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森の神による非人道的無制限緑化計画  作者: 赤森蛍石
2-6 →過去→現在→
312/359

帝国の戦い

同日 未明 ルドトク帝国軍クロトア半島方面軍司令部 


 司令部の大型モニターに映っているのは、地形図や作戦のフローチャートではなく、やや緑がかった暗視の映像だった。


 曇天の暗闇に、揺らめく小さな白がいくつか。そこからたなびく煙が出ている。


 位置は、帝国本土から東北東の約五百キロの海上。半島の外洋側を警戒する第二艦隊からの映像。


 通常の光学センサーでは、海上を複数の炎が移動しているように見える。拡大してもはっきりしなかった。

 暗視で輪郭をとらえたが、巨大な物体が数か所が炎上していることしかわからない。飛行物が巨大すぎるのだ。


「帝都の緊急迎撃態勢の段階は?」


 軍務大臣にして参謀総長であるポウル・ホルスト元帥は、首都東方のクロトア半島方面司令部にいた。第二軍と第三軍により構成された軍だ。


「首都防衛部隊はおおむね配置に。周辺軍は急いでいます。再編中の師団が混乱しているもよう」


 現地司令部のワイリー少将が補佐についている。自身に付随する人員は参謀本部との連携を担当している。


 ホルストがここにいるのは、半島前線の視察中にルキウスが帝都を直撃する事件が発生したため、帝都が危険地帯となったためだ。


「ギフ空軍基地の即応隊、飛行物の南三十ラッツに到達。対象の高度は、下部で二千八百とのこと。速度と進行方向の計測困難。計測が妨害されています」


 対象物が巨大で、レーダーもまともに捕捉できていない。しかし大きさとは別にレーダーがぼやける。なにか電波の反射を妨げる要素をもっている。

 これはかつて、大皿と呼ばれた存在とかなり似ていた。


「やはり古典的な手段が必要になった。測量の準備は?」


 ホルストが確認した。


「すでに開始していますが……」


 慣れないやり方だ。現場はやや遅れる。すぐにわかることをたずねる。


「魔力反応は?」

「推定距離二十一ラッツで、七から十」

「低いな」


 火が魔法的なものでなければ、損傷していると思われる。しばらく前に観測された空の輝きとの関連性をうかがわせた。


「進路・速度の特定急げ。特定できしだい報告を。これは即応隊を後方にまわして測れ、ただし近づくな。拡大映像はまだか?」

「映像出ます」


 大型モニターの映像が切り替わった。物体には多少のおうとつがあるが、ほぼ面でしかなく、構造から意味を読み取れない。


「あれから情報を得られる者は?」


 ホルストが言った。


「小さな円の模様は、格納型の砲塔かもしれません」


 技官が言った。


「そう見えなくもないが、特定は?」

「できません。観測データが異常」

「応援が到着したら、一小隊は限界まで接近させろ。極限までだ」

「第十一航空大隊から一小隊を接近させます。到着まで三分ほど」


 ワイリーが言った。


「可能なだけの哨戒艦を現場に向かわせろ」

「哨戒艦ですか?」


 ワイリーが聞き返した。


「パイロットを回収するためだ。下からの監視は不要。航空機で行う。飛行物の進路は避けさせよ」

「了解」

「こちらの信号には無反応か?」

「全信号反応なし」


 拡大映像が、火が出ている部分で止まった。穴があいて、小さなものがうじゃうちゃと集結している。よく見れば浮遊する球体で、五、六本の触手が生えている。その一本から何かを吹き、破損部につけている。それが火をけしつつ、凝固して壁になっていく。


