私を知らないあなたへ
すぐに次の立体映像が出た。視線の合わない彼女は、いくらか挑戦的で、彼が見慣れたものに近づいた。それでもやはり、知らない人間という印象があった。
「私を知らないあなたへ。あなたが過去に来ていないと確信してる。ええ、あなたがいたら、さぞ悲惨で馬鹿げた事態が起きているもの」
スカーレットがぎこちなく笑う。
「せっかくだから最初から。これは、そんなにはっきり言ったことないけど。
あなたに遭ったのは十一の時でした。アトラスが発売されてしばらくで始めて、銃の扱いに慣れた頃、森に変態が出ると聞いた。なんとなく狩猟者の団体についていき、リアル路線の奥は効率悪いな。共用マップは屋外遺跡のほうが、宝湧くし稼げる、などと思っていると、殺されました。あなたは死んだ私を見下げ、一瞬で興味を失いましたね。必ず殺してやると思いました」
「侵入者の行列ができてた時代だろうな」ルキウスが言った。
あの頃は仲間が少なくて大変だった。虫などで嫌がらせ戦法を仕掛け、すぐに逃げ、運がよければ罠で倒す。そんな時代だ。
「次はその一月後の九時二十二分、その次は十二になった三日後の朝六時六分でした。あの年で九回やってくれましたね。絶対に一度は脳天に弾倉丸ごとぶちこんでやると誓いました。この時代は、まだ楽しかったですね」
彼女が元気にぶっ殺すと叫んでいた頃だ。
さらに、一月十八日帰宅後すぐ、二月二十五日九時四十分などと、次の一年で八回分の報告が続いた。状況の説明がより詳細になるにしたがい、彼女の目つきが猛烈に鋭くなった。
「絶対に殺す。とにかく殺さないと、一度は殺さないと納得できない。このままでは、この世を悪魔が作ったと確信してしまう。そんな感じね。あと一歩の展開が多かった。一回ぐらい死ねばよかったものを。今すぐ死ねばいい」
「殺意しか伝わらねえ」ルキウスが呟く。
「来る二三九〇年の八月十二日、あなたは私などから奪ったオリジナル装備を最高にダサいアレンジをしたうえで、展示してくれた。
私のドレスの裏には『現実逃避』と宝石の刺繍があって、その下には人生相談Q&Aがびっしり。アトラスで成績が下がりました。どうすればいいですか? 自分で考えましょう、十年後の自分の姿を。みたいなのよ。あれは全年齢対応だった。あれで憤慨した老人が、急停止して接続が切れたの知ってる?
下着には、小人専用とか、思春期は灰色とか、やってくれたけどハラスメントにならなかった。あなたが制作した類似品だったから、ただの野外作品展。性能まで再現して、どれだけヘラ使ってるのよ。思い出したら腹が立つ、どうでもいいことにお金を使って」
スカーレットがギリッと歯噛みして、不快な表情となりすぐにもどした。
「やがて、私はアトラスを控え、大学に進学しました。悪魔のいない世の中は平和です。アトラスはやめた。あっちの友人はいたけど、入ると自分によくないとわかっていたし」
「大学こそアトラスだろ」ルキウスが言った。
「引退者量産してるから、けっこうな影響力ね」レイアが言った。
「就職を考える頃、中馬通りのカフェテラスにいると、どこにでもいる人生を過剰に謳歌していて軽薄で非常識な理論家っぽい男性が視界に入った。あなたです。あなたは、横道から息を乱しつつ来て、通りに出る直前で息を急に整え、目だけで左右を確認した。少し奇妙だと思った」
緑野茂は、ふだんから動きや感情を読まれないように歩く。こみ合っている場所では逆に読みやすいように動く。人を操作する技術が染みついている。しかし動作は小さく、目につくほどではない。
「あの走り方……浮いているみたいで、顔の向きと移動方向が合わないターン。覚えがあった。ひと月ほど中馬通りをうろうろして、街頭カメラと連携するシステムを使って国外でも尾行した。完璧にね。
あなたはパナマのオフィス街でいきなり走りだすと派手に転び、バッグの中で漏れたらしい緑の液体を服に被り、中身がわかるよう嘆いた。あれは惑星マメルのシュラクサイの樹液。あれは体内のナノマシンと相性がいい電子伝達体の材料だけど、当時は精製済だけが流通していて、珍しい栄養剤でしかなかったですね。
