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森の神による非人道的無制限緑化計画  作者: 赤森蛍石
2-6 →過去→現在→
324/359

待機時間

同日 昼 帝国軍臨時参謀本部


「高効率型中性子爆弾が、対象より一・三ラッツ、高度にして約八・五で爆発したがシールドは抜けず。対象は無傷。ただし、滞空していた兵器軍の減少は確認された。既存物資のかねあいを慮るに有効な作戦ではなかったと評価するが、どう思うね、自然祭司ドルイド


 ホルスト参謀総長は、椅子の上で背筋をまっすぐ伸ばしていた。

 彼に正面から対するルキウスが言った。


「ダメージはゼロではない。弾があるなら効かなくなるまで何度でもやればいい」

「無尽蔵にあるものではない」

「いくらある?」

「俎上に載せるほどにはない」

「ほかに使いどころがあるか?」

「戦局しだいだ」


 ふたりが黙った。ルキウスはどこからともなく出したバナナをパクパクやってすぐに食べ終えた。臨時参謀本部の軍人はあわただしく仕事をしていて、書類をめくる音とテンポの速い足音が絶えない。重なり合う筆記音は整っていた。

 ホルストが再び口を開いた。


「君の情報にしたがって様々な金属を集めた。それで囲み偽装した爆弾だ。その都合上、貴重な小型だった。おかげで敵に回収させることができたが、使用された金属に当たりがあったと思うか?」

「断定できない。希少金属全般も求めているし、有機物も必要なはずだ。イジャは特別な反応を示したか?」


「いや、明確にはない。情報提供には感謝している」


(なら事前通告しろ)


「二発目はやらないと?」

「少々汚染がある。奪われる可能性も否定できん」


 帝国は汚染除去に慣れているが、その人員はこの戦争で失われたかもしれない。


「今回の作戦について意見はあるかね?」


(だから核を使うなら使うと言え)


「牽制を含んだ無難な作戦だった」


「なるほど。ところで君、自分の居間みたいな調子でここにおるな。その座席どこから持ってきた?」

「ここで種から作っただけだ。置いていくから使えば」


 ルキウスは、ホルストの机にきっちりくっつける形で木の机を生み出していた。これは完全に通路を塞いでおり、上にはむやみにフルーツが並べられている。足元にはインテリアの植木鉢まである。

 彼はその席を後にする。


「私は忙しいので失礼する」

「幸運を」


 ホルストは言い終わる前に書類に集中していた。

 ルキウスは外に出ると基地の様子を確認した。少し前には出入りする車両で渋滞していたが、今は制御されていた。距離のせいか、ここまで一度も空襲を受けていない。


(あのおっさん、探りで核兵器とか)


 大皿の規模を考えれば、あれも普通の爆弾にすぎない。それでもイジャがなんらかの反応をする可能性があった。その場合、ルキウスの準備の前に動かれてしまう。だが無反応だ。


「ここまで……イジャは徹底して自律兵器の判断任せだな」


同日 夜 アクロイドン収容所 地下施設


「宇宙からの使者は、誰にも永久がないと教えてくれる」


 アルエンは影の中にいた。光の世界からは触れえぬ闇の広がりだ。影世界の中ではすべてが黒く、気配で輪郭をとらえるしかない。


「死にきれなかった不細工な世界を終わらせてくれるかも」


 彼女にとってはそれでも問題ない。生きるべき動機は少ない。今の自らを作った友人を失ってからは、近い属性の者の守護者となってなし崩し的に生きた。そこに彼女の趣向が混じるにしても、残骸でしかないのだ。不思議と動き始めたばかりのルキウスにも、自分に近いものを感じる。


