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森の神による非人道的無制限緑化計画  作者: 赤森蛍石
2-6 →過去→現在→
316/359

 ライデンはおだやかに警告を発した。


「ものども離れよ。あれは剛なり」


 ヒサツネたちは海外の岩場まで後退した。

 ライデンは刀を構えない。サメは横へと泳ぎ、片目でこちらを見ている。狩りの前動作にしてはゆっくりで遠い。視力が弱いので、はっきりと見えていないはずだ。


 海生生物に慣れ親しんだ者ならば、まだ危険とは判断しないふるまいだ。


 しかし知性ある魔獣であれば、ふるまいも特殊になる。魔法攻撃の準備動作ということもある。


 刀が臓腑に達するかあやしいほどの巨体となると、ライデンとて、単独で斬り合うには覚悟を要する。

 彼は、足を前にも後ろにも動かさなかった。かわりに、刀に何度も電気をまとわせた。

 サメは電気に敏感だ。巨大サメはそれに反応するように、何度か頭を振った。


「やはりミズナダか、あるいは血族やも」

「まことにかのミズナダなのですか?」

「そのように思えるが」


 どうしても気にかかるのが、もしゃもしゃした緑の異物。あれがサメとしては異様だが、汚染の禍々しさはない。


 サメは左右の往復を繰り返し、ゆっくりと接近している。

 ヒサツネが後方で見守るなか、とうとうサメはライデンの直前まで来て、横向きになって停止した。


 サメの体も表情も動かない。置物のようですらある。

 ライデンは刀を砂浜に突きさし、サメのごつごつした目の後ろにそっと触れた。


「やはり……ミズナダか……再び共にいくか?」


 海水が立ち上がり、ライデンとサメが水球に覆われた。何事かが成された。


「息災でなにより」平静なままのライデンがまず気にしたのは、ミズナダのえらの近くに茂る緑で、それは植物のつるの束だった。「こいつはなんだ? こんな生き物は見たことがないぞ」


「ふははっはは」ライデンが急に上々の笑いをした。


 ヒサツネが驚いていると、ライデンが言った。


「手が生えて便利だと言っている」


 サメが手だと言っているつるの群れは、自由自在な動きだ。


「釣り人を餌付けしたらドロップした? それを食べた。不思議な事も起こるものよな。永らえた意味はあったな」


 ライデンとミズナダの会話が続く。サメは浮遊しているだけで、まったく絆を持たぬ者にはまったく性格が読めない。


「真珠は沈んだか? 黒い? それで重苦しいから嫌? よくわからんぞ。なに? とにかく近づけない? ずっと見てない。汚染のせいか。ずっとはどれくらいだ、わかるわけがないか」


 ライデンが話を中断するとミズナダにまたがり、背びれを抱えた。


「イジャへの策を練らねばなるまい。まずは海の様子を探ってくる。こうなれば、海の魔物でも使ってあれに対抗するほかなし」


「お待ちを! かつてと異なる魔境ですぞ」


 ヒサツネの部下が止めた。


「ミズナダがすごしていた海に危険などあるものか。イジャどもめ、懲りておらんのか対策したのか、海に無人機を入れておるようだ。まずはこれにあたる。主らは戦の準備をしておれ」


