狂気の森9
(森なら、予知精度は高いはずだが)
予知できなかったのは、占術妨害か? おそらく違う。今はドゥーギギが動かないと感覚でわかる。
読みをはずしたのは、足が分離するという発想がルキウスになかったからだ。さらに明確に否定していた。
広い宇宙には、分離させた体を何かに利用し、それを再結合させる生物もいるが、間違っても飛行はしない。
先見による予知の原資は、無自覚に取得している情報。それが自然に導きだしもたらす感覚を、自我が曲げてしまっている。
しかし予知できないこと自体も情報となる。ルキウスがドゥーギギを理解していない以上に、積極的に間違っている。慣れた蟲のパターンに当てはめようとしている。
このまま戦うのはあやういが、戦術を小出しにしてくるタイプとは知れた。腕の着脱は、ルキウスに脱皮を連想させた。
脱皮による回復があるかもしれない。
敵の手数は、まだ対処可能。
ルキウスが思考する間も、魔王は動かない。
「今よろしいですか?」
ソワラからの会話接続だ。
「ああ」
ルキウスがゴウと剣を振る。飛来した羽虫の大群が弾け、燃えた。
「近辺の森から蟲があふれました。そちらへ向かっています。空の色が変わるほどです。大地を走る大型は野砲が減らしていますが、小虫の多くはそちらへ到達します」
周囲では、あらゆる虫の羽音が絶えず競い合い、ガリガリゴリゴリとかじる音、植物が吐いた酸が弾ける音、ズウンと巨木が大地を叩いた音がしていた。
そこに重低音が増えたのは、ルキウスにも聞こえていた。
「そうか、できる範囲で減らせ。ほかの問題は?」
(影響範囲が広いな。大きな力を使ったそぶりはなかったが)
「了解。離脱は無事に完了しましたが、超能力者は精神消耗で気絶しています」
「昭霊寺の坊さんたちはどうしてる?」
「特に動きなし。訓練や勧誘をしつつ、蟲の接近を待っています。支援は?」
「必要ない。状況が変われば知らせろ」
「わかりました」
(スーザオが反応しない。こいつは俺より弱い)
ドゥーギギの複眼はカメラのように無機質。ハチの機嫌がわかるのがルキウスだが、この魔王には本当に表情がない。生きているのか死んでいるのかはっきりしない顔だ。
(消極的な構え。浮遊する足の射程に限度があるのか。攻めは蟲の群れだけか、引き寄せてやるつもりか。でも、罠張る感じはない)
「この森は重要だ。そう思うよな?」ルキウスは語る。「知ってるか? 我々は百億光年先の星を見る。光を見るというのは、過去を見ることで、強く打ち出せばまっすぐ未来へ届く。もし星の光の方向が違ったらどうする? しし座が、ひしゃく座になったかもしれん。たてがみ付きひしゃく座生まれになりたいか? 嫌だろ?」
ドゥーギギの触角は停止している。
「つまり、最初ってのは大事だ。それが結果を決める……だから森を維持した。何か意味があるかもってな。で、愉快なおしゃべり系誘惑魔王が出てくると思っていたわけだが」
ルキウスを狙って蟲の大群がおしよせる。植物は蟲を完全には止められない。
さらにドゥーギギの周囲にも、護衛らしい巨大な蟲が集結している。
「だんまりか? 余裕で射程内だ〔火の嵐/ファイアストーム〕」
ボワッと、ドゥーギギが強烈な炎に包まれた。その火力が一気に高まり、周囲にいた蟲が炎上して黒い煙を噴いた。
浮遊する二つ腕が、すぐに彼へ向かう。さらに人の腕が踊り、黒い光線が発射されたが、ルキウスは造作もなくかわした。
ここでドゥーギギの姿勢がやや前に偏る。
『アーリーラドネにくみするなら、排除する』
