速度で強引に行くのも難しい。
「主砲を使うとは思わなかった」とルキウスの通信。「北の囮はあまりもたないかもしれん。バラバラでも燃え続けるが消し飛ぶとどうなるかわからない」
「あれを今すぐ北にはやれないね?」
「ああ、君らがしかける時にはもう一発やるが」
「わかった。こっちはとにかく前進するよ」
ミュシアは通信を終え、嫌な予感がした。
「空だ! 来るよ!」ルクレが叫んだ、
「隠れな! 応戦するんじゃないよ!」
ミュシアの命令で魔女たちがさらに散り、木陰や岩陰に隠れ、一部は雪に潜った。ミュシアは足元の地面を爆破して壺状の穴を作り隠れた。
すぐに空から小皿の編隊が来襲した。これがいつものように赤のレーザーを何度か掃射して去っていった。
魔女たちが徐々に姿を現し状況を確認した。
「三人やられた」ルクレが言った。
「この地形ならましなほうだ」とミュシア。
「あの程度ならやれたものを」
ルクレが忌々しそうに空を見上げた。あの空襲はふだんと同じ威嚇的なものだ。やはり魔女を特別とは認識していない。力の大きさだけを認識している。
だからさっきの小皿はさっさと水のカーテンのほうへ行った。しらみつぶしにしてこないなら、十分に勝機はある。
「やったらもっと来るだけさ」
「わかってるさ。やるのは全力で飛ぶ時だけってね。でも地べたを虫みたいに逃げ回る羽目になるなんて人生の汚点なのさ」
ルクレが仲間の死体を気にしている間に、ミュシアは水のカーテンを見ていた。
「まずいね……血の匂いか」
水のカーテンから黒い影が来ている。ほどほどの大きさの魔魚の群れだ。
「どうする?」
「応戦するしかない。あれは帰ってくれないからね」
ミュシアは進みながらやるか迷ったが、ほかの魔女たちを隠して迎撃戦闘に入った。
同日 十五時十分 ギルイネズ内海西北部
ミズナダに乗ったライデンは、海側に到達した。当然その目にはイジャと海生生物が争う混沌の景色が反映されていた。
あれは、彼らにとっても至極危険で近づけたものではない。
しかし近づかずとも騒乱からはじき出された小物の魔魚が次々に来る。
「邪魔だ。汚らわしいものどもめ」
ライデンが次々に魔魚を斬るが、その血を求めてこまごまとした魔物が飛来する。
「きりがない」
ミズナダに高度を上げさせた。上ほど大物が多くより危険だが数は少ない。ミズナダがうまく争いから距離をとる。
「どこかの誰かが大きな攻撃をしかけている……最終目標は無論大皿であろう。そして前段階として、あれを無力化するか撃沈しようとしている。役目を果たす時はこのほかにはあるまい。やろうぞミズナダ」
ピザが濡れている。平面的な船体の上部に雨が降り、側面から滴る水は滝になっている。
滝の下部に狙いを定め、ミズナダが空中を泳ぎ始めた。一直線とはいかない。強大な魔物は徹底して避ける。撃ってくる小皿は手持ちの水で耐えるしかない。周りが怪物だらけのおかげで二人はそれほど狙われない。
ミズナダは降下にする加速も利用しつつ、滝の下にすべりこんだ。
これで水が補給された。落ち着くことはできない。地面近くにいたミズナダより巨大タコが伸縮性に富んだ触腕を伸ばしてくる。
「上昇だ」
ミズナダが滝の中を上昇していく。ピザに近づくにつれ小皿の迎撃が増え、さらにピザの迎撃砲も狙ってきたがかわさない。水は大量に供給されている。
ミズナダはそのまま滝を上ってピザの側面に達し、ライデンが側面に大穴を空けて侵入した。ミズナダは穴に入口にとどまり滝の水を受け取り中に流し続ける。
この支援を受けて彼は壁に穴を空けて強引に通路を進んだ。壁をどんどん斬り、急いで奥に向かう。そこでライデンはらしからぬ弱音を吐いた。
「わかってはいたが」
以前とは違って、突入しているのは一人だけ。前には見覚えのある球形迎撃機が殺到して通路で壁みたいになっていた。それが一斉にレーザーを撃ち、ライデンのまとった水は瞬時に崩壊した。
彼はすぐに背を向けて逃亡した。水は外にいけば顔を出すだけで補給できる。それでも一瞬に崩されてしまうだろう。
ライデンが行きたかったのは上だ。上の装甲に穴を空ければ水が入ってくる。だからある程度内側に進み、そこから上に穴を空けていくつもりだった。しかし迎撃が早い。
今できることは入口を少しでも広げて加工して中に入る水を増やすぐらいだ。
そう考え、突入口にもどるもミズナダがいない。
彼はミズナダの意思を感じとるや、空へ飛んだ。
すぐ下では、ミズナダと全身に人間的な口が生えたヒトデのような生物が争っていた。その腕の一つがミズナダに巻きついている。
「〈初雷〉」
ライデンの刀から出た雷がヒトデを硬直させ、そのすきにミズナダが逃れた。
落ちる彼はそのまま乗騎と合流した。さらに追ってきたヒトデの腕を払った。腕を落とすつもりだったがほぼ斬れなかった。
このすきにミズナダは加速して逃れた。
外は危うい。再度滝の近くからピザの中に入ったほうが安全に思える。
しかしライデンは豪雨の切れ目から海を見ていた。
黒い塊が浮いている。空間をえぐったような黒でかなり巨大だ。形状はやや歪で、複数の横に長い楕円を合体させた形だと理解できる。
長さは三百メートルはある。
それに太い赤の光線が直撃した。彼らが今まで中にいたピザの主砲がもろに当たったのだ。主砲の赤が長く感じられるほど周囲を照らし、終わる。
黒い塊からはだばだばと黒い液体が垂れ、海へと注がれた。その流出もすぐに止まる。
黒い塊はそのままの姿で空中に浮いていた。液は減ったが、なんの破壊も起こっていない。イジャの攻撃の性質からして考えにくい現象だ。
「あれは……なんだ?」
ライデンは困惑していた。




