道の果て
自由参加型レイドイベント
ゾト・イーテ歴 三〇二〇年 十一月 十日 午前
四百年前の大戦以後、山脈と高地で南北に分断された大陸の北側においては、東側のルドトク帝国と、西側の魔道諸国が対立していた。
東西対立での戦地は、北の果てのクロトア半島の根元にほぼ限られる。
双方の中間地域になる未回収地は、汚染された荒野と砂漠が広がり、多くは居住に適さず、さらに東は拡張を続ける悪魔の森に覆われ分断されていたからだ。
戦端が開かれて以来、前線においては散発的な戦闘が絶えないものの、戦局に大きな動きはなかった。帝国が鈍足の進みで価値の低い地をおさめたぐらいで、その実、双方は内政による技術経済復興を目指していた。
この政治的地勢的事情からくる均衡は、緑化機関の出現により崩れた。帝国はコモンテレイ暴動で未回収地第二位の都市を失い、奪還軍を派兵して大敗。
荒野の一角に森が出現し、帝国は未回収地を完全に喪失した。
それはクロトア半島にあるホツマ国に属するヒサツネ・ライデン海底国守にとって驚愕の報であった。
それでも、裏道に長じた鍵鼠衆の仕事なら確実。
彼はホツマの使節として、本土の戦争を支援していた諸王国を巡り、神の地となったコモンテレイ市まで到達した。
その道中では、長大なトンネルや森林、活気ある市内、普段は敵対している帝国の民間人、戦場にはない個人用の改造戦闘車両などを目撃した。
どこにも新しい時代の息吹があった。そして、緑化機関との会談となった。
「なぜ帝国と結ぶのです!」
ヒサツネは少し声を荒げた。衝撃と困惑が混ざり合い、ぼんやりとした不満になった。お供の者たちも難しい顔をしている。
彼らが向き合うのは、緑化機関の執政マリナリ。眼鏡をかけた生真面目そうな若い女性だ。彼女は冷静沈着に答える。
「戦争が終われば、次の段階へ進むのは当然ではございませんか?」
「相当な激戦だったと聞く。帝国は名分上の停戦はしても、戦時体制の国ゆえに戦を終えることはない。短期間で情勢が変わるとは思えぬ」
「偉大な主は生命を尊ばれる。ゆえの判断です」
「すべては神意だと?」
「無論でございます」
マリナリはどことなく高揚しているようだ。信仰の喜びに相違ない。
「帝国の国是は大陸統一。これで終わりにはしません」
帝国と二百年戦った武家として確信が、彼にはある。
「実際にはさほど拡張していません。そもそも、現実には統治できる広さではないのでございます」
「だとしても、この終わり際は奇妙です」
「と言われますと、でございます」
「……伝え聞くあなた方の戦力ならば、本土に達し帝国の入口を抑えられた。なれば、限られた戦力で未回収地を守りつつ帝国に圧力をかけられた。帝国を遮断するにはそれが上策だったはず。我々とて支援をしただろう」
「そちらの都合を言っているようでございますが」
マリナリがヒサツネを窺った。まっすぐな瞳には彼が映りこんでいる。それはぶれることはない。集中している。いや……見ていない。彼女にあるのは神だけだ。やりとりに揺るぎがないのは、この場で考えることがないからだ。
卓越した神官は神の意を理解するというが、あまりにたやすく神を使う。神の意思で運営される組織などは、信用できない。それは帝国と似ているせいだ。緑化機関を見定めなければならない。
「いえ、そちらの戦略が奇妙なのです。小都市群はともかく、最大の都市のアダラマドレまでほぼ帝国人まかせだと聞いている。これは異様だ」
「神意でございます」
「道理に合わぬ。入り口を無防備にしておくなど」
「神に対して、人の世に合わせよとでも?」
「神意があっても、神が事細かく指示するわけではないはずだ」
「最近の神意は、比較的理解しやすく、その活動は活発となってございます」
(本気で言っているのか? それほどに神が近いというのか)
