タンポポ
タンポポは、ほどよい日当たりを好むキク科の多年植物である。
深く根を張り、厳しい環境に耐え、虫や病気に強い。授粉者不要の無融合生殖が可能とし、単独でも季節を問わず開花し次世代を作る。
まっすぐに伸びた葉の無い茎の先端に密集して咲く小花の集団が実らせる種子は、俗に綿毛と呼ばれる冠毛があり、風による種子散布を行う。
競争相手を覆い殺すほど強くはないものの、土地と日光を奪い合う過酷な生存競争の上位集団後方にいて、地球のいたる所で見られる。
それが密生している。見わたすかぎりがタンポポだ。余裕をもって人を上からのぞきこむ大きなタンポポの森だ。いずれのタンポポも熟して、黄色の花弁は無く、白い綿毛が茎にしがみついており、強い風で景色が一変する状況にある。
これらは、ルキウスが以前造った森林を囲む形で広がっていた。
タンポポは無融合生殖可能な被子植物としては最小の部類であり、地球の植物では特に進化した部類。その意味では、進化のただなかにある変わり者だ。
この性質のせいだろうか、タンポポはルキウスと相性がよかった。魔法を込めた根の断片を荒野にばらまくだけで根付いて成長した。
やった本人は、森林とタンポポの森の境にいた。彼は悪魔的なギザギザに性格の悪さを感じるが、今はもっと直接的だった。
「ポンコツ」「ノロマ」「ロクデナシ」「ハクチ」「コシヌケ」「ハレンチ」
ここらは上品なほうで、タンポポはあらゆる罵詈雑言をくちばしっている。幸いにも、音が重なりすぎて聞きとることは困難である。
「強化してしまえばあとは簡単だった。生物災害の予感がするけど……食べられるし、薬草だし、資源なんだよ」
「誰に言ってる?」
ローレ・ジン大佐はルキウスについている。彼の部下は後ろの森林の中に密集して配置されている。
近くには、ほかの現場指揮官と指揮車両が十数台存在し、その部隊もやはり森林の中だ。
さらに陸軍の中将が観戦を目的に派遣され、より後方にいる。
タンポポの森の外側には、帝国陸軍が展開していた。国境警備の第七軍から引き抜かれた車両部隊と歩兵部隊だ。少なくはない。
ここに接近するイジャを見こしての戦力配置。ルキウスの予定より多くの協力が得られた。彼からすれば弾除けでしかないが、足しにはなる。帝国軍からすれば、ここにイジャが集中させて本軍の前が薄くなる盤面を作れる。
現在地は帝都から南西六百キロ。山のせいで大皿は見えない。距離のせいか、イジャが東を警戒しているせいか、ここまでは邪魔が入らなかった。
「こちらは完全に配置についているが」ジンが言った。
「まだ待て」
ルキウスは空を見ていた。曇り気味で、綿毛の白と重なっていっそう白い。
「指示がおおざっぱすぎる。そちらの作戦を支援しろと言われたきりだ」
「タンポポ知らんのか?」
ルキウスがバカにした。
「このような化け物ではない」
「なんだ。あるのか」
ルキウスはつまらなそうに言った。黒の荒野では見ていないが、平原に向いた植生ではある。
彼は空を見上げ、付近の指揮官を確認した。誰もが彼に注目している。
「皿割り作戦、第一段階を始める。〔大竜巻/ビッグトルネード〕」
ルキウスの前の空気が大地近くで回転し、巻きこまれた綿毛が飛び立ち、塵と円を描き始めた。それが風音の増大と共に徐々に加速しながら直径を広げつつ上へ伸び、まっすぐな竜巻となった。その成長は劇的に加速し、轟音を響かせながら天までつながった。
フワフワと宙を舞う綿毛は、この吸引力によって次々に引きよせられ、頭の無くなったタンポポがどんどん増え、一部ではちぎれた葉っぱも空を舞った。
物体に干渉できる心覚兵は、その力で竜巻まで綿毛を飛ばしてまきこませている。
「よく舞う」
「この綿毛は特別に軽くなっている」
竜巻は高くにあった雲を巻きこむと湿った灰色になり、全体がキラキラ輝いていた。一部の指揮車両が竜巻の引力から距離をとった。
「なぜ光っている?」
ジンが話しかけるのは、ルキウスが気楽にしていて、魔法を制御している気配がないからだ。とにかく大きくするのだけならば森のルキウスには容易。
