狂気の森11
彼らは昼は荒野に張って、軌道の観測を続けた。森の探索者や廃棄された軍需品の回収者が多く、彼らの存在もさほど不自然ではなかった。
グソーは言う。「まず本線を基準にする。次に支流がありその用途を推測する。これから分かれるのが個人の道、これは短い。本線からはずれて生活などできん。
人数も大事だ。組織的で、主流から遠く離れたものは、秘密主義だ。少し時をずらしたり、ばらけてから一か所に集まるのもそうだ」
町で得た情報と合わせると、グソーでなくとも荒野の轍の意味がわかってくる。
安定しない轍は、運転士が下手だ。道のない荒野を走るのは難しい。ウジュイの目の前で横転した車もあった。これは、新人ハンターや、未回収地の環境の変化で荒野へ出た者だ。
それらはおしなべて本線ではなかった。慣れた運転士は自然と似た軌道になる。彼らは荒野に道が視えている。
散在する森や、残った陣地跡のせいで、いい道は特に限られる。
遠出するハンターは、たいてい二、三両の編成で、人数は十から二十。急加速した場合は、魔物の接近などが疑われる。
運送業は十両以上で、本線からはずれない。
多くの軌道と時期を地図に書きこみ、怪しい地点や遺跡、都市を探していく。
そして彼らは目当ての軌道を見つけた。悪魔の森の南南西部から出現し、最初はやや分かれているが、すぐに合流する複数の軌道。車両数は六。
森の周囲をうろうろした軌道もあった。
悪魔の森の探索に行く者は、毎回軌道が違う。起点になるキャンプ地などがないから、各々が入りやすい場所を探す。
発見した軌道は、確実に悪魔の森の中から来ている。その近辺の森を直接探るという選択もある。軌道は森の中でも追える。
ウジュイが言う。
「森をさまよって見つけられるなら、ハンターが見つけているはずだ」
「悪魔の腕の出現から、現地軍も調査をやってることだし」グソーが言った。「使われている軌道を捕捉したなら待つのが安全」
「さて、予想が正しければ、この軌道で来る車両六台の一団がなんらかの場所を知っている。面を割って、コモンテレイで行動を探りたいが」
「クオセトレイエからコモンテレイが近い道筋だ。遠目に視認可能」
グソーの目論見は当たった。どこからか来た改造戦闘車二台、大型トラック四台がコモンテレイへ入るのを見とどけた。トラックの積み荷は土に見えた。
市内に入ると追跡は別班が引き継ぎ、彼らがハイペリオン家と取引のある機械工具店に車を停めたのを確認した。未回収地では大手のドストチだ。キリエ家のビジネスに軍への部品納入と整備請負があったから、多少競っている可能性がある。
こういうことがあるから、キリエ家がウジュイを支援して、手元に置いておこうとしている。
「問題は、あの中にどれほど魔法使いがいるかだな」
ウジュイが言ったのは、町に散っていった一団のことで、彼らは手練れには見えなかった。装備は軍用品だったが、民間人だとわかる。しかし微弱な魔力は、警戒用の魔道具かもしれない。軌道を追えば関係する場所は知れるが、その奥はリスクがある。
「舞いもどった男宅に向かった男たちが代表格だろう」ウジュイが言った。「その周囲からだな」
「まずは友達の友達作戦で」
パファプには自信があった。
「……失敗しても構わんが、警戒をまねくことだけはするな」
ウジュイが言った。
ゾト・イーテ歴 三〇二〇年 九月 二十四日 夜 酒場
しばらく一団の交友関係を観察し、パファプが目をつけたのはサミックという中年の男だった。彼は開拓初期組の家の生まれの配管工で、人材斡旋業ネットワークの一部も担当していた。彼はあの一団と知った仲らしく親しげに話していた。
