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狂気の森12

 ルキウスは地下では俊敏に動けない。できたところで、身動きできない。

 レイアからは魔力を感じない。いかなる装飾品もない。


「まあ、困るわ。夕飯の準備があるから、私は忙しいのだけど」


 レイアはすこぶるゆっくり言った。普段どおりだ。


「それにコココットさんが心配だわ」


 レイアがコココットによったところで、ルキウスは地中から出てきた。ただし鼻まで、半分生首状態で、表情だってどこか死んでいる。

 

「のおお!」アゲノがそれに驚いてイネをまきこんで転倒するも、すぐに復帰し、「きさま!」と憤怒してルキウスを踏みつけた。「またか! ろくでもないことばかりしおって」


「いや、私はいいことしかしてない」ルキウスは口まで出した。


 アゲノは、別の機会に地面から足でもつかんでやればいい。本気で撃たれそうだが脅威ではない。


 脅威とは、その性質を理解できず、推測も困難であるということだ。有無すら知れぬものこそが最大の脅威。しかし、この脅威は、確実に存在し、同時に存在を疑わせてくる。


 ルキウスは視ていた。主婦はかすかに揺らいでいる。薄い膜がかかっている。偽装。変化や隠ぺいより、純粋な抑制か。特殊ではない、ルキウスが力を抑えているのと同じ。あまりにも巧妙で、普通は希少な魔道具が必要な領域。


「ルキウスさん! 私やったよ! 敵をやったの、一人前よ!」


 アイアは興奮の絶頂の勢いでアゲノを突き飛ばし、ルキウスの頭を抱えて引っぱりあげようとした。彼は耳をつかまれてもすっぽり抜けたりはしなかったので、彼女は、とにかく強引に頭の向きを変えて、成果を示そうとした。


「あいつらちょっと変な感じで、ぼんくらなのにちやほやされて、なにかの魔法を――ほら! あれ?」


 アイアの期待に満ちた視線は空ぶった。


 死体は消えていた。死体だけではない。その周囲のイネがわずかに切断され、消えてどこにも無い。土の奥に染みた血の残り香はある。


 特定の空間を瞬時に消去した。魔術ではない。魔力をまとう動作がない。

 自分の身体と同じように力を使っている。空間能力者ディメンショナー


 アトラスですら、同格のプレイヤーを防御無視の一撃で葬りうる。現実でのクリティカルはまさに必殺。生命力に優れた人外でも、連撃で死ぬ。例外は急所がない存在ぐらいだ。


 アトラスなら、ほとんどの場合はかわす自信があるし、近くてもかってにはずれる。しかし、目の前の力は、かつてないほどに精密。数十メートル以内は、その支配下にある。


「寝息かいてる。寝ているようね」レイアがコココットを揺すった。


「これはなんだ!? やっぱりお前だな!」


 倒れたままのアゲノは、消えた死体のおかげでまた噴火した。どこかの血管が切れて、血小板が生きがいを手にしていそうだ。


「私やったのに」アイアがイネをかき分けた。


「アイア」母親が娘を呼ぶ声は強い。「あなたは訓練に行ったはずですね」


「虫の知らせでもどってきたの」


 アイアがすんなり解答した。ルキウスが平素より直感を信じろと指導している成果だ。あらゆる意味で敵が認識できない場合への対処であり、周囲に味方がいないなら弾をばらまけとも指導している。

