終末の日
ミズナダの傷は浅かった。尾びれをさかんに動かし加速する。後方で爆発が続いていた。
乱戦となった空には、水の僧侶が浮いていた。次の瞬間、まさにそこでレーザーが交差した。彼を囲う水が弾け、目を刺す光が飛び散る。水壁は抜かれていない。が、水壁の形が崩壊し、滝となって落ちる。
彼は反射的に新たな水の壁を生み出し、元より分厚く守る。そこをレーザーが何もないかのように通り、水が幻影のように消えさった。
彼はといえば、身をよじってレーザーから逃れていた。落下して、最初の壁を形成していた水を追っている。そこにシュン! と、別の敵機の連射を浴び、力を失った。だらりとした体が、血をまきながら落ちてくる。
それを眺めている場合ではない。
「厳しいか」
ビッグウェーブはかなりの敵前衛を葬ったが、自然に崩れてきている。
巡洋艦はすべて健在だ。装甲には大きな破壊の痕跡が刻まれるも、強力なビームを放っている。しかも高度が高い。
幾人かは侵入していよう。支援したいが、あそこでは水の補充がままならない。
地道に水球を空へ打ち上げる動きもあるが、上空に大量の水を送れるのは大魔法だけだ。それもたまに使われてはいる。だが連携できておらず、途中でレーザーをあびて潰されがちだ。それすらも、いずれ回数の限界に達する。
「……いかにするか」
迷ううちに、後方で母艦が海に墜落した。各所で火を噴きながら浮いている。それが上面から空にとめどなく赤い光をばらまいている。
下面よりは少ないが、上にも迎撃レーザーがあるのだ。
近づけたものではない。海に浸かってしまえば、いずれ中身は食い尽くされるが、どれほどかかる? 誰かに水をかぶせてもらいたいが、主戦場とは距離がある。
「あれを潰しつつ、部隊を再結集させ……」
ザザザ――激しい戦闘音にまぎれて、水をかき分ける音がしていた。
ビッグウェーブのほうから海面を大きく持ち上げる水の塊が接近している。距離をつかみにくいほどに巨大で、その水流は荒れ狂っていた。レヴィアタンだ。近くの海面がたわみだした。
「これはいかん」
ライデンは退避した。
レヴィアタンは怒りのままに母艦にぶちあたると、円盤を割りながら、水中に引きずりこんでいった。
「まずは大皿が一枚。さすがは海の覇者よ。しかし――」
遠方の空の雲の中に母艦が三隻現れている。これが空に黒い粉を広げようとしていた。
イジャ戦闘機の第二陣は一陣より多い。こちらが形を整える前にあれが来る。
敗北の可能性が高い。たとえ、ここに彼の主君がいても厳しい状況だ。
「これで本拠地に残るは四隻か。多くを海に引きずり出せば儲けものといえども、勢が足りん。さて、遊んでもおられぬ」
彼は、戦闘機の動きを見定めると空へ駆けのぼった。
望むべきは敵の射線に入らず、敵から接近してくれる軌道。そこに飛びこみ、たて続けに五機を両断。さらに戦いながら仲間の侍を見つけて呼びかける。
「部隊を集めよ! 大皿は斬りこみで腹を裂くほかなし。器量およばぬ者は魔術師を背負い、守りを任せろ」
ライデンはしばらく戦闘機を斬ったが、すぐに斬れなくなった。射程内まで接近できなくなったのだ。
巨大なミズナダがまとう水球はより大きく、戦闘機は彼らより速い。距離をとられ、的にされては反撃もままならない。攻撃は魚群を狩るのと同じく、横撃でなければならない。
戦うあいだにまとった水は減少している。
「海に潜み、しきりなおすぞ」
ライデンは急降下すると、敵編隊が追ってきた。複数の方向から二十機近く。その連射が襲う。
向こうから来るなら狙える。しかし多い。
「急げ、迎撃はかなわん」
レーザーの連射は正確に追ってきた。水が沸きたち減っていく。このままで海に着く前に貫通されそうだ。
(ミズナダから跳んで斬りこむか)