彼は何度かあの一団の男性と会っており、この日も酒場で酒を飲んだ。そして多忙らしい男性は、先に去っていった。
パファプは、空いたサミックの隣にかけた。長いカウンター席のすみだ。そして、まずは高めのリキュールを頼んだ。
酒場内は、ほどほどの盛り上がりといったところだ。ここは中央近くで、客層はいくらか上品で、荒くれ者は少ない。
パファプは酒を一口飲むと、自然体でサミックに話しかけた。
「ねえ、ここのお酒って、ここだけの物かしら?」
「だろうよ。本土とつながってねえからな」
サミックが答えた。
「種類もずいぶん多いのね」
「あれとかは、都市の外の畑やらで作ってるのを使ったってな」
サミックが酒樽を見た。
「あなた、ここの人なの?」
「そうだが、そっちは本土かい?」
「ええ、でも昔、コモンテレイにいたのよ。絶対にこんな町じゃなかったけど」
「だろうな」
少し酔っているサミックは、物知り顔だった。そこから、最近の町の変化や苦労話、不確かな噂や会談など無難な話をして、パファプがサミックの顔をのぞきこんだ。
「あなた、昔どこかで見たような気がする」
「いや、どうかな」
「いえ、そうよ、絶対に会った。あなたは私を知っている。時間が経って思い出せないだけ」
パファプが言葉に発見の感情を込めた。サミックに警戒の色が見える。
「こっちが思い出したのに、まだ思い出さないの?」
パファプは責めるように言った。
「人違いじゃないか? 女っ気の少ない生活だからな。覚えていそうなものだ」
「頭ごなしに否定しないで、まずは会っていそうな場面を思い出してよ」
「たって、なあ、お客じゃなけりゃよ、お手上げだね。自慢じゃねえが仕事以外は覚えないのさ」
「お客? そうよ……近所で何か工事とかしてた。違うかしら?」
「違うかといえば、そうかもしれねえがな」
「あなたは工具箱を近くにおいて、何か作業をしていて、子供の私に話しかけたの。景色が大きくて、私は低かったのよ」
「そうかな、あってもおかしくないが」
「家は、古い電気製品の部品が転がっている路地から、灰色の工場が見えた場所よ」
「ブラッタ通り奥の住宅街だな」
「そうよ。会ったの。あなたは仕事中で、私は子供だった。あの頃は、以前ほど町は荒れていなかった」
「そうだな……そんな覚えがある」サミックは記憶を探りながら答えた。「でも……」
「どうしたの?」
「あの奥だろ、あそこはホルツェンの隣はスオタで、その次は金具工場だったはずだし」
「そこは懐かしいわね。でも、その横の細い路地の奥に私の家はあったわ。見えにくいから覚えていないのね。でも今は無くなってしまった」
「じゃあ、ええと」
「工場をやっていた父は早くに死んでしまったの。知ってるんじゃない?」
「ああ、たしか、金物職人のおっさんがいたな」
「そうよ」
「そうか、あそこの娘さんね」
「そうよ、やっと正しく思い出したのね。小柄で活発で髪の短い子供だったの。あなたは何度か会ってる。もっと経って、高等補佐学校に行っていた頃は、何度か会ってすれ違いながらご挨拶したの、思い出してきたわ」
「そうか、そんなのがあった気がする。そうだ、思い出してきた。それで本土へ就職か」
「いいえ。私はずっと未回収地よ。戦争でちょっと留守にしただけでね」
「ああ、ああ……そういうことか」
サミックは酒を飲みほした。
「そうよ、本土に知り合いがいて、いろいろ教えてくれるの。でもあっちもよくないって。あなたもそう思うでしょう」
「そうだな。なるほど、なるほど」
サミックは多少酔っている。それでも話に支障があるほどではない。
「私、あの戦争で主人が死んでしまって、困ってるのよ」パファプが念を押した。それから思い立つ。「そうだ、さっきいた人は?」
「さっき?」
