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狂気の森13

 二人が出た場所は暗かったが、両者のやり方で周囲を知覚した。

 ほぼ立方体の小部屋で、材質はコンクリートだ。上等な出来ではない。人の匂いはしない。

 この部屋をどこかにつなぐのは円形の窓一つだ。ドアが無い。


 ルキウスは意識は、目の前の事より過去だった。これを話す相手がずっといなかったし、今のうちに話しておくべきだった。


「個人が空間にすら干渉できる。いつしか未知の地平に去り、AIの合理的情報順位によって事実上忘却された彼らも、どこかにいる。そもそも、最終戦争の原因が、赤の時代の終焉にあるはずだし」


 同じ出来事の記録が、記録者間でまったく違うことが多かった。だから、信用できない歴史となっている。彼もサプライズ協会員でなければ、より深い情報には触れられなかった。


「夢から醒めた正気の人々は争った」レイアが窓に触れた。「AIについては語っていただきたいですが、少々予定が変わりました」


 ルキウスも遠くに生命力を感じ、「ここはもう本命か?」


 小さな窓の先は光がある。覗けば、円筒形に近い通路で純白のタイルが並んでいる。


「ええ、神の船です。ここは地下三階で、下っていきます」

「ところで、帰る気にはならない?」

「巡回ぐらいは配置したようね」レイアの意識は窓。「でも問題ないでしょう?」

「気楽にくる」

「楽しみなくせに。そもそもこれしきに恐れを?」


 ルキウスはどうってことはないという顔で答える。


「危険な状況には、いつだって備えている」彼は合成獣覆面キメラマスクをかぶり、自信に満ちあふれたポーズをとった。「キメラトラッカーだ」


「そのお気に入りは知ってますが、新キャラですか?」


「ほかにいるのか?」

「鼻につくウッドペッカーに、追いはぎにゃかヤン、突撃! ウニ大福の被害は私も受けました」


「どれも知らねえ」

「永久に知らなくていいです。彼女の愚痴をずっと聞かされたもの。リアルでは葛門番が出て、玄関を葛粉で封鎖したらしいですよ」


「アレルギーにでも配慮したのか?」

「さあ? 土壁みたいになってたって」


「……落雁かな。巨大な落雁を作ってみたくなったのでは」

「さすがですね。そんな予想は出てきません。あのクズ野郎がって言ってましたよ。葛ってクズって意味なんですね。おかげで勉強になりました」


「だって妻だろ? 同じ家に住んで、日常を共有しているんだな」

「ええ」


「それだけ日常を破壊する機会があるってことだ。すばらしいな!」

「日常を壊されても」


 世間話をやるにはここは狭いので、先へ進む。レイアが確認する。


「視認できないと思いますが、気流で追えますね?」

「問題ない」

「では五歩で」


 五歩の間隔でついてこいという意味だ。マスクは隠密の定番カメレオンで、完全不可視状態。熱でも捕捉できない。


 ふたりは窓の向こうへ転移した。足の裏に感触が伝わった。弾性に富んだ樹脂で、おそらく硬く軽い。


 彼女は道中のドアを無視してすみやかに移動している。見えてはいない。魔力もない。


 彼女は、次元を歪曲して外部へ選択的に干渉している。完全に隔絶すれば外界の情報がなくなって動けない。巧妙に光などを曲げ、散らしているが、もやがかった大気に近い違和感が出る。間接的に見えているといえるが、同じものを追加されれば判別できない。