「綿毛は大気の魔力を吸って光るようにした」
「した? その機能は必要か?」
「最重要だ。きれいだろ」
大気の底からではわかりにくいが、今も竜巻はより高くへ伸びている。先端は視認できない位置だ。それでもまだ足りない。もっとだ。より高くへ上げる。普通の風で上がらぬ高度が戦場だ。
そこにルキウスが数日待ったものがある。高度一万メートルを超える対流圏界面を時速三百で行く気流の流れ。それが蛇行するのを待っていた。
通常、この気流は東へ流れ、その先で南東へ流れ大陸中央部へ向かう。それが今日は北東へ向かっている。つまり、大皿まで直行だ。この綿毛が空を漂い、イジャのレーダーへしかけるノイズ攻撃となる。
「暇そうだな」
ルキウスがただ前を見ているジンを気にした。彼は竜巻を気にしていない。
「空中戦になると出番はない」
「古典的な風上の優位だが、君らは好きだろう」
「俺はそうでもないが」
「軍人なのに知らんのか?」
「何が?」
「貴様らの半島攻勢が冬場なのは、この時期の風向きが有利だからだ」
毒ガスも使いやすい。食料ももつだろう。
「風を気にしたことはない。機装を使うには冬がいいが、歩兵がグダグダ言ってくるから面倒なんだ」
「来ました」カサンドラからの通信。
「空襲だ」
ルキウスが警告した。小皿は軍のレーダーにはかからないが、帝国軍も肉眼で捉えた。雲の合間にちらりと影が見えたのは、東の空だ。
「私の近くにいるとくらうぞ」
ルキウスがただ立っているジンに言った。
「問題ない」
彼は動かないが、帝国兵たちの視線が動く。雲の中から小皿が一機出た。落ちている。いくつかの破片も一緒に落下中だ。北側の山に潜んだスカーレットの狙撃が命中している。回避機動に入る前にさっさと数発を撃ちこんでいた。
これが地表に落ちる前に、遠い雲の中から小皿の編隊が姿を現す。最初に五機、さらに増え七機。付近にいた小皿だけ。すぐさま撃ってきた。赤いレーザーが何度か空を走る。狙いは竜巻の上部。距離で出力が落ちていると推定されるが届いた。
竜巻が消え、光も空に散っていく。まだ距離はあるが、ルキウスはあらかじめ作っていた穴に入った。
タンポポの森の東に配置された十二の対空砲が迎撃を開始、曳光弾の軌跡が小皿を追う。
小皿も地上へレーザーを撃ち始めた。おおざっぱなレーザーの掃射だ。軍の何を優先して狙っているかはわからない。
(綿毛は撃たんか。あっちはあまり漂っていない)
小皿は撃ちだしてからそう経たないうちに、たて続けに三機が煙を空に漏らし、落ちる。これはスカーレットではない。
「これ超簡単、ムフ」
ナーエルエルは笑いをこらえきれない。
彼女は、木の上で収まりのいい枝に体を密着させ、生身で銃を構えていた。銃はスカーレットが所持していた銃の一つを貸している。
いささか重い高出力レーザー砲だ。
様々な気候条件の影響下にある実体弾での狙撃に比べれば、直進するレーザーによる対空狙撃はあまりにも簡単。
遮蔽物のある地上と異なり、戦技で弾を曲げる必要もない。狙って撃てば当たる。
問題になるのは出力ぐらいだが、距離八キロでシールドごと貫通していた。
鳥を撃って育った彼女は、対空目標を撃ちなれた稀有な狙撃手だ。距離が遠のいても、的が大きくなれば同じこと。作業でしかない。
この迎撃に残った小皿は反転した。撤退だ。
その下方で多数の小さな点が落下していた。プラズマ榴弾だ。それが地表へと落ちていき、達する前に、ボッとふくれる音が連続、ところどころでプラズマが拡散した。
一般兵でも、数と戦技であの程度は迎撃できている。
そして退却を試みた残機は、二人の追撃ですべて落ちた。
「この数は余裕だな」
余裕はない。皿割りにより最大火力だけは圧倒しているが、ほかはすべて負けている。いまやッているのが、皿の防衛戦力をどれだけ減らせるかの勝負だが、そもそも敵が膨大なら減らす意味はない可能性がある。その場合、消耗戦を避けて全戦力で突撃するべきで、時間をかけて無駄に消耗していることになる。
高空を流れてキラキラが遠のいていく。あの流れの先に大皿があり、ぶつかって気流が乱れている。