「あなたの隣にいた人よ。すれ違ったわ」
「ああ、アゲノのことか」
「彼も若い頃にどこかで見たような気がするけど、違うと思う?」
「見ていてもおかしくはないが」
「町がこうなって、私みたいにもどってきたのかしら。知っているはずなのに、思い出せないわ」
「あれはもともとは軍にいたがな。上官の近くに何度か弾を撃ちこんだことがあって、何度かもめて辞めた。だが腕はいいんだ。だから、わざとじゃないかって話になるんだがな。そんな度胸はねえのよ」
「じゃあ、今は何をやってるのかしら」
「あいつらは、けっこう前から悪魔の森の開拓をやってる」
「へえ、おもしろそうね」
「そうかい? あの悪魔の森だぜ。近くの森と一緒にするなよ」
「少なくとも、ここよりはよさそう。いいえ、きっとどこでもここよりはいいわ」
「あいつらは、村を拡張したいってさ。人を集めてる」
「私でも参加できるの?」
「興味があるのか?」
「ええ」
「まあ、若いし大丈夫だろう。だが、細かい情報はおれも知らないし、自由には帰れなくなる。彼らを信用して、人生を賭けられるか?」
「待って、ちょっと考えたいの」
「だろうな」
「じゃあ、どこまでなら聞けるの?」
翌日、ウジュイらは荒野に出て相談を始めた。
「今回は物資の補充で、次に移民を連れていくと」
ウジュイがパファプに確認した。
「そこまで厳密って感じじゃなかったですねえ。選出者界隈で少しは噂になるはず」パファプが言った。「場所はやはり不明。そっちに仲間として紛れるのが楽ですよ。貧乏くさくなれば行ける。嫌ですけどねえ」
「入口が緩いなら……緑化機関のチェックがあると考えるべきだな」
「なら、人員が選出された後に割り込んで、直接連れていってもらいますか」
「そうだな。コモンテレイを出た後で、正規の人員として合流したい」
「難しいのでは?」とジャーミア。
「話さえできればどうとでもなるよ」とパファプ。
「あの自然祭司あたりが同乗するのでは?」
「いや、彼らだけだって」
「確実に?」
「これまではそうだったと言っていた」
「荒野は危険だが、汚染地帯を避ければ割と安全だ。師団相当の戦力とやらが護衛をやるとは思えん」とグソー。
「監視が無い所で、そのアゲノ・クローリンと話ができるかどうかが問題だ」
ウジュイが言った。
「紹介はしてくれますよ、気のいい男らしいです。でも、偶然に二人に合流するべきでしょうね」
パファプが言った。
「アゲノ・クローリンには距離を離して護衛がついていた。まったく彼に視線を送らない練度となれば、外でははがせない」
ジャーミアが言った。
「そこまで声がとどかなければ問題ないよ」
パファプが言った。
「どっちにしろ、彼に言葉が効かぬなら潜りこめん。その場合は、隠密潜入を試みるほかない」
ウジュイが言った。
「なら試しつつ、なし崩し的になんとかやってみますよ」
ゾト・イーテ歴 三〇二〇年 十月 十日
ウジュイたちは、コモンテレイから一日ほどの荒野で待っていた。そこにアゲノたちの車列が通りかかり徐行した。
先頭の車両が近くまで来た。乗っていたアゲノが、声をかけてくる。
「よお、準備はできたのか?」
「準備は万全だ。車の修理をしていて、持っていきたかったんだ。きっと武器も必要だろ?」
ウジュイが言った。
「あるにこしたことはない」
アゲノが言った。彼は次に同乗者たちにウジュイを紹介した。
「こいつがウジュイで、軍を辞めたあとに、少し一緒に仕事をしていたんだ。まじめな男だ」
「お世話にならせてもらう」
「行けば少しは驚く。コモンテレイもあれになったがな」
同乗者が言った。
「まあ偶然もあるものだ。パファプと知り合いだなんて」
アゲノが言った。
