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森の神による非人道的無制限緑化計画  作者: 赤森蛍石
2-6 →過去→現在→
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想定の外

 ルキウスは生命の木の自室に帰ると、そっと、きっちりとドアを閉めた。 


「くそがあっ!」


 ゴウと風を切り、壁を殴ろうとした拳は止まった。止めなければ、壁が複雑に割れて飛び散り大穴があき、衝撃音とともに生命の木が揺れていた。「ふー」と長いうなり声が漏れた。


 納得できない。何もかもが腹に据えかねる。


「くそめ」という呟きは舌が動いただけだった。


 彼はバク転した。一跳びで十回転はしている。超高速だ。とにかくそれをずっとやった。


「クソ、クソ、クソ、ああ! ああ、もう」


 ルキウスが着地して、そのまま着地姿勢で長く硬直し、やっと動いた。


「俺の仕事じゃねえ。俺の役割は、森林地形での最強と、人の死を緑に変えることだ。そもそもイジャ星人って何? 知らないは負けなんだよ」


 言っても、誰も何も言わない。

 窓を覗くと、下には彼が拡大してきた庭と農地が広がっている。そこで遊ぶペットと子供を見ても、落ち着けそうにない。


「どこで間違えた? 終わったはずではないのか? まさか帝国はおとり? そうだ。途中で終わらせる場合もある。あの存在自体が……」


 だとすれば、徹底的にしてやられている。どこかの誰かに敗北している。


「完全にはめられた? いや、ありえんぞ。しかし……」


 イジャ光線の意味はわかる。原理はともかく、あれを使う存在の意味はわかる。それでも勝ち目はあると思った。


「あれは索敵感度と反応が良すぎる」


 そして防御困難。少数なら勝てる。量子回路の伝達時間と、砲塔の調整の間に光線軌道から逃れるか妨害すればいい。

 だが、囲まれるとどうしようもない。戦場が森でも同じだ。ルキウスの戦術の要になる隠密状態になれない。 

 なにより、最大の標的は空だ。遠い。


「あれは絶対に拠点級星間航行船だ。それも攻めの戦い。あれが攻めてきたとしても、城ごと動いているのと同じだ。いや、規模からして丸ごと要塞の国、攻めには駒がいる」


 守る時は、いかに連携を潰し、重要な駒を無力化するか考える。駒に異常が生じれば活動は止まり、必須の駒が落ちれば退却するしかない。


 昔、宇宙基地を攻め崩すにはどうすればいいかなどと夢想したことがある。現状はそれに近い。こちらの駒は絶対的に数が足りない。


 ルキウスはいすに深くかけた。


「最初からだ。何を得て、何を失った?」


 初日、友人を得た。レイアにも会っている。森の東に出て、殺人自販機、吸血鬼、ザメシハの王都でレイドボス、ディープダーク。ザメシハとスンディの戦争、脳憑依虫ブレインディペンデンスワームの反乱。


 西で不覚にもコモンテレイを得て、アマンと会い、AIを撃破。いくらかの電子機器を得た。帝国の大軍を撃退し、一定の緑化に成功。収容所でWOとセオとゴーン、神の星を落とし、腐邪王クラプトロードを討伐し、知らない妻の遺品をもらい、華麗に和平を実現した。


「収容所では、くだんの予言があった……これか。最後の艦隊の帰還、帰還ならこれはやはり二回目以降だが、どの範囲の最後だ? 全宇宙にいるイジャがあれだけ? そんなバカな」


 予言はほかにもあった。

 望むようにはなってない。なりそうにもない。女王はミカエリぐらいだ。


 ここまでで、メルメッチとヴァルファー、次に多くのペットとエルディンが死んで弱体化した。物資と資金も失い、兵器も損耗した。加点はアマン関連ぐらい。


 対空戦闘でエルディンの存在は大きい。彼なら大皿を射程外から攻撃できた。だとしても、彼ひとりでどうこうできる相手でもない。火力が足りない。


 サンティーが千レベルでも、母艦マザーシップとはやりあえない。


 スーザオは、魔術師よりは彼らとの戦いに適している。防御できないなら、かわすしかない。速度は重要だ。ほかの坊さんもいる。しかし、敵が多すぎる。


 邪悪の森のじいさんもいた。魔法では無理だろう。そもそも彼は動かない。


 ゴーンの耳はまさに今役立っている。彼の能力は自分の近くで発動し、遠くを認識できる。イジャも数百キロ先の魔法を即座に攻撃はできない。セオはだめだ。彼の能力は近距離向きだ。


