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皇帝

「斬新な宮廷衣装だなあ」


 ルキウスは、眼球を動かさず室内を認識した。窓が無い部屋は狭く、二つの机とそれに付随するいすがある。室内には男しかいない。つまり皇帝その人。


「いいものだが、着る機会がないもので試した。吊るされておる時は奇妙だったが、存外動くにはいい」


 皇帝が肩を回した。


「いい趣味だ。いつ核戦争が起きても生きのびられる」


「神霊者に戦闘力で対抗しても無意味であろうからな」


 ふだんは神代の魔道具を帯びているはず。おそらく暗殺者程度は単独で防げる強度だ。それを排し緊張を緩和し、さらに視覚的に叩きこんできた。


「まずは、かけられよ」


 皇帝がいすに座るように勧め、ルキウスが従うと、皇帝が向かいに座った。レイアはルキウス後方の壁寄りに立った。布男は入り口付近にいる。皇帝が悠然と背筋を正した。


「神民合一の盟約によって頂かれし澎湃ほうはい帝の血筋にして、ルドトクの地を差配する選定再生者の総領、センシオン・コート・アリュートア・ルドトクである」


「リコリス・ヒヤマの夫らしいルキウス・アーケイン」


 ルキウスはふかふかのいすに体を押しつけて言った。

 壁際に控えるフィリの視線がわずかに動く。皇帝の表情がやや停滞したが、言葉は遅れない。


「ふむ、妖精人エルフとはな。その可能性もあったが。スターデンは大義であったな」


 皇帝には、この邂逅を楽しむ余裕がある。


「報告に先んじて現物が参ることになりました」フィリが言った。


「それはそれで成果よな」

「最近はずっと耳を短くしてるから、これはレアだぞ」


 ルキウスが耳を引っぱって伸ばした。


「本当に妖精人エルフですか?」


 フィリが顔と声色で最大限の疑問符を付けた。


「なぜ信用しない?」ルキウスがいすの上で弾む。


「あなたの変化能力は高い」

妖精人エルフですよ。あなたがたが思う妖精人エルフの性格そのものです」


 レイアが口をはさむ。フィリは耳輪イヤリングがないことを認識している。にもかかわらずこの疑念、よほど信用がない。


 フィリはあらたまって皇帝に告げる。


妖精人エルフであれ悪魔であれ、現地での状況から鑑みて、彼は緑化機関内での影響力を有していると考えます。交渉する価値のある相手です」


「承知した。ときに……赤猫の夫だと?」


 皇帝にあるのはルキウスへの純粋な興味。


「だとして、どうということもない」

「ふむ……プレイヤーか?」


 かなり吟味された言葉だ。


「そうだ」ルキウスは即答すると猛火の勢いをまとった。「フハハ! なんとプレイヤーだったのだ! 怖いか?」

「強力なのはすでに知れておる」


 皇帝が平静に応じるとルキウスも沈火した。


「もっともだな」

「呼びつけておいて、なにやら急いでいるそうだな」

「あっちがな」


 ルキウスが立てた親指で後ろを示す。


「絶影か。実在したのかも疑わしい神霊者だったが、パラム危機の際に世話になったことには礼を言っておく」


「上司の頼みを受けたまで」レイアが言った。


「上司?」

「赤猫」ルキウスが言った。

「ふむ」皇帝の反応は薄い。


「何も知らんな」ルキウスが言った。本心ではない。帝国はほかの遺跡も含め情報を持っている。皇帝なら機神教会の管轄以外は知っている。


「知ってはいる。理解が困難なだけだ。して、夫であるとどうなる?」

「どうにもならん。別に気にしなくていい」