 ライデンとミズナダは黒い海中に消えた。




 半島や帝都近辺で散発的な戦闘が続くなか、ルキウスがやっていたのは継続的な情報収集に、ルドトク帝国皇帝の復活と神覚軍元帥であるスターデンの復活だった。


 この状況で彼らと話をするのは難しくないことで、意思疎通はできた。彼らは比較的安全で、確実に機能している南方の第六軍司令部に送られた。


 帝国軍の指揮系統は中枢から破壊されていたが、なんとか帝国軍との共闘は可能になったといえる。


 最大の問題になる大皿は、まったく動いていない。


 ルキウスは、庭をうろうろしていた。どうにも気が急ぐ。


「誘因は可能、明日中に捕虜を確保しないといけない。敵が知れたら、すぐに帝国軍に動いてもらう。彼らがどれほどやれるか……」


 やるべき事はわかっているが、落ち着かない。ダイスが最高の目を出しても、勝ち筋が無い。ダイスの数が足りない。


「ルキウスさん」


 と声をかけたのは、ハイクだった。彼は……戦力にはならない。

 体はかなりよくなったが、悪化が終わったわけではない。彼を放置するわけにはいかない。解決するべき問題の一つ。


 そんな思いでハイクを見たルキウスは動きを止めた。


 ハイクの目は、薄い緑の強膜を持つ爬虫類の鋭利な目になっていた。


「こいつは! ソワラ」


 ルキウスが警戒の声を発し、すぐにソワラが瞬間移動テレポートで現れた。ソワラはすぐに異常を察した。


「なんですか?」


 ハイクは混乱している。異常の自覚がない。


「外から介入されている。ハイクを歪曲空間部屋に隔離しろ。体調に問題があれば、時間凍結しておけ」

「すぐに」


 ソワラがハイクを連れて瞬間移動テレポートした。同時に、ルキウスの頭の中でピーと魔道警報が鳴った。


「ルキウス様、警戒を!」この通信はエルディンだ。生命の木の上部の監視台にいる。「龍です。大型の緑竜グリーンドラゴンが南西より接近中。こちらを意識した飛行に思える」


 竜の襲来は初めてだ。ルキウスはその場から消えた。


「嫌だ嫌だ……出てきたか」


 と呟くのは、生命の木の気配を感じつつ飛行する緑竜王だった。ドラゴンの目は卓越した魔法的能力を有する、とはいえ、まだ幻術を見破るには困難な距離だ。


 しかし、森の木々を無視して見通す緑の瞳が、一部の森だけ見通せぬとなれば、異常の位置は知れる。


 緑竜王から距離をとった空中にルキウスが出現する。


「悪魔の森の主よ、話があって参った」


 竜の大きな声が森の上に響く。


 ルキウスは警戒しつつ木々の上を飛行し、緑竜王の戦力を分析していた。帝国軍百万に匹敵する脅威でもおかしくはない。


「重要な話がある」

「わかった。聞こう」


「それでは――」

「死ね」


 無情にして突発の先手。ガギンと、剣より大きな竜の爪が、ルキウスの二刀流を一手で止めた。


「何をするか!?」


 時代を代表する英雄ですら震えがくる叫びだ。牙の森が盛んに上下した。


「気にせず話してもらってどうぞ」


 ルキウスはビジネスライクに言った。


「何を言っておる?」


 巨大にして力の塊である爬虫類から、未知への恐怖が発された。


「問題ない。話はちゃんと聞いてる。話せばいい」


 ルキウスが諭した。


「いやいや、不可解よな?」


 緑竜王は、自らの人間に関する理解に悩んでいるようだ。


「まあそう言わずに気軽にどうぞ」

「ええ、事の起こりはいつだったか」


 緑竜王が最大限に警戒しながら語りだす。


「長くなりそうだな。死ね」


 ルキウスが行った。狙いは正面を避けての後方。


「短気過ぎるわ!」


 ボゴン! 緑竜王の尾による薙ぎ払いは、風圧だけで城を倒壊させる。これには、ルキウスも接近を避けた。彼は何もなかったように言う。


「どうした? 話はしないのか?」

「おぬしのせいでな!」


 緑竜王は森に着陸して防御姿勢をとった。


「いいだろう。話に集中できるように手足をもぐか。そうすれば口だけを動かすのに集中できる」

「よくねええ!」

「遠慮するなよ」


 緑竜王の周囲の木々が彼に殺到した。どんどん増える。森そのものの大波だ。それが、見えない壁に衝突して停止する。彼の近くに寄った木々が、ギリギリと震え外側に傾いた。外側の木々はルキウスに、内側は緑竜王に従っている


(拮抗だと。あのドラゴニックオーラは神の領域。古竜エンシェントドラゴンの中でも高位、群れの主であれば軍勢が控えているな)