「こっちに来てから世話になってな」
「同じ町に住んでいる仲間なんだから、不思議なことなんて何もないわ」
パファプが言った。
「とにかく、本土も大変でな」
ウジュイが言った。彼はこの演技が苦手だが、これも修行だと考える。
彼は繊細ではないが、操った空気の肌触りで超能力者かどうかぐらいはわかるし、漂う化学物質で相手の緊張度合いもわかる。
今のところ、問題はない。この状況を疑われていない。
ちなみにアゲノにはわずかに魔法の資質がある。鍛えれば、火種を起こすことぐらいはできるようになりそうだ。
「皆さんこれから仲良くやってくださいねー。我々は全員仲間ですから」
パファプが陽気に言った。
彼女はウジュイに目配せした。彼らの抵抗は確認できない。
微弱な干渉だが、繰り返し言っていると吹き込んだ情報の信用が増していく。干渉相手を限定できないのが欠点だ。敏感な者の耳に入れば、能力が認識される。
ウジュイの精神にも干渉するので、抵抗しなければなんとなく演技がしやすくなる。
「じゃあ、こっちは後ろからついていくから」
ウジュイが言った。そして車列が荒野を進みだした。
「思い出す力な」
ウジュイが呟いた。彼は様々な魔法を知るたびに考える。その力が何を意味し、何を人にもたらすのかを。
一度忘却されたものは、再生されうるのだろうか? そもそも思い出すとは何か。一度忘却されたなら、それは認識の消滅だ。それが再出現するなら、創造ではないのか。
熟達した精神系の超能力者は、癖が強い。同じ超能力者でも、精神系は質が違うように思える。
パファプの力は思い出すときだけ、非常に強く自然に作用する。しかも寝て起きると、さらに状態が進行する。
声を使う力は当てやすいが弱い。「動くな」と命令しても、相手が抵抗の意思を明確にすれば解けてしまう。パファプの力は聴衆が気づかれることなくゆっくりしみていく。それは本質的に、世界を歪めていると言えはしないだろうか。
これは精神調律を日課として常に自己矛盾と向き合っていなければ、侵食に気が付くのは難しい。弱い者はなおさらだ。
アゲノは代表だけあって効きが弱かった。人格の変化に周りの人間が違和感を感じることもあるので、干渉は最低限だ。
パファプには思い出すという行為に執着があるのか。逆にその気楽さで周囲などどうでもいいのか。
ウジュイにはできない。意図しない変化は恐怖。自分のかけた暗示で、自分まで変わってしまう。彼女は自分すらどうでもいいのかもしれない。壁を越えた場合、一番見込みがあるのは彼女だと思える。
彼らは町から離れた安全ルートを走り、三日目に悪魔の森へ着いた。車列はそのまま森へ入り、木々の間をぬって進む。よく見ると、一部の木は不自然に枝が無く、通行を邪魔しないようになっている。
あるとき、結界を超えたのがわかった。その術を行使する管理者が存在する可能性が高い。
木々が左右から迫る車幅ギリギリの道を抜けると、なにかしらの穀物の畑が広がっていた。
その先に、柵に囲まれた太い木々が茂った村が出現した。様々な果実が実をつけており、村人はなにかしらの作業をして、子供たちは笑顔で遊んでいる。
彼らはここで家と畑を与えられることになった。村人となっての生活だ。
悪魔の襲撃がありそうな雰囲気ではない。
そして彼らは警戒しつつ無難に数日を過ごした。
ウジュイは慣れない近所付き合いをこなし、新旧の村人から情報を得た。
彼らは一般人で、特別な作法を守った生活だとかをしていない。目指した情報や秘宝の持ち主ではないが、脅威でもない。
神殿らしいものもなく、信仰の匂いがしない場所だ。しいていうならば、いくつかの果樹が力を持っている。それも魔物ではない。