 魔力消費を抑えた隠密状態で、防御力は低い。強度を高めれば、観測者からすると存在するが存在しないという状態になれる。つまり、さほど警戒していない。


 ふたりが緩慢な警備兵をやりすごして進むと、エレベーターらしいものは、厳重に封鎖されていた。


 レイアはさらに迷いなく進み、壁を開けた。格納型のドアだ。穴とそこにかかったはしごがあり、ふたりは穴を飛び降りた。


 また同じような通路だ。ただし、次の階は誰もいなかった。ここもすみやかに進み、下る。


 この施設の通路は、おそらく格子状に近い規則的な構造だ。そして階の中央部へに若干の空白がある。何かが真ん中にある。


 地下に行くほど、一層が大きくなっている。迷うような場所ではない。

 五階に入るとレイアは姿を現した。ルキウスもそうする。


「私の知っている状態です。この階からは無人ね」


 彼女は力を抜いた。ルキウスは壁の上方にある長方形のモニターを読んでいた。

 二三°C 一〇一三二五Pa


 気圧が表示される建物で、部屋が多くあってかなり広い。


「こいつは宇宙船……だがまともじゃない。ギルドハウスなのか?」

「両方正解」


 レイアがほめるようにほほえんだ。


「宇宙が実装されたのか?」

「あなたが大統領になったあとですね。あれも基本は地表だけですけど、船は異次元航行の際の拠点に使えました」


 この階の外壁には、大きなモニターがあった。起動している。

 ルキウスはそれに近づいた。モニターでは、暗い壁の中に明るい部屋が点在し、多くの人々がいて機材を操作している。アリの巣の断面のようだ。これは外の景色だ。


 この船は埋まっており、その周囲の地下に建設された施設と接続している。

 戦闘型のギルドハウスなら、壁は固く外と隔絶されている。転移も通信もできない。


「防衛機能だな?」

「この階から、五百レベル以下は継続ダメージです。もっと下は千レベル制限。神聖な場所として恐れられていました。エネルギー元として利用されています」


「中身は?」

「このギルドは大洪水のあとに来たらしく、争いに加わらず物資を温存していました。スカーレットはここに住んでいました。動力が生きていたし、安全だったから。ちなみに出せる物は出しています。

 それより、戦争の話を――スカーレットの話をしないと」


 レイアは、どこまでもリコリスのことを考えていた。ここに来て、いっそうその感じは強まり、白い空間で黒はきわだった。


「とにかく、あなたは聞くべきなんです、自分の妻の話を」


 二人はゆっくり宇宙船の奥へと歩き始めた。


「大統領になった話でもあるはずだが」

「そうですね。戦争のすべての場面で、彼女が隣にいたことを想像して聞いて」


「戦争といえば、この間の戦争では酷い目にあったっけ」

「お前が言うなよ」


 無感情に徹した発言だった。ルキウスがすぐに返す。


「勝ったんだよな?」

「残念なことに、あなたのおかげで」

「なんで怒ってるの?」

「別に怒ってはいません」


 レイアは村と同じ笑顔だ。


「じゃあなんだよ?」

「あなたの意味不明な命令で死んだ味方は多いので」

「嫌なら命令聞くなよ」

「それ言ってるの、すごく覚えてますね」


 ふふっと笑ったレイアは、急に疲れていた。


「だってゲームだろ?」

「死亡で五百レベル減ですから、ひとつきは行動不能。そして現実でも争いが起きて死人が数千出てます。うちの部隊の被害は少ないほうです。隊長のおかげで」

「現実のほうが面白そうだな」


 ルキウスの感慨の処し方など、レイアは心得ていた。とにかく前に進める。


「まず戦争は、基軸世界ベアリングワールドをめぐる争いでした。アトラスは急速にほかの世界を吸収し、戦争の開始時の市場占有率は四割に達した」

支える者(アトラス)が、ほかの世界までせっせと担いはじめたと」


「ええ、複数の世界は巨人によって、統合され始めた」

「それを人類連合がゲームで所有権を争うって、おかしいと思わない?」


「そうは言っても、フルリアルでマニュアルだと現実ですしね……違和感は人が固いってことぐらいだし、巨大企業を危険視するのもわかるし」


 アトラス以降には、歴史学習という名分を携えた戦争シミュレーターも出ている。本物の戦争と変わらない空気が吸える。

 緑野茂がアトラスを始めた頃とは、世間の様子が異なってきている。


「強権さを薄める演出かね」

「わかりやすくていいじゃないですか」


 レイアは気楽で、興味がなさそうだ。


(一般人目線だな。やはりサプライズ協会のことは知らない。絶対に協会がかんでるぞ。隠しているなら大統領にとって、協会の意図は重要だった)