「修復中のようだな。奇妙だが機械だ。発掘品にはあのようなものがある。だが、あれにどのような政治的都合があろうと、本土に侵入させることはありえん」


 軍の知性たる将官がそろう司令部にあって、思考しているのはホルストだけだ。


 将官は、おのおのやるべきことをやっている。職責は果たしている。

 しかしそれ以上の戦略を打ち出すことはできていない。

 解決すべき問題が軍事的レベルにあるかどうかの時点で、思考が停滞している。


 巨大な魔物の襲撃は想定にある。魔術によるあらゆる妨害への対処もつねに意識にある。あらゆる敵の襲撃も、裏切りも想定している。


 しかしこれは想定にはない。あまりに堂々と、巨大な物体が来ている。


 伝説にある空飛ぶ島でもあれよりは小さい。あんなものが浮いていては、どこにあってもわかる。


 あれを製造できる文明に勝てる可能性は低い。しかし、そんな文明は存在しない。海外の文明にそんなものがあれば、もっと早く大陸に来ている。


 兵器としても、不適切なサイズだ。なにかの拍子に神代の遺跡が自動起動した可能性もある。考えるほど理解しがたい存在だ。


 それでも、ホルストは最優先すべきことがわかっていた。


 まず反応をひきだす。そのための特殊装備に換装した戦闘機が向かっている。

 敵であるなら、すみやかに攻撃をひきださなければならない。そして、どのような損害をだしても、最終的に勝利し、国体を維持する。

 物資の要求などなら交渉の余地がある。それは政治の仕事だ。


「アイデ、ここまでの所感は?」


 ホルストが第二軍司令のアイデにたずねた。


「あの野郎は半島の兵器とは思えん。その場合、半島との情勢も変化する」

「あれが敵なら停戦せよと?」

「やむを得ないことだ」

「変わったな」

「ここのところ、ふざけたことが続く」

「やはり、意思疎通が不可能な場合、領海に入りしだい撃墜する」


 ホルストが生体認証用のグローブを慎重に装着した。帝都の防衛システムと確実に接続されている。


「問答無用の即時撃墜ですな? 参謀総長」


「都市上空に入れば攻撃できん。動力部と推進器を確認できたか?」


「未確認」技術士官が答えた。「デメ・ジャーガのような空力に配慮したデザインではありません。赤外線センサーは赤一色です。エネルギーシールドかと」


「第二軍の火力ではやれん。あれが張りぼてでもないかぎりは」


 アイデが言った。第二軍には大量の野砲があるが、多くが小型で対人用だ。空を狙うと射程は短い。


「死蔵品を使う。まともな部類のものだ。そのあとに一軍も攻撃する」 

「帝都が前線となるとはな」


 アイデが額の汗をぬぐった。


「中央航空艦隊、予定地点に到着」


 オペレーターが言った。

 空中要塞デメ・ジャーガと、三隻の空中空母から発進した戦闘機群が飛行物の近辺に展開していく。戦闘機は二百ほどいる。

 第二軍と第三軍の戦闘機も三百ほどが発進予定だ。


「中央航空艦隊は、距離で飛行物の南側面を維持。進路妨害は不要。魔道追撃弾などは飛行物の進路で爆発させろ」

「了解」


「魔道追撃弾、飛行物の進路で爆発」


 モニターに小さな爆発が映る。

 ホルストはやや待って言った。


「反応は?」

「確認できず」

「威嚇射撃を行え。さらに非攻撃性の干渉魔法を総当たりだ」

「高度が三千百に変化、四千のデータもあります。再計測中」

「計測地点は同じか?」

「確認させます」

「速度出ました。飛行物の時速千二百ラッツ、三十四分でカカテト沖に侵入します」


 ワイリーが言った。そこから陸上を進めばすぐに帝都だ。あれは帝国の心臓部へ直進している。


(敵であるなら、性能に自信がある。そうでないなら、こちらを誘っている。前のめりにならんほうがいいが、減速はさせたい)