「絶影は、上司の夫であるから、彼の仲間であるということか。だとすれば、この状況ははるか前より想定されたことか?」


「上司の上司です」これはレイアの補助だ。ルキウスの影響力を高めている。


「つまり組織がある……あなたはなんらかの正当性をもって、帝国への干渉を行うつもりか? それとも、皇帝冠を望むか?」


 皇帝は平凡な構えだが、緊張も弛緩もない目はルキウスをしっかりとらえている。


「要らんな。面白くなさそうだから。面倒ないすに座って過ごすんだろ?」

「……まずはすべての要求を聞こう」

「一緒に酒でも飲もうと思って来ただけだ」

「本気でそうくるのか」


 皇帝がハッと小さく笑った。


 ルキウスがインベから酒ビンを次々に出して、机に並べた。


「なるほど、プレイヤーの能力か」


 皇帝は堂々としている。場所の優位にしがみついての余裕ではない。平常だ。近くに怪物がいることは特段の口上に値しないのだ。


 彼にとって、命の危険は胎児よりの日常。

 フィリの率いた兵とは質が違う自然な覚悟。命を捨てるも拾うも、大事ではない。


 役割に徹する冷徹で無感情な顔ではない。精力に満ちた顔から見て取れるのは、力を好み、自らで事を成し遂げる能動的な性格。


(遊びのわかる男だ。ここでも何かを達成したいはず)


 ルキウスの勝ちは早期帰宅。負けは特にない。ここで何かを決める必要はない。


 それでも避けるべき結果があるとすれば、帝国の崩壊だ。それにつながる原因がここで発生すれば負け。逆に帝国が元気で友好的になれば、ルキウスはゆっくりできる。


(酒飲んで、世間話して帰る。意思疎通ができるだけで価値はある。講和条件は論議したがおぼえてない。皇帝にとって直接交渉ルート確保は大きな成果)


「現状ではいい出来だ。あの荒野の産物だと思っていってくれ」


 ルキウスが酒をグラスについで、両者が口をつけた。皇帝がグラスから口を離す。


「これは甘美、果実の生命があふれ出した甘みと、複雑で爽快な酸味がある。意外にも緑や土は感じない」


 ルキウスが遅れて飲みほして言う。


「ちなみに私に毒は効かない」


 皇帝がグラスを見た。


「気にしなくていいです」フィリがすぐに言った。

「こういう人です」レイアが言った。


「どのみち、スーツの浄化能力が毒を分解する」皇帝が言った。


「地下に宇宙船があるが、国造りの参考にしたか?」ルキウスが言った。


「船と国が直接つながるのか?」

「あれは一つの町を形成できるだけの機能があるはずだ」


 船は古くより長く暮らせるようにできている。最新の宇宙船ともなれば、資源を採集しながら宇宙を放浪し、乗員が世代を重ねることもできる。


「さてな、影響はあるやもしれん。いろいろと技術が流用されておるのは確かだ」


「プレイヤーの資料もあったはずだが」

「無論あった。神々がことごとく神霊者であり、異次元からの来訪者であることは理解している。そして現世と同じく、彼らは多様で一枚岩ではない。それが神代の戦争を招き、滅びた」


「我々の出現をどんな出来事と認識している?」

「その出現は、幸にも不幸にも転じる出来事。多くの魔物が出現するのと同じく、プレイヤーの出現もまれにあることだ。警戒はしている」


「目の前にいるのに、興味がないようだな」

「ないとは言わんが、学者の仕事よな。個人差が大きくおしなべて一般化はすべきではないというのが、学ばれたことだ」


(発言を抑えているにしても、プレイヤーを理解していない。戦国時代に詳細な設問をやっている場合ではなかったか? それとも初代が隠したか、スカーレットが隠蔽したか。俺のことが記録されていないのは確実)