「でも人類連合は勝てると思っていたはずです。各国が予算をつけて人を雇っていました。こちらも資金を投じる人はいましたが、基本は趣味です」


「各国の軍人とか、VR労働者が動員されただろうな。ところで私の味方は誰だ? 将軍なんてのにしてくれたのは? そこが疑問だった」


「あなたの古い仲間と、長年争ってきた人が主力にして中心です。ほかは志願したプレイヤー、戦争でアトラス始めた人もいます。仕事はナワケ密林と隣接地域の防衛。森に面したソウドレンやヨーラの攻略も目的ですが、基本は盾。地域の戦闘のルールは広域戦闘イベントとほぼ同じで、全体は占有率八割で勝利、期限なし」


「私の軍の数は?」

「あまり覚えてないです。登録された正規軍だけで百万はいると思うけど、完全な指揮下は約三万。地域ごとに指揮官をおいて、おおまかな目標だけ決めた。【ラーク・イン・セレスタイン】は主に後方への奇襲を担当しました」


「多いな。全体では?」

「戦後に公開されたデータでは、継続的参戦者は、人類連合側一億二千万、自由接続協定側で一億ぐらいだった気が、一企業の寡占化を嫌う人はけっこう多かったようで」


 この単位の戦いでは、ルキウスの戦術はできない。面倒くさいという感想しか出ない。こんなの関わりたくねえと、彼は思う。


「将軍としての役割はなんだったんだ?」

「大統領はあまり前線に出ていません。特に序盤は、主力全体が戦争無視で狩りしてました。でも前線に行くのは自由で、統制はなかった。作戦で前線にいたのは、トラウマ製造部隊だけです」


 後方は彼の趣味ではない。戦争となれば、前線で罠をしかけまくりたい。お祭り騒ぎをただ眺めているなど、苦痛の境地である。しかし、なじみの仲間が仕事をしてくれたらしい。


「虫だろ?」

「ええ、あなたがスカウトした【虫と遊ぼう隊】がご活躍でした。あの人たち、勝ってもあまり喜んでもいないのが怖いですよね。うちに限らずフルリアルモードですから、トラウマ引退者が数千万です。スカーレットはもはや虫に慣れてたな」


「それはさぞやりがいがあったろう」

「あなたが会議で虫を投げて彼女の銃で殴られるのは、千回見た気が。でも戦略AIには効いてなかったでしょうね」

「そんなものまで持ち出したのか? どこの国だ?」

「参戦国が共同で三基出してます」

「用途の制限は?」

「特にないですよ」

「普通に言うが、インチキだろ。そこまでやったか」


 人間の遊びに神が出てきた状態。同じ駒で争うなら勝機はない。


「あなたが家でこのニュースを聞いた時、『へえ、面白いね』と言ったと、彼女が」

「……古参プレイヤーはどれぐらい引き抜かれた?」


「さあ……そういうのは司令部の仕事だったので。個人的に序盤は苦戦していないけれど」

「実際の空気がわからんな」


「うちのところは例外的で、敵が多く、味方は少なめの開始になりました。

 あなたが最初の指揮官同士の会合で、ほかの方々にバーカバーカと言って途中で席を立ったおかげです。視界が悪くて暑い密林はもともと不人気だったのに」


(アマンは知らなかったが、どうせ大手のギルマス。金持ち、学者、記者、プロゲーマー、絶対合わねえ)


「馬鹿に馬鹿と言えば怒るが、バカと知らせてやらねば馬鹿のままだから、馬鹿と言ってやるんだ。そのほうが面白いし」

「面白いが九割の疑惑がある。まあ戦争はみんな楽しんでました、最初はね」


 ほかの将軍は、組織の合理化とか、戦力集めとか、まともな手段で勝とうとした。彼はそれを無理だと判断した。少しずつ拡大して、八割のエリアを維持するのは、かなり難しい。