その気流のさらに先にあるのは、セプテミウムの森。その魔女たちははるか遠くの大皿を意識していた。
作戦開始の報は届いているが、談笑したり、編み物をしたり、庭の植物に水をやったりしている。
彼女らは昔から独立した勢力で、外部の依頼で動く。帝国の侵攻により半島全体で運命共同体となっているがあくまで傭兵。
全滅する可能性が高い場合、通常は依頼を断る。しかしすでに報酬は支払われている。過去の戦争で死亡した同胞が、大勢帰ってきている。
たとえこの作戦の死亡者を全員復活させるという話がうそであっても、再開した同胞を捨てる判断はない。
誰も帰れないかもしれない出撃まで、まだ一時間はある。その時間は残り少ない日常のために使われていた。
このように大皿をめぐる状況は東西で存在しており、まだ変化はない。
「二発目、立てろ」
ルキウスが通信すると、森林から離れた場所で竜巻が出現した。
アブラヘルとカサンドラがタンポポの森にいて、順次綿毛を飛ばす。タンポポの森は非常に広大である。これが無くなるまで飛ばし続ける。少しでも滞空時間を延ばし、ダミーを広域に広げる。
ここでアルトゥーロからの通信。
「大皿から小皿の編隊が出た。現時点で数は百八十。そちらへ向かっている」
彼の受け持つ無人偵察機は広域に展開して情報収集している。ほとんどは小型のものだ。
距離を考えれば、小皿が来るまでにほとんどの綿毛を飛ばせるが、急がない。ここへ少しでも多くの敵を誘わねばならない。
「展開済みの自律兵器は動いているか?」
「今のところ変化なし」
「追加が出たら報告を」
ルキウスは森の中を動き、残っている綿毛のあるほうへ向かう。
(まずは一つ合格か)
綿毛が大皿に届くまで二時間はある。その段階で反応した。魔法の行使か、大量の綿毛は、ソワラの異星生物艦隊以上の脅威と判断された。
綿毛のほうは、群れによって大魚をよそおう小魚の群れのように幻影効果の脅威と認識されたのだろうか。彼らの文化圏だと、極小の殺人機械の散布という理解かもしれない。
そうでなければ、特に意味は求めず、力の範囲と移動速度の数値からの判断か。
特別だと認識してくれたほうがルキウスは助かるが、期待はしない。
いずれにせよ、ここまでは彼が分析したイジャの基本性質に沿っている。
まず、行動の決定には、惑星が行使する力を重視する。つまりジェンタス粒子の量。
魔力量やオーラの大きさと、ジェンタス粒子の発生量は一致しない。
再生は最高位の魔法だがはさほど反応しなかった。低位魔法の土壁にはよく反応する。
単純に大量の質量変化のほうがジェンタス粒子は動く。
ジェンタス粒子の優先性は極めて強い。至近距離にある純科学的爆弾より、物理的現象は何も発生していない魔法発動直前の空間に強く反応する。
基本戦略は機械的で均質的だが、大きな動きには一定規模の迎撃部隊を出す。
アンテナの修復が最大の目的であり、それと並行できる物資収集をしている。
地域を占領して、拠点化する動きはない。
生物資源を回収する動きもない。
自律兵器単独の探査能力は、それほどでもない。
動物は攻撃されるが、植物は魔物でもあまり攻撃されない。虫は極度に小さいと無視。
通常の植物は攻撃されない。動きは情報の変化であり、重要な要素だ。
ルキウスが化けた樹木や、スーザオが化けた電柱はおそらく攻撃される。あれは木でも物でもない。変化中も意識があり、外部の情報を得ている。
装備できない分厚い鉄板などに身を隠した場合、攻撃されにくい。イジャの索敵は、物体を完全に透過するものではなく、距離で精度は落ちる。
捕虜の情報によれば、他民族集団ではない。文化的に均質な構成であると推測される。
イジャ光線は、あらゆる非現実的現象を瞬時に破壊する。高度な魔法ほど一部が壊れたただけですべてが破壊される。
そして分析するまでもなく圧倒的にイジャが優勢だ。
だから少しでも大皿についている戦力を削ぐ。
しばらく経ち、二つ目、三つ目の竜巻が消えると、移動を終えていたルキウスが次の竜巻を出した。周囲の綿毛が空へ上がり、うっすらと光る。