「吾輩は醜い罪にまみれた汚辱の文明とて愛でれてしまうのです」


 シュットーゼは悦楽が潜む口ぶりだ。


「知ってる。君は愛着の焦点さえあればなんでもいいんだ」

「この人生ゆえに、ねじれた滅びすら味わうことができました。ククク」


「僕はどうでもいいんだよ。いまさら人が滅ぶも残る同じだ。僕たちの時代は永久にもどってこない。あの退廃とつやをまとった、滅びを待つ夜はね」

「まったくでありますな」シュットーゼが相槌を打つ。


「まずは綿津見ワダツミの庭、披針双曲螺旋、泥土の並木道、揺らめくガベージシュートを探さないといけない。占術なしで」


 これらはルキウスが侵入した際に入手した書類で存在を確認したWOだ。実際にここにあるかはわからない。しかもアルエンは実物を見たことがなく、おおまかな説明だけを受けている。


「おお! おもしろくも難儀な様子」

「ここは宝物庫だ。いただけるものはいただいていこう」

「おや、早くも裏切りですか。そうでなくては」


 彼がわざとらしく驚く。


「ちょっと分け前を頂戴するだけさ」

「しかしリストにあるWOとやらを頂戴するのに、地下監獄を荒らす必要はないようで。しかも荒らし過ぎるなとは」


「ここは上は衛星を失いイジャの活動範囲だ。騒ぎにイジャが反応するかを見ているのかもしれない。とにかく僕は依頼をやる。ドルケルは地下で愉快な騒ぎを起こして、WO喪失の原因をそのせいにするのが仕事」


「吾輩、血がたぎる錯覚が、いや、今や人の身、フハハハ」シュットーゼは笑いを抑えきれなかったが、すぐに真顔になった。「囚人に鎖が無ければ大穴を穿つだけの仕事だったものが、いささかやっかいで」


「僕たちは信用されてない。こっちも信用してないけどね」

「そんな面倒を請け負うとは丸くなったもので」


「ずっと君たちの面倒をみてるじゃないか」

「おやおや、これは吾輩やぶへび。しかぁし……うまく転んだとして、ここが戦局に影響するのですかな我がきみ


「距離だけを考えれば期待薄だ。この収容所は北の僻地。おかげで大皿は遠い」

「だから無理なら離脱しろと言われたわけだ」


「さてドルケル」黒の世界に灰色の光が差しこんだ。影世界が外部と接続され現れた、水中から見た水面のように揺れる灰色の世界は絵画のような四角だ。「上では非戦闘員に加えて警備軍もかなり減った。この地下の制御は弱まっている。つまらない仕事はしないでくれよ」

「さすが我がきみ、人使いが荒い」


 シュットーゼは楽しげに影から出ていった。

 彼はレベル低下に加え、復活後ペナルティで弱っている。身体能力は一般兵なみだ。

 アルエンにはまだ考える事があった。


(二千年前、大量に出たイジャの残骸と、文明の衰退で管理できなくなった破壊困難で特異な事象をここに埋めた。地下の輪っかは残骸だとして、内側にアンテナが埋まっていてもおかしくないけど)


 指示したルキウスは言った。「別にアンテナを復元されてもいい」


(彼は死に場所を求めるには若いよね? それとも目の前の脅威をやりすごせれば、あとに増援が来てもいいのか。僕はイジャと相性が悪い。彼に解決してもらうしかないんだけど)


 この地下に大量のスクラップを放棄したなら、とうに金属を喰らうワームがおしよせている。その場合は、金属は分解され、土壌に拡散しているはずだ。

 ともすれば、今も奥底に災害級の化け物がいすわっていてもおかしくない。


 それがイジャの攻撃対象になり、イジャが地底深くを攻撃すれば、かつてのように神の怒りを誘発できるかもしれない。

 状況を乱しうる場所ではあるが、ルキウスは敵を北に牽引する動きをしていない。


(四つのWOは必ず確保しろと言われたけど、彼と部下はなぜここに来ない? 不可侵条約を守るつもりで組織外の人員を送ったなら歪な律儀だけど。やっぱり部外者向けの仕事で遠ざけられた気がする)