 勝つほどに防衛が難しい。そして敵は国家だ。負けそうになれば、資金を投じて上位のプレイヤーを参戦させるはず。


「スカーレットは、あなたを懸命に補佐した。そもそも、あなたを将軍に推薦したのは、あなたの被害者だったし、なんか、彼らの信頼は絶大でしたね。みんないかにやられたか自慢しちゃって」


 将軍が前線にいないなら、職業クラスの性能ではなく、指揮で戦おうとした。きっと楽しくはない。


 彼は自分を理解していく。それは引き上げられていく時間でもあった。将軍である自分が、コモンテレイ防衛線での記憶と交錯し、レイアが知る大統領にも近づく。


 その戦争は、戦力差で圧殺したチャフトペリ戦とは違う。戦力差がないなら、判断を狂わせる部位を探す。


 AIが認識しても対処困難な部位がいい。しかしAIはダメージコントロールをやる。致命傷にはならない。


 狙うならば人間。AIの指示に盲目な指揮官と、AIに不信がある集団。しかし、心理戦もAIが上だ。しかし、アトラス内情報の取得は完全ではない。


「統合型AIではなく戦争用の限定型だろうな。人の精神状態とかは、完全に分析しない。何千万人も脳を計測計算するのは重い。生のデータを読まずに、ある程度記号化して処理する。そうしないとリアルタイムで命令を下させない」

「そういうのは知りません。敵を殺すことしか考えてなかったので」


 レイアはそういった方面に興味がない。きっと各軍の司令部には、リアルの仕事よりも仕事らしい地道な処理をやっている人たちがいただろう。


「戦争の期間は?」

「三年と二か月」


 聞いたルキウスはあごを指でつまみ考えると、言った。


「……その戦争、途中ですごく参戦者が増えたろう」

「戦争が発表された時に、まず戦争準備に入った層がいて、さらに戦争から始めた層もいて、一年後ぐらいに戦力が大きく増えました」

「どっちも?」


「ええ、でも人類連合のほうが多い。給料あるし、稼働時間も長い。大統領は人を集めませんでした。ほかの将軍は集めてました」

「ふーん」


「味方の募集は、それから少し時間を空けてやった?」

「二年目……中頃ぐらいですかね。自分のことはわかるようで」

「人員構成が変われば戦略AIは慎重になる。いちおう超大魔法なんかも計算に入れるはずだし、時間が稼げる」


 敵に与える情報を絞るためにも、最初は少人数でいい。これは負けまでの時間を延ばす思考。将軍の考えは何か?