そこに男性が通りがかって声をかけた。あなたはいかにも意外そうな顔していくらか話し、意気投合した。彼は医療機器のリクスの資材管理部長で、純天然の宇宙植物愛好家で、健康食品マニア。どこで都合したのか、あなたはあれの種を持ってた」
あの部長は顔がまったく表に出ない人間だったから、本社前で収音装置を使って誰が部長か探らねばならなかった。ちなみに、宇宙植物愛好家は資産家揃いだ。だから、緑野茂は宇宙植物の隔離栽培実績を作って、取得権を確保していた。
「追跡技術が上達したな」ルキウスが感心した。
「姑息で単純なやり方は効果的だった。人は予測できないことが好きなんだ。君だってそうだろ? って……限度があるわ。でも調査は大事。確信して、勤務地もつきとめた。これはやってやれということなの。つまり正義なの」
「善良な男性会社員が危険だ」ルキウスが言った。
「そんな登場人物いないわ」レイアが言った。
「そして同じ会社に就職しました」スカーレットがやりとげた顔をした。
「長期戦だ。すでに会社にいたのでは? いるぞ!」
アトラス開始が二三八七年、そこから十三年。彼女は二十四歳ぐらい。
ルキウスは何人か若い女性社員を思うも特定できず、恐怖に震えあがった。
「私はあなたを観察してから、アトラスに復帰して、準備して、始末することに成功した。あなたの逃走先を予測して、一か月も潜伏して狙撃。誰にやられたかも認識できなかったでしょう」
「へえ、気が長くなったな」
この状況は経験していない。きっと彼が知る時代の少し先。スカーレットは知っている職業構成ではない。森のルキウスは、露出した眉間に戦技が直撃しても強化なしで耐える。きっと隠密奇襲と初撃からの数発に特化した構成にした。
彼女が幸福を思い出した顔をして言う。
「胸のつかえがおりた。でもそんなことは、もう問題じゃなかった。本人が近くにいるし。ちょっとは、あなたの気持ちがわかる。わかるとやっぱり始末したほうがいいかなって思うのよね」
「思わないだろ」ルキウスが呟く。
「最初は警戒されたけど、現実のあなたは鈍い。つかまえるのは簡単。そしてあなたの部屋にお邪魔して座ったところで言ったの、今日も妖精のたまり場に行かないの? 死んだから警戒してるのね。でも、次はキャンプ・クワインに行くんでしょ?」
スカーレットは薄い笑み。
「あなたは、〇・七秒で逃走を開始して、玄関ドアに触れた。でも接着剤で固めておいたの。すぐに逆走してベランダに出たけど、脱出装置は撤去しておいた。でもちゅうちょなく飛び降りて、下の階に逃げ、住人が置いていたアンドロイドに通報された。警察には、同じゲームをやってるとわかって、彼はびっくりしちゃって~で済んだ」
スカーレットがぎこちなく、それでもはっきり笑った。
「その後、色々な流血があって結婚しました。これでいつでも始末できる。私の勝ち」
「色々を言え!」ルキウスが叫ぶ。
「いいですか? 私の勝ちです」
スカーレットが念を押した。
「長男が生まれると、ブービートラップ、と繰り返していましたね。最初の言葉をあれにしたいって。でも四日で飽きましたね。すぐに飽きる」
ため息が深い。深すぎて異様な音がする。
ここからは、彼女にとってその後になる戦争での苦情や、家庭の苦情が続いた。
結婚生活を二十年以上経験しているようで、本題はこの苦情といってよかった。
「資料は電子端末に入ってる。必要ならどうぞ。この国はこの階層への立ち入りを禁止したから、残ってるでしょ。神々の持つ情報は刺激的すぎるもの。
物資も残してる。あなたが好きだったデリニューの森の宝石ブラックペッパーもある。現物じゃなくて装置だから。必要でしょ? じゃあね」
彼女は、わきから複合ミキサーみたいな装置を持ってきて見せた。立体映像が消える。帝国に関する話は何もなかった。希望することもなかった。
ルキウスが、棚の中に映像にあった装置を見つけた。
「これは?」
「お金を入れるとお菓子が出るスナックメイカーです」
レイアが答えた。ルキウスが装置にアトラス金貨を入れると、スナックの包みが発生した。