「高度、最低は三千、最高は七千になっています。再計測中」


 オペレーターが言った。


「おそらく正確だ」ホルストが言った。「あれが、傾いてきているのだ」


 飛行物は巨大で全景がわかりにくいが、わずかに傾いている。進行方向の前部分を起こしてきている。


 水平を失えば、中では様々な備品が倒れ転がる。大型船の揺れですら深刻な問題を生じる。あれほどの大きさなら破滅をまねくに十分だが、技術で解決しているのだろう。


 その意図は理解しがたいが、状況を考慮すれば戦闘準備ととるべき。


 さらに、傾いてわかった。あれは円形だ。円は均質性をもつ図形。


 中心に力の源を配置し周囲へ均等に分配でき、弾性があれば外部から圧力も分散できる。逆に中心に力を集めることもできる。魔術ではよくある構造だ。螺旋の道筋をつけるときもある。


 やはり、飛行物の中心には、ほかの部位と違うなんらかの構造が確認できる。


 ホルストは飛行物のおおまかなサイズを爆撃機におきなおし、周囲の地形を考えなおした。その場合、帝都はすでに手ひどいストレートをくらう距離にある。


「帝都の防御障壁の起動準備を再確認させろ」


 帝都の最終防衛網は神代の発掘兵器の巣だ。

 帝国は発掘品の兵器をあまり前線には投入しない。運用に不慣れで有効的に使えないばかりか、敵に奪取されるおそれがある。中でも弾頭は使用されない。使いきりで、戦果予想が困難だ。


 しかし、敵が海上なら何も気にせず使える。

 ホルストは確認する。


「飛行物は前進は続けているか?」

「前進状態維持。同時に傾きもすすんでいます」

「飛行物に反応あり、上方から複数の大型構造物が分離。南北へ移動中」


 別のオペレーターが割りこむ。これは映像でも確認できる。とがった巨大飛行物がかなりの速度で発射された。さらに割りこみが続く。


「飛行物の各所から小型飛行物が複数出現! 数は――百以上。増加中!」


「皿みてえな形だが」


 アイデが口を開くと、モニター上で細い光線が走った。そして小さな爆発。


「即応隊、被弾、撃墜されました!」

「すべての飛行物を敵と認定、戦闘開始」ホルストが号令を発した。「中央空母艦隊は南に後退しつつ敵を誘因。戦域をデテクレウ地域上空に移せ。対空砲と連携して迎撃する。三十五師団らに状況を理解させろ。第三防衛作戦に移行だ。引き続き、前線の部隊を後退させろ」


 空戦が始まった。こちらの誘導弾の爆発と敵の赤い光線が夜空を彩る。


「敵機、五百を超えました。依然増加中」


「あれが空母なら一万機ではすむまい」


 これはホルストの想定どおりだ。全空軍でも、正面衝突では勝てない。


「ジェンタス粒子が作戦領域の一部で減少。巨大飛行物の中心ではほぼ消失」


 これは想定外の異様。しかしことがあれの中心となれば


「帝都の陛下を退避させよ! 緊急だ!」ホルストがどなった。


「シェルターに入られたとのこと」

「よし、帝都の防御障壁の起動を」

「部隊の配備に混乱が発生するかと」ワイリーが言った。

「許容する。障壁は維持せよ」


 障壁はあらゆる攻撃から帝都の市域を遮断し防衛する。神代の兵器ですら一発、二発では破壊できない。


「神の鉄槌システム準備完了です」

「すぐに全弾同時発射する。戦闘中の部隊は可能な範囲で退避を」


 聞いたオペレーターたちが目まぐるしく通信を行い、すぐに態勢を整える。空戦は不利に推移しており、敵機はあまり撃墜できていない。デメ・ジャーガが前に出て、被弾しつつ耐えている。


 ホルストがグローブをはめた手で何かに触れる動作をすると、発射装置の立体映像が表示された。彼はそれが目の前に実在するように操作し、装置から露出した針に指先を刺した。滴る血が装置を赤く点灯させると、装置が開く。中には鍵盤のようなスイッチが並んでいた。