「超大魔法って、実用的なものは発動させる気がないものね」

「しかも使ったら事実上転生行きだ。帝国相手に使ってやったが」

「え?」


 レイアが自然と引っかかる。


「荒野を森にしただろ。褒めてくれ」

「なら、ペナルティを受けたのでは?」

「次の発動に十倍以上の触媒が必要になる。事実上の再使用禁止、資源確保魔法としては酷い設定だ。ただでさえ、実用性がないのに」

「触媒はなんです?」


 レイアはなんとなくろくでもない答えを予感していた。


「人の死体、十万以上」

「まったく、悪いことしかしてないんだから」

不死者アンデッドになるよりいいって。大統領はほかの情報も絞ってたな?」


「それなら、主力を部隊を三分し、一部隊だけで防衛させました。ほかは狩りで装備強化。それはどうなのと思っていたけど、スカーレットは何も言わなかった」

「全体の戦況の推移は?」


「我々以外は一年ほどは優位でした。といっても、我々も損得なら得です。上位者は森林戦で負けなしですもの」

「全体は逆転されたな」


「ええ」

「AIの基本学習が終わり、新規参入者がレベル千になりはじめた」

「そのとおりです」

「足を引っ張る味方はいらねえ。しかし、いいぞ。大統領は何かやったか?」


「それまで温存していた主力でヨーラを攻撃しました」

「妥当なタイミングでの強襲だな。そして失敗した」

「ええ、いい線まで行きましたが。大統領の部隊は最前線だったのに、一番逃げ足が速かった。その後、敵軍がすごく増えました。あれは本当に増えて、もう」


 レイアは何かを思い出して、嫌悪の情が出た。


「ほかの地域から回されたんだな、よしよし、いいぞ将軍」

「拠点を奪えなかったのに?」


 レイアの疑問は本音と思われた。


「占領して何の意味が? よそからの増援で取り返されるだけだ。下手をすると、その勢いで森までやられる。いいぞ、計算どおりだ」


 ルキウスの言葉に熱が入った。


「本当に計算なんてしてます?」

「敵の数が増えたのが計算だ。一年やって、ほかは当てにできないと思ったんだろう。それで自分の前に集めた」


「あれからはずっと激戦で――生活が破綻した人も多くいたわ。楽しそうですね」


 レイアがルキウスを確認した。


「小勢で大勢に大勝するから、戦局が動く」ルキウスはちょっとにやけていた。「最高だな、私と戦い慣れてない奴を増やしてくれた。混乱しやすい」


「そのためなのかな? ファールスの人たちを激怒させちゃって。ギリギリの言い回しで、暗示的な地域の侮辱を繰り返して、それはもう徹底的にこけにして。そこそこの国際問題になって、もう、彼女はどうしようもないって顔で」

「ネット請負業が多い所な。地域をあげての傭兵だったわけだ」


「あちらがすごく罵ってきたので、大量にアカウント凍結になった。現実でもなんかあった気がするけど、戦争で忙しかったので知らないです」


 将軍は余計な事をと思ったはず。いつでも爆発させられる敵陣の爆弾。温存したいものを使う状況に追いこまれていた。使っても勝てる望みがあった。


「ほー……三年二か月」


「何か?」レイアが興味を示す。

「プレイヤーの数は戦争が長引くと増える。傭兵はさほど増えない。

 国の予算は有限なはず。質は上がっても数に限界がある。一般プレイヤーは徐々に増える。新入りの傭兵は場を荒らす。もともとのプレイヤーの印象が悪い」

「その要素はあったけど、でも」


「そうだよな、AIはすべて考慮して戦略を立てる。他者と状況を理解ができるがゆえに戦略AIなんだ。だから人類連合が多い状態で終わった。……そこから私はどうやって二年で?」

「三年目直前まで、全体的に不利だったの。その時のあなたは普通に健闘してたから、スカーレットは黙って銃を拭き拭きしていました」


 そこからレイアは、どこか得意げに黙った。訳知り顔とまではいえないが。ルキウスが言う。


「教えてくれよ」

「あなたは、形成不利なミエッツ地域へ救援を送った。それを察知した敵は全方位から攻勢をかけてきた。過酷な防衛戦、と思ったけど、あなたは敵の侵入を確認してから、主力の過半数をソウドレンへ差し向けた。私もそっちでした」


(無理じゃね? 森特化の古参部隊と平均的な敵、勝てるのは一対五ぐらいまで、AIは計算する。でもAIの予想とは違うな。AIはおれを比較的高リスクと認識して、防衛状態で拘束したかった)


「あなたはとにかく奥へ突き抜けと正式に命令した。我々はなんとか第三防衛陣地まで突破した。そこが限界でしたが、すべて爆発しちゃいました」 

「はい?」


「全部ですよ、全部、人も防御施設も全部爆発しちゃった。後方からあらゆる爆発が追ってきて、敵も味方もほぼ死体です。あなたが膨大なコストを支払ってまで所持を義務付けた黒孔爆弾ブラックホールボムですよ。新入りにまで配布して。味方は当然、それを奪った敵もどこかで使おうと所持していた」


