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森の神による非人道的無制限緑化計画  作者: 赤森蛍石
2-6 →過去→現在→
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半島の戦い

 半島の防空魔道探査は、精霊の機嫌に左右される場合があるものの、鋭敏で精密だ。これを欺くには魔道技術が必要であり、それが不得手な帝国の航空機を捕捉するのはたやすい。


 その曇り空の下を、小皿五機の編隊が進む。


 半島の空の迎撃者であるセプテミウムの森の魔女の内、これを追うのは三名のみ。

 これを率いる最年長のルクレ・オプテフ、そしてそれに続くレンディア・セレブネンとラフィーン・カチャーの高位飛行魔女。


 彼女らが、皿に食いつける位置にいながら距離をとって監視を続けるのは――


「爆撃機には見えないね」ルクレは小皿を様々な角度から観察していた。


 小皿は小型だ。帝国の戦闘機より全高は短く、爆弾を詰められる腹が無い。

 そして推進器がない。これは弱点が見えないことを意味する。動力部も不明だが、きっと中央付近にある。円形というのは、そう思わせる形状だ。


「いかなる理由でここまで遅れをとったのでしょうね」レンディアが言った。


 彼女らの出撃は、これまでにないほど遅れた。後続は空に上げていない。なんせ、追跡している皿を巨大化させたものが西方の空に存在するらしいからだ。


「あれは響かないのさ。でも違和感はあるね。あれの道筋で、音が吸われていく違和感だよ。薄っぺらいのに、風にぶち当たっているようだね」


「見えているのです。落とせるかどうかだけが問題でしょう?」


 ラフィーンが言った。

 ルクレは答えなかった。魔法で通信していたからだ。そして終える。


「やはり前線は攻撃されてない。あれは重要拠点を素通りにしている。混乱であてになりゃしないけど」


「ずっと放置するつもりはないでしょう? おばあさま」


「尻につけば反応するかと思ったけど、ふりきる自信があるのかねえ」


 ルクレは小皿を非常に警戒していた。

 危険と感じないところが危険。状況と、あれ単品の性能が危険だと告げているが、感覚が高ぶらず鈍いままだ。どのように機動するのかも予測できない。


 高度は小皿よりさらに低く抑え、距離は二十キロほど取っている。近距離で戦う彼女らには、追跡ともいえない距離だ。

 