 彼はそれをすべて押した。


「反物質弾頭六と、ダミー二十二、発射されました。着弾まで約百九十秒」


 レーダーに注目を誘う印が出現した。帝都の西から発射された巡航ミサイルは、強力な魔法を帯びており、戦闘機をはるかに超える速度で確実に目標に向かう。


 これと同時に、戦場に近い地点からロケット弾が千発近く発射された。さらに数少ない対魔法長距離ミサイルも発射されている。


 このような用途の兵器ではないが、対象物は巨大だ。すべて命中する。


 モニターに太い赤の光線が映った。戦闘機の光線ではない。分離したとがった飛行物から放たれたものだ。それが戦場を貫いた。

 さらに射撃が続く。


「反物質弾頭迎撃されました! 続いて二機目、残弾四」


 弾頭はまだ戦域に入っていない。百キロ以上距離がある。そして海面に近い低空を飛んでいるはずだ。


「ダミーは迎撃されたか?」ホルストが言った。

「ダミーは――すべて健在」


(識別されている! がわのムルキベルミサイルの性能はすべて同じだが)


「着弾までは?」

「三十六秒」


 急に複数のモニターの映像が乱れた。一部は壊れたのか黒いままだ。もどったモニターは白一色で揺れている。オペレーターが叫ぶ。


「デメ・ジャーガ轟沈! デメ・ジャーガ轟沈です」

「なんてざまだ」


 アイデが声を漏らした。


 やったのはとがった物の主砲だ。後方の空中空母も危ういが、現場が対処する。ここからできることはない。


「反物質弾頭、さらに一機撃墜されました。残機三。も数発撃墜。これは敵戦闘機です」

「着弾までは!?」

「十二、十一――」


 十を数えるあいだにさらに一機やられた。しかし、二機はすでに戦闘の中心となっている領域を超えた。そしてカウントはゼロ。


 二つの光が広がっていき、巨大な飛行物を覆い隠した。遅れてその衝撃が戦域をなめていく。司令部も光で照らされているはずだ。


「各所で通信に障害」ワイリーが言った。


 一発で大都市一つを灰にする弾頭。二発でも致命的。

 やがてモニターに映像がもどる。


「馬鹿な」


 飛行物には炎上している部位が広がっており、ダメージがある。しかし、形は変わっていない。損害の大半は装甲にとどまっているに違いない。


「命中部位を視認できるか?」ホルストがたずねた。

「すでに接近できないかと」

「……こちらの迎撃部隊は上がったな?」

「ほぼ上がっています。さきほどの衝撃による損耗が疑われますが」


「神の鉄槌システムの再準備急げ。二発目を発射する。弾頭の迎撃が想定されるため、作戦領域に制空部隊を侵入させろ。これはもどらぬ飛行になる可能性が高い。今日で帝国の存亡が決まるぞ。作戦参加部隊を募れ」


「決死隊か」アイデが言った。


「やむなしだ。次の命中地点は発射地点に近くなり、当てやすい。次は火力一点に集中し、確実に最大の飛行物を破壊する」


 しばらく敵機との戦闘が続く。敵機は固いらしく、機銃ではダメージを与えられない。敵の機動力は魔女に比べればたいしたことはないが、光線は正確で回避できない。突破自体が困難かもしれない。