 シュットーゼは囚人服で地下収容所を散策していた。ルキウスたちの侵入による破壊跡が確認できるが、囚人の生活はこれまでと変わりなかった。


 線の細い彼は一般的な新入りに見えている。彼が来たのは、じじい様こと酒神さかえきの広場から少し離れた囚人がたむろする区画。多くの囚人が地べたで話したり、カードを遊んでいる。

 仕事終わりの囚人が多いせいか、気が緩んで本音が出る場所だ。


 彼が探したのは、頭を使っていそうな集団だ。無学で無思考だと干渉しにくい。

 まずは囚人の不満の程度を調べ、逃げる気になってもらわないといけない。不満がないと武力で警備を排除しても逃げない。


 この地下では最低限の協調性が要求されるせいか、無思考の愚か者や、極度に攻撃性が高い者は珍しく、どこを選ぶかは彼の好みに依存した。


「コナー、今日は掘りに行かなかったのか?」

「ああ、白服の動きがおかしい気がしてな」

「また坑道で事件かよ」

「いや、あっちにはいないさ。そっちはなにも見てないのか? 昨日、物資が遅れてから妙じゃないか?」

「あれなあ。俺は頼んでなかったから。お前が前に言ってたのは支払われたのか?」

「いや、管理係がお手上げとなるとどうにもならん。あきらめた」


 この会話でシュットーゼが目をつけたのは、フエーホブ中央供給所占拠事件のバレリアン・コナーだった。彼は頭を丸め、全身に少し筋肉がつき囚人らしい風貌になっていた。


 シュットーゼは彼がひとりになると知り合いのように声をかけた。


「どうしたね。憤慨しているようじゃないか同志よ」

「どちら様だったかな?」


 コナーは平然と応対したが、シュットーゼは値踏みの気配を感じとった。


「君と同じく不満を抱える者さ」

「何をやった?」


 この一般的なあいさつに無難な答えをしてもよかったが、シュットーゼは事実を答えた。


「ちょっと国を造ろうしてしまってねえ。いいところまでいったのだが」

「疑わしいな」


 コナーは吐き捨て、そのまま立ち去ろうとした。シュットーゼはその背を追う。


「ここはいい国だと思うかね?」


 コナーの返事は足を速めることだった。


「困るなー、実に困る」


 シュットーゼはコナーの進路に入り見よがしに首を回した。


「お前がどうなろうと知ったことじゃない」

「同志がよからぬ企てをしているなんてことはないだろうねえ。ないと思うのだがねえ。誰かに相談するべきかねえ」


 シュットーゼは器用な後ろ歩きだ。恐ろしいまでに自然な動きで、背中に目があるようである。


「下らねえことを言ってるとろくなことにならんぞ」

「ほー、どうしてくれるのかね」


 シュットーゼはへらへらしていた。これにコナーは対処しかねた。


「ここ数日、ちょっとおかしいと思わないかね?」

「上のことか?」

「クフフ」シュットーゼが不敵に笑った。「さっきの会話、探りだろう? 同じ意見を探しているね。色分けがしたいのかい? 異常ならあるとも」


「おかしいというなら、数か月前の侵入事件からだ。あれは前代未聞だったってのに」

「そこは知らんのでね」

「俺は怪しい異物を発掘したんだ。絶対にゴミではなかった。だが、なかったことになって報酬もないのさ」

「そいつが不満かね?」

「そこじゃない。ここでは帝都と同じぐらいの速さで雑誌が来る。それが遅れてる。ここのシステムが壊れてきている」


 コナーの表情は、深刻さと何かへ期待が混ざっている。


「間違いなくすぐに壊れるだろうね。次も来ないと予言しよう」


 シュットーゼは何度もうなずいた。

 彼らが会話する横を、ぶつぶつ言う男が通り過ぎる。


「どいつもこいつも、すぐに元にもどるってんだ」


「あんなことは、思っていないね」

「どうかな。届くはずの注文が届かず文句を言ってる奴はいたが」


 コナーは警戒の色が濃い。

 ずれたふるまいにより興味を示し奥を知ろうとする者と、異様さから引く者がいる。どっちであれ、コナーは足を止めていた。