ルキウスを追ってきたジンが言った。
「確認だが、綿毛が消えた所に部隊を配置する。それでいいな?」
「ああ。だが私についてこなくてもいいぞ」
「お前が作戦の要だろう。こっちの護衛対象だ」
どちらかといえば監視している。
「そこまでは頼んで――」
ここでアルトゥーロの通信。
「小皿と箱型が大量に出た。小皿は二百以上、箱が七千……以上」
情報は帝国軍にも入っているはず。箱型には、大型が一機とほかが多数搭載されている。この戦力をここで押し返すのは難しい。
だが悪くない。支配地域を飛び越えて大軍を派遣するのは初めての挙動。特別な脅威と認識させた。
「第二段階だ。まだ時間があるが自律兵器がうじゃうじゃ来る」
ルキウスがジンに言った。
「その前に空か」
あと十分もすれば第一波が来る。あれから小規模な空襲はなかった。出撃済みの小皿と合流しているなら、二百機を超える。
「ああ」
「こちらは部下の配置を確認する」ジンはしばらく通信していたがすぐにやめた。「おい」
「なんだ? これでもいろいろ考えるのにいそがしい」
ルキウスの頭には、ここから大皿の東までの地図がある。気にしているのは小皿の動きではない。
「部下が、貴様のタンポポに襲撃されているが」
ジンはブレイドの柄に手がかかっている。
「たまにぐれてる個体がある。手がかかる子供のほうが好きな人いるよな。そのタイプ?」
「先に言え!」
「問題ないはずだ」
ルキウスが気の抜けた言いようをした。
「排除していいな?」
「柔らかい葉はそのまま食べられるぞ」
「食事は終えている。まったく」
うんざりしたジンが通信している。
「あそこに入るのは機装兵か車両にしろと言ってあるだろ」
ルキウス的には、なんの問題もない。タンポポはあまり強くない。
「理由を言っておいてもらおう」
「こちらの魔法行使の邪魔になる脅威をすべて排除してくれと言った」
ルキウスが言いかえした。
「お前が生やしたものだぞ。なぜこうした?」
「とにかく危険な魔物はやるんだよ」
「全部が危険だ」
ジンが言いつつ、綿毛のないタンポポを斬りすてる。
(囮の役割もあるんだけど)
綿毛が散り、天へ送られるのどかな景色がしばらく続いたが、ついに小皿の襲来。
やはり二百機以上。侵入は北と東より。この数は簡単に周囲の帝国軍の上を抜ける。いや、そもそもイジャは軍の迎撃を無視した。
ルキウスはおとなしく穴の中に避難して、全力で小山のような土壁を作って攻撃を誘っていた。そこへ殺到したのだ。
スカーレットとナーエルエルなどの対空攻撃により、小皿は次々に墜落するが大半はタンポポを超えて森の上へ届く。
その前に、森の中からあらゆる方位に大量のレーザーが連射された。複数の小皿がほぼ一斉に爆発、一拍おいてまた大量のレーザーが空を刺し、再び空中で爆発が起こる。それらが最後に発射したプラズマ榴弾がタンポポの森で炸裂した。
物量戦になったコモンテレイ防衛では使わなかったが、高性能な対空レーザー砲ぐらいはある。かつてスンディの封鎖でも使用したものだ。
それを森林の中心部に設置した。
この場所の関係上、部品にばらして持ちこむほかなく数は四機。残弾は限られるが、有効射程は三十キロ。シールドを考慮してひきつけて使った。
強力な空の魔物に当てたかった貴重品だが、ここに使いきるのもやむなしとの判断。
「こっちにも先端兵器はあるんだなあ。魔道科学のやつだから、中身は科学じゃないと思うけど」
(ここまで大皿に動きなし。あれ自体に動かれると困る。破壊砲を向けられると、多くを見殺しにする羽目になった。だが肝心のほうは……)
「そっちはどうなってる?」ルキウスが通信した。
「懸命に仕事をしておる」返答したのは緑竜王。
「成果は?」
「目標は動いていない」
「死んでもいいから引っぱれ」
「おぬし、竜に厳しくない?」
「それしか仕事やってないだろ。とにかく目標を達成しろ」
ルキウスは通信を終えた。
同日 十一時 ギルイネズ内海の西岸
「と言っておるが」緑竜王が後ろに言った。
「あれには近づけまい」白竜王が言った。