 陸上まで入れて、対空砲撃と混ぜて神の鉄槌システムを使用せざるをえないか。ホルストがより大きな損害を覚悟した時、オペレーターが報告する。


「飛行物下部の中央が発光」


 飛行物ははっきりわかるほどに傾いていた。その中央に赤い輝きが集まり、あふれ出しそうな赤の雫がふくらんでいく。


「くるか」


 神の鉄槌システムの再準備より、あちらの何かのほうが早い。

 赤が弾けた。収束されてもなお太い赤の輝きが、夜空を上下に分断した。それは地の果てまで突き抜け、長いあいだまっすぐに帝都の地下にまで突き刺さっていた。


 帝都は大地の底から沸騰し、破裂した。



同日 六時 帝都北方七十キロの幹線道路沿い


 自らの特別機装部隊と合流したジン大佐は、路肩で避難民の車列を眺めていた。

 車には、白い粉末、がれき、土などが付着している。かなり後方からは、徒歩で来る人々の姿もある。

 今も、遠くでは大量の土ぼこりが東の空へと流れていた。


 この原因が、南の空を塞ぐ巨大な大皿だ。さらに、大皿の東には、これまた巨大な黒いピザが二つ浮いている。そして無数の複数の小皿が空を徘徊していた。


 攻撃されているのは、帝都の近辺だけだ。小皿の群れがたまに下降して光線を連射しては上昇している。これを迎え撃つ対空砲火はない。帝都の第一軍は機能していない。

 さらにあの大皿から、かなりの数の何かが降下しているのが確認できる。


 避難民が道を占有していることで、特別機装部隊は身動きが取れない。


「司令部との通信は?」ジンが言った。

 

「復旧しません。南方とも不通。やはり、広範囲の電波妨害かと」


 ジンの副官が答えた。


「いきなり敵が中央にいすわるとは、完全に防衛戦略は破綻したな。周囲から一斉攻撃もできない」


 カスカカウベの左肩には、可動域の広い迎撃レーザーポッドが搭載された。腰には単発の高速榴弾ハイグレネード発射機がついた。侍と戦いなら斬りあいに集中するのが最善だが、相手が星の子なら手数はあったほうがいい。


 部下の火力も増えている。そのような準備が今は活きる。少なくとも、刀では空を攻撃できない。


「あれが同胞なんだろうな」


 ジンが大皿を眺めた。憎むべき敵だが、あまり脅威を感じない。あれを知らなすぎる。


「避難民も混乱しています。帝都は東西に破壊されたようですが、あまりに広範囲で状況の推定も不可能。奇妙な球体に赤い光線の攻撃を受けた人間を目撃したとの話が二例」


「市民の離脱を支援する」

「無謀では」


「陸上の敵性兵器発見」狙撃兵のナーエルエルから通信だ。「南南西四十ラッツの幹線道路からそれた工場街です。市民が無差別に殺害されています。敵はいたる所に散在、生物らしい敵は確認できず」


 現状では、彼女の飛行する狙撃支援ポッドが頼りだ。空の敵が怖いので高くは上げられないが、人をやるよりはいい。


「観察して敵の性質を調べろ」

「了解」


 市民が殺されるのを見続けろという命令だが、こんなときのナーエルエルは冷静であてにできる。


「調子にのって追ってきなさったぞ」

「敵は未知数です」


 副官の言いようは、最大限におさえている。


「指揮系統が死んでいる。戦力維持には情報が必要だ」

「北の第四軍とは通信可能です。あちらに帰属するべきでは? 司令部の通信機なら通じているはず」


「本営への帰還を試みて糾弾されることはない。かなり遠回りで長い道のりになるが」


 大皿の中心は、帝都の中心から東にずれている。西側を迂回すれば、移動はできる。ただし空から狙い撃ちされればどうにもならない。


「それで各所で敵と市民の間でも通るつもりですか」

「市民があれから遠のくなら、そうなる場合もあるだろうが、家に残る者のほうが多い。中央の人間はすぐに逃げ出す用意などあるまい」


「せめて近くの第三十歩兵大隊と合流しては? 彼らも南下して斥候を出すと」

「多勢では目立つ。敵の攻勢を潰すとは言わん。同朋殲滅モードを試すだけだ」

「あれを落とせるなら、なによりも大佐に恐怖いたしますが」


 副官が空を見上げた。


「こいつは陸戦用、それに適した何かは期待できる。それに帝都近くまで行ければ、地下に物資輸送用軌道がある。あれを利用すれば中心地の偵察も可能かと思うが」


「位置をご存じで?」

「知らんが、第一軍の兵站関係者なら知ってるはずだ」

「会えませんよ。そもそも物資が不十分です。補給すら困難かと」

「まずは一戦だけだ」


 同朋殲滅モードが重要な局面であるので、副官はいちおうは納得した。

 ナーエルエルなどの狙撃兵の遠隔監視で、地上の敵は自律兵器だと推定された。


 ジンたちは幹線道路をはずれた細い道でどうにか南西へ移動して、昼をすぎに敵地上部隊が侵攻中の町に入った。散発的に銃声があり、軍用銃から民生用のものまで混じっている。