 乱射はルキウス自身がやられたくないことだ。


「違うでしょ。またコココットさんの仕事を邪魔して、何かねだろうとしたのね」


 あらゆる手段で資源を獲得せよ、資源は物とはかぎらないと指導した成果かもしれない。第一撃は奇襲であるべきであり、攻撃は不規則に行えとも指導してある。


「で、でも、あの人たちは?」


「ルキウスさんの周囲では不思議なことが起きるものなの」

「手ごたえありだったのに」

「だってルキウスさんなのよ」

「ええー、そうなの?」


 アイアが不満げな目でルキウスを視た。


「人のせいにするのは――」


 ルキウスが自然な調子をよそおった。


「起こるし、起こします」レイアのこれには多少の感情がある。「そういえば、コココットさんに魔法で豆を脱穀してもらおうと思っていたの」


「寝てる」アイアがコココットの顔をつねった。


「そうね」

「でもルキウスさんが来たから遊ぶ」

「ダメよ、訓練を休めば、怠け癖がつくから」

「ええー」


 アイアが腕をぶらぶらとさせた。


「今日は肉煮込みシチューしようと思っていたけどやめようかしら」

「……優秀な狩人は耐え忍ぶもので」

「悪いところがアゲノそっくりな大人になるかもしれないわ」

「それは嫌かも」


 レイアの最終兵器で、アイアは森側の訓練場に帰っていった。


「悪いところなんてないぞ!」と叫ぶアゲノをレイアは無視して、「それで、コココットさんのかわりにルキウスさんに手伝ってほしいのだけど」


「いや、すごく用事があって」ルキウスが微妙に上昇した。


「コココットさんは過労ね。きっと、ルキウスさんがずっと仕事をおしつけて遊んでいるせいね。寝かせてあげましょう。というわけで、手伝ってほしいのだけど」


「ダメだー!」よく響く叫びはアゲノ。


「あなたは大物を期待してろと出ていったはずだけど、どうしたのかしら?」


 レイアはやはり日常にあり、アゲノは急死が迫ったようにあたふたとした。


「それがなぜか大半の弾倉が空で……」

「人も増えたのだから、食料はいくらあっても足りないの。いくらでも取れると言っていたのに。干し肉用調味液の材料はもうそろってるのよ」


「いや、だから弾が、それにこいつのせいでさっき」

「わたし、いいわけばかりで働かない人は嫌いかも」

「そんな!? すぐに行くから、必ず大物、そうだ弾倉」


 アゲノの顔が赤から青になった。イカ並みの変化速度だ。


「ほら、忘れ物ならもってきてますから」


 レイアの手には、複数の弾倉があった。絶対にさっきまでは持っていなかった。彼女はそれをアゲノに渡すと背中を押した。アゲノが何度も振り返りながら森へ入っていく。ルキウスはほぼ土中なので、まったく見えていない。


 レイアがアゲノに手を振りながら言った。


「行かないとか、誰かに連絡があるとか言わないですよね」


 ルキウスが、隠す気もない渋顔で地面からはえてきた。


 レイアが村へ歩く。その歩容はぶれずにまっすぐ。つま先は合理的な弧を描き、静かに大地を捕まえている。ルキウスが知るレイアと同一人物とは思えない。


 村の柵に近づくと、動揺した村人たちが正面から向かってきた。


 彼らはかなり混乱していたが、ルキウスの姿を確認すると冷静になった。なんだ、またルキウスかと。

 彼はうわのそらで村人と言葉を交わし、ヌマスギのクローリン家に入った。


「誰だ?」


 ルキウスはあえぐように言った。彼女は、アイアの母親なのか? いつからこの状態なのか? 最初から父親を欺けばなりすませる。もしくは別の何かが化けたのか? だとすれば本物は? 憑依か?


