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ハンター

 生物は常に情報を求める。

 意志によっても本能によっても寝ていても起きていても、自動的に、脅威、次いで利益に鋭敏な反応を見せる。人は当然、獣、魚、鳥、虫、植物、単細胞生物までが突っ込まれた情報によって振る舞いを決定する。


 生物が一種の情報の塊である以上、情報の摂取から逃れられない。二重螺旋を礎とする電気的興奮が情報遮断を許さない。完全に外部の情報を遮断した存在、それは不死者アンデッド以上に死んでいるのである。


 したがって、ここがトレジャーハンターズギルドでなくとも、見知らぬ人物が同室に追加されれば、誰もが意識する。


 ギルドホール内、受付カウンターから離れた場所にあるテーブルで食事をとったり談笑をしていた者は、入口が見えていた者から順に入口を見た。


 華美な服・装飾具を身に着けたり、入れ墨を入れるハンターは多い。己の武名を世にとどろかせ、そこから利益を望むなら目立ってこそだ。


 そのような目立ちたがり屋とは一線を画した本物の奇怪さが、今、ギルドの重い扉を押し開いて入室した二人にある。


 一人は巨大な仮面を着けている。米粒のような楕円形で全体的に緑の仮面は、縦に三対の大きく描かれた目が並び、曲がりくねった放射状の模様がある。仮面は五十センチ以上はあり、着用者の目があるのは一番下の目の位置だ。長身に仮面で異様に長く見える。


 体は茶色のローブで覆われ、仮面の後ろの頭もローブのフードで見えない。ローブの前面と袖口には植物の葉をモチーフにした刺繍が銀糸であしらわれている。ローブの色がギルドの木壁に同化して、余計に仮面が強調される。


 手には螺旋に溝が刻まれた巨大な木の杖。人より長く、上にいくほど太い。その杖の溝を摘まむように持ち、背中には荷物。


 もう一人は、わずかに青を含む銀色のフルプレートで全身が覆われている。その曲線を多用した鎧の造形は優雅であり芸術品というほかなく、細い印象で動きにくさは感じられない。


 前後に長い印象の兜は犬のように口部分が大きく飛び出ていて、その上に細かく縦の切れ込みが入ったバイザーがあり、横には後ろに流れる耳のような飾りが付いている。


 背中には三角盾ヒーターシールド長剣ロングソード。ここまで重装備のハンターは珍しい。特にこのコフテームにおいては。

 そしてこの鎧の着用者は比較的小柄である。


「なるほど、いかにもギルド。やる気が回復したぞ」


 仮面の下でルキウスが納得の声を出した。

 彼が見ているトレジャーハンター――通称ハンターは、くたびれた金属鎧の戦士、何かの触媒を机の上に広げていじくっている魔法使い、紋章が入った神官服を着た僧侶、軽装で小型の武器を複数持つ武僧等々だ。


(おおざっぱな髪型とこだわった編み込みに別れるな)


 アトラスをリアルにしたような生活感のある景色、それぞれに人生があり、その積み重なりが街を形にしていると実感できる。


 観光先で期待していた景色をそのまま見た気分だ。有名人のルキウスは、森の支配権を守るのに忙しい。ゆっくり街を見るのは新鮮である。


 仮面は、サンティーになんでも顔に出やすいと言われ着けた。仮面部屋から、お気に入りの精霊の仮面シリーズから森の外で索敵できる物を選んだ。


「登録したい、こっちは連れだ」


 二人は受付カウンターまで進み、ルキウスが一般受付の若い女に話しかけた。他の窓口は素材買い取りと鑑定・相談だ。頻度の多い業務は専門化しているのだろう。鑑定・相談には腕の筋肉が盛り上がったいかつい髭のおっさんがデンと構えている。


 受付に向かって右の離れた場所では薬や道具が販売されている。左に広がった空間では多くのハンターがたむろしていた。


「登録ですね。トレジャーハンターズギルドの基本理念は知っていますか?」


 ルキウスが話しかけた固そうな印象の女は事務的に応対した。


「昔のお宝を回収して今の社会の役に立てようというのだろう。立派なもんだと思っている」


「平たく言えばそうです。遺跡を発見した場合は報告義務があります。発見された遺跡は発見者に優先探索権がありますが、成果が無い場合一定期間で解放されます。発掘品は全てトレジャーハンターズギルドで鑑定、危険物は強制買い取りになります。勝手に持ち出して使用しないでください。