 空戦とは、優位な位置の取り合いだ。敵が攻撃できず、こちらだけが攻撃できる位置を慣性にあらがって奪い合う。


 敵は背を向けている。この距離でも三魔女が優位であるのは確かだ。

 あれが帝国の戦闘機であれば、操縦士が熟練兵でも今から加速してしかけて、第一撃で三機は落とせる。


「まだ、このまま行かせるよ」


「ここまで来て、様子見ですか?」


 レンディアは急かしているわけではない。純粋な疑問であり、どう落とすかだけを考えている。


「我々が未知の相手とやる必要はないね。ホツマの射手が配置につく時間はあった」


「この方角は、ホツマの都をかすめそうですけれど」


 皿は半島の南寄りを飛んでいる。南のギルイネズ内海を避けるなら、飛行ルートは限られる。


「ちょうどいいさ」ルクレは愉快そうだった。


「よろしいのですか?」

「あそこの術者が、こちらがちまちまと余計な仕事をするから、迎撃術式の出番がなくて退屈だなどと言っていやがったからね」


「それはなんと世間知らずでしょう」


 ラフィーンが上機嫌で笑う。


「帝国軍だとわかっていれば、すぐにやるのですけれど」

「ああ、帝国にしては妙だよ。陸軍を無視して、単独でここまで来るなんてね。都の手前のサンガ山砦まで行けば、対空射撃が来る。そこで食ってやろう」


 ここで、また魔法通信だ。聞いたルクレが舌打ちした。


「どうも、前線があれの群れに攻撃されたらしい。手を出したのか、出されたのかわからないけどね。武装は赤い光線と、電撃爆弾だと。つまり敵だ」


「やるということで?」


「出撃要請が来そうだが、私ら無しで、ほかを出撃させるわけにもいきやしない。あれはさっさと済ますんだ。幻影から一気に囲って、松風の舞でやる」


「〔残像/アフターイメージ〕〔馬鹿騒ぎする幻影/ホースプレイファントム〕」


 三魔女が残像をまとい、さらに自分と同質の幻影を複数展開した。これで見かけ上、魔女たちは数的優位になる。


 加えてにルクレは付近の風の精霊を戦場に呼びこもうとしたが、やめた。小皿が一斉に百八十度ターンし、空中で静止したのだ。

 あきらかに魔法的な機動。こちらへ加速してくる。接触までそう余裕はない。


「三千で一撃して散るよ」


 三人も向かってくる小皿へ加速した。距離を測りつつ、吊っていた空対空箒を一本発射し、急激な上昇と下降で上下へ分かれる。


 小皿の編隊は分断されず、上に逃れたルクレとその幻影を追った。放った箒は加速と上昇だけでかわされている。魔女に匹敵する加速旋回能力だ。赤い光線のシャワーが彼女の周囲を突き抜け空にささる。


 これは、ルクレが急な機動で空を大きく使って回避した。だが完全にふりきれない。小皿の旋回能力と精密な狙いが、ずっと追ってくる。


 そして、ルクレの幻影が一つ破壊された。運が悪い。しかし二つ、三つ、幻影が消えた。正確な狙いだ。消されてしまうと、幻影と重なって入れ替わったり、群れに混じったりして本体をごまかすことができない。


魔法破壊マジックブレイクかい、対策しているね」


 ルクレが回避に集中した。こちらの旋回能力が活きるように距離は詰めている。そうすれば、敵の照準におさまる時間は減る。


 ボーン、と、彼女を集中して追う五機が爆炎に包まれた。

 全機がルクレを追ったのだ。レンディアとラフィーンは自由、完全な形で箒が直撃した。しかし小皿に損傷無し。


「おばあさま! これは」レンディアが言った。


「相手はあたしにご執心だ。まずは追加で出力低下アウトプット・リダクションでも付与しな」


 ルクレには反撃にでる余裕がない。五対一とはいえ、そうはないことだ。とはいえ、ふたりが攻撃に集中している今の形がいい。


 そう目論んだ時、すべての小皿が反転、下方のふたりに向かった。急な動きだが、ふたりはすぐに回避運動に移行しつつ下降した。一帯が、赤い光線にまみれながらも、なんとか回避できている。


「回避に集中しな!」ルクレが強く命令した。「ずいぶんと浮気な殿方じゃないのさ」今度はルクレが小皿の尻を追う。五機いるのに彼女に一機もあたってこない。


 そしてよりふたりはより下方へ逃げる。

 敵が航空機であれば、地面すれすれで戦うことはできない。より低空が彼女らに利する。


 ただし幻影が効かない。

 幻影が威嚇的な動きで小皿を誘ったが狙ってこないのだ。これは苦しい。機動力にはいつもほどの差がない。下に広がる田舎の森にでも身を隠し、再度こちらからしかけるべきか? 着陸できることも彼女らの利だ。


 しかし小皿はある程度まで追うと、高空へ離脱しようとした。


「低空を嫌がっているらしいね」


 ルクレの目の色が変わり、極限の速度で突撃した。


 それに反応して、再び反転した赤い光が箒をかすめるも、圧力を感じる至近距離ですれ違う。ルクレがさっと短杖ワンドを振った。


「壊れな」


 ガチャン! 一機のなんらかが破壊され、真っ逆さまに落ちていく。ようやく一機だ。


 ここで初めて敵編隊が崩れ、二手に分かれた。そこをこちらのふたりも突く。


 その前にルクレが警告した。


「南! 新手だよ」

「南? そっちは魔の海しか――」


 ギルイネズ内海の上を航空機が抜けるはずはない。帝国の飛行要塞ですら、進入は避ける。あれほどの巨大さがあっても、撃沈されうる魔境なのだ。


 しかし影が迫っている。機影は三十を超えている。目の前と同じ小皿。すぐに戦域に突入してくる。


「離脱する。分が悪い」


 ルクレがすみやかに敵から離れる。ふたりも慌てて追う。


「あれを私たちがやらないなら誰が?」

「分が悪いから、手を増やすのさ」


 ルクレが加速したのは、森のある西ではなく東だった。彼女が後方を確認する。複数の編隊が追ってきている。


「防空部隊と合わせてやるんですね」

「そうだよ、苦情がきそうだけどね」


 三人は敵を引っぱりつつ、目標の地点に達した。下には町があり、多くの民家がある。ホツマの都の手前の都市だ。その奥にある山の頂にある砦から複数の矢が空へ上がる。それが彼女たちの側面を抜け、小皿の群れへ飛んだ。