「……町を見た。信仰というなら、機神教会はあなた方を認めない。軍を派遣せずともあらゆる攻撃を行う。これは半島でもあることだ」
「そのときは、主に変わってしかるべき罰を下すことになるのでございます」
ヒサツネは、この女性が一騎当千の豪傑だと知っている。しかし、彼女は奇妙なまでに圧迫がない。侍たる者として、相対した者の力量はわかる。それを感じさせないのは、よほどの差があるからだ。体験してもなお信じがたい。
彼が計れずにいるうちに、マリナリは続けた。
「それに先日、条約を部分的に施行し、大魔法によって帝国本土に我らの森を広げましてございます。帝国はそこを開拓地として活用するとしたのでございます。帝国は事実上我々の信仰を受け入れ、一宗教の鉄則が崩れた。内部に問題を起こすのでございます」
ヒサツネには状況が想像しづらい。
「あなた方が布教にいくとでも? 機神教会が看過しないでしょう」
「そんなことは、どうとでもできるのでございます」
マリナリは平然と言いはなった。帝国本土にどのような介入でもできると。
「しばらく平和が続いたとして、帝国が力をつければ、いずれ半島へ進行するのではないか?」
「我々の関知するところではございませんので」
(緑化機関は帝国への敵対心がまったくない)
「仮に半島が併呑されれば、あなた方も無縁ではいられない。それでも帝国と友好関係に向かうと?」
「神意です。あなた方も和平に向かわれては? 仲介はできるのでございます」
「領土を取り戻さねば、和平はありえぬ」
ヒサツネの意思は固い。帝国とのことは、武力で決するしかない。
そして別の問題が発生している。
鍵鼠衆に手が出せなくなった。彼らは状況もあり、ホツマと一心同体で活動し、諜報を担ってきた。それが緑化機関の出現からやや距離をとる動きをしている。
その制御を取り戻すことはこの地に来た目的だったが、へたに動けば、帝国と緑化機関を同時に敵に回す。もともと彼らと敵対することはありえないが、絶対に敵対できなくなった。
「帝国と協力して、版図を広げるつもりではないのか?」
「我々が広げたいのは森だけでございます。クロトア半島では、精霊などへの配慮で自然が保護されているとのことで、よいことでございます」
「ならば、我々とも友好関係を築けるのですね?」
これが当初の目的だった。それも無くなりはしない。
「もちろんでございます。我々はあなた方ともより友誼を結びたい。ということで、貿易協定の前提としておおまかな覚書ぐらいは作成したいのでございますが」
「内容次第で善処する」
これを断るのは危険だ。勘定方は帯同しているから、多少の話はできる。
「それはようございます」
「状況が変化したゆえ、時間をいただきたい」
「理解いたしました。大歓迎させていただきますので、ゆるりと市内を観覧されればよろしいのでございます」
緑化機関本部を辞したヒサツネは、当地の鍵鼠衆の担当者の意思を確認すべく接触したが、彼はにべもなく「ご自分で町を回られればわかるでしょう。それに森もよく見られるのがよろしい。時間はいくらでもあります」と言った。
言われたからではないが、彼はコモンテレイをとりまく森に来た。コンクリートの町でも、湖越しには美しく見える。この湖も緑化機関が瞬時に造ったものだという。その力を思い知れということか。
彼はこんな時、ひとりで刀を振る。気を静めねば拙速な結論に至る。空を切る音が、何度も往復した。
帝国が半島を狙うのは、豊かな地と魔法技術を求めてのことだ。神の地がそれを提供するなら、半島の重要性が下がる。
だからといって、帝国本土と半島が隣接した状況は変化しない。やがて帝国は損害を回復し、より強固になる。再び侵略に来る。