 これをいくら言っても勝手に使って問題を起こす人がいます。特に、見た目で何か判別できない品は弄ってはなりません。過去には大魔法が発動して町が消し飛んだり、制御不能の魔物を呼び出すなどの例があります。非常に危険です、絶対にやらないでください。トレジャーハンターにとって一番大事なことは必ずギルドに報告を入れることです、わかりましたか?」

「ええ、わかっていますとも」


 受付の女はすぐに次の手続きに移った。信用していないのだろう。毎度のやりとりに違いない。誰だって珍しい品があれば手元に置きたいはずだ。


「ではこの書類を読んで記名を。名前は書けますか?」

「問題ない」


 二人がカウンターの上に出された書類に記名する。


「ルキウス・フォレストさん、ヴァーラ・セイントさんですね。何か特殊技能はありますか、あれば依頼の際に有利になる場合があります」

「私は〔自然祭司/ドルイド〕だ。自然に関係する魔法を得意としている」

「セイントさんは?」

「私は〔聖騎士/パラディン〕です。偉大なる緑神りょくしんに仕えています」


 偉大なる、の辺りでルキウスの体がピクッとしたが何も言わなかった。一方、受付の女はヴァーラの声に筆が少し止まったがすぐに動き出した。


「明日の朝にはタグができてます。タグを受けとった時点で正式登録となりますので」


 説明を終え書類をもらい、今回の手続きは終わる。

 中々にこの街の景色は面白い、そう思いながらルキウスはギルドの外へ出た。

 町の景色は、中世からルネサンスの西ヨーロッパぐらいの印象を受ける。建物は木造が多く、二階建て、三階建てが一般的だ。歩く道は舗装された石畳だ。


 目の前を、飾りの付いた高そうな箱馬車が横切った。白い車輪が回転していた、あれはゴムに近い物質で発掘品だ。〔保存/プリザベイション〕の魔法をかけて使用されている。ルキウスの知るゴムと同じかは不明だが、かつて利用されていた工業製品であるのは間違いない。


 ギルドには腰に拳銃を下げている者がいた。大陸西側のようなオートマチックではなく、西部劇に出てくるような錆付いた回転式拳銃リボルバーが戦士の腰に剣と同居しているのは面白い。アトラスの職業構成的にはありえないが、緊急時には使えるのだろう。火薬量分の威力は保証され、弓と違ってかさばらない。


 町は工業化されていないが、たまにこの発掘品が目に入る。デジタルの腕時計なんかもあるらしい。一般に富裕層の持ち物で、基本的に自力で動力を賄える型ばかりで、太陽光発電や魔力吸収能力で稼働できる品が使われているらしい。


 機能を失った発掘品もインテリアとして売られている。ビームソードの柄が雑貨屋のカウンターに飾ってあった。


 町の景色を楽しむルキウスは、なぜ、この街、ザメシハ嚆矢王国こうしおうこくのコフテームにいるのだろうか。


 ルキウスはこの数日で、部下の自分に対する認識を理解した、させられた。森では万能であり、一歩森の外に出れば幼児、ぐらいで認識されている。心外である。基地の戦闘でも役割は果たしたはずだ。


 ルキウスは正確な情報を欲したのと、友以外に慣れない態度を取らねばならない生命の木から脱出したい一心で、任務の重要性を必死に部下に説き、どうにか納得させた。その結果が現状だ。


 今回の任務を滞りなく成功させ、森の外でも大丈夫だと部下に理解させることを個人的な目標に据えた。


 ザメシハ嚆矢王国の領土は、悪魔の森に大きく食い込んでいる。汚染のない森を開拓して、西へ西へ領土を広げている。その先端部にある開拓都市の代表がコフテームである。


 コフテームは、悪魔の森東側の中央部に存在する。二十キロ四方以上の広さを誇る大都市で、景気が良く、人が絶え間なく流入している。都市壁は安っぽい木製の外壁と、内側にある石壁の二層だ。


 悪魔の森から来るグンキオ川が街のほとりを流れ、下流は農業地帯が食料を供給する。


 そして、とにかく森が近い。ハンターの活動場所も森。

 それで、「森だから心配するな」と部下を納得させた。皆は「ああ森なら大丈夫ですね」と納得した。ルキウスは釈然としないものを感じたが何も言わなかった。


 帝国のコモンテレイに行く選択肢は最初からない。

 ラリー・ハイペリオンの人脈が使えるが、コモンテレイ近辺はほぼ汚染された荒野で、街中は銃を装備した者が大勢いる。


 ルキウスは意識的に抑えていないと、急に視界に入ってきた銃装備者を反射的に攻撃しかねない。それで乗り気にはなれない。情報は欲しいので、コモンテレイにはマリナリを派遣しておいた。