 敵は未来兵器だ。戦車や飛行機が向いている。魔法より射程が長く、科学的な攻撃なら無効化されないかもしれない。仮にイジャ光線で迎撃されたとしても、連射で突破可能だ。しかし、数で優位なのはあちらだ。


 少数のプレイヤーがあれに対抗するには、戦闘型のギルドハウスでもないと無理だ。巨大要塞や戦艦なら長距離砲撃が可能なはず。


 また、少数が柔軟な技術や独自戦略によって多数を打破しうることは、ルキウスが嬉々として注目する歴史上で繰り返された事実だが、彼の時代では定番の立体映像や粒子情報セットなどでセンサーを欺くAIの脆弱性を突く攻撃は、直接敵の装置を解析せねばならず、時間もかかる。


「やっぱりどうにもならねえぞ。しかし……にしては」


 殺人自販機のおかげで異質な存在を認識した。あれはこの世界を理解するうえで非常に重要だった。そして、アマンがあれをイジャとつなげた。


 そして、自分とは関係ないと結論した。そう考えるとすべての辻褄が合った。それが覆っている。騙されたと思う。


 だが、あれがなければイジャとの初遭遇で終わりえた。ヴァーラはそうなった。


「チュートリアルはあった。イジャもプレイヤーを知っているな。普通にやっては勝てない」


 まずは彼らを知るべき。差があるなら、敵が優位でもかまわない。不均衡は望むところだ。

 しかし、その前に、自分の認識が、世界そのものがぐらついているのだ。


「〔終末の日/ドゥームズ・デイ〕のエイリアン艦隊は存在していなかった。我々は幻を見せられている。あれは五分暴れて消える召喚型攻撃魔法だ。物体を残す必要がないなら、実物を作って消すより、当たり判定だけ再現するのが低コストなんだ。ほかの召喚や攻撃魔法も同じこと。

 破壊をうむ現象だけが本物か。ひょっとしたら、イジャには見えていない? その場合、センサーで検知できる危険なエネルギーとでも思っている。視覚も聴覚も信用ならない!

 味覚がやられたら、豆腐とパンナコッタをどうやって区別できる? 生肉なんて全部わからんぞ。ココナッツとピーナッツもだ! ハンバーグステーキとフリカデレなんて絶対にわからん。なぜかって? 同じ物だからだよ!