 最低でも千二百レベル級のボス。そして森林に適応している。最大の問題は、アトラスと異なるまともな人格と、ゲーム的ではない動きをすること。

 つまり、一噛みされれば終わり。ルキウスでなければだが。


「おぬし! 歴代でもヤバいほうだぞ!」

「ああ!?」ルキウスが不愉快そうにした。「お前だろうが」

「何がだ?」


「ハイクの呪いの原因はお前だろうが! 唯一の心配事を残さずに済む。このタイミングには感謝しておく」


 ルキウスが木々の檻を抜けて斬りこむ。これは手の鱗をかすめただけだ。


「待て! 誤解がある」

「お前の血の影響を受けている。視線が増えたような気はしていた」

「あの子の事ならば――」


 ルキウスの剣が空振った。巨体がバックステップしたのだ。俊敏だ。


「わしのせいではない!」竜は強くに叫んだ。「血虚の気があるのは、胎児の頃合いに竜の力に惹かれてきた異物の影響であろう。成長に従って力が高まるが、異物の性質と竜の力が制御できずが体に不整合を生む」


「根本原因はお前だろうが」

「こちらで回避できる事ではない」


「ハイクの先祖と契約したな。あれは、その契約の性質に関わる何か」

「ちょっとしたラブロマンスがあった。無尽蔵に協力はできんから、ほどよく去らねばならん。取り決めは必要だ」


「モテなさそうだから、魅了でも使ったんだろう」

「そんなことはない! 理知的にして鍛え抜かれた体の我には、おなごがよりついたものよ。魔物との縄張りの分担などもまとめたのだ。あの国の開拓への影響は大きいぞ」


「まあいい。事情は理解した。死ね」


 ルキウスがまた斬りこんだが、もろに腕で打ち払われた。彼が吹き飛ぶも、木々が避けて衝突しない。やがて彼は大地をゴロゴロと転がり、それに逆らわずずっと転がってから停止した。


「かてえな」


 ルキウスにダメージはない。一瞬で腕に足で着地し、離れる前に斬りつけている。だが、竜鱗を断てない。魔法で強化され防具にされるほど頑丈な鱗だ。


(骨も固い。狙うなら喉と腹。それがわかっていて直地した。竜に幻術は通じないし、ママさんを呼ぶしかないか)


「やはり人の枠を超えておるな」


 緑竜王がぎょろっと目を動かし、ルキウスはまるで気まぐれに木陰に座った。


「どうやって殺すか考えてるから、その間話していいぞ」

「おぬし、ひどすぎやせんかね」


「とりあえず……来い」


 ルキウスが手を空にかざすと、生命の木の窓から剣が飛び出した。ひび割れた鋭利な石に、とげのあるつるが巻きつき一体化した【絶険の舌】。


 それがルキウスに握られる。これは〈ドラゴンキラー〉の性質を持つ。


「ここまで竜の話を無視する者は歴史初であろう」


 緑竜王が目をすぼめる。


「このタイミングでやってくるのが怪しいんだよ」


 ルキウスは剣で草を押しながら言った。


「我はこの森に棲んでおった。帰っただけだ」

「なんでいなくなった?」

「お前のような化け物が出たからに決まっておろう」

「その図体で言うか」

「……怒っておるのか。わかりにくい男だ」


「ハイクはな。あんな体じゃ、愉快でいかれた最高に残念な人生が送れない。そんなことは絶対にあってはならんことだ。生まれた時から、余計なものをつけてよこすな。余計な資質なんだよ」

「あの体質ゆえにお前と会った。常人にはかなわぬ生き様となろう」


「それは全部、私がすごかっただけだ。実にすごい。称賛してくれ」

「それはすごい! で、どうしても聞かぬつもりか? 利のある話ぞ」

「だから、話せと言っている。もったいぶるな」


 ルキウスが立ち上がり、新たな剣を構えた。竜が慌てて叫んだ。


「話はイジャの事だ。わかるかイジャだ!」

「なるほど、奴らと協力して人類を滅ぼすと。そういう筋書きか」


「なぜそうなる!?」

「このタイミングからしてそうだ」


「お前が危険だから、我らは悪魔の森から逃げたのだ。戻るのには覚悟がいる」

「我ら? この規模の森に竜が一匹もいなかったのはお前のせいか」


「気の荒い若者がプレイヤーの近くにおれば、末路は決まっておる」

「思春期の冒険で村をいくつも滅ぼされてはかなわん」


「狩り狩られる関係は、人間こそが望んだものだ。我も否定はせぬ」

「いいか! ドラゴンがいないから、ザクザク刺せて、ほどよい硬さで刻み甲斐があって、ついでに儲かる獲物がいなかった。おかげでどうしようもなくストレスが溜まった。許さんぞ! 金欠もお前のせいだ。諸悪の根源め!」