 ここが誰かのゲームと類似する世界となれば、民心が乱れる。ただし強力とは認識している。好んで敵にはしない。となれば、停戦は容易だ。


「ここで確認せねばならんのは、そちらに帝国を併呑する意思はあるのかだ」


 皇帝が交渉を始めた。


「ようは権力者になりたいかってことだろ? そんな面倒なことをやる奴はまともじゃない」

「面倒はあるが誰かが必ずやる。権力を握るか、握られるかという選択だ」


「玉座の生活が面白そうならそうするが、面白いか?」

「勧められるものでもなし」

「ならやらんよ。ほかの者も同じだ」

「そのような組織か」


「我々の目的は緑化の推進だ。そもそも、我々に帝国の統治などできない」

「あれほどの力があって、できぬ道理もあるまい」


「過剰労働でやっている。私がどれだけ働いているか報告されてないのか? いますぐに休みたい」

「それは、信仰の実現のために苦難に挑んでいるのか?」


「ただの成り行きだ」

「緑化を進めるなら、より多くの土地を統治したいはずだ。ゆくゆくは、本土に進出すると考えるのは妥当であろう」


 皇帝は早々と次の言葉を紡ぐ。


「神が望まぬかぎりは帝国本土に進出する理由はない」

「望んだら?」

「望むことはない」

「神の意を言い切るか」

「山脈をはさんで勢力を分け合うのが、地政的に自然だ」

「神の尺度とは思えぬ」

「神は自然な調和を好むんだよ」


 二人が酒をあおり、すぐにビン一本が空になった。


「このような形で訪れる機会が次にあるとは思えぬ。ここで戦争に関連するあらかたを決したい」


 皇帝に焦りはなくともいている。ルキウスにはいつでも連絡できる相手でも、帝国にとっては唯一の可能性となりうる機会。彼を信用もしていない。今までの発言も信用を得ていない。


 目の前の男は、自分の師団ごと消し飛ばせる軍人を擁する国家の君主。その武器は言葉。それだけで、帝国のすべてを操る。この場では、フィリに意志を伝えるだけで命令が全土に伝わる。元帥が念話テレパシーを使える意味は大きい。


 相手を信用できないと断定すれば、君主の命と戦力の損耗を覚悟で大戦力のルキウスを消す。今後も戦争が続くなら、それが帝国にとって合理にして唯一の選択になる。


(交渉不成立なら、血みどろの展開もある。交渉成立には信用がいる。口約束の担保はそれしかない)


 軽く酒でも飲みにきたところで、親交を深めざるをえない状況だ。


「そちらのお望みの条件は?」ルキウスが言った。


「理想は未回収地の返還だ。戦争は水に流すとしても、領土の喪失はあらゆる問題を招く」


(これは五分五分の取引になるな。やりづらい。取引は押したつもりが引いていたってのが面白いんだ)


「本当は切り捨てたいのではないか?」

「汚染地のままであればそうだが、そちらが価値を増やしてしまった。そちらの宣伝工作で、耳聡い者がうごめいておる」


「あそこの放棄は無理だとわかっているな?」

「常識的にはそうだが、そちらの思想が不可解で判断しかねた。いま理解した。そちらの要求、あるいは重視する価値観を確認したい」


 ルキウスはわずかな間、思考に集中した。

 要求をしないのも不信をまねく。愉快なアイデアは思い浮かばない。


 定期的に会食でもするか。森で何かして遊ぶか。

 現実的には、痛みのある要求が皇帝を納得させるだろう。


 引き出せる利益は何か? 欲しいのは、情報、技術だが難しい。ただし、要望は出してもいい。君主の顔色を直接探れる機会だ。重視しているものがわかる。

 それでも、今やる必要もない。


 帝国の崩壊は、賠償を要求しなければ回避できる。むしろ、友好のしるしに物資は送ってもいい。直接交渉できるなら、相手の顔を立てたほうが吉。皇帝の権限は強いほどいい。となればまずは――


「難しいことはなしだ。共に繁栄しようではないか」


「停戦だけではなく、将来の友好条約締結を望むのだな?」

「そうだ」


「帝国にルートを持っていながら、なぜあのような強行策に出た? そちらの戦力は知ったが、楽なこととは思えん。ひそかに本土で活動できるなら、一部の地域を離反させることすらできたはず」