「誰だ、なんて傷つきます」


 レイアは肉を調味液に漬けていた。量が多いのは、彼女が十以上の家庭の面倒をみているからだ。


「多重人格者か?」

「変なこと言わないで」


 友好的か敵対的かも判別できない。彼女は本気で料理の下ごしらえをしている。


「……あの襲撃者は?」


 ここ数か月で村人は増えた。彼は彼らの顔を覚えているが、特に興味はなかった。コモンテレイでは、比較にならないほど人が増え、そちらが面白かった。

 それでも、あれは見た顔だった。つまり住民に関係する誰か。


「彼らは村で何かを探していました。荷物に軍の装備があったから、心覚兵でしょう。現役かは不明だけど、いい魔道具でもあると思ったんでしょうね」

「何をやってるんだ?」


「夕飯の準備をしないと終わらせないと。お肉が硬いし。本当は直前のほうがいいけど」


 レイアは急いでメースを挽いていた。


「面識があるのか?」

「おひさしぶりですね」

「わかっていないとわかっているよな」


 レイアがふふっと笑った。


「だから……誰なんだ?」

「あなたは誰ですか?」


 この質問にルキウスは黙し、レイアの出方を窺った。

 彼女はここでやっと手を止めて洗い、正面を向いた。


「大統領閣下、ナワケ密林地帯防衛軍、司令部直属ラーク・イン・セレスタイン副隊長、ニエーシカ・チョールヌイであります」


 レイアは、どこか自慢げにほほえみ、彼は警戒していた。しかし動きはない。

 かつてルキウスが用いたサプライズ戦法かと思ったが違うようだ。意味はわかるが意図がわからない言葉で、敵が混乱した瞬間を狙う戦法。


「まったく、また大統領と会えるなんて、泣いてしまいそう」


 彼女は作業に集中していて、まったく泣きそうにはない。


「いや、そっちは認識してたろ」

「常識的なことを言って……いまいましい人」レイアは感情が定まらない。迷っている。それでも言葉も動きもきびきびしていた。「さて、大統領、なんのお話でしたっけ?」


「そっちが作った状況だ」

「私のような者は何もしません。あなたが何かやったんです」

「いや、私じゃないな」

「主にあなたです」

「どっちでもいい。でも、きっと、恨まれてないな」


 レイアは強いが、アトラスで勝ち負けを選ぶなら勝ち。普通の遭遇で一対一なら、広範囲攻撃連発で寄せつけずに倒せる。


 しかし森のルキウスは無敵なのだから、一対一は無意味な想定で、実戦は集団戦となる。空間能力者ディメンショナーは空間ごと隔離しても、それを割れるから逃げるのも得意だ。いずれにしても、ルキウスのカモではない。