 なんてこった! 水平感覚もやられるぞ。紅茶がこぼれる! 無重力パーティーだ! 創作物に現実をつきつけてくれやがって!」


 ルキウスはまたムカムカしてきた。体も熱されてきた、が、急に冷えた。


「情報不足だ。考えてもわからねえ。遊ぼう」


 ルキウスが通路に出ると、赤いドレスを着た幼女がいた。ビラルウだ。

 頭にはルキウスが作った白い花飾りをしている。成長で顔は女の子っぽくなり、少しはドレスが似合うようになった。


「狩り行く」


 ビラルウが大きな銃を背負って言った。


「ルッキー、トテモ、イソガシイ」


 ルキウスが宇宙人っぽく言った。彼はやりつつ、イジャがこんな感じだったら殴ろうと心に誓った。


「忙しくない」

「ちょっと忙しい」


 ルキウスがビラルウを抱え上げた。彼女は人形みたいに手足をプラプラしている。


「狩り行く」


 ビラルウが同じ調子で繰り返す。


「今日は無理だな」


 ルキウスはエレベーターに向かった。


「いつ行く?」

「忙しくなくなったらな」

「いつ?」

「キウイがおいしくなる頃かな」


 ルキウスがエレベーターに乗って起動させた。


「飛ばないの?」

「壊れて落下するかもしれないスリルを体験したい気分なんだ。楽しい?」


 彼はぴょんぴょん跳ねた。まだ魔力が回復していない。かなり無理をした。


「狩りは?」


 幼児はまったく楽しそうではない。


「庭でマンゴスチン狩りでもしよう」

「やだ」

「おいしいって言ってた」

「動かないのは狩りじゃない」

「逃げ足の速いマンゴスチンを用意するから」

「やだ」

「よく運動して健康に育ったおいしいマンゴスチンだ」

「きもい」


 ルキウスが地味におちこみ、一階に着き、ビラルウを抱えたまま外に出た。


「じゃあ何か好きな物をあげよう」

「甘いの」

「甘いのばっかりは大きくなれない」

「狩り行く」


 永久にループしそうだ。そこに元気なサンティーがやってきた。


「訓練に出よう。ついでに肉がうまい獲物だ」

「そっちもかよ」

「いや、無理ならいいけど」

「狩り行く」


 味方を得たビラルウが若干パワーアップした。


「やる気あるなあ。新兵に見習わせたい」


 サンティーが言った。ルキウスはビラルウを下に置いた。


「なんか好きなもの植えてやるから言え」

「え! いいの? じゃあイチゴ」


 サンティーが即答した。


「気候調整したのが実ったばかりだろ」

「全部食べた」


 かなり広いイチゴ畑には、赤い果実が一つもない。痕跡からして、幼児とペットも動員されている。

 ルキウスがビラルウに言った。


「食べた?」

「食べた」

「あれは管理難しいのに。本当に増やすのか?」


 ルキウスがサンティーに確認した。


「いつも魔法でなんとかしてるじゃん」

「あれは加減が難しい。力入れると、果実が成熟しだい爆発して種ばらまいた」

「とにかく、腐るって言ってたから急いで食べた」

「実ったもんが一日で腐らねえよ。青いうちから食べやがって」


 ルキウスは残っていた小さな緑のイチゴをいくつかもいだ。それはすぐに赤くなると枯れはて、種を残した。


 彼らは何も植えていない広い土地まで来た。食料増産用に開拓した土地だ。


「ここって、なんか計画があったんじゃないか?」

「いいんだ。土は、まあ、なんとかなるか」


 ルキウスは大地に手を入れ、魔法で土を成型すると、種をフッと吹いた。種をゆっくりと宙を舞い、順に土に着地して、早く落ちた種からどんどん発芽して育った。かなりの広域に緑の葉が茂っている。


「実が無いのが多いぞ」サンティーが畑を走って確認する。「あ! 花があるぞ」


「順番に実るようにした。あとのは受粉が必要だが」


 ルキウスはビラルウをサンティーに押しつけて、強引にイチゴ狩りに移行させた。ついてきそうな気配があったのでさっさと逃げる。


 だがふりきれなかった。彼女は口にイチゴを数個つっこみ、さらに手に持ってとことこ追ってきた。持てないほど重い物にするべきだった。


「狩りは行かないからな」


 ルキウスがあきらめて減速した。


「お花出して」

「花好きだな。いいぞ花畑ぐらい作ってやる。花の名前は覚えたか? なんでもいいぞ」


 ビラルウはじっとルキウスを観察した。それから言う。


「タンポポ」

「ほら」


 ルキウスが瞬時に花々が輝いて見えるほど鮮やかなタンポポの群落を作った。

 それにビラルウが手を伸ばすと――ゾゾゾ、と花畑が逃げた。


「きもい」


 ビラルウが手を引き、全身もあからさまにひいた。それに反撃するように、「バーカバーカ」と合唱を始めたのはタンポポの花畑だった。どこから声が出ているのかわからないが、か細い声の耳にさわる合唱だ。

 これをビラルウは顔をしかめ、猛烈に警戒した。


「やっぱり強くやりすぎたな。でも狩りには使える」


 ルキウスは納得していた。


「花で狩りはしない」


 ビラルウがルキウスに銃を向けようとしたが、彼が銃口を押さえた。


「大きくなったんだから、ルッキーみたいに平和的解決を覚えないとな。ルッキー以外に当たったら危ないぞ」

「ルッキーしか撃たない」


 幼女は自信に満ちていた。


「ザーコ、オニババア、ヒキョウモノ」


 タンポポが、手の届かない距離で左右に揺れながら挑発的に走りつつ合唱した。


 ビラルウが優雅なとりまわしで銃を構え、即座にタンポポにプラズマを撃ちこんだ。密生していたタンポポが散り散りに逃げる。それにも、的確に撃ちこんでいく。


 ルキウスは彼女が極限の集中をしめしている間に逃亡した。


 逃げた先には作業着姿のミカエリがいた。ミツバチの巣箱をのぞいている。


「ハチの良さがわかってきたかな。巣作りの芸術性がアリにない売りだぞ」


「ルキウス様」ミカエリが振り返る。「ええ、それはわかります。でも私の考える違いは健気さです。ミツバチはよく捕食されている気がします。その身をもって環境に貢献しているようです」