「帝国軍が森の民を害したので、近い基地を潰しただけだ」

「わが軍が先にしかけたと?」

「事実だ」

「たしかにあの暴力が支配する荒野なら、何かの拍子に起きてもおかしくはない。しかし、その後の動きの異様さはなんだ? 軍を叩くなら、すみやかに動けばよかろう」


「我々は戦争狂ではないが、力はわかりやすく示したいとは思う」

「デモンストレーションだと」


「あの戦争ならば、未回収地の玄関で迎撃して撤退させても、交渉なんてしなかったろ。いや、できない」

「否定はせぬ」


 いかに皇室の権勢が強くとも、軍、貴族、有力者、大衆を無視し続けることなどできない。戦力が温存されていれば、戦意が高まる。


「ところで、怒っているよな? 軍に大きな損害が出たわけだし」

「服の裾がほつれたときのように、繕わねばならぬと思うだけのことよ。未回収地は手放せぬ場所ではない」


「いやいや、帝国人は大勢死んだ。一般人は恨んでいるな。つまり、直接的な利益が欲しいだろ?」

「大敗して利益が得られると思う皇帝はいない」


「いやいや、この交渉で手に入る物が多いならそれに越したことはないだろう」

「いったい何を言っておる?」


 皇帝が少々いぶかしんだ。


「あなた個人が友好的なら、あなたが強いほうがいいということだ。つまりこちらが問題にするのは、皇帝の程度だけだ。だから見に来た」

「……して、どうする?」


 皇帝があごを親指でなでた。


「まず神の地を独立国家として承認してもらう」

「交渉の前提だな」


「帝国が円滑な貿易関係を樹立し、継続可能な友好条約を結ぶなら、友好の印として神代級の魔道具を送ろう。物資は、悪魔の森の希少な薬草、動物性の魔法触媒などを三千億セメル分譲渡する。さらに軽い汚染地で生育可能な作物の品種。

 さらに希望の場所に森を造ってやろう。どのように利用してもかまわない。木材にしても居住地にして貴重なはず。ただしできるだけ広い場所だ。より多くを浄化するのが神意だ」

「……そこまではわかった」


 皇帝が渇いた唇を動かした。


「ほかはそうだな……帝国が神の地に労働者を派遣してくれれば、農地を用意して収穫の半分を収めよう。商人には自由な活動を保障しよう。彼らの税の捕捉に協力するなら、いくらか払ってもいい」