 ただ歪な編成になってしまった。〔自然祭司/ドルイド〕・〔野伏/レンジャー〕系と、〔聖騎士/パラディン〕・〔僧侶/クレリック〕系の組み合わせだ。万が一には備えているがそれもうまくいくか不安だ。


 ソワラとアブラヘルの対立が悩みの元凶である。あれさえ無ければ、生命の木でゆっくりしていられた。片方を選べば揉める。両方ではバランスが悪いし、二人に挟まれるのは全力で却下する。あの二人は連れていけない。


 ヴァルファーは全体を指揮している。ターラレンは労働力であるハニワゴーレムを制作中、魔術研究の長でもある。カサンドラの予知能力は有用だが悪目立ちする。〔小人/ハーフリング〕と〔土精/ノーム〕の種族はこの大陸にいない。主力以外は戦力的に不安。


 悩んだ結果、隣を歩くのは善良なヴァーラ。少なくとも都市を消し飛ばしたりしない。


「とりあえず宿をとるぞ、ヴァーラ」

「はっ、ルキウス様。あ、荷物は私が」

「前衛が荷物を抱えていると動きにくいから私が持つと言っただろう」


「はっ、し、しかし、ルキウス様」

「様はよせと言っただろう、あとその返事も止めろ」

「は……ええと、どうすれば」

「ハンター活動中は一切の敬語を止めろ」

「ま、まだハンターではありません。タグを受け取ったらと言っていました」

「まず宿に向かう」


 余計なことだけしっかり記憶しているな、と思いながら聞いた宿の場所に向かう。その間もギルドでもらったギルドの規約が書かれた紙をチラ見する。


(言葉も文化もわからねえ。うかつに冗談も言えない。全力で口を閉じていないといけない。超ストレス。新人向けの教習を受けるべきだったか、いや面倒だし)


 文字は魔法で読んでいる。会話と違い、読解には魔法が必要だった。

 この世界は自動的に言葉が翻訳されると考えられているが、固有名詞は翻訳されない。


 例えば、ハンターはここの言葉でロクトゥーだが、苗字がロクトゥーだと、人の名前はそのままロクトゥーと聞こえる。


 この人物が、俺はロクトゥーだから生まれついてのハンターだぜ、と言ったら意味が取れない。聞く側に知識が無ければ、翻訳はできない。固有名詞には注意が必要だ。


 名前だけは書くのを練習した。かつて統一されていたらしいこの大陸では言語の大元は共通で、一言語を習得すればすむが習得する時間はなかった。


 宿では問題なく二人部屋を取れた。宿の主人は妙な物を見たという表情をしていたが、仮面を外せとも言わなかった。宿のセキュリティーが心配だが、安宿だから仕方がない、魔道具を駆使して自衛を行うまでだ。


 粗末な部屋のベッドに腰かけたルキウスが仮面を外す。若葉の色をした蔽種のイアリングで人間の耳にしたが、ほかは普段の彼と同じ。

 ヴァーラも兜を脱ぎ、それを片手に直立不動になった。


 兜を脱いで露わになった顔は若々しい女性だ。


 可憐さと同時に妖麗さも備えている顔つきは、すべてを魅惑するだろう。あるじを前に騎士らしく張りつめた表情だが、そこに可愛らしさがある。丸く黒い瞳の奥には野性的な鋭さが隠れている。長めの黒髪は後ろの高い位置でお団子にしてある。