完全にとりつけば、しばらくは安全。残骸にまぎれて落下してもいい。
覚悟が定まれば彼の動きは速い。跳躍のタイミングをはかり――違和感。
ヒラヒラとしたものが空中を舞っていた。いつのまにか周囲を埋めつくしている。それが戦闘機へとどんどん張りつき、完全にくるんでしまった。
あれはトランプだ。戦闘機の飛行が乱れ、編隊が分解する。
「勝機!」
ミズナダが体をくねらせ、即座にとって返す。鋭利に研がれた水が、すれ違いざまに鮮やかな弧を描く。ガコンと金属の皿がずれる。過半数を斬った。
しかし余力はない。彼がまた下へ急ぐと、下方に探し物を見つける。
ボールが空中を転がっていた。それを足先で操るのは、ボールの上の小さな人だ。
着こんだスーツは派手なパッチワーク柄で、少しつばが反り返りクラウンが不格好に歪んだシルクハットをかぶっている。
深い青の頭髪には様々な色の光点が散りばめられ、髪の半分は夜の暗さ、半分は真昼の明るさ。それは頭の周りで光源が動いているかのように変化している。
虹のような口髭とあご髭は、きれいに整えられていた。
ライデンはすぐに彼に寄せた。
「奇術師殿、もどられたのか!?」
「これほどの騒ぎとあってはな」
奇術師があごひげをしごき、ふくみのある顔で答えた。
「レキニエン多島海の様子はいかに?」
ライデンは奇術師を水で守りつつ会話を急いだ。
「さほど来ておらん、牽制程度よ」
「ならば」
ライデンは残る母艦をにらんだ。やや前進している。船体の一部は陸上にあるが、おおむね海上に侵入している。
「本命はここだ。奴らの飛来する方角と陸形からして、主な上陸地は北部になる。船乗りの気持ちはよくわかる。光と重力を敵にせん」
「やはりここに橋頭保を築こうとしていると?」
「そのとおり。こちらでも攻撃は有効か?」
奇術師は帽子のつばを傾けて戦場を探った。
「技を用いればエネルギーシールドは抜ける」
「しかし……」奇術師はボールの側面を水平な状態で歩いて一周する。「一人でも攻撃は通る。アトラスでは六種族パーティーでなければ、ダメージを与えられなかったとか」
二人の近くをきりもみ状態の戦闘機の残骸が落ちていった。
「語る余裕はない。すぐにあの第二陣が来る」
「なら手を打とう」
奇術師がパイプをくわえると、そこから極小のシャボン玉が噴き出した。それは空中で大きくなりながら、舞い上がって戦場に散った。それらはふくらみ続けると弾けて一定の大きさで大量のシャボン玉を産み、さらにそれらもまたふくらんでいる。
次に彼がむせると、口から風船を吐いた。まんまるの風船だ。彼はこれに口をつけてフーと一瞬で巨大化させた。これが弾けると、中からハトの群れが現れ、飛んでいった。それらは新手のほうへ流れていく。
新手の戦闘機の大部分がそれらにくいついた。追い回している。
敵の接近により、二人は海面まで下がった。
これを追った敵の群れには、ロケットのごとく海中から飛び出した巨大イカがぶち当たり、その触腕がまとわりつきそのまま落ちていった。かなりを撃墜した。
誰かが海中でミューテーションクラーケンの大群を召喚したらしい。
「愉快愉快、最終公演用の特別製だ」
奇術師は実に上機嫌だった。
「いまだ窮地、楽しんでいる場合では」
「なら、最後尾の母艦はこちらで沈めよう」
奇術師は信じがたいことを口にした。
「御手前だけで?」
「世紀の大奇術をご覧にいれよう。楽しんでご観覧あれ」
「大技でも無効化される恐れがある。過信は危険だ」
ライデンは真剣に言った。
「消えんよ。みなの命の半分をもらってきた。次を考えねばどうとでもできる」
彼は死の先へ進もうとしている。ライデンの主君と同じように。
「……承知いたした。あれはかなり遠い。誰かに運ばせよう」
母艦は三百キロ以上先だ。