(だから誰だよ。蟲の弱点、火は有効。だが、これだけで届くか? 無理だろうな)
彼は浮遊足の間を抜ける。遅い。単独ではまったく障害にはならない。無数の小虫を踏みつぶし、巨大な虫を踏み台にして、加速する。
長期戦は不利だ。戦っている植物は、腐邪界の影響で徐々に弱り、蟲は数を増やす。それにソワラが事務的なときは、関与したがっている。
ならば、低く、より低くルキウスは駆けた。仮面にぶちあたった蟲が弾ける。
限界まで加速して、一瞬ドゥーギギを仰ぎ見る。連続で上から横から襲う足をかわし、巨体の背に抜けるよう跳躍した。
人の腕の指が二本飛んだ。彼は空中を蹴り、とってかえす。下りの一閃は神気をまとっていた。ザンッ! 腕が一本落ちる。それは奇妙に乾燥していて、体液は散らない。
着地際を狙って、人型の足が鋭い蹴りを放った。これは両の剣が受けた。この足も固い。彼はふんばって、地を滑る。
そこに横からきたのは、巨大ゴキブリの鎌。新たな護衛が魔王へ殺到していた。
ルキウスはそれを簡単に切り払った。鎌が宙を舞う。さらについで斬撃で頭部を潰す。戦車の正面装甲に近い強度だが、ドゥーギギとは比較にならない。
また巨大な蟲を見上げる。この触れないギリギリをまとわりつく距離が最良。手足をかいくぐり、連撃をたたきこむ。
しかし、減った腕が抱くように構えた内側に、黒い球体が生成されていた。それはすぐに炸裂する。さらに後方からは浮遊足。
かまわない。彼はそのまま黒球へ突撃した。腕を一本はね、さらにもう一撃を狙い、目の前で黒が破裂した。ルキウスは軽い人形のように飛び、全身の力が抜ける。
そこを浮遊足がとらえる。それを剣でどうにか受け流し、直撃を避けた。ルキウスをつかもうとした爪がかすめたが、どうにか空中を蹴り、枝を振り回して戦っていた巨木の頭に着地した。軽くないダメージを回復する。
「〔再生/リジェネレイト〕」
そこへ浮遊足が飛来し、ルキウスは足場から飛んだ。バンと、浮遊足の直撃を受けた巨木が多くを巻き込み倒れる。
ルキウスは空中で、右手の剣を手放し、即座に火球の矢を地面へ投げ、再び剣を取る。下方で火球がさく裂、円形に蟲がはじけ飛び、大地がきれいになった。
彼は空中を蹴って、そこへ着地した。
「どうだ? 少しは焦ったか?」
返答は黒の光線、腕が減ったせいか、多少の乱れがある。距離があればかわすのは容易。
「つまらん奴」
ルキウスは少しイライラしていた。アトラスなら魔王との会話など期待しないが、おもしろくない。
この遭遇に意味を見つけられない。これが、悲劇であれ、プレゼントであれ退屈だ。
確かなのは、この蟲に命と引き換えに滅ぼすような価値は感じないということ。
火の嵐がまた発動した。距離があり、蟲が密集すれば使う。この雑魚を処理する感覚はアトラスを思い出す。
ルキウスはここから何度も突撃と、離脱を繰り返した。前回ほど深くへは入らない。腕をはねても動きが変わっていないからだ。こちらの魔力は減ってきている。
そして知れた。外骨格はどうにもできない強度。腕は回復しない。強力な遠距離攻撃がない。性別は不明。後ろにも回ったが、産卵管はなかった。頭部は動くので狙いにくい。あの入り組んだ角が壁になって阻まれる。
横や後ろは角が怖い。昆虫の旋回はかなり早いのだ。正面で致命傷になりそうなのは頭部。しかし、危険回避反応の鈍さからして、守っていない。それが気になる。
とはいえ、やはり狙うべきは頭か。
そして何度か頭を狙う攻撃を繰り返し、攻め方を探っていると、ルキウスは何かの攻撃を察知した。警戒するが、はっきり認識できない。