「恨みはありますよ」

「まったく恨まれそうにない」

「あなたの下にいれば、聖人でもそうなります」


 レイアがクスクスと笑った。攻撃的な感情はない。それは一度も感じたことがない。先ほどの戦闘でもない。

 問題は、彼がレイアを知らないことだ。知り合いからも聞いたことがない。


「私はあなたの奥さんの部下です」


 つまり奥さんは隊長か、その上。


「奥さん!? 結婚はしていないが、してもおかしくない」


 彼は、この状況がこなければずっとアトラスをやっただろう。四十を超える。六十ぐらいまでには結婚したいところだった。


「私の役目は、あなたに奥さんの言葉を届けること」

「本人は?」

「亡くなりました」

「ここに来て?」

「ええ、悲しんでください」

「相手を知らない」


 いっそ笑ってもよかったが、自分の命がかかっていた。


「スカーレットでわかりますね?」

「ああ、なるほど、戦争での関わりから?」

「そこは知っているんですね」


 レイアはすごく上機嫌で含み笑いをしている。


「部分的に情報があった。だが戦争の中身は知らない」

「とにかく、スカーレットが死んだのを悲しんでください」

「わかるが、知っているかと言われればな」


「酷い人ね」

「最近、名前を思い出す機会があったが、さもなくば忘れていた」


「では行きましょうか?」とレイアがぱっと作業を止めると、ルキウスは間髪入れず「よし! 行こう!」と元気に返した。


 彼女はそれにまばたき一回だけして、言う。


「装備を地下に隠してます。隠蔽した空間にです。インベでは占術にひっかかる」


 空間能力者ディメンショナーなら距離を無視して活動できるのは、ルキウスもすぐにわかっていた。きっと遠出する。


「やっぱり今日は用事が」

「百年近く待たせて、まだ足りませんか?」


「……普通に歳とってる?」

「いえ、ナノマシン剤を飲みました」

「現実のとは違うんだろうな」

「あれが効いているのかわかりませんが、見た目は六十ぐらいでしょう?」

「中流以上のな」


 基本的な対老化処理をやっている社会階層だ。


「この世界なら三十でもいけるの。それに大統領の果物で肌の調子がいいの。二十でもいけるかしら」

「日焼けしてないだけで、お嬢さんの世界だからな」

「お姉さんに見えると言わなければ、結婚できませんよ」


 レイアが優しく諭した。


「赤星ハンターやってるだけでもてるから、その気になれば余裕だって」

「へえーー」


 レイアが無感情で高い声をひきのばした。


「いや、そうだから」

「お若いから、調子にのっていらっしゃるのね」


 このレイアは、彼が知っている主婦に見える。


 信用するべきか? 将軍なら有名だ。それが大統領までいけばさらに。

 彼の知らない彼は、きっと何かの宝物でも持っていた。だれからどんな感情を持たれているか、二四〇〇年時点以上にわからない。


 そもそも、あの襲撃者はなぜここに入れた? 共犯とは考えにくいが、彼女は何かに利用するつもりで招きいれたか、許容したのでは?


 レイアは安全ではない。口にした目的も特殊だ。特殊な人格を演じようとする者は少ないが、特殊な人格はなりすますのが簡単だ。なによりの彼の疑問は


「なぜ、これまで黙っていた?」

「今の大統領はかなりおとなしい。相当にお若いようで」


「いや、元気いっぱいだろ?」

「いえ、人を食ったような感じがなく、はしゃぎたいのを完全に抑えている。でも、やはり大統領でした。きっと、すぐに面倒な人になります」


「私はいつだって親しみやすい人間だぞ」

「御冗談を。普段はかまわれたくないけれど、何か思いついたときには相手にしないとずっと機嫌が悪くなる。その調子だって分単位で変わるし、丸一日しゃべりつづけたかと思えば、次の三日は黙りこくる」

「やっぱり人違いでは?」


 まじめに考えて、自分の行動パターンとは違う。


「娘が帰ってくる前に終わらせないといけない。わかりますね?」

「アイアはプレイヤーの娘なんだな」

「そうですよ」

「成長がいいとは思っていた」

「大統領は意外と近くを見ていない。スカーレットも言っていました」


 彼女が本物の母親なら少しは信用できる。アイアはここにいる。


「さあ行きましょうか?」

「言葉なら、言えばわかることでは?」

「ほかの遺品もあります」

「ちなみの私はどこの大統領?」

「あの戦争の結果として誕生した、支えられた世界のですよ。あなたに言わせれば、人の罪が集まる所です」

「へえ」


 この言葉を最後に、ルキウスが転移させられたのは荒野であり、砂漠が見える所だった。

 彼女はそこからさらに消えた。地下に空間を作っているらしい。


 ルキウスは荒野にひとりで残され、呟く。


「そうか。アイアか……大統領までいって、だいたい、わかったな」


 レイアは一瞬で用事を終わらせたりはできないらしい。

 彼はレジェンドボクトーをインベから出して、指先でくるくる回していた。


 そう待たずして、レイアが再出現した。上品な漆黒の軍服だった。高位の心覚兵に近い服だが、比較にならないほど上等だ。


 スマートなデザインの長袖の上下には、色味の違う黒で雪景色の山々の刺繍がなされていた。ボタンの一つ一つにも細かな意匠がこらされている。


 それに透明のケープをはおっている。物理的魔法的にまったく視認できないが、あるのはわかる。


 彼女は、ルキウスの顔を見るなりあきれた。


「悪い事考えてますね」

「戻ってくるなり、性格が悪くなった」


「あなたの真剣な顔は怖くない。遊んでいるときは不気味で、ぼけっとしているときが怖いときです。まずは予定につきあっていただかないと困ります」

「いや、何もやらない」

「絶対にうそ」


 完全にルキウスを知った口ぶり。ルキウスは彼女を母親として認識し、過去は知らない。距離感がわかりにくい。そして、彼女の発言は比較的信用できるが、無害とは判断できない。