「なーに、ゆっくり行くとも。それでいいタイミングになろう」
奇術師がどこからともなく出した輪っかをさっと振ると、そこから水のイルカが出てきた。彼はそれの尾びれをつかんでまたがった。
「手薄な戦場に急がれよ」
奇術師が別れを告げる。
「……かたじけない」
ライデンは部下と合流すべく動いた。
残された奇術師は、俊敏なイルカの泳ぎにまかせていた。戦闘機は空中戦にかまけており、浅くにいる彼を無視していた。
「はぐれ者はいるものだな」
しかし、存在は認識されているのだ。主戦場から離れた敵はちらほらと来る。
「あいにくレーザーの発射開始が千六百からなのは知っておる」奇術師の右手が何もない空間につっこまれ、手首までが消える。「この能力はいたずら用で、制限がゆるい。互いに認識しておれば射程は無限」
空間の先に消えた手が何かを探る。
「さて……捕まえた。よっと」
彼が手を引き抜いた。それがつかんでいたのは、どこまでも血色が悪い紫の頭。若干横に長い楕円形で、目と目はやや離れ、両サイドから圧縮を受けたような側面には穴のある突起が複数ある。
彼はそれと目を合わせた。すると、内側にまきこんでいる唇を外側にもどし、それを歪な形にして震わせ「ギャー!」。人の声帯では出せない耳をつんざく音だ。
「やかましいな」
人ではありえない顔はわめき続ける。頭を激しくふり、灰色に染まった目は押し出されて 小さな口を不気味に震わせている。
膜のはった目はさほど大きくない。人ほど見えていないだろう。
これは、アトラスのイジャ星人と同じ容姿だ。
この冷静さのかけらもない発狂に、奇術師は、高度な知性と文明によるかたよった入力を感じる。この異常さが彼らの正常なのだと。
「助けを呼んでおる。意思疎通能力に秀でているな。孤独を愛する生き物は、闘争においても窮地においても静かなもの。精神が不安定で、攻撃的で統制された群れ。文明を発展させ、資源収奪によって勢力を拡大……思案なき無限の拡大であろう。人類の未来の一つと言えよう」
彼は言いながら、どんどん空間から顔を引っぱり出した。そのどれもこれもが、困惑から発狂に達する。
「いたずら用だから害は与えられんが、いたずらする分には問題ない」
奇術師は並んだ顔の位置をあざやかな手つきでシャッフルした。そしてすべての顔がトプンと空間に沈んで消えた。彼らは別の誰かが操縦するコックピットの視界を得ているだろう。顔だけ入れ替わっているから、その体が自由に動かないどころか、意志と無関係に手足が暴れていよう。
「もしも彼らが慎重なら、円状にその領域を拡大していることだろう。危険なワープを多用するのは冒険だけだ」
接近していた敵部隊はあきらかに異常な軌道で散っていった。
彼は空の戦闘をぼんやり見ながら進んだ。
「ふーむ。ここで宇宙人とお目にかかれるとはな……もはや、人生に悔いはない。しかしこの……奴らの本拠、おおむね逆。ここに引きつけ時を稼ぐ意味はある。この侵攻を折れば、百年は遅れる」
彼が海上を一時間ほど進むうちに、大量の顔がシャッフルされ大量の戦闘機が墜落した。
海の戦士たちは健闘している。普通のプレイヤーでは、全力戦闘できない時間だ。力の消費を抑えているために耐えている。とはいえ、ライデンのようなサポートキャラクターのほうが多いかもしれない。一撃で即死する状況を切り抜けてきたプレイヤーは限られる。
ここまで来ると、母艦は前の空をすっかり覆っている。
まだ百キロ以上距離があるが、さすがにこの接近をイジャは許さない。膨大な戦闘機が降下してくる。
「ここらが限界か。いまだ見ぬ同胞よ、会いたかったが叶わぬらしい。〔小さな小さな~/スモールスモールスモール~〕」
奇術師が集めた魂が消費された。
それは、大魔法と主砲がとびかう戦場においても、意識された。