「そこはアリも同じだ」

「アリが食べられているところはあまり見ないです」


「よく小鳥についばまれている」

「小鳥は近づくと逃げてしまいますものね」


「宇宙人が攻めてきたんだけど」とルキウスは言うのをやめて、「巨大な空飛ぶハチの巣と、それに見合った大きさのハチが町に攻めてきたらどう対処する?」


「こっそり育てていた大殺人蜂ジャイアントキラービーが逃げたのですか?」

「私はそんなまぬけではない。そもそも彼らは自由だ。翅がある」


「ルキウス様なら、虫などたやすく操れるのでは?」


 ミカエリはルキウスが何かやらかしたと断定している、


「一般人が対処する前提の話だ」


「それより強いハチを連れてくれば、天敵になるのでは? そちらが残るでしょうけど」


 ミカエリが上品に笑った。


「状況が悪化したな」ルキウスも皮肉的に笑う。


「当初の目的は完遂です」ミカエリがすまして言った。


「根本的に解決してくれ」

「ならば、巣を潰さないといけません。以前クマが巣を襲うと言っていましたね。なら巨大なクマを呼びましょう。天敵は常にいるものです」


「ミツバチなら蜜があるから来るがな。こいつは違う。もっとも、ミツバチなら空から蜜が垂れて大惨事になる。ベタベタ地獄はけっこうな災害だぞ」

「そう……」ミカエリは少し考え、「肉食のハチなのでしょうね。ここにはいません。巣の具体的な大きさは?」

「町と同じぐらいで、その町の人間が対処する」

「それは戦争ですね。火でもつけますか?」

「このハチの巣はとても燃えにくい。金属製だから」

「なら下から燻しましょう。町を燃やせばいいわ」

「一定の効果はありそうだが、解決までいくかな?」


「これは難題です。ルキウス様ならどうされるのですか?」

「ハチの友達でも連れてきて、お帰りいただけるように説得してもらおうか」

「現実的ではありません」

「創造的な対策のほうが面白い」

「あなたは、やはり選ばれた側のお方ですのね」

「まあまあそうだよ」


「ではお答えしましょう。事が庶民のものならば、最初からやることは一つ。対処できる人に頼むのです」

「身もふたもない」


「庶民にできる最善だと思います。庶民は知恵も薬剤も魔道具もない。金をかき集めるのが関の山。それで無理なら逃散です」

「なるほど、現実は楽しくない」


 ここでソワラから通信がきた。


「ルキウス様、全員そろいました」



 会議室に行くと、普段のメンバーがそろい、さらにレイアとアマンもいた。


「帝国の首都にイジャ星人とみられる艦隊が出現、帝国が深刻な被害を受けました。それを受けての対策会議となります」


 ソワラが言うと、すぐにマリナリが続く。


「報告するのでございます。コモンテレイは警備軍と市民軍が警戒態勢に入りました。さらに大型野砲を配備中」


 ルキウスは聞きつつ別の事を考えていた。帝国があの状態なら、条約で渡すことになっていた品は渡せない。金に換えられる。


 あれらは森で収集した品々。そう、悪魔の森の探索はルキウスの特権だった。

 これまでに森で掘り返した物の中に、事態を打開できる品があるだろうか?

 無ければ、これからでも探すべきか?