「誘拐しておいての言いぐさか」

「あなたは本気で逃げたいときは、なにをどうしたって逃げきるんですよ」


 それを言うレイアから、逃がさないという意思をはっきりと感じられる。


「照準器は無しか」


 レイアは強化型の指輪しかしていない。動力者キネティストは、銃など違って照準がないので、眼鏡型などの照準器を使う。


「ええ、索敵・威力・射程強化と、魔力量増加を重視しています」


 暗に、私は強いと言っている。

 攻撃ははずさない。回避できる攻撃はすべてかわす。大きな攻撃は放つ前に潰すと。


「こっちに来て、脳は進化した?」

「ええ、今は簡単に当たる。でも、アトラスでもマニュアルでした」


「元々の超感覚者か。昔の反響定位エコーロケーションができる視覚障害者みたいな」

「五年以上練習しましたから。現実でできないことがしたいでしょう? 八十メートル先に敵を探知した瞬間、次には脳をくりぬいている。すごい格好いいなって」


 レイアが含んだ笑みで答えた。


「八十メートル先は正確にイメージできんだろ」

「地道な練習ですよ。これが一メートル、これが二メートルって」


 レイアが両腕で一メートルを作り、次に脚で地面に二つの区切りを切った。精密だ。


「気の長い人らしい」

「……そうですね」

「ずっとその構成ビルドで?」

「私は対人特化ですから」

「戦争では……そんな構成ビルドばかりだったのか」

空間能力者ディメンショナーはこの方向ですかね」

「誰でもできんだろ」

「いっぱい並べて、指揮官の合図で一斉攻撃すればそこそこ当たるので」

「マスケット兵の戦列みたいだな。まったくゲームっぽくない」


「大統領も超感覚ありますよね?」

「パターン認識能力は国のトップレベルだ。おかげで虫取りがうまい」


「我々はそれに振り回されたわけですが……」レイアがレジェンドボクトーを気にした。「武器がないということはないですよね」


 ルキウスを木刀をクルクルと手の上で回しながら「ちゃんとした剣もある」


「それ、好きですよね」

「使いやすい性能で、数があって使い捨てにもできる」

「そうですか」


 レイアは何かを飲み込んだように見えた。


「ところで、どうやって私の出現がわかった?」

「スカーレットがあなたが出てくるなら、森だって。それでジメジメした所は嫌いだから、あそこです」


「……村人を誘導したな」

「理解が早い。森近辺への移住の動きは何度かあったんです。でも軍に妨害されていた。だから奥まった場所を用意した」


「じゃあ旦那はなんだ? 偽装結婚?」

「アゲノはいい人です。待つには長すぎたということもあるけど」


「私は悪くない」

「いいえ、あなたが悪いと決まってる。スカーレットもよく言ってました、絶対に殺さないといけないって」


 聞いたルキウスが勘弁してくれという顔になった。


「夫婦仲が悪かったのか?」

「傍目にはよかったですよ」

「じゃあ本気で言ってないよな?」

「本気だと思いますよ」


 ルキウスは夫婦像が見えなかった。

 思い返してわかるのは、スカーレットことリコリス・ヒヤマは、彼より若いか、直情的な性格をしているということだけだった。腕はいいが、すぐに罠を踏む。すごく予定が立てやすい人だ。


「では本土に転移するので、一般人に化けてください」

「遺品が帝国にあるなら、帝国の人なのか?」

「最初はまず邪悪の森に出て、怖かったですね」

「あそこ、けっこうな地獄だけど」


「幸い外周でした。でも奇妙な全裸のおじさんと遭遇して、血の気が引いたな」

「迷子の森でおじさんとはホラー」

「反射的に殺そうとしたら、逃げられました」

「相手のほうが怖いわ」


 あの仙人だ。そうでもなければ、別の強者がいることになる。


「あれはなんだったのか……とにかく砂漠の廃墟で物資を得て、小さな都市にたどり着いて、うろうろしてたら本土からスカウトが来て、話からプレイヤーがいるかもと思ったら、隊長でした」