海が立ち上がったのだ。それはどことなく人型をした水塊だった。母艦をはるかに超える高さで、雲など余裕で突き抜けている。
その正体はすぐに知れる。水のカーテンが破れると、中から二十キロメートルを超える奇術師が姿を現した。
「とう」
その巨体にして身軽な跳躍、ズガン! 最後尾の母艦を踏みつけた。この衝撃で、母艦が強風を巻き起こし海面にぶつかる。しかし割れてはいない。エネルギーシールドが受け止めている。
そして母艦は、この奇術師よりもずっと大きい。
(シールドは物理には強い。とはいえ、これは確かに本物の体がある)
彼は魔力をまとった左手をエネルギーシールドに押しつけた。力場が揺らぐ。右手が振り下ろされ、ゴン! 装甲を貫通した。
少しひび割れるも、粉みじんにはならない。装甲は強固に支えられている。
ここからは必死の連打。巨大化の時間はかぎられている。それでいて、いつまでもつかも不明。
奇術師の中で魂が燃え、全身に焼けつく痛みがある。近くの母艦の砲撃が筋肉を焼くが、そんなものは気にもならない。
やがて円盤全体に亀裂が広がる。奇術師はそこに両手を割りこませ、さらに足で押し開く。亀裂がジリジリ広がっていき――ギーンと真っ二つに割れた。
そこで終わらない。その片割れをつかんで一回転した。その遠心力で最寄りの母艦に投げつける。大質量と大質量がかさなり、轟音が起こる。
合体していた。投げた艦がやや斜めにめり込み、刺さっている。刺さった側で放電がしばらく連続すると、遅れて爆発が連続した。
火災と煙が船全体に広がり、海に落ちてく。
奇術師は最後の一隻を叩くべく走り、前触れなく全身が燃え上がった。火は猛烈な勢いで暴れ、すぐに消えた。そこには何も残っていなかった。
海上の戦いが終盤に入る頃、薄い曇が垂れこめた空の下を飛行部隊は進んでいた。
箒にまたがる魔女が最も多く、次に有人無人を問わず航空兵器だ。そのほかは、自力で様々な飛行能力を有する職業。翼を有する者や風属性に縁のある者が多い。
広域に展開された大編隊、敵本拠地を叩く本命部隊だ。数は万を超える。
最優先目標は、イジャ母艦四隻と護衛の巡洋艦多数。降下した最大集団であり、無数の地上部隊も確認されている。
ミュシアとポホは、この編隊の中で部下の魔女を引率していた。
「上方注意」指揮官から通信が来た。「占術にて脅威ありとのこと」
しかし空に気配はない。雲程度では、索敵係が敵の接近を見逃しはしない。敵は雲に関わる魔法もスキルもないのだから。考えられるのは長距離砲撃か。
「もう敵が来ちゃったかな?」ポホはお望みの空に上がれて明るい。
「対空監視に引っかかると思うけどね」ミュシアに対処できることはない。
ピカッ、遠くの雲が内側から光を放った。ミュシアが何気なくそれを気に留めた瞬間、赤の柱が大編隊の中心に突き立った。
「防御!」ミュシアが叫んだ。
大地が爆発し、ゆっくりと大気が波打ち、砂煙が立ち上り、熱風が押しよせた。彼女が困るほどではない。部下も、ふらついたがしのいでいる。
そこを胸が空になった喪失感が襲う。彼女の使い魔である猫妖精のケオテンは、エリクの車に乗せていた。それが消失した。
砂煙はより高く高くへ舞い上がり、大きな影を作っていた。そこから逃れるために飛行部隊は外へと開いた。
中央部が砂煙で夜と化す一方で、一部では光が差していた。あの先だ。
新たな艦隊が直上、熱圏に出現した。鮮やかな緑の衣をまとった大皿が一枚。あれの主砲だ。編隊の中央には、ぽっかり穴が空いていた。
「新手かい」
ミュシアが唇を強く結んだ。これは戦力差が致命的になる。
「ミュシア! エリク様があの中に!」ポホが悲壮な顔で叫ぶ。
「覚悟の上でしょう?」
ミュシアにしても痛恨。しかし予感はしていた。これはほとんどが死ぬ作戦。