パファプはその力でそこはかとなく人気者になっており、まんざらでもない顔をしている。
「コココットさんは畑の番人です。農業のことは彼に相談しましょう」
と紹介されたのは杖を持った少年だ。非常に小柄で耳が尖っている。あきらかに人間ではない。超能力者にたまにある変異とは違う。
そして彼は植物に干渉する魔法を使う。
緑化機関の構成員と推察された。
「パファプさん、なんですかこの土手は! あなたはすべてを腐らせる女ですね!」
コココットがパファプを説教している。戦闘能力があるのはわかるが、勝てないほどの圧はない。コモンテレイの自然祭司は、どう攻めれば殺せるかわからない不気味さがあった。
「コココットさんが優しくしてくれないの」
パファプは村娘のように不満をこぼした。
「自分の畑なんだから、しっかりやったらどうだ?」
ウジュイが言った。わりと本心。
「土いじっても、生えるのはすごい先ですよ」
「そういうものだろう」
ウジュイは地道に石を取り除いた。精神修養ばかりやっていたので、たまには力仕事もいい。
「新しい方々はもう村に慣れましたね。いい人ばかりでよかったです」
アゲノの妻のレイア・クローリンだ。彼女は料理を教えてくれる。かつて仕事にでもしていたのだろうか。西部以外では珍しい技術だ。
「よくしてもらっている。しかし、おれは狩りに行きたい。森の暮らしと言うのは、そういうものだと思っていた」
村に入ってから、森へは入れていない。周囲に結界からかってに出るのは疑心をまねく。狩りにかこつけて、通行手形に当たる物を確保しておきたい。
そして村に何もない場合は、森の奥に何かが隠されている可能性が高い。
「森には悪魔がいるんですよ」
レイアが笑って言った。そのまま含み笑いをしている。本気に見えない。
「見たことが?」
「見えなくとも、ずっといるんですよ、悪魔は」
「恐ろしくはない。これでも腕には自信があってな。必要な仕事ならそっちがいいのだが」
「カブのシチューを教えてあげたのは、お気に召さなかったのね」
レイアが残念そうにした。
「いや、料理もいいものだ。工夫の余地があっていい」
「そうでしょう」
レイアはうれしそうだ。
そこに、子供たちの元気な声が飛びこんできた。
彼女の娘のアイアや、そのほかの子供たちが大きな木の周りで遊んでいた。彼らも働いているが、すぐに遊ぶ。
(あの子は、才能があるな。そしてあの木は一段と強いが)
アイアのまとった気配は明確な才能を示していた。ここの大人たちより優秀だろう。いますぐ、何かを発現させてもおかしくない。
そして彼女が守っているカキを、夜中に拝借してその効果は知っている。しかし、彼を高めるものではないのは、理解できた。魔法薬に近い効果だ。
繰り返し食せば、力を得られる可能性は否定できないので、種は確保した。
そのような果樹が実をつけるここは、神の地かもしれない。しかし、ずっと住むつもりはない。
「彼が……」
ウジュイはどう聞いたものか悩んだ。
「コココットさん?」
「土精というのがわからんのだが」
「それは知りませんけど、コココットさんは大人です」
「一人前ということだ」
「ええ、かわいいですよね」
ゾト・イーテ歴 三〇二〇年 十月 二十七日 昼
四人はかたまって畑仕事をしながら、念話で会議中だった。
『このまま粘っていても、新しいものは出ないな。それに一度ルキウスが来たときは肝を冷やした』とウジュイ。
待っても季節性の儀式らしいものの予定はない。村人のすべてがパファプの能力に抵抗しているとは考えられない。彼らに重大な秘密はない。
『尋ねるなら、あのチビ妖精しかいない。あれの部下だっていうし』とパファプ。
『彼に君の力は効いていないのだろ?』とグソー。