よく知ってるゴキブリフライだ。改良されたゴキブリは、まるまるとして手足などはない。彼は袋を開けて、口に入れた。恋しかった味だ。彼は次を口に入れず、歩きだした。
そして首なしマネキンの少し前で止まる。マネキンが着たドレスは、汚れというものがない。そっと近づいてドレスに触れ、一歩離れた。
彼がゆっくり動き、次に触れたのは、置物にかぶされた布だった。これにできる動作は、とる意外にない。人の頭だった。金属反応がある。
映像にキュッという音がかすかに混じっていた。それが彼女の体と連動しているのはすぐ理解した。
頭は、髪が長い女性のもの。スカーレットだ。
長い髪はきれいに編んであった。目を閉じている。こめかみが焼けこげて溶け、その中心に穴が空いている。それは反対側まで貫通していた。
「あああああああああああああ!」ルキウスの怒鳴りとも叫びといえない声が尽きるまで続いた。
「なんでだ! なんで自殺した!?」彼は頭を抱えて顔の高さまで上げた。人の頭部より格段に重い。「待っていれば会えたかもしれない」
胸がムカムカする。自分を知らない相手を待っていただろう女のことを考えると、なぜか体の中が裏返りそうだ。
「私が会った時には、動きに問題が出ていました。修復用ナノマシンは、損壊を直しても経年劣化は無理だった。メンテなんてできないですし」
レイアが言った。
スカーレットはサイボーグになっていた。頭に空いた穴の中には、金属の輝きがある。完全な戦闘用全身サイボーグだ。おそらく、修復用のレアメタルがなかった。
「それで終わりにした。脳に問題が出る前に。スキルの関係で、人格が消えて戦闘マシンになるのを恐れていた。それに、こんな状態であなたに会いたくないって」
「なら時間が残っている。寿命でないなら復活できる」
「百年以上前よ、魂は次の道へ行った。それにあなたは機械が好きじゃなかった。あなたが知る彼女は生身のはずです。変えたのは戦争の時だから」
「そんなことはどうでもいい!」
ルキウスはねじれた言葉をどうにか絞り出した。
「世の中思いどおりにはいきませんよ、私だって長く待った」
ルキウスは頭部を棚に置いた。正面から見れば人の顔にしか見えない。肌つやは完璧だ。劣化していないのは、魔法がかかっているからだ。それは、物でしかないという証明だ。
「ああ、もっといい罠をくらわせてあげればよかった」
「それは絶対に口にしないほうがいいと思われます」
レイアがかしこまる。
「いろいろと準備してあったのに」
「それをくらってから来てると思いますよ」
「ああ、そうか。でも新たな発案があるし」
「それは絶対に口にするべきではないでしょうね」
「それで、未来の夫に言うべきことはあれだけか?」
「そうなんでしょうね」
「そうか、帰る。疲れた」
ルキウスのインベは空きが少ないので、レイアが必要そうなものをインベに入れた。部屋を出ると、レイアが言う。
「ところで、あなたは運営者的な存在がいるかもしれないと言いましたよね」
「ああ」
(そらせていなかったか)
「ならば、そこには大統領もいるわけですよね」
レイアは危険だ。顔には人格が出るもの。ルキウスがそれを読めないことはまれ。読めないのは、リアル、アトラス、帝国軍人、母親の四つの面があるから。
その人格が統合されず、切り替えもできていない。そもそも、百年も来るかどうか知れない人を待って正常ではいられない。それが普通にできるなら、それはそれで特異。
そして、前回と同じく役目を終えた。どう振れるかわからない。
「趣味じゃないから、いないだろうな」
「大統領は、割とやりそうなんですよ」
「意思があっては、神になれない」
「それはあなたの感覚ね」
「ああ」
「あなたは、勘は当たるものね。パターン認識能力ってそういうものだし」
「勘にゆだねて失敗したことはない」
「あなたはそうなんだろうけど、誰のせいでもないなんて、どうでしょうね。そんなの……スカーレットのことを知ったでしょう?」
「彼女は自分の意思で生きたんだろ?」
「もちろん」
「なら、それでいい。なんとなく、前向きだったし」