「だって!」ポホが食い下がる。
「あいつらを始末すれば、すぐに会える」
「……そうだね」
ポホはどうにか納得し、戦意が回復した。
「あれは下がってきてる。あんたらはあれをやりな」
ミュシアは涼しい顔で言った。
「直掩は?」
ポホは〔空戦女呪術師/エアバトルウィッチ〕系で、ミュシアは〔空襲女呪術師/エアレイドウィッチ〕系、空戦能力はかけ離れている。
「上から直撃されるほうがまずい。ほら行きな」
状況を理解している小型戦闘機と無人機部隊が急上昇している。
「わかった。行っくよー!」
ポホがクイッと上昇に移行し、続く部隊も高度を上げた。
「予定より早く戦闘になった。急ぐよ」
ミュシアが部下に伝達して加速した。
彼女にせよ、ほかの者にせよ。プレイヤーでもサポートでもない者たちを率いていた。彼らの子孫や現地の戦闘員だ。練度に問題はあるが、数は確保している。
やがて上空では、無数の赤い直線が引かれ、爆発が生まれ、それはどんどん増した。
さらに経つと上空からの敵がこぼれて来た。前方にも無数の機影が来ている。
同時に険しい山岳地帯が迫っていた。
「幻影出しな。最大加速してギフ山地に入る。味方の射線に入るまぬけだけはやるんじゃないよ。余力は幻影の作成に回し、まとう魔力の低下を心がけな」
魔女たちが自分に似せた幻影を生み出した。普段のように巧妙には作っていない。それを高めに送り、彼女らは低空を維持する。
正面から来た敵編隊がそれを狙う間に、魔女たちは下を抜ける。
しかし敵は多い。そして小皿特有の機動だ。くるっと回るターンで逆を向き、簡単にとって返した。数機が追ってくる。
ただし魔女たちはすでに狭い谷間になだれこんでいた。
ミュシアはその山肌をなでるように飛行している。後続は彼女ほど器用ではない。ぶつかりそうになって減速している。
追ってくる機体は目視できない。だが、追ってきていた。
敵は遅いといっても、未熟な爆撃隊より高機動。このままでは、背後にピッタリつけられる。至近距離で撃たれてはたまらない。
「先に行きなさい」
ミュシアは部下を先行させ、減速して最後列まで下がった。すぐに曲がりくねった谷間がきた。
そこで敵をひきつけ、急減速と上下動、そして山の地形を利用してレーザーをかわす。
レーザーは自動追跡照準だが、挙動は鈍い。空戦型の職業とは比較にならないほど鈍い。初撃で完全な弾幕を張られなければ回避できる。
しかし徐々に敵が増え、射撃に切れ目がなくなってきた。それでもミュシアは機動力だけでかわし続けた。山を壁に使えるのが大きい。そして敵機は小皿と呼ばれていても魔女よりははるかに大きい。動きを制限され、死角がうまれる。
だが山々の谷間は大きく開いている場所もある。そこでは敵の射線がよく通った。彼女ひとりならば、低空飛行でやりすごせるが、それでは前に攻撃がいく。
「ちょっと厳しいけどね」
ここで追跡してきた機体が続けざまに爆発した。剣で刺しつらぬかれたのだ。
男性の天使が全身を回転させて剣を振るっていた。背中にある六枚の翼を開き、荘厳な後光を放っている。彼は翼を利用した美しい加減速により次々に敵を撃墜した。
彼もレーザーを浴びれば死ぬ。しかしそれは永久に訪れそうにない。圧倒的な格闘戦能力がある。大空より狭い戦域を好む彼らがこのルートになるのはわかっていた。
しかし上からも戦闘機が狙ってくる。天使もこれを警戒しており、掃射のたびに大きく離れる。
なにより、敵が上からでは部下を守れない。先に行かせた数人が谷底に転がっていた。
ミュシアはそこに意識をさかない。より前へ前へと飛ぶ。
ここで山々があらゆる場所から火を噴き、一斉に戦闘機が撃墜された。
迎撃に使用せず、地中に埋没させたまま温存していた対空兵器群だ。