『畑のことはいくらでも教えてくれるけどね』とジャーミア。
『それも農学者には秘術かもしれんよ』とグソー。
『力づくで吐かせるのは厳しい』とウジュイ。
『感触的に装備品で防御してる。防御してる自覚がないし』とパファプ。
『昏倒させて無力化、直接接触でジャーミアが読む。そしてすぐに装備をもどす』
『そうですね。自由に話してくれる設定までいくと、周囲が違和感が生じる』
『ならやるか、今日は狩りで男手が減ってる。コモンテレイもやや手薄だ』
ウジュイが決断した。これには、ジャーミアが妹とのリンクに乱れを感じたせいもあった。異常は確認できなかったが、彼はどうにも事態が不都合に推移している空気を感じていた。
コココットは彼に対しては高いイネの中で作業をしていた。そして、わずかに周囲を警戒してすぐに倒れた。窒息による昏倒だ。
ウジュイが姿勢を低くし、イネをかきわけて彼に接近する。コココットはまちがいなく意識がない。
「たやすいな。杞憂だったか」
バン! 発砲音。ライフル弾がウジュイの体を貫通した。
ただし無害。瞬時に体をガスにした。弾はガスを押しのけただけで、破壊はほぼ起こっていない。
発砲したのはアイアだ。彼女は木を陰に隠れていた。今日は少し森に入って射撃訓練をしていたはず。なぜここにいるのかは、今の課題ではない。
「やめろ、何をするんだ? お嬢さん!」
ウジュイがとっさに叫んだ。何が起きたかはわかっていないはずだ。
銃声はそこそこある村だが、すぐに騒ぎになる。音を潰すには遠い位置から射撃だ。
「怪しい奴はとりあえず殺せってルキウスさんが言ってた! もう確実に怪しいの怪しいの怪しい!」
アイアが目をらんらんと輝かせアサルトライフルを掃射した。ウジュイには効かないが、なぜか弾がきれない。そして若干遠い。
『なぜあそこまでの接近を許した!?』
ウジュイが近くで伏せているジャーミアに確認した。
『気配が消えています! 今も思念がない』
アイアは灰色のマントを着ていた。それが存在感を消している。見えているのに、薄いような感覚がある。かなり高位の装備だ。
「あのマントか」
あれはどこかに隠してあったのではない。遊びの時にも着ていた。ほかの子供たちも、何か見慣れない小物を手にしていた。
彼はそれをおもちゃだと思っていたが、何かの魔道具だったのかもしれない。だとすれば――
「まさか隠すまでもなく、普通に家にあるのか!? あのレベルの品が、だとすると家々を探る価値はあるが」
そこにアイアが射撃が来る。脅威ではない。
『パファプ! 何をやってる!』
今ならまだ収拾できる。村人に対するパファプの信頼は莫大だ。無理でも強引な説得で、少しは時間が稼げる。そのあいだにコココットの装備をはがして、記憶を読めばいい。
「射撃停――」「キャーー」
パファプの声をかき消したのは、警報装置かと思うほど、甲高い悲鳴。
その主はレイアで、十メートルもない位置にいた。
「コココットさんが大変だわ!」
ウジュイの精神はこれでも平静だったが。状況の理解は困難になった。さらに――
「何があったー!」
かなり遠くでアゲノの声がした。一分ほどで複数の男が駆けつけることになる。
しかしそれよりも前に、アイアの銃口がパファプを照準した。そして圧倒的な連射。その撃ち出された銃弾は、ことごとく鋭い弧を描き空へ飛んでいく。
「これはどうにもならないねえ」
グソーだ。彼の前では、自らの意思で推進するもの以外は軌道を操作される。
「村の東に魔物です! 早く行ってください」
パファプがかなり強い力を言葉に込めた。ここは西側だ。
矛盾する言動だが、こんな場合は錯乱させることが期待できる。
「お前、何かやったな!」