 ルキウスが憤慨して罵った。


「逃げ出して正解だったわ!」

「もう忙しいから帰れ」


 ルキウスがうんざりの気配を投げつけた。


「おぬしが出現してからというもの、食が進まず、夜も眠れず、頭痛すらある。初の事ぞ。そこにイジャの再来となれば、逃げてばかりもおられぬと来たのだ」


「それは悪かったな。とりあえず詫びに解決方法をくれてやろう。解決したら帰れ。いいか? この剣は竜に特別な効果を発揮するのだ」ルキウスが剣を投げ、竜の手前の木に刺さった。「どうだ? 特別な力を感じるだろう」


「これはあきらかに恐れるべき物の気が……」

「強い力がたちどころに悩みを解決してくれるぞ」

「そうか?」


 緑竜王がしげしげと剣を見つめた。


「まずその剣を固定する。その根っこなんかがいい。しっかりやらないとだめだ」

「ほう」


 と緑竜王が剣をつまみ、木に押しつける。剣は木と一体化し、直立する大きなとげに変化した。


「まずそこにちょっと首を当ててみて位置を確認する」

「ほうほう」


「そこから体を伸ばしたまま起こし、限界まで直立する。この儀式は体をまっすぐにするのが重要だ。とげと尾を結ぶ直線から体がずれてはいけない」

「ほうほう」


「その直線にしたがって、全力で前にドンと倒れるんだ。全力で行くのが重要だ」

「ほうほうほう、ん?」


「どうした。これですべての症状が解決するぞ。自分でやりにくいなら、私が後ろから押してあげよう。これで頭痛とおさらばだ」

「なるほどなるほど、ありがとう、やるか!」


 緑竜王が怒鳴った。


「つまらんドラゴンだな。そいつには転んだ竜が倒れた際に刺さって死んだ石からできたという逸話があるのに」


「バカにしてくれるな。我は緑竜王ぞ」

「ええ……」ルキウスは失望をあらわにした。「緑竜王が覗き魔とはな」


「不可抗力だ。彼が呪いを手懐け本来の力が目覚めてきたことで、自然と感覚がリンクするようになった」

「絶対に見ない選択肢があったはずだが」


「年寄りが子孫の近況を気にして何が悪い」

「開き直りやがった」


 しかしわかった。人を欺き弄ぶ弁舌に優れているというよりは、人間社会に適応できるタイプの竜だ。過去に人間社会で過ごしていなければ、こうはならない。

 なにより竜王と争うのは危うい。その一族すべてを敵にする。


「しかたない。話だけ聞こう」ルキウスが残る剣を納めた。「それを悩みの解決に貸してやるぞ。一瞬だ、一瞬で全部が解決する」

「絶対に要らん」


「で? 要件は」

「人の礼儀では、お茶ぐらい出すものらしいが」

「態度のでかい覗き魔だ」


「こちらは戦力を出そうというのだ。いまや数は少ないが」

「イジャは敵か?」

「そうであろうよ。我らの牙も吐息もあれには相性が悪い。だが、百年以上を生きる魔術師が数人増えるだけでも助かる状況ではないかね?」


「ハイクの根本的治療はできんのか?」

「そっちか。それはできん」

「偉そうに言うな」


「よいか、子孫に何かあるたびに関与などしてみろ。血族は竜と一体化し歪な社会を作る。我ら自身にも危険がおよび、何かあれば竜族と人族との争いになる」

「常識的な事を言うな! イライラする」ルキウスが怒った。


「なんたる理不尽!」


 ルキウスは不満だったが、緑竜王を生命の木に入れることにした。彼は老人の姿となったので子供に刺激はない。


「ハイクは竜か……」


 ルキウスが呟き、庭を見た。


 こんな状況でも、子供たちは外でのんびりいていた。彼らはずっと外で土、植物、虫をいじくっていても飽きない。

 完全に放置などはされていない。多くペットがついているし、サンティーや主力外のサポートもいるのだから。

 今だって明るい声がしている。


「いいよ。かわいいねえ。その足取りが最高だよ」


 子供の近くにいるのは小柄な若い女だ。赤みがかった金髪に、晴天の空を映した瞳。


 ルキウスは何も考えず瞬時に距離を詰め、全力の蹴りをはなった。こんな住人はいない。狙いは回避されにくい胴体だ。


 ボアーン! 蹴りの起こした轟音で子供たちが一斉にビクンとした。

 蹴りは完全に空振り。女はかがんだように見えたが、そのまま下へ消えた。


 いない。女を見失った。ルキウスの索敵にかからない。かなりの異常事態。


(何かに化けたか? 次から次へと。偶然ではないな、何かが起きている)