 ルキウスはすべて察した。キューブだ。最初から連鎖爆発を狙っていた。ほかに勝ち筋がなかったのだ。あの神器アーティファクトには、過去の所持者もいたが効果は知られていなかった。


「ああ」彼を口を動かさず声にした。

「やっぱり! あなたですね! ずっと、すっとぼけて。すぐに復活役が来たから、絶対にあなたなのに」


 レイアが興奮するのは初めてだ。


「まあ落ち着け、それだけでは勝てない」

「……森を攻めていた敵軍は、損耗があっても作戦続行可能でした。そこにAI提案の撤退命令が出たようで、攻勢継続派と退却派で割れた。

 そこをあなたの【森の愉快な仲間たち】が防衛放棄で総攻撃をかけた。ここからの八時間で、混乱した攻撃部隊は壊滅。あなただけで、のべ千八名を撃破した。一日の最大対人撃破数の更新で、すぐに告知されました」


(AIは普通にやれば勝てると知っているから、不慮の事故があれば、ダメージを抑えることを優先する。この人との認識齟齬は、もはや古典だな)


「あなたはその勢いで一気に周辺地域まで占領した。すぐに奪還軍が来たけど、これもAIを無視した動きで、敵は乱れていた。この攻勢はミエッツに派遣していた部隊をもどしてギリギリでなんとか。この日は、大勢が会社休んだの」

「それでも勝てない。全体では負けている」


「本当にお見通し」レイアが感心する。「勝てたのは、これが話題になって、自由接続協定側が急増したから。あなたのそれを率いて、何も考えず突撃した。それも人がどんどん増えて、もう山賊みたいになってた」


「終わりだな」

「そもそも、あの爆発の翌日には、AIの第一おすすめが降伏になってたらしいから」

「それもしばらく無視されたわけだ」

「納得した?」


「君、爆弾持ってたよな? 不発だったのか?」

「異常を察知した時点で離脱しました。スカーレットは爆発して吸いこまれた。やったな、というあの顔、あれが夫婦の信頼かというと、違う気がねー」


「君もぶっとべばよかったのに」

「ぶっとびたいですか?」レイアがあの爆弾を出した。「ちなみにのちの勝利宣言と同時に、みんながあなたに在庫を投げつけ、あなたは派手に爆死しました」


「じゃあ、なんで持ってる?」ルキウスがレイアから距離をとっていく。

「不毛だと思ったので投げませんでした」


「ああ……これの話は思い出しますね」レイアがやや暗い面持ちになった。「バッフォさんも投げたかっただろうな、本当に」

「彼は罠を集めても、使わないへきの人だぞ」


「……彼は殺されました。大統領が、現実で敵にやられたと言ったのは。戦争が終わったら、どっかの惑星エリアで畑でも耕すって言ってたのに。勝利宣言を待っていたのを後悔しているでしょうね」

「勝ちを待つ気分なんてのは悪くはないさ」


「勝利なんてどうでもいいです。最後にあなたに爆弾を投げるために、みんなが一致団結したのに。本当にかわいそう」

「将軍の指揮は完璧らしいな」


 レイアのうろんげな視線を無視するルキウスには、戦争の景色が見えた。


(決戦がなくとも、ひたすら持久戦をやれば勝ったか? いや、五年あれば人生の転機をまたぐ。プレイヤーも三年ぐらいが限界。AIは、奪った黒孔爆弾ブラックホールボムの廃棄命令を出したはずだ。しかし、爆弾があれば使いたくなるのが人間、その命令も相互不和を作る。一度組織が割れれば亀裂は広がる)


