狂気の森6
同日 昼すぎ 緑の村
酒場を出たルキウスは、緑の村に飛び、ジウナーに会った。彼は完全に村にいすわるつもりらしく、ルキウスは荷物を取りに行かされるはめになっていた。
ジウナーは、与えられた部屋で古びた書物の山に囲まれて床に座り、文書をしたためる筆は止まることはなかった。
「あなたが提示したプレイヤーの行動傾向と、時代、地域の状況を考慮するに、特に怪しいのは、英雄の時代を代表するハンター、【英雄】テエン・イルスアルセ。同時代で、傭兵のちに軍人、ルドトク王国建国の立役者【赤猫】、本名不明。南部を観光しながら生涯旅した【迷い旅魔術師】、名前は五十個以上確認され、偽物が多い」
迷い旅魔術師の観光は、迷宮内や魔境も含んでいる。
「全部聞く名前だな。資料の量にしては、少ないが」
ルキウスはアマンから得た情報も渡している。そこにはプレイヤーと確定している人間がいたが、彼はそれを無視した。
大戦前のプレイヤーは強力ではあっても、常識的な人生を送っているらしく特別性はないらしい。アマンも優秀な技術者でしかない。
ジウナーが山から紙を出して、読みだした。
「突然現れ、出自が不明瞭。常識知らず、難事を苦労せずあるいは隠蔽された手段で達成、活動を抑制するが結局目立つ。活動地の権力、思想と距離をとる、これはプレイヤー界の価値観と合わないから。結果として新たな文化を普及させる場合もある。最後に死期死因が不明瞭、つまり組織に所属しない。これらが大きな特徴」
「私はそこそこ常識的にやれている。技術体系は同じだし」
「どの口が……あなたは特に動きが不規則で読みにくい。評価が定まらないのはそのせいで、これは活動意図を教えてくれないせいもあるが」
ジウナーは記録を取り続けている。
「ほどほどに刺激のある平和な暮らしだと言っている」
ジウナーはルキウスを一瞥すると言う。
「自覚していると思うが、まあいい。目的不明では名がとどろきにくい。安い学者は、これで人物評価をしくじる。まったく愚かな……」
ジウナーがわずかに苦々しい表情をした。
「迷い旅魔術師は怪しいとは思っていたが、強い、しか特徴がなくてな」
【怪熱の雄】として活動していた弟子の六爺が近くにいて、彼の情報はある。鷹揚で多くをはぐらかす癖があるおしゃれな老人であり、行く先々で弟子をとる色魔術師で、絵がうまく、それを書くために地形を変えたり、危険な魔物を麻痺させたりしたという。完全に趣味人だ。
「あなたと違って目立ちたがり屋ではないのでしょう。プレイヤー界と環境が違いすぎ、隠者的な態度をとったのかも」
「いや、現地ではすげー目立ってるだろ? まあいい。死んでるから」
「そう、死んだと思われる。むしろ生き過ぎている、人が二百年以上も……」
人間・起源が、ルキウスの水準で健康的ではない生活を送ったとすれば妥当な寿命。それでもルキウスは断定できないが、南部出身のジウナーは、多くの噂を聞いて判断している。
「それと私は目立ちたがり屋ではないし、伯爵は友達だから」
ルキウスが言うと、ジウナーは重いため息をついて説明を続けた。
「英雄エルは圧倒的に強いが、本気でない節がある。さらに自分の成果を低く計上している。十数年活動し、最後には、人間の世にはうんざりだと言い残し姿を消した。当時の荒れた世を嫌ったとされる」
「プレイヤーの多くは戦争のない地域を好むだろう。しかし赤猫はなぜだ?」
「あなたと近いからだ。隠れようとして、隠れられていない」
「どこが?」
ルキウスは不満げだ。
「彼女を語るには、かの建国王にして澎湃帝を語らねばならない。ザメシハにせよスンディにせよ、大戦後に勃興した国の王族は、さほど高貴な生まれではない。しかし台頭以前からの権力者だ。アリュートア家は違う。彼は農民だった。農地があるだけましな時代ではあるが」
「それぐらいは知ってる」
「彼が歴史の表に出るのは十二の歳で、地域を実効支配していた旧アカシ軍の流れをくむ武装集団を撃破した。その時から隣に赤猫がいる。彼女は大陸の南部から来て、この地の常識はまるでわからない。どこかの誰かとそっくりですね」
「まったく誰だろうな」
ルキウスがとぼける。ジウナーは説明を続けた。
「真偽不明だが、戦車砲の直撃を受けても無傷で、なぜこんな威力が低いのかと尋ねた逸話がある。銃器を好むが、整備を人に任せたというのは、信ぴょう性が高い」
(銃使いが火砲の直撃を受ければ多少は血を流しそうだが、対実弾装備なら、無傷はありえるか。そして銃を整備できるプレイヤーはまずいない)
「王は神に導かれて穴を掘って機神の祝福を得たとされるが、この時の機神教は、僧侶の集まりではなく、技術者集団だった。宗教組織になるのは建国後だ。ならば祝福とは発掘品しかない」
「祝福が遺跡だってのは同感。帝室は信仰魔法使わないらしいし」
「私は墓穴を掘って遺跡を発見した説です。大戦以降は、汚染地が増えて、不死者化を防ぐ埋葬は困難だった。貴重な農地を使うわけにもいかない。穴は深く掘ったはず。故意に不死者化させて、都市の防衛に使った例もあった」
「おもしろい説だが、王様がプレイヤーだとは思わないのか? 自身の戦闘力は控えめで、卓越した指揮能力と知識をもつプレイヤーもありうる」
「親戚、同郷の者は多数いる。その血筋は貴族として続いている」
この説明に、ふん、とルキウスは鼻を鳴らしうなづき、ジウナーが続けた。
「赤猫は祝福を受けるのと引き換えに、少年に雇われたというが、あなたは、プレイヤーは神代の武器を複数所持していると言った」
「ああ、長期間畑耕すような時は生活道具しか持たないときもあるが」
「それがよくわからないが、あなたが畑を耕したりすると?」
「バカにするなよ。畑もやるし、牛の乳しぼり大会では上位入賞したぞ」
ルキウスが評価の見直しを求めると、ジウナーが難しい顔をする。
「説明を受けてもプレイヤー界の文化が理解しがたい」
「まあ、芋堀り道具抱えた魔術師なんて、召喚する意味がわからないから」
「とにかく彼女は少年の保護者だった。慎重に扱うべき概念だが、来訪せし者を用いれば歴史の謎は解決する。そして、これはあなたでもそうした。戦乱の地で、才気あふれる少年と、凡人を脅威たらしめる神代の宝物がそろい、それを略奪しようとする者が現れたのだから」
ジウナーは視線を動かさず、意識はルキウスをうかがっていた。
「多くのプレイヤーがそうする。しかし、ここの者がやらないとは言えまい?」
「だが、圧倒的に強く、他利的、あなたも……多分? さらに当時としても逸脱して派手な服を着ている。むしろなぜ否定するのかわからないが……」
ジウナーはやや困惑している。
「戦果があきらかに誇張されているだろ? 敵陣に突撃し、装甲車の上で弾をばらまきながら踊り一曲が終わると敵が全滅していた、とか。しかも、狙撃の達人で、車両より速く駆け、戦車を蹴り倒し、乱戦においては弾を一発も浴びず、走りながらの射撃で百発百中、弾が切れるとナイフ一本で大型兵器を撃破。部隊を率いては戦術家で、皇帝の庇護者にして卓見の助言者。完璧すぎやしないか?」
ルキウスは面倒で本当の説明を飲みこんだ。プレイヤーの職業構成を考慮すれば、なんでもできるキャラはない。装甲と機動性や、短距離戦闘力・長距離戦闘力は両立しない。そんなキャラを作る理由がない。
敵が惰弱であっても、スキルが発動する得意なスタイルで戦う。赤猫の職業は不明だが、歩兵系だろう。当時流通していた弾薬に対応した銃を使ったはずだ。頻繁に戦闘スタイルを変えない。
それにプレイヤーの人格を考えれば、荒れた時代で活躍する人間は稀。ほとんどは戦争で心を病んでしまう。
「噂に聞く帝国戦でのあなたよりは常識的だ」
ジウナーは冷徹に言いきった。
「あれが最善で、唯一の策だったからやっただけだ」
「常人はあなたの力があれば正攻法で戦うし、同じことをやろうとしても失敗する。破格の人にはわからないか」
ジウナーが笑いを口に含んだ。
「プレイヤー以外にも圧倒的に強い者はいる。ドルケル・シュットーゼはそうだった。武闘派プレイヤーでも五分の一は負ける」
「ふむ、大戦前から力を貯め続けた吸血鬼なら、それほどの力量に至るか。しかし彼はこの世界に根差した目的を持っていた。本気だった、でしょう?」
ジウナーの筆がすすむ。本意は、またルキウスの意図を問うている。
「あの愉快な男がプレイヤーだったとは言わないさ」
「戦果が怪しいのは認めるとしても、子孫もなく、政治への無関与は奇妙。権力を持った女性が伴侶選びに慎重になるのは理解できるが、老齢の王が、カラシュタ会議で皇帝になり前線から引くと、彼女も引き、以後は彼の近くについた。それが皇帝の死後、隠遁し、いつの間にかいなくなっており、国葬もされていない」
「そりゃ汚い男しかいなかっただろうしな。まあいい。考えても確定できない」
「……意外に、最近まで生きてたかも」
ジウナーの『最近』は、妖精人の考古学者の『最近』だから、百年ぐらいだ。彼は思い出したように書類の山の上の紙を取った。
「まだあった。感覚的にはこれが大きいが、信じがたいことに、あなたはプレイヤーは戦争を避けると言った。まったく避けているようには見えない!」
ジウナーの言葉に力がこもった。
「全力で避けてるが?」
「バランスの崩れを繕う努力はしているが、避けてはいない」
「どこが? こっちは努力している、世の中が悪いんだ。王座というやつに座ると欲が出てくるんだろうよ。どいつもこいつも面倒をやってくれる」
「これは非常識……か?」ジウナーは筆を遊ばせた。「赤猫にもそんな気配を感じた……求められた論考はここまで。何か新たな意見は?」
これにルキウスはしばらく考え、答える。
「うーん。プレイヤーに会わないのが本当に不思議で仕方がない」
過去の記録から推定すると、同時代に十人はいていい。突発死しなければプレイヤーの寿命は長い。つまりこの大陸の同地域に二、三人はいるはず。それが大陸北部全体でルキウスだけ。南部の噂もなし。
「あなたは知名度があったという。避けられているのでは?」
「私が活動するまでは、普通に生きてたはず」
「たしかに召喚される意味、間隔、頻度に思うところはある。あなたはそれを推察しない人ではないと思っているが……」
ルキウスは話を逸らす。
「……ところで、コモンテレイでじわじわと汚染が広がり、原因がはっきりしない。虫が湧き続け、作物とミツバチは弱ってる。どこからか来た鳥は元気に畑を荒らしてくれるが、どこか陰鬱な表情だ。虫の音も不快に感じられる。それに知見はあるか?」
「それはあなたの領域だ」
「予兆だと思ってるんだ」
「と言うと?」
「大魔神や悪魔王の出現だと、こういうのありがちだから」
「やはりプレイヤー界では、召喚術が発展している」
「むしろ、なんか出てもらわないと。閉塞する日常が一番困る」
「日常恐怖症ですか? それとも、大災害中毒か」
「そんなたいしたことではないだろ?」
「大魔神の召喚手法は確立されているので?」
「上位の大魔神は召喚できないが、その力を借りて魔法を一発ぶちかますぐらいはやるな。でも考えようによっては、毎日数万の悪魔王が召喚され、倒されているな」
「なんと恐ろしい所だ……」ジウナーはタブーを恐れるような小声になり、繰り返しうなづいた「なるほど、プレイヤー界の力が高まれば、あなたほどの者が召喚されてもなんの不思議もない」
「どこがなるほど?」
「やはり召喚術の本質は別次元との接触にある」
ひとりで納得するジウナーに、ルキウスは少し対抗心がわいた。
「学者様に教えてやろう。現象を起こす原因は複数ある。魔法も然りだ」
例えば治癒の魔法、形状の物理的復元と細胞分裂の活性は性質が違う。前者は通常、材料が必要で、後者は機械を復元できない。
例えば幻術、心に刻まれた幻覚と光学的幻影は違う。前者は特定の個人だけに効き対象が信じてしまえば見破れない。後者は誰にも見え、センサーなどで見破れる。
「ほう、もちろん既知のことだが、あらためて心に刻ませてもらおう」
ゾト・イーテ歴 三〇二〇年 十月 二十五日
フィリとトーヴァはコモンテレイ市内を車で走っていた。
「この町の景色にも慣れてきたな」フィリが言った。
「帰りを考えなきゃならんと?」トーヴァが言った。
「彼から学べるものは、まだいくらでもある」
「また学者がやるような話がしたいのか」
トーヴァは軽くあきれている。
「魔法やスキルは、それぞれが根源的に異なる原理で発現するという説と、根幹ですべてがつながるという説に二分される。彼は後者の統一理論を支持している」
「彼なら畑の面倒をみている時間らしいが」
「たまたま会うのが理想だ。そう興味をもたれたくもない」
「恋する乙女のようだな。まあ人はよさそうだよな。部下にはなりたくないが」
『彼を信用するな』フィリが念話に切り替えた
『そいつはこっちのセリフじゃないか?』トーヴァが皮肉的に言った。
『新しい知見を頂いて感謝している。この町自体にもな。ここになじんだ帝国民は二度と帰るまい』
『俺もそれぐらいの評価を賜りたいね』
『いいか、彼はあの仮面に相応しい秘密主義者だ。開けっぴろげに構えているようで、中核は推測もさせん。生まれついての詐欺師、いや野獣か。おそらく必要なら友人でも殺す。歓迎の宴で毒を盛っても、それを卑怯と感じない。それは動物的な合理性だ。漏れ出る気配だけでわかる』
『お前に近い』
『軍務であれば、そうだろうな。彼は普通が嫌いらしく、必要なものが人とは違う。彼は、妥当な結果を拒否したがっているようだ」
近いと言われ、悪い気がしない。フィリはそれを自覚した。
ホツマの使節と緑化機関の会談の帰結を見れば引き時だ。いや、間諜は配されているのだ、彼が残る必要はない。町に長居する思考へ偏っている。
彼が風を感じながら眺めた脇道は、町の北側の高級住宅街へ続いていた。その道を、灰色の髪の小柄な女が歩いている。後ろ姿だが、かすかに慣れた思念を感じた。フィリに近いタイプの思念。そして、近いが特殊なタイプだ。
『超人派だ、見るなよ』
『いたか!?』
『あの大隊の双子の片割れ、キルペ兄妹の妹』
『ああ、通信機か。両方とも行方不明だったな。追うぞ』
トーヴァがハンドルをきり、別の道から先回りを試みる。前触れのない遭遇に、フィリは一瞬悩んだ。
『どうするか。あれの頭を制圧できれば早いが、おとりの可能性もある』
『奴らの半分でも伏せていれば分が悪いぞ』
これまで捕捉できなかった者が、普通に外を歩いているのはやや妙だ。そして、ふたりはこの辺りではやや場違いになる。
『町中で荒事をやるとは思わん。まず拠点を特定する』
逆に言えば、静かな戦闘は起こりえる。そうなれば、静かに殺す。
彼らは道端に車を停め、キルペを追った。後ろを歩いたりはせず、別の道を行く。思念でおおまかな位置はわかる。
人通りは少なく警戒対象は少ないが、敵を目視できるなどとは思わない。二人が知る戦場は、深い森である。
キルペは緊張しておらず、買い物でもしたのかバックパックは膨らんでいた。
このまま行けば大きな邸宅が並ぶ区画に入りそうだ。そうなれば大きな道しかなくなり、彼らは目立つ。
キルペは直進したので、最大限に距離をとって尾行した。やがて彼女は大きな邸宅門に消えた。ふたりはそこの前を通り過ぎる。
有力者の家だ。そこに好んで迎えられたのか、何かの能力を使ったのはわからない。壁で囲まれ、その中の様子はわからない。
『情報部は戦力にはなるまい。ふたりでしかけるのは厳しいな』
フィリが言った。
建物の見取り図と、中の戦力が知れれば、フィリの奇襲で終わる可能性はある。
しかし、怖いのは機械だ。彼が周囲の者に干渉してその意識から消えれば、人間はカメラ越しでも認識できないが、警報は鳴るし、迎撃システムは撃ってくる。蛮族が仕掛けた罠には思念があるが、地雷などはわからない。
『誰かを操って、けしかけるのが楽だが』
トーヴァが言った。
『ここの捜査能力が高ければ、まっさきに我々が悪者だ。こうして、高級住宅街を監視することもまずい』
彼らはすぐにその場を離れ、車に戻った。キルペ兄があそこにいないなら、拠点はもう一つある。両方が知れないと動けない。
彼らが何もしないのが理想だが、軍を離脱してそれはない。二人で妨害できないなら、当局に知らせて、やらかす前にやってもらうのがいい。
ただし、何もやっていない人間をフィリが告発することはできない。
『どうするかな。ギルドで軽い暗示でもまいて、大勢がなんとなくあの邸宅付近をうろつくというのは』
『弱いな』
『仕方あるまい。強く洗脳するわけにはいかん』
『適当な荒くれ者を突入させてやればいい』
『戦力がいれば秘密裏に消されるだろうな。騒ぎは我々も困る』
『戦力を呼べないのか?』
『コモンテレイだけは無理だ。あの邸宅の戦力ぐらいは確認したい。主力がいないなら、ここではやらんと思うが』
『あの近くに下から入って、近くを爆破でもすれば目立つと思うがなあ』
『まずはギルドで能力を売り込みたいとでも言って、あの家の情報を集める』
彼らがギルドに入ると、ハンターで賑わっていた。ギルドが邪教徒情報に懸賞金をかけ、さらに身を守ることを促した。それで情報交換が盛んになっている。
そこにルキウスが機嫌のいい足取りで入ってきた。気配を消しているが、フィリには認識できている。彼はラッパを持っていた。それを口に当てて、ポー!
ギルドに耳をつんざく音が響き、全員がギョッとして音源を探した。
満足そうなルキウスが声を張る。
「悪魔の手の調査を行うぞ。邪教徒の情報があるかもしれないからだ。報酬はいっぱい出るぞー。私と一緒に中に入りたい奴は挙手」
ハンターは誰も動かない。多くには、警戒とわずかな怯えがある。
ルキウスはギルド全体を見渡すと、威勢のいい声をかけはじめた。
「ツァカリ! 携行衝撃砲を撃たせてやるぞ。戦車の装甲がズタズタになるやつだ」
ツァカリは羽根帽子をかぶった中央マフィア風の男で、大口径散弾銃を持っていた。
「俺の引き金はそう軽くないんだぜ、ほかを当たってくれ」
ツァカリは落ち着いた胆力のある声だが、過剰なまでの警戒がある。森に慣れたハンターは増えたが、悪魔の手は地獄と同一視され、恐れられている。
ルキウスは、返答など気に留めずに次だ。
「フーシェ、健康的で強いお薬を欲っしていたな。昼間からいい夢が見れるのをやる」
元投降兵の彼は、自分の精神を鋭敏にすることに夢中で、あらゆる薬物を用いた食事と瞑想法を研究して、非日常的な景色を見ようとしていた。その努力はむだにならず、超人的な反射を手にしている。
「夢はお宅の魔女で間に合ってんだなあ。あんな所に入れば悪夢を見ちまう」
ルキウスは、指で儲けそこないのハンターサインをして返した。
「クラウロット、冒険記を出すには聞くも恐ろしい体験が必要だろ?」
冒険に憧れるクラウロットは、派手なマフラーをしてビームサーベルを使っている。現在のところ、彼の冒険はもっぱら女性関係だ。
「冒険ってのは壮大で華があるもんだろ。あれは聖騎士を呼んでやれ」
クラウロットは首をすくめて答えた。
「マクス、車外活動こそ運び屋の腕が問われると言っていたな。ここらで化け物みたいなトラックに変えないか?」
筋骨隆々としたマクスは運び屋で、危険地域の輸送が専門だ。
「運び屋は、自分が運ばれることだけは避けるんだぜ」
「もっともだ!」ルキウスは納得したが、勢いは止まらない。「パクダモト、また借金をしたな。六桁で収めたって安心してたが、うちの畑から持っていった分が漏れてるぞ。いつまでも待たんからな」
パクダモトは仕事の度に縁起担ぎの博打をやって、毎度赤字の男だ。彼は愚かにもフィリにカード勝負を挑み、赤字を増やしていた。
「なんで知ってんだ!?」
パクダモトはあわててギルドから逃げた。ルキウスは声をかけ続けている。
(あらゆる無頼の中心に収まる。これは気質ではない。喜悦があるが、きれいに整っている。予想したことが予想どおりにいっているのだ。これは仕事)
ここでフィリは気づいた。ジョージほか数名の先導者は、命令を待つ熟練兵の気配だ。これはほかと違い、明確に組織に所属している者だ。
ここ数日調べたが、ジョージも含め多くの民間人が先導者になっている。限られた特殊技能者は緑化機関で抱えたいはずだ。しかし、最初から緑化機関とつながっているなら、公式に所属させなくていい。
つまり、彼らは、ハンターの動向を操作するためにここにいる。
緑化機関が行動を起こす前に、組織が未回収地に浸透していたということ。本土にも侵食していると考えるべき。彼らの形が見えてきた。
ここですみで黙っていた男が口を開く。
「なぜ俺を呼ばねえ?」
神父ことレミジオは、テーブルの上に足をのせてふんぞり返り、顔に帽子を置いて寝ていた。その隣では、どんぐりの怪人が足から腐葉土を食べている。
「敵を止められる火力や、斬りあえる能力を求めている。あそこは狭い」
レミジオは舌打ちすると、帽子を深くかぶった。ここで初めてルキウスがフィリを見た。
「どうだ? 景品ぐらいは出るぞ」
「特に行かない理由はない」フィリがトーヴァの肩をドンと叩く。「こいつは壁になる」
今までのやりとりは、フィリに考える時間を与えるためにあったような気すらする。そして誰も受けないという結果が、選択を後押ししていると思える。
「壁役、それは貴重」
ルキウスはもう決定事項のように言った。
「え? 行くの? 俺だって虫は好きじゃねえぞ」
超人派のことが頭にあったトーヴァがとまどったが、フィリは決定していた。
悪魔の手は、最初に叢生が起きた地。そこを調査できるなど願ってもない。それを成した神の残滓があれば、命に等しい価値がある。帰還を決定するだけの成果として納得できる。