 ジンは空を確認した。ここは戦闘中だが、敵はそれを空から支援はしていない。

 戦闘員六十名が戦闘装備で降車した。最前線でのあらゆる作戦を担当するジン旗下の特別機装部隊戦線変動化群の全員だ。市街では戦車師団に相当する戦力。

 つまり、彼らだけで戦局を一変させうる。


 聴覚センサーでは、重機関銃の音を拾える。戦闘中の友軍がいそうだ。


「とりあえず、敵は、箱型、大型、中型、小型と呼称。壁の向こうも何かで認識している。壁越しの攻撃に注意。できるだけ孤立させてやるぞ」


 部隊は隠密性を重視し二人一組となった。索敵しながら進む。


 そして「同胞殲滅モード起動」


「どうです?」


 ジンと組んだアマタ中尉が言った。


「やはり変化なしだ。起動はしている。制限時間は確認できない」


 ジンはレーダーレンジを操作した。反応がある。


「レーダーは機能している。千二百先の対象を捕捉した。反応も少し違う。大型と小型かもしれん、シュヴェ2はどうだ?」


 ジンが副官と通信した。


「熱・魔力反応なし。金属反応はありますが、ここでは信頼性が不足」


 副官が返答した。普段の戦場と違い、金属製品がいたる場所にある。


「離脱を考慮してこみいった地形に入る。全隊へ、いつもの癖で接近戦をやるなよ」


 彼らは市街戦には不慣れだが、訓練は受けている。

 市外での彼らの役割は、火力と装甲による強行突破だ。敵が小火器でない以上、これは難しい。とはいえ、市街戦では必ず距離をとれるわけではない。


 万全を期して、初撃は三名の狙撃手となった。二発の弾丸と一筋の電磁波が連続して同じ的に当たった。飛行していた的が道に落ちる。


「対象沈黙」


 狙撃兵をまとめるジェイルボーズ大尉が言った。


 ジンは視界を確保するため、塀に上がった。ここで初めてジンは自機のカメラに敵をおさめた。

 

 人の頭部の二倍ぐらいの球体に、ホース状の二つのレーザー発射管がついている。これが獲物となった小型である。小型は地面にいることが多いが、移動時にはフワフワと浮く。この浮遊移動はそれほど速くない。


 中型の体は、三つの多角形で三角を作っている。これに物をつかめる両腕があり、胸部から複数の光線を一斉に発射する。これはずっと浮いている。


 大型は車輪のついた三本足で、車両っぽく、複数の砲塔を背負っている。戦闘車両相当の役割で射程と火力がありそうだ。


 最も大きな箱型は、外部からは見たかぎりでは純然たる直方体の黒い箱で、飛行可能な輸送車両と推測された。


 破壊された小型は動かない。レーダーの反応も消えた。


「あ、ちょっと待って」ナーエルエルが通信で言った。


「どうした? クーゲ3」


 すぐに破壊された小型が転がった。


対物ライフル(ケフタ)で少しはずすと貫通せず。角度が浅いと抜けない程度に固い」


「わかった。回収可能か?」


 ジンがたずねた。


「近所の小型が集まっています。五、六機、中型も来てる。離脱するべきかと」


 ジェイルボーズが言った。


「探し方からして、狙撃位置は未特定」


「狙撃班は離脱せよ。俺のレーダーで様子を見る」ジンが言った。


 破壊された小型の周囲に集まった兵器は、周囲を重点的に索敵していたが、しばらくすると散っていった。


「この距離は索敵範囲外か。次は確保をめざす」


 ジンがレーダーの反応から目標を決めた。目標は工場らしい建物の中だ。複数だが、比較的孤立している。それを囲むように部隊の半分が動く。

 

 ジンは通信を遮蔽して、レーダーを頼りに建物に近づき、窓からのぞいた。

 小規模な溶接工場だ。中には人はおらず、死体もない。ガランガランと金属音が響いた。


 中型が手で工場の機材をつかんでいる。小型も飛行して何かを探しているようだ。小型のホースも、物をつかめるらしい。

 