「……自分はともかく、彼女のことはよくはないかもね。私も彼女みたいに誰かに苦情を言いたい気分」
「星に意思はない。君は肌にお住まいの細菌と二十四時間お話ししたいのか? 兆単位でいるぞ。精密な干渉などできるものか」
「これでも納得するんですね」
「帰るぞ、アイアが待ってる」
ルキウスが急ぐと、レイアもついてきた。しばらく無言だったが、ルキウスが口を開く。
「妻が誰か知ってる?」
「知ってますよ」
「教えて」
「嫌です」
「なぜだ!?」
「近くにいたんだからわかりますよね。あなたの妻ですよ」
「大統領命令だぞ」
「命令書持ってきてください」
「……好きなものを置いていてくれる人がいてうれしいよ」
ルキウスはスナックを食べた。
数階を上がった。もう千レベル制限エリアではない。そこで、ふたりが徐々に減速して停止した。階の中央にあの布男が浮いていた。傷は確認できない。
最高位の回復魔法は、失われた臓器も体力も回復させる。これは、最短二百五十レベルで習得できる。大国の首都なら使い手はいる。
もっとも、アトラスなら発動までがあまりに長く、妨害で簡単に無効化され、妨害なしでも頻繁に失敗する。消費魔力、触媒コストも重く使いものにはならない。
しかし、現実なら発動できるだけで意味はある。数人がかりでも、儀式場の支援が必要でも使えればいいのだ。
「またお前か」
ルキウスがうんざりした。
「わたくしは無理だと言ったのですが、あの人は俗世の人ですから、なんとかしろと怒鳴る。精神の鍛錬が足りない」
布男がぼやいた。
「軍を辞めろよ」
「給金がなくなるものでな」
「わかっていましたね」レイアが言った。
「ああ」
「何か考えてますよね?」
「侵入者排除が目的なら、出口で総攻撃が基本だと思った。こっちの力量を理解して兵を入れてくるなら、何がしたいのか興味はある」
「足止めかもしれません。船の格納庫に扱いにくい兵器が残存しています。生命反応全部攻撃する兵器とか」
「この船が神聖なら戦闘はしたくないはずだが」
この時点で、ルキウスは足音を聞きとっていた。戦意を伏せた速足が、密集して、来る。
布男の後方から集団が現れた。九人だ。誰も軍用銃を所持していない。飾りのある心覚兵の軍服。多くが戦歴を重ねた年齢。ほどよく緊張している。
「変わっていなければ警備は精兵です。もっとも、形式的なもののはずだけど」
全員が布男の近辺に集結した。高密度のオーラは濃縮して抑えられ揺らがない。
ひときわ偉そうな制服の男が前に出てきた。将官だろう。軍帽を深くかぶっているが、なんとく見覚えがある顔。何度か接触があった、あの賢明な思念術者に似ている。しかし、やや老けている。
「こうくるとは」男が呟いた。
集団が距離をとって黙っているので、ルキウスは大きな声を出した。
「あー、あー、こんなときになんだが、あなたの生き別れのお子――」
「違う!」
食い気味に否定された。非常に情熱的だ。ルキウスは心外である。
「本人です」
「はあ……」
たしかに骨格は一致するが、無垢で感情が薄い顔だった。今は心労でやつれている。相当苦労しないとああはならない。
「ルドトク帝国心覚軍元帥、フィリ・キセン・スターデン。よろしくルキウス・フォレスト」
「人違いでは?」
ルキウスは覆面をビスカッチャにして鼻をピクピク動かした。
本土に戻るには早い。何かの魔法で化けたか複数の体を同期させたのか。そもそも元帥はあんな所をうろうろしない。記憶を複製でもしたか、それともまさか合体でもしたのか。
元帥閣下は、苦虫をガジガジ噛み続けている顔をして鼻息を荒くしたが、一瞬で精神を整えて無の境地になった。
「ここまでふざけた顔でくるとは」
「どうも記憶か精神をどうかしてしまったようだが、実は君とは親友で――」
「本人かつ元帥だ!」
フィリが全力で叫んだ。怒りというより対処困難な事態による緊張の表れだ。理屈は理解しがたいが、ルキウスは本人だと思うことにした。何より急ぐ。
「困ったな。まあまあまあ、まずは友好の印にプレゼントがある。これは甘酸っぱくておいしいから」