「さあさあ、もっと問題を教えてくれたまえよ」

「お前は、少し声を落とすべきだな」

「そいつはなぜかね?」


 シュットーゼがずいっと顔を寄せた。


「この状況を乱されるのは嫌いな奴は多い。侵入事件から、ここがどうなるかで対立して死人も出てる。保守派は変化があったと思っていない」

「違うなあ」


 シュットーゼが断言すると、コナーの意識は彼に集中した。


「彼らは変化を認識してる。だから不安なのさ」

「お前はなにができるんだ?」


 いくらか心を開いた質問だった。


「ちょっとばかり外の様子を知っているだけだとも、新入りであるがゆえに」


 シュットーゼは自慢げに言った。


「本気で悩んでる奴は多いぜ」

「ほうほう」

「だがそれだけだ。ここには魔法使いもいるし、いろいろと品が手に入るが、全員に魔法の枷がついてる。これがどうにもできん」

「詳しいが管理側からかね?」

「俺たちより白服のほうに動揺がある。いろいろと聞かれてるのもあるだろう」


「ほうほう、ならばやはりここが終わるのは時間の問題ということだ。なぜなら――」

「何をやっている」しゃがれた声がした。


 屈強で圧迫的な人相の三人組が、少し離れた場所にいた。


「だから声がでかいんだ」


 コナーがほれみたことかという調子で距離をとった。人通りの少ない場所だから、距離があっても聞こえたのかもしれない。


「おやおや、何もやっていないとも」


 シュットーゼは調子が変わらない。いや、むしろ少し尻上がり。


「いや、聞こえたぜ。いいか、余計なことを言ってまわるんじゃねえぞ」


 彼ら三人はここの保守派だ。彼らはここで勢力を持っていて、この生活が一生続いてほしいのだ。続かない可能性自体が邪魔であり、彼らの生活を妨害するのだ。


「余計なこととは何かね?」

「ぐだぐだ言ってんじゃねえ。死にてえのか」


 ひとりの男が距離を詰めてきた。


「死ぬとは大変に興味深い。ぜひやって見せていただきたい」

「なめてるのかお前」

「いやいやいや、実には興味深いのですよ。吾輩にはできると思えぬものでねえ」

「粋がってんじゃねえぞ!」


 男が加速、シュットーゼに迫った。少しは工夫のある踏み込みで、伸びのあるパンチを出した。

 シュットーゼはそれを右手で受け止め、その勢いで後ろに流された。彼を追おうとした男はそのままバタンと倒れた。ピクリとも動かない。


「これが死だよ。次はどっちかな」


 シュットーゼは目を見開き、渾身の笑顔を作った。その不気味さに残るふたりが固まる。彼は仰向けに倒れた死体を起こし、顔をひっぱって遊んだ。その異様さにふたりがたじろぐ。


 彼の右手は、すでに彼のものではなかった。彼は自分の状況を理解すると右手を斬りおとし、アルエンが秘蔵していた大悪魔スケゴスの手と付け替えた。これにより一日一度の接触即死攻撃を可能にしている。


 なお、使い続けると完全に体が悪魔デビルになる。それが好都合。主と同じ時間を過ごすには、人の身では不足なのだ。


「なにをやった!?」


 コナーは声が出ていない。残る二人の男は「てめー」とか「ふざけんな」とか、少ない処理能力で扱える罵声を口にした。


「神の奇跡により身の程知らずを罰しただけだよ。さてどうするね。吾輩が死を教えてあげるよ」


 シュットーゼが無防備な動きでふたりに迫ると、ふたりはたじろぎ、逃げた。


「おや、持って帰りたまえよ。かわいそうだろう」

「魔法使いかよ。ここを離れる、急げ」


 コナーはシュットーゼから距離を取ったまま歩き出した。


「やれやれだね」


 移動しながらコナーが言う。


「少しはやるようだが、映画スターのつもりか? 白服がいたら消されているぞ」


(監視があれば、相手はしかけてきてはいない。ここで長いなら、いい場所は知ってる。狭い社会では部分的抜け穴は深く理解される)