 小皿が一斉にまたたいた。迎撃だ。赤が空を染め、すべての矢を燃え落ちる。小皿は精密な動きでお互いをかばえる編隊を組んでいる。下を向いたまま、前へ飛ぶという器用な体勢の機体もいた。


 これでは敵は崩せない。敵を脅かせるだけの対空火力が必要だ。


 慌てふためく人々が現れてきた下の様子を見ていたルクレは、都の方角から巨大な魔力を感じ目を見張った。それは煌めきながら燃えているようだ。


 あまりの力に、正確な姿をとらえられない。それが飛んでくる。一定の距離まできて、形がわかった。鳥の形でゆっくり羽ばたいている。

 

 霊鳥である鳳凰だ。善にして生の性質を司り、特に優れた力を持つとされている。

 都の術師が防空のために召喚したに違いない。多重に魔法をまとい、原色のオーラが渦巻いている。あふれる力には、攻防ともに圧倒的な気配がある。


「あれがしかけるのと同じタイミングやる」


 ルクレが指示し、彼女らは幻影を出し直し、箒を強化し飛行能力を引き上げる。


 小皿の編隊が魔女には目もくれず、鳳凰へ殺到する。狙うはその側面から背後。


 鳳凰は強大な魔力で球形の結界を張り、翼を広げると小皿の編隊へ突撃した。それを乱れ撃たれた光線が捉え、そのまま貫通した。


「そんな! あれほどの魔法障壁を!」


 レンディアが驚愕した。鳳凰が跡形もなく消えている。そして、小皿たちは、攻撃軌道へ入っていた魔女たちへ注目した。


 三人は即座に空対空箒を発射、離脱にきり変える。


 三人は定石どおり複雑に折り重なって見える軌道で敵を惑わし散ろうとしたが、幻影があっという間に消費され、空に鮮血が散った。


 レンディアがいくつかの光線を浴び、箒から落下していく。すべては、赤い光線の嵐に埋もれていく。この雨の中では、なんらかの残骸すら確認できない。


「レンディア!」ラフィーンが叫んだ。


「気にしている場合かい! 森を使って目くらましをやる」


「そこまでもたないかもしれませんわ」


 ラフィーンの箒は少しえぐれていた。飛行が若干ふらついている。


「あたしが引いてやる」


 ルクレが減速し、ラフィーンをつかもうとしたが、彼女は旋回してしまった。


「いいえ、活路は攻撃にしかない」

「やめな! 迎撃は精密だ。後退射撃すら可能かもしれない」


 声は届かなかった。

 ラフィーンは得意の急下降をして大地すれすれまで下がると、森の木々の間を抜けて姿をくらまし、敵の真下で垂直に近い急上昇に入った。その極限の加速を載せて最大限に強化した残っていた三本の箒を発射した。


 水平飛行する航空機の下っ腹に食いつく魔女ならではの戦闘機動。あらゆるセンサーの死角からまずは箒が襲い、敵が鈍ければ機体に張りついて直接攻撃できる。


 しかし待ち構えたように照準されていた。ラフィーンはそれにもかまわず編隊を突きぬかんと加速したが、一発目を浴びたあとは、そのまま連射を浴びるのみで、箒と一緒に小山に落ちていった。


「バカめ。いや、この敵では結果は同じか」


 ルクレは速度と山陰に隠れる軌道で、敵の射程外まで離脱した。敵編隊はいくつかにわかれ、数機が彼女を追っているが、これは距離を詰められない。


「終わる時はこんなものかね」


 砦が赤い光線を浴びている。射手が射返すが、効果はないようだ。ただし、集団魔術で発動されただろう巨大な雷が撃ちあがり、これは数機を落とした。


 しかし、その儀式場も攻撃され、魔術師たちは逃げ散った。死体は見えないが、かなりやられている。


 ルクレは敵より速い。しかし、敵は対空攻撃をまともに受けつけず、高性能で数も多いようだ。森に残った魔女ではあれの相手はできない。


 半島の国家群ではあれに勝てない。歴戦の経験が告げている。

 彼女にはあの数をやる魔力はない。それでも、逃げつつ小皿を監視していた。いまのところ敵の攻撃はいい加減なものだが、町に致命的な被害が出そうなら邪魔をする必要がある。