ルキウスの手に真っ赤なパイナップルが出現した。そして緑の葉を抜き、「ほら」とゆっくり投げた。
それが空中で一回転もしない間に、フィリの袖から飛び出した線が切り払う。パイナップルが爆発して、破片が飛び散った。
「そういうのをやると思っていた」
フィリは微妙な顔だ。予想が当たって嬉しくないらしい。
「たしかに親友のようで」レイアが言った。
「なるほどなるほど、よし! わかったぞ」ルキウスはぽんと手を打つ。「つまり我々は親友だな」
ルキウスが何を言い出すのかとフィリは警戒しながら言う。
「あなたはどこまでも予想の上をいく。ホツマの使節の警備に限られた戦力をさくと思わせ、本土どころか、中枢を強襲するとは。しかし【世界一新】がやりあえているなら、こちらにも勝機がある」
(こちらが森の外で弱体化すると気づいていないな)
「何か喜ばしいことでも?」
ルキウスは動きにはいっさい出していない。微妙な思念の動きを読まれた。ルキウスは気をひきしめた。
「帰りたいので、そこを通してもらえるよな。元帥」
「はいそうですか、とはいかない」
「何も悪い事してないが」
「不法侵入だ。それも完全な機密区域に。これの存在は漏れていないはず」
「ちょっと遠出して散歩してたら迷いこんじゃって」
「ならついでに監獄までおこしいただこう。話したいことが山ほどある」
「あいにく今は帰宅途中でな。そもそもできないだろ?」
「なめるなよ。命に代えても抑える。ここで自由にはさせん」
「どうして我々がここにいることにお前たちの許可が必要なのか?」レイアがわずかに向けた怒気に反応して、布男以外が急劇に力を高めた。
「国家の中枢への侵入を看過する理由はない」
「星船の居住区画の利用権は、建国の働きによって赤猫が初代より取得し、今はこの絶影が赤猫より引き継いでいる。お前たちこそ不当である」
「絶影だと!」
集団の統率が一気に乱れた。フィリは険しい顔でレイアを見たが、何も見えないだろう。さらに集団に動揺が広がろうとした時、ルキウスが噴き出した。
「絶影なの?」
「……コードネームですよ」
「それ、そのまま絶影って言ってるよな」
ルキウスはレイアの口を確認した。彼女が黒に塗りつぶされた。
「首だけになりたいの? それでもきっと生きてますよね。夫婦仲良く並べてあげましょうか? それがいいわ」
「いやいや、遠慮しておこう。そんなことより、もうやってしまうか?」
「そうね、そろそろ急いでもいい時間ね」
「待て!」フィリが割りこんだ。「あの、絶影なのか?」
「帝国策戦院陰室、削除者〇〇〇番の絶影」レイアが国家英雄証を見せた。そして布男を指でさす。「それにも示したけど」
集団の視線が布男に集中した。
「そういえば、そのようなものを提示されましたな」
「なぜ報告せん!?」
フィリが布男をにらんだ。
「真偽の判別がつかぬゆえに」
「我々の正当性が認識できたなら道を開けてもらおう」レイアが言った。「それとも、帝室は約を用いて、功労者をたばかるのか?」
「正当であっても、この状況は急ではないか?」
フィリが食い下がる。
「坊やが道理を説くの?」
「いかなる理由があっても、帝国を害することは認められない」
「難しいことはいいから、友達特権で通してよ」
ルキウスが言った。
「絶対無理」フィリが即答した。
「そんなかたくるしい」
「私は帝国の要たる元帥である」
「転職しよう!」
「帝国軍元帥とは生き方だ」
「じゃあ緑化機関の大将軍辞めるから、君も辞めたまえ」
「あなたはそもそも有意な役職に就かない。それはわかる。それに本物か? 知っている人間のはずだが、何をやるか知れたものではない。顔も見えぬし」
顔が獣でもフィリには判別できる能力がある。間違えるわけもない。それを言う。向こうはかなり困ってる。勝てるかどうかと、戦うべきかどうかの二種の問題が発生している。
しかし、このまま道を開ける可能性はほぼない。
「顔か、まあそうだなー」
ルキウスは両手を覆面にかけ、脱ぐような動作でわずかにうつむき、正面に向き直った。現れたのはレッドドラゴンの顔。
「親友なら、灰にしても許してくれるよな?」