「帝都内の遠視は困難です」カサンドラが言った。「見える前か、見えた直後に術が破壊される。超遠距離より観察したところ、大皿から発動位置を撃たれています。あの近辺で魔法の維持は不可能でありましょう」


 次にアマンが話すか迷ったところで、ターラレンが言った。


「シュケリーは月が落ちてきたと言っています。今や空に感じるものはなく、帝国の方角に存在を感じております。あきらかにあれを探知しておる。あれらの意志などの影響がないことは確認しております。彼女は有用かもしれませぬ」


 シュケリー、ルキウスは完全に見落としていた。惑星外は思慮の外だった。

 力が使えるのは惑星の近くだけ。しかしその力で遠くを見ることはできる。ルキウス自身がやっていることだ。


 視覚とは、光、つまり電磁波の反射による情報取得。


 月にいたイジャがなんらかの電磁波に干渉するなら、いるかどうかぐらいは判別できる。惑星がシステムを通じてシュケリーに感覚として、その情報を渡した。


(奇妙だな。彼女の能力は幼少からだ。イジャはずっと月にいたことになってしまう。長々と何をやっていた?)


「アマン・ヴァーリーさんどうぞ」ソワラが言った。


「あれはやはりイジャだと思います。その、自信はないのですが、あのサイズは、ほかに類似する船がありません。あれは大皿ことイジャ母艦マザーシップです。でも記憶とはちょっと外装が違う。亜種かもしれない」


 アマンは続けた。


「小皿と呼ばれる戦闘機ファイターにはイジャ星人が乗っています。彼らは空間戦闘を名誉とする文化で、あれは空間の支配を体現する姿とされています。宇宙に広がっていく自らを表現しているのです」


 有人機、ハッキングなどの電子戦に対する根源的処方ではあるものの、一定の不合理をはらむ。


(中身がいる。伝染病ならどうだ? 感染者を撃つわけにはいかない……だめだな。宇宙船なら対策はある。隔離は容易、巨大すぎるし、被害は限定される。牽制程度だ。心理戦には使える。イジャの心理はわからんが)


「そもそも、あれが我々に有害か不明だ」


 ヴァルファーが言った。


「敵だ」ルキウスが口を開く。「あれはこの惑星の全生物と相いれない」


「叩き潰すということで?」

「そうだ。その前提で話すように」


「その前に、皇帝が死亡した可能性がございます」マリナリが言った。「一般には死体無しでの復活は困難とされてございますので、こちらで復活させれば身柄を確保可能でございます。その他の要人も同じ手法が」


「皇帝は復活を試みろ。成功した場合は会う。ここならいい料理を食わせてやれるな。期せずして、初めて国家元首を招く機会になったな」


 ルキウスが余裕をもって楽しみそうに言った。

 帝国は争いの中心。帝国軍は駒になる。状況の推移は、この駒の数と性能にかかっている。


「優位な関係が築けますね」ソワラが言った。


「帝国軍の情報は?」ヴァルファーが言った。


「帝国内は混乱していました」ソワラが応じた。「一定の指揮系統は維持されていますが、首都が壊滅したなら、まとまった動きはまだでしょう」


「やはりあれに効果的な攻撃はないということで?」


 ヴァルファーがアマンに確認する、


「イベントなら飛行艦隊が準備されていますからね。とにかくシールドを抜ける破壊力の遠距離攻撃です」アマンが言った。


「味方の船は何隻ぐらいですか?」

「数百は飛んでた」


 アマンがレイアに同意の視線を送り、彼女が首肯した。


「一隻一パーティー計算でも、千人ぐらいは必要な敵だということになります」


 ヴァルファーが無感情に言った。


「地上からも接近はできるぞ」ルキウスが言った。


「危険ですぐにやめたと聞いていますが」


「一定距離まで行ったら、赤い雨が降った。あれの下が迎撃レーザーの山だ。といっても行かせたのは感覚移転した幻影だが、瞬殺された」


「それはイベントではないですね」アマンが言った。「あれは飛行戦ですから」


「空中戦はできるだけ避けて中に入るのが定石かと」ヴァルファーがいい、ルキウスが答える。「わかっている。壊滅的に不利だ。あれに魔法破壊能力がなくてもな」


 この回答に、ヴァルファーがわずかな安心と満足を得る。


「別イベントで艦内戦闘もありますが、母艦マザーシップの中は、迎撃兵器の巣です」アマンが言った。「もっとその時は、着陸して補修中を攻撃するので状況が違う」


「中に転移はできないのかい?」アブラヘルが言った。


「アトラスなら無理ですね。でもダンジョンなんかの奥に飛べないのは、イベント仕様だから、ここは違うかも」


「それは魔術チームでテスト方法を考えます」ヴァルファーが言った。


(大皿に入れさえすれば、いろいろやれる。虫の大群をはなてば恐怖するだろう。しかし、発生量は魔道具で出せる分だ。そもそも中で魔法が使えるのか? 力が無効化されたら終わり。それがなくとも、やはり城攻め、厳しい)