「なんだ」
ルキウスはとっさの判断で頭をひねった。細いものが首を突き、貫いた。
「ガァ!」首に刺さった何かが、ギリギリとねじれる。非常に長い黒いもの。どこから伸びてきたのか。「ギィイ」
ルキウスは何も考えず、神気をまとった剣を長い物に押し付けた。それをひざで蹴り、どうにか押し切った。さらに首に刺さった物をつかみ、首を引き抜いた。
安心する間は無い。浮遊足のギザギザしたかぎ爪が、右足の背面と、左肩をえぐり取った。痛みに声も出ない。
彼はかぎ爪が肉をえぐるのを無視して、強引に逃れた。必死に距離を離す。
「再生!」
傷が治りはじめたところに、また細いものが来る。それを剣で切り払った。これはもろい。しかし、切っても、続くものがそのまま伸びてくる。
これは剣で軌道を逸らした。しかし、逸らされたものは伸びた先で歪曲し、再びルキウスへ向かう。彼は手元のものを斬った。向かってきたものが、ぼとりと落ちた。本体とつながっていないと力が弱い。
ここでようやく状況を把握する。
ドゥーギギの中間の二本の足が異様に細く伸び、蟲の大群の下を猛烈な速度で迂回して、ルキウスを襲ったのだ。百メートルを超えている。
そして、ルキウスは伸びたという表現が不適なことに気づく。
展開されていた。足は、最初から展開図を折って作ったような状態だったのだ。それが開いた。病的なまでに細かな四角形を立体的につなぎあわせてできている。図にすれば、細かい線で埋まって黒くなってしまうだろう。
それが接合点を変化させながら、開いたのだ。この展開足はギザギザしていて、急に変な方向に曲がる。
そしてその断面がはっきり見えた。こいつは中身がない。足の内にあるべき筋肉がない。裏表がなく、内側も黒い。
この足は、錯視を思わせる奇妙な動きで瞬時に折りたたまれ、元にもどった。そして開かれる。
今度は二本が時間差で来た。速い! ルキウスはこれをどうにか逸らした。
切った残骸は、浮遊して再び足に合体した。足がまたもとにもどる。次の突きがくる。距離をとっても危険。浮遊足もきている。ルキウスは必死でかわす。
「くそ! 一気に不利になった。意思がないって言っていたな」
ここでルキウスは、超能力者の最後の言葉を思い出した。
思念術者なら思念を感じたはず。機械でもないかぎりは、意識がある。そこにこの状況のヒントがある。
ルキウスはひかない。展開足を斬り、わずかでも間ができれば火の嵐を放つ。近づいてもみたが、あの突きを至近で受けることになる。さらに敵の手数も増える。まともに腹を突き抜かれ、どうにか逃れた。
距離は離しても苛烈な突きがやまない。何度もかすめ血が散った。
『お前は使える。手に入れる』
浮遊足が突っこんでくる。ドゥーギギが消える。気配はほぼ直上! 巨体が降ってくる! それより先に来たのが、展開された二本の足。左右からだ。ルキウスはそれを剣で器用に逸らす。
剣の腹で展開足が滑っている時に肩にのしかかってきたのは、関節から先がない前足。重い。
そのまま姿勢が下がる。接触されては瞬間移動は難しい。支えきれず、ルキウスが仰向きに倒れる。
背中が朽ちた木についた瞬間、「おらあっ!」木から太い枝が急激に伸び、ドゥーギギを押し上げた。
ルキウスは瞬間移動で逃れた。
(こいつ、絶対におかしいぞ。軽すぎる)
重量級の敵は、姿勢安定スキルがある。見た目以上に重い。魔王となれば、押しのけることなどできない。あれは地中に逃れるべきだった。しかし不自由な地中で攻撃されるのを嫌って、賭けに出たのだ。
ルキウスがドゥーギギの腹を見た。