「どこに行くのかね?」

「とりあえず外側の坑道のほうだ。あっちを通過する」


 三百メートル以上進むと、多くの人々が瞑想している場所に出た。ここでは、意味ありげな装飾品を持った囚人が多い。比較的魔力持ちがいる。


「なるほど、宗教勢力か」

「あれは大地派だ。ちょっとつきあいがある。彼らはどこにでもいるが、中立的で顔が広い」

「異常を察していると?」

「かもしれんが、ここは彼らの聖地だ。知り合いは、問題があっても多くは離れないと」

「看守の関与なしで生活できないと思うがね」

「様々な種類の魔法使いがいるというから、なんとかなるんだろうよ」

「彼らとて物資が止まれば困ると思うがねえ」


 シュットーゼは逃げる道中でいくらか情報を聞いた。それで多くの囚人が変化を認識していることを知った。


「俺はもう寝る。話があるなら明日五十二番通路だ。騒ぎを起こすなよ」 


 コナーは去っていった。


「なら吾輩も少々行方をくらませるとしよう」


 シュットーゼは特に偽装もせず人通りの少ない場所を歩いた。そして大部屋に出ると荒っぽく前を塞がれた。いかつい中年だ。


「小僧、きのこ取り係にはなれたぞ」


 声をかけてきたのは、ポルート・クルセリスだった。彼はザメシハの店を休業して一足先にここに入っていた。風貌は囚人にしか見えない。


「実力行使で?」


 シュットーゼは薄ら笑いだった。


「賄賂だ。持ってきた肉で数日変わるぐらいは簡単だった」

「その調子で働いてくれればいろいろと楽だったのにねえ」

「俺は料理しかしねえ。とにかくきのこを入れ替えはいつでもできる」

「承知した」


 最大の問題はクリアだ。囚人にきのこを食わせて呪いを解除すれば、地下と上をつなげて脱走させ混乱を作れる。

 鳥の呪いは鳥を殺せば終わる。


 シュットーゼの手ごたえは悪くなかった。対立があるのがいい。これを激化させ、抗争に発展させれば、上から鎮圧に来る。来なければここの治安は悪化する。


 どちらにしても、暴動からの大脱走は狙える。考えるべきはタイミングだ。呪いを解除しないと出口でみんなまとめてきのこになる。


 しかし翌日、彼は新しい変化に遭遇した。


「聞いたんだが、囚人から兵士を募るってよ。軍務経験者かららしい」


(こいつは予定が変わってしまうね)


 正当な出獄手段があれば、誰でもそれを使う。

 いつものシュットーゼなら、即座にあれを黙らせたところだ。上とつながってる誰かが事前に決まっていた情報操作を実地した可能性がある。


 帝国がWOを戦線に投入するつもりならそれは依頼に沿う。しかし、ここは資源生産拠点だ。その労働者を解放するとは思えないが、元軍人だけならありうる、

 軍務経験者はここの大きな勢力。彼らが脱獄の動機を失えば反乱は困難になる。


(これは阻止しにくい。軍人がいなくなれば幅をきかせられる者はいるだろうねえ。事実なら、さっさと出ていってくれたほうが楽だが、時間がないのだ)


「ドルケル」影を伝って呼びかける声は主のもの。「難しいかい?」

「上の情勢が知れないものでしてな」


 シュットーゼが小声で答えた。


「変更は?」

「不要にて」


(この変化は、上で何かが起こっていることを推察させるものでもあるねえ。ならば地道にまた聞きの噂をまいて、不安を増やしておくか。まだ準備不足)