これまで待ったうっぷんを晴らさんばかりに、レーザーとミサイルが発射されている。
イジャ戦闘機が散り散りになって空が広がった。このまま抜けられそうだ。天使は次の獲物を探して、華麗に空へ上がっていった。
ミュシアは先頭にもどり、戦闘管制役に通信する。
「〔生態系破壊者/エコシステムデストロイヤー〕のミュシアだ。海の戦いはどうなっている?」
五秒ほど沈黙があって応答があった。
「優勢だが、無数の小皿が大陸側に残っている。突破は不可能ではないが、迎撃は来る」
「……我々は低空で海上をつっきる。可能なら援護してほしい」
「善処する」
山を抜けた。クロトア半島のつけ根となる平野部。今は塩入の沼地だ。
ここから進路をやや南にとり、海に出た。上空には敵が存在しているが、海の戦場に直行している。
こうなると百キロ近くを一直線にいくだけだ。ここに要するのは五分以下。
ミュシアの爆撃部隊は百人以上が健在。悪くない。
加速してもなお迎撃はなし。
先行する航空機部隊が見える。航空機や飛行獣に引かれた車などの大型だ。彼らは大きな損害をだすも、火力と速度で戦闘機を突破していた。
すでに最大の標的は確認できている。雲にまぎれた長大な黒い棒が、大陸本土の小山の向こうに見える。その奥にさらに三隻いるはず。
魔女たちは編隊を広げ、強めの魔力を込めた幻影を増やせるだけ増やした。
見かけは千人以上の部隊だ。
その完全な状態で徐々に高度を上げ、高速で小山を超えた。
部隊はいきなりまばゆい光のシャワーに突っこんだ。後方からレーザーの弾ける音が連続した。小山の向こうには防空陣地が待っていた。死の雨の中にいる。
「こんなもの――」
どうしろというのか。高空からは巡洋艦の主砲が来る。がれきが広がる大地には、三本足に砲が一門ついた対空兵器がうんざりするほど並んでいる。イジャの無人兵器だ。
「加速しな! 狙うべきは大皿だ」
命令はした。狙って回避できる密度ではない。イジャに有効となされる壁も用意したが絶対に耐えられない。
大魔法さえ撃てればいい。引き連れて来た部下もそのための囮にすぎない。
そしてこれは戦争。この戦域に突入しているのは彼女たちだけではない。先行した部隊は高空で戦闘機とやりあっている。後続も次々に来ている。止まっても何にもならない。
未来のために役割を果たす。徐々に母艦が迫ってくる。
高度が上がるにつれ、攻撃密度は下がった。後続が来て、攻撃が散っている。
ぐんぐん高度が上がっていく。
もう母艦の側面は壁にしか見えない。そして到着しない。
そこからさらに上がり、上側が見えた。
上からも下からも戦闘機が狙ってくる。もはや部隊は半分も残っていない。回避運動はしている。しかし、ミュシアは幸運なだけだ。
そしてやっとエネルギーシールド直前。
「はなて!」
箒の下で空間が揺らぎ、そこから布でくるまれた球体が射出された。事前に用意していた呪詛炎弾。この戦争で発生した怨念と破壊を各地で収集し詰めこんでいる。あれは、部下が使っても一定の破壊力が期待できる。
ミュシアを弾が追いこしていく。百近い球が飛んでいる。それが先頭から爆発した。エネルギシールドが曲がりくねった紫の炎で焼かれていく。完全に穴が空いた。さらに多くの弾が穴を抜けて本体へ向かっている。
直接さく裂してもたいした損傷はないが、これなら予定を変えて中を狙える。内部が露出すれば大魔法〔死滅環境/デッド・エンバイロメント〕を撃つ。それで内部が広範にわたって汚染される。
ミュシア自信が加速し、シールドの穴へ向かった。着弾を見越して、大魔法の発射に入り――「ぎぃ!」
ひたすら熱い! 着弾を確認する前に、ミュシアのわき腹がレーザーに撃ち抜かれた。
飛行状態が崩れる。彼女がとっさにすべての魔法を解除、さらに箒を遠くへ投げた。箒がレーザーを浴びてバラバラになった。