「中身が見たくなったぞ。お前に興味がわいてきた」
『お前はなんだ? 捧げよ』
ドゥーギギが攻撃をやめた。
「はあ? すんごいアーリーラドネさんだ」
ルキウスは会話に応じた。今は消耗している。時間が欲しい。
『諦めよ、ツァビアは我が世界に沈む。お前は、我に仕える』
「そういうときは報酬を用意してくれよ。って……ツァビア……」
ここでルキウスはある文が頭にうかんだ。
――ツァビアの監視キャンプのアーリーラドネに、救援物資を届けよう。
これが何かは思い出せない。しかし、アトラスのクエスト文章しかない。ルキウスの頭が、横にふらふらと揺れる。
「ツァビア……【摂関の都レンドラ】のなんたら草原の野伏組織だっけ。あれは悪魔系のストーリー……か?」
アトラスの話だ。ここには存在していない。それとも、過去のここはアトラスと同じ? そんな情報はない。ルキウスの考えとも違う。
「アーリーラドネってのは、ここらにいるのか? それとも過去か?」
『お前を手に入れる』
ドゥーギギが消えた。今度はルキウスもすぐに瞬間移動で逃れた。しかし、魔力は減り続けている。じきに半分を切る。攻略の糸口がない。
何度も展開足を斬ったが、すぐにくっつく。意味がない。
(虫の形状だが、本質は不規則、展開、拡張か? つまり空間の否定、空間系なら囲いこまれるのは危険。距離を無視する攻撃があるはずだが、直接攻撃……)
「アーリーラドネの話が聞きたくないか? とてもいいことを知っている」
この会話の先に勝機はない。しかし気になった。
『我が支配を望むか』
「それを答える前に、そちらの望みを告げてもらおう」
『レンドラの底よりどこまでも這い出し、我が領域は無限に広がる』
「ふ、くくく」ルキウスから笑いがこぼれる。「レンドラもツァビアもここにねえよ。アトラスの設定どおりかよ」
ひどくばかばかしい気分だ。しかし彼は納得する。
「そうか、神の設定は変えられないのか。信仰魔法に影響がでる。苦労を見た気分だ。ふふ、お前みたいなNPCには絶対負けん」
戦意がわいたということはない。純粋に負けが想像できなかった。
『お前を手に入れ、レンドラを我が世界にする』
どこまでも会話は不成立。状況は不利で勝機なし。
意思がない、はNPCを意味している? 違う気がする。彼はプレイヤーではない。あと一歩であの言葉の意味もわかる。
ルキウスは覚悟を決めた。
迎撃の展開足を受けるのは小手。両の小手がガリガリ削れる。
すぐに後方から曲がった展開足がきた。これは剣で逸らす。しかし次の歪曲は早い。
ルキウスは剣を捨て、ほぼ同時にこの二本を、自ら腕に刺させた。腕がおろされていく。筋肉で向きを操作する。さらに半ば固定した展開足に、あのウサギ人形をぶつけた。さく裂。
展開足が固まり、若干追撃が鈍る。ここで展開足を斬り捨て、加速して到達したのは本体。側面を駆け抜け、斬撃はインベから新たな剣を抜くと同時。
ふくらんだ腹を剣が裂く。思った以上のやわさで、側面がざっくり裂けた。
腹の傷からは、黒煙が噴出した。強烈な毒性を示している。やはりカウンターがあった。ルキウスは瞬間移動で逃れた。
黒煙は、ドゥーギギの巨体を隠すほどの勢いだ。
「これも外れか」
ルキウスに喜びはなかった。煙から姿を現したドゥーギギの表情は変化しない。腹がごっそり裂けても、気にしていない。
意思がない、は別の操作者がいるという意味か? ルキウスの感覚と合わない。きっちり視たが、ドゥーギギは力に満ちている。間違いなく、この場で最も強力な存在だ。近くに隠れているものはない。