緑化機関が半島と軍事同盟を結び、実際に履行する意思があるかが問題だ。彼らが帝国と敵対する気がないなら、彼らには結ぶ利がない。それに今日の感触では、すべてを神意で決定される。人と人の約束にどれほど意味があるだろうか。
(あの女は信用できない。敵ではないが……人間性に乏しい)
なんの前触れもなく、近くからガサガサと音がした。といっても、二十メートルほどある。
彼は森が安全ではないと知っている。その集中下での接近。
木々の間を横切ったのは、目元を覆う仮面に金色の長髪、すらっとした体。
「なんでこいつだけ脱走癖があるんだ。畑は受けつけない野生児なのか? あっちに行ったら伐られると言ってるだろうに……」
彼はぶつくさ言いながら歩いていて、右手が後方へ伸びていた。それがつかんでいたのは、何かの枝で、元をたどると、低木がえっちらおっちらと歩いていた。半島ではまずない状況である。
これにヒサツネは声をかける。
「もし」
「何か?」男は鷹揚に答えた。
「私はホツマ国の海底国守ヒサツネ・ライデンという者ですが、緑化機関のルキウス・フォレスト殿ではないか?」
「そうだが……ああ、私が送るはずだった人だな」
立ち止まったルキウスは、木に頭をバンバン叩かれている。
彼が所持する二本の剣が目につく。緑化機関の人間で剣を使うのは彼だけ。
当初は彼が神の地まで送る予定だったが、不都合が生じたらしくソワラという女性が来た。話しやすいようで事務的な対応をする女性だった。
「長き旅路にて、この地との交流のために参りました。このとおり、武の道を生きております。無作法とは心得ておりますが、軽く立ち会ってはもらえませんか。この地の剣技を見たいのです。もし、叶えば望外の――」
「いいぞ、仕事したくないし」
あまりにも気軽な返答。自然で修練を積む者は、多くが俗人と距離をとり、善意的であっても価値観が独特で意思疎通に難がある。彼の見た目はそれなりに奇妙だが、気配は友好的だ。
野にあるものが人に近づく。それは喰らうときにほかならない。ここに行くように勧めたのは、鍵鼠衆。彼を知れということか。
「本当によろしいのか?」
ルキウスが枝を放したすきに、木がどこかへ移動していく。
「いいって、金のことばかり考えると疲れる。君はそういうの無縁そうな顔だな」
若さで侮られている。ヒサツネはそう感じた。
「侍の本懐は武の道なれど、領国を治める身にて、この地においても政を学ばせていただくつもりです」
「お金持ちは楽でいい」
ルキウスがぼやき、ヒサツネは少々はいらついた。
「たしかに庶民よりは恵まれておれども、役目を果たすべく研鑽しております」
「やっぱり金回り気にしてないじゃん」
一切伝わっていない。立場相応の仕事はしているという意味が。
「それは……」
「いいな、お金持ちは」
ルキウスは、つくづくといった感じで言った。
ここに拘泥してもしかたないので、ヒサツネは説得をあきらめた。
試合は真剣でとなった。ルキウスもこちらに合わせてか長剣一本。
ヒサツネが刀を中段に構えた。ルキウスは剣をやや下げている。
「参る」
ヒサツネが愚直に切り下ろし、剣が正面から受けた。剣は押しも引きもしない。この大地のごとき剛腕だ。甲冑のない現況では、戦技を使わなくては勝負にもならない。
「強くいってもよろしいか?」
「全力でいいぞ」
「随分と余裕がおありだが」
ヒサツネはしっかり踏んばるが、相手は微動だにしない。ルキウスは両手で剣を握っているが、片方にはさほど力が入っていない。
何度か切り結ぶもルキウスの身のこなしは俊敏。斬りこみの多くは芯をずらされ、そらされた。
技ではない。身体能力が違いすぎる。戦技で速度を上げても追いつかない。遊ばれていては意味がない。
「手加減はありがたいが、本気の技を賜りたい」
ヒサツネが言った。
「本気になったら触れることもできんぞ」
ルキウスが脅す。