弾はいくつか撃墜されるも、少なくない数が外壁で爆発した。まとわりついた炎が装甲を溶かしている。
部下は母艦の上方へ消えた。攻撃を続け、すぐに全滅するだろう。
彼女は一切の魔法を使わず、自由落下で落ちていく。長い時間だ。
あの攻撃にどれほどの意味があっただろうか。城を崩壊させる一撃でも、相手があれなら一部が崩れただけ。破壊によってエネルギーシールドが弱まり、後続が致命的な一撃を加えることを期待するしかない。
ミュシアは落下し続けた。戦闘機はおろか対空砲も狙ってこない。近くを無数のレーザーが通ったが、彼女を追ってはこない。
敵の迎撃部隊は新たな侵入者へ向かっている。それはかなり遠い。
母艦四隻を収める戦場だ。戦域は一国ほどの広さがある。プレイヤーたちが、召喚体、無人機、幻影、おとりとなる魔道具などを全力で展開すれば十万に達する。敵はそれ以上にいる。それでも部隊が配された一部以外は閑散として、陸には廃墟や残骸に沼地が広がっていた。
遠くなっていく空で、こちらの航空戦力は確実に母艦の表面を破壊していた。しかし、あれを貫通する威力はない。大きな攻撃は潰されている。
(完全に不利だね)
状況が判断できた頃、下からは、破壊された地表が迫ってきた。彼女は衝突の寸前で魔法を発動、フワッと着地した。頭がくらくらする。
ポーションをとりだし、とっさに伏せた。頭上をレーザーが抜ける。伏せたまま。ポーションで傷を塞ぐ。
ブーンという機械音と、がれきが崩れる音が近づいてくる。地上部隊だ。距離はあるが、音源は複数ある。
ふらつきながら走った。万全であっても防御手段にとぼしい彼女では勝てない。
ここには以前からの残骸が山ほどある。さらに追加された戦闘機の残骸を遮蔽物にして逃げる。しかし周囲は敵しかいない。
建物の残骸の下にある井戸を見つけ、中に転がりこんだ。深い井戸だ。どこかへ通じてはいないようだ。
「地下室でもあればよかったけど」
ミュシアはあきらめの心境で四角形の空を見ていた。その半分は大皿でふたをされている。しばらくしても、敵は顔を出さなかった。
傷は塞がったが、腹部が陥没している。長い降下でかなり血を失った。
このダメージは、アトラスなら負傷による最大生命力の減少と能力低下ですむがここではいずれ死ぬ。そんなことはどうでもいい。
「思い知らせてやる」
狙っていた大魔法には失敗したが、この位置はいい。
直接敵に当てる必要はない。魔女の力は呪い。爆弾とは違うのだ。敵を呪うにはこのダメージも好都合。
ただし、使用時は滞空している必要がある。彼女の魔法は爆撃の形にならないと弱い。
彼女は井戸から顔を出した。残骸で狭い視界だが、だいたいはわかる。
低空で侵入した者は対空砲火をもろに浴びている。意図的に地上戦に切り替え、対空砲を潰す機装兵もいる。彼らは装甲があるので少しはレーザーに耐えられるが、分は悪い。
逆に高度をとった者は健在だ。彼らは、母艦を削りつつある。
「低空で入ったのはまずかったか。しかし」
彼らの標的は母艦だけではない。地上部隊の破壊だ。
戦場に到着する味方は増えているが、損害も増えている。そして数は敵のほうが圧倒的に多い。
「落とせて二隻だね」
空は四隻の大皿におおわれている。あれが、いつ攻撃に転じてもおかしくないし、そうしなくてもこちらを捕捉している。
「大規模な別動隊が侵入してくれれば、一発やってやるんだけどねえ」
彼女は機をはかっていたが、主戦場はあの大皿の上になっているらしく、状況はわかりにくい。
そんな時、不意に北の空から羽ばたく影が現れた。それはどんどん増えている。鳥ではない。ゆっくり一定のリズムで羽ばたいている。
「……竜? 動いてくれたか!」
ミュシアは喜びを隠さない。来たのは白竜、これまでない大群だ。古竜から若い竜までいる。迎え撃つ戦闘機の射線を逃れつつ、果敢に戦闘に加わった。
彼らはこの侵略者を許容しなかった。人間を信用してはいないが、交渉はできる相手だ。状況に適した動きをしてくれた。
さらに地中からは黄竜が飛び出し、無人兵器を蹴散らすと再び潜った。南から緑竜の群れが低空から迫り、無人兵器に食いついた。東の山からは赤竜の群れが現れた。これの一部は黒竜だ。
彼らもいつもの力を発揮できるわけでない。しかし巨体が致命傷を遠ざけ、熟練した空戦や、大地の壁を利用してなんとか戦っている。攻撃の主体は、射程の短いブレスではなく各属性の魔法だ。
想像以上の健闘。しばらく経つと戦況はよりあきらかになる。
「これは……彼らこみでも不利か。でもね」
ミュシアが予備の箒にまたがり、地上を滑るように飛んだ。動いたのは、襲撃されにくい位置へ移動するため。
彼女は激戦を無視して気分よく魔女歌を口ずさんでから「〔冥府結び/バインド・トウ・ハデス〕」
かなりの数の戦闘機が顔色を変えて彼女へ殺到している。しかし発動のほうが早い。
大地に黒い衝動が宿り、漆黒のエネルギーが噴出した。火山を思わせる大質量だ。それが急激に空へと伸びて、後方にいた二隻の母艦に絡みつき――ドン! 一瞬で大地に引き寄せ、縫いつけた。
大陸のごときものが落ち、大地は人が跳ね上がるほどに驚いた。
空にあるものを大地に縛りつける大魔法だ。あれの落下で、かなりの地上兵器が壊滅した。さらに地中から接近することも可能になる。
しかしすぐにあれの対処を試みた。いや、おそらくその前から準備していた。大地と大皿の隙間から、赤い光が漏れ、どんどん強くなっていく。
「腹の破壊砲を発射するつもりか」
ミュシアはあの井戸へ飛んで避難した。
飛びこむと同時に爆音がとどろき、かなり遅れてから灰色の爆風が井戸の上を抜けた。やがてそれも落ち着く。
外では、母艦は軛から解き放たれ、浮上を開始していた。大地は大きくえぐれ、どこまであるかわからない大穴ができていた。しっけた黒い粉じんが辺りを覆い、視界が効かなくなっていく。
「だめか」
しかし無意味ではない。主砲の起こした衝撃は、さらに無人兵器を破壊した。こうなれば、ここをなんとか離脱して仲間と合流し、死ぬまで爆撃を続ける。
彼女の意思が固まった時、粉じんの隙間から白いものが動くのが目に入った。遠くだ。
真っ白なものが、できたての大穴から顔を出している。植物の成長を早送りにしたようなにゅるっとした動きで、どんどん白いものが外へ出てきて、ピンと伸びた。ここにある何より高くへ伸びている。
「……は?」
ミュシアは言葉を失った。
動きからして、つるか触手のような性質で、母艦とはりあう大きさだ。それが力をためるように全身をしならせ、下から上へと振りぬいた。
母艦が一撃で粉砕された。しかも、周囲にあった何もかもが巻き添えで空を舞っている。これに飽き足らず、白い触手は次の大皿をつかみ、投げ飛ばした。
イジャどもは、プレイヤーを無視してあの触手に殺到した。さらに母艦が破壊砲の発射準備に入る。
攻撃を浴びた白い触手は荒れ狂った。触手が振られるたびに岩石や残骸が横殴りの雨となり、大地は踊り、衝撃波があらゆるものを破壊し、プレイヤーたちは必死で避難した。イジャはどこまでもあれと戦ったが、完全に壊滅した。
白い触手は急激にしぼんでいき、完全に枯れて横たわっている。
生存者たちがぼうぜんとする中に、命令が届く。
「全軍、大気圏外へ離脱するイジャを追撃せよ。地上の残党はあとだ。また降下してくるぞ。繰り返す追撃が最優先だ。救助よりも優先する」
この戦いは大陸中で数日続き、ほとんどのプレイヤーとサポートが死亡を経験した。