 事実上、公式に諜報活動を認めると言っている。


「条件がよすぎる」

「帝国と緑化機関の友好のためだ。神の地に足りないのは人で、技術者・官僚は特に不足している。そちらにも悪くない話のはずだ」


「悪くないというレベルではない。むしろ、発生する利益でどこかのバランスが崩れる」

「玉座の人がなんとかしてくれ」


「よかろう」皇帝が強く言った。「森を造るのは、戦争でやったものだな?」


「ああ、一気に森が発生するタイプの魔法」

「神聖な森の取扱いをなんらかの問題にするつもりではないのか?」

「木なんて、我々も普通に切っている」


 ルキウスがばかばかしいという調子で言った。皇帝が考えこみ、ルキウスはいすの上で騒ぎだした。


「ほら決めよう! 今決めよう! そんで明日あたりに森を造ろう。早くしないとやる気がなくなりそうだ」


「待て、軍が完全にまとまるかわからん」


「少しぐらいなら始末してあげる」レイアが言った。


「いや、不要だ」皇帝は即答した。


「条件が気に入らんとは言わんだろうな」ルキウスが言った。


「怪しいが、常識的に実行されるなら文句などあろうはずがない」

「ならこれでおおかたが合意だ」


「根本的な話がまだある。交渉相手はあなたでいいのだな?」

「次から緑化機関とやってくれ。少なくともこの合意は遵守される」

「この条件を聞いて誰もが納得すると? さすがに拒否されるのではないか?」

「合意内容は常識的だ。拒否する理由がない」

「よほど未回収地の発展に自信があるのだな。本当に要求は何もないのか」


「じゃあ、汚染土。できるだけ高密度の呪詛を含むものを輸出してくれ」

「何に使う?」

「浄化するだけだ。現地に行くのは手間だ」

「本当に大地の再生が目的か?」

「帝国とて、できるならやるだろ?」

「……わかった合意しよう」


 皇帝は発熱していた。すさまじい思考力を発揮したに違いない。


「よしよし、これで帰れる」ルキウスは早々と席を立ち、フィリを見た。「じゃあ帰るから」

「よろしいですか?」フィリが言った。「止めろと命令されても完遂できる可能性は低いですが」

「出口まで案内してさしあげろ。それと次からはまともな手順で来てくれ」


ゾト・イーテ歴 三〇二〇年 十一月 一日 昼


 ルドトク帝国心覚軍元帥フィリ・キセン・スターデンは、帰国から休みなき日々を過ごしていた。


 三日で国内の合意などあったものではない。それでも――だからこそ、条約に付随する大森林の造成が先行した。その受け渡しが今日だ。


 それでルキウスが来て、応対と護衛のためにフィリがいる。送ってきた絶影もどこかにいる。


 現在地は、帝国中央の南西部にある南部との境で、汚染は軽いが、山がちで水源の少ない無人地帯だ。

 遠くには観測部隊が配置され、こちらを窺っている。厄介ごとの因子は徹底的に省いた。


「さすがに皇帝は判断が早いな」


 言ったルキウスは、複雑な記号が大量に刻まれた仮面をかぶり、つるがまとわりついた杖を持ち、うごめく木の根のローブを着て、完全に術者のいでたちだった。


「あなたがここで力を示すのは、合意の正当性を広告するため。合意内容を考慮すれば、その力の一端は陛下の力でもある」

「それでいい」


 ルキウスは仮面をかぶっているほうが、まともな人間に見える。


(完全にルキウスの計算だ。最初に森を造ってその衝撃で巨大な利益と同時に敵の力をアピール。世論を誘導し、なし崩し的に未回収地を独立させる。彼は陛下がそうするとわかっていた)


「あの時、聞きそびれたが、『アーケイン』が本名でいいんですね?」

「ああ」


「偽名はお互いさまだったとは」

「偽名親友だな」

「それは了承するとして、片方だけ隠した名字にはどんな意味が?」

「難解で理解できない、奥義、神秘、秘密みたいな単語」

「なるほどですが、ふざけた名前だ。生まれ持った名ではない。それを名乗る時は、どの意味を込めますか?」


「……『隠され認識されない』かな」

「めだちすぎでしょう」


 フィリはおおいに不満を含んだ苦笑い。


「ならば変わらぬ名は?」

「光だよ、よくある名前だろう?」

「どこまでもふざけている。認識できない光は何も照らさない」


「絶影よりは普通――」


 ルキウスの目の前の空間が消滅、急な風が吹いた。


「こわっ。条約締結をやるか」


 ルキウスは荒野にぽいぽい種をまいた。種は大地に着くなり発芽し、大小様々な大きさの成木になっていく。


「地道にやるつもりで?」

「生えろ生えろ、普通に早く育ってね」


 ルキウスは全方位に種をまき、そのたびに木がもりもり出現している。


「儀式の準備ですか?」

「木があるとやる気が出るから」


 ルキウスは作業を続け、フィリはそれを注視していた。すでに百本以上の木が生え、森と呼べる状態になってきている。それは彼の知る森より力に満ちており、木々からあふれた力が立ち上っていた。


 木々に集中していると、力は根を伝って大地へ流れていることもわかる。

 大地の中を流れる力は認識しにくい。しかし、力が流れ着く先だけは認識できた。ルキウスの足元から湧きあがり、彼のなかに入っている。


「木から力を得ている? いや増やしている?」

「今頃気づいたか」


 ルキウスはマナポーションを飲んだ。


「ここまで直接的とは思っていなかった。これは帝国内に拠点を造ることが目的か!? いや、作ろうと思えばいつでもできる」


「森が不要なら、切り倒してしまえばいいと言ったが」

「本気で?」

「森は重要ではない」

「あなたの信仰の要ではないのか?」

「友好の証だと言っている」

「何を狙っている?」


「親友にうそなどつくわけがない」

「誰にでもつくくせに。あなたは単純そうで意外と複雑だ。他意があるのは確信している。親友なら、隠し事はなしでいきましょう。教えてくれますよね?」


「私に聞かれてもな」

「……神意だと」

「まあそうだなー。この程度の汚染なら普通のでいけるか」


 ルキウスは精神を集中して、体に魔力を貯めていく。やがて、まとった力は巨大な爆弾を目にしたような圧力をまとった。

 ルキウスが杖で大地を突いた。


「〔緑樹林/ヴァーダント・フォレスト〕」


 緑の光がさく裂した。次に大地が割れる音が連続し、木々が出現する

 風より早い緑の波が、放射状に広がっていく。それは山の谷間を緑で埋め尽くすと、いくらかは斜面を駆けのぼった。緑の波は地平線まで達し、その境界は明確だ。


「これは見事だ」フィリは遠くまで緑で満たされたのを感じた。「だがおそらく、コモンテレイよりは小規模」


「看破が早いな。あれの触媒は人の死体だ。緑の逆襲なんだな。邪術のように残虐だが、人にそれだけの価値があるといえるかもなあ」

「……最初から我が国との戦争などどうでもよかった」

「試し撃ちは必要だからな。じゃあ帰るから、またこっちに来いよな」


 ルキウスは絶影がいるだろうほうへ歩いていく。


「あいにく、あなたがやってくれたおかげで忙しくなる」

「それも共通だな」

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