「覚悟はある。後学のために拝見したい」
「いいだろう」
ルキウスは即座に反転して、森へ走り出した。ヒサツネがあっけにとられる。
「ほら、触れることもできんぞ。ハッハ」
「それのどこか本気か!?」
ヒサツネが叫ぶと、枝が飛んできた。それは容易に払った。
「本気でやってるぞー。金持ちは楽してるから走れんよな。腹出てそうだもんな」
次は土が降ってきて、彼はかわした。声はすでに離れている。
「誰が!」
ヒサツネは追った。彼とて、駄馬よりは速く走り続けられる。だが木々が枝が邪魔。それを斬りながら走る。ルキウスが離れていくのは音でわかる。
ヒサツネはやがて息を乱し、気配を見失った。彼が減速し、歩こうとしたとき、すっと後ろから剣が現れた。首のすぐ横から、前方へと剣が伸びている。そして首に触れた。驚くこともできない。ただ、呼吸が回復していく。
後ろには、当然ルキウスがいる。
「本気だとこうなるんだな」
彼が剣を下ろした。
想定の倍を超える強さ。赤鬼のローレ・ジンより強いかもしれない。それを認めたくない。剣技であれば、赤鬼のほうが上だ。これは不当だ。彼を敵として神聖視しているのかもしれない。
「魔法を使われたか?」
「そこの木の裏から出てきただけだ」
その木は細かった。横向きでは陰になるが、普通にしていれば体が出る。疲れで見逃すほど意識が散漫だったのか。隠れられるはずがないと意識の外においたからか。
「あれでは勝負と言えぬ」
ヒサツネは言った。
「わがままだな」
「そのようなことはない。剣の勝負なら斬り結ぶもの」
「君が逃げるから、後ろから攻撃することになったんだろ」
ルキウスの顔は仮面で隠れているが、見えていれば、すぐにぶん殴るレベルに腹が立つ表情をしているだろう。
「逃げたのはあなただ!」
「いやいや、君が私に背に向けて離れていくから、あの形になったんだ。それが逃げるということだ」
「あなたが最初に逃げたからだ」
「私は少し距離をとっただけで、逃げてはいない」
「どこでそのような言い分が通るというのか!」
「まったく世間知らずなんだから」
ルキウスは自信満々だった。ヒサツネは不満を飲みこみ言う。
「……とにかく斬りあいの範疇で願いたい」
次のは試合が始まるなり、ルキウスは横へ跳んだ。
(また逃げる!?)
その思考の刹那、彼は何かに反射してもどってきた。剣が来る。
「――カ!」
ヒサツネはどうにか打ち払った。弾き飛ばされたルキウスは、ヒサツネの後方へ回るように駆ける。と見せかけて、極限まで低くダイブしてきた。足への突きだ。
もはや、ヒサツネは手加減しない。相打ち覚悟で肩めがけて打ちこんだ。しかしその手前で彼はボールのごとく弾んだ。一気に飛び上がる。刀の軌道のわずかに手前だ。ルキウスはそのまま、頭の上を超えて後方へ着地した。
彼は足を止めない。ときに木を蹴り、その反動で駆けまわり、ヒサツネの周囲で踊る。ときには無意味に空中で回る。
逃げはしなかったが、常に一定の距離をとって、たまに不規則な斬りこみがくる。
大勢に囲まれているようで、受けるのが手一杯。斬撃は加減されている。それでも、まともに斬りかえす隙などない。
「殺す気でやっていいぞ」
ぶれた声が耳に届く。
すでに本気、悪意なく馬鹿にされている。ルキウスは口笛でも吹きそうな調子である。
やがて、ルキウスは少し距離を空けた場所で停止した。ここでヒサツネは意外な言葉を聞くことになる。
「龍は使わないのか?」
(鍵鼠衆か。外で見せたことはないというのに)
「龍とはなんのことです?」
ヒサツネはとぼけた。
「使えんのか? 遠距離戦はどうするんだ?」
「弓を用いる」
龍を放つにはためがいる。機装兵で距離が開けば、即座に腕部の機装内蔵散弾を発砲される。常に密着して、潰せる関節から潰さねばならない。