 兜が後ろに長いのであれでも入るらしい。もっとも、ルキウスの持つ装備は魔法が掛かっていてサイズ変更ができるから、どんな状態でも着られるはずだ。


「ヴァーラ、今回の任務の内容は理解しているか?」

「はっ、ルキウス様の偉大さを全世界に知らしめることです」


 間違いではないが、非常に不安を感じさせる回答だ。


「まず金がほぼ無い。現地の通貨が必要だ」

「存じております」

「まずハンターとしてランクを上げて通貨を確保する」


「お金なら、ウリコがルキウス様の果実を売りたい売りたいといつも言っていますよ」

「売れれば楽だが、普通に販売するのは不可能だ。効果が高すぎる」

「質が良すぎて売れないとはおかしな世の中です。世直ししなくては」


 ソワラのように、必要なだけ奪う発想でないだけ安心できる。大体の部下の発想が殺して奪う、ずっとルキウスが森でやってきたのと同じだ。


「ヴァーラ、ウリコと仲がいいのか?」

「そうですね。同じ動物系魔族アニマルナイトメアですから」


 ヴァーラの初期種族は〔魔族・狐/ナイトメア・フォックス〕。今は頭の狐耳を消している。


「そうか」


 あの守銭奴と仲が良いと言われると、そこはかとなく不安になる。〔聖騎士/パラディン〕系の性格とは離れていると思っていたが、動物的性格が優先されるだろうか。


「通貨が手に入れば、ほかの者を各地に派遣できるだろう」


 そうなればルキウスは生命の木で、ゆっくり罠でも開発していられる。


「はっ、ルキウス様が大地のすべてを治められる日が近づきます」


 ルキウスは、もう勝手にそう思っててくれとさじを投げた。これは部下全員の基本的な思考形式だ。確かに森の外は荒れている場所が多いので否定しにくい。悪魔の森の西側ほどではないが、東側にも汚染は残っている。


「もらった紙を読む。事前の情報と大差ないが一応確認だ」

「はっ」


「ランクは星一個から一個ずつ増え、五つ星の次が赤星。これも一個ずつ増えて最終ランクは赤五つ星。ランクはギルドに対する貢献で増える。稼ぐには赤星一個までは上がりたい」

「ルキウス様であれば造作もないことです」


「赤星一個でたいていの仕事はくるはず。ギルドは千六百年以上前に誕生し、当時の目標も今と同じ遺跡の発掘だった、二千年前の遺跡の。またドカンで、今度は四百年前の遺跡。そして形式上ギルドは大陸全土で共通の組織だ」


「実に愚かなことです。ルキウス様が世を治めていれば崩壊などせず、誰もが幸せになれると思うのですが」


 どうもヴァーラには単純な力以外にも期待をされているようだ。ちょっと難易度が高そうだが、真っ当な人格の表れでもあるから仕方がない。


「ランクが上がれば自然と人脈もできるはずだ。友好勢力の確保は重要だ。これも大きな目的の一つだ」

「ルキウス様が力を示されれば天下万民がかしずくでしょう」


 そうなれば苦労はないけど、と思いつつルキウスは続ける。


「事前に言ったとおり、能力は抑える。私も魔法は中位までしか使わない。お前もそのつもりで動け」

「承知しております」


「今日は適当に街でも見てまわって明日からが本番だ」

「お任せください、ルキウス様。私がルキウス様をお守りいたします」

「様は止めろと言っているだろう」


 ルキウスが少し叱りつけた。


「しかし……その、あの」

「ほら、気軽にルキウスと呼んでごらん」


 子狐を誘うように最大限優しく呼びかける。


「あう、ルキウ、あばばっばば」


 ヴァーラの変化が解けてキツネの耳が頭部に出現した。基本は人間のはずなのに。

 それほど嫌か、こいつらと友達になれる見込みはゼロだな、普通の人間関係には永久になれそうにもない。これもサポートがプレイヤーに仕えるべく設計されているせいか、逆らうなどありえないのだろう、とルキウスは頭を抱えたがすぐに顔を上げた。


「そうだ、せっかく苗字を作ったのだからそっちで呼べばいいじゃないか! フォレストと呼ぶがいい」


 この偽名、意味的に嘘ではないので嘘を暴く魔法にはひっからない。それでいて完全な名前ではないのである種の攻撃魔法の対象にもならない。高レベルの〔自然祭司/ドルイド〕ルキウスの時点で知っているプレイヤーなら気付くが、それならそれでいい。


 大陸北西部と違い、北東部は魔道諸国の縄張り。機械文明系のプレイヤー以外には特別恨まれていないし、彼を知るプレイヤーは森の近くで戦わない。プレイヤーとの接触も重要な目的の一つだ。


「はい、フォレスト」


 笑顔を浮かべながら恥ずかしそうに名前を呼ぶヴァーラ。


「よしよし、いいぞ。私も街ではセイントと呼ぶことにしよう、外では苗字があるのに名前では気安いだろうからな」

「私は別に名前でも構いませんが」

「普通に仲間の設定だからそんなもんだろう」

「そうですか」


 ヴァーラは少し残念そうに見えた。

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