どうするかと考えたところで、彼は刺された腕に気をひかれた。
腕にダークブラウンの粉末が付着している。剣にも少し。これは土や朽ち木の残骸ではない。あの噴き出した黒煙と近いものだ。
「もしや」
そこに展開足の突き。ルキウスはこれを剣の腹で逸らしながら、展開足に沿って駆けた。少しでも長く剣が、展開腕に接触するようにした。
後方へ逃げていく展開腕の表面からは、ダークブラウンが削げ落ちていた。クリーム色が少し露出している。それは何事もなかったかのように、ジワッと黒にもどった。
増えたのではない。空気中に散乱しているそれを、吸着したのだ。
剣の腹には、大量のダークブラウンの粉末が残っていた。彼はそれをつまんだ。油っぽい。生物だ。
「真菌? 糸状菌か! いや……まったく感じられん。微胞子虫か何かか?」
ルキウスは分類を諦めた。生物学の宇宙飽和で、分類学は死んでいる。
とにかく未知の寄生生物だ。自然界のどこにでもいて、普段は意識されない何か。それが超常の力で連携し、神経ネットワークを形成し自我を構築している。それは脳とは違う意思を有している。
「お前……腐邪主だな。どうりで話が通じない。魔王詐欺じゃねえか! 体は、蟲の魔王に寄生してのっとったか。それとも混ざったか」
(あれはカキの……【渾円の新生】のクエストを追ったら【炎色柿の結実】から派生するやつだ。忘れた頃に蟲の腐邪主が出ると聞いた)
ルキウスはボス戦が森になる別ルートでクエストをクリアした。蟲がわんさか出るからとフレンドに誘われたが、対人戦が激しくなった時期で、森の中心の支配権維持のため、そのままになった。
(熱に強いのは湿ってるから? あ、大雨で一気に増えたんだな。そしてここでは、基地を生贄にした。生贄とこいつは相性がいい。それでつながったのか)
「なるほど、虫の体に入りのっとる。さらにはその邪悪さで、中身を食いつくしても万全の状態で機能させる。むしろ、食ったという事実が重要なのか? 食った側が上であるという支配の象徴としての貪り」
ルキウスは理解した。虫がカビを食らうという理を反転させ、生きた虫を操り主となった。倒錯した存在。足に筋肉がないなら、腹に臓器はないはず。がらんどうの虫の体、その本質は生きながらの死。
周囲にいる蟲も、多くはドゥーギギの一部か? いや、死んでいては繁殖できない。蟲の操作は、あの体の権能だ。
あれを本体と呼称していい。あれを粉砕すれば終わる。しかし固い。
ルキウスは、回避を続け、隙ができれば手持ちの爆弾をかたっぱしからドゥーギギに投げた。少しは効き目があるのは音響と電磁波爆弾だ。振動がカビ同士の結合に影響があるのか、一瞬止まる。殺虫系は無意味だ。
火は効いているが、炎上はしない。さらに塗装が剥げ落ちるように、色が落ちても地面からほこりを吸い上げるようにして塗装を回復した。
これまでは意図的に隠していた。ならば攻撃対象はやはりカビ。カビが消えれば、あれは死ぬ。しかし中に相当詰まっている。さらにそこら中にある。
「火の嵐」
限界まで魔力を込め、範囲を絞り、神気まで投入した極限の火魔法はドゥーギギの塗装をおおいに減らした。しかし、ズズズッと音が聞こえるように、大地から黒い粉末がその体に合流し、覆いなおす。キリが無い。
遠距離での火魔法と展開足による攻防が続くが、ルキウスが削られているだけだ。さらに植物たちが減り、ルキウスの進路を妨害する蟲が増えてきた。周囲の森からの蟲がかなり到来している。
ルキウスは高くへ上がり、蟲が下りてくる空を見上げた。おおむねの蟲は到達済み。