アゲノが顔をしかめ、さらに憤怒の表情になる。記憶の違和感に感づいたか。しかし、村のほうでは動揺が起きている。
「離れろレイア!」
アゲノの呼びかけにかかわらず、レイアは倒れたコココットしか見えていないようで、彼をどうにかしようとこっちへ走ってきた。
アゲノはちゅうちょせずアサルトライフルを発砲した。百メートル以上先からだ。自分の妻が近くにいるが見えていない。
以外にもこれはグソーの近くを抜けた。
「あの弾、少し魔力があるぞ!」
グソーが叫んだ。弾を完全に曲げられず、数発が彼の近くを抜けたのだ。戦技ではない。あれは超能力射手の技術だ。
『ふたりはこちらへ来い!』
ウジュイは大気に干渉して、レイアを吸い寄せた。レイアが急な移動で軽く悲鳴をもらした。彼女は空気圧で盾となる位置に固定された。発砲が止まる。
「悪いがね、奥さん。ジャーミアはそっちを終わらせろ」
指示を受けたジャーミアがコココットの装備品を取ろうとする。
しかしさらにアゲノの射撃。これはレイアを迂回して、ウジュイのやや近くを抜けた。ジャーミアに当たれば、すべてが水の泡だ。
どうするにせよ、もはや、何もなかったことにはできない。
「やむをえん。殲滅するぞ! 伏せていろ」
ウジュイは小さなアンプルをポケットから出した。これで猛毒のガスを発生させ、すべてを殺しつくす。調査はそのあとすみやかに完了させ、離脱。
ウジュイはアンプルを割ると同時に全身を無色の気体に変化させた。この村ぐらいは自分の拡張した体で包みこめる。それで終わり。
そしてガスと混ざりあおうとした瞬間、彼のすべてが消滅した。
無色であったため、それは誰にも視認できなかった。しかし彼がいた空間は丸ごと消え去り、強風が吹き、残された三人は異常を察した。
そこに素早い走りで位置を変えたアイアの連射が来た。これがグソーとジャーミアを絶命させた。
最後に残ったパファプは茫然としていたが、すぐにこと切れ倒れた。弾は当たっていない。
レイアは支えを失って倒れ、それからコココットを介抱するために触れた。
今この場で、誰よりも困っているのはルキウスだった。マリナリの警告を受けた彼は、軽い気持ちで確認に来たハイペリオン村で異常を察知し、気配を消して地中を潜行して敵の直下まで移動、体の一部を細長い根に変えて上を伸ばして芽を出し、状況を正確に認識していた。
彼は敵の性質が知れない厄介な戦場で、レイア以外を見捨てた。
元軍人のアゲノと鍛えられたアイアは復活させればいい。金欠のストレスでヴァルファーの寿命が縮みそうだが、どうでもいい。
しかし普通の主婦のレイアは死ぬば終わる。死の摩耗に耐えられるだけの魂の力がない。しかも体の一部を気体化した敵にがっちりつかまれている。
すきを突いて敵を即死させるか、離した瞬間にあいだに土壁を出すかして、敵と分断しなければならない。可能なら地中に引きずりこんでもいい。
その敵は次々に殺された。三人は銃弾が命中する前に、敵の内部で力がさく裂したのはわかった。それがやれるのは、位置的にひとり。
アゲノがレイアに駆けより、そのまま突き飛ばす勢いで抱きしめた。
「大丈夫か!」
「問題ないわ、あなた」
レイアは平常どおりだった。
「よかった。これはどうなってるんだ?」
アゲノが倒れた者たちを見回した。そこにアイアも合流しようとしている。ほかの村人も向かっている。
ルキウスは静かに潜行しようと、地上に出した芽をゆっくり地中へ引っこめようとした。
「でもルキウスさんは、なんで出てこないのかしら?」
レイアのほんわかとした声は、ルキウスを震えあがらせた。同時に上ではアゲノが「なんだって! またあいつのせいか!」と憤怒した。