 AIに勝ったと言えるだろうか? その命令は無視されている。しかしそれは将軍も同じ条件。


 とりあえず、ルキウスは握った拳を突きあげた。


「勝ったぞー!」


 この宇宙船の建材の性質か、あまり音は響かない。


「話に戦略AIを出しても、自分がなんとかしたと疑いませんでしたね」


「人には勝てる。そもそも戦略AIが、ほかのより上とは限らないし」

「え? 戦略AIですよ」


 レイアは思ってもみない。一般人は基本的にこうだ。


「戦略AIとは世界を認識できるAIだ。仮説をたて理論を練れる、想像し、世界を知る機能が重視されたAI。だから全体を考慮して戦略がたてられる。課題型AIは、いまだに実現性に乏しい最善案を提示するときがある」


 それでも単純な課題型AIが有効な場合は多く、個人で扱いやすい。だから一般人向けデバイスの汎用型AIは用途ごとにモードチェンジして仕事をする。


 定期的に課題型AIの指示を仰ぎ、自由に戦わせたほうがよかったかもしれない。しかし、国の事業で好きにやってろとは言えなかった。


「戦略AIは、世界には自分が知らないものがあると理解している。未知を恐れるふるまいがあるし、期待するふるまいもある。そのへんも人間っぽいんだな」


 人が見えていない世界が見える、それは必ずしも優位ではない。すべてが見えるなら神だが。

 けっきょく、人は、人に近いAIの提案を聞くことした。


「とにかく、君の大統領は、すごく優秀で、いい仕事をした」それが彼のまとめ。


「いやあー、それはねー」レイアが本当に嫌そうだ。


「他人にはわからないだけでいろいろ考えてるんだぞ!」

「本能だけでは?」


「なら教えてやろう。AIは人にうそがつけない。質問者は当然、他者を害する手法も一般人には回答しない。指揮の基本は欺きだ。それはまず味方。好都合な空想を共有できないと組織は動かない。つまり! 今も疑われる大統領は超優秀」

「私は正直者の指揮官がいいです」


「勝ったんだろ!?」

「虫プール水泳大会とか必要なかった」

「きっと高度な戦略があったんだ」

「趣味だったわ」


「……戦いは、現実を正確に認識し、適切な行動を取る者が優位。しかし正確な情報そのものが適切な行動を阻害する。同じ情報と同じ命令を二人の指揮官に与えても、性格によって判断も実行手法も違う。どちらかは最善ではない。

 命令や言い回しを工夫すべきだが、AI法でできない。正直は最善の結果から遠ざかる。有利を伝えれば弛緩する。不利なら動揺する。だからうそを言ってやるんだ」

「限度って知ってます?」


「知らないほうが……」ルキウスは無機質な船内をぐるっと眺めた。「そう、知らないほうが好都合な場合は多い」

「奥さんにぐらい言ったほうがいいと思いますけどね。すごく思いますね、うん」


「ちなみにAIに人を害する知識を求める方法はある」彼は少し方向を変えた。「犯罪から身を護る手段なら列挙してくれる。詐欺から騙されない手法とか。その要注意点は、やる側にとっての要所だ」