それに射撃戦は弓士の仕事。
「若い時から武士として訓練を?」
ルキウスが首をかしげてたずねた。
「当家の跡取りにて、無論」
「強いのか?」
「家中においても恵まれた部類と自負している」
「属性使いの侍なら、普通は龍は出す」
「どこの普通か」
ヒサツネはあきれるが、この男からは他意を感じない。そして人間味がある。こちらの秘技などどうでもいいのだ。事実、その領域に達している超人。
「機装兵と斬りあえる力はあるんだよな」
「一般兵なら今の状態でも斬れる。中距離から始めても、銃を防げよう」
「なのに龍も出せんのか?」
ルキウスは不思議そうに言った。あきらかに龍剣を使える者を知っている。
ルキウスが手をかざすと、そこに大きな水のかたまりが浮かんだ。すぐに水がなにかをかたどり始めた。
ヘビのようになった水塊は、びっしりと全身に鱗を生やした。その先頭にある爬虫類の顔には二本角と鞭のような髭があり、鋭利な爪を有する小さな四足がある。
ヒサツネの思う龍と同じ。
「こういうのだ。竜じゃないぞ、龍だ」彼は自分の作品をしげしげと眺めた。「よくできたぞ! 保存したいレベルだ」
龍がくるくる空中を回って、らせん状にとぐろをまいた。
「本当に魔法使いなのですね」
「水は鍛えてないから苦手だが、水場が近ければこれぐらいはな。だから、水龍を使うかと思ったが」
「……なぜ水龍と思われた?」
ヒサツネの龍は雷。水も鍛えればいつかは使えるかもしれない。しかし家中に使い手がなく見本はない。それに機械には、電撃がいい。幸運なら、戦車が一太刀で擱坐する。
「その刀、水の気配を感じる。拾い物ではあるまい?」
「伝来のものの内の一太刀。しかれども、普段は雷の刀技を発する」
「ああ、補助が雷の水中戦向きか? 妙な物を使うな」
彼は先祖のことがわかっている。ヒサツネにはその一太刀すら想像するのも難しい初代ライデンのことが、実体のあるものとして理解している。彼の力量はそれを感覚的にわかる領域にある。彼にとって小技なら、隠す意味もない。
「龍とは、これのことですな」
ヒサツネの刀が徐々に電気をまとい、やがて刀にまきつく龍が出現した。龍はバチバチと音をたてて輝きながら身をよじった。
「できるじゃん。よし、こい」
ルキウスが手招きした。
「雷龍剣!」
刀を振ると雷の龍が放たれた。ルキウスは構えもせずにそれを受けた。雷龍が彼を貫き消える。
「まあ、ぬるいな」ルキウスは笑っていた。「大佐級の心覚兵のほうが上だ」
「彼らは専門家です」
この状況は想定内だ。人に対する威力はそれほど強くない。
「待ってやるから、本気でしかけてこい」
ルキウスが剣を構えた。
「そうさせていただく」
もはや、ハンデは受け入れるしかない。
ヒサツネは最大限の集中で、走って斬りこみつつ、至近距離で雷龍剣を放った。
ためのいる技を最初にぶつけ、間髪入れず戦技の連続技をしかける。それが最大火力だ。
そして肉薄! その一刀目を強烈な勢いで払われ、ヒサツネは後方へはじけ飛んだ。腕がしびれている。ルキウスは不満そうに言う。
「ばかなのか?」
「な、なにゆえですか?」
彼はこれまで下に見ても否定はしなかった。明確な間違いを犯したのだ。
「力の差がわからんのか?」
「あれが私の全力です」
「龍を維持して拘束するとか、とりあえず待機とか、体にまとうとか、あるだろ」
ヒサツネはポカンとなった。
「放つことしか考えてないのか?」
「はあ……」
「まったく構成ってもんが……いいか、属性使いなら工夫しろ。腕力や速度じゃ、純粋に刀技を追求している流派には勝てない」
「それは理解しています。しかし、雷は機装兵に有効で」
「それを工夫とは言わん。とりあえず、自分に巻きつけとけ、必要なときに発射しろ」
「どうやって?」
「知らん」