 攻撃の機を計っていると、黄色いひらひらした花びらが空に舞っていた。どんどん増えている。


「なんだい?」


 花びらは密度を増し、柱となって空高くまで続いた。小皿は狂ったようにそれを撃ち始めた。しかし、それが散ることはない。花びらは異様なまでひらひらとして、どんどん太い柱になっていく。


「いや、これは」  


 ルクレが気づく。花びらではなく、似た翅をもった蝶だ。大量の蝶の群れが、視界を埋め尽くすほど飛んでいる。

 対地攻撃に移行していた小皿までもが空にもどり、蝶柱に射撃を集中した。


 すべての敵が蝶柱の付近を飛び始めると、蝶は一斉に黒く変色、爆発して液状になり空に飛び散った。黒い雨が横へ降って、集中的に小皿にまとわりついていく。

 やがては、黒く染まった小皿そのものが液体になって、雨として大地に降った。


 空には何も残っていない。ルクレはあぜんとするしかなかった。

 そして近くから声がかかる。


「二千年もあれば、ちょっとした対策ぐらいはあるってねえ」


 どこからか空に上がってきた長身の魔女は、優雅に箒に腰かけていた。


「あんたは?」

「ミュシア・エリクドゥーネ」

「それは……」

「そう、あんたらの魔女サークルの設立者のひとりになる」




 隣の領国まで帰還したヒサツネはといえば、面識のあったここの家老から飛竜ワイバーンを借りうけ、自らの領国へ送ってもらった。そして、町に入りわき目もふらず自らの館へ急ぐ。しかし、途上で見知った隊列を見つけた。


「父上!」


 先代である父ムネイエの隊列だった。


「ヒサツネ? ヒサツネか! なぜここに?」


 ムネイエが隊列を止めた。


「転移にて送り届けていただいた」

「なんと! それは、いや話はあとだ。このままついてまいれ」

「何が起きたのですか?」


 ヒサツネは道中で事態の説明を受けた。父も事態を正確に理解していなかったが、とにかくやるべきことがあるようで、戦場でも見せぬほど高ぶっていた。やがて、隊列が到着したのは、寺院であり、目標はライデン家の霊廟だった。


 霊廟の中には、ヒサツネとムネイエだけが入った。

 父は香箱から香炉を出し、中身と状態を確認し、複数の香炉の位置を調整して並べていた。


 その真剣な様子に、ヒサツネは黙って待っていた。

 ムネイエはなんらかの準備を終えると、向き直った。


「本来は、当主が行うべきものだが、戦争続きで引継ぎがいまだ完了しておらぬ。そのままこの事態となったがために儀式は私が行う」


「して、その意味とは」


 ムネイエは、この霊廟内で最も存在感のある初代ライデンの石像を見やった。


「これは石像ではない。始祖様本人なのだ」

「なんと! それはいったい?」


「始祖様は将来危機が訪れたときのために、自らを未来を送ることを選択された。普通の石化ではない。頑強で容易には解けぬ石になっておる。今はそれを解く条件を満たしている。心して迎えようぞ」

「はは!」


 ヒサツネはかしこまって座りなおした。

 ムネイエはすべての香炉で香を焚き、言った。「イジャ星人」


 すべての香から莫大な煙が立ち上り、石像の足元から入り、螺旋状に回りながら全身を覆い、消えた。


 石像がみるみるうち色づいていく。青い色の甲冑姿の侍だ。それがわずかに揺れ、目を開いた。


「始祖様! 無事に石化が解かれ、教悦至極に存じます」


 ムネイエが言った。


「……どれほど時が流れた?」


 言葉に感情はない。どのような人柄かは知れなかった。


「ゾト・イーテ歴で三〇二〇年です」


 ライデンの視線が板張りの床をさまよい、何かを思案した。


「真珠はどうなった?」


 アトランティスの真珠を守ることこそが、ライデン家の役目。二千年の時を超えて、最初に気に掛ける重大な事柄、しかし、満足のいく回答はできない。


「それが」


 父は言いにくそうになって黙り、ヒサツネが変わって答えた。


「ギルイネズ内海は四百年前の大戦で汚染され魔境となり、我々が近づくのも危うい状況。アトランティス領もやや内陸に移っております。アトランティスの真珠がどうなったのかも不明」