「ろくなこと考えてないですよね」

「小学生の時から知ってる、大統領はな」


「そういうの……やはりAIが嫌いなんですね」

「なんで? 今こそ市政とかに文明の利器を使いたいけど」


「AIに対抗心がある人なんて、いないでしょう?」


 AIに対抗しようなどと、まさに狂人の思考だ。


「別に対抗してない。AIの指示が直接すべての敵に届いたなら、どうやっても負けた。そこができないのがゲームだってことだ」


「現実なら負けたと」

「そんな状況が現実であるものか。宇宙の大半だって未知だぞ! 夢があるな」

「やっぱり嫌いなのね」

「嫌いじゃないって」


 ルキウスは飽き飽きした感じだった。


 話しているあいだに、いくつか階を下りていた。


「スカーレットのことがわかりましたか? 大統領なら、あれで十分なはず」


 レイアがたずねた。


「いい妻で幸運だったとわかったよ。妻に感謝する」


 レイアは少しは満足しているようだった。

 この階で少し景色が変わった。天井は高く、通路は広くなり、いくつかの部屋は通路側へ張り出している。通路よりも部屋を中心とした階層。


 彼は生物の飼育スペースだと思った。実際の宇宙船がこんな感じだ。


「ここはWOの保管庫です。危険ですからね」


 レイアがこれまで同じように進む。


「わざわざ捕獲、固定をしてまわったのか」

「このギルドの人は善意的だったんでしょうね。消滅させると、どこかで再出現しますから」

「面白いのあるかな?」


 ルキウスがふらふらと横道にそれる。彼の目の前の空間が消滅した。


「ふざけていると、本当にやりますよ」

「怒らなくても」

「まっすぐ行きますから」


 レイアはそう言ったが、ルキウスの顔はその道沿いの部屋の入口をずっと見ていた。看板で中身がわかるようになっている。丁寧なことに、コミカルなタッチの絵の説明まである。


「風船猿」


 風船にぶらさがって飛んでいるサルだ。

 屋内フィールドに現れ、投下物で地味な嫌がらせをしてくる。飛行中は無敵。楽しいことで興味を引いて下ろす必要がある。中には壊れないオモチャのWOが同封されていた。


「ここは、麗しの花か」


 一度視線を奪われると、視界にある限り永久に目が離せなくなる花。破壊不能。対処は、目を閉じればいいだけ。


「ジャンピングコアラ」


 ずっとジャンプし続ける無敵のコアラ、こいつに見られているとぴょんぴょんジャンプしてしまう。ジャンプできなくなると死ぬ。

 ジャンプ頻度を減らすためか、中は何かの液体で満たされている。


「こいつぐらいなら出しても」とルキウスがドアに触れる。

「だめですよ! ジャンプする状況によっては大問題です」


 その次は、額縁から筆を持った手を外に出している人物画だった。同時に何も描くことができないキャンパスが中に入っていた。


「ゴッホの自画像、ゴッホさんが描いてくれる自画像は人気あった」

「ええ」


「絵が絵を描くのを繰り返して、ちょっとずつ表情がおかしくなって、最後に自殺する。それで描かれたプレイヤーも死ぬ。この手の品があるホラークエストは苦手だ。爆笑して、ほかの人に怒られる」

「やりそうですね」


 ふたりはそんな会話を流しつつ、さらに下へ進んだ。まだWOの保管階層だ。

 この階に入るとルキウスは立ち止まり、レイアはそれに気づいた。彼女が口を開くよりルキウスが早い。


「君、鼻詰まってるだろ?」

「健康ですよ」

「匂いがわからなければ不健康だ。世界が一つ死んでる」

「薄い空間膜を張っています。あなたのように頑丈ではないので」


 レイアはすぐに警戒に入った。


「香かな。人臭もある。植物性の、長くなじませた匂いだ。ここは顕著に濃い」


 ルキウスは静かに深呼吸をする


「これ知ってるな。鎮静系の定番のリナロールに、シネオール? ジメトキシベンゼン、ペンタデカン……スイレン、ハスか。君が知ってる大統領も、鼻は使っていたと思うぞ。面倒だから言わないけど」

「少し説明してくれれば、いろんな方々の機嫌が良くなったでしょう」

「言って外れたら、ダサい。入ってからずっとしてた」


 慎重に進んだ二人がいくつかの角を曲がると、十メートルほど先に浮遊物があった。


 様々なぼろい布切れの塊で、豪勢なミノムシかとも思えるが、そよぐ布の隙間に人の手が見えている。匂いの元はこれだ。


 水中を漂うように全体が揺らいでおり、気配が無い。浮いているのに放射されるオーラがない。ただし、布の一枚一枚からは強い力を感じる。


 布切れ全体が大きくそよぎ、くるまれた中身が見えた。男、比較的肌が白い老人だ。やせていて、顔には複雑な文様が描かれ、乾きのしわが刻まれている。顔の前面以外は布が巻きついている。


 空中で傾いてあぐらをかいており、苦行に挑む沙門シュラマナという風体だ。


 レイアが告げる。


「ここは千レベル制限です」

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