「やはり似ているな。さて、やるか」
彼の考えなど、ドゥーギギは無視する。その展開足の突きは空ぶった。ルキウスは動いていない。彼がつかんでいたのは、タドバン。赤い稲妻は、召喚されるなり走った。
「とにかく走れ! かわせ」ルキウスが叫ぶ。
『これはひどい』
タドバンは蟲と植物の大戦争に嫌な顔をして、体から電気を放った。ルキウスもしびれる。
タドバンはまさに稲妻のごとく駆けたが、追う展開足はそれを超える伸び。しかし同じ方向へ動いていれば、騎乗のルキウスが切り払うのは容易だ。
瞬間移動だけは、ルキウスが通告している。
ルキウスは足でタドバンをがっしりつかむと、あのキューブを取り出した。インヌ教授の憎々しいパズルを。
これには多彩な効果があるが、彼が認識している機能で彼が好むのは一つだけだ。これだけのために死なずに神器を維持してきたと言ってもいい。
ルキウスは片手でキューブを操作し、片手で展開足を斬り払う。際限なく飛びかかる蟲は魔法で消し飛ばし、さらに木を成長させて戦力を増やして壁にした。
「あ、操作間違えた。もう少しうまく走ってくれよ」
『無理言うな』
さらにこの騒ぎに加わった高位の腐邪が進路に現れた。その無数の触手をタドバンはかいくぐったが、ルキウスにかすった。
「いって! また間違えたぞ。五分追加!」
『敵が多い。認識できん』
「速度でなんとかやれ!」
そして五分ほど――タドバンは送還された。カチャ、とキューブの面がそろう。効果は、連鎖爆発!!
ルキウスの足元が爆発した。彼は瞬間移動で逃れる。爆発はそこから連続し、どこまでも広がっていく。地面がはじけ飛び、無数の白い炎が突き立っている。
連鎖爆発は、周囲に十メートルの爆弾を問答無用で起爆する。さらにその爆弾から二十メートル以内の爆弾を起爆する。これがずっと繰り返される。爆発は森のすべてにおよんでいる。
「ヒャーハッハハハ。ヒャハ、地中に焼夷弾とか投棄したからな。派手にここを焼いてやろうと、軟化させた地面にばらまいておいた。一万はあるからな」
ルキウスが熱で焼かれながら叫ぶ。
下方よりの輝きは、暗闇を光に塗り替えた。強烈な熱風がまきあがり、赤白い底では、すべてが焼かれている。
そこからドゥーギギが飛び上がった。全身に、ダークブラウンのもこもこしたものをまとっている。カビをできるだけ回収したらしい。
その至近にルキウスが現れた。それを予想していたようなドゥーギギの展開足が、ルキウスの腹部と胸部を貫いた。ひきかえに、ルキウスの剣がドゥーギギの額に深く刺さっている。しかし、これも致命傷になっていない。下手をすると、ダメージですらない。
「我慢比べといこうか」
ルキウスが口から血を吐きつつ述べた。その言葉が終わる前に、その体が肉感的なつるの塊に変化した。それは刺し貫かれていることなど気にせず、うねうねとドゥーギギにまとわりつき、表面の微生物を貪った。魔王の腕力は、つるを造作もなく切り裂いたが、つるは裂かれてもすぐに回復し、むしろ体積を増やした。
そしてスルリ。あの腹部の傷から体内に入っていった。
しばらくのち、焼けた森で立っているのは、裸のルキウスだけだった。
「これは絶対本番じゃないなあ。なんも手に入ってない」
ルキウスが呟いた。魔力がほぼない。これで焼け跡から装備を探すのは大変だ。荒野全裸と呼ばれないためにも、早く探さないといけない。
「しかし、また寄生生物か。寄生生物マニアなのか? まあ単体でも生活できるようだけど。それとも、この寄生野郎どもめって、親切な通告なのかね」