 ルキウスはずっと逃げる手段の確保を考えていたが、おそらくレイアは手足ぐらいは簡単にもいでくるので無理だと判断した。森より、考慮すべき情報が多い都市部のほうが可能性はある。


「いろいろあって、帝国はスカーレットが建てたようなもので、彼女の子供だった」

「……ふーん」

「私は隊長の頼みで仕事をした。帝国は混乱していて、ミュータール軍に北上の動きがあって、それを潰した。あとは、彼女が死んで、あなたを待つために逃亡です。本当に大統領は迷惑で困る」


「わかった、さっさと終わらせてくれ」

「夕飯の準備をしないといけないですしね」


 何度か転移を繰り返し、最終的にルキウスが出たのは、壁しかない廃墟の裏手だった。レイアがその壁の上に立ったので、彼もそうした。


 廃墟は小さな丘の中腹にあり、西側がよく見えた。大小の建物と道が地平線まで続いていた。高層建築も各所にあり、無数の車と通行人の動きがある。


「あれが帝都圏です」


 レイアが言った。


「来たくはなかった。人がすごく多いんだよ」

「スカーレットの成果です」

「余計に行きたくなくなる。皇宮にあるとか言わないよな?」


 ルキウスは、自分が死んだら、サポートはどうするだろうとか考えていた。自分も遺言を書いておくべきかもしれない。


「地下遺跡で深部に人はいません。警護ロボぐらい配置されているかもしれませんが、敵ではない」

「内通者でもいるのか?」


「帝都の空間防衛には私も関係していて、抜け穴を作っておきました。念のため少し歩いて空間の状態を観察します。変化の魔力はもちますね?」

「三十分ぐらいなら、戦闘能力は維持可能」


 ルキウスは、施設の状況が理解できなかったが、とりあえず同意した。

 二人はさらに転移して町中へ入り、歩いた、


「十分ほど探ります。歩きながら戦争の話をしましょう。我々の思い出の話を」


 レイアが前を見て言った。


「いいね」


 ルキウスも並んで同じように歩いている。


「逃げようなんて思ってませんよね?」


 完全に彼の行動が読まれている。


「土地勘が無い場所で、そっちが知ってる場所だぞ」

「なるほど、思っていると」

「いやいや」

「どうなるかわからないから面白そうだとか思ってる。あなたが逃げたら、どこかでこれを投げつけます。私の出現は予測できない」


 彼女が少し上げた手の中にある黒い球体には見覚えがあった。比較的最近、至近距離で目撃している、黒孔爆弾ブラックホールボムだ。


「なんでそんなもん持ってる!? 無駄に高価なのに」


 ルキウスはつい小声になった。


「あなたが近しい部下に配ったから。近しいといっても、数万人にね」


 レイアがすぐに爆弾をしまった。


「ええー?」


「配ったのよ。しかも不良品化させて。それはもう不評で、投げようとして起爆したり、起爆しなかったり、敵に奪われて使われたり、酷かったな」


「わかった、わかった。でもさっきから気になっていることがある」

「なにかしら?」


 レイアがあきらかに警戒した。


「どこの地域の人?」

ルオラヴェトラン(本物の人)ですよ」


「ああ、それでか。シビル連合体だな」

「やはり木刀に思い入れが?」

「いや、これは誰でも使えるし」

「逃げる準備をしてないでしょうね?」


 レイアの意識がルキウスに向いた。


「言語が気になっただけだ」


「言葉といえば思い出した。あなたは初めて会った時、宇宙人だって叫んで踊り狂ってましたね。おかしな人だと思いました」

「珍しい言葉だからな」


「時が経つほど、よりおかしな人だと思うことになりましたが、木刀は気になってましたよ。あなたはたまにあれを眺める」

「いや、まったくだって。しかし人間をやめた今となっては、彼らを思慕せんでもない」


「信じてるんですね」

「彼らの存在を疑うか?」


「いいえ、先祖がやったことですし」

「共同作業だ。でも現在の科学では、プロパガンダに、ヒステリーや大量破壊兵器が次元に干渉したことで起きた未知の現象だと説明されている。たしかに、未熟な脳接続技術の影響はあったし、記録に整合性がとれない場合もあった。破滅的な未管理ネットワークもあったか」