 ルキウスが、放置することになった老人をにらんだ。彼は巻き込んでくれるなと退避していた。こんな逃げ足の速い竜は珍しい。人生経験のなせる技か。

 あれに注意を払ったどこかで侵入を許した。


 ルキウスが在宅であるため、戦力の大半は外に出ている。しかもソワラは隔離部屋内だ。

 かなりまずい。子供たちが生命の木の各所に散っていてカバーできない。

 結界を素通りしての侵入は想定していない。レイアを呼んだほうがいい。


 その前に、探していた女は急に庭の木陰から現れた。近くには子供がいる。


「何者だ?」

「予想よりすごいや。ヒヤッとしたよ」


 女はアトラクションを楽しむ顔だ。

 ルキウスは身構え、慎重に敵の状態を探査していた。何かの力で体を覆っている。


「写真を渡そうと思ってね。取りに来てくれないからさあ」


 女がヒラヒラやって見せる写真には、都市装備のルキウスが写っていた。それ以外の人物も写っている。かつてザメシハの王都に行った時の写真。


「……ディープダークか?」


 さすがのルキウスも混乱していた。後ろの竜にもにらみをきかせておかねばならない。この状況でレイドボスの疑いがある存在が生活空間に出現した。

 友好的とも敵対的とも判断しにくい。


「そうだよ。ほら」


 写真がヒラヒラと飛んできて、ルキウスは警戒しつつそれを受けた。


「本当はアリエン・セルステイっていうんだ。もう昔の名前だけどね」

「それはどこかで……どこだったかな」


「はは」女は快活に笑った。「本当に知らない。最高だね。そのまま知らなくていいよ」


「……大物の吸血鬼ヴァンパイアだ。昔の」


 ドルケル・シュットーゼが崇拝していた人物。大昔に死んでいるはずの人物。

 ルキウスの頭にある勢力図が一変してくる。死んだことにして、完全に潜んでいた。

 この工作は相手が上手。警戒レベルが上がる。


「言っとくけど、法律守ってないだけで、あまり悪いことはしてないよ」

「なるほど、それはわかる」

「でしょ。ちなみに今の名はエルだよ」


 エルは屈託のない笑みを見せた。

 ルキウスが全力で緑竜王をにらむと、「こっちは関係ないぞ」と全力で弁解した。


「なぜここがわかった? いきなり位置を特定できるはずはない。森で探っていれば気づいた」

「君さ、僕のお気に入りの銀器を持っているよね」


 ルキウスは心当たりを探すのに時間がかかった。しかし窓際の棚に置かれたそれを思い出した。今日も見ている。


「シュットーゼに管理方法を指図されたな」

「彼はこだわりの鬼だった。あれは僕の血をたたえたことがあるから、森の淵からでも大まかな方角ぐらいは追えるよ。血の術者でないと認識できない気配さ」


 これはルキウスの想定とは違った。ザメシハ経由の情報でここを探られることを予想して、途中で調査者をとらえる網を張っていたが、その上を飛び越えてここを認識された。


 しかもかなり前から認識されていたということ。その接触が今日になった理由はわかる。だから、気になる事だけ聞く。


「それは、ドルケル・シュットーゼは知ってる?」

「知ってるよ」

「やってくれたな。あの学芸員」

「ハハッハハハ」


 エルが愉快そうに体をゆする。


「あれは本当にどうしようもない男さ、でも愉快な奴だったと思うけど、どうだったかな?」

「きっと愉快な奴だった」


(滅びる時に、人の本性が出るな)


「うんうん。それでさ、ちょっと離れた位置に友人を待たせているんだけど」


「こんな場所に、千客万来ときた」


 ルキウスは、状況が致命的に動いたのを理解した。

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