「中型一、小型四。距離三十で無反応。鈍すぎやしないか?」


 ジンは警戒しつつ建物を離れ、元の位置にもどった


「中は狭い。外からやる」


 ジンが身をひそめると、アマタがチェーンガンで壁ごと中の敵を撃つ。壁はすぐに崩壊した。


 アマタが石壁に隠れる。すぐに中から敵が飛び出した。全機健在だ。これがアマタの隠れた壁に光線を発射するが、貫通はしていない。そこへ近づきながら光線を撃っている。


 すぐの隊員が敵の左右から現れ、ガガガガガガと集中砲火をくわえ、小型はすぐに沈黙した。中型は被弾の衝撃でふらつきながら光線を撃ち続ける。装甲は抜けてない。


「狙われたら退避」

「でかいの使いますか?」


 別班の隊員が声をかけた。

 

 大口径ライフルで使う対装甲侵徹弾や、電磁手榴弾があるが、特殊弾頭は補給困難だ。中型は前進しつつ、アマタを優先して狙っている。


「いや、スモークを。シュヴェ1が後方をつく」


 煙幕が展開され、ジンは敵の後方から出た。敵は反応しない。そのまま加速、まともに斬りつける。固い手ごたえ、戦車より硬い。


 ジンが使い慣れたヒートブレードから、新支給のビームブレードに持ち替えた。稼働時間が短縮され刀身がもろくなるがより高熱だ。

 これが容易に中型を突き抜いた。これで中型も沈黙。


「歩兵では、対装甲武器でも威力不足だな」


 安全かどうかは不明だが、ひとまず敵兵器を確保。電波は最初から出しておらず、別の通信様式と推定された。多くの穴tp焼けこげでボロボロなので、それも破壊されたと推定される。


「三班、メタトウスク機中破」ここにいない副官からの報告だ。


「何をくらった?」

「小型のレーザーです。肩装甲で止まっています。敵の射撃は正確です。正面からの射撃戦は回避するべきです」


「第二チームは警戒にとどめろ。こっちは基本戦術でやる。射撃でひっぱって、側面から重火力、近づけば俺が刈りとる。対空警戒怠るなよ」


 彼らはこの戦術で三十機ほどを撃破した。いくつかの区画の敵を排除して道をつくり、住民を退避させた。


 しかし、敵の侵攻地区では、室内の住民はことごとく殺されていた。事務作業のように粛々と処分されている。ネズミも撃たれていた。この様子では、敵の多い区画は全滅したと思ったほうがいい。


 彼らはいったん後退し、補給のために合流しようとした。その移動中、建物の隙間から、遠くに副官の班を視認した。


「大佐! 背部です」


 副官から警告がとび、同時に副官からの荒れた映像が送られてきた。

 バックパックに不可視化した何かがへばりついている。


 左肩の迎撃レーザーポッドが、クルッと回って後ろに向いた。レーザー発射。ジンの重心が狂った。かわされたか。


「うおお! 何をする!?」


 不可視化したものが叫び、急劇に色を帯びつつとんで離れた。その頭部は鮮やかな緑だ。カメレオン、カメレオン人間だ。ジンはつい最近カメレオンなる生物を知った。


 カメレオンは周囲の部下の死角になる位置に転がりこんだ。すぐに部下がフォローに動く。


「対星の子モードは起動不可能です」OSが表示した。


「来なくていい! 兵器を警戒しろ」


 ジンは部下をとどめ、建物を背にした。


「お前、自然祭司ドルイドだな。名はルキウス・フォレスト」


 ジンが剣を構えた。


「そんな奴は知らないレオン。レオレオは旅のレオン族レオン」


 カメレオン人間が、グリグリした目を明後日の方向に向けた。さらにおちゃらけた足踏みで踊る。指先の動きは完全にばかにしている。


 そして、背中から赤いレーザーで撃たれた。

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