 敵の射程外から母艦マザーシップを破壊できる一撃をやるのが理想。いや、破壊するのは少しずつでもいい。


(攻めとは、奇襲でなければならない。物理的、心理的に想定外の攻撃だ。イジャはこちらの魔法やスキルをすべて理解しているか? きっと無理だ。だから、特殊な現象で攻撃してくる、ぐらいで大きく構えている。この想定は超えられない。イジャ光線に対抗できる兵器だけで叩くなら、正面からやりあうということになる)


 こちらの資金が豊富なら、毎日召喚体をけしかけることができた。今でも弱くていいなら数は出せる。


(万全でできたとして、やるか? きっとやらない。有効だが、詰めきれるかわからん。とりあえず効くからやっておく、で勝てる状況ではない)


 敵の財布事情はどうか? 彼らは資材をあさっていた。月の資源が万全とは思えない。彼らの楽園ではない。どこから来たのか知らないが、物資があればもっと兵器を展開するはず。


(イジャにも不測の事態が生じている? そうでなければ、おそらく大皿をやっても終わっている。だとすれば、時との戦いになる)


 分散した攻撃で戦場を増やして小皿を散らし、少数になったところを叩くのを繰り返すぐらいなら現状でも可能。

 イジャの判断者がAIでなければ、ストレスで判断を誤りうる。


「勘だが」ルキウスがきりだした。「イジャは万全ではない」


「ルキウス様が言われるならそのとおりです」ソワラが言った。


「それを確定させる。まずはイジャの観察と分析だ。最大の目的は捕虜の確保とする」


「もっともです」ヴァルファーが言った。「そもそも、イジャの目的が不明です」


「少しは見当がついている」

「あの接触だけで?」

「最初の攻撃目標は宇宙船だったと思っている」


 ルキウスが言った。


「……帝都の地下にあるという?」

「あれ自体が強力な上に、WOを満載していた」

「それを探知して攻撃したと。ならば次は北のアクロイドン収容所です」


 ヴァルファーが言った。マリナリがルキウスを窺うと、彼が言った。


「ここの可能性もある」


 一同がわずかに緊張した。

 二隻のイジャ巡洋艦クルーザー母艦マザーシップの東に配置されていた。あの方角は悪魔の森だ。


(魔法は破壊されるが、魔法で出した実体は残る。天候型の魔法は実体があるはずだが、空間に対して発動しているから、一部が破壊されただけで全体が無効化される。

 やりようはある。あの西の山で雪雲を生めば、あとは自然の風で東に流れる。雪ごときであれのレーダーを欺けはしない、が、分厚い積雪に潜める可能性はあるし、自律兵器の行動阻害をできる。

 しかし、雲より高度を上げられると意味が――そもそもあの高度は――帝国の星が落ちたから、その隙間に入ってきた?)


 未回収地の空には、東西に二つの衛星がある。

 なら攻めては来ない? いや、あれに衛星が落とせないとは思えない。まだよくわからない。


「アマン、小皿を鹵獲すれば、使えるようにできるか?」


 ルキウスがたずねた。


「どのような用途で?」


「あれに爆弾でも乗せて、大皿に着艦させられるかなって」

「現物があればやってみますが、期待しないでほしいです」


 アマンは困り顔だ。


「まずは情報収集ですが、次の作戦を決めるには、資金の問題が」


 ヴァルファーはやや口が重くなった。


「第三分類まで売却を許可する。非軍需品からだ」


 ルキウスが即答した。


「ウリコに選定させます」


 ルキウスの所持品は重要性に応じて五段階で評価されている。


 最重要の五は、常時使用している装備品や状況に応じて切り替える装備、回復役など、必須のもの。これの損失は即時能力の低下を意味する。


 四は、五よりやや劣る装備や兵器、強力な魔道具、魔法の威力を上げる触媒、 数は一番少ない。

 