 彼が考えながらぶらぶら観光していると、興奮した声が耳に入った。


「いやがったぞ!」


 声のもとには四人の男がいた。ここでは平均的なガラの悪さだ。


「どちら様ですかね?」


 彼は昨日始末した男の連れだとはわかったが、顔は本当に記憶から消えていた。ここは同じ囚人服ばかりで記憶する価値のない映像ばかりだ。

 さらに通路から人が出てきて十人ほどになった。周囲にいた人間は逃げている。

 彼らのグループで捜索していたらしい。実に命知らずだ。きっと全体ではもっと多い。


「名乗るつもりのはないようだが。吾輩は忙しいのだがね」

「ふざけやがって。やっちまえ!」


 男たちが来る。


(狭い通路まで走り、先頭を始末して障害物にして逃げるか)


 悪魔の腕は、奪った魂を利用して化ける能力があった。それがすぐに殺しをやった理由だ。この能力を使えば姿をくらませるのは簡単だが、まだ使うには早い。


 彼が数歩走ると、ブシャー! 部屋の壁から泥水が噴き出し、直後に壁そのものが崩壊し、土石流となった。それが瞬時に男たちを飲みこみ、完全に押しつぶした。部屋の大半は、土砂になっている。


 シュットーゼは後方の壁を上り、どうにか逃れていた。


 ズシャズシャ、土石流を踏み越えて人が出てきた。やつれた死人の目をした白服だった。土使いのペラーヨだ。彼は小声で言った。


「騒ぐな。石の音が聞こえない。ずっと探してるんだぞ」

「これは奇遇、吾輩も探し物をしている。ここで探し物は大変だろう」


 この言葉で、ペラーヨの視線がやっと部屋で唯一の人間をとらえた。


「お前はなんだ? お前は石の使者か」

「君に自由を与える者だよ」


 シュットーゼは自信満々だ。すぐにわかった、この芸術的感性は彼が好むものだ。


「自由はいらない」

「出たいんじゃないのかね?」

「俺はあの石を探しているだけだ」

「それは外にある。出る必要がある」


 彼は子供に言い聞かせるように静かに言った。


「出れないのはわかっている。上には掘れない」

「問題はきのこなのだよ。我々が毎日食ってるあれさあ。どうしてあればかり食べさせられると思うのかね」

「きのこは知らん」

「あれは二種類あって、片方だけ食べていると呪われるのさ。我々は当然一つのタイプをずっと与えられている。もう片方も近くにある」

「……心当たりはある。行ってくる」


 ペラーヨの目になんらかの光が宿った。


「待ちたまえ、待ちたまえ」


 あわててシュットーゼが追った。


「なんだ?」

「手順は吾輩にまかせてくれたまえ。そのあいだ君は作品を作っていればいい。吾輩が完全に準備を整えようじゃないか」

「……わかった」


 ペラーヨがとぼとぼ歩いていくと、どこからか見ていたらしいコナーが走ってきた。


「お前はなんだ?」

「吾輩、故意にここに入ったものでね」


 この一言でコナーはいろいろと勝手に察する。シュットーゼはここからも動き続ける。


ゾト・イーテ歴 三〇二〇年 十一月 二十日 ルキウスが帝国で造った森林


 この日は待ったかいのある晴天だった。


 この数日で帝国の中心部から半島の入口にかけてでは、イジャという未知に遭遇し、多くが死亡していた。

 この影響は広範におよび、直接イジャと向き合わなかった者もこれまでとかけ離れた日常を経験し、政治勢力は異常への対処を論議していた。


 しかしイジャはちまちま支配地を広げただけで、戦局に関してはなにも起きなかったといえる。


 ただし、ルキウスが待っていたものは来た。


「さようならハチさん。タンポポはひとりで生きていきます」


 ルキウスがささやくように言った。

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