「ぬしら手を止めるな。まだ大量の肉がある。血と興奮剤は緑が行って直接あそこに撒け」
青竜王は水を操りせっせと肉を海へ流していた。彼らが邪悪の森で狩猟したものだ。肉は海面を滑って沖まで流れる。
全員が竜の姿で、彼らの眷属や部下も近くにいる。
ここから北の空に見えているのは、大皿の南西に配置されたピザ。
「行くなら青だ。我ではイジャにやられる」
緑竜王が言った。
「お前は森を出ると働かぬ。あの乱痴気騒ぎに加わっておれ」
白竜王が言った。
「数はもうよかろう。事は螺旋に入り加速した。数時間はあのままだ」
見るべきは、大皿の手前にある北の海岸である。そこでは海面が複雑に波打ち、岸は不自然にふくれた海面によって侵食されている。
深海より出でたのか、魚と思えぬものが海面の上の低空を飛び回り、さらに奥の陸地に上がった所までもうろつき、死肉に食いつき、相争っていた。
波に揺られる怪魚の死体は、海面下に集合した魔物に喰らわれ、それらもまた何かに喰らわれている。
イジャの自律兵器も集結し、魔物と戦い、あるいは大物の動く余波で破壊されている。
これは、ここ数日海に餌を撒いて魔物を引き寄せた結果である。よってきた魔物とイジャが戦闘になり、それで死体が増え、それを求めた魔物が集まりさらに大規模な戦闘になるのをくりかえしている。
この血の饗宴はかなりの遠地にまでおよび、海を縄張りとする青竜王も見たことのない怪物を呼び寄せていた。
彼らは大型の魔魚も自律兵器も容易に潰し、この異常事態を加速させている。
新たに魚の幼生をそのまま大きくしたような生物群が来た。たいていが体のいたる場所に奇妙な突起物と黄色い球体がついている。
これは電気を放って麻痺した魔物を襲い、その過程で自律兵器も区別せず破壊している。
イカとサメが融合したような顔の魚がやたらと突き刺さったうごめく赤い球体は、水をまとってかなりの高度を浮遊し、寄ってくる自律兵器を振動波で破壊している。
不気味に発光する小虫はイジャにやられているが、どんどん海面から湧きあがり、数によって手近な自律兵器に群がり、すべてを食いつくしている。これは食料を得ると、分裂で食った質量分以上に増殖をしている。
この虫を狙ってか、中型の蟲も積極的に陸地に進出している。
どこまでも伸びた黒い粘体が海中と陸にまたがって存在しているが、これは何かわからない。確かなのは食った魔物は死亡していることで、イジャに攻撃されても気にせずゆっくり動いていることだ。
ロケット貝は水の噴出で飛翔して海面より飛び出し、自律兵器は瞬時に挟み粉々にしている。あれは光の反射に反応して獲物を襲っている。この貝もまた獲物にされバリバリと魔魚に貪られている。
さらに無数の家より大きな水球が海面から上がって浮遊しており、イジャの攻撃でシャボン玉のように割れては消えていた。
宇宙の彼方と無限に深き深海が融合し、胃からこみあげるように湧き出した光景がふるふると広がり続ける。それがまとう血の匂いはより深くまで流れ、黒く濃縮されていく。
ここがイジャにとって最大の激戦地である。この二日で万単位の兵器が破壊された。
「問題は道だ。あれをもっと奥地に上げさせねば」と緑竜王。
「かなりの難物を召喚できたが、撃墜まで無理そうだ」と白竜王。
「そこまではいらぬが、最低でもピザと戦闘させねば。さもなくば、あれが本当に首を落としにくる」
ここまでの騒ぎになる前に陸に肉を撒き、陸地へ誘うべきだった。陸に自律兵器が高密度に展開されて近づけない。そちらに死体が生まれることで魔物も進出しているが遅い。
「だから、緑が陸側に肉を撒いてこればよかろう」と青竜王。
「無理を言うな。そもそもあの下は山岳地帯だ」
「その分死角はあるがな」
「こちらで一発撃ち出そう。それでだめなら緑が行け」
青竜王がふたりを諦めた。
「まかせたぞ」緑竜王が気前のよさを発揮した。
「まったく……前と一緒だ。お前たちはここぞというときにだめだ」
「二千年前の事を言うな。大陸が海に浸かってはどうにもできぬ」
「あの時に迷惑だったのは黒だろう」
青竜王が無言でずかずか海の中に入っていった。