 三は実用価値があるが、彼らの生存に大きく影響しない物だ。

 この分類が最も多い。これを売るのは大きな判断だ。ここに位置する物は、実りを増やす、結界を張る、自立型の使用人を出す、など特定の状況では有用だ。

 外部でも価値があり、緑化機関の能力を高めるのに装備を貸与している。外部の人間が扱える限度といえる。マウタリに渡したのもこの分類。


「敵が特殊であるため、優先順位も変わる。特殊な効果があるものは残しておけ。何かを出力するタイプは効くかもしれん。直接確認するから」

「わかりました」


「そっちで情報取集と作戦立案を進めろ」ルキウスが席を立った。「私はコモンテレイの様子を確認して、迎撃に使えそうな森を造っておく。あれには相性が悪いが、無いよりはいい。時間があれば邪悪の森で狩りをして資金にできるものを増やしておく。緊急なら呼べ。まあ勝つから心配するな」


 ルキウスがコモンテレイに出ると、町を歩くハンターはやや緊張していた。見えずとも、あの巨大な異物を感じているのかもしれない。


 彼は面倒を避け、すぐに農地に行くため森に入った。食料の問題が発生しないように、余裕があるあいだに増やしておいたほうがいい。

 それを目ざとく発見したのがけわしい顔をしたスーザオだった。


「お前っ! ずっといなかったじゃねえか!」

「なんだ? やるのか?」


 ルキウスがこれまでにない返しをしたが、スーザオはいつもどおり。


「やるに決まってるだろぉうがあぁ!」


「ほかにも強いのが増えたと思うんだが」

「お前をやらねえと次はねえだろうが! ほかはどうううでもイィ」


 長く会っていないせいかヒステリーになった。絶叫ストーカー系男子だ。


「あのでかい爺さんも来ただろ」

「てめえ! あんなもん呼びやがって、絶対殺すからな」

「そうか。なら殺す気で来い。弱いんだから」


 ルキウスが軽いステップを踏んで構えた。それは両手をネコの手にしたふざけた構えだった。


「ぶっ殺してやらぁ」


 スーザオが極限まで気をまとった。その気がふくらみ揺らぐと同時、彼はレーザーのごとく撃ちだされた。二人の距離が消え、正拳がルキウスのほおでバン! と音を立てる。これはルキウスが手のひらで受けている。ただし、その手ごと顔面に叩きつけられ、顔がのけぞった。


「死ねい!」


 スーザオの連撃だ。次の繰り出されたそれは、鋭利にして静かな首筋を狙った突き。飛び散った鮮血は、首をかばって受けたルキウスの右手。


 それを同時に「オラァ!」と吠えていたのはルキウスだった。


 バガン! 

 ルキウスのなんの技もない蹴りが、スーザオの肩にめりこみ、彼は数キロ先まで吹っ飛んでいった。肩は完全に砕けただろう。


「十年もあれば、森でも純粋な格闘戦では負けるな」


 ルキウスが何もなかったかのように農地の確認をしていると「フォレスト殿」とあらたまった声がかかった。ヒサツネ・ライデンだった。


「本国から理解しがたい天変地異の知らせが来ておりますが、そちらは何かご存じないか?」

「帝国で大きな騒乱があったのさ」

「それはどのような?」

「さあな。君は帰国すべきかもしれないし、しないべきかもしれない」

「いかなる意味か?」

「帰ったほうが危険かもしれない」


 ルキウスがさわやかな笑顔で言った。


「領国が危険ならば、留守にできぬ。急ぎ帰りの手配していただきたい」

「何が起きたかも言っていないが」

「この目で見ればわかること。たずねるまでもない」

「すぐに帰りたい?」

「無論」


 それから一時間もしないうち、ヒサツネは近習二人だけを伴い、領国の隣国にいた。


 交通手段はソワラの瞬間移動テレポートだった。

 彼女は三人が初の転移にガチガチになっているあいだに、「では、お気をつけて」と残し消えた。


 山景から察するに、面識のある領主の治める土地の中でもやや田舎だ。事情を話して、交通手段を借りる必要がある。


 彼らが道を急いでいると、碁石のような黒くて丸い影が上空をスウッと飛んでいった。


「なんだあれは? あの音がない」


 ヒサツネは困惑した。


「新たな帝国の航空機では!? 急ぎましょう!」


 近習がせかし、彼らは全力で駆けた。

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