「それでもですか?」

超能力者シーバーはいた。問題は、それの再現性がなく、いくらかは現在の科学で再現可能で、説明もできるということだ。

 しかし、私は大学に入る前の夏、たしかに自転車で大陸橋を渡って、ハバロフスクまで行ったんだ」


「何か行きたくなることが?」

「いや、ビッグクレーターに行きたかったんだが、異常気象で雨降ってて寒くて。それで南下したら暑くて、アイス食べた」


 ビッグクレーターは最終戦争の記念碑的存在のひとつだ。


「若い頃から大統領っぽいですね」

「いまだに見てないの後悔している。というか、今思い出して後悔が開始された」


「ただの凍ったへこみですよ」

「ああいうでかいのがあるとかっこういい」


「……洞爺湖跡があるじゃないですか」

「ただの湾だ。もう木刀の材料は採れない」


「そもそも超能力者シーバーしか使えないですしね。でも、彼らの力は、呪文とかでしょう? 私とは違う」

「だからオカルトと言われがちだ。とにかく、あそこでアトラス発売のニュースがあって、引き返した。あれがなければインドの先端まで行こうと思ってたが」


「加減がおかしいな」

「いい自転車だったから、ペダル漕いでたら着くって。それで、帰りに大陸橋で、夏にして、冬の風を感じたとき、どこからか流氷が集まり、どこまでも続く美しいスケートリンクを作り出したのが見えた、気がした。青く輝いていた」


「氷の上を滑走する象牙槍の戦士たちも見えましたか?」

「……あの日、それを無人兵器特殊対応剣士隊、つまり日本軍最強にして最後の超能力者シーバーたちが迎撃した」


 ルキウスはまた同じ光景が頭に浮かんだ。当時以上に、町を歩く今のほうがその景色が見える。というか、やろうと思えばできる。


 レイアは聞くに任せていたので、ルキウスはずっと続けた。思い出すだけなので、言葉はすらすら出た。


「氷上会戦のおぜん立ては十分だった。両軍ともに空軍力は欠乏し、立体的防空網を抜けず、前日より、ロシア側の無人兵器が上陸を疑わせる損耗覚悟の攻撃を繰り返し、沿岸防衛隊は予備兵力消耗、小樽沖へ急行できる戦力は、彼らだけだった」


「勢多大佐は『槍が飛んでくる』という森山軍曹の発言だけで、全部隊の出撃を許可していた。これがなければ、象牙槍が司令部の電子機器を破壊していた」


「両軍は小樽沖三百二十キロで衝突した。戦闘開始から二十三分後、電磁波と記録不可能な赤い輝きが観測され、両軍の戦士はどこかに消え去り、海底が隆起、日本と大陸はほぼ地続きになった、とされる。電磁波の影響は北アメリカまでおよび、多くの電子機器が破壊された。極東の最終戦争は終わる」


「そうか、思い出した。子供の頃、超能力者シーバーの友達が欲しかった。なんで地球から力が消えてしまったのか、不思議で、残念だった。あれでどれほどすばらしい事ができたか。それで宇宙に出たかったんだな。どこかにあるかもと」


 ルキウスに向いていたレイアの意識が、どこかに向いた。彼はその彼女へ向く。


「問題か?」

「いえ、道と周囲の安全は確認できました。まずは入ったほうが安全です」

「了解」


 二人は路地裏から転移した。

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