 ライデンはインベを開き、大粒の真珠を出した。彼は何事かを考えつつ、それを眺めていたが、やがてインベにしまった。


「そうか……願い満ちずか」

「まことに申し訳なく」

「困難とは思っていた。塞がずともよい」ライデンは、腰の刀の収まりを気にした。「それで、またイジャが来たのだな?」


「状況は理解しておりません。はるか西方に黒々とした雲より巨大な器が浮いているとの由。よって、家伝に基づいて封印を解いたしだい」

「やはり滅んでいなかったか……おぬしらの力量を知りたい。それであらかた知れよう」


 ライデンがそう言って、刀を抜いた。


 ヒサツネは初代と軽く斬りあった。そして勝負にならず、簡単にいなされた。

 赤鬼のローレ・ジンを完全に超えた力量だ。


「時代は知れた。この場は火急ではないな? 戦地はどこか?」


「異変は半島のつけねを超えた辺りで。しかし、半島内で空より皿の攻撃を受けたとの報もあり」


 ムネイエが重苦しい言い方をした。


「ああ、イジャよな」


 ライデンは自然体だった。前線にずっと住む将の口ぶりだ。


「この時代に、我と同程度の力量の者が何人いる?」


「剣であればおらぬかと。帝国の最高の機装兵が、我ひとりでは勝ち目がないといった程度。しかし、それも始祖様とは比較にはならぬかと」


 ヒサツネは言わなかった。使命を果たせなかった負い目と、敬意からの盲目があったのかもしれない。始祖よりルキウスのほうが腕力はあった気がするとは――自分は思っていないとすることにした。


 ここから始祖ライデンは、まずは海を確認したと言い、ヒサツネらが同行して海に向かった。海岸に近づくのは危険行為だが、第一の望みであるのは当然だ。少数の精鋭を連れて急いだ。


 道中で、ライデンはこの時代のことを淡々と聞いていた。彼の表情は変化しなかったが、それが難局に挑む将の気配であることはヒサツネにもわかった。


 到達したギルイネズ内海の海面は、今日もどっぷりとした黒だった。


「これは無残よな」


 これにはライデンの感情があった。彼は海に刀を入れると、何度か電気を流した。そして、海岸から離れ、ヒサツネたちがいる所までもどった。


「ミズナダが生きておればと思ったが、これではな」


「始祖様の乗騎であったというあの?」

「ああ、真珠を守ってくれと思い、石になる前に解いた。だが絆がなくなれば、大海に生きる魔獣の一匹でしかない」


 そうでなくとも、サメが二千年も生きるものではない。

 ライデンは、ずっと海面をながめていたが、ときおり、西方の空を気にしていた。


「若き当主よ」

「は!」


 ヒサツネが勇んで返事をした。


「言っておかねばならぬ。我にはぬしらを守ってやるのは困難だ」

「我々がいたらぬばかりに、始祖様のご不興をかうのは当然のこと」


「違う。相手が厄災であるならば、なんであれこの剣を振るおう。だが、君たちがやりあえているルドトク帝国とやらは、我の時代では赤子に等しい。大皿一枚を割るにも、神代の戦士が百はいるのだ。これは完全な編成でのことで、普通にやるなら千でも足りん」


 ライデンは遠い空を長く凝視し、なんらかを見つけたようだったが、また水面に視線をやった。


「小皿なら百枚は斬りふせよう。しかしそれも海上であればだ。奴らは水と相性が悪い。その自覚があれば、もはや進入せぬであろう」


 話している間に、はるか遠くの海面に何かが突き出ているのを発見した。一同はこの海の危険を理解している。無言でそれを警戒した。


 それは少しずつ大きくなり、やがて海より全身が出て空を泳ぎ始めた。すうっと横に泳ぎながらこちらを観察している。完全にサメの体形であり、動きもそれだ。


「ミズナダ……か?」


 ライデンは困惑している。


 巨大で頑強な骨格はライデンの知るミズナダと類似しているが、えらからひれのつけ根の辺りに、緑のもしゃもしゃしたものが茂っている。


 それでも巨大鮫には違いない。しかし、ミズナダなら彼の知る状態の二倍以上になっている。

 それはもはや、アトラスでは乗騎に存在しない大きさだった。

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