「魔法に近い感覚のものはないのですか?」
「知らん」
それなりに工夫を用したが、四度目の挑戦で体に巻いて維持し、発射することに成功した。そして戦技のための気を使い果たした。もう戦闘はできない。
二人は池を眺められる所に座った。
ルキウスは親切で、池に石を投げながら戦術の説明をしてくれた。
「技の名前は知らんが、複数をためたりもできる。多分、一定時間で消える」
「複数など」
ここで彼は気づく。複数をとどめようとしたことはない。できるかもしれない。
「でも、水龍が使えんとはな。水まといもできないのか?」
「水技の鍛錬は不十分で」
「一番使えるのは水龍だ。昔、ヴァ、知り合いが川にひきずりこまれて即戦闘不能になった。あれは川と一体化する。単発の威力なら、龍を放つ必要性は低い」
「参考にさせていただく」
「そもそも、水まといなしでは戦えないんじゃないか?」
「なぜそう思われる?」
「莫大な弾薬投射量の帝国と戦うなら、斬りこみには必須の技だと思うが」
「なぜ?」
ヒサツネが意図を理解できずにいると、ルキウスも疑問で返した。
「侍が自力で展開できる障壁は希少ではないのか?」
「しかれども、防御に力を裂く余裕はない」
「……部隊規模で戦っているのか」
「無論、斬りこみにはまず魔法の支援を受け、大口径は切り払い、多少のダメージはポーションで耐えて肉薄する」
「味方も大勢いるんだな。そりゃそうか」
(この人は強すぎて誰とも連携できない。その領域にいる)
「水は強力な障壁ではないが、実弾も光線も減退させて便利なんだがな」
ルキウスは自分の常識を語った。
「なるほど。しかし一般の武士団は守りの兵で、敵の突撃時に乱戦に持ちこみ、機装兵を封じる役割。そう突撃する機会はない」
「そんなことだから、じわじわ押されるんだ」
事実だが、命をとしての任を軽く評価されるとヒサツネは不満がわく。しかし言い返せることなどない。できるのは、言い訳ぐらいだ。
「戦地に水が少ないという問題もあり、水魔法もさほど活用されておらず、時節によっては凍結しています」
「深い池でも造っとけ」
「前線番はもちまわりゆえ、当家の一存では」
「補給の簡便化と長期的コスト削減のために水場を確保するべきとでも言って、誰かに吹きこんでやらせれば? そいつが気に入りそうな土地がいいな」
「それはうそではありませんか?」
「なんの問題が?」
「味方を騙すようなことは、人として避けてしかるべきことだ」
「金持ちめが」
「それは話に関係ないでしょう!」
「とにかく、前もって水を用意するんだな。力の消費を減らすなり、威力を強化するなりができる」
「あなたは、この技の到達点を知っているのですか?」
「それは君が決めることだ」
「理想は初代です」
「……由緒正しい血筋だったか」
「初代は、水と雷を同時に使えたのです」
「ちょっと情報が少ないが、同時に使うと威力を抑えた防御カウンター技になる。麻痺を嫌がらせに使えて、実戦的だ。つまり、人に向けるための剣かな」
「初代は、サメにまたがり水も空も問わず青の世界を駆け巡る、人徳に優れた武士であったと伝わる」
「完全に水辺用だな。特に海を戦場にしている。きっと水がメインだ。そこまでいくと、一般的ではないな。侍だし……」
「やはり水ですか……」
「はあ、仕事しないと」ルキウスは深いため息で立ち上がった。「水の刀があるし、水まといぐらい覚えろ。緊急時に使える、実弾は威力が強いほど減退幅が大きい」
「なるほど」
「戦場に水持っていく方法を考えるほうが楽だな。雷撃を流してちょっとした範囲攻撃できるし」
「なるほど」
ルキウスはトボトボと去っていった。信じがたいことに本気で仕事が嫌なようだ。あの執政に借金でもあるのだろうか。
(彼ほどの猛者が金子に窮するとは、この荒野のなんと